あるいは、南シナ海かソマリア沖か
親愛なるペチュニアへ
久しぶり。目出度くリリーに二番目の赤ちゃんが産まれてそろそろ半年になるかしら。それも、双子の女の子だというのだから二重の驚き。名前は確か、マリーベルとフローラ、だったと記憶してたけど、良い名前だと思います。
貴女のところの“ダッドちゃん”もすくすく元気に育っているようだし、子供が健康ってのはとにかく良いことだわ。身体の無い私が言うのもなんだけど。
貴女の子供のダドリーも、リリーのところのハリーも、もう二歳を過ぎてるはずよね? そろそろ、どちらの教育方針で行くべきか、悩みどころかと思います。
以前の手紙で話した通り、私やリリーのような“マグル生まれ”に魔法族との子供が出来た時、どちらの世界に準じた形で幼年期の教育をするべきかというのは、何とも難しい問題なのよ。
教育なんて、それこそ私が生まれた頃とはマグル側じゃ全然違うけど、完全に決まった形があるわけじゃないから、なおさら面倒くさいものね。
マグルとしてだけ育てると、魔法を発現してから違和感に戸惑うことも多い。逆に、魔法族としてだけ育てて、後に魔法の力を持っていない、俗に言うスクイブであると分かった時は、多くの家庭で悲劇になってしまう。
その辺のゴタゴタや、家族関係や親戚関係のギスギスを避けたいから、純血の魔法族のみ、百歩譲って混血だけと結婚しろという純血主義の風潮は生まれた。時代遅れ感も多少あるけれど、割り切れない現実や、魔法の力を持てなかったスクイブの悲劇とは切り離せないものではある。この事も忘れないで。
貴女とて、リリーの姉であるのだから、貴女のダッドちゃんが魔法の力を発現する可能性は低いけどないわけじゃない。そして、その時の戸惑いや失望などが大きすぎると、オプスキュリアルと呼ばれる災厄をもたらすこともある。
せっかく目出度く赤ちゃんが産まれたってのに、そんなことを考えなければ行けないってのは世知辛いけど、私の親友である貴女なら、きちんと向き合っていけると信じています。
良き夫であるバーノンや、妹のリリーとも話し合って、家族皆で、どのようにしていくべきかを改めて考えてみて。
それじゃあバイバイ。
マートル・エリザベス・ウォーレンより
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1983年 新年を迎えてすぐの頃のホグワーツ
「そしてこちらが、リリーさんからの手紙と、相変わらず文通がお盛んのようでなによりです」
「逢引か不倫かのように言うんじゃないっての」
「不倫……良い言葉です」
こちらは当然、例によって例のごとく、悪霊三人衆。若干一名は腐り具合に磨きがかかりつつある気もするが。
かつて忌まわしき校内新聞が次々と量産された事務室の隣の印刷室にて。
もはやここは我らが領土、我らが城と言わんばかりに、悪霊トリオは様々な手紙に目を通している。
ポッター家やダーズリー家からの私信以外にも多くあることを見るに、決して事務仕事をサボっているわけでもないようである。
この悪霊ども、何だかんだで任された仕事には手を抜かない。命令に対して嫌味や皮肉で応じることは殺したくなるほどに多いが。
そして何気に、徐々にマートルさんの担当する書類の量が減り、気付かぬうちにメローピーさん担当が増えている。
汚い、さすがマートルさん汚い。
その行動を知りつつも、華麗にスルーするもう一匹の悪霊野郎のいつもどおりっぷりについては、今更言うこともないだろう。
「こちらは今日のマグル側の新聞―――ふむふむ、おや、私の禁則事項が一つ解除されましたか」
「はあ? なんか事件でもあったの?」
「いいえ何も」
「? どういうことでしょうか?」
メローピーさんも最近少し分かってきたマグル新聞の読み方だが、特段の出来事が載っているようには思われない。
新商品だの、製品だのが載っているチラシで、家電だの、電子機器だのが写っているものの、マグル知識に疎いメローピーさんにはさっぱりだ。
「まあそこはどうでもよいことですが、マートルさんの方はその話題ですか。確かに非常に身近であると同時に、魔法族の結婚問題とも切っても切れない根の深さ、議題としては中々良いチョイスです」
「アンタと議論を楽しみたい物好きに、あいにく心当たりがないのだけど」
「これが意外と結構いるのです」
「マジで?」
「嘘ですよね……」
意外を通り越して、嫌そうな顔になっているマートルさん。メローピーさんに至っては、蒼白になりつつある。ゴーストなのに。
まあ、無理もないだろう。コイツとまともに議論できるということは、それはつまり真っ当な精神をしていない変人の証明であり、そんなのが一人ならずいると聞かされれば、誰だってそんな反応になる。
「まずは神秘部で逆転時計の解析をしている変人共、代表例はオーガスタス・ルックウッド」
「死喰い人じゃないのそいつ。しかも絶賛国際手配中で、国際テロリスト組のロジエールとかと組んで今もやらかしまくってる奴」
「いきなり犯罪者からぶっこんでくるとは思いませんでした」
碌でもないことだけは違いなかった。イギリスのみならず、海で繋がってる各国に損害を与えているのだから、国益に反する害悪だ。
それらに比べれば、この悪霊はまだ害がないと言える。とは思えないほどの前科と遡行の悪さである。
「ちなみに、神秘部の変人学者だからといって、全員が死喰い人であるわけではありません。ただ、研究のためには死喰い人のほうが人体実験やりやすいとか思うタイプも稀によくいるだけの話です」
「駄目なのしかいない」
「研究材料の採取のためにも、密猟とかやってそうですよね」
「それは、ドロホフ、ベラトリックスらの海賊組の仕事ですね。ダームストラング産の海賊船で各地の保護区を襲撃しては、高価で取引される保護動物やらを捕獲し、密猟業者などに売り渡すことで巨額の富を得ているとか」
「中世の海賊とやってることが変わんないじゃない」
「いいえ、近世のカリブ海でも似たようなものですし、現在でもソマリア沖で電子機器と通信装置を複雑に用いたデジタル海賊が登場しています。今しばし時間が経てば、情報の海に漂う財宝を略取する新手もどしどし登場しますよ。おお、ワンダフル」
何事も淡々と述べる悪霊にしては珍しく、この話題には少し楽しそうである。
需要があるところに供給あり。死喰い人の残党達も立派な海賊、テロリスト、バイヤー、犯罪集団に転じ、世界各国の魔法族のならず者と繋がりながら、虎視眈々と牙を研いているらしい。
「イギリスで戦争が終わったのは良いことですけど、他所の国に迷惑がかかっちゃってるんですのね」
「別にそれ自体は、マグルの歴史でも珍しいことではありませんよ。敗れた軍の残党が盗賊、匪賊に転じる。傭兵が略奪者に転じる。勝った占領軍が都市破壊を三日三晩続ける。犠牲となるのは常に哀れな豚の衆愚、おお、真に人の世は略奪と戦争に満ちております」
「そこはせめて被害者を無辜の民と言いなさいよ。なんでアンタはそこまで楽しそうに豚とか衆愚とか言えるのかしら」
「それはもう、私がそういう存在だからでしょう。戦争なくしてダッハウなし、迫害と略奪あるところにダッハウあり」
「心底碌でもない」
「まさにクズの鑑でした」
「つまらないありきたりな虐めなどより、凄惨で機械的な大量虐殺のほうが見応えも教訓もあるのは当然でしょう。断然、こちらのほうが見ていて面白い」
まさにダッハウ、これぞダッハウ。
「海賊についての議論はさておき、マグル生まれと魔法族の間で生まれた最近の事例としては、ニンファドーラ・トンクス嬢が該当しますね。ウィーズリー家の次男のチャーリーさんと同世代ですので、来年の9月にはホグワーツに入学なさいます。参考事例としてはなかなか良いかと」
「急に話題を戻すな」
「相変わらずダッハウ先生ですね」
「彼女の母は、先に出てきたベラトリックス・レストレンジの妹、アンドロメダであり、マートルさんが蛇蝎の如く忌み嫌うリア充代表、シグナス・ブラック副校長の次女です。純血の家がマグル生まれとの結婚をどう考えるか、という点でも事例としてはうってつけです」
テッド・トンクスとアンドロメダ・ブラックの結婚例。
シグナス・ブラックは家の例に漏れず、純血主義である。ただ、政治的感覚に長けていたため、ブラック家のためには、純血主義の中にも中立派が必要であろうと感じていただけだ。
そして、周りが揃いも揃って純血狂いばかりだっため、消去法で自分がやるしかないという判断に至った。
そうでない者もブラック家に生まれはしたが、彼らはブラック家を嫌い、離れていった。中間のバランスにいる者が彼の他にいないくらい、極端な家である。
「以前、魔法史教師として生徒たちにどう教えるべきかという名目で、同様の質問をしたことがあるのですが、こう答えてくださいました」
“本心で言えば、マグル生まれに娘を嫁がせるなど考えたくもなかった。だがしかし、家柄頼みで無能な純血よりはまだましだ”
「うーん、この何とも微妙な感じ、やっぱりあいつは嫌いだわ」
「セブルス君のおうち、プリンス家もそうでしたけど、純血のみって家はやっぱり多いですもんね……」
「ゴーント家は病的なまでの頂点。ブラック家はそれに次ぎ、プリンス家はしばらく距離をおいて後に、といったところですかね。例の黒太子同盟結成時にもコメントしましたが、近親相姦やら、結婚騒動だのが何とも多い家でして、まさに、魔法界の黒歴史」
こと、黒歴史を語らせれば、ダッハウの右に出るものはない。
それだけは、ホグワーツはおろか、最近では魔法界全員の共通認識だ。
「マグル側の教育か、魔法族側の教育か。それ自身も中々答えの出ない難題ですが、それ以前の課題として、そもそも教育を厳しめにいくのか、子供の自主性に任せるかとも絡んでくるから厄介なのです。有り体に言えば、魔法族教育は“自主性任せ”に向いており、マグル教育は“スパルタ式”に向いている」
古代に存在した、スパルタという軍事国家が、“スパルタ式”の語源となったように。
現代においてなお、マグルの教育機関の根底にあるのは軍学校。チャイムに合わせて全体行動を取ることも、会社に入るための下準備であり、東インド会社に起源を求めるまでもなく、会社というのは軍隊機構が大元となっている。
「シグナス副校長は純血主義のブラック家中立派ですが、同時にマグルに向いた“スパルタ式”の体現者でもあります。校長が真逆なだけに絶妙の塩梅と言えるのが面白いところです」
「校長先生と正反対ってのは、分かる」
「そういう人だから、副校長に選ばれたって、ダンブルドア先生もおっしゃってました」
「当然、スパルタ副校長の次女を娶ることが出来たのも、テッド・トンクスという青年が最低条件を満たしたからです。監督生であり、ハッフルパフの良い部分をかなり体現している生徒であったため、能力で厳格に考えれば、異論を唱える理由もなかった。これまた、彼の言葉となりますが」
“私の娘を娶るならば、まずは努力した実績を見せろ。己が夫に値すると証明して見せることだ”
「うわ~、如何にも古き武闘派貴族って感じ」
「せめてうちも、このくらいなら良かったのですけど……」
徐々に発作が出てきたか、ダウナーになっていくメローピーさん。
没落しきった果てにあったゴーント家の小屋生活は、一言、惨めに尽きる。純血主義の弊害があっても、如何にも貴族然としたブラック家をやはり羨ましくは感じるらしい。
「自主性重視の教育論と言えば、ダンブルドア先生ですが。彼も彼とて、その考えそのものを広める人ではありません」
アルバス・ダンブルドアは、生徒が自分で考えて結論に達するように、全てを明言しない。自分のイエスマンを作ることを嫌うからだ。
対して、副校長のシグナス・ブラックは方針が異なる。必要な情報は隠さない、己の立ち位置も含めて明言する。その上で、厳しく叩いて、阿諛追従は許さない。“私の部下に太鼓持ちは必要ない”が持論である。
言ってしまえば、シグナス・ブラック副校長とは“気難しい頑固老人”である。であるならば、生徒に好かれる筈もない。
だが、教育者とは、老人とは、必ずしも若人に好かれる必要もないともまた、彼の持論である。
ダンブルドアのように、慕われる好々爺がいてこそ、己のような頑固爺もいてバランスが取れるというもの。
「副校長閣下は、全体のバランスを考えて、己の立ち位置、在り方を決めるタイプの人間と言えます。今の教師陣においてそういう立場を引き継げる方と言えば、真っ先に上がるのは変身術担当にして、グリフィンドール寮監、ミネルバ・マクゴナガル先生が挙げられます」
「間違いないわ」
「ダンブルドア先生となら、これもいい感じですね」
「近代以後のホグワーツの歴史で、似た校長達の事例と教育方針を挙げるなら、マグル側に蒸気機関の文明開化がもたらされた際に真っ先にそれを導入したオッタリン・ギャンボル校長と、その後に就任したフィニアス・ナイジェラス・ブラック校長が良い対比になるでしょう」
1850年頃のオッタリン・ギャンボルと、1900年代のフィニアス・ナイジェラス・ブラック。
活躍時期は多少異なるが、好対照と言える二人であり、偉人と言い得る二人でもあった。
開明派のオッタリン・ギャンボルに対し、守旧派のフィニアス・ナイジェラス・ブラック。
「特に後者は誤解されることの多い人物でもありますが、“オッタリンの導入した新制度”を、“保守的な制度”にまで固め、固着させたのはフィニアスです。守旧派という言葉もまた、それ以前の歴史の流れによっては右翼にも左翼にも傾き得る。だからこそ面白いのですがね」
「また例の病気が出たわね」
「ダッハウ先生が、難しいことを言っています」
こと、政治の話が絡めば、悪霊女子二名はあまりついていけない。その分野は、悪霊が延々語るだけの一人舞台になってしまう。
「フィニアス・ナイジェラス・ブラックは、歴代でも生徒から嫌われた校長。その曾孫であるシグナス・ブラックもまた、生徒から嫌われる副校長。彼の担当は闇の魔術の防衛術ですが、その難度は高く、好む生徒が多くないのは当たり前」
彼の授業はとても厳しく、厳しい減点方式であると同時に、強烈な加点方式。
出来る者には栄光と称賛を、出来損ないには侮蔑と懲罰を。
ただし、反骨精神豊かな生徒は、むしろ歓迎するきらいもある。
シグナス・ブラックが望むのは、規則に忠実で教師に逆らわない生徒などではなく、己の信念を貫くために努力し、必要とあらば教師にも食って掛かる逸材なのだから。
野心家で、努力家で、“やや規則を無視する傾向”は、スリザリン寮の好むものなのだ。
「スリザリンの寮監には、何とも相応しい方です。集団主義でもあるため、はぐれ物を嫌う傾向が特に近年強かった結果、スリザリン寮の本来の特色が忘れ去られかけていた部分はありますが」
純血を大事にするのはよいが、学力はそれ以上に重要だというのが、近代以後の校長、副校長に共通する方針だ。
基本的に、フクロウ試験やイモリ試験の結果は、費やした学習時間に比例する。
元の才能の差があるとはいえ、2時間だけ勉強するよりも、10時間勉強した方が点数は高いのだ。
「これも彼曰く。血筋の問題は後天的努力ではどうにもならんが、学力は本人の努力次第で埋められる。にもかかわらず、血筋を言い訳に真面目に努力しない半純血やマグル生まれもまた多い。結局のところ、血筋や家柄に胡坐をかいた愚か者と同類なのだ」
「ほんと厳しいわアイツ、だからベラちゃんはグレちゃったのに」
「確かに、この方の長女に生まれるというのは、厳しいですね……」
死喰い人の女幹部、ベラトリックス・レストレンジとて、悪霊たちにとっては“グレちゃったベラちゃん”だ。
他の幹部についても同様であり、例外なくダッハウは彼らの黒歴史も知っている。当然、言いふらしもしている。
どうしても、死喰い人=恐怖の代名詞 となれないのは、確実に彼らの過去の恥を、悪霊が子供世代に暴露しまくっているためだろう。
「つまりはこういうことです。人間は所詮愚かなもの。純血主義とは分かりやすい愚かさの象徴。そこは、2つの世界の共通事項である」
片や、純血主義に依存し、努力を怠る。
片や、どうせ努力しても家柄で就職が決まるからと言い訳し、結局は努力しない。
「本心では、“努力をしなくても良い理由付け”ができれば何でも良いわけです。それに最も合致し、先天的な血筋で決まるだけに実に言い訳に便利なのが純血主義というもの。ならばこそ、純血主義はなくならぬ。本来からかけ離れた使い方でばかり広がっていく。マグルの青き貴き血と、何の違いがありましょうや」
シグナス・ブラックは偽りの詭弁ではない真の意味での“純血主義”を奉じる立場だ。冷徹な首切り役人めいた人物ではあるが、ある種の思想家、夢想家と言ってもよい。
純血主義を現実的に利用し、上手く立ち回っている政治家は、娘婿であるルシウス・マルフォイの方だろう。
「こちらは、フィニアス・ナイジェラス・ブラック曰く」
“本当に出来る者達は、例えどれほど劣悪な社会環境であろうとも、努力するのだ。凡人共が様々な言い訳を並べて自ら挫折していくのを一顧だにせず、己の理想や夢を目指して邁進する。クィディッチであれ、首席であれ、決闘チャンピオンであれ”
そんな煌めく才能と努力の者達を、嫉妬し、嘲笑うしか出来ないのが大半の凡愚というもの。
陰口を叩いている暇があるなら、栄光が欲しいなら、お前も努力すればいい。
努力はしたくない、でも目立ちたいし栄光も欲しい。実に浅ましい願望と言えるが、それもまた“普通の”人間の姿であり、だからこそ出来る者達は偉人であり英雄なのだ。
「実に似た者同士の、先祖と曾孫ですが、スリザリンらしい彼らの最も嫌う“嘲笑うばかりの大半の凡愚的”と言えば、私をおいて他にありますまい」
「そりゃそうだ」
「貴方が頂点です」
納得、それしかありえない。
「ならば私は言いましょう。ジメジメした虐め中傷もってのほか、どこにでもあるからこそ全く面白みに欠ける。他人を嘲笑おうとも自身に面白さなどありはしない。“私のようになりたいですか?”と」
「絶対なりたくない」
「私でも嫌です」
マートルさんは嫉妬、メローピーさんは執着のゴーストではあるが。
それでもなお、嘲笑うことに関しては、筆頭悪霊の足元にも及ばない。
「そんな凡愚たちが足を引き、煌めく才能が潰されるような理不尽をシグナス・ブラック副校長は許容しない。実に正論の持ち主であり、ダンブルドア先生ならば辛抱強く成長を待ちますが、厳しい鞭で躾けなければ、人間は堕落する一方と彼は言う」
ブラック家の副校長は、厳しいのだ。
身内贔屓であり、“立派な貴族になること”を求めるからこそ、甘やかすことはしない。結果、ベラちゃんはグレた。
アルバス・ダンブルドア校長は、褒めて伸ばす。挫折して潰れていく子供が出ないように。
シグナス・ブラック副校長は、叩いて伸ばす。ついて来れない出来損ないは置いていく。
報われるべきは、努力しなかった凡愚ではなく、努力した達成者なのだから。
「“ホグワーツでは助けを求める者には誰であれそれが与えられる”。それは良い言葉ではあるのですが、“スパルタ式”の立ち位置では注釈がつきます」
一部では認めよう、最低限の助けくらいはあってもよい。
しかし、“助ける者”の時間も資源も有限であるならば、厳格な優先順位はつけねばなるまい。
まして、“自らを助けようとしない者”などは論外だ。死にたがり、引きこもりなどは野垂れ死にが相応だ。
魔法族と違い、化石燃料に代表される“限りある資源”を求め争い殺し合うことこそ、マグルの歴史なのだから。
古代の食糧の奪い合いの頃から、そこは何一つ変わってなどいない。
「ここで話は最初に戻ってきますが、マグルの学校における教育の本質は“スパルタ式”です。人間の数が多いからこそ、強力な競争社会であり、一度落ちれば這い上がるのは困難という強迫観念すらも働いている」
「ゆとりはないの?」
「あるところもあります。特に、スパルタ式からの揺り戻しで“ゆとり”を求める場合は多々ありますが、数十年単位で見れば、良い結果に繋がった例は稀少でしょう。ゆとりのもたらす弊害こそが、魔法戦争以前における、魔法界の在り方です」
良くも悪くも、アルバス・ダンブルドアは偉大であり、誰もが彼に頼り過ぎる。
“最終的に彼がどうにかしてくれる”という子供の親に対する甘えのようなものが、戦争以前のイギリス魔法界の根底にあった。
「そこに一石を投じたという意味でなら、多くの死者を出し、敗れたとはいえ、純血名家連合とて歴史的価値がなかったとは言えません。無論、殺された者らからすればたまったものではありませんが、後世の歴史家とは無責任なものなのです」
「まさにあんたね」
「流石は無責任の具現です」
ツッコミもタイムラグなしの二人、長い付き合いは伊達ではない
「教育とは本当に難しい。リリーさんやジェームズ氏は共に首席の優れた人材であり、子供にも優しいのは確実でしょう。ですが、ダンブルドア先生ありきの時代のように、優しく頼もしい親が居続けることで、“自主性が損なわれる”ということもままあるのが、人の世というもの」
「ままならないわねぇ」
「ああ、トム、育ててあげられなくてごめんなさい。導いてやれなかった駄目なお母さんを許して……」
確実に、手遅れだと思います、メローピーさん。彼はお辞儀に傾倒しました。
「そんなポッター家ならばこそ、案外スパルタ教育が向いているのかもしれません。出来る者がいるとすれば、セブルス氏しかいないでしょうが」
「なるほど、案外いいバランスになるのかしら」
「セブ君、頑張って!」
鬱のつぎは躁、情緒不安定女の面目躍如というものか。
「逆に、既にマグル的な競争社会の勝ち組である父親がいるダーズリー家では、ある程度子供の自主性に任せるのも手かと。リリーさんのときもそうでしたが、ペチュニアさんには過干渉の傾向はありましたので」
「バランスによりけり、ね。そこは、ダッドちゃんの性格が分かってきた頃からの課題かしら」
「ああ、トム、貴方はどんな性格の子に育ったの? 母さんそれが心配……」
そして、鬱。黒と白のオセロというべきか、二元論というべきか。
そんなこんなの、育児に全く無責任な悪霊どもの語る、他人事な教育論。
しかし案外、親身になって考える親族と同じ結論になったりすることもあるから、悩むこと事態に意味がないのかもしれない。
子供がどう育つかは、結局の所サイコロの出目のようなものなのだから。
狭間の10年間の話は、あと二回程度で終わると思います。
ハリー達が入学し、悪霊の魔法史が猛威を振るう時がやってきます。