【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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10話 無価値な死を寿ぐ影

『時計塔のオブジェクト記録』 

 

 【ホグワーツ魔法魔術学校 リーマス・ルーピン】

 

 あの夜間学校に入って、私の人生は大きく変わったと言えるのだろう。

 マグルと魔法族。どちらであろうとも、まつろわぬ民というものはいて、どうしても被差別民は求められる。

 鬼婆も、吸血鬼も、人狼も、根絶されぬのは要するにある種の『必要悪』としての役割が期待されているからだ。

 

 でなくば、人は安心して生きられない。

 まるでマグルの悪いところを模倣したのか、それとも、これこそが僕たちの共通項なのか。

 

 【純血主義】に連なる差別。ああそれは、僕達人狼の中にも確実に存在している。

 あの悪霊教師曰く『不可触民』、穢れの仕事、呪われた仕事を請け負う者たち。

 

 元は人間とも言うし、闇の魔法使いの落ちぶれた姿とも。

 鬼婆や吸血鬼なんかも、初めは人間だったものが闇に堕ちて醜くなった姿なんて話もある。

 要するに、マグル世界であればより顕著だけど、魔法世界においても避けることのできない、社会差別が産んだ階層と言えるんだろう。

 

 

 『だから、こうして人狼として生きてきて、たまに思うんだ』

 『賢者の石を使って不老不死になることよりも、差別の根絶はもっと難しいのかもしれない』

 『永遠の命は諦められても、どうして人は差別を捨てることはできないのだろう』

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「やりますね、ある種の心理トラップとでも言うべきか。流石はマクゴナガル先生、私の使い所というものをよく分かっていらっしゃる」

 

 「敵が来た! よりも、ダッハウが出た! の方が分かりやすいってのは確かだし」

 

 「ダッハウ先生が全生徒から漏れなく蛇蝎の如く嫌われているからこそのやり方ですわね」

 

 悪霊たちがよく駄弁っている事務室に隣接する印刷室にて。

 

 不思議な羊皮紙を広げながら、ドクズゴースト三人衆は緊急事態でも常と変わらずのんびりと会話に勤しんでいた。

 

 

 「スネイプ先生がハロウィンに撒いた布石も、こうして生きるというもの。このように死喰い人に狼人間、さらには人攫いと見られる連合勢力が侵入してきたわけですが、生徒達が残らず寮に隔離されてしまえば厳しい戦いを強いられます」

 

 状況はある種単純である。賢者の石の奪取を企図して、敵がホグワーツに侵入してきた。

 

 “奪う”か“盗む”か、死喰い人陣営とて熟考は重ねたのだろうが、悪霊たちが跋扈する上、厳重に隠された賢者の石を盗むのは流石に厳しいと判断したらしい。

 

 

 「侵入してきた奴らの動きを見るに、姿を晦ますキャビネット棚から出てきて、四寮をそれぞれ目指しているわね。城の家探しというより、生徒を狙った誘拐犯の手口っぽいけど」

 

 「恐らくそうでしょう。ホグワーツ卒業生である死喰い人が先導すれば迷うことはないでしょうし、勝手知ったる母校というものですから。人質として生徒らを確保した後は、人質交換の交渉が狙いかと」

 

 「でも、今はこう、夜間学校モードになっちゃってますよね。たどり着けるんですの?」

 

 「無理でしょう」

 

 侵入者に誤算があるとして、まず第一はそこだろう。

 

 ホグワーツには“生きている生徒”が授業を受けるのとは別に、悪名高きもう一つの顔がある。

 

 表側を卒業したからと言って、果たして裏側については把握していると言えるだろうか?

 

 

 「ここはスリザリンの慎重さが仇になりましたね。死喰い人らの学生時代には、必要以上に夜間学校に関わろうとする者はいなかった。積極的に関わりを持ったのは常に好奇心から無謀な行動に走るグリフィンドールです」

 

 「例外を言うなら、セブルスくらい?」

 

 「セブ君は立派ですから!」

 

 彼らは自分達が学び、卒業したホグワーツの“常識”を基準に、生徒達を誘拐して賢者の石と交換するべく奇襲を行った。

 

 だが、その行動を同じく蛇寮出身のセブルス・スネイプが読んでいたならば、その目算を狂わせるために如何なる手を打つか。

 

 その結果が、こうして今地図の上に現れている。

 

 

 「それにしても凄いわよこの地図、ヘレナ校長から借りたの?」

 

 「ええ、完全なるオリジナル版の在り処はヘレナ校長しか知らないそうですが、恐らくはレイブンクロー寮の何処か、ロウェナ様ゆかりの場所に隠されているのでしょう」

 

 「レプリカというか、模写図といったところですよね」

 

 「これの最も簡略版というか、“自分達で探検して埋めていくタイプの地図の子供”が、悪戯仕掛け人達がとある部屋で見つけ出した羊皮紙です。城への好奇心を最もむき出しにして楽しむ子供達への、魔法の城からの褒美であり贈り物といったところでしょうが」

 

 「アタシらゴーストですら知らない道まで相当見つけ出してたし、そこは素直に評価できたわアイツら」

 

 「好奇心ナンバーワンはブラック君でしたけど、ルーピン君も結構乗り気でしたし」

 

 魔法の城は生きている。城の内部とはすなわち腹の中も同然なのだから、今存在している者達の場所と名前を映し出すくらいは造作もない。

 

 オリジナルの地図ならばそれこそ全てを明確に映し出す。複写版と言えるこちらであっても、侵入者達の足取りをリアルタイムで追いながら、名前を確認する程度は普通にできる。

 

 悪戯仕掛け人たちもまた、自分達の探検で地図を埋めながら、独自の魔法をも加えて“忍びの地図”を完成させたのだからそこは見事と言える。

 

 

 「エバン・ロジエール、バーテミウス・クラウチ、海外の“殺し屋組”の主力が来ており、狙いはグリフィンドール塔。ロドルファスとラバスタンのレストレンジ兄弟は地下のハッフルパフへ。レイブンクローの叡智の塔へは、なるほど、卒業生のオーガスタス・ルックウッド。そしてスリザリンの地下室へはマルシベール」

 

 「へぇ、スネイプの旧友で、アタシが“嫉妬マスク”をかっぱらってきたマルシベールが来たの」

 

 「当然、スリザリン寮を守るのは……」

 

 ホグワーツ側も既に防衛の準備、迎撃体制は整えており、各寮にはそれぞれの寮監が守備についている。当然、悪霊を除くその他の先生方も。

 

 狼人間や人攫いたちに誘拐をさせようとするならば、城の守護者たる教師たちの相手を引き受けるのは自然と死喰い人の役割となるだろう。

 

 

 「アントニン・ドロホフとベラトリックス・レストレンジの海賊組がいないのは、まだ合流していないからか。それとも別に理由があるのか。ハリー・ポッター狙いの別働隊という線も捨てきれなくないものの、地図の目を誤魔化せるとも思えない。透明マントですら不可能ですから」

 

 「ていうか、ハリーは大丈夫なの」

 

 「ええ、遍在する“目”は常に追っています。グリフィンドール担当は首なしニックさんですが、流石は“無害さん”。普通に生徒に混じって一緒に行動しています」

 

 ハッフルパフ担当は、太った修道女

 

 レイブンクロー担当は、桃色レディことヘレナ校長

 

 そして、スリザリン担当は言わずもがな、気高き男爵

 

 それぞれが寮に関わりのある地縛霊などを手勢として、生徒の一人も見逃さずに監視網を既に構築している。この中から、悪霊にばれずに生徒を拐い出すなど不可能極まる話だろう。

 

 

 「これでもまだ、ホグワーツの警戒レベルとしては七段階のうち下から三番目程度のものです。寮が本格的に姿を消して隠れたわけでもなければ、石像や鎧らが総動員で迎撃に出ているわけでもない」

 

 「改めて見ると、とんでもない城だわ」

 

 「ヘレナ校長がおっしゃっていましたが、最終レベルは本当に気が触れているとしか思えない化け物が守りにつくとか」

 

 「想像したくもないですね」

 

 「それが賢明です。マートルさんとメローピーさんならばなおのこと。さて、それでは警戒レベルの引き上げというか、頑張っている先生方へ“援軍”の投入の準備へ参りましょう」

 

 地図で確認する限り、最も早い死喰い人らと寮監の先生方がぶつかるのはあと数分もない。

 

 当然、城の最強戦力であるダンブルドア校長は不在だ。彼がいる時に攻めてくるほど死喰い人も愚かではなく、逆に言えば校長の帰還までに人質の確保に失敗すれば作戦は失敗ということだ。

 

 

 「今更言うのも何だけど、間に合うの?」

 

 「別に私がやるわけではありませんので。敵の最強戦力は当然エバン・ロジエールでしょうが、そこさえ止めれば後は持久戦に持ち込むのも簡単です。地の利は圧倒的にこちらにある上、物量が違うのです」

 

 正確に言うならば、悪霊は嘘をついている。

 

 死喰い人の侵入が最初に確認されたその時から“援軍”の動員は始まっており、むしろ侵入者を逃さぬよう、一網打尽のための悪辣な罠の構築を行っていた。

 

 そのために、生徒が多少危険に逢う可能性があろうとも。

 

 そして、そんな“イカれた作戦”を考案し、悪霊に協力させうる人物など、あまり広くない魔法世界に一人くらいしかいやしない。

 

 

 「どういうこ―――え? アラスター・ムーディ!?」

 

 「え、ええ! 何処にいたんですの! というか、何でいるんですの!」

 

 二人が驚くのも無理はない、グリフィンドール塔に近づいていくエバン・ロジエール率いる死喰い人達、曲がりくねった自動階段の出口にあたる箇所に、突如として伝説の闇祓いが登場したのだ。

 

 この魔法の城の中では、姿現しは出来ず、ポートキーを事前に準備したとしても、城から外へならばともかく、城内部では不可能に近いはずなのに。

 

 

 「答えは簡単で、ダンブルドア校長が不在の際は、不死鳥の騎士団の最高戦力と言えるアラスター・ムーディがホグワーツに常駐していたのですよ。いつか必ず、この日が来ると見越して」

 

 「それって、ずっと?」

 

 「校長先生が不在の日は多くないですし、純粋な日数ならば大したものではありません。褒めるべきはむしろ、姿を隠すのに選んだ場所でしょう」

 

 「どこなんですか?」

 

 「私達に最も馴染みのある場所、“叫ばれない屋敷”のアイアンメイデンちゃんの中です」

 

 「はあ!?」

 

 「気でも狂ってるんですか!?」

 

 「狂っているんじゃないですかね」

 

 流石はマッド=アイ、これぞマッド=アイ。

 

 闇祓いの誰もが、彼にはついてこれなかった。当然である。あの悪霊たちの巣に潜み、なおかつアイアンメイデンの中で待機するなんて、正気ではない。

 

 

 「城の腹の中とも言える地図からすらも身を隠すならば、さらなる内側に飛び込むのが一番です。彼があそこに現れたのは、アイアンメイデンちゃんごとフォルクスワーゲンさんが廊下を爆走して運び、不死鳥フォークスさんが引き上げたからです」

 

 彼女らは死喰い人を追っていたので気付かなかったが、凄まじい速度でフォルクスワーゲンとアイアンメイデンが近づいていたのであった。中にムーディを格納したまま。

 

 悪霊の館のど真ん中に常にあり、それ自体が付喪神のようでもある“動く器物”達。まさかそんなものに闇祓いが潜んでいるなどと、死喰い人でも思わない。

 

 

 「そして、彼が現れたことが合図となります。ハグリッド先生が今頃“全ての檻”を解き放っているはず、ドラゴン、ケルベロス、キメラ、アクロマンチュラ、スクリュート、さあさあ、怪物の聖餐が始まりますよ」

 

 「暗黒サバトの間違いじゃなくて?」

 

 「どっちも大差ないと思います」

 

 悪霊が嘲笑い、怪物が跋扈する魔法の城。

 

 なるほど、マクゴナガル先生の伝言に一つの間違いもありはしなかった。

 

 今日は、絶対に生徒が寮の外に出てはいけない日となるだろう。目撃した暁には確実にトラウマになる光景だろうから。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 

 「流石はダンブルドア校長先生、信じておりました。 校長先生万歳!」

 

 「アタシは最初から何も心配なんてしてなかったけどね。 校長先生万歳!」

 

 「ホグワーツは永遠に不滅ですね。 校長先生万歳!」

 

 そして響き渡る、傍観していただけで働きすらしなかったドクズゴースト三人衆の勝ち鬨。

 

 校長の帰還まで戦い続けた先生方や、侵入者と実際にぶつかった怪物たちならいざしらず、こいつらが呑気に喜んでいるのとを見るとなぜか無性に腹が立つ。

 

 

 「死喰い人らは中々健闘しましたが、他との連携は足りませんでしたね。たかが尻尾爆発スクリュートを見ただけであそこまで恐慌をきたすとは、情けない。子供以下です」

 

 「ちなみに、それが普通だから」

 

 「もう慣れちゃった生徒達が不憫でなりません」

 

 不幸にも侵入者が出くわしのは、かつて魔法史の授業で解き放たれた“まだ小さい”スクリュートではなく、“充分に育った”スクリュートである。しかも、アクロマンチュラと連携しながら攻撃してくるより凶悪な。

 

 

 「生徒が不憫? 何をおっしゃる。殺されるよりは遥かにマシでしょう。そも、この城は決して生徒を甘やかさない。千年の時を経た城ではありますが、やはり根幹にあるのは創始者4人の意向であり、彼らの時代は子供というのは過保護に育てるようなものではなかったのです。20世紀も半ばに生まれた無学のマグルのマートルさんには理解しづらいでしょうが」

 

 「一言多い」

 

 「むしろ、子供こそ『適者生存』の法則が適応されていた。生まれた子供の半数以上が5歳を待たずして死んでいたのが彼ら4人が生きた時代です。幼くして自らを守る力を身につけない子供は、遅かれ早かれ死んでいく。彼ら、とくにゴドリック、サラザールの両名はそうした価値観のもと、この城を作りました。ヘルガさまがいなければ、この城の方針はもっと厳しいものになっていたでしょう」

 

 「でも、その創始者の『厳しい方針』と、あんたの『悪辣な授業』に関係は?」

 

 「直接はありません。方針に則ってさえいれば、授業内容は教師の自由ですから」

 

 「つまり、ダッハウ先生の悪辣さと、城の方針は別個の問題ということですね?」

 

 「もちろんそうです」

 

 要するに、こいつがクズで悪辣であるだけのことだ。

 

 生徒を不憫に思わないのはこいつくらいのもので、他の先生方は学ぶのに必要なこととはいえ哀れとは思っているはず。

 

 

 

 「ギロチン先輩や電気椅子後輩も喜んでおりました。悪名高き人狼、フェンリール・グレイバックの末路があれとは若干無様な気もしますが、所詮はあんなものでしょう。リーマス少年の仇を夜間学校の皆が取ったと思えば感無量です」

 

 「感動要素が皆無なんだけど」

 

 「そのルーピン君を食べようとしていた張本人たちですからね」

 

 1965年2月頃、リーマス・ルーピンがフェンリール・グレイバックに噛まれる事件があった。

 

 少年の人生を大きく狂わせる忌まわしき出来事であったが、その結果彼は生涯の友と出会い、そして、悪夢の夜間学校とも出会った。

 

 

 「力に任せて爪を牙を振り回すだけの獣が、連携する処刑器具と拷問怪物に勝てる道理もなし。こうして、狼は大蜘蛛に捕食されて終わるのです、悲しきかな食物連鎖」

 

 「トロールの時もそうだったけど、ほんとに役立つわねアクロマンチュラ」

 

 「運がなかったですね、彼らはリーマス少年で散々“お預け”を食らってましたから、狼人間を食べてみたくて仕方なかったのです。これぞまさに、飛んで火に入る夏の虫、虎穴に入らずんば蜘蛛に喰われず」

 

 「そんな言葉あったかしら」

 

 断言できるが、そんな言葉はない。

 

 

 「ちなみに、グレイバックの他の狼人間たちはどうなったの?」

 

 「多くはスクリュートに喰われました。他にも、キメラの餌になったのも多数。ケルベロスに引き裂かれたのが少数、ノーバート君の炎のブレスでウェルダンに焼き上がったのが二人。狼人間如きに勝てる相手ではありませんでしたね」

 

 「人攫い達は?」

 

 「フォルクスワーゲンに轢き殺されるか、処刑器具達の露と消えました。一番見事だったのは電流を浴び続けてついに人体発火した奴ですかね」

 

 ホグワーツの防衛機構は、卒業生以外には全く容赦をしない。

 

 死喰い人の大半は、どこまで言ってもホグワーツの関係者であり、かつての生徒達だ。基本的には殺さないように、生徒を害さないようにと、魔法の城は命じている。

 

 ただし、外部の人間がズカズカと入り込んできたならば話は別。石像も、鎧も、絵画も、屋敷しもべも、そして当然ゴーストも。生徒を守るため、あらゆる機構が牙を剥く。司令塔は無論、組み分け帽子だ。

 

 まして、“ダッハウ以後”においては、事なかれ主義の魔法省など知ったことかとばかりに、危険な魔法生物や拷問器具の徘徊する魔窟である。

 

 

 「ただし、こちらの陣営とて無傷でありません。悲しむべきことに相応の被害が出ました」

 

 「一応聞いてあげるけど、内訳は?」

 

 「ムーディとロジエールの戦いに巻き込まれ、アイアンメイデンちゃんが中破。死喰い人達との戦いでスクリュートが二匹討ち死に。それから、アクロマンチュラの一匹の足が折れ、三頭犬のフラッフィー君の歯が少しばかり欠けました」

 

 「断言できるけど誰も悲しまない」

 

 「むしろ生徒達はスクリュートが減ってくれて、拍手喝采でしょうね」

 

 幸運なことに、人的被害はゼロであったホグワーツ陣営。

 

 当然、傷を負った程度の先生方はいるが、校医のマダム・ポンフリーは極めて優秀な癒者だ。明日までには皆全快していることだろう。

 

 

 「おお、何という酷いことを。ホグワーツを守るために、生徒の身を守護するため、身を捨てて戦った者達の死をここまで侮辱するとは。ハグリッド先生が知ればさぞや嘆き悲しむでしょう」

 

 「それで、そのスクリュートは守るべき生徒をどう思っているのかしら?」

 

 「美味しそうな餌でしょうね。魔法契約で縛られていなければ、今すぐにでも捕食に向かうことは疑いありません」

 

 「マートルさん、判決をお願いします」

 

 「有罪。やっぱりこいつは最低の糞だったわ」

 

 そのスクリュートを解き放ち、あまつさえ魔法史の授業で使う屑がここにいる。

 

 生徒の誰もが思うだろう、侵入した死喰い人や狼人間、人攫いじゃなくて、ダッハウが死ねばよかったのにと。

 

 

 

 「状況不利と見て撤退したエバン・ロジエールは見事ですが、クラウチ・ジュニアは無傷とはいかなかったようですね。ロドルファス・レストレンジはマクゴナガル先生に勝てずに退却、ラバスタン・レストレンジも我らが決闘チャンピオン、フリットウィック先生に敗れました」

 

 「捕まったの?」

 

 「いいえ、オーガスタス・ルックウッドが連れて逃げていきました。あの辺りは流石レイブンクローの主席にして、神秘部の俊英といったところですか」

 

 魔法戦争はあくまで、“寮対抗ホグワーツOB大喧嘩選手権”だったからこそ、彼らが牙を剥くことはなかった。

 

 しかし、部外者の乱入を許せば、地獄の釜の蓋が開くのは当たり前のことである。

 

 死喰い人の者達も、海外での略奪生活が長かったためか、懐かしき母校の“恐ろしさ”を忘れてしまっていたらしい。

 

 忘れてはならない、時計塔の悪霊もまた、“創始者が遺せし防衛機構”の一部ではあるのだから。

 

 城の主の法則は、絶対なのだ。

 

 

 

 「セブ君……決着をつけたのね」

 

 「今回の件で、一つの因縁が終わったとすればそこでしょう。死喰い人マルシベールは賢者の石を狙ってホグワーツの、それもスリザリン寮への侵入を試み、寮監のセブルス・スネイプに討ち取られた」

 

 「死んだの?」

 

 「ええ、死にました。スネイプ先生に殺害の意図があったかは分かりませんが、この期に及んで彼の妻を“穢れた血の売女”と呼んだこと。それが死因となったのは間違いないでしょう」

 

 「あの馬鹿。学生時代からずっとリリーを蔑視してアタシに散々痛めつけられたのに、少しも懲りなかったようね」

 

 「残念ですけど、凝り固まった嫉妬や憎悪とは、そういうものなんですよ。きっと、マートルさんに守られるリリーちゃんを見て、劣等感を掻き立てられて余計に認められなかったんだと思います」

 

 「流石はメローピーさん、蛇の末裔の卓見は見事。マルシベールも蛇寮の優等生だったはずですが、偽りの蛇にしかなれませんでしたか」

 

 決闘に敗れ、武装解除呪文で吹き飛ばされた先は、スリザリンを守るように配置されていた三つ首の蛇、ルーンスプール。

 

 狡知に長けただけの愚かな蛇は、本物の蛇に丸呑みにされ、その生涯を終えることとなった。

 

 

 「思えば哀れな男ね。スネイプはあれだけ苦しんだけど自分を変えて、戦って、守りたいものをしっかりと守り抜いている。それに比べて、純血を奉じてマグルを蔑視するばっかりだったマルシベールは、一体何が為せたのかしら」

 

 「何も為せてはおりません。彼の人生は無価値でした」

 

 「アンタが語ることで意味は出てくるんじゃないの?」

 

 「いいえ、私が語るのは彼の人生が無価値であったことだけです。私の言葉から生徒達が人生の無価値さを学んだところで、彼の人生に価値が生じる訳ではない。なにせ、“無価値でなければ教訓にならない”のですから」

 

 「辛辣ですね」

 

 「これもいつも言っているでしょう、“私のようになりたいですか?”と。彼はまさに純血を奉じるだけの魔法使いの人生の失敗例です」

 

 学業の成績、優秀さならばセブルス・スネイプにも引けを取らぬ生徒だった。

 

 しかし、マグル生まれを“ただそれだけ”のことで差別する悪癖からついぞ抜け出すことは出来ず、劣等感と嫉妬に狂っていき本来持っていた才覚すらも減じてしまった。

 

 それでも、許されざる呪文を使う原動力である悪意だけは持ち続け、まさに悪霊教師の言う通りの人類の悪いところを体現する存在へと成り果てた。

 

 

 「ホグワーツを卒業した全ての生徒へ、私があれほど忠告したというのに、歴史に一切学ばないとは愚か極まる。まあ、それも含めて人間らしいとも言えますが、ともかくここは“良き事例”がこうして一つ追加されたことを寿ぎましょう」

 

 かつての卒業生の死も、悪霊にとっては蜜の味。

 

 ああ、仲間ができた。

 

 素晴らしいぞ、ホグワーツで死んでくれた。

 

 無念を抱えて何も為せなかった君は、必ずや優秀な亡霊となれるだろう。

 

 おめでとう、スリザリンの悪霊よ。我らは君を歓迎するとも。

 

 

 「スリザリン寮の呪われた地縛霊がまた一つ、後輩の参加をまずは喜ぼうではありませんか。私の手駒となって、いつまでも好きなだけマグル生まれに嫉妬し、蔑視する巡礼の道、そう悲嘆したものでもない」

 

 「あん? 嫉妬のゴーストであるアタシに喧嘩売ってる?」

 

 「よろしければ、マートルさんの手下にしても構いませんよ。地頭は悪くないのですから、事務仕事の下働き程度には使えるでしょう」

 

 「良いわね、気に入ったわ。せいぜい早く実体化なさいな新人君」

 

 「マートルさん……」

 

 自分の利益になると思えば、さっさと掌返し。これがドクズ悪霊のらしさというもの。 

 

 その変わり身の速さに咄嗟についていけていないメローピーさんは、まだまだ修行不足だ。(出来るということは、人間の屑の証)

 

 そして、罰というならば、これはアズカバンに収監される以上の罰であると言えるだろう。

 

 

 「終わりなき死後の放浪。嫉妬と蔑視ばかりで誰も愛さず、誰にも愛されなかった貴方は、一体何時までこの城を彷徨い続けることになるのか、いやあ今から楽しみです」

 

 ここは地図にない魔法の城ホグワーツ、悪霊の棲家である。

 

 ここで死んではいけない。生徒は城に守られねばならない。勝手に死ぬとはつまり、城との契約を違えること。

 

 

 「本当に貴方は、間違えましたねマルシベール。人類らしいその愚かさ、嫌いではありませんよ。貴方の無様な人生の末路の全て、余すことなく私が全生徒に暴露して差し上げますので、安心して私を呪って化けて出るとよい」

 

 「出たわね真正のクズ」

 

 「ほんとに、心の底から軽蔑します」

 

 常に忠告はしているのだ。歴史に学ばず、愚かに死ぬは本人の自己責任。

 

 久方ぶりの血の味に、きっと魔法の城も“魔女の家”の本分を発揮できたことで満足だろうて。

 

 

 

 「未来の事務員下働き候補、マルシベールの他にも、フェンリール・グレイバックを始めとして多くの人間が無価値に怪物に喰われて死んでいきました。何と素晴らしいことでしょう、何も残らぬ人生、惨めな失敗例、ホグワーツの黒歴史、ああ、久々に滾るというもの」

 

 死の気配に、虐殺の成果に、悪霊は珍しく目を細める。

 

 つくづくコイツは、人が死ぬのを見るのが大好きなのだ。

 

 時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウは、救いようのない人でなしである。

 

 生徒達もそれを嫌というほど知っている。だから教訓として伝えられるのだ。

 

 

 

 ダッハウのようになってはならない。同じ場所に堕ちるぞ、と。

 

 

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