『時計塔のオブジェクト記録』
【魔法法執行部 ルーファス・スクリムジョール】
執行部は読んで字の如く、定められた魔法法を実際に行使するために存在する。
マグルの世界において、国家の大なる役割とは安全保障と食糧の確保の2つであるが。
魔法を用いる我々にとって、魔法省の最大役割とは魔法世界をマグルから隠匿することにある。
境界を隔離する技術、目くらまし、忘却術など、その方法は多岐に渡るが、何をしてはならぬと制限することは難しい。
忘却術による処理一つを取ってみても、魔法の隠匿のためにどこまで記憶を消すべきか、完璧に判断できる者などおるまい。
よって、魔法族にとって最大の禁忌とは、マグルへの漏洩よりも、同族の殺害、権利侵害へと徐々に移ろう。
代表例として禁じられるは、服従、磔、そして死の呪い。
許されざる呪文は人に対して行使するだけでアズカバン終身刑となる“禁忌”であるが、そうなった経緯については殆ど知られていない。
そも、禁じられる以前、禁じられてからも、どのような用途で使われていた?
存在そのものが禁忌である故に、何時しかそれを語ることすら憚られるようになった結果、その脅威の歴史までも失われてしまうとは、皮肉極まる現象だろう。
闇祓いはその中でも、堕ちた魔法使いの処断、ある種の“同族殺し”を法の維持のための必要悪として担ってきた組織である。
最も闇に近く、闇と戦うからこそ、闇の何たるかも最も知っている。
『血統主義、純血主義、名家がどうしても幅を利かせてしまう魔法省にあって』
『唯一、実力主義が徹底された健全な組織。それが闇祓いである』
『実力と階級が一致している故に、上に立つ者ほど、物事を見渡す術に長けている』
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「さてと、本日はグリフィンドールとハッフルパフの合同授業となります。そろそろ新入生の皆さんも魔法史の授業に慣れてきたかと思いますので、例の魔法省紹介シリーズの二回目、魔法法執行部について語っていくといたしましょう」
9月1日にホグワーツの新学期が始まって以来、はや三週間が経過している。
曰く付きの初回授業が火山の噴火の如く大衝撃を放って後、あれから幾度か授業もあり、先輩たちの黒歴史を暴露していく“ホグワーツの歴史”シリーズもあり、“ガリオン金貨の神隠し”のような寓話紹介シリーズや、変化球として現在のホグワーツ教師の学生時代における武勇伝編もあったりする。
その際にも必ず、今授業を受けている生徒達の中に縁者がいる対象を選んでいくのだから、嫌らしいことこの上ない。偶然ではなく確信を持って犯行に及んでいることは疑いないので、例年通り悪霊教師は新入生からも嫌われている。
そんなこんなで、今日は最初の講義で言っていた、魔法省組織紹介の第二回。
ただし、内容が事前に分かっているからと言って、全く油断できないことは生徒全員が既に身を持って知っている。
「執行部は、闇祓い局、魔法法執行部隊、魔法不適正使用取締局、マグル製品不正使用取締局などから成り、警察・司法などを担当。魔法省最大の部であり、神秘部以外の全ての部は魔法法執行部に対して責任を負います。極々簡単にまとめると、“魔法を悪いことに使っている奴を懲らしめる”ことが仕事です」
法というものは、やってはいけないことではなく、破ったらどうなるかが書かれているものだ。
である以上、破った者に罰則を与える機構なくして、法という物は機能し得ない。ホグワーツの校則とて、破った際の罰則があるからこそ拘束力を持つのだから。
「どんなことに魔法を使ってはいけないか、そもそも使ってはいけない魔法とはどんなものか、それらは魔法法として明記され、集団の構成員が遵守するべき規範として機能します。それが組織として成り立っているからこそ、“取り敢えず皆がこれを守っていれば、社会が何となく回る”ようになる訳です」
それが、法治国家の基本的な社会の有り様であり。
「これがしばらく経ってくると、法の何たるかも考えないまま取り敢えず規則に従うだけの脳無しも多発しますが、この際それは置いておきましょう。皆さんの脳には藁以外の何かが詰まっていることを期待します」
そして、例によって人間というものの負の側面を列挙していくスタイル。
実際、マグル世界においてもそうだが、社会が複雑になればなるほど法は網羅しきれぬほど膨大になり、経済などの分野に限っても公認会計士など、司法の分野では法曹関係の人間でなければ、法が互いにどういう構造になっているかすら分からなくなってしまう。
マグル社会ほど巨大ではない魔法族だが、その分、ゴブリン、水中人、屋敷しもべ、ケンタウロスなどの異種族とも共存しており、法として管理せねばならないことはやはり多い。
「細かい点を挙げればキリがありませんが、“違法行為を列挙しておき、破った者を武力で罰する”という点については、マグルの法執行と何ら変わる点はありません。社会を構成するにあたっての根幹である法という分野においては、マグル社会との同一性は非常に高いという認識は先ず持っておきましょう」
だからこそ、マグル生まれが魔法界にやってきても、やがては馴染むことが出来る。
魔法族独自の法がどれだけあろうと、やってはいけないことがあり、守っていれば社会が回るという安心感があるから、同じ人間なのだと信じる事が出来るのだ。これがそもそも、法を持たない、作らない生き方であるならば、共存など夢のまた夢だ。
魔法という力を抜きに考えれば、マグルと魔法族は異なる法体系を持っているだけの、異文化集団と捉えることも不可能ではない。
「この、“武力で罰する”を担う者が闇祓いであり、闇祓いには多種族がいないことにも留意しましょう。ここを人間のみで独占している以上、どこまでいこうが魔法省は“人間優位”の組織であり、この在り方は未来永劫変わることはないでしょう。ここについて善悪を問うことに意味がありません。なぜなら、他に選択肢はありえないからです」
ただし、大きな違いは、魔法族はマグルにバレてはいけないということ、隠匿せねばならないということ。
互いを認識し合うことで初めて“異文化集団”になるわけだが、魔法族がマグルを認識しても、マグルは魔法族を認識しない状態こそが、魔法法の執行によって維持すべき“平和状態”である。
「自分達の安全保障を第一とするマグルの国家法と異なり、魔法法の根幹は“マグルからの隠匿”です。別の言い方をすれば、魔法法を守らせることは、マグルから身を隠すための手段に過ぎません」
魔法は極めて利便性が高いので、家族単位で生きるだけなら国家は必要ない。
しかし、皆をマグルから隠そうとするなら、集団の力は必要だ。
「よって、そのための法を強引にでも守らせるために“武力で罰する”役を魔法族以外が担うことは出来ない。理由は明白、魔法族以外は、確実にマグルから話が通じる同族とは見なされないからです。これも覚えておきましょう、サピエンスとは皆殺しの種族であり、根絶することに異常に長けている」
魔法族は、知性を持つ異なる種族と共存している。
マグルは、ホモサピエンス以外の種族を、皆殺しにしてでも自分達だけの社会を作る。
共存の種族と、皆殺しの種族。
どうあっても根本が相容れぬ、絶望的なまでの隔たりがそこにある。
特に一神教などは、人間のみを“神の子”とし、人間の絶対的優位性を疑わない。中世の司祭の説教を信じる素朴な農奴は、笑顔を浮かべて異教徒の首を刎ねることが出来たのだから。
そして、良くも悪くも魔法族はその影響を受けており、“同じような思考法を身に着けなければ”、距離を置こうが併存など出来るはずもない。
「ゴブリンがマグルに見つかればどうなるか? 害獣として確実に皆殺しです。ケンタウロスならば? よくてサーカス、悪ければ絶滅。水中人ならば? 生息域に水銀かカドミウムあたりを流されて、公害の毒素で全滅でしょう」
ローマ帝国の行ったパンとサーカスに見るまでもなく。マンモスやナウマンゾウ、ヨーロッパライオンなどは、サピエンスによって絶滅させられている。
「屋敷しもべならば、奴隷として生かされる道もありますし、ヴィーラならば性奴隷として売買くらいはされるでしょう。他の種族については、珍品として剥製にするくらいでしょうが、巨人もまた象や馬の代わりに奴隷としての使い道は考えられます」
バレてはいけない、絶対に隠匿せねばならない。さもなくば皆殺し。
この恐るべき種族たちと時に交渉し、時に仲間のふりをし、“血を交わらせてもやっていける”のは、魔法族だけなのだ。
「他の種族が交渉の窓口では、話になりません。よって、魔法法を守らせる軍隊に相当する機関は、人間だけで固める以外に道はない。そこに人間以外の者が存在すれば、マグルは確実に拒否反応を示すでしょう」
中世ならば、神の子である人間以外を教会が認めるはずもなく、確実に悪魔は火炙りだ。
「何せ、言語が違うだけ、人種が違うだけ、宗教が違うだけでジェノサイドを行える種族なのですから、種族そのものが違ってしまえば、根絶しない根拠がどこにもない。忘れてはなりません、マグルと混血できるのは、魔法族だけ。スクイブがマグルに融和できるのも、魔法族だけ」
魔法族と巨人、小人、妖精、ヴィーラ、水中人、時にはバンシーや吸血鬼とすら、混血はあり得る。
しかし、マグルとの混血は“同じ人間である”魔法族以外はあり得ない。それ以外との混血を、マグルは同族とは認めない。
この星で最も、迫害、差別、皆殺しに長けた種族こそ、ホモサピエンスというものだから。
そうでなくば、ネアンデルタール人や、ホモフローレンシスは、現代にも生きて共存できていなければおかしいだろう。
一万数千年前を境に、サピエンスは唯一のホモ属となっており、魔法族とはそれ以後に分離した“同じホモ属”である。
尚、いまこの瞬間に授業を受けている生徒には、その「皆殺しの種族」を両親に持つ生徒もたくさんいる。しかし、悪霊教師の弁は止まらない。止まるはずもない。
「であるならば、他の種族はどこから来たのか? という謎はあるでしょうが、そこは今回の本題からそれるので置いておきます。来年以降に、始代や古代の魔法族の成立と、創始者以前のブリテン島の魔法族の歴史を学びますので、そこで改めて語るといたしましょう」
幻想の種族とは? 魔法とは? その起源は?
仮説は神秘部で様々に議論されるが、明確な答えに至ったものは未だ無い。あるいは、そんなものはどこにもないのかもしれない。
「ここで抑えるべきは、一つに絞ります。魔法法執行部とは、マグルから魔法界を隠匿するための魔法法を守らせるための機関であり、その役は魔法族にしか出来ない。そして、全ての根はそこにある以上、純血、混血、スクイブ、マグル生まれとは、どの時代においても魔法省成立以前から、中心的な政治命題となってきた。ここで、四人の創設者の言葉を引用しましょう」
スリザリンの言い分は、 『学ぶものをば選ぼうぞ。祖先が純血ならばよし』
レイブンクローの言い分は、 『学ぶものをば選ぼうぞ。知性に勝るものはなし』
グリフィンドールの言い分は、『学ぶものをば選ぼうぞ。勇気によって名を残す』
ハッフルパフの言い分は、 『学ぶものをば選ぶまい。すべてのものを隔てなく』
「サピエンスとはすなわち、自らを“賢きヒト”、知性ある者と謳う集団。そして、敵を皆殺しにする勇敢さを持ち、同時に排他性の極めて強い純血主義の集団でもある。しかし、利益のためならば多民族とも交易し、時には共存共栄を図ろうともする柔軟性も持ち合わせる」
その多様性こそが同時に、人間という存在の持ち味であり。
「極めて面白い種族であり、定義し難い複雑さを持ち合わせる。創始者達が寮の特性を単色に統一することなく、四色の複雑な組み合わせこそをホグワーツとしたのは英断であったでしょう。これは一つの異説ですが、かの“組み分け帽子”は、“組み合わせ帽子”とも呼ばれていたとか」
ホグワーツの授業はすべて、異なる寮との合同授業だ。
それぞれで独自に行ったほうが、効率だけなら早いだろうに、1000年間途絶えることなく、その根本だけは決して変えることはなかった。
そして、スリザリン以外を認めぬまでに先鋭化していった死喰い人の在り方は、その理念に真っ向から反する。彼らがホグワーツから追放も同然になったのは、ある種当然の帰結と言えた。
「新入生に言いましょう。魔法史に学びなさい、偉大なる創設者たちを誇りなさい。決して、親や役所の言うことなど鵜呑みにしてはいけません。当然、私の言うことなどは、最も鵜呑みにしてはいけません」
ノーグレイブ・ダッハウは、人の黒歴史を嘲笑う。
されど、偉大なる歴史には敬意を払う。
「いけ好かない悪霊教師の言うことなど、真に受けるのが馬鹿というもの。反骨精神で聞き流しながら、しかし、耳を貸すべき忠告もあったかと自分の頭で考えて、自分に至るルーツを辿るのです」
汚れて穢れた恥の記録の塊であるからこそ、貴き光はあくまで尊いのだと、当たり前の事実を語るように。
生きた物語に学び、最後は自分の頭で考えてこそ、先達の歴史を学ぶことの本質があるだと。
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「さて、真面目な歴史ばかり語っていては悪霊教師の名が泣くというもの。ここからは、人間が如何に絶滅に長けた種族であるかを“実技”をもって語るとしましょう」
そして、そこで終わらないのがドクズゴースト三人衆の筆頭である。
先程までの厳粛な雰囲気はどこへやら、盛大な前フリか、あるいはフェイントを仕掛ける如くに、“やらかし爆弾”を投入してくる。
「「「「「 ギャアアア!!!!! 」」」」」
生徒達が一斉に挙げた悲鳴、それだけで、何事が起きたか察せられそうな感じではある。
「こちらにありますは、“尻尾爆発スクリュート”という新種魔法生物です。魔法生物飼育学のハグリッド先生が改良なさり、現在は生徒立入禁止の四階の廊下にて繁殖実験の真っ最中でして、こうして20匹ほど借りてきました」
今年度の始まりの集会において、アルバス・ダンブルドア校長は言いました。
「四階の廊下は現在、ダッハウ先生の管轄となっておる。命と心を守りたければ、近づかないことじゃ。そこで、どのような精神崩壊が起きようとも、残念ながら儂にはどうにも出来ぬ」
生徒たちは誓った、絶対に近づかないと。
新入生だけはその意味をまだ理解していなかったが、こうして魔法史の授業を受けた今、嫌というほど理解している。
「では、ここから先は、中世社会におけるマグル社会とも共通する自助努力、自力救済、フェーデ(決闘)というものについて説明しましょう。決闘という制度の始まりであり、警察権力と裁判所が未発達の時代においては、様々な揉め事に対して自力救済を図る必要があり、魔法使いの決闘とお辞儀という関係が――」
空気を読まない悪霊の講義が続く中で、生徒達も歴史に学び、自力救済を始めている。
これが、魔法史の“実技”である。ダッハウは「今日は実技をしますから頑張りましょう」なんて言わない。生徒が実技をせざるを得ない状況に一方的に追い込むだけである。対処法も自分で考えさせる。
机上の学問だけではいざという時に役に立たぬ。教師や大人が頼りにならない中で、生徒達で団結して乗り切ってこそ、こうした経験が後に生きるのだと。
「キモっ! なんじゃありゃ、キモっ!」
「毒針じゃないかあれ!」
「絶対ハグリッドの仕業だろあれ!」
「ロン! 机を倒してバリケード作ろう! スクリュートがこっちに来る前に!」
「そうだな、おっし! シェーマス、ディーン、そっち任せた! ネビルとハーマイオニーはいつもの頼む!」
混乱して逃げる生徒達、バリケードを創り始める生徒達、後方に移りながらもノートをとっていくグループ。
グリフィンドールとハッフルパフで役割分担もある程度されており、ハリーやロンは基本的に危険な前線役を受け持つことが多い。
ハーマイオニーやネビルは、ノートを取って授業に対して警戒。
このクソ教師、自分がやらかしたことで教室が混乱の極みになろうが、平気で課題と宿題を出してくるのである。本人は高度な自主性とマグル的なスパルタ教育の両立だとか抜かしていたが。
「ほほう、即席にしては中々見事な連携です。どうやら事前に打ち合わせや緊急時の対処法を練ってきたようですね、グリフィンドールに10点、ハッフルパフにも10点。良い傾向です」
いけしゃあしゃあと言いながら、平然と授業を進めるドクズ悪霊。
「ちっくしょうめ! あのクソ野郎! ほんと死ねよ!」
「やばいやばい、こっち来た!」
「ああもう! インセンディオ!(燃えよ) 皆、私が火で威嚇するから、早くバリケードの後ろに下がって! それからネビル! 貴方ローブ齧られてるわよ!」
「え? うわぁホントだ! いつの間に!」
「素早いぞこいつら! サソリより厄介じゃないか!」
「平気! スニッチよりは遅いから!」
「それはお前だけなんだハリー!」
兄達がたくさんいるので「悪霊情報」の多いロンが対策チーム牽引役。
ハリーやネビルは調整役、ハッフルパフとの連携役も多い。ハリーは運動神経がいいので今回のように前線でも動く。
そして、ハーマイオニーは現場指揮と全体統括の兼任。早くも、創設された『対悪霊戦線』のリーダー格と目されている。
新学期が始まってすぐの頃は、マグル生まれのガリ勉かと思われていた彼女だが、あっという間にその認識は覆り、例えダッハウが相手だろうが果敢に立ち向かうレジスタンスリーダーのような扱いになっている。
やっぱり何だかんだで、こういう荒事にはグリフィンドールが一番強い。生徒の大半が逃げずに真っ向立ち向かっているのが良い証拠だ。
「ほうれ皆さん。どうですか? スクリュートも魔法生物なんだから同胞と認められますか? 根絶したくはありませんか? そう、そういうことなのです。だからこそ戦争はなくならず、闇祓いの歴史とはこうした危険でヒトを食べる魔法生物との戦いでもありました。それでは、1200年代の事例から―――」
スクリュートよりも、お前を根絶したい。
あいも変わらずとんでもない“魔法史の実技”を受ける生徒達は、まさに一心同体と言える完成度で同じことを思っていた。
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「またやらかしたわねクズ、よくまあそこまで全方向からヘイト稼げるもんだわ」
「二年前も酷かったですけど、今年もすっごく酷いです」
スクリュート騒動の顛末を聞き、呆れ顔でいるのはマートルさんとメローピーさん。
悪霊トリオの構成員ではあるが、やはりクズ度合いでは圧倒的にダッハウがナンバーワンだ。特に、魔法史実技の後だと尚更に。
「二年前ですか、懐かしいですね。あの双子は新入生の頃から期待の星でした」
なお、ウィーズリーの双子、フレッドとジョージについてだが。
「これが新入生にやることかよおおおおお!!」
と叫びつつ、悪霊教師に突撃していくという勇気を発揮している。
その年の初授業の題材は、長く続いた名家が政略結婚で結びつく場合のリスクについて。
ウィーズリー家、プルウェット家という魔法界の事例と、ギロチンの藻屑となったブルボン家、ハプスブルク家の婚姻例。そして、皇帝一家全員処刑となったロマノフ家の悲劇。
他にも、純血を貫いたゴーント家の末路、プリンス家とスネイプ家の例など(同僚の教師のプライバシーを授業の題材にする屑)。
※ダッハウにヘイトが集中し、スネイプへの反感が少ないのは、この辺りにも理由がある
マグルと魔法族の婚姻の難しい例も取り上げ、決して、名家同士だからといって順風満帆とは限らない。結婚というものは、人類が文明を発展させて以来このかた、発展の有効な手段であり、同時に継承権に絡む面倒事の種であり続けた。
「熱愛から結婚にこぎつけたとしても、その背後関係を見誤れば、待っているのは地獄と破滅です。ことに、血縁の呪いというものは、魔法族の中でもことさら厄介な性質を持っていますので、皆さんも恋愛と結婚には最新の注意を払いましょう。特にこのホグワーツでは嫉妬のゴーストの湧いて出ますので」
という感じの事を話した。
ホグワーツに入学し、素敵な出会い、恋というものに夢輝かせていた新入生は、見事に地雷に吹っ飛ばされた訳である。
「全く悪びれないクズっぷりに、相変わらずの飛ばしっぷりね」
「嫌われない方がどうかしていると思いますわ」
嫌われるのは間違いなく、今年もダッハウ一択。厳格なマクゴナガル先生、私語を許さぬスネイプ先生、普通なら両者も好かれにくい要素があるのだが、足元にも及ばない。
ちなみに、ハグリッド先生の授業の方が圧倒的に生徒の好感度は高い。
彼は、生徒の身の安全は守るために頑張ってくれる。そこには愛がある。
ドクズは、自分だけは安全圏にいながら、生徒にけしかけてくる。そこには悪意だけがある。
「こういうものは、初めが肝心なのです。サピエンスの脳の記憶機構とは、そういう風に出来ています。人間の記憶実験において、例えば冷水実験や、胃カメラ実験などが有名でして」
人間の記憶に関する実験 「被験者たちは、手を温度の違う水につけていく」
Aグループ 水1分 ⇒ 冷水8分 ⇒ 水1分
Bグループ 氷水1分 ⇒ 水8分 ⇒ 冷水1分
“冷たい水に手を付けていた期間”は、圧倒的にAグループが長い。しかし、実験の後にアンケートを取れば、「冷たかった、厳しかった」というマイナス評価をつけるのは圧倒的にBグループ。
グループを交換して試しても、同様の結果になる。他に類似した実験をいくらか試したところ、暑い部屋にいたり、胃カメラを飲んだりでも、似たような結果が現れた。
「苦痛の長さによって決まるのではない、人間が印象深く覚えていられるのは、ピークと結末だけ。ということが明らかになっています。これは、授業の記憶についても同じことが言えるのです」
明確に記憶できるのはピークと最後だけであり、残る部分は、脳の記憶システムが思い出した際に後付で勝手に補間してしまう。
様々な物語、映画などにおいても、最高に盛り上がるシーンをラストに持ってくれば、映画そのものの評価は高くなる。例え、120分近い作品で、途中の60分程度が単調で中だるみしていたとしても、ラスト15分が最高の盛り上がりを見せれば、名作として印象に残る。
長編だから名作とは限らない。例え短くとも、激烈なピークがあり、最後が非常に印象に残るならば、人に印象深く感動を残す。
「よく言うでしょう、終わりよければ、全て良し。これは何事にも当てはまる歴史の法則でもあります」
なので、まずは【ピーク】を一番最初に持ってきて、激烈に印象づける。そうしてから7年間の魔法史を講義していき、卒業時の授業や試験は、“ためになる真っ当なもの”にするよう心がける。
「これこそが、私がクビにならない秘訣です。さらに言えば、7年目の最後の授業には必ずアリアナちゃんを同伴させます。これまでただの一度もなかった幸運の少女の登場にインパクト抜群、記憶のピークとしても最高値。これにて完璧」
「幼女を保身に使うクズ」
「それって、ダッハウ先生の授業じゃなくて、アリアナちゃんの印象が“魔法史の終わり”に残っているんじゃ」
「その通りです。だからこそ、“終わってみればあのドクズの魔法史も中々ためになった”という印象操作ができる。アリアナちゃん様様です」
「詐欺師め」
「軽蔑します」
日刊予言者新聞のプロパガンダよりも、遥かに悪質なのがここにいる。
脳の記憶機構にいたるまで、人間というものを知り尽くしているからこその操作術であり、対悪霊戦線の戦いはなかなか厳しいものになりそうであった。
頑張れハーマイオニー、ダッハウを倒すその日まで