「マクゴナガル先生が副校長へ就任。それに伴い他の教科も入れ替わると、そろそろホグワーツ教師陣も刷新の時期ですかね」
魔法戦争の終結から、まる5年が経過した1986年のとある日。
ノーグレイブ・ダッハウにしては珍しく、教師として真っ当な連絡事項について目を通しているようであった。
「へぇ、情報が早いわね。事務方のこっちにはまだ来てないのに」
「私がこれでも表側の教師でもありますので。不満を持つ方々はそれこそ星の数だけいるでしょうが」
「そりゃあそうでしょ」
「どの子達も、“なんでアイツが教師なんだ”が必ず口癖になっちゃいますもんね」
魔法戦争が終わって以来、ただでさえ酷かった魔法史の授業であったが、より“実践的な”講義が増えている昨今。
悪霊教師の罷免を求める保護者からの抗議の手紙が来るのは最早伝統行事だが、校長と副校長が“必要な犠牲”と判断していることもあり、なかなか成果は上がっていない。
“より大きな善のために”というかつての盟友のスローガンは形を変えて存続しているらしい。
無論、校長達とてダッハウを好んでいるはずもなく、大嫌いであるのは生徒と違いなかったが。
「本来ならばマクゴナガル先生の副校長就任は戦後にすぐを予定していたのですが、エルフィンストーン・アーカート氏とご結婚なされたこともあり、激務の副校長職にすぐに任命するのもどうかという観点から、二、三年先送りにされていた人事の発動と言えます」
「そう言えば結婚してたわね」
「妬まし……いいえ、いいえ、魔女が魔法使いと無事に結婚するというのは良いこと、良いことなのよメローピー、私はクール、私はクール」
例の発作が起きているが、当然気にしない。
これでも、昔に比べればかなり改善されたほうなのだ、この程度で騒いでいては夜間学校ではやっていけない。
「魔法薬学のホラス・スラグホーン先生も退任なさり、プリンス魔法製薬所のセブルス・スネイプ氏が後任に。彼が別件で忙しい時などは、リリー・エバンズ女史が臨時講師で入ることもあると。彼らの魔法薬学の実績を考えれば妥当なところかと」
「夫婦揃って魔法薬学の教師か、またしてもジェームズだけハブられたわね」
「セブ君、やりましたね! わたくしは信じてました!」
一転して躁状態。今のポッター家の混沌の元凶はメローピーさんであるが、そこは脇においておいて、基本的に彼女はプリンス家を応援する。
色々と思うところはあるが、やはりゴーント家の悲劇の体現者である彼女にとっては、セブルス・スネイプには幸せになって貰いたいのだ。
ジェームズについては、彼は良き親友たちに恵まれている。ある種、絶対にめげずに幸せになれる男だと信頼されているからこその、ぞんざいな扱いとも言える。
「闇の魔術の防衛術は、段階的にシグナス・ブラック副校長からリーマス・ルーピン氏へ。こちらもまた、不死鳥の騎士団での活躍と実績からすれば妥当です」
「夜間学校で、散々闇の生物に命を狙われたしね」
「ごめんなさいルーピン君、ぜんぜん守ってあげられませんでした」
まあ、障害があってこそ鍛えられるものもあるというか。
悪戯仕掛け人達が、不死鳥の騎士団においてベテランに劣らず活躍できたのも、あの死と隣り合わせの怪物共の館での経験の賜物と言えるだろう。
「ところで、妬ましいシグナスの奴はすぐに闇の魔術の防衛術を退任するわけじゃないのよね?」
「そこは、マクゴナガル先生の副校長就任と同じです。7~8年程度かけて、彼女が業務になれるまでは副校長が二人いる形で徐々に権限も移していくようです。防衛術についてはもう少し早いと思いますが」
「ちっ、とっとと引退しちゃえばいいのに」
「でもマートルさん、シグナス先生がいなくなっちゃうのも、それはそれで少し寂しい気もします」
事務関連や印刷関連など、何だかんだで悪霊組と仕事のやり取りが多かったのもシグナス・ブラックである。当然、幽霊事務員筆頭であるマートル・ウォーレンと同期であったことも大きく影響しているが。
彼女のもとで、平事務員をやっているメローピーさんとしては、何だかんだでそれなりに親しみのある相手なのである。
「喧嘩相手がいなくなるのも、それはそれでというものですかね。他は、マグル学にレイブンクロー卒業生のクィリナス・クィレル。そして、こちらも退任なさるシルバヌス・ケトルバーン先生に代わり、魔法生物飼育学にルビウス・ハグリッド」
「ハグリッドも? 騎士団員が一気に3人も入るってことは、完全に死喰い人対策の布陣じゃない」
「流石に、ケトルバーンのお爺ちゃん先生に戦ってもらうのは厳しいですし、ハグリッドさんなら信頼感ありますもの」
ただし、校長のアルバス・ダンブルドアの方が年上ではある。
そこは大前提として誰もが知っているが、彼は別枠だ。何歳になろうとも、ダンブルドアに決闘で勝てる魔法使いは出てこない。
「夜間学校におけるキメラ、ルーンスプール、アクロマンチュラなどの繁殖にも手を貸していただきましたから、まさに勇退というものです」
「今やあそこ、化け物の巣窟だけどね」
「……本人が戦えなくても、とんでもない戦力を残していってますわね」
ギロチン先輩や電気椅子後輩、アイアンメイデンなどは悪霊教師の領分だが、危険生物に関しては、ケトルバーン&ハグリッドの功績(罪過)と言える。
そして、ハグリッドが後任である以上は、今後も夜間学校の怪物は増殖の一途を辿るであろう。三頭犬とか、ドラゴンとか、スクリュートとか。
「そして最後、理事長は相変わらずシグナス・ブラック副校長が兼任なさいますが、その補佐として理事からルシウス・マルフォイ氏が選ばれております」
「マルフォイ? 戦争の時は死喰い人陣営にいたマルフォイ家?」
「セブ君の先輩だった方ですよね」
「はい、そのマルフォイです。先代のアブラクサス・マルフォイ氏は1968年のテロで死亡し、魔法戦争の後期頃からルシウス・マルフォイ氏は中立派に鞍替えしておりました。なかなか良い政治判断でしたが、決め手はやはり、ナルシッサ・ブラックを妻としていることでしょう」
マルフォイ家は、ブラック家ほどではないにせよ、征服王ウィリアムの時代にまで遡る相当古い家だ。
当然、スリザリン寮の純血名家貴族の一角であり、多大な影響力を持っている。
彼が中立の立場へ鞍替えしたということが、戦争の陣営バランスに与えた影響も決して小さいものではない。
「長女ベラトリックスは死喰い人、次女アンドロメダはマグル生まれと結婚、三女ナルシッサは中立の純血名家へ。ブラック三男家のバランスとしては実に見事であり、マルフォイ家の当主はホグワーツの理事を務めるにしても不足ない人選と言えますね」
「あら、アンタにしては高評価じゃない」
「政治というものに適性を持っている魔法族はかなり少ない。その点において、ルシウス・マルフォイという人物は中々に使い勝手のある道具、いいえ、人材なのですよ」
「今、道具って言ったわねコイツ」
「やっぱり、所詮はダッハウ先生ですね」
他人を道具扱いするからこその、ダッハウ。自分自身だろうと、便利な道具くらいにしか思ってないのだから、ある種当然なのだろう。
「マルフォイ家の立ち位置というものが、面白いのは間違いありません。何せ、戦争の帰趨次第では全く違った立場であったでしょうから」
騎士団陣営
魔法省陣営
死喰い人陣営
シグナス・ブラックの中立派を除けば、基本この三つが実戦でぶつかり合っていたわけだが、もし、死喰い人陣営が完全に敗れ去っていたならば、マルフォイ家は生き残りを図る純血名家から確実に頼られており、持ち上げられる家となっていただろう。
ルシウス・マルフォイとて、自分を頼ってくるそれらを糾合し、そしていざという時のトカゲの尻尾にすればという打算も働いただろうし、“純血派”の旗振り役は常に必要だ。
ブラック家、レストレンジ家、ロジエール家などが没落すれば、必然とマルフォイ家が持ち上がるのは道理というもの。
「様々なバランスを考えた上で、彼は今の選択をした。特に子息のドラコ・マルフォイの将来を見据えてという部分が大きいのでしょうね。学生の頃からそうでしたが、かなり身内には甘い、心を許した者は徹底的に庇うタイプと見えます」
そして当然、ダッハウにとっては元教え子。
ゴーストは遍在する故に、ルシウス・マルフォイのホグワーツ時代の生活や交友関係についても、恐らく誰よりも知っている。
「純粋にマルフォイ家の存続を第一とするならば、父親は死喰い人陣営に、息子はセブルス・スネイプに預けて騎士団陣営にという手段もありました。死喰い人が勝ったとしても、その時は他の死喰い人側の純血名家と再婚すればよいのですから」
「彼が血も涙もない冷徹漢なら、そうなってたってことかしら?」
「ですがまあ、そうはならなかった。義理の父のシグナス・ブラックが中立派であり、騎士団にセブルス・スネイプという強力なパイプがある現在、下手に死喰い人だけに肩入れするのも危険と判断したのでしょう」
決して、純血主義を捨てたわけではない。
だが、家と妻と息子を守るために死喰い人陣営につくのが必ずしも最善ではないならば、それなりの政治的な身の振り方があるだけの話。
そうした点で、妥協をしながら立ち回れるだけの判断力があるのは、間違いないところだ。
「じゃあ、ルシウス・マルフォイさんは、死喰い人とは袂を分かったということですか、ダッハウ先生」
「いいえ、単純にそういう訳でもありません。それはつまり、現在の死喰い人達の行動方針とも関わってくるのですが。まずはアントニン・ドロホフ、ベラトリックスの“海賊組”。彼らはイングランドに縁のある世界中の魔法保護区などを襲撃しております」
マグルの歴史で例えるならば、スペインの隆盛と海外植民地の時代における、イングランドの私掠船を率いたフランシス・ドレイク船長。
20世紀のニュート・スキャマンダーの時代であっても、大洋を超えた姿現しは不可能であり、16世紀や17世紀においてはなおのこと、イングランドの魔法使いがアジアへ行くためには、東インド会社の船に乗る必要があった。
アクロマンチュラなども東南アジアのボルネオ島原産であり、今ではイギリス魔法界でも知られる魔法生物ではあっても、当時は全く知られてなかった種も多い。
その時代からある、マグル側の海外植民地的要素とは切り離せない土地の様々な施設。特に、魔法生物や植物に関する諸々の保護区、法律事務所、利権を抱える貴族の分家など。
そうした海外拠点をドロホフら“海賊組”は襲撃し、密猟も行い、現地で闇ブローカーに売り捌く。落ち武者狩りにも通じるものがあるが、アジア圏の魔法族からすれば、外様の白人共を叩いてくれる義賊も同然だ。
「“いじめっ子”というものは、虐めても周囲から反発を受けない“嫌われ者”を見抜く術に長けています。特にアントニン・ドロホフは学生時代から、必要悪を気取って防衛クラブという一大組織を築くほどの悪童のカリスマ的要素がありました。こういう義賊紛いの海賊行為には最も適任の男です」
「じゃあ、ベラトリックスは女海賊ね」
「簡単にイメージできそうです」
「実際、最近はそういうイメージがダイアゴン横丁あたりでも広まりつつあります。戦争など所詮、対岸の火事である者らにとっては娯楽と変わらない。幽霊船団に乗った女海賊が、地元の魔法族を脅かすイングランド系貴族から財宝を掻っ攫う話など、大衆受けするものの代表例です」
「まあ、そこは分かるわ。見てるだけなら楽しいもの」
「わたくしたちも傍観者ですし」
「つまるところ、死喰い人が狙うのは“人気者のテロリスト”。中々優れたゲリラ戦略と言えましょう」
やっていることは悪辣非道な略奪であっても、人気者でさえあれば多くの悪行は容認される。
死喰い人はただの暴力集団ではなく、蛇の狡猾さを兼ね備えた厄介な武力組織だ。
ヴォルデモートという頂点を欠いた状態だからこそ、雌伏する蛇の狡猾さはより磨かれるとも言える。
「ロジエール、クラウチ・ジュニアらの“殺し屋組”も、各国の魔法界で癒着があったり、権力を独占したりして多方面から恨みを買っている政治家連中を殺していく。こちらも言わば、“正義の殺し屋”気取りといったところですか」
当然、法に触れる活動であるため、各国の警察組織も動くが、ここぞとばかりに殺された「悪徳政治家」の傘下の蝿や追従の連中の摘発に回り、死喰い人の追跡に本腰はいれない。
死喰い人にしても、悪徳政治家が『権力を悪用して蓄財していた宝物』を奪えればそれでよく、こちらはそのまま本国地下組織の待機組へ流される。
「彼らが略奪品を本国へ輸送する途中ルートにおいて、『正式な貿易』に一枚噛んでいるのが、マルフォイ家です。あくまで、中立(ただし、好意的)の立場で、魔法省もというところがネックです」
「なるほど、構成員としては抜けたけど、取引相手としては未だに蜜月の関係であるわけか」
「うーん、やりますわね」
「人間の組織である以上、権力を握れば誰かに妬まれる。権力者に死んで欲しいと願う人間など、必ずどこにでもいるのです。だからこそ、その間隙を上手くつけば、このように相互利益の関係を構築しながら略奪行為を続けることが出来る。中世の海賊とは大抵そういうものでした」
戦う力のない民を攫って身代金を要求したり、奴隷として売り払ったりと様々だが。それらにしても“売り手と買い手”、需要と供給の仕組みからは逸脱したものにはならない。
奴隷の売り先がなければ、奴隷の供給源を確保しようという発想には成りえない。略奪品とて同じであり、密猟品も同様に。
海賊という存在は常に、貿易の活発な内海にこそ出没するものであって、前人未到の外洋に海賊はいないのだ。
「とは言うものの、同時にそれらは所詮、時代の徒花でもある。今は人気者とはいえ、そのような人気は容易く移ろいゆくもの。衆愚とは移り気なものですので」
そこは、マグル世界も、魔法世界も大差ない。
流行に踊り、新聞の記事を鵜呑みにし、他人を批判し中傷する。それが衆愚の愚かさというもの。
「ですが同時に、現体制に逆らう“国際テロ組織ネットワーク”というものは消えることはない。例え、巨大なテロを起こしたヴォルデモートという首魁が誅殺されようとも、彼を死せる英雄と持ち上げ、第二第三のテロ組織が沸いて出てくるのは間違いないでしょう。それがイングランド国内とは限りませんが」
マグル側の歴史においても、そうした事例はある。
ソ連のアフガン侵攻、それに対抗するためにパキスタンで軍事訓練を受けていたイスラームの戦士団があったが、アメリカはあっさりと彼らを見捨て、サウジの石油に執着している。
さて、そんな彼らは怒りとともに、どのような存在に転じるだろうか。1986年には明らかならずとも、とある歴史では2001年の9月11日に、一つの結末が訪れた。
国際テロ組織はどこまでいっても反体制派。一時の人気や支援を得たとて、彼らはいずれ敗れるだろう。しかし、滅びはしない。
現地において、今の権力機構によって迫害される民があり、そして、安全な外側から彼らのような存在を望む、無責任な衆愚というものが、社会の大多数を占めている限りは。
彼らを生み出すのは、結局のところ老朽化し腐敗を進めている現状の統治機構そのものなのだ。
「マグルにおいて、イタリアのマフィアという存在を壊滅寸前まで追い込んだのは、それよりもさらに巨大で危険な思想を持つ、ファシスト政権のみでした」
それは、魔法族とて変わりはない。クラウチ大臣の強行な姿勢は、死喰い人を徐々に追い詰めるだろうが、その時さて、民衆というものは“どちら”をより危険なものとして恐れるか。
結果は、歴史が語るだろう。歴史に学ばぬ限り、同じ愚行を繰り返すのが人間というものだから。
「七大魔法学校の一つ、マホウトコロを擁する極東の島国、日本において有名な“人気者の反新政府組織”に新選組という存在があります。かつては幕府という体制側で都の治安を守る憲兵的立ち位置にありましたが、政権がひっくり返れば今度は反政府組織として北上しながら徹底抗戦を繰り広げた」
鳥羽・伏見の戦い、上野戦争、会津戦争、そして、五稜郭に至るまで。
彼らをどのような集団と見るかは、立ち位置と歴史解釈次第で如何様にも変わる。
ただし、当時に生きる人間であったとしても、無関係である遠隔地の民衆ほど、新政府軍よりも新選組を応援するもの。
ましてそれが、薩摩人や長州人が我が物顔で江戸の町を歩くことを快く思わないという下地があるならなおのこと。
「死喰い人という武力集団にも、そのような要素はありえるのです。例え魔法戦争では敗北しようと、今後の政治、行政、外交の展開次第ではどう転ぶかは分からない。だからこそ、歴史は面白く、正確に記録することに価値がある」
故に、ノーグレイブ・ダッハウは、死喰い人をも観測する。
行いが邪悪だからと忌避するのではなく、それがどのような意味を持ち、後世の歴史はどのように解釈するにせよ、まずは正確な記録がなければ話にならない。
それこそが、魔法史を預かる者の役割であると、時計塔の針は告げている。
ならばさあ、次はそろそろ、“焼け残った男の子”の時代へと、時計の針を進めてみよう。