『時計塔のオブジェクト記録』
【魔法ビル管理部 差出人不明】
魔女の家のお伽噺について。
これはマグルに伝わる伝承の一部であり、同時に我々魔法族のお伽噺だ。
魔女とは、単体ではなく、家の中枢であると同時に家の所有物である。
魔女が家を持つのではない、家が魔女を囚え、その中枢に据えるのだ。
であるならば、魔女とは家を保つための生贄であるとも呼べるだろう。
ここにおける“魔女”とは、魔法使いの女性を指す言葉ではない。
垣根の向こうを飛ぶ女、法の向こう側にいる者。
つまりは、常識の外側のいる恐るべし者という意図であり、ある種の蔑称だ。
家、あるいは屋敷。それ自体が生き物であり、絵画も扉も屋根も廊下も、
全ては家の一部であり、連動して魔女を逃さない。
実に興味深い話であり、同時に疑問も生じる、“屋敷しもべ妖精”とは何者だろう。
彼らは、主人のしもべではない、屋敷のしもべなのだ。
屋敷に仕え、魔女の世話をし、時に高度な魔法を使いこなす。
本当に、家に囚われているのはどちらなのだろうか。
多くの純血名家とは、数百年の長きに渡り、屋敷に縛られ続けているのでは?
なぜ彼ら屋敷しもべは、常に主人やその子供に申し訳無さそうなのか。
まるで、絶対に言ってはならない秘密を抱え、苦しんでいるように。
生贄は、奴隷は、どちらなのだ?
純血を極めた果てに、朽ち果てた小屋になおも縛られた魔女を私は知っている。
ああ、ならば彼女こそ、本当の魔女と呼べるだろうか。
『古き記録は多くを語らず』
『屋敷しもべもまた、古き盟約について我らに語ることはない』
『彼らの求める解放とは、一体何からの解放であるのか』
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「いよいよ期末テストが近づいてきました。試験までもはや数週間もありませんが、私の授業に停滞という言葉はありません。試験対策の自習時間などは設けませんので、今日も授業を進めていきます。さあ頑張りましょう、試験、テスト、赤点、再試、落第、ノイローゼ、素晴らしい言葉です」
ついに5月も下旬に差し掛かり、6月の期末試験まで秒読み段階となってきたホグワーツ。
一年生にとっては初めての期末試験であり、フクロウ試験の五年生やイモリ試験の七年生についてはノイローゼの向こう側に行きそうな者も多いこの時期。
悪霊教師の授業が最も嫌われるのもこの辺りだ。聞きたくもない単語をマシンガンの如くに連発してくる。
さらに、マグルに則ってスパルタ式でもあり、“授業に遅れた者に基準を合わせない”。
「地下10階のウィゼンガモット法廷については試験前の最後の授業に回すことにしますので、本日は地下8階のアトリウムに隣接する魔法ビル管理部。というよりも、魔法界における“屋敷”というものについてお伽噺の側面も交えて語っていくとしましょう」
とはいえ、ノーグレイブ・ダッハウの試験に、暗記というものはない。
魔法史の授業であるにもかかわらず、正確な年数などについては一切重きを置かないのだ。それよりも、どのようなことが起こり、何が変わっていったか。そしてそれに対して歴史に学ぶべき教訓と、未来にどう生かすべきかを試験で問う。
そういう意味では、実に実践的な試験と言える科目であり、優しめな闇の魔術に対する防衛術のリーマス・ルーピン先生の試験よりも、こちらに警戒する生徒も多いくらいである。
何せ、試験で尻尾爆発スクリュートが出てくることすらあり得るのだから。
「魔法族の家、ここではあえて“屋敷”という言葉を用いますが、屋敷の第一の特徴として挙げられるのはその独立性の高さです。多くの家が集って村を形成することで集団単位で生きてきた歴史の長いマグルと異なり、魔法族は屋敷に住まう血族を単位として考えてきました。これは時計についても言えます」
以前の講義で出てきた、逆転時計に関する話で、“大きな時計”と“小さな時計”という概念があった。
マグルは“大きな時計”を重んじ、出勤時間、退社時間、あらゆるものを時計に合わせて行い、何十万人もの行動を時計に合わせて制御する。
対して、魔法族は“小さな時計”を主軸に据え、魔法族の屋敷にある時計とは、今家族がどこにいて、何をしているかを指すもの。つまり、各々の“体内時計”をそこに表示しているのだ。
そこを厳密に合わせるという発想は元来なく、ホグワーツにしてもマグル生まれが多く入ってくるまでは、正確な授業時間という概念すらなかった。
教会の鐘に合わせて、正確に起床して寝るという文化は、キリスト教徒のマグルの発想なのだから。
「家と血筋を要として、一つの共同体を形成。だからこそ時間の進み方も家単位で考える。食事も、洗い物も、魔法薬の調合も、魔法生物の世話も、様々な生活における基盤は屋敷内で賄われる形で成り立ってきたのです」
ウィーズリー家であれ、マルフォイ家であれ、ブラック家であれ、その点には違いはない。
純血の家の生活は、基本その屋敷内で完結する仕組みを持つ。ホグワーツやダイアゴン横丁に出かけることはあっても、生まれてから魔法の力に目覚めるまでは、ほとんどを屋敷内で過ごすこととて珍しいわけでもない。
「そういった生活文化に大きな影響を与えてきたのは、煙突飛行や姿現しといった移動技術の多様性です。暖炉と暖炉を繋ぐネットワークとは、つまるところ家と家を繋ぐもの。広い世界に街道や水道を敷設することはなくとも、魔法族は屋敷と屋敷を密接に繋げる術には長けていた」
そこについては、魔法運輸局の授業で語られている。マグルとは趣が大きく違うのも当然で、魔法族の移動技術の根幹には見つからぬように隠れることがある。
特に、子供が魔法を使うところ見られれば、姿現しで逃げる手段を持たぬだけに危険が大きい。
魔法省が発達し、部局ごとの公的な機関ができる以前ならば、屋敷だけで生活を完結させ無闇にマグルに関わらせようとしなかったのも当然と言えるだろう。
かのダンブルドア家においても、大切な娘がその境界線を見誤った故の悲劇に見舞われたことがあるのだから。
「そうして長い時が過ぎていくにつれ、屋敷そのものが歴史を持ち、生き物のような様相を見せてくることがある。貴方たちにとってそれが最も分かりやすい例が、この魔法の城ホグワーツです。この城はつまり、魔法使いの屋敷の最上位版と言えるものなのですから」
ある程度の魔法使いの屋敷でも、ゴーストが住み着いたり、庭小人がいたり、バンシーやらボガートがいたり、さらには屋敷しもべが仕えたりしている。
建物である屋敷だけではなく、その周辺の庭やら小川も含めてというケースも多い。マグル避けの境界が張られていることも含めて、どこまでを“屋敷の一部”と見るかは、つまりマグルから隠匿している範囲となる。
そうした“隠された領域”の大きさでは、自治領と名実ともに呼べるだけの規模を持つのが、ホグワーツである。
魔法の城のみならず、禁じられた森にはケンタウロスの集落があり、湖には水中人の集落もある。
そして、膨大な数のゴーストが住み着いており、屋敷しもべについてもイギリス魔法界で最大の規模を有している。
「今更な感はありますが、魔法使いの屋敷の機能を改めて振り返りたければホグワーツの縮小版を考えてみればよいでしょう。ブラック家の屋敷グリモールド・プレイスなどは有名な例ですが、屋敷とは基本的に外来を拒むもの、マグルより隠れるもの、様々な術で秘匿されるのが基本です」
ウィーズリー家の隠れ穴は、マグルにも開放的な珍しい例だ。
あるいは、近代以降においてはそれこそが共存のために必要であったのかも知れない。
「その中でも一つ面白い事例を挙げるとすれば、屋敷しもべ妖精となるでしょう。彼らは名前の通り妖精の一種ではありますが、マグルの伝承に伝わる“取り替え子”(チェンジリング)とも密接な繋がりがあります」
屋敷しもべ妖精の存在は、東洋の座敷童子などに通じるものがあり、家の手伝い妖精という意味ではブラウニーと同一視も可能だ。
ブラウニーへの礼は決してあからさまに付与してはならず、あくまでもさりげなく部屋の片隅など隠すように置いておき、ブラウニーに自発的に発見させなければならない。
もしあからさまに与えてしまうと怒って家を出て行ってしまうとも言われ、座敷童子にも同様の寓話は見られる。
また、ブラウニーが住み込み先の家で働く目的は衣類を手に入れることであり、ブラウニーに対する礼として衣類を与えてしまうと、働かなくなり家を去ってしまうと言われる。
「屋敷しもべ妖精に洋服を与えること、これはすなわち解雇の意であり、屋敷との契約が解除されることを意味するのは広く知られています。ならば当然そこに歴史的な疑問が生じます、その契約、始まりは一体何時からなのかと」
北欧の伝説の一つに「取り替え子(チェンジリング)」というものがある。
これはブラウニーたち妖精が、人間の新生児をそっくりな替玉の妖精の子と取り替え、妖精の世界へ連れ去ってしまうというものだ。
取り替えられた実の子は妖精の国で永遠の命を得て暮らすことが出来るが、替わりにやってきた子供は病弱で、ほどなくして死んでしまうと言われる。
新生児の生存率が高くなかった時代において、子を失った親が“実は子供は妖精の国で永遠に楽しく生き続けている”という、心の救いを求めた物語が原点であると言われる。
薄桃色の子供達の世界、アルフヘイムの起源である。同時にそれは、親に捨てられた子供の魂が行き着く場所とも。
「屋敷の中核としての魔女を求めて、人間の子供を招き寄せる。その家に迎え入れられ、魅入られてしまった子供達は、家に縛られ、家に留まり血を繋ぎ、そしてやがて純血名家の屋敷というものは生まれる。というお伽噺は紀元前の頃から脈々と繋がっているのです」
始まりに妖精があり、妖精が子供を招き寄せる手段として「家」を用い、そしてやがて“魔法使いの屋敷”が生まれる。
それは神秘部における、魔法使い誕生の仮説の一つとしても語られるお伽噺である。
「まあこの場合、子供を招き寄せる妖精の家は何処から来たという疑問が残ってしまうわけですが、そこは置いておきましょう。さて、完全に屋敷に取り込まれてしまった子供は囚われの魔女となってしまうわけであり、二度と出られない仕組みですが、現実の魔法使いはそうではありません」
当たり前に買い物にも、病院にも出かけるし、魔法省にも出勤する。
煙突飛行ネットワークで繋がっているとはいえ、その移動先が“自分の屋敷の中”でないことは明らかだ。
「外の子供を現実の存在、家に招いた妖精を幻想の存在と定義するならば、逆もまたありえる。幻想の存在を人間の世界に攫ってくることも可能でなければ天秤は釣り合わない。では、着の身着のままで妖精の家に招かれた子供が妖精に渡せる“現実の物”とはなにか」
子ども自身の身体は当然アウト。それこそが、魔女の家の欲する身柄そのものなのだから。
答えは自ずと限られ、だからこそ衣服を与えることで妖精は幻想の屋敷から解放されるというお伽噺が生まれた。
「回答は、着ているものを与えることとなります。その解放を妖精自身が望んだかは定かではありませんが、子供を好いて、屋敷に囚えることを不憫に思ってしまったしもべ妖精が、逃げるための手段を密かに教えたという説もあります」
そうして、子供としもべ妖精は共に逃げ去り、妖精は子供に仕えることとなる。
ただし、屋敷しもべは屋敷あってこその存在。そこに主人がいて、新たな家があるならば、そこが次の屋敷となるだろう。
かくありて、束縛の度合いは多少は弱まりこそすれ、妖精の家は続いていく。純血名家に仕える屋敷しもべ妖精と形を変えながら。
「一つの歴史事実として、純血名家において赤子が生まれた際、その世話を屋敷しもべ妖精に任せることは実に多かった。まるでそれが対価だと言わんばかりに、赤子の教育を妖精に委ね、赤子は妖精に守られ、屋敷の子として大切に育てられる」
そして、やがては屋敷を継ぎ、また新たな子を外から迎え、そしてまた屋敷の子は生まれる。
屋敷しもべ妖精だけはいつまでも変わらず、屋敷に仕え続ける。
例え洋服を渡されて解放されようと、命ある限り彼らはやがて屋敷に仕える。魔法族の子供を世話することを本能レベルの喜びと感じながら。
「それを奴隷のようだと感じたマグル生まれの生徒は過去にも数多くいました。しかし奴隷であるとするならば、彼らはいったい“何に対しての”奴隷なのか。そして、本当に囚われているのはどちらなのか。その辺りを考えてみることを、本日のレポート課題といたしましょう」
互いに依存し合うことによる共存関係。
それは、魔法族が他の魔法種族の多くと結んでいるものではあるが、屋敷しもべ妖精との関係は一際複雑だ。
「そしてもう一つ、これは決して忘れないように。魔女の家は生きている、魔法の城は蠢いている。それは元来排他的であり、正式に招いた子供以外の侵入者を絶対に許さない」
ホグワーツは、子供を招き、魔法族の教育を与える魔法の城。
そこに大量の屋敷しもべ妖精を有し、衣食住の様々な面倒を見るが、同時に、子供達なくして絶対にホグワーツは成立しない。
「子供に対しては温厚な顔を見せていても、盗人に対しては凄まじく凶暴な捕食者となる。元来、子供を囚え、捕食し、自らの一部として取り込む機能をも、魔女の家とは備えるものなのです。様々な契約と歴史の果てに、その関係が変化していたとしても、刻まれた歴史は消えることはない」
今は優しく、子供達を包み込む学び舎であったとしても。
敵を殺し、囚える地下牢を有し、時には味方同士で殺し合ったことすらもある、凄惨な歴史もまたホグワーツの一部。
「屋敷しもべ妖精も、ゴーストも、石像に絵画に、森に住むケンタウロスや湖の水中人に至るまで、ホグワーツに属するものは敵への牙を忘れることはない。ただし、子供が子供であることを自ら放棄したならば、驚くほど簡単に魔女の家は崩れ去るでしょう」
子供とは無邪気なもの。そして、危機に際しては助けを求めるもの。
助けを求める子供がいる限り、ホグワーツでは必ずや救いの手は差し伸べられる。ただし、その手が血の通った人間のものとは限らないが。
「親に言われたからと、安全のためにホグワーツを離れる。あるいは、恐怖のあまり仲間を疑い、外の敵に情報を漏らす。そうした行為が城への裏切り行為と取られた時、魔法の城は“かつて子供であった敵”に一切の慈悲なく牙を剥くか、あるいは冷酷に見捨てる」
忘れるなかれ、ホグワーツの要は結束にこそあり。
聞きたまえ、歴史の示す警告を。
「もはやお決まりの文句になってきましたが、それでも重ねて言いましょう。“私のようになりたいですか?”。生徒にとっての内なる敵こそがノーグレイブ・ダッハウであるならば、貴方たちは決してその様になってはならないのは自明の理というもの。歴史に学びなさい生徒達よ。そして、学ばぬ者は死ぬがよい、私の手駒にしてあげましょう」
組み分け帽子は歌ったのだ。
ホグワーツ校に危機迫る時、外なる敵は恐るるに足らず。
我らが内にて固める限り、崩れ落ちることあらざりし。
真なる敵は、内にこそあり。
*----------*
「どうしたんだハーマイオニー、さっきからずっと考えこんで」
「今日のダッハウ先生の授業で、何かまた気になることでもあった?」
本日の授業を終えて、大広間で夕食を取った後の生徒達が集まるグリフィンドール談話室。
どこぞの悪霊の言葉ではないが、そろそろ期末試験が近づいてきているのは事実であり、多くの生徒が夕食後も試験対策や予習復習を親しい者らと行うシーズンである。
「当然、屋敷しもべ妖精についてよ。奴隷労働廃止! って叫びたいのは山々だけれど、取り合えずそこはいいの。報われない彼らの待遇については反吐が出るけど」
ただ闇雲にマグルの価値観で「奴隷労働反対!」と言うだけでは、あの悪霊に『やれやれ、どれほど秀才であろうとも“自らの育った環境の価値観が絶対的”という宿痾からは逃れられませんか。まあよくあることです』と嗤われるだけ。
ということを理解したくはないが、理解したハーマイオニー・グレンジャーである。流石は優等生、学ぶのも早い。
「反吐といえば、例のバッジはすごい好評だぜ」
「あっという間に対悪霊戦線のシンボルになっちゃったよ」
度重なる生徒達への名誉棄損と、マグル社会というか人類社会への悪意に満ちた嘲笑。
割と頻繁にブチ切れつつあったハーマイオニーであったが、数週間前の授業でもやっぱりブチ切れ、ついに公にダッハウ撲滅運動の象徴となる活動を始めた。
それが「SPEW(反吐)」である。
SPEWには、怒りをぶちまける、へどを吐く、煙などが吹き出るなどの意味があるが、例の悪霊に対する生徒達の感情をこれほど現す言葉もない。
「ダッハウを許すな、アイツの授業は反吐が出る、くたばれ糞野郎。言いたいことはいくらでもあるけどさ、このバッジは見事にその想いを表現してるって」
「ミス・反吐は流石に敬称としてはどうかと思うけどね」
多分、普通に考えれば蔑称だ。ただし、グリフィンドール生は本気で敬称で使っており、他の寮でもバッジ購入組は同じ想いであるだろう。
これもまた、グレンジャー将軍率いる抵抗部隊への資金的援助と言えるものだから。
「貴方達も注意なさいよ、ミス・反吐と呼んだら燃やすからね」
「りょ、了解だ将軍閣下」
「将軍閣下も禁止。あと、元帥閣下もよ」
「この前フレッドとジョージが“女王陛下”と“女帝様”を吹聴してたけど」
「どんどん位が上がってるじゃないの! 不敬にもほどがあるわ!」
何だかんだ社会的地位がそれなりの家の一人娘であるハーマイオニーである。イングランドにおける女王陛下の偉大さと、守らねばならない礼儀については無意識レベルでしみついている。
ただし、ウィーズリー家の双子にはそんなものはない。この辺もまた純血とマグル生まれの意識の違いが出ていて面白い。
「そんなことじゃなくて、あの糞あくりょ……ダッハウ先生、随分屋敷しもべ妖精に詳しかったけれど、彼は何処で知ったのかしら?」
「ハーマイオニー、君もあまり人のこと「何か言った?」いいえ」
ロナルド・ウィーズリーは父親から学びました。怒れる竜には逆らうべからず。
ただ、アーサーとモリ―の学生時代には“竜の首輪と眠れる竜”と呼ばれたものだが、この三人の場合は“怒れる竜と餌2つ”である。
酷いと言えばあんまりな扱いだが、ハリーとロンは別に気にしていない。お互い、奇特な家に生まれた身であり、個性的な魔女たちに振り回されるのは慣れている人生だ。最早達観の域である。
「ダッハウ先生が何処で知ったかって、どういうことハーマイオニー。あの人だったら別に知っててもおかしくないよ」
「ええ、彼は長くいる魔法史の教師だから、知っていてもおかしくない。でも、それと彼がどこで知ったかは別問題よ。必ず知識の出処はないとおかしいわ」
ダッハウだったら、知っていてもおかしくない。
多くの生徒はその先をあえて考えようとはしないが、当然疑問は残るのだ。
あの悪霊は、それをいったい、どこで誰から聞いた?
確かにこのホグワーツの歴史は膨大で、多くの書籍もある。しかし、あの悪霊はそれらを調べて回る学者肌の人物とは思えない。
人間の歴史には随分詳しいが、御伽噺的な屋敷しもべ妖精の由来まで知り尽くしているというのは、ちょっとした違和感ではある。
「それに、ホグワーツを“魔女の家”って言っていたわ。もし、生徒が魔法の城を裏切るようなことがあれば、城が見捨てるって。“まるで前に見てきたように”」
未来の可能性を危惧するのではなく、過去の結果を物語るように。
そうして死んだ生徒達がどうなったかを、実体験を語るが如くに。
いや、それは果たして本当に客観的な事実なのか?
そもそも幽霊、地縛霊とは、その場所で未練を残して死んだ誰かではなかったか。
だとすれば、その時校長であった“魔女”は誰だ。
その当時、魔法の城に君臨していた魔女は誰で、屋敷しもべ妖精とはどういう関係だった?
「なぜかしら、無性にそこが気になるのよ」
「ダッハウの過去か、そういえば、普段あんまり考えなかったけど何時からいるんだあいつ?」
「ええっと確か、前任のビンズ先生が亡くなった頃、いや、違ったかな」
時計塔の悪霊が教師となってからの経緯については、対悪霊戦線の生徒達も聞き知っている。
だが、時計塔の悪霊が何時からいるのか。そして、どこから湧いて出たのかについて、知る生徒はいない。
「だから――え、あれは?」
銀色に輝く猫、グリフィンドール生徒ならば見知った存在、寮監のマクゴナガル先生の守護霊だ。
生徒に緊急の連絡事項がある場合など、彼女の守護霊が飛んできて、口頭で伝えることがある。
もっとも、三回に二回くらいは悪霊関連だったりするが。
『グリフィンドールの全生徒の皆さん! ただちに談話室と各部屋の入り口や窓を完全封鎖なさい! ダッハウ先生が“また”スクリュートを解き放ちました! 今度はものすごく大きいです! 悪霊やその他諸々、とにかく何でも注意なさい! そして今夜は絶対に四階廊下には近づかぬよう! 命と魂の保証は出来ませんので!』
「またかよ!」
「いい加減にしろよあいつ!」
「スクリュートは嫌ぁ!」
「いいから、さっさと動け! 即応体制だ!」
「下級生はこっちに集まれ! まずは人数の確認だ!」
「マートルは! マートルは出たか!」
「いや、まだ悪霊は来てない!」
そして始まる大騒動。例によってのどったんばったん大騒ぎ。
ここまで大掛かりな騒ぎはハロウィンの夜以来だが、マートル襲来など小さなものも含めれば日常茶飯事ではある。
「ああもう、またなのね!」
「ある種期待を裏切らないなぁあいつは」
「ほんとに、何で先生やってるんだろうね」
生徒達とて、流石に最早手慣れたもの。危機感を持って行動はするものの、決して無暗に慌てたりはしない。
何せ、慌てて“やらかしてしまった”生徒の行動は、次の魔法史の授業で暴露されるのだ、つくづく最低の存在である。
なので、魔法史で語られる黒歴史になりたくなければ、常に冷静に、客観性を忘れずに行動せねばならない。
そう、常に悪霊に見張られていると、客観的に自分を見ることが大切なのだ。