【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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6話 ウィーズリー・トライアングル

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【国際魔法協力部 パーシー・ウィーズリー】

 

 国際魔法協力部は、魔法省の中だと比較的新しい部署だ。

 それも当然というもので、ホグワーツが出来た1000年前にしても、ウィゼンガモットが形になった800年前にしても、そもそも国家という意識がなかったんだ。

 それはマグルの側も同じで、現在でいうところの国境という概念が全然なかった時代だ。

 

 だから、国際的な魔法協力という概念も存在しない。

 ブリテン島の人達、ユトランドの人達、フェローの人達、シェトランドの人達、アイスランドの人達、ノルウェーの人達。

 北欧にダームストラング専門学校があるように、西欧や北欧の各地に魔法族もまた点在していた。

 その彼らが、どこからどこまでが、どういう共同体に属しているかは、長い間本当に曖昧だったんだ。

 

 となると必然として、僕らウィーズリー家もそうであるように、“国”よりも、“家”のほうが、ずっとずっと仲間意識の紐帯として機能していた。

 血縁関係によって、大陸中と繋がりを持つ純血名家。彼らがイギリスに限らず魔法界の中心として存在してきたのは、そういう理由もある。

 今の国際魔法協力部でも、そういった古い縁や家柄というのは重視される。これはもう、善悪の問題じゃなくて、ただ単にそういうものなんだ。

 

 その中でも、大陸から離れていて、島一つという比較的分かりやすい区分が出来たのがイングランドだ。

 当然、ウェールズ、スコットランドなどの違いはあるけど、ブリテン島全体に点在している魔法族にとってはそこまで大きな違いにはならない。

 

 それでもやっぱり変化はあって、1300年頃には国際魔法戦士条約に関する史実が見られて、その400年後には国際魔法使い機密保持法の制定に至る。

 国際魔法協力部が出来たのも、ちょうどその頃だと聞いている。

 

 そして、どんどんマグルの国家が大きくなって、国割も複雑になる中で、国際魔法協力部の仕事も増えていった。

 

 『そうさ、うん、マグルなんだよ』

 『国家を創るのも、解体するのも、国境線を引くのも彼らの領分』

 『僕たち魔法族は、その国境線に従って、魔法世界との境界線を引きなおすだけ』

 『僕は彼らが嫌いではないけれど、それでも時に思うことはある』

 『彼らはあんなに大きな国家を、何の為に創ったのだろうかと』

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「魔法省について紹介していくシリーズも折り返しとなる五回目。本日の内容は国際魔法協力部。これからの時代に生きる貴方たちにとっては非常に重要になる部署ですのでしっかり学んでいきましょう」

 

 12月も半ばへ差し掛かり、クリスマス休暇へ向けて装いが白くなっていくホグワーツの城において。

 

 今日も今日とて、悪霊の魔法史は淡々とした調子で開催され、グリフィンドールとハッフルパフの生徒たちは思い思いの場所に陣取っている。

 

 入学から3ヶ月も経てば、新入生たちも流石に慣れた様子であり(別に慣れたくはなかったろうが)、今日はどんな“実技”が飛び出してくるものかと警戒しながらも熱心にノートを取っていた。

 

 変身術や魔法薬学とはまた違う意味で、サボったり談笑している生徒は存在しない。特にこの授業をサボる命知らずなど、ウィーズリーの双子ですらもあり得なかった。

 

 

 「国際魔法貿易基準機構、国際魔法法務局、そして、国際魔法使い連盟のイギリス支部。これらの組織から国際魔法協力部は成り立つわけですが、言うまでもなく“国際的”であることにその意義があり、マグルの国家機構ならば外務省に相当するのがこの部署です」

 

 マグルの組織との対比で言うならば、この部署は最も分かりやすい。

 

 財務と総務と最高意思決定機関が混ざっている大臣室や、法務と軍務の兼任に使い魔法法執行部、マグル世界にはない魔法事故惨事部や魔法生物規制管理部となり、外交関係を司る外務省という立ち位置が明確となっている。

 

 それはすなわち、それだけ“マグル的”な部署であり、マグル生まれが最も重宝される部署であることを意味している。

 

 

 「この部署の成り立ちは少々特殊であり、黎明期では過去から順に歴史を追っておくことにさほど意味がありません。1289年に国際魔法戦士条約に関する史実が見られ、ほぼ同時期の1294年に三大魔法学校対抗試合が始まるなど、国際交流の始まりらしきものは1300年頃に見られますが、これはあくまでブリテン島、北欧、西欧といった大雑把な括りでの相互交流を示す程度と抑えておきましょう」

 

 その頃はまだ、マグルもキリスト教世界と区分される時代であり、明確な国境線を特徴とする国民国家は生まれていない。

 

 

 「この国に限ってみても、その時期は長足王エドワード一世がウェールズを併合し、スコットランドを征服しましたが、プランタジネット朝は大陸にも領土を持っており、フランスのカペー朝と争いつつも複雑な婚姻関係を結んでおりました。かの百年戦争以前の話であり、大陸の純血名家の多くが後の長期戦争とペスト大流行を避けてブリテンに亡命する以前のことです」

 

 プランタジネット朝とカペー朝、それらの王朝や大領主達の婚姻関係によって、“イングランド領”か“フランス領”かはグルグルと変わってしまう時代。

 

 魔法族としてそうしたマグルと付き合いながら生きていた訳であるが、その時代においては“国際関係”などといった漠然としたものよりも、血縁という分かりやすい形を尊んだのは当然の帰結である。

 

 

 「しかし、やがてマグル社会の様相は中世から近世へと移り変わります。ジャンヌ・ダルクの闘争とヴァロワ朝の勝利、1453年のコンスタンティノープルの陥落、1492年の新大陸発見とレコンキスタの終結、さらには宗教改革による新教徒の誕生、ユグノー戦争にイギリス国教会の成立など、このあたりの歴史変遷については3年生や5年生、そして7年生においても繰り返し触れていくことになるでしょう」

 

 歴史の流れというものは、一度読み込んだだけで覚えきれるものではない。

 

 あらゆる事象は複雑に結びついており、ドミノ倒しのように連鎖することもあれば、反動的に時に逆流することもある。

 

 だからこそ、新しい見方を一つ覚えたならば、かつて学んだ時代をもう一度別の視点から見ることで、新たな発見が無数に出てくる。

 

 

 「ここで最も注目すべきは、1618年より始まるドイツ30年戦争と、その講和会議であるウェストファリア条約です。一見、イングランドとは関係ない遠い国の出来事と思えますが、これが繋がっているからこそ“国際的な部署”が必要とされる時代に突入するのです」

 

 それまでのイングランドの歴史は、ウェールズ、スコットランド、フランス、フランドルあたりの隣国を見ていれば、大半は理解できるものであった。

 

 しかし、17世紀ともなれば大航海時代もいよいよ盛んになり、かつてポルトガルとスペインが覇を競った七つの海へ、オランダとイングランドが競い合うように進出していく時代となる。

 

 貿易上の付き合いのある国は、北海にバルト海、地中海、さらには大西洋、インド洋を通して広がっていき、海洋貿易国家として発展していくイングランドは新たな国体を整備する。

 

 

 「それまでのマグル達は、キリスト教を紐帯とし、ローマ法王が物事の最終決定を下す世界に生きていました。しかし、その権威が衰え、絶対王政が発展していくに連れ、“国際会議”というものが社会や領土の是非を決める時代へと移っていきます。国際魔法協力部とは、この“国際会議”に対応するために生まれた部署と言えましょう」

 

 66もの国や領主が集まり、会議によって戦争の講和会議や領土の策定を行う時代の始まり。

 

 その後に、スペイン継承戦争のユトレヒト条約、七年戦争のパリ条約、ナポレオン戦争のウィーン会議、クリミア戦争、普仏戦争後のベルリン会議、第一次世界大戦のヴェルサイユ条約、そして、第二次世界大戦のヤルタ会談から冷戦の終わりであるマルタ会談に至るまで。

 

 その後のマグルの世界とは、戦争と講和会議の繰り返し。つまりは、国際会議が最大の権威として君臨する時代を続けている。

 

 

 「1689年にマグル社会の後を追うように国際機密保持法が制定。1750年には国際魔法使い機密保持法が制定されます。マグルの国体が新大陸をも含んで国際化している以上、魔法族だけが昔ながらの血縁に頼った小さな世界で物事を決めていても、最早意味がない時代となったためです」

 

 ただし、魔法族の国際関係においても、純血名家の重みは失われた訳ではない。

 

 むしろ、文化的な交流が僅かでもあった者達が“繋ぎ役”にならねばならない以上、彼ら以外に適任がいなかったのは事実であろう。

 

 

 「異なる種族と共存していくための部署である魔法生物規制管理部のすぐ下に、国際化するマグルに対応するための部署である国際魔法協力部があることは、一種象徴的と言えましょう。それらは隣り合う階にありながらも、全く根本とノウハウが異なる部署なのです」

 

 たくさんの複雑な事情を抱えた共同体と連携していくという点では、二つの部署は同じである。

 

 しかし、片方は小鬼、ケンタウルス、水中人や霊魂といった者らを扱い、なにはともあれ彼らは魔法族が“まとめ役”であることに異議を唱えたりはしない。

 

 対して、片方は“各国に存在する魔法族の社会”を相手にするものであり、各国という境界線は、魔法族でなくマグルが引いたものなのだ。

 

 

 「第一次世界大戦の終わりに、オーストリア・ハンガリー二重帝国は崩壊し、やがてオーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキアという四つの国へ。ユーゴスラビア連邦が崩壊すれば、スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、マケドニアという七つの国へ。ソビエト連邦が崩壊したのはまさに今、1991年の12月のことですが、15もの国に分裂します」

 

 それらも全ては、戦争の結果でなくとも国際会議の結果であり、条約を批准することで発行される。

 

 実際にその地に住んでいる部族、民族の思いなど時に完全に無視して、“国際会議”という無情な歯車は多くの血を飲み込みながら世界を塗り替え続ける。

 

 

 「魔法族が、そこにできることは何もありません。このホグワーツには他国からの留学生も多く通ってきますが、貴方たちが卒業後に“どの国の魔法機関”に属するかは、魔法族だけの事情で決まるわけではないのです」

 

 当然、大多数はイギリス魔法界の子供達であり、彼らはそこに疑問を持ったことなどあるまい。

 

 しかし例えば、北アイルランド出身の者であればどうなるか?

 

 

 「仮にもし、2000年にマグルの国際条約が結ばれ、北部アイルランドがアイルランド共和国に併合されたとしましょう。となれば、これまではロンドンのイギリス魔法省が管轄していた諸事情も、その後はダブリンのアイルランド魔法省が管轄することになります。何しろ、かつて軍隊を用いたアイルランドを征服したオリヴァー・クロムウェルは、魔法族ではないのですから」

 

 カナダも、オーストラリアも、ニュージーランドも、その他16もの海外の国家が連なり、イギリス連邦を構成。その国家元首は現在もエリザベス女王。

 

 しかし、イギリス魔法界は王家を持たない。

 

 【王家なきイングランド】というものを、1990年代に生きるマグル達が、同胞と認めることは決してあり得ない。

 

 その点においては、遥か極東の島国は事情が違うだろう。マグルは言わずもがなであり、マホウトコロへ通う魔法族も、元が大陸由来の道教などであろうとも、全ては天皇を祖とする神道の国である。

 

 ホグワーツ創建時である西暦1000年頃には今の王家はなく、ウェセックス王国はノルマン・コンクエストによりデーン人に滅ぼされた。王朝の基盤が作られたのは、征服王ウィリアム以後のことである。

 

 

 「マグルが王権神授説を信じていた時代には、王冠の行方により領土は決まったもの。そして現在は、君主制であろうが共和制であろうが、国際会議の行方により領土は決まる。魔法族の杖と、国際会議というものの境界線を構築し、維持していくことこそが、国際魔法協力部の仕事であり、その役目はどんどん増していく」

 

 マグルの世界の“国際化”は進む一方だ。

 

 インターネット技術の発展は、もはや国家機関を介することすらなく、地球の裏側の情報をリアルタイムで届けるに至っている。

 

 

 「ソ連が崩壊した今、東欧の国々は新たな秩序を求めてヨーロッパ共同体へ雪崩込む。15の国々はさらに拡大し、ヨーロッパ連合へと発展していくでしょう。ただし、それもまた永劫不変のものではありえない。ともすれば、そこから最初に“離脱”することになるのは、イングランドであるかも知れません」

 

 仮定として、もしもイギリスのみがヨーロッパの関税同盟から離脱することを選んだならば。

 

 当然、国際魔法協力部の仕事は一気に跳ね上がるだろう。アイルランドが関税同盟に残る以上、どうしても北アイルランドを巡る国境と関税問題は避けられない。

 

 グリンゴッツで換金すべきは、「ポンド」か「ユーロ」か。あらゆることは変化していき、誰かがそれを決めねばならない。

 

 

 「それでは、今回の実技は一風変わったディベート方式を取るとしましょう。それぞれ幾つかの集団に分かれ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアを中心とした西欧の国家群を演じ、“国際会議”というものがどのように進むか、そして、裏側の魔法界はそれを見て何を考えるかを体感していきましょう」

 

 そして始まる、実技の時間。

 

 魔法史の時間の内容としては、スクリュートを解き放つ、セストラルの馬車に追い回されるなどに比べればよほど妥当ではあるだろうが。

 

 マグル社会というものを殆ど知らない魔法族の新入生にとっては、困惑と苦労の連続になるだろうことは疑いなかった。

 

 何せ、演じる際のゲームマスターが悪霊教師だ。

 

 “蛮族の乱入”、“アメリカの介入”、“大日本帝国が攻めてきた”、“第三次世界大戦勃発”などと言って、いきなりとんでもない歴史展開をぶっこんでくることは間違いないのだから。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「ハリーも大変だったわね、七年戦争におけるロシア帝国の役をやらされるなんて」

 

 「マグル側の歴史をある程度知っている子が少なかったですので、ハーマイオニー・グレンジャーにはハプスブルク帝国を、ジャスティン・フレッチリーにはプロイセン王国を、ディーン・トーマスにフランス王国をとなれば、混血の誰かがロシア帝国を担当せねば」

 

 「イギリスはどの子が?」

 

 「ハッフルパフのスーザン・ボーンズです。流石にアメリア・ボーンズの姪だけあって、イギリス史には十分精通しておりました」

 

 魔法史の授業が終わった後、いつもの印刷にて生徒の苦労話を肴に駄弁る悪霊共。

 

 特に、“歴史を演じる系統”の被害にあった生徒がいた場合は、話題に登ることが多かった。

 

 

 「やはり、ああして劇の形で例えるのは分かりやすくてよい。マグルの国家同士の仲の悪さとそれでも割り切れない相互関係などは、四寮の関係に置き換えればこれもこれで理解しやすい」

 

 「アンタが特に四寮の合一授業をするのって、大抵その時よね」

 

 「どこまで言っても人は人。集団、共同体の問題、それらが複雑した際の解決策には通じるものがある。黒歴史を掘り返すことで“ホグワーツの歴史”を学ぶのにも、過去の様々な感情的対立に触れるには最適といった側面もあります」

 

 「憎たらしいほどに合理的でもあるのよね、こいつ」

 

 「だからダッハウ先生は嫌われるんだと思います」

 

 これが、ただ生徒を嘲笑うだけの“授業を損なう非効率な誹謗中傷”でしかないならば、ハーマイオニーが正論を持って論破できたろう。

 

 ところがこの悪霊教師、さんざん生徒の黒歴史を嘲笑いながらも、必ず歴史に学ぶことに繋げてくる。というか、歴史を学ぶことに繋がる黒歴史をホグワーツ中から常に集めているのだ。

 

 ある意味においてこの悪霊は、真摯なまでに歴史のことばかり考えている。

 

 

 

 「戦争の題材には、クィディッチもなかなか利用しやすいですね。ギリシアのオリンピックに起源を求めるまでもなく、元来スポーツ対戦というものには健全なルール下での代理戦争の側面がありますから」

 

 「クィディッチか、先月にグリフィンドールVSスリザリンの第一戦やってたけど、見事にスニッチをキャッチしてたわねあの子」

 

 「流石はジェームズ君の子供です。リリーさんもセブ君も喜んでいるでしょう」

 

 「セブルス的にはどうなのかしら?」

 

 ハリー・ポッターは一年生にしてシーカーに選抜され、その期待に見事に応え、初戦の勝利を飾ってみせた。

 

 

 「名シーカー、チャーリー・ウィーズリーの愛弟子の冠に偽りなしでした。ウィーズリー・トライアングル亡き後の獅子寮はどうなるかと危ぶむ声も上がっていましたが、本番に強いのはやはり血筋と言うべきでしょう」

 

 「フレッドとジョージのビーターコンビとの連携も良かったわ」

 

 「三年生と一年生による、新生トライアングル誕生ですね」

 

 ハリーが入学する以前に、グリフィンドールのシーカーを務め、優勝杯へと導いたのはチームキャプテンでもあった七年生のチャーリー・ウィーズリー。

 

 当時からすでに、ビーター二人はフレッドとジョージのウィーズリーが務めていたため、赤毛三人の連携は“ウィーズリー・トライアングル”と呼ばれていた。

 

 そして、ハリーは彼らの弟のロンと同年代であり、ポッター家とウィーズリー家は騎士団関係で縁深い。

 

 幼い頃から彼らと一緒に箒で飛び回っていたため、連携もまさに堂に入っている。

 

 そもそも、ハリーの父のジェームズはチェイサーが最も得意だったため、シーカーとしての師匠はチャーリーである。

 

 

 「チェイサー女性陣三名の活躍もさることながら、特筆すべきはキャプテンのオリバー・ウッドでしょうね。私も長いことホグワーツで教師をやっていますが、あれほどクィディッチに取り憑かれた生徒は過去存在しませんでした」

 

 「ウッドか、あいつばっかりは流石のアタシも嫉妬できない」

 

 「重さにおいても、わたくしも敵いません」

 

 ドクズゴースト三人衆を上回る“怨霊的執念”の持ち主として知られるのが、クィディッチ馬鹿を超えた狂気のキーパー、オリバー・ウッドである。

 

 ウィーズリー家の六男、ロナルド・ウィーズリーもまた飛行技術は中々で、キーパー志望ではあったのだが、キャプテンのスパルタぶりを見てサッと引いた。

 

 

 『頑張れよハリー。僕は四年生あたりからチームに入れればそれでいいから』

 

 見事に、親友を売った。

 

 ハリー・ポッターは、チャーリー卒業後に狂ったようにシーカーを探し求めるウッドに捧げられた生贄であった、可哀想に、まだ一年なのに。

 

 まあ、卒業していくチャーリーからの推薦状があった上、フレッドとジョージがビーターである以上、逃れる術は最初からなかった訳だが。

 

 ハリー・ポッターが“可哀想な男の子”と呼ばれる由縁である。(主に週刊魔女から)

 

 

 

 「ハリー君と言えばもう一つ、この前あの子、ダッハウ先生に相談しに来てませんでしたか?」

 

 「ええ、来ていましたよ。何を血迷ったか私の下へ」

 

 「それをアンタが言うか」

 

 「原因はむしろ、メローピーさんでしたが」

 

 「え? わたくしですか?」

 

 「はい、彼の出生にも非常に大きく関わる、貴女のやらかした“例の忠言”に関してです」

 

 

 発端はこうである。

 

 ホグワーツでの生活も数ヶ月が経過し、色々な生徒と家族についても話す機会が多くなった。

 

 となってくると、流石のハリー少年も己の家庭の状況についての周囲との乖離について気の迷いからか、夜間学校から現実逃避したくなったのか、ダッハウへ尋ねたのである。

 

 

 「自分の家庭はなぜこうもおかしくなっているのか」

 

 

 その問いに対し。悪霊の答えは

 

 「何故貴方の家庭の状況をおかしいと定義するのか。この時代においてですら、一夫多妻、またはその逆の一妻多夫の婚姻関係を結ぶ地方は多くあります。婚姻の制度、家庭環境は地域ごとに多種多様であり、同じ地域であっても社会的階級ごとに分かれている場所すらある。今の貴方の家庭環境と同じ人間も、それこそ魔法族の人口より遥かに多くいるのです。また魔法族にあってですら、ワガドゥのあるアフリカ地域ではイギリスとは婚姻の形がまったく異なります。あなたは何をもって自らの家庭を『おかしい』と断じるのですか?」

 

 であった。此処から先はあまり子供には聞かせられない内容や、倫理に背く様々な姦通事例に対しても言及されたため、ここでは省略する。

 

 際限なく湧いて出ては次から次へと畳み掛けられる人類の黒歴史。それに対しハリーが答えに窮していると、マートルさんよりマジレス。

 

 

 「いやあんたのそれ、ただの詭弁だから。夏にシャツ一枚と半ズボンで歩いていても誰も変に思わないけど、冬の氷点下の中その格好だと間違いなくキ○ガイよ。ハリーが言いたいのは“イギリスの価値観における婚姻関係”を前提としたことなのに、あんたはその前提にケチつけてきてんのよ」

 

 反論に対して、悪びれもせずドクズは続けた。

 

 「まあ人間とはそういうものですね。“自分が触れている価値観こそが絶対で正しい”と無意識にそう信じ込んでいる。その価値観と異なるもの、特に反発するものに触れたとき、大抵は暴力的になり、それを否定しようとする。それは常に戦火をもたらすきっかけとなる。歴史はそう語っています。故に私は語るのです。世界には異なる価値観が実に多種多様に渡り、それを認識することこそ重要であると」

 

 マートルさんも返す。

 

 「で? その異なる価値観の認識とやらは、ハリーの悩みの解決に繋がるの?」

 

 ドクズは断言する。

 

 「いいえ、何一つ解決しませんね」

 

 このやりとりを聞いてハリー少年は痛感した。相談した自分が馬鹿だった、と。

 

 本当に、可哀想な男の子である。

 

 せめて、女友達のハーミーちゃんが癒やしになってくれればよいのだが、彼女も彼女で母親(恋の魔女)に似た猪突猛進さがあったりする。頑張ってハリー。

 

 

 

 「ハリー少年の不幸はともかくとして、クィディッチ関連では校内新聞も馬鹿売れします。プロパガンダの題材にも使えますので、魔法史の教師としては本当にクィディッチは有り難い存在ですよ」

 

 「バーサのいた頃はもっと凄かったけど」

 

 「そういえば、新聞の雰囲気も大分変わりましたよね。わたくしが生きていた頃は、こんなに明るくなかった気がします」

 

 メローピーさんが生前に読んだ魔法族の新聞。

 

 マートルさんの生前の頃の魔法族の新聞。

 

 それらの時代に比べ、日刊予言者新聞でも、週刊魔女でも、低俗なゴシップ記事や安直な批判記事は随分減った印象がある。

 

 いいや、ゴシップも批判もあるのだが、こう、他人の人格への否定だったり、不倫疑惑だったり、誹謗中傷だったり、そうしたものが減っている。

 

 なぜか?

 

 

 「簡単よ、だってこいつがいるんだから」

 

 今のホグワーツ生徒および卒業生の大半は、無意識レベルにおいてゴシップ記事嫌いだ。

 

 なにせ、そんなものを読んでいたら、思い出したくもないクソムカつく悪霊の顔と声を思い出す。

 

 そして、書く側とて、あの腐れ悪霊を思い出す行為なんてしたくないのが人情というものだ。

 

 それはつまり、かつて暴露された自分の黒歴史を掘り起こすに等しい。

 

 

 「ほぼ全ての生徒が、一度や二度は過去の黒歴史、あるいは身内の恥を私の手によって暴露されております。私の場合や事実無根ですらない、ただの事実を告げるだけですから」

 

 「告げるな」

 

 「だから嫌われるんですよダッハウ先生は」

 

 こいつが、救いようのないクズと言われる所以だ。本人も消し去りたいただの事実を嘲笑いながら突きつけるのだから。

 

 

 「例え死喰い人であろうとも、“お前、ダッハウの弟子か?”、“お前それじゃ、ダッハウみたいだぞ”という言葉だけは胸に突き刺さるようでして。顔を青ざめて自らの所業を省みるのです」

 

 「絶対に、“例のあの人”よりも、アンタの方が口にしたくもない名前になってるわよ」

 

 「当然でしょうね。元より私は、“名前を言ってはいけないあの場所”。口にするのも憚られるものですので」

 

 「それを堂々と言えるのも、ダッハウ先生くらいですよね」

 

 悪びれなければ許されるものでも当然無い。 

 

 

 「だからこそ、バーサ・ジョーキンズの校内新聞、月刊少女ホグワーツのようなノリでなければやってられない。陰湿で他人を嘲笑する記事など書けば、いつ隣に私が憑いてくるか知れたものではありません。場合によっては夢にまで出てきます」

 

 「そりゃ書けないわ」

 

 「トラウマレベルで、腕が書くのを拒否しちゃいます」

 

 ジメジメしながら陰鬱に、他人を呪うのは、元来悪霊の専売特許。

 

 生者が安易に真似をすれば、碌でもない悪霊が寄ってくる。

 

 墓場には、酒を呑んでのバカ騒ぎの宴会か、厳粛な礼儀とお辞儀で応じるべきであって、間違っても誹謗中傷の言葉など書き込んではいけない。

 

 

 “ダッハウの箱を開けるな”

 

 

 ここ数十年ほどの、ホグワーツ卒業生が共有する、絶対の不文律であった。

 

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