【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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今回は前話のほぼそのまま続きです。


4話 悪霊共の宴

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【グリンゴッツ魔法銀行 ウィリアム・ウィーズリー】

 

 グリンゴッツ銀行は魔法省の管轄というわけではないけど、魔法族とは絶対に切り離せない施設だ。

 魔法界における唯一の銀行であり、小鬼が所有・経営している。

 この銀行は1474年に、グリンゴットていう小鬼が設立したことから、グリンゴッツと呼ばれるんだ。

 

 ダイアゴン横丁北側のほぼ中心部にあって、立地だけならむしろ魔法省よりも良いくらい。

 金庫に金品や貴重品を保管できるだけじゃなくて、マグルの通貨を魔法通貨に両替できるのが一番の特徴だと思う。

 

 それに、僕のような呪い破りをエジプトで雇っていたりと、国際的に活動しているのも特徴と言えるかな。

 一説には、ピラミッドが創られた頃の遥か昔から、この世に貨幣というものが出来た頃から、この銀行の原型はあったとか。

 象形文字だけを用いて、王の墓に入れられる副葬品を管理したりなんて、そんな伝説もまことしやかに語られている。

 

 魔法族と小鬼の関係もなかなか難しい歴史でね。僕の母方、プルウェット家はその中でも小鬼との関りが深い家でもある。

 ウィーズリー家の長男の僕が、グリンゴッツで働くのもそうした繋がりとも無縁じゃない。

 やっぱり何だかんだで狭い地縁血縁の世界だし、小鬼たちも、新参者は中々信用してくれないんだ。

 

 『それでも、やはりいつかは変わっていくだろう』

 『今はまだ、古い盟約の頃から関わっている家の者しか就くことが許されない仕事はある』

 『今僕がしている仕事に関わる約束が、やがては“古い盟約”になるのかもしれない』

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「トロールが地下牢に? なんだ、たったそれだけのことですか、つまりません。どうせなら生徒の一人や二人潰されていればもっと面白くなるのですが」

 

 「相変わらず教師にあるまじきクズ発言だわ」

 

 「最早、貫禄の領域にさえ感じてきます」

 

 悪霊達の跋扈するハロウィンの夜。

 

 このような縁が交錯する日には、何かが起きるだろうと予測していた悪霊教師だったが、期待値に達するものではなかったらしい。

 

 ちなみに、連絡が飛んできたのは不死鳥の守護霊であり、ダンブルドア校長から全教員へ飛ばされたメッセンジャー。

 

 なので、残念ながらも魔法史教師であるこいつにも、一応は届くのであった。

 

 

 「でも、トロールなんてこの城に勝手に入れるわけないし、誰かが手引きしたってことじゃないの?」

 

 「十中八九、死喰い人陣営の仕業でしょうね。何らかの陽動か、それともホグワーツの警戒態勢の程度を図っているのか、意図は様々に考えられますが、悪手でしかありません。長らく校外で過ごしてしまうと、ここがどこであるかを忘れてしまうものらしい」

 

 悪霊は不敵に嗤う。

 

 騒動や陰謀、政治的対立は大いに望むところだが、よりにもよってこの夜に、このような仕掛けをしてくるとは。

 

 

 「で、どうするのよ?」

 

 「何もしません。他の先生方が既に動いているでしょうし、私の出る幕などありませんよ」

 

 「うわぁ」

 

 「堂々とサボるクズだわ」

 

 彼女らは事務員ゴーストなので、有事において侵入者を撃退するような仕事ではない。

 

 しかし、曲がりなりにもこの悪霊は魔法史教師のはずである。危険な侵入者がいたならば、生徒を守る義務があるはずなのだが。

 

 

 「……ふむ、おや、これは誰か、動く者があそこにあり、ほう、ほう。なるほど彼ですか、あの廊下の使い所というものをよく分かっておられる」

 

 「違うところを見てるわね、何かあったの?」

 

 「遍在している私の『目』の一つが、夜間学校の生徒達の開放を検知しました。ギロチン先輩、電気椅子後輩、アイアンメイデンちゃん、フォルクスワーゲンくん、さらにはアクロマンチュラのモレーク君とスクリュート数匹が飛び出して行っています。三頭犬やルーンスプールなど、他の大物は残っていますが、これは大事になりますね」

 

 とんでもない面子だった。トロールなど比ではない、大惨事確定である。

 

 なお、ダッハウの『目』とは即ちこのホグワーツに漂うゴーストのことである。管理者である悪霊は、この『目』の認識を共有している。

 

 

 「これは間違いなく、スネイプ先生の仕事でしょう。彼は夜間学校の荒唐無稽さを嫌というほど肌身で知り尽くしており、そして、どう使っていくべきかも熟知している。マクゴナガル先生とは違う方面における、シグナス副校長の後継者と言えます。そして、手順を踏んだ依頼には悪霊として応えねばなりません」 

 

 「あーらら、こりゃいよいよ悪霊の夜になってきちゃったわね」

 

 「セブ君のやることですから、必ず意図があるのでしょうけれど。ダッハウ先生、それは何なのですか?」

 

 「しばしお待ちを、確定していない事象を語るよりも、確定した観測結果の方が語りやすいので。あと10分もかからないでしょうから」

 

 悪霊特有の言葉を残し、普段からぶれている輪郭がさらに“薄まる”。

 

 今頃、生徒達は更なる警告を受け取っていることだろう。悪霊教師が危険な大蜘蛛や拷問道具を解き放ったから、絶対に寮から出るなと。

 

 

 「低電圧モードに入ったわこいつ」

 

 「今は、この城そのものがダッハウ先生の眼になっている感じなんですね」

 

 「見てるだけで、何もしないし出来ないらしいけど」

 

 「それも、ダッハウ先生らしいです。出来るなら何もして欲しくないですし」

 

 「全く同意だわ」

 

 ここは地図にない魔法の城、悪霊の棲家である。

 

 気付けばそこは、悪霊の腹の中。部外者がずかずかと入り込めば、冥府の底まで真っ逆さま。

 

 

 

 

 「お待たせしました。生徒達は監督生に引率され、それぞれの寮に戻り、宴会の続きをしています。彼らの期待に応えて動くバイクのエルメス君をハッフルパフへ、愛のポエムモードに入っているヘレナ校長をレイブンクローへ、フォルクスワーゲンくんをスリザリンへ、スクリュート数匹の入った籠をピーブズに持たせてグリフィンドールへ派遣しました。間もなく絶叫が聞こえてくるでしょう」

 

 「最低だこいつ」

 

 「やっぱり、生徒達にとってダッハウ先生が真の敵ですね」

 

 派遣されたラインナップを聞くだけで、誰が首謀者か一目瞭然である。

 

 この段階ですでに、このハロウィンの夜にトロールを使って騒動をやらかした犯人が誰であるか、生徒達が疑うこともないだろう。

 

 

 「スネイプ先生の狙いはその辺りでしょう。見えざる脅威とは、不安を煽ることに意味がある。いつもの日常に組み込まれてしまえば、ただの季節イベントでしかないのですから」

 

 「生徒達の不安を取り除いて、いつもの日常を回すってことかしら」

 

 「そのためには、犯人をでっち上げるのが一番です。無論、トロールを侵入させた犯人を捕まえられれば一番ですが、それが叶わなかった場合には犠牲者がゼロでも生徒に不安が残ってしまう。しかし、このようにすれば、多少の被害が出ようとも私が犯人です」

 

 「いつものことですね」

 

 「はい、普段の授業風景と何ら違いはありません。むしろ、私の“実技”の方が危険度は数段高い」

 

 このホグワーツでは、危険な怪物が徘徊するなど、いつものこと。尻尾爆発スクリュートの洗礼を受けた新入生ですら骨身に沁みて知っている。

 

 城の陰で蠢く非常に危険な夜間学校の存在を、今や生徒達でも知らぬ者はいない。

 

 そして、でっち上げも何も、混乱に乗じて各寮に化け物を送り込んだのはダッハウだ。つまり、まごうことなくこいつが犯人である。

 

 

 「「「「「 ギャアアア!!!!! 」」」」」

 

 

 「グリフィンドール寮でしょう」

 

 「可哀そうに」

 

 「何だかんだであそこが一番貧乏くじ引かされるわけか」

 

 なにげに、寮ごとに難易度が違う。精神的拷問度合いはレイブンクローが一番だが、ハッフルパフとスリザリンは動く器物。そして、グリフィンドールはまだ小さいとはいえ成長すれば人喰いの怪物だ。

 

 各寮の生徒達は、まさにてんやわんやになっているだろう。首席や監督生の力量が試される。

 

 特に頑張れ、パーシー・ウィーズリー。スクリュート退治が監督生の仕事のうちとは聞いていなかっただろうけど。

 

 

 「ほほう、最も早く鎮圧しているのは難度の高かったグリフィンドール。双子がいつもやらかすこともあり、パーティー時の大騒動には慣れているのでしょう。復帰が早い」

 

 「やるわね、パーシー」

 

 「本当に、常識人っていつも割を食う運命にあるのですね」

 

 弟たちの援護もあり、速やかにスクリュート対策に動いている。というか、何か出たら取り合えずウィーズリーが盾にされてる感がなくもない。

 

 悪霊汚染は進んでいるのか、徐々にホグワーツ生徒がクズになっている気もする今日この頃だ。

 

 

 「ちなみに、侵入者のトロールはアクロマンチュラのモレーク君が仕留めました。流石は大蜘蛛、あの毒の前にはトロールなど一撃です」

 

 「もう、この城の守りはアクロマンチュラだけでいいんじゃない?」

 

 「この防衛網を突破するのは、なかなか厳しいでしょう。森番を兼任しているハグリッド先生も良い仕事をなさいます」

 

 「最近はそこに、尻尾爆発スクリュートも加わってましたものね」

 

 「違法など気にするなが信条の我が夜間学校期待の新人です。共食いで数を減らすのが難点でしたが、拷問道具達との激闘の果てに、仲間同士で協力して戦うことの重要性に気付いたようで」

 

 「進化して、集団で獲物を狩る技術まで身につけちゃったわけね」

 

 どんどん凶悪化していく、ホグワーツ防衛網の怪物達。

 

 何せ、森番がハグリッドなのである。そこにダッハウが加われば、何が起こるかは自明の理だ。

 

 というか、生徒達の大半は、校内で危険な怪物を増やしている首謀者はダッハウだと思っている。それもあながち間違いではないが、能動的に増やしているのはハグリッドで、ダッハウはそれを上手く管理、運用し、繁殖と再利用に協力しているだけだ。魔法省、仕事しろ。今こそお前らの出番だろうが。

 

 通常なら、“殺される危険”があるためなかなか難しい危険生物の繁殖だが、夜間学校のゴースト共にそんなものはない。

 

 彼らが苦手とする魔法生物は、ドラゴン、キメラ、バジリスクくらいのものである。

 

 

 「さあて、これにてハロウィンの夜も終演。ホグワーツを揺さぶろうとしたのでしょうが、愚かでしたね。この魔法の城は常にガタガタと揺れ動いております、この程度ではビクともしません」

 

 「倒れる寸前じゃないの」

 

 「ガタガタにしてる張本人が言うと、説得力ありますね」

 

 だから悪霊は評するのだ、時期が悪すぎると。

 

 この日に例えどんな騒動を起こそうが、深刻な事件として記憶されるはずなどある訳がない。

 

 そして、この日でなければ、観測者である悪霊は動かなかった。しかし、セブルス・スネイプが企図したように、この日に夜間学校の門が開かれれば、悪霊達は動き出す。恐怖で子供達を驚かすのが、その存在意義。

 

 ハロウィンの夜に、悪霊が出てきて大騒ぎになるのは、この城の伝統というものなのだから。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 そんな悪霊の夜を終えて、日付も変わった深夜の校長室にて。

 

 子供達が寝付けば大人の時間と言わんばかりに、防備について、今後のことについて、アルバス・ダンブルドアとノーグレイブ・ダッハウが話し込んでいる。

 

 

 「なるほど、敵の狙いは賢者の石であると。闇の帝王の復活の鍵なのは間違いないとして、破壊しないのは撒き餌といったところですか」

 

 賢者の石を巡っては、この数年間水面下で争奪戦が繰り広げられていたという

 

 グリンゴッツが最初に襲われ、場所を移して魔法省闇祓い局、そして今は、このホグワーツへ。

 

 

 「うむ、状況も徐々に変化してきておってのう。儂は、生徒を危険に晒す事態を長引かせるつもりはない、あと3年のうちに決着をつけるつもりじゃ」

 

 「死喰い人の動静や、海外での状況から、そろそろ動くと見たと。門外漢の私は口を出しませんが、歴史的経緯という観点からしても、妥当であると思われます」

 

 このまま死喰い人との小競り合いが長引けば、ヴォルデモートは“いつか蘇る帝王”になる。

 

 一種の概念として永続性は得るかも知れないが、直属の部下からは切り離されるし、存在そのものに様々な思想が混ざってしまうことだろう。

 

 独裁者、唯一でありたい男にとって、そのような形での永遠性は認められるものではあるまい。必ずや、打って出てくる。

 

 

 「仮初の警戒的平和の10年は終わり、テロとの戦いという時期も終焉。いよいよ敵が狙うは、闇の帝王の復活と、一か八かの総力戦。なかなか面白くなってまいりましたね」

 

 となれば、今は狙い目。ヴォルデモート失踪時に、やり残した“ハリー・ポッター抹殺”というのは、復活の狼煙には相応しい。

 

 以前より強大になって帰ってきた帝王ということをアピールするには良い題材であるのは間違いない。

 

 そして、ハリー・ポッターが狙われる可能性が高いからこそ、賢者の石はホグワーツに移された。

 

 揃っていた方が守りやすいというのもあるし、何よりも、賢者の石が撒き餌になる。

 

 アルバス・ダンブルドアにとっては、石よりも生徒のほうが万倍大事だ。賢者の石など別に、いざとなれば破壊してもよいのだから。

 

 

 「そして無論、今ここにいる生徒達も当然守り抜く覚悟じゃよ」

 

 「賢者の石をここに置くことに対して、子供の命を危険に晒すのか? という批判もあるでしょう。しかし、無責任な批判をする者ほど、その言葉こそが保身の弁であることに気付かない」

 

 その言葉の根底に、“ホグワーツで子供に死んでもらっては困る”が混じっている。

 

 そもそも、死喰い人は脅威であり、子供を攫うのに別にホグワーツである必要はない。むしろ、人攫いが目的ならば、ダンブルドアのいないところを狙うだろう。

 

 帰省中であろうと、卒業後であろうと、テロリストはどこでだって襲いかかってくる。

 

 

 「ホグワーツにいる間だけ、守ったところで根本解決にはならない。必要なのは防御ではなく、攻撃と根絶。死喰い人を根絶やしにすることが、最も確実に生徒を守る方法だ」

 

 敵がやってくる時に、軍隊をどこに配置し、どの拠点を守るべきか?

 

 実に難しい問題だが、そもそも敵がどこにいて、どこを狙っているのかの情報がなければ守りようがなく、すべての拠点に防衛力を配置しては、どれだけ兵力があっても足りない。

 

 それならば、死喰い人を探し当て、狩り出し、打って出て、殺してしまうのが一番確実だ。敵がいなくなれば、味方を脅かす者はなくなるのだから。

 

 “やられる前にやる”という先制予防攻撃は、どんな時でも有効な【自衛戦術】だ。

 

 これを戦力の保有、行使、自衛ではない侵略戦争だと批判する輩は、頭に蛆でも湧いているとしか言いようがない。彼らの脳内には国土の全てを無料で守れる魔法少女の愛と平和のミラクルステッキでもあるのだろう。

 

 

 「敵を待ち受ける必要など無い、手っ取り早いのはこちらから殺しにいくこと。こんな初歩の初歩を忘れるから、魔法族は戦争において常に無様を晒してきたのでしょうね。ナポレオンやビスマルクが聞けば、脳の異常を疑うでしょう」

 

 戦争の準備のできていない敵のところに乗り込んで、一方的に殺してやればいい。戦は主導権を握ったほうが勝つ。

 

 もっとも、国力差が圧倒的に離れていれば虎を怒らせるだけの匹夫の勇だ。実際、初戦の先制攻撃の成功に大喜びした後、調子に乗って兵站を無視した遠征を繰り返した挙げ句にボロ負けにボロ負けを重ね、歴史に残る国家消滅の惨敗を喫した例が極東のどこかにあると聞く。

 

 先制攻撃は有効な戦術ではあるが、より上のレベルの戦略、政略となれば“先に相手に仕掛けさせる”ことも選択肢に入ってくる。

 

 ただし、対テロ戦争において、相手が仕掛けてくるのを待つというのは、決して根本解決には成りえない。正規軍と正規軍の戦争、宗教戦争、権力争いの内戦、戦争の種類も様々であり、選ぶべき戦略も手段もそれぞれに異なってくるのは当たり前だ。

 

 

 「実にグリフィンドールらしい、貴方らしい決断であると思いますよ、校長先生。私なぞに言われても嬉しくないでしょうが」

 

 「うむ、全く嬉しくないのう」

 

 そして、人類の黒歴史を嘲笑うこの悪霊を嫌いなのは、校長先生とて同じだ。

 

 

 「リーマス・ルーピン、セブルス・スネイプ、ルビウス・ハグリッド。彼らで教師陣を固めた頃から、予定されていた布石でありましょう。生憎と、私にできることなど微々たるものですが」

 

 「君に頼むことは一つだけじゃ、ホグワーツの眼となりて、特にハリーを、そして子供達を守ることじゃよ」

 

 「承りました。監視、観測は時計の得意分野の最たるもの。守り切れるかどうかは何一つ請け負いませんが、彼らの動静を見張り、注視することについては全て我らにお任せを」

 

 何事にも、適材適所というものはある。

 

 今日の騒動がそうであったように、自分からは動こうとしない観測者でも、“監視装置”としてならば使いようは多々あるのだから。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 そんなハロウィンの翌日の朝。

 

 朝食を摂りに来た生徒達の眼に、新たな告知が飛び込んできていた。

 

 

 

 ハロウィンの首謀者、悪霊を退治して、得点ゲットキャンペーン

 

 嘲笑の悪霊  20点

 

 嫉妬の悪霊  10点

 

 執着の悪霊  5点

 

 ※最も簡単な衝撃呪文を当てるだけ、当てた回数だけ得点が貰えるぞ!

 

 

 

 下級生にとっては大チャンスであり、昨日せっかくのハロウィンを滅茶苦茶にされた恨みが晴らせるのを大喜びだ。

 

 しかし、悪霊と否応なしに長く付き合わされている上級生は、告知そのものを疑わしい目つきで見ている。

 

 何せ、印刷元が悪霊の巣窟たる例の印刷室なのである。

 

 そして、彼らの危惧は見事に的中していた。

 

 

 

 「あの、ダッハウ先生、退治しちゃいます、か、覚悟!」

 

 最初の犠牲者となったのは、ハッフルパフの新入生、ハンナ・アボットである。

 

 何事にも素直な彼女は、悪霊共の悪意の裏を見抜くことがまだできず、哀れにも張り巡らされた蜘蛛の巣に絡めとられた蝶々であった。

 

 なお、執着の悪霊は当てるだけなら一番簡単だが、普段どこにいるのか場所はあまり知られていない。

 

 嫉妬の悪霊は例のトイレが根城であることは誰でも知っているが、確実にポルターガイストでの反撃が待っている。正面突破は危険だ。

 

 そして、最も得点の高い嘲笑の悪霊については、魔法史の講義の際に必ず会う。居場所を探すまでもないのだから、最もターゲットにしやすいのは当然なのだが。

 

 

 「ええっと、悪霊退治! フリペンド!」

 

 「お見事、ハッフルパフに20点を与えましょう」

 

 「わあい!」

 

 「そして、教師を攻撃したことにより、ハッフルパフから30点減点します」

 

 「えええっ!」

 

 こいつは、こういうやつだ。

 

 20点を与えるという餌をばら撒き、無邪気に信じた生徒に残酷な減点を告げる。あまりにも汚すぎる詐欺師の手口だ。

 

 哀れハンナ、君の小さな勇気は報われることはない。相手が最悪すぎる。

 

 

 「ハンナ! ええい、くっそ、フリペンド!」

 

 「ほう、中々の紳士的行動ですジャスティン・フレッチリー。彼女にだけ汚名は着せまいとするその行動、小さな勇気はお見事、ハッフルパフに20点を。しかし、大人の汚さの前には子供の勇気など蟷螂の斧でしかないことを知りましょう。ハッフルパフから40点減点」

 

 「そんな!」

 

 つくづく最低の教師である。これで合わせてハッフルパフからは30点が減点された。権力を不当に行使する大人の汚さをまさに体現している。

 

 

 「こんなの、絶対に間違っています! フリペンド!」

 

 「ほほう、ここで貴女が動きますかグレンジャー将軍。グリフィンドールに20点を与え、優等生の貴女が減点を覚悟でハッフルパフのために動くという意外性に10点を与えましょう」

 

 「待ってください! ハンナやジャスティンは減点なのに、どうして私だけ加点なのですか!?」

 

 「これが、分断政策というものだからです。他の皆さんも覚えておきなさい、イギリスが植民地を統治する際に用いたのがこの手法です。そも、下層民というものは貴族と自分との間の“大きな格差”にはあまり目を向けません。隣の村との“小さな格差”、同じ平民のはずなのに、なんでアイツだけ優遇されているんだ、という部分に理不尽と嫉妬を覚えるもの」

 

 いけしゃあしゃあと講義を始めるクズ教師。

 

 そりゃあ、今は魔法史が始まる前の移動時間であり、わざわざ“生徒が襲いやすいように”、移動しやすく見つけやすい教室を指定したのだから、講義が出来るのは当然だ

 

 

 「生徒に対して絶対的な加点減点、罰則の権限を持つ教師という存在からすれば、生徒の出来不出来など些細なもの。首席や監督生であってすら、その絶対的な差を覆すには至りません。そして、教師側の私が自分に逆らう生徒達を団結させず、分割して統治することを企図するならば、このように、片方に理不尽に減点し、片方に理不尽に加点するのが一番良い。権力の不当行使とはこういうものです」

 

 ここまで生徒を正面から分断していく教師は、後にも先にもこいつだけだろう。

 

 何しろ、建前すら並べていない。不当行使だと堂々と述べた上で躊躇なくやっていく精神は人間とは思えない。それも当然、こいつは人間ではない。

 

 

 「寮を問わず、歴代の教師たちにもいくらでも見られた光景であり、悪しき習慣としてホグワーツの伝統となり、どの校長もこれを抑制することはなかった。まあ、程度の問題ではありますがね、公平に扱う教師もおり、自寮を露骨に贔屓する教師もいる」

 

 多かれ少なかれ、それ自体はホグワーツでなくともどこでもある。人間が集まって生活する空間である以上は。

 

 

 「今私がやっていることは、それをこの上なく露骨に、私以外の誰にも利益を与えない形で、私が楽しむためにやっているのです。こうしてみれば、どれほど醜悪な行為であるかが一目瞭然でしょう。分かりやすいというのは良いことです」

 

 魔法薬学の教師を初めて一時期、セブルス・スネイプが無意識に陥りかけた傾向であり、この悪霊を見て絶対にしてはいけないと戒めとして強く刻んだことだ。

 

 例え、自分が学生時代にグリフィンドールの生徒から攻撃を受けた過去があったとしても、“権力を得たから”と、嬉々としてやり返すその姿の、何と醜悪であることか。

 

 セブルス・スネイプの主観ならば、やられたからやり返しているだけでも、今の時代の生徒にとっては知ったことではない。歪んだ汚さ、人間の醜い行いを、ノーグレイブ・ダッハウは常に嘲笑しながら見せつける。

 

 “ほうら、これがお前たちの大好きな差別だ。喜べよ”、と。

 

 

 「例によって、繰り返し言いましょう。皆さん、じめじめした虐めなどもってのほか、まったくもってありふれていてつまらない。“私のようになりたいですか”?」

 

 そして、それ自体は、セブルス・スネイプだから陥るのではなく、シリウス・ブラックであれ、ジェームズ・ポッターであれ、人間ならば誰でも多かれ少なかれ無意識にやってしまうことであり、だからこそ常に戒めねばならない。特に、子供達に大人の姿を見せる教職にある“人間”は。

 

 決して、ダッハウのようになってはならない、と。

 

 

 

 

 「ねえ、ハリー、ロン。私、あの先生大っ嫌いなの」

 

 「だろうね」

 

 「皆そうだよ」

 

 悪質極まる罠の張られた魔法史が終わった後、“分割統治”の題材とされたグレンジャー将軍ことハーマイオニーは、友人の二人に率直に告げていた。

 

 対悪霊戦線で動き回るうちに、いつの間にかトリオのようになっていた三人である。特に彼女が前に出て、二人が脇を固める構図が多い。

 

 

 「ああもう! 思い出しただけで腹立つわ! 絶対いつか正論で倒してやるんだから!」

 

 「うん、なんかこう、微妙にうちのママに似てるな君は」

 

 「うちの母さんにも似てると思うのは僕だけかな?」

 

 モリー・プルウェット、リリー・エバンズ、そしてハーマイオニー・グレンジャー。

 

 獅子寮の監督生候補の才媛たちは、猪突猛進の傾向も併せ持つのは伝統なのかもしれない。若干一名については、執着の悪霊のせいでとんでもない方向に猪突猛進していったが。

 

 子供達と悪霊教師の戦いの一年は、まだまだ続く。

 

 

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