【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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5話 ドラゴンの卵

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【魔法生物規制管理部 エイモス・ディゴリー】

 

 魔法生物というのは、本当に不思議な生き物だ。

 私の務めている部署は、彼らの規制管理を行うこととなっているが、実際のところどこまで管理できているかは怪しい。

 かのニュート・スキャマンダー氏も述べているが、それほどに魔法生物というのは奥深く、我々魔法族とは違う観念で生きている。

 

 ゴブリン、ケンタウロス、水中人、屋敷しもべ、それに、様々な動物たちや植物たち、果ては霊魂にいたるまで。

 

 だから、私達のやっていることは、互いにすれ違うことで争うことがないように、出来る限り調整することなんだろう。

 ホグワーツの頃からの私の友人、アーサーもよくそう言っている。

 彼は魔法法執行部にいるのだが、我々のようなさして重要ではない役職にある者達にとっては、部署の違いはそんなに大きなものじゃないんだ。

 

 むしろ、この横の繋がりというか、緩さこそが魔法省が何だかんだでやっていけている理由なんじゃないだろうか。

 法の執行が仕事であるはずのアーサーがこっちを手助けしてくれて、魔法生物担当の私がマグル製品の規制に手を貸したり。

 部署と部署の境界線も曖昧なまま、それでも不思議と回っていく。

 

 魔法省のそんないい加減で曖昧なところが、私は結構好きだったんだが、マグル生まれにとってはそれじゃあ駄目だと言うのも多い。

 彼らの言い分も分からんではない、分からんではないのだが、やはり、こう、思うんだ。

 マグルの在り方は、きっと私達以上に、魔法生物には受け入れられないんじゃないかと。

 

 そんな事を考えていたある日、私は友人の息子のチャーリーに出くわした。

 彼の言っていた言葉が、とても印象深く残っている。

 

 『グリンゴッツに囚われているドラゴンは、少し悲しい』

 『最近では、古のマグルと同じような形になってきていると、ケトルバーン先生や、スキャマンダー氏も警告を投げてる』

 『まあ、僕も含めて狂人扱いされるだけなんだけどね』

 『魔法族は、魔法生物と共にあるけれど、彼らは魔法族がいなくなったらどうするのかな?』

 『僕は、ドラゴンに生まれてみたかったよ』

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「本日はいつもとは場所を変え、魔法生物飼育学で用いる動物施設に集まっていただきました。はいそうです、お察しのように“実技”を当然含んでいきますが、本日の内容は魔法生物規制管理部。魔法省の各階の部署を解説していくシリーズも今回で四回目となります、張り切っていきましょう」

 

 ハロウィンも終え、11月に入って冬の影もいよいよ濃くなり始めるホグワーツ。

 

 そんな寒空において、グリフィンドールとスリザリンの合同授業が行われているのは、城の外の広い草原に建つ大型の厩舎である。

 

 普段はセストラルやユニコーンだったり、そうした魔法生物が飼われるのに使われる場所であり、断じて魔法史を学ぶ際に用いるような施設ではない。

 

 ただ、それをこの授業で言うのも今更というものだったが。

 

 

 「魔法生物規制管理部を構成するは、ゴブリン連絡室、動物課、存在課、霊魂課、ケンタウルス相談室、害虫相談室などです。このうち、最も重要なのはゴブリン連絡室とされ、現在ではグリンゴッツ銀行との渉外担当と言えますが、遥か昔はゴブリン反乱の際に外交交渉を行っていた部署でもあります」

 

 魔法族とゴブリンの歴史は深く、それだけでもあるいは一つの科目が出来てしまうほど。

 

 何しろ、金融と運輸を一手に担うのが小鬼たちであるのだから。

 

 

 「現在、イギリス魔法界の人口は18000人程度とされます。ただしこれは“魔法族”の人口であり、マグルの場合、そこで【人間】以外の統計は取りませんが、魔法界は多種族国家です」

 

 魔法族の人口数値は、11歳~17歳のホグワーツの生徒数約1000人をサンプルとした概算だ。

 

 600歳を超えるニコラス・フラメルらのように、“人口”に入れてよいものかどうか判断に迷う例もあるが、今年で110歳のダンブルドア校長先生も、取りあえずは人口に入っている。

 

 

 「そして、魔法生物規制管理部の存在こそは魔法族とマグルの組織の最大の違い。すなわち、自分達以外に知恵ある種族を認め、共存している点です」

 

 魔法界そのものが生き物であり、各種族が様々な役割を担っているという方が実態に近い。

 

 マグルの側においても、国や地方ごとの分類はあるが、昔はそこまで強固なものではなく、農耕民や遊牧民、狩猟民など様々な生き方の違う者達が共生していた。

 

 今の形になったのは、産業革命以後、科学文明の民が爆発的に増加し、この星の席巻と環境変化を早めてからのこと。

 

 

 「ここで、あえて“マグル的”に人間以外の種族の統計をとってみましょう。魔法省で明確にその仕事を行っている部署がないため、何百年分の資料を取り寄せ、ホグワーツの事務霊魂たちに手作業でやってもらったので信頼に足るものとは言い難いですが、まあ、イメージの取っ掛かりにはよいかと」

 

 ゴブリン   10000人

 水中人     2000人 ウェールズに多い

 ケンタウロス  1000人 主にスコットランド

 ドワーフ    1500人 北欧が原産、スコットランドに多い

 屋敷しもべ   500人 そのうち、ホグワーツに150人

 

 レプラコーン  500人 生息地はアイルランドだが、ブリテンへの移住組 木の葉を食す

 ヴィーラ    200人 フランスに多いが、ブリテンへの移住組

 巨人       1人 ※ブリテン最後の一人、大陸にはまだ多数

 

 狼人間     200人

 鬼婆      100人

 吸血鬼     100人

 バンシー    50人  (村落居住)

 ゴースト   数十万人 1000年の間だけでも相当数いる上、唯一『マグル出身』が大量に雪崩れ込んでくる

 吸魂鬼     300人

 フクロウ    数万羽

 

 人間外総計  16400人(ゴーストとフクロウは除く)

 

 

 「こうしてみると、魔法族の数にほぼ等しい“人間以外”がいて、初めて社会は成立しているわけです。そして、私達ゴーストも縁の下において様々な形で魔法世界の維持に役割を果たしておりますが、数が膨大過ぎるのと、発生と成仏のサイクルが不安定すぎるため、統計データに入れておりません」

 

 人間(魔法族)との混血が可能な種は、小鬼、水中人、ドワーフ小人、屋敷しもべ、大妖精、ヴィーラ、巨人、バンシーなど。

 

 狼人間については少々特殊だ。生殖行為によって人間を産むことも出来れば、満月の夜に“捕食行為”によっても同胞を増やすことが出来る。

 

 魔法生物は様々に入れど、“噛むだけで人間を別種に変質させる極めて感染力の高い種”は狼人間だけだ。彼らが特に魔法族から危険視される由縁である。

 

 ただし、夜間学校に跋扈する者らにとってはそうではない。ゴーストは噛めないし、拷問器具を噛む馬鹿は狼人間にもいない。

 

 

 「また、ついでながら、ゴブリンにも役割ごとの違いがあり、さらには総人口が少ないので、アズカバンの虜囚も統計に加えることも出来ます」

 

 小鬼

 エリート  銀行       600人

 一般    鉱業、建築    2400人

 無産階級  加工、流通、採石 7000人

 

 

 アズカバン虜囚

 上層 窃盗、破損、詐欺           100人

 中層 マグルを害した、魔法生物を殺した   50人

 下層 許されざる呪文の行使、死喰い人    20人

 

 

 「魔法族にはこのような習慣はありませんが、マグル世界では正確な統計とは重要な意味を持ちます。国家を構成する人員について、国勢調査という形で正確に割り出し、分布を調べ、それを当地の根幹となす。これに対して、魔法界のそれは非常に大雑把かつ曖昧」

 

 何と言っても、魔法界には“目に見えない”、“触れもしない”者らが多い。

 

 このホグワーツがそうであるように、風景画しかり、肖像画しかり、そのようなものらすらも社会の一員であり、世界を回す一部なのだから。

 

 人間だけで社会を回さんとするマグルとは、決定的に違う点がそこにある。

 

 

 「この違いは、産業構造にも見ることが出来ます。先程あげた様々な種族のうち主要な者らを抽出し、マグル的に産業を区分すれば以下のようになるでしょう」

 

 水中人    ~ 水産業、漁業、水運

 ゴブリン   ~ 鉱業、金融業、流通業、建築業

 フクロウ   ~ 手紙配達

 ケンタウロス ~ 林業、毛皮業、皮革加工、狩猟

 屋敷しもべ  ~ 家事、農業、畜産業

 ドワーフ小人 ~ 鉱業、農業、牧畜

 

 

 「マグル社会の区分における、第一次産業と第二次産業、それらは多種族に任せており、金融や運輸もゴブリンにほぼ委託。つまり、生産と加工については、魔法族はほとんど行っていないわけですが、種族ごとの分業体制と交易に基づく共依存関係としては上手くいっている例と言えるでしょう」

 

 マグルにおける古代帝国であったならば、それらの関係は奴隷制、農奴制にしかなり得ない。

 

 例え専制君主のオリエント式国家でなくとも、古代のスパルタという国家においては、ドーリア人のスパルタ市民が戦争を担い、ペリオイコイという中層が商業や工業を担い、土着の民はヘロットという農奴にされた。

 

 その人口比は1 : 7 : 25 とも呼ばれ、25倍の数の農奴の不満を抑えつけるスパルタ人の武力の凄まじさを物語るものではあるが、同時に共依存の対等な関係を築くことは出来なかった限界点とも言える。

 

 

 「よって、魔法族の役割とは役人である魔法省を除けばサービス業に偏っており、小売店、吟遊詩人、芸人、悪戯専門店などが特徴的ですね。他に、クィディッチ選手や予言者新聞などの出版業、こうした職業も魔法族が主に担うものであり、こと娯楽産業については圧倒的と言ってよい」

 

魔法族

 ① 公務及び国防、強制社会保障事業(魔法省)

 ② 教育(ホグワーツ)

 ③ 専門、魔法及び魔法薬サービス業(聖マンゴ魔法疾患病院)

 ④ 魔法ゲーム・スポーツ

 

 ⑤ 宿泊・飲食業

 ⑥ 芸術、娯楽、レクリエーション業 (幽霊含む)

 ⑦ 雇い主としての世帯活動 (名家の主)

 

 

 「このように見ていくと、魔法族の立ち位置は非常に興味深い。ただ食べて生きるだけならば、衣食住さえ満たせるならば、魔法族の存在は重きをなさない。しかし、豊かに生きるならば、娯楽や芸術を求めるならば、酒や悪戯やスポーツを求めるならば、魔法族の活動は他種族にとっても必須なのです」

 

 便宜上、魔法族は魔法生物たちの管理者ではあるものの。その関係性は本質的には持ちつ持たれつ。

 

 魔法生物がおらねば、魔法族の生活は成り立たず。

 

 魔法族がおらねば、魔法生物の棲み分けや豊かな文明的交流もままならない。

 

 ならば、魔法族が多種族に提供できる最大の物産とは、牢獄のように管理する魔法ではなく、色鮮やかな楽しみに満ちた“遊び”であるのだろう。

 

 

 「例えば、このホグワーツに隣接する魔法族のみの村、ホグズミードも良い例です。確かにマグルはおりませんが、小鬼のパブであったホッグズ・ヘッドには、ミイラ男や鬼婆も客として訪れます。また、その他の店にしても娯楽やファッション、悪戯や小売などが多い。生鮮食品の生産や運輸は、屋敷しもべ妖精や小鬼たちの領分であり、下手に魔法族が担うよりも効率的である」

 

 三本の箒、ホッグズ・ヘッド

 喫茶店

 悪戯道具の専門店

 魔法用具店

 羽根ペン専門店

 魔法ファッション店

 

 

 「マグル世界最大の特徴と複雑さは、【飲食・小売】からは見えない、関わらない大量の【卸売、製造業】が存在していることです。社会という巨大な機構のあちこちへ、モノとカネ・労働力を配分することに、血液や神経の如くに張り巡らされている。それをほぼ人力と複数種の家畜のみで為すところは、中々優れていると言える点でしょう」

 

 人のみで社会を築くことに執念を燃やし、同族を皆殺しにしながらも、ついに成し遂げたマグル。

 

 そして、産業革命以後は化石燃料を燃やして動き続ける動力機関を手に入れ、電気、半導体、情報化へと進化は止まることなく、複雑さと総生産は増し続けている。

 

 

 「対して、人口はせいぜい都市国家一つ分であろうとも、非常に多彩な多種族多民族社会を構築し、あれほど曖昧な魔法法でありながらも共存の体制を構築できているところは、魔法界の素晴らしき美点と言えます。数が少ないからといって、必ずしもこちらが劣っているというわけでもない。そこは常に留意するべきでしょう」

 

 人以外の様々な種族と共存し、様々な小競り合いはあるものの、大きな戦争には至らずに共生してきた魔法族。

 

 両者は違う生き方を選んだ生物だが、その優劣は一概にはつけられない。

 

 ただし、こと戦争という“殺戮の領分”に限るならば、片方が圧倒的に優れていることだけは確かである。

 

 

 「その中で、マグルが特に選んだ家畜がいくつかある。羊、山羊、豚、牛、駱駝、そして、馬。特に、馬と犬の二種については、軍用犬、軍馬などを始めとして、人間の社会を回すための様々な役割を担っている。彼らマグルとて社会に他の動物を組み込むことをしてこなかったわけではない。ほうら、このように」

 

 さらりと述べながら、厩舎に繋がれていた“馬たち”が解き放たれる。

 

 天馬と呼ばれる魔法生物。現在はアブラクサン、セストラル、イーナソン、グレニアンの四種が確認されている。

 

 生徒達も慣れてきたもので、この“実技”は予想できたのか、グリフィンドール生徒もスリザリン生徒も、大慌てすることなく対処している。ただしそれも、セストラルの中にヒッポグリフが混ざっていることに気付くまでのものであったが。(その後に展開した阿鼻叫喚については割愛。なお、ドラコ君は運命なのか腕に傷を負いました)

 

 

 「伝統的に、ホグワーツの馬車はセストラルが、ボーバトンの馬車はアブラクサンが引いております。アイルランドではイーナソンが使われており、グレニアンは最速ですが重い物を引くには向いていない。魔法界においてもこのように、マグルの家畜と同様に魔法生物を運用する例は多々あります」

 

 ホグワーツの天馬たちはハグリッドによく躾けられているので、生徒を襲うようなことはしない。

 

 そして、セストラルは“死を見たことのある人間にだけ姿が見える”馬であり、まだ12歳程度の子供達には見えない者が大半であるはずなのだが。

 

 

 「良く見えるでしょう。黒毛で、目は白く、外見は骨ばっていてドラゴンのような翼をしているのがセストラルです。普段は我ら悪霊と同じく、見えないことも多いですが」

 

 時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウがいる場所においては、生徒の誰もがセストラルを見ることが出来る。

 

 まるでそう、“多くの死がここにある”と、“お前たちは常に人の死を見ている”と、誰かがそう言っているかのように。

 

 

 「天馬と並んで有名な馬と言えばユニコーンがあります。角、血液、鬣は強力な魔法特性を持ち、魔法薬の材料として重宝されますが、家畜としては用いられません。そして、絶対にマグルに捕まらぬよう保護しなけれあならない生き物でもある」

 

 ユニコーンも強力な魔法生物であり、普通ならばマグルに捕まるようなことはない。しかし、何事にも万が一というものはある。

 

 

 「もし、ユニコーンの存在がマグルに知られ、かつマグルがユニコーンに接触出来る土壌が出来てしまえば、1ヶ月も経たぬうちに、ユニコーンという種族の歴史に終止符が打たれることでしょう。彼らの“不老不死”への異常なまでの妄念は、言葉にできるものではありませんから」

 

 その血液は、“生きながらの死”とすら言われる恐ろしい代価を持つものの、死を目前に控えた者さえも蘇らす事が出来る。老衰し、衰弱した権力者がこれほど欲するものはなく、そのためならばまさにいかなる犠牲をも厭わないだろう。

 

 マグルは、皆殺しの種族。ユニコーンが絶滅するまで、あるいは、他者に奪われぬよう己が独占するために、あらゆる暴力装置が用いられることになるだろう。

 

 

 

 「では、本日のレポートは少し変わったものにしましょう。特定の魔法生物を一つ選び、それを生かした職業に就くならば、何に成りたいか。そして、その仕事をマグルのように“人間だけ”で行おうとするならば、どのような魔法を開発し、運用せねばならないかを考える。これを課題とします」

 

 魔法というものがどれほど便利であろうとも、根幹になっているのは心の力。

 

 魔法界における“物質的な基礎”となっているのは、魔法生物だ。杖の材料も、魔法薬の材料も、ローブや煙突飛行粉に至るまで、あらゆるものは魔法生物の原料なくしては回らない。

 

 それらの確保と運輸において、小鬼や屋敷しもべなどが常に働いているからこそ、全体の流通は保たれている。当然そこには、水中人や魔法族も関わってはいるが。

 

 

 「これを機に、改めて考えてみましょう。魔法界とはどれほどの魔法生物が関わることで成り立っているのか。そして特に、マグル生まれの方々はこの知見も付け加えていただきたい。すなわち、マグルの科学で代替するならば、どのような形になるだろうか、と」

 

 マグルと魔法族の“大きな境界線”の他にも、魔法界の中に様々な“小さな境界線”が存在する。

 

 それらは時に重なり、時に並列し、何とも区分し難いものであるが、その困難に挑み、管理業務に携わるのが魔法生物規制管理部というもの。

 

 決して、皆殺しにして人間だけの社会を作ろうという結論には至らず、共存の道を探り続けた人類の知恵の部署とも言えるだろう。

 

 ただしそこにも、人間至上主義、人間優位主義の浸透は避けることは出来ず、近代以後は特にその影響は根強い。

 

 その変化もまた、動き続ける境界線問題として、避けることの出来ない課題ではあるのは、魔法史が示す事実であった。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「そんな御大層な授業をしたその夜に、アンタはこうして魔法生物規制管理部に逆らって邪悪な怪物を生み出していると」

 

 「ハグリッド先生がこの度ドラゴンの卵を入手なさったそうでして、尻尾爆発スクリュートに加えて、いよいよ危険生物が充実してきましたね」

 

 昼の授業が終わり、夜が訪れればそこは悪霊たちの住む世界。

 

 特に、夜間学校の生徒達や、ハグリッドの管理する多様な魔法生物の跋扈するこの4階の廊下は、異世界というか魔界というべきかの阿鼻叫喚地獄と化しつつある。

 

 

 「そういえば昼間、スリザリン生徒の一人がヒッポグリフにやられて傷を負ったらしいけど、大丈夫なの?」

 

 「たかが腕の裂傷でした。何とも凡庸な結果になってしまいましたね、つまりません」

 

 「お願いしますから少しはドラコ君の安全も心配してあげてください」

 

 「仮にもベラトリックス・レストレンジの甥でありながら、ヒッポグリフ相手にお辞儀が出来ないとは、教育が足りてませんね。お辞儀は重要です。もし闇の帝王が魔法省を掌握すれば、ヒッポグリフは国獣に指定され、お辞儀の象徴となっていたでしょう」

 

 「生徒の安全を守る教師の務めはどこいったのかしら」

 

 むしろ率先して生徒を傷つけに言っているとしか思えない人間の屑。いいや、こいつは人間じゃなかった。

 

 

 「そこはハグリッド先生にお任せしています。私の領分は、魔法生物を私利私欲で利用する邪悪な教師とはどれほど厄介であるかを生徒に身をもって教えることなので」 

 

 「やっていることは似ていても、ダッハウ先生とハグリッド先生じゃ根幹が違いすぎると思うんですけど」

 

 ハグリッドは、魔法生物を美しいと思い、生徒達にも触れさせてやりたいと願う。そこにあるのは純粋な善意。

 

 ダッハウは、魔法生物を美しいと偽り、生徒達にも触れさせてやりたいと策謀する。そこにあるのは純粋な悪意。

 

 ちなみに、怪我を負ったドラコ・マルフォイは理事であるルシウス・マルフォイの息子ではあるが、ダッハウを訴えたり、解任決議を出したりはしない。

 

 何せ、マルフォイ家の長い歴史の中には、薄暗い秘密がいくらでもある。そして、悪霊は秘密を暴露する存在なのである。藪をつついて蛇を出すのはスリザリンのやることではない。あと、マルフォイ家はお辞儀シンパではない。

 

 

 「互いの利益になるのであれば良いことでしょう。ハグリッド先生は好みの魔法生物を育てることができ、私もまた授業で使える手駒が増える。素晴らしいではありませんか。それに、ドラゴンとてアリアナちゃんの傍では大人しくしている可能性が高い」

 

 基本方針においては意気投合する二人。ホグワーツで最も嫌われる存在であるノーグレイブ・ダッハウに感謝することが多い唯一の人物、それがルビウス・ハグリッドだ。

 

 ちなみに、対悪霊戦線を率いるグレンジャー将軍閣下とその補佐役二名が、よく集っているのもハグリッドの小屋なのだから皮肉ではある。

 

 

 

 

昼 ハグリッドの小屋にて

 

 「マルフォイがやられた、さすがにちょっと可哀想だったな」

 

 「あのヒッポグリフの子も、ダッハウ先生なんかに連れてこられて、気の毒だったわ」

 

 「まあ、スクリュートよりかはましだったけどね」

 

 こちらは運よく無傷で済んだ、グリフィンドール三人衆。

 

 魔法史の授業の“実技”において、今日のマルフォイ少年のような犠牲者が出るのは珍しくないので、今後の対策を練っているところである。

 

 なお、怪我したマルフォイ少年は午後の授業が魔法薬学だったので、材料を刻んだりはスネイプ先生の指示でハリーが代行した。ダッハウの授業のとばっちりはこういうところにも出てくる。

 

 結構痛そうにしていたので、ロンも少しは手伝った。入学当初はぶつかることはあった二人であり、今も多少の諍いはあれど、対悪霊戦線で苦楽を共にする同志である。このくらいは人として手を貸すとも、人でなしは最低教師だけで十分だ。悪霊の振り見て我が振り直せである。

 

 

 「とにかくだ、アリアナちゃんが人質に取られてるも同然な以上、ダンブルドアは全くあてにならない」

 

 「マクゴナガル先生も、ダッハウ先生関連だとサラリと父さん達を見捨てたらしいよ」

 

 「それは、貴方のお父様がたの自業自得な部分もあると思うのだけど」

 

 今日もホグワーツでは、生徒の自主性が遺憾なく発揮されている。

 

 何せ、こと魔法史関連においては、“ダンブルドアがどうにかしてくれる”は全く通用しない。

 

 悪いことはダッハウのせい。

 

 良いことはアリアナちゃんのおかげ。

 

 この方針には、ダッハウ本人も、ダンブルドア校長も大いに賛同している。あの老人、孫のためなら他人を貶すことも厭わない。(ただし、貶す対象はダッハウに限る)

 

 

 「それにしてもドラゴンって、ハグリッドは正気なのかしら?」

 

 「でも、本来ヒトを食べるアクロマンチュラのモレーク君が、アリアナちゃんがいるとリーマスさんと仲良くしてたって。夜間学校じゃアクロマンチュラが割と温厚で安全な動物だったらしいし」

 

 「ルーピン先生、どんな学生生活を送ってたの……」

 

 「多分、聞かないほうがいいぜ」

 

 「アリアナちゃんがいる限り、人食いの魔法生物の暴走については心配しなくてもいいのかもね。父さん達も言ってたけど、むしろ処刑器具や拷問器具の方が厄介だって」

 

 「そもそも、そんなのがある事自体がおかしいのよ」

 

 「それ言ったら、ダッハウがいることが既におかしいんだよなあ」

 

 いつの間にやら、幸せの亡霊少女が、ダンブルドア家の精霊だとか、座敷わらしだとか、色々なお伽噺が広まっているホグワーツ。

 

 しかし、謎の時計塔の悪霊については、存在自体がおかしいのに、お伽噺にはなっていない。

 

 それもまた、人徳の差と言えるだろうか。

 

 

 

 

 

 「昼に子供達も言っていましたが、今のダンブルドア先生は先ずアリアナちゃん第一。ついでに、生徒のことも守ってくれる素晴らしき校長ですから」

 

 「なぜかしらね? 昔よりもクズっぽくなってるはずなんだけど、却って頼もしく感じるのは」

 

 「それは恐らく、“分かりやすさ”にあると思いますよ」

 

 アルバス・ダンブルドアの奉じる無償の愛は深遠すぎて、凡人には遠く理解が及ばない。

 

 イエスの教えを受けた者達が、キリストの受難の際に助けに入れなかったのも、似たような理屈を適用できる。結局の所人間は、自分の分かる範囲でしか相手を理解できない。

 

 

 「孫ボケ老人が、可愛らしい孫を守るために一念発起して戦うというのは、子供でも分かる理屈なのです。だからこそ、信頼できる。例え自分達のことはどうあれ、アリアナちゃんを守るために戦ってくれるだろうと」

 

 「それって、校長先生としてどうなんですか?」

 

 「構いません。校長とはいえ所詮は他人です。生徒達からしても、自分達を別に愛してくれなくともよい、安全に守ってくれればそれが第一ですから」

 

 生徒のことを愛してはくれるが、守る力のない教師。

 

 生徒のことを愛しなどしないが、敵を完膚なきまでに叩き潰し、絶対に負けない教師。

 

 自分で戦う力を持たぬ生徒にとって、どちらが信頼に値するかは、比較するまでもない。

 

 これが、かつての悪戯仕掛け人達のように、自力で自分の身を守れるほどの者達であれば、話も違ってくるだろうが。大半の生徒にはそのような勇気と行動力までは期待できない。

 

 

 

 「ところで、分かってるでしょうけど、ドラゴンの飼育は違法なんだからね」

 

 「まさに今更ですね。そもそも夜間学校の器物、化け物は大半が違法でしょうに。そして私はそもそも法で定義すらされていません。ならばこそのアウトロー」

 

 「知ってます。多分マートルさんも言ってみただけです」

 

 あるいは、ダッハウやアリアナちゃんのように、既存の法でくくりきれない何かか。こんな摩訶不思議な者らが跋扈するこの夜間学校に、魔法省の法律などで介入するなど不可能であるとは、彼女らとて理解している。

 

 

 「しかし、ついにドラゴンとはね。ダンブルドア先生は知ってるの?」

 

 「当然です。私が知っていることで、ヘレナ校長やダンブルドア先生が知らないことなどほとんどありませんよ」

 

 「ダッハウ先生って、そういうところは律儀ですよね」

 

 「そして、いざという時は彼が何とかしてくれると期待しているからこそ、魔法省も強くは言ってこない。代わりに私なんぞを管理することになるのも嫌でしょうし」

 

 「でしょうね」

 

 「誰だって嫌ですそんな苦行」

 

 ノーグレイブ・ダッハウを管理する。

 

 魔法生物規制管理部だろうが、神秘部だろうが、誰もがノーと答えるだろう。出来るはずもなく、やりたくもない。そしてそもそも、関わりたくもない。

 

 

 

 「“既存の法に守られている”という思いもまた、既得権益になりうるものです、そこに安住し、自分達の法だけが正義、それを乱す者は悪などと思いこめば、共同体は腐敗と崩壊へ向かう。人類史とはそんな愚かな円環の縮図でもあるのですから」

 

 世界は常に変化を続ける。南極の氷しかり、二酸化炭素の濃度しかり、オゾンホール然り。

 

 そこに、人間がどれだけ影響しているかすら、結局のところ確信を持って言える程度には分かっていない。

 

 分かっているのは、【不変ではありえない】ということと、【環境の変化に適応できなくなった生き物は滅びる】こと。

 

 

 「同様に、法律の変化に適応できなくなった組織は滅びます。いいえ、滅ばねばならない。しかし往々にして、法律を変えたくがないために組織の腐敗と滅びを早める愚行を繰り返すのが、サピエンスというもの。マグルも、魔法族も、例外なく」

 

 「そこだけは同じってのも皮肉よね。アンタの授業でも言ってた通り、随分違う生き方をしてるのに」

 

 「ええ、その通りですね。このドラゴンの卵一つをとってしても、マグルならば危険だからと砕き割り、魔法族は法で規制しつつも育てることそのものを禁じはしない。ですが、法に依存し、やがては自分の頭で考えることもしなくなる点は同じなのだから、進歩がないというべきか、同じ穴の狢というべきか」

 

 そうした点において、幻想の王たるドラゴンの卵は実に象徴的とも言えるだろう。

 

 成長すればゴーストすらも焼き尽くす炎を放つ危険魔法生物の筆頭例。

 

 しかし今は、誰かの手を借りなければ生まれることすら出来ない卵。

 

 この卵に何を思い、どう扱うかが、どの世界に属して如何なる法に従って生きているかの、一種の羅針盤であるのかもしれない。

 

 

 「未知の卵から生まれるのは果たして何者であるのか。さて、あの小さな子供達は、ドラゴンの卵を託されたとして、どのような未来を思い浮かべるのか」

 

 ふと、とある歴史の光景を記憶領域から引き出しながら。

 

 魔法史の悪霊教師ノーグレイブ・ダッハウは、ハグリッドの設置した孵化器で炎に揺られる黒い卵を観測しながら、既にドラゴンの消えた時計の末について考えていた。

 

 死せる英雄の可能性の卵とは、果たしてドラゴンの卵と同じものであろうかと。

 

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