【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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この話では、逆転時計について独自解釈が登場します。
あくまで、本作においての解釈の一つであるとご認識いただければと。


8話 誤魔化しの忘却時計

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【神秘部 オーガスタス・ルックウッド】

 

 神秘部。ここはその名の通り魔法の神秘について解き明かすための部署である。

 いいや、部署という言い方は正確ではない。研究機関、狂人の蔵、知識の墓と言うのが適切か。

 

 ここで行わるのは開発ではない。我々は魔法に利便性を求めることなく、経済性など度外視する。

 マグルの投資家からすれば気狂いの集団としか思えまい。

 これほどの叡智を集めながら、全体の利益に還元することなく、神秘の追求のみを行い続ける。

 

 その内容は、多岐にわたる。

 杖魔法の起源について、原初の魔法とは何か。忠誠の呪文、飛翔呪文、許されざる呪文など。

 

 私の分野は、その中でも予言や時間遡行に関するものだ。

 逆転時計が最も知られている器具だが、あれもまた大半は神秘部にて管理されている。

 時について研究を進めるうち、私は一つの仮説を思いついた。

 

 大きな時と、小さな時。

 我らの生きる空間そのものの進み具合の尺度といえる、言わば【標準時計】

 それぞれの生き物の体内において、生まれてから死ぬまでを刻む。言わば【体内時計】

 

 魔法族が制御を得意とするのは圧倒的に後者であり、これは“カイロスの時計”とも呼ばれる。

 マグルが制御を得意とするのは前者だ、こちらは“クロノスの時計”とも呼ばれる。

 

 これらを突き詰めていけば、我々魔法族が何処から来て何処へ向かうのかが示される。

 それが、私の現状における最も有力な仮説である。

 

 我々魔法族は、どの段階でマグルと別れたのか、各地に残る神話と魔法文化の整合性は。

 そして、時を刻む時計は、どこへ向かおうというのか。

 

 『かの時計塔の悪霊は、私が解き明かそうと思っている謎、歴史の闇に詳しい』

 『精通しているというものではない。奴には確実に何かがある』

 『この謎を向き合うことが、私の生涯の研究テーマと言えるだろう』

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「いよいよ魔法省の残る部署も2つとなり、このシリーズにも終わりが見えてきました。本日語るのは神秘部についてですが、ここは組織として何たるかを説明することに大きな意味はありませんので、主にその研究テーマについて扱うといたしましょう」

 

 イースター休暇も終わり、春の匂いが徐々に広まっていき、クィディッチの最終戦シーズンも近づいてくるホグワーツにおいて。

 

 年度末が徐々に近づき、学年末試験という歴代の生徒の天敵の影がちらつくようになっても、悪霊教師の授業はいつもどおり。

 

 今日の授業はグリフィンドールとレイブンクローの合同である。

 

 

 「まずは例によって比較論から述べますが、マグルの組織において科学技術の研究はほとんどが民間企業に委ねられております。無論、軍事や原子力など国家の根幹に関わる分野においては例外もありますが、統制経済全体主義、いわゆる“共産主義国家”でなければ、技術開発は民間の領分と言えましょう」

 

 この段階で、魔法族の生徒はおろか、マグル生まれであっても生徒の大半は置いてきぼりだ。

 

 俗に資本主義と呼ばれる自由経済個人主義と、共産主義と呼ばれる統制経済全体主義の違いなど、一年生に分かるわけがない。さらにそこにファシズムや社会資本主義などの異種や複合要素が加わるのだから。

 

 

 「まあ、ここを詳しく述べても仕方がありません。未熟な貴方たちには理解できないでしょうから、省略します。皆さんさっさと頭よくなりましょう、そうすれば私も説明の手間が省けます」

 

 そして、自分の説明の仕方の不親切さを生徒の未熟のせいにしていくゴミ教師。

 

 だが、そのことで今更反感を持つ生徒などここにはいない。既にもう下がりようのないところまで、悪霊教師の評価は底をいっている。

 

 

 「魔法族で例をあげるならば、ダイアゴン横丁ですね。新しい魔法製品の発明のみならず、魔法技術そのものを、各店舗の商売人とそれぞれの店に雇われる研究者が担っているとイメージしておいてください。技術開発に絡む経済産業省などについて説明すると授業が一コマ必要になるのでここも省略します」

 

 とかく、近代以降のマグル社会において、科学技術の発展と民間企業の投資、そして国家の指導というものは密接に絡んでいる。

 

 かのアメリカの発明王エジソンと自動車王フォードらが、発明と市場と社員の利益の循環システムを作り上げて以来、革新を経ながらもその形で回り続けてきたのだ。

 

 

 「マグル社会ならば科学、我々の社会ならば魔法。それぞれに根幹となる技術体系があるわけですが、魔法省の地下9階に位置する神秘部は、その根源を解き明かすことを理念としています。マグル風に言えば理学に偏っており、工学的ではありません」

 

 マグル側ならば、物理屋、数学屋、天文屋と呼ばれる博士や教授らが似た立ち位置にいるだろう。

 

 彼らは確かに星の成り立ち、素粒子の解明、気象現象そのものの数式化などの根源を解明する者らだが、その研究が直接新しい家電や自動車の開発に用いられる訳ではない。

 

 同様に、神秘部の研究テーマも度合いが“深すぎる”ため、一般の魔法使いが暮らすための技術に応用するのは何段階ものステップを踏まねばならない。

 

 

 「彼らの研究する内容と、実際の運用についての実例として、“逆転時計”をここでは取り上げます。一年生の皆さんにはまだ関係ありませんが、三年生になった際に12教科の全てのカリキュラムを取るつもりならば、この逆転時計が貸し出され運用されますので、例にはちょうどよい」

 

 その言葉に、グリフィンドールからはハーマイオニー・グレンジャーが、レイブンクローからも数人の生徒が即座に反応した。

 

 この悪霊、そういうことをあっさりと前触れなしに述べることもまた多い。

 

 

 「こちらの机に置かれている、砂時計をベースに金の鎖で組み上げられた時計。これが逆転時計のレプリカです。形は一定に決まっているわけではなく、時を遡る機能を持つならばそれは逆転時計の一種と定義されます」

 

 悪霊が語るに並行しながら、文字がひとりでに空中に描き出され、その定義を示していく。

 

 ・人の時間に大きく関わる魔法の器具である

 ・ひっくり返すことで、使用者は時を遡る

 ・その扱いには極めて注意が必要である

 ・扱いを間違えれば、人が消えることもある

 ・最悪の場合、歴史そのものが消えることすらも

 

 

 「ここにあげた記述だけでも、相当に危険な代物であることは分かります。ただし、時計の精度によって危険度に大きな差はあり、簡易なものであれば忘却術とさほど差がないものであることをまずは念頭に置きましょう」

 

 時計塔の悪霊は語る。逆転する時計は、さして大仰なものではないと。

 

 それは自嘲するように、あるいは、誰かを嘲笑うように。

 

 

 「基本的な逆転時計の材料には、“生き物の体内時間を食べる魔法生物”が使われています。皆さんも知っての通り、魔法生物の中には自分の大きさを自在に操れる種がいますが、つまり彼らは“自己の体内空間を操れる”。それと同じく、“自己の体内時間を操る種”も数多くいます」

 

 例えば、卵から一瞬で孵化したり。

 

 例えば、石化したように時が止まったようになったり。

 

 普段はその程度のものと認識しているが、紐解いてみれば時間や空間の制御に密接に絡んでいる魔法生物は案外に多い。

 

 というか、そこを“隠れ蓑”に出来なければ、もとよりマグルから身を隠せるはずもないのだ。

 

 

 「最も身近な実験を述べるならば、カエルに魔法薬の“縮み薬”を飲ませた場合の変化がそれです。膨れ薬の反対なのですから、普通に考えれば“小さなカエル”に縮むはずなのですが、不思議なことに“オタマジャクシ”に変化するのです」

 

 カエルがオタマジャクシになるとは、つまり“時を遡る”ということ。

 

 極めて限定的であり、そのカエルの体内時間に限った話ではあるが、下級生が煎じられる程度の魔法薬でも、時への干渉は可能なのである。

 

 

 「そしてここが、魔法が曖昧であり、“誤魔化し”の要素が大きい由縁でもある。先に上げた例で、“縮み薬”の効果はカエルの時を戻したとも取れますが、同じ結果だけを求めるならばマクゴナガル先生の変身術でも簡単に出来るのです」

 

 魔法の杖を一振りすれば、カエルでなくとも、コインをオタマジャクシに変えることだって出来る。

 

 そうなると、疑問が次々に連鎖していく。

 

 

 「原因と結果、東洋ではこれを因果と呼びます。“何かをしたら、カエルがオタマジャクシになった”というのがその相関関係であり、この“何か”を様々に誤魔化せるからこそ、魔法族はマグルから秘匿していられるとも言えます」

 

 縮み薬を飲んだカエルは、“時を戻って”オタマジャクシになったのか、それとも、変身術の効果でオタマジャクシになったのか。

 

 いいやそもそも、変身術による変化と、時を遡ることの変化は何が違うのか?

 

 

 「時の因果関係を考え出すと、確実に頭が混乱しますのでここでは詳細は述べません。あくまで実例としてのツールの使い方、使用例を述べながら、“そういうものだ”という認識と、“扱う際の注意点”に的を絞ります」

 

 悪霊が語ると、さらに説明文がひとりでに浮かび上がっていく。

 

 

例1

 記憶リセット部隊の持つ“忘却時計”

 一時間単位で、記憶に関する時だけを逆転させる。脳の状態を数時間前に戻す。

 

例2

 生徒に二つの授業を受けさせる。カリキュラムの誤魔化し。

 

例3

 死喰い人が侵入して校舎が破壊されたのを、ダンブルドア校長が力業で解決した

 ⇒ 生徒達が偶々居合わせ、先生方との尽力の賜物で、ギリギリで回避されたと修正した。

 

 

 

 「第一の例ですが、これは実際に運用されている魔法具の一つ。対象を杖で指し示し、鎖で繋がれた時計を一回ひっくり返すと、対象の脳の状態が一時間前にリセットされます。忘却術師が不足していたり、とにかく大人数のマグルを誤魔化す必要がある際などに用います」

 

 極めて限定的であり、最も簡易的な逆転時計の一つ。

 

 遡行対象を“脳の時間”に限定し、影響する範囲を記憶というとても曖昧な対象にするとこで、パラドックスの危険性を極小にしている。

 

 要するに、誤差があろうとも記憶違い、思い違いで済むからだ。

 

 

 「繰り返しになりますが、逆転時計の基本用途は“誤魔化す”ことです。起きてしまった事象を根本から変えられるわけではなく、解釈や因果を多少弄る程度のものであるとの認識を忘れてはなりません」

 

 それがすなわち、時というものを扱う際の注意点。

 

 境界線を踏み外せば、大きな時の断崖に簡単に墜ちてしまうのだから。

 

 

 

 「第二の例ですが、こちらは最初に述べたホグワーツで生徒に貸し出される逆転時計。時計をひっくり返すと生徒は一時間の時を遡り、二つの授業を同時に受けることが出来るようになります。つまりは、私のように遍在することになるのです」

 

 聞いた瞬間、生徒の誰もが逆転時計を使いたくないと反射的に思ってしまった。

 

 “ダッハウと同じ様になる”と言われて、喜ぶ生徒などホグワーツには存在しない。

 

 

 「このような運用の場合、逆転時計の遡行によって変化しうる範囲は、“戻る本人”よりも、“送り手”に依存することになります。今現在ではマクゴナガル先生が受け持っておられますが、生徒に二つの授業を同時に受けさせる程度は、彼女に可能な誤魔化しの範囲内です」

 

 例2の場合、仮に時を遡行して自分と出会ってしまったとしても、それだけでは致命的な矛盾にならない。

 

 魔法界において“常識”の範疇内で、自分と同じ顔に出会うなんてことはままある。変身術、七変化、ポリジュース薬など。

 

 自分と同じ顔に会って、真っ先に“逆転時計で遡行して来た自分”を疑う魔法族など存在しない。より常識的な脅威として、悪意ある他者による自分への成り代わり、すり替わりを疑うのが当たり前だ。

 

 何せ、自分とそっくりに変身して行う悪事なんて、簡単に想像できるのだから。

 

 

 「マクゴナガル先生が変身して受けていた、とかなり苦しいですが言い訳することも出来ますし、もっと簡単に“ダッハウがやらかした”と言えば誰もが納得するでしょう」

 

 生徒の全員が頷いた。そりゃそうだ。

 

 それこそ、悪意ある他者によるすり替わりで、真っ先に疑うべきはこの悪霊だ。というか、常習犯でもある。

 

 書類を書き換えたり、別の場所にいた生徒が“自分の講義を受けていた”ことにして、夜間学校のちょっとした雑用を依頼したり。

 

 悪霊共が跋扈する魔法の城について、たかが逆転する時計の一つや二つ、今更というものだ。

 

 

 「実際に起きている効果としては、時計の形をした魔法生物が、生徒の体内時間を“一時間食べてしまった”という解釈が妥当でしょう。時間を丸ごと食べられれば記憶も含めて一時間前に戻るはずですが、送り手であるマクゴナガル先生と“アンカー”を繋いでおくことで、授業の記憶程度は何とか保持する」

 

 実際に書かれた羽ペン、ノートなど、それらも全ては“ホグワーツのもの”であるからの誤魔化しの範囲だ。

 

 何せ、悪霊事務員らが自動速記羽ペンを見えないところで動かしまくっている学校である、書いた人物不明の紙やノートもまたそこかしこに“遍在”している。

 

 

 「特定の記憶を保護し、瓶などに固定することについては、上級魔法使いの必須技能でもあります。マクゴナガル先生やスネイプ先生らを始め、ホグワーツの教師ならば多くの方が実行できます。少なくとも、寮監ならば全員が可能です」

 

 つまるところ、逆転時計が食べて送られてくる“生徒の一時間分の授業の記憶”を、教師が管理している形だ。

 

 昔は、生徒一人につき教師がつかねばならなかったため、学年首席程度に限られたそれらだが、“時計塔の悪霊”が現れて以降は、もう少し先生方の負担も軽くなっている。

 

 何せ、ホグワーツで逆転時計が食べた記憶は全て、大きな時計に収められるのだから。

 

 

 

 「そして第三の例、こちらは1979年の魔法戦争の真っ最中に実際にあったことです。死喰い人がホグワーツへの潜入を試み、あちこちの重要設備を破壊して回ったのですが、ダンブルドア先生が帰還なさり、全員叩きのめしてアズカバン送りにした件ですね」

 

 当時は戦争中ということもあり、余計な不安や混乱を抑えるのが政治的課題でもあった。

 

 よって、シグナス・ブラック副校長の判断もあり、逆転時計をやや大規模に使用して因果を修正した。

 

 本来の歴史の流れでは“ダンブルドアが力業でやった”ことを、数時間分過去に戻ったシグナスが、様々な教師を配置して対策し、死喰い人を速やかに発見して拘束、偶々居合わせた生徒の尽力もあり危機は未然に回避されたことにした。

 

 

 「行っている事自体は、マグル社会でもよくやる“大衆向けに調整した政治ストーリー発表”と大差ありません。それを魔法界の場合は逆転時計などを用いることで、実に魔法らしく誤魔化す手段を持っているだけの話」

 

 例3の場合においても、結果だけを見れば関係者を口封じしたり、錯乱の呪文を大規模にかけたり、忘却術で片っ端から記憶を改竄しても同じ効果は得られる。

 

 それは決して、一般的な魔法手段によってもたらし得る結果を逸脱するものでなく、“誤魔化しの手段”として逆転時計を使っただけで、別に忘却術でもよいのだから。

 

 どの手段であってもリスクや、秘密の漏洩の可能性はあり。時計遡行による誤魔化しを選ぶかどうかは、使用者の状況と決断次第だ。

 

 そして、“最終的な結果”に差は出ない。あくまでアルバス・ダンブルドアが送り手である以上、彼が実際になしうる範囲を超えた結果への誤魔化しは不可能である。

 

 

 「この点、“何処まで誤魔化せるか”は非常に判断の難しい境界線であり、その難しさが逆転時計の運用の厳しさの根幹にあります。幸い、ダンブルドア校長の可能な範囲は非常に大きいので事なきを得ることが大半ですが、限界点があることを常に忘れてはなりません」

 

 よって、“対象の体内時間を食べる逆転時計(タイムターナー)”は、真実薬(ベリタセラム)や幸運薬(フェリックス・フェリシス)同様、取り扱いに厳重な注意が必要なものであるが、それだけでは他を逸脱した危険道具とはならない。

 

 むしろ、せいぜい記憶改竄、事実誤認、誤魔化しに使う程度ならば、効率的な道具といってよい。

 

 生徒の「カリキュラムの誤魔化し」に使われるのは良い例だろう。何しろ、その目的ならば忘却術は意味がない。学んだことを忘れさせてどうするのか。

 

 

 

 「全ては、使い手と送り手の範囲に収めること。時から戻ってくるアンカーとなり、時計に食べられた時間を回収する起点となる人物の範疇を超えれば、矛盾は大きく広がっていく。これは非常に危険であり、明確なタブーが一つあります、すなわち“生まれる前に戻ること”」

 

 その範疇を超えてしまう、【明確なタブー】として最も分かりやすく規定できるのは、自分の生まれる前に遡行すること。

 

 逆転時計の基礎機能が、“体内時間を食べる”である以上、生まれる前に戻るというのは「小さな時計」の範疇を確実に超えてしまっている。それ以前には使い手は絶対に存在し得ない矛盾存在なのだ。

 

 使い手が意識せぬまま、大きな時計の領分に足を踏み入れてしまえば、時の断崖や狭間から戻ってこれなくなる危険は増大する。

 

 

 「必ず覚えておくように、扱いに失敗すれば、使い手は時の流れから忘れられてしまう。小さな時計は消え去り、そのことを記録するのは、大きな時計だけとなるでしょう」

 

 その言葉は、神託のように教室に響き渡る。

 

 忘れるなと、魔法の城そのものが、遍在する霊の総意が、生徒達に忠告するように。

 

 

 「そのような次第で、逆転時計の“大きな時の流れにも干渉しうる”品は、未熟者が不用意に手を出さぬように神秘部で厳重に管理されています。ただ、かつて起きたニューヨーク集団忘却の件のように、『範囲の広い強力な逆転時計』が必要になるケースはありうることから、魔法省とて全てを廃棄するわけにもいかないのが現状です」

 

 いざという時の、魔法界の秘匿のための切り札でもある。扱いを間違えれば鬼札となるのが厄介な点だが。

 

 神秘部管理の似たようなアイテムに、『幸運サイコロ』があるとも伝わる。フェリックス・フェリシスの効果があるサイコロで、“当たり”が出れば強運に恵まれるが、“外れ”が出ると今までの幸運の分だけ不運がまとめて襲ってくるとか。

 

 とにかくそういった運命干渉系の不思議アイテムに満ちているのが、神秘部という場所なのである。

 

 

 

 「身の丈の超えた宝を求めれば、破滅の未来がやってくる。これは、逆転時計や幸運薬に限らず、多くの魔法、そして、権力、財力、親の七光り、あらゆる事柄に通じるものがあります。マグルも魔法族も、そこに差異はありません」

 

 魔法の神秘も、科学の発達も、一歩間違えれば破滅につながる。

 

 

 「ならばこそ、物語の英雄譚において、主人公の栄光と身の丈を超えた破滅は常に表裏一体となっている。その境界線は非常に難しく、一歩踏み越えると断崖の底まで落下してしまう」

 

 イギリスの英雄、アルバス・ダンブルドアがそうであるように、国を背負う、率いるとはその危険性と隣合わせであり。

 

 

 「ですが同時に、諸国の統一、文明の進歩、新大陸の発見。偉業を行った英傑達は、常に身の丈を超えた大望を胸に懐き、破滅の未来を恐れずに突き進んでいった。ホグワーツ創建という偉業をなした四人の創始者もまた然りです」

 

 だがそれでも、偉人たちは勇気を持ってその先へ歩を進めた。

 

 

 「望む宝を得るために、多くの人間を危険へと駆り立てる。逆転時計など、強大な可能性を持つ魔法の宝の最も危険な点とはそこにある。ですがそれは、未来の可能性と常に表裏一体でもあることを、未来ある貴方たちは忘れてはならない」

 

 自らの力を過信せず、自覚した上で踏み込む勇気と。慢心の果てに破滅へ向かうのは全く別のこと。

 

 無地のキャンパスに絵を描くが如く、未来はまだ何色にも染まっていないからこそ夢が映える。

 

 時の巻戻りは魅力的であろうとも、いつまでも巻き戻ったままでは永遠にループから抜け出せなくなってしまうものでもあるから。

 

 

 「偉大なる創始者達の築きし、ホグワーツの生徒であること、それだけは常に意識なさい。時計は何時でも、貴方たちの破滅と黒歴史を見つめ続けているのですから」

 

 そして、創始者たちの封じし時計塔の創造者は、とある英雄が身の丈を超えた結果を背負わされていると感じ、破滅の未来しか待っていないことを嘆いた。

 

 だから、大きな時計を逆転させてでも、願うのだ。

 

 どうか、身の丈を超えた英雄としてではなく、平凡であっても幸せな誰かとして、過ごしてくれることを。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「なんか、今日の授業のダッハウ先生はいつもと少し違ったかしら?」

 

 「そうかい? 僕はいつもどおりのダッハウ節だったと思うけど、ハリーは?」

 

 「割りと真面目な内容だったけど、たまにああいう感じな時もあるし、違和感ってほどじゃなかったかな」

 

 悪霊の魔法史を終えて、ハリーがクィディッチの練習を終えた放課後。

 

 グリフィンドールの対悪霊戦線の三人組は、今日も仲良く談話室にて復習やら相談やらをしている。

 

 ハリーはそろそろ決勝シーズンが近いため、ウッドの練習もいよいよ熱が入るどころか、地獄の業火もかくやという状況だ。友人二人の授業サポートがなければ流石に辛い。

 

 特に、ハリーをウッドへの生贄にしたことに若干は罪悪感の欠片を持っているロンは、親身にノートを取ったりしてくれる。

 

 

 「うーん、私の考えすぎかしら。逆転時計についての話は、とっても重要なことを託すというか、語りかけているように感じたんだけど」

 

 「あのダッハウが? まっさかあ」

 

 「流石にそれはないと思うよ、ハーマイオニー」

 

 重要なことを託す。これほど、あの悪霊に似合わない言葉もない。

 

 何せ、人の黒歴史を嘲笑い、暴露することを生き甲斐するドクズ野郎である。アイツにとって重要なこととは人の歴史の収集くらいだろう。

 

 

 「ダッハウ先生は屑よ、それも最低のね。そこは私も疑ってないわ」

 

 「お、おおう」

 

 「言う時は言うよね、君」

 

 優等生の何気ない辛口にちょっと引き気味の男子二人、やはり美人がやるからこその凄みだろうか。

 

 燃えるようなその瞳は、欠片の躊躇もなく、“ダッハウは屑だ、絶対許さぬ”と言葉にせずとも語っていた。

 

 

 「ただ、そう。マクゴナガル先生が逆転時計の運用を担ってらっしゃることというか、このホグワーツ自体が逆転時計のことをどう考えているのかとか、その辺りが気になったの」

 

 「校長先生たちが、かい」

 

 「それもあるけど、本当にこの城の全てがよ」

 

 「あの夜間学校も含めてとなると……確かにちょっと僕も気になるかも」

 

 この城は、とにかく不思議に満ち溢れている。

 

 そして、数ある秘密の中でも特に古いものとされる謎の時計塔。

 

 裏側、夜、幽霊、そういったものを司るあの悪霊が、かつて“時計塔の悪霊”と呼ばれていたことは、対悪霊戦線の生徒達も知っている。

 

 ただし、その厳密な因果関係については、何もかもが謎のままである。

 

 

 「例の賢者の石騒動のことといい、あの廊下の向こう側でダッハウ先生が何かとんでもないことをしてそうなのは事実だし」

 

 「そこは間違いないよな」

 

 「あとはとんでもないに碌でもないを付けるべきかな」

 

 あの悪霊の行動を追っていくと、正直なところよく分からない。

 

 ただ、何か秘密を持っているような気はする。かと思いきや賢者の石のようにいきなり暴露してきたりする。

 

 何かがはぐらかされているようで、でもそれが掴めない。

 

 

 

 魔法の城に迫る死喰い人の脅威を、一切覆い隠すように稼働する誤魔化しの時計。

 

 時計は何かを隠し、何かを誤魔化し、誰かのために動いている。だがそこに、本当に秘密があるかも定かではない。

 

 あるいは、常に悪霊の語るように、遊び半分で本当に大した理由などないのかもしれない。

 

 知っているのは恐らく、時計塔を封印した創始者達くらいであろう。

 

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