【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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2話 悪霊のダッハウとマートルさん

 

 「おや、ポッターさん。お久しぶりですね」

 

 噂の渦中の爆心地にいる人物。亡くなられたビンズ先生の後釜として魔法史の先生に任命される予定のゴースト、のような存在。

 

 昔はただ“時計塔の悪霊”と呼ばれ、今は“悪霊のダッハウ”と生徒たちから呼ばれる彼は、いつも通りに城のあちこちを見回りながら、アレコレとゴースト達に指示を出していた。

 

 そんな彼が足を止めたのは、顔見知りの男子生徒を目に留めたためである。

 

 

 「ああ、こんにちは管理人さん。久しぶりってほどでもないと思いますけど。そうそう、ミネルバ先輩が探してましたよ」

 

 呼びかけに答えた男子生徒の名は、フリーモント・ポッター。

 

 いつもくしゃくしゃの黒髪に、丸い眼鏡が特徴的な、グリフィンドールの六年生。そして、一つ年長の首席女子から色々と雑事を頼まれることの多い苦労人気質でもあった。

 

 ついでに言うと、“例の四人の監督生”の決闘騒ぎに巻き込まれる率も極めて高かったりする。

 

 一番酷いときなど、大講堂が炎上する大惨事の中で決闘の渦中に放り出されるというとんでもない事態に巻き込まれたりもした。おのれアイリーン・プリンス、許すまじ。

 

 

 「間違いなく、魔法史の授業の引継ぎに関してでしょうね。そろそろフクロウ、イモリの両試験が近いですから」

 

 「というと、やっぱり、ビンズ先生は、その……」

 

 「ええ、大往生を遂げられました。本懐を果たしたゴースト、かくあれかしと言わんばかりの見事な成仏っぷりでしたね。私も長年の助手として鼻が高いですよ」

 

 人間の価値観的にはかなりピントのズレた発言を堂々と言ってのける存在の名は、ノーグレイブ・ダッハウ。

 

 8年近く、魔法史の授業の助手を務めてきた存在(“人物”とは魔法省がまだ定義できていない)であり、授業内容や試験内容を把握している後任者という意味でなら、申し分ない人選である。

 

 ただまあ、人格の方には問題がないとは口が裂けても言えず、むしろ問題しかない、というかそもそも彼は“人間であった”ことがない。

 

 ホグワーツの長い歴史を紐解いても、人と区分されたことが一度もない存在に教職を任せるというのは、中々珍しい事例であろう。ダンブルドア新校長も思い切った人事をしたものである。ケンタウロスや水中人の事例など、ないわけではないけれど。

 

 

 「授業の方は、魔法史助手だった管理人さんがそのまま引き継ぐんですか?」

 

 「基本的にはそうなりますね。魔法生物飼育学のケトルバーン教授には、森番のルビウス・ハグリッド氏が助手ですし。闇の魔術の防衛術のガラテア・メリィソート教授には、イゾベル・ロス女史が助手を務められたことがありました」

 

 「イゾベル・ロス? その人って確かミネルバ先輩の……」

 

 「ええ、お母君に当たられます。マグル世界のロバート・マクゴナガル氏とご結婚されたため、流石に住み込みが基本のホグワーツ教職を続けるのは厳しかったので寿退職なさいましたが、今もご健在のはずです」

 

 「やっぱそっか。でも、やっぱり魔法界って広いようで狭いですよね。ほとんどの初対面が知り合いの知り合いですもん。それにしても、寿退職かあ……」

 

 ホグワーツ教員の仕事は、かなりの激務である。

 

 腕白盛りの生徒たちがひっきりなしに問題を起こすことに加えて、毎年ごとに特徴の違う生徒たちに合わせたカリキュラムを組み、年末試験に向けた様々な課題、宿題の評点を付け、さらには寮の加点減点、罰則に関してまで仕事がある。

 

 この仕事を、妊娠・出産・子育てと両立するのは、確実に不可能であった。“独身魔女の墓場”という別名を持つのも由縁なき話ではない。

 

 既に子供が成人した初老の魔女が教職を務めることは多いが、既婚の若い魔女が教師を務める例は非常に稀なのが現実である。

 

 

 「適性も必要で、生徒たちに対する責任感も重要とくれば、現職の専任教授の助手という形で数年学び、しかる後正式に教授へ、という形が一番望ましくはあるのでしょうね。惜しむらくはそこまで理想通りにはいかないところですが」

 

 「うーん確かに、ケトルバーン先生やスラグホーン先生なら、後数十年はやりそうですもんね」

 

 飼育学のシルバヌス・ケトルバーンと魔法薬学のホラス・スラグホーン。いずれも数十年勤務する古参の教授陣である。

 

 

 「かといって、ずっと助手のままだとちょっとなあ、他に魔法学校のポストもないし」

 

 何しろ、“お隣”の学校がフランスのボーバトン魔術アカデミーと、北欧のダームストラング専門学校である。

 

 “遠く”の学校である北米のイルヴァーモーニー、南米のカステロブルーシュ、アフリカのワガドゥ、日本のマホウトコロなどはポスドクの赴任地としては論外だ。言語文化の違いもさることながら、余程の物好きでもない限りは請け負う者はおるまい。

 

 

 「例えば、貴方なら魔法薬学の成績が大変よろしいですから、卒業後にスラグホーン先生の助手になるという道もあるでしょう。しかしそうなると、他の道へ後から変えるのがなかなか厳しくなるのもまた事実」

 

 「そう言われると、二の足を踏んじゃいますね。僕も将来、どうしようかなあ」

 

 そんなこんなで中々教員人材の確保が難しいホグワーツ。これは長年の課題と言えるだろう。

 

 校長職を任せられた人物にとって、一番頭を悩ませるのは教職の人事問題であるのかもしれなかった。

 

 六年生であり、そろそろ将来の道を固めねばならないポッター少年にとっても、完全な他人事とは言えない話題だ。

 

 

 「将来と言えば、例の直毛薬の開発は進んでおりますか? 職業的な将来の道筋も大事ですが、未来の奥方たるフォーリー嬢のためにもその遺伝的呪いへの対抗手段を早めに整えるに越したことはないと思いますが」

 

 「へっ? ああ、いいや、僕とミーアは、その、まだ正式には……」

 

 「何をおっしゃいますか、あのトイレの悪霊の呪いを跳ね除けたのですから、最早“秘密”のカップルでしょうに」

 

 フリーモント・ポッターは、同学年のハッフルパフの女生徒、ユーフェミア・フォーリーと付き合っている。

 

 これは、ホグワーツの“秘密”(ということは誰もが知っている)であった。

 

 というか、ミーアという愛称で呼んでいる、呼ばせている時点でバレバレである。(友人からはユーフェ、恋人だけはミーア)

 

 そして、“悪霊のダッハウ”がトイレの悪霊と呼んだのは言わずもがな、マートル・ウォーレンのことである。

 

 

 「ええまあ、あの時は大変でしたけど。僕が煮え切らなかったのも悪いですし、今思えば良かったんですかね。マートルが散々邪魔してくれたおかげで、却って素直にミーアに告白できた気がします」

 

 「遥か東洋の諺に曰く、“雨降って地固まる”というものでしょうか。例のトイレの悪霊が原因で別れたカップルは数知れずですが、乗り越えれば貴方たちのように誰もが模範としたくなるような恋人同士になれる。これはなかなか興味深い現象ですね」

 

 嘆きのマートル

 

 妬みのマートル

 

 僻みのマートル

 

 根暗のマートル

 

 破局のマートル

 

 喪女マートル

 

 他にも多数の呼び名あり

 

 

 「そんなに多いんですか、別れたカップル」

 

 「凄く多いですよ。元々ホグワーツの恋愛事情は複雑怪奇で、二股も珍しくはなく、離散集合がひっきりなしに起こることで有名ですが、あちこちにある火種に油を注ぎまくり、山火事にまで燃え上がらせる天才こそがマートル・ウォーレン嬢なのです。あれで、レイブンクローではなかなかに成績優秀ではあったそうですから、そういうことには悪知恵が働くのです。友達は皆無でしたけど」

 

 「ああ、それで…」

 

 「故に、僻む、故に、妬む。それがゴーストの宿命というものです。生前の未練が強いエネルギーになって残留するものですからね。彼女を支える強力な念、存在の根幹に、“リア充爆発しろ”がどっしりと鎮座している訳です」

 

 “リア充爆発しろ”

 

 それこそが、嘆きのマートルの根幹。

 

 別れるカップルが多ければ多いほど、力を使ってすり減るどころか、むしろ力を増していく。

 

 別れたカップルの恨み、妬み、嘆きがマートルに集まり、それを原動力にまた嫉妬の念が新たな犠牲者を作り出す。頼むから止めて欲しい恐るべき負の連鎖だった。

 

 ホグワーツがティーンエイジャーの学校である以上、彼女が成仏する日は永遠に来ないかもしれない。

 

 

 「そして私の仕事は、そんなゴーストの方々が成仏出来るようにお手伝いすることと、彼らの念をホグワーツに“記録”することです。表側の管理人は人間の方にも務まりますが、裏方の管理人は同じ死者にしかできません。まあ、正確には私は死んではおらず、同時に生まれてもおりませんが」

 

 「だから管理人さんも恨まれるんでしょうに」

 

 「恨み、恨まれはゴーストの花道というものですよ。誰にも知られることなく、寂しくトイレに籠っている頃に比べ、今のマートルさんの生活のなんと充実していることか」

 

 「死ぬ程迷惑な話ですね」

 

 生身の世界に生きる生徒達からすれば、まさにいい迷惑である。というか、害悪だった。

 

 かくのごとく、害虫の如く忌み嫌われる“破局のマートル”が誕生し、そのトイレの悪霊の行動範囲を広げ、限定的ながらピーブズのように物体に干渉することが出来るように助力をやらかす、余分なことをしやがってくれる悪霊代表こそがノーグレイブ・ダッハウ。

 

 ミネルバ・マクゴナガルとアメリア・ボーンズの二人が、あの存在に教師を任せてよいものか、と危惧した由縁がこれである。

 

 この悪霊野郎、基本的に魔法族の法律や生徒の安全よりも、ゴーストの妄念の方を優先する傾向があった。というか、法律を守る気があまりなかった。

 

 

 

 「まあ、終わってしまった嫉妬幽霊の悪行はともかくとして、貴方の呪いとしか思えないくしゃくしゃ髪への対策はどうなのです?」

 

 「そんな変ですかね? カッコいいと思うんだけどなあ」

 

 「その美的感覚の局所限定的欠如も含めて、ポッター家の血縁の呪いと思うのは私だけでしょうかね」

 

 これについては、残念ながらこの悪霊のみの感想ではなかった。

 

 後にポッター家の直系男子ら、及びその友人たちは語る、このくしゃくしゃ髪は呪いであると。

 

 

 「ミネルバ先輩も、ボーンズ先輩も、フリットウィック先輩や、ドロホフ先輩にまで同じことを言われましたよ」

 

 「だったらそろそろ自覚してください。流石にスリザリンの悪童からも言われるのは相当ですよ。私は観測者に過ぎませんから生徒達の黒歴史の記録は望むところですが、貴方の友人や知人の方からはすれば、さぞや気をもんでいることでしょう」

 

 「直毛薬自体は、かなりの部分まで出来てきてるんですよねえ」

 

 「おお、頑張ったじゃないですか」

 

 「でも、僕の髪にいつ使うべきなのかが分からない」

 

 「おお、何という豚に真珠、猫にガリオン金貨、ポッターに直毛薬」

 

 ポッターに直毛薬。これが孫の代まで続く格言になるとはこの時誰も知らない。

 

 己の趣味や没頭できることには凄い能力を発揮できるが、異性のために容姿を整えることにはその方向性がいかないのもポッター家の呪いであろうか。

 

 

 「猫ってことは、今度ミネルバ先輩にガリオン金貨をプレゼントしてみますね」

 

 「意図を知られたら殺されますよ。誇り高い彼女のことですから、さぞや苦しむ呪いを開発してくださるでしょう。磔の呪いを上回るほどに」

 

 「それは嫌だなあ」

 

 「ポッターさんって、意外と天然で邪悪な部分がありますよね」

 

 人でなしの悪霊と、普通に会話できる人格とはいかなるものか。

 

 余程の聖人か、同調する部分のある人でなし予備軍か。

 

 ひょっとしたら、ポッター遺伝子にはかなり凶悪な人でなしになり得る要素があるのかもしれない。例えばそう、恋敵を宙づりにして辱めたりとか。

 

 

 

 「邪悪と言えば、件のマートルさんが、管理人さんを邪悪な存在って言ってたのはどうしてなんです?」

 

 「私が邪悪な存在ですか、ふむ、彼女の立場からすれば尤もでしょうね。簡単に言えば、ホグワーツの裏方事務というか、雑事をお願いしているのですが」

 

 「ゴーストに雑事って、出来るんですか?」

 

 「通常なら、私とピーブズくらいのものです。そして、ピーブズは絶対にやりません。ただ、魔法界には自動速記羽ペンという便利なものがありまして、動かすに足るだけの“念”さえあれば、書類仕事をすることは不可能ではないのですよ」

 

 という次第で、マートルさんが生徒に対して“やらかした”内容の後始末、主に書類面での始末書作成など。あと、何時何処の廊下を修復呪文で直したとかも必要な記入事項である。

 

 ノーグレイブ・ダッハウの魔法史教師の就任に伴い、ホグワーツの管理人の部屋に保管されるそれらの書類のための、筆記、管理に関する業務が徐々にゴーストへと委託されているのであった。

 

 

 「浮遊呪文や自動筆記呪文ですか」

 

 「原理的には同じです。通常のゴーストがそれを行おうとすると自我を形成する残留思念が擦り減ってしまいますが、カップルを破局させ、嫉妬の念を常に補給しているマートルさんの場合、書類仕事をするくらいで需要と供給が釣り合っています。彼女が悪霊として巨大になり過ぎても困りますから、ほどほどに“発散”させているのですよ」

 

 「ゴーストの本能に従って、カップルを破局させればさせるほど、書類仕事が増える。………地獄ですね」

 

 「どちらかと言えば、煉獄ですかね。あるいは、犯罪に対する刑務作業がイメージに近いかと。汝の罪は嫉妬に駆られてカップルを破局させたことなり、汝の罰はホグワーツ管理業務の事務処理である」

 

 「凄く迂遠なやり方で、生徒に罰則で事務仕事させてる感じですね」

 

 そしてそれこそが、マートルさんのカップル妨害行動をこの悪霊が支援する理由。

 

 つまるところ、魔法史教師としての仕事が増える自分の代わりに、ホグワーツ裏方管理人としての書類仕事を代行させるための労働力確保、兼、モデルケースであった。

 

 マートルさん、自業自得とはいえ、哀れなり。

 

 

 「他のゴーストの方々では駄目なんです?」

 

 「徐々にお願いする予定ではありますが、現状では一番の適任はマートルさんです。首無しニックさんや修道女さんなど、“古い”方々は書く文字もラテン語レベルに古く、現代英語の書類に適応していません。割と近代のゴーストとなると、妄念がやや弱いのかマートルさんのような呪い補給サイクルが回しにくい」

 

 「ああそっか、ただ事務仕事するだけじゃあ擦り減っちゃうから。生徒たちを呪って、補給もしなくちゃいけないんですね」

 

 「かといって、危険な呪い方をするゴーストは論外です。となると、無駄に発散される思春期の少年少女の想い、性欲、嫉妬の爆発を煽り、吸い上げ、燃やし尽くす“恋愛嫉妬ゴースト”が何といっても一番相性が良い。どこまでいっても恋愛沙汰は恋愛沙汰ですからね、結婚詐欺よりはましです」

 

 「それもそれでどうかと……」

 

 結局、生徒たちにとってはいい迷惑である。

 

 とはいえ、ドクズ悪霊共の妨害がなかったからといって、それらのカップルが無事に結婚まで漕ぎつけられたかと言われると、それもまた微妙。

 

 彼らは火種を燃え上がらせる悪霊だが、鼻が利くのか燃え上がりやすいところに憑りつく傾向がある。

 

 火種のないところに煙は立たない。すなわち、破局の種のないところに恋愛嫉妬ゴーストは寄り付かない。純真なカップルを視ると眼が焼かれるのか、特にバカップルに好んで取り憑く傾向がある。

 

 結局のところ、遅かれ早かれだったような気がするのは、決してフリーモント・ポッターがリア充であるからの錯覚ではなかった。

 

 恋愛など、別れるためにある。とはマートルさんの持論である。

 

 

 「そういう訳で、“恋愛嫉妬ゴースト”の発掘と人材育成にはなかなか苦労しているのですよ。これに加えてもう一件、ダンブルドア新校長より頼まれた“夜間学校”のこともありますし」

 

 「ああ、それそれ、何か噂になってましたけど」

 

 「まあ、こちらの進捗はゴーストの時間感覚なので十年単位ですよ。生徒の選定もまだまだですし、どんな体制でやっていくかも何も決まってませんから。残念ながらポッターさんの在学中には形にはならないでしょう」

 

 「でも、そもそも夜間学校って何のために?」

 

 「何のために、というより、“誰の為に”、という案件なんです。ほとんど校長の個人的事情なので、魔法史の通常業務や裏方管理人の仕事を優先してくれとは言われてますし」

 

 どこかはぐらかすように言う彼には、これ以上伝える意図はないらしい。

 

 そう察したポッター少年は、それ以上深入りして追及することもなかった。

 

 その察しの良さと気配りこそが、フリーモント・ポッターという少年の特徴であり、同時に、苦労人気質である由縁でもあるのだろう。

 

 

 「あれ? でもマートルさんがゴースト労働のモデルケースだとしたら、ビンズ先生が消えた理由は……」

 

 「ポッターさん、それ以上はいけない」

 

 君子危うきに近寄らず

 

 そんな東洋の諺の意味を、新たに噛み締めたフリーモント・ポッター、16歳の日々であった。

 

 

 

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