コダマ様、mid-arc様、誤字報告ありがとうございます!
『時計塔のオブジェクト記録』
【ウィセンガモット法廷 ルシウス・マルフォイ】
なるほど、私の番が来たか。
各々の階層について既に語られているならば、私らしくいくとしよう。
すなわち、【純血主義】について。
あの時計塔の悪霊とは幾度も話したが、私は純血主義こそが魔法族コミュニティの唯一の中核たり得ると確信した。
様々な見方がある。利点欠点は各々あり、長き時を過ぎれば弊害が大きくなることも無論ある。
だがしかし、これまでとそして今の我々の社会を見るに、他を圧倒する巨大な利点がある。
【純血主義を見れば、マグル生まれは安心する】これは、彼らのためでもあるのだ。
“分かりやすいというのは、良いことだ”
杖魔法が上手下手、マグルには分からない。
箒で飛ぶのが上手下手、マグルには分からない。
魔法薬学の得意下手、マグルには分からない。
分からないということが、彼らを不安にさせる。
【純血主義とは、マグルにも理解できる。我々の共通項なのだ】
純血の魔法使いが特権階級として君臨している社会と聞けば彼らは安心するのだ、
【ああ、我々と同じだ】
白状してしまえば、我々の貴族主義とはマグルの模倣だよ。
ある意味において、スリザリン出身の純血主義者こそは、最も『マグルらしい』のだ。
実に皮肉なことだが、精神傾向において穢れた血が最も馴染みやすいのもまた蛇寮である。
実力と狡猾さが足りなければ、“馴染み方”は迫害と偏見になってしまうかもしれんがね。
現実を見たまえ。あの悪霊もいつも言うが人は差別が好きな生き物で、卑屈な精神性を持つ。
「理想的な魔法実力社会」などよりも、「純血が尊ばれる差別社会」の方が安心できるのだ。
もし本当に、性別も、人種も、血筋も全て取り払われた実力主義があったとして、こう言われるだけであろう。
【貴方を採用しないのは、貴方がマグル生まれだからではない。貴方が怠惰で無能だからだ】
呪文学の宿題、変身術の課題、フクロウ試験に向けた気が狂ったような膨大なレポート。
“やった方が良い”ことは誰もが知っているが、本当に真面目に全てをこなすのは一握りだ。
そうした者たちにとっては、【純血主義のせいで、実力はあるのに落とされた】という物語を信じたいのだ。
純血主義とクィディッチは、魔法族の今の社会を支える二本柱だ。
純血の社会の重職にマグル生まれは就けぬが、クィディッチだけは例外である。
飛ぶことさえ上手ければ誰もがヒーローになれるスポーツ競技。
バランスとはしては、よく出来ていると言える。
マグルも大した精神性など持っていない以上、魔法族に理想社会など作られても、入りにくくて困るだけだろう。
人間らしく、怠惰と汚職が蔓延り、組織が腐敗しているくらいでなければ。
【故に私は、マルフォイ家を率いる者として、純血主義者であり、差別論者だ。今後もそうあり続けるだろう】
滑稽な理想論を掲げるウィーズリーなど、私から見れば唾棄すべき夢想家だよ。
そう、仮にだ。あの男が喜ぶような、マグル生まれの優秀で勤勉な生徒が入ってきたとして、
あの男のうじゃうじゃいる息子共のどれかと同級生になれば、必ず言うだろう。
「あのマグル生まれめ、ちょっと勉強が出来るからって調子に乗りやがって」と、
そうした時に、己の純血であることを意識せずにはいられんのだ。
そして、そのジレンマに押し潰されれば、容易く差別と排除にまわる。
まあもっとも、可愛い私の息子にしても、同じ反応をするかもしれんがね。
『だが、それが現実だ』
『純血主義は、なくては困るものなのだ。社会の大多数を占める衆愚という生き物にとって』
『マグルも我々も何も変わらぬ、愚かにして差別と己が特別であることを好む』
『それが人間の本質なのだ』
*----------*
「それでは、試験を始めます。仮に実技の方面で事故ったとしても私のほうで補習、再試験などは行えますので、決して気落ちしないで頑張ってください」
静かに諭すようないつもの落ち着いた声で、マグル学教授のクィリナス・クィレルは期末試験の開始を告げた。
彼の授業であるマグル学は全寮の生徒から非常に人気が高く、三年生になった際にはほとんどの生徒がマグル学を選ぶほどだ。
“マグルの素晴らしさについて教えよう”
彼が教師を志した動機がそれであり、マグルの唾棄すべき点については学生時代の彼も知る魔法史の最低教師が嫌というほど解説してくれる。
だからこそ彼は、人間の汚点ではなく、良い点を、美点を、素晴らしい発明や社会制度を伝えたいと願ったのだ。
車輪から始まり、荷馬車、蒸気機関、内燃機関、そしてやがては飛行機へ。
カヌーから始まり、帆船、蒸気船、タンカー、そして原子力空母に至るまで。
様々な進歩、様々な夢、それらを束ねて彼らは進み、ついには宇宙工学。空の果てへ、月へ、火星へと目指し続けている。
“魔法族の皆にもっとマグルの素晴らしさ、面白さについて知ってもらいたい”
そうして彼がレイブンクローを卒業したのち、その旨をアルバス・ダンブルドア校長に伝えると心から喜び賛同してくれた。
「素晴らしい、何とも素晴らしき心じゃクィリナスよ。君のような生徒を持てたことを、君がホグワーツの教師を志してくれたことを、これほど嬉しく感じたことはない」
教師となって最初の授業、クィリナス・クィレルは張り切った。
まだまだ拙く粗い部分も多く、劇的で感動を呼び起こすようなものではなかっただろうが、それでも生徒達の心に良き興味を残せたと信じた。
何せ、究極的な文字通りの反面教師がすぐ傍にいる。
クィリナス・クィレルのマグル学の方針は単純明快、“魔法史の逆を行く”である。
『クィレル先生! ありがとうございます! とってもわかりやすい授業でした!』
『マグルって凄いんですね! あのダッハウのくそ…ダッハウ先生の言ってることが全部なんかじゃないんですね!』
『僕、マグル生まれで、僕達の社会が不安になってましたけど、なんか好きになれそうな気がしました』
多くの生徒が、マグル学に殺到した。
何せ、魔法史は必須科目なのである。あの毒の塊のような授業から清涼剤を求めるならば、砂漠のオアシスの如くにマグル学は人気を博する。
急き立てるようなことはせず、詰め込むようなこともせず。
静かに、隣人として寄り添うように、マグルの良いところを語っていく。
それが、クィリナス・クィレルの講義である。
「そこでじゃクィリナスよ、一年生の魔法史の試験における“筆記担当”を受け持ってはくれぬじゃろうか。君も知っての通り、“実技”があれではの」
魔法戦争終結以来、“子供達に戦争の悲惨さを伝えるための魔法史試験”が始まっている。
あの悪霊がやらかすことである。それが安全なものであるはずがない。
最悪の事態には至らぬよう、常にダッハウ以外の幽霊に見張りなどは頼んでいるダンブルドア校長であるが、それでももう少し生徒達を労わってあげたいと思うのだ。
かつて、生徒達の自主性を重んじるあまり、純血主義や死喰い人の土壌を産んでしまったことに後悔はあるダンブルドア校長だが、別に必要以上に生徒に苦難を強いたいわけではないのだから。
「分かりました。飴と鞭というのも変ですが、どうあってもダッハウ先生は劇毒でしょうから、せめて私は生徒達の甘い薬になってあげたい」
「すまぬの」
「いいえ、むしろ叩いたり怒ったりは苦手ですので丁度いいです」
人間としては底辺の下をいくようなノーグレイブ・ダッハウではあるが、クィリナス・クィレルはある一点においては凄さを認めずにはいられない。
人を叩く、殴る、中傷するというのは元来多大なストレスのかかる行為であり、その負荷から逃れるために人間は常に正義や信念で自分を武装する。
「ほんとに、あの先生はよくまあ呼吸をするように人も歴史も、自分すらも貶せるものですよ」
自律、自主、自尊。
そうした精神が根本から欠如しているとしか思えない。というより、あの悪霊なら必ずこう言うだろう。
「そんなものはサピエンスの生み出した虚構に過ぎません。衆愚を騙すのに有用であり、社会を動かすのに便利であることは事実ですが、同時に腐りやすい欠陥品でもある。少なくとも、私に必要なものではありません」
いつものように淡々と述べるのが、誰でも簡単に想像できる。
常に変わらず、生徒も教師も何もかもを俯瞰した目線で観測し続けるホグワーツの悪霊代表。
それが、ノーグレイブ・ダッハウだ。
「クィリナスよ、重要な頼みがあるのじゃが、儂が留守にする間は君に賢者の石を預けたい」
「私に、ですか? では、ダッハウ先生が怪物を配置して守っている四階の廊下は……」
「あっちは囮じゃ。というより、アラスターも、ミネルバも、セブルスも、リーマスも、ある意味で全員が囮なのじゃ。教師たちは生徒を守り、ハグリッドと魔法生物は敵を逃さぬ」
四階の廊下は、“賢者の石を守る”ためにあるのではない。
石を奪いに来た盗人たちを“捕らえて殺す”ための、守りとは真逆の、攻撃のための施設と言ってよい。
だからこそ、絶対に生徒には近づくなと警告するのだ。
「考えられる限りの万全の体制を敷くつもりではあるが、それでも完璧というものはない。万が一、生徒が敵に囚われることがあれば、賢者の石を引き渡しても構わぬ。君には、生徒の命と安全を第一に考えてもらいたいのじゃ」
計画通りにいき、不死鳥の騎士団が勝ったならば、クィレルの役割は何もない。
しかし、もし敵に生徒の誘拐を許してしまったときは、そこに恐らくダンブルドアはいない。
“賢者の石を最優先”ならば、ダンブルドアが持っていればよいが、“生徒守ることを最優先”するならば、その限りではない。
もとより、生徒を危険がある方法をとってでも死喰い人の捕縛を優先するのも、生徒を害する根本原因を消し去るためなのだから。
「ダッハウ先生のあの廊下が空で、実は石は私が持つ、ですか」
「うむ、死喰い人達はダッハウ先生のことは知っていても、君のことを知らぬ。目立つものに目を奪われるからこそ、思わぬ穴には気付かぬものじゃ」
鞭があまりにも激辛すぎれば、反対の飴をどうしても軽んじてしまう。
死喰い人らもホグワーツのOBとはいえ、その頃にマグル学教授のクィリナス・クィレルはいない。
今の生徒ならば簡単に想像できる、【ダッハウが表でクィレルが裏】という構図も、ホグワーツから離れて久しい者らには無理なこと。
「老人の悪戯じゃよ。君も知っての通りこのホグワーツは常に生きておる。城の力を最大限に借りるならば大人の冷徹な軍事論だけではいかぬ。遊び心と子供心を常に混ぜてやらねば、良き結末にはたどり着けぬものなのじゃ。あのアラスターですら、皆をワッと驚かせる仕掛けをしておるくらいじゃ」
遊び心と勇気と強さの融合。
そのバランスにおいて、歴代校長を振り返ってもアルバス・ダンブルドアを上回るものは片手に数えるほどもいるかどうか。
「なるほど、遊び心ですか。であれば私も、出来ることがありそうです」
「厳しい現実と辛辣な批評はダッハウ先生の領分じゃ。君はあまり戦いには関わらず、ただただ遊び心を保ったまま生徒達の戻るべき日常を守って欲しい。絶対に、そうした者も必要であり、そして、それが出来る者こそが本当に強いのじゃと、儂は信じる」
そうして、クィリナス・クィレルは彼らしくあり、人の死に関わる騒動は彼をすり抜けて通り過ぎていった。
生徒の誰も陰惨な死には関わらず、悪霊がやらかしたいつもの大騒動で、スクリュートが二匹死んだくらいの認識でしかない。
ホグワーツの日常は揺るがず、世はことも無し。
「時間ですね。皆さん筆記用具を置いてください。これから“実技試験”があるでしょうが、皆さんどうか頑張って」
賢者の石の返却も無事に済み、魔法の城は例年通りの期末試験を終えていく。
そこに劇的な物語はないが、彼の好む隣人との穏やかな時間のような、安らかな日々は続いていく。
そうして生徒達を見守りながら、彼は思うのだ。
“ああ、私はこの学校のマグル学の教師で良かった”
*----------*
「また一年が過ぎた!」
ダンブルドアの演説が始まる。恒例の学期末パーティーの始まりの名物であり、少し前までの慣例ならば、得点が最も高い寮の旗で飾り付けられていたものだった。
ただし、ここ10年ほどは些か異なる。
得点制度や、最高点を取った寮に寮杯が与えられるところは変わらないが、新入生には絶対に門外不出の秘密とされる、二年生以上の生徒達が一年で最も楽しみにとするイベントが行われる日なのだ。
「旗はそれぞれのテーブルの上に飾ってあるけど、優勝はどこなんだろ?」
「グリフィンドールのはずだぜ、パーシーが内密に準備を頼まれたって言ってたからほぼ間違いないと思うけど」
「それ、事前に決める意味ってあるのかしら?」
未だそれを知らない一年生の獅子寮三人組は、ある種当たり前に寮杯の行方について話し合っていた。
良いことをすれば加点、悪いことをすれば減点。そうした積み重ねの結果が発表される日であり、寮の結束にも少なからず影響のある要素であるのは間違いない。
「ところでさ、やっぱり思うんだけど、先輩方はあんまり寮杯には執着してないっぽいよね」
「そこはなぁ。ビルもチャーリーも、そんな感じだったよ」
「まあ仕方ないんじゃないかしら。三年生以上は選択する科目も違うから純粋な学力の比較も出来ないし、五年生ならフクロウ試験、七年生ならイモリ試験と就職の方が寮杯よりも重要で当然よ」
「ウッドだったら、寮杯よりも圧倒的にクィディッチ優勝杯だけど」
「そりゃそうだ」
「絶対に七年目になってもそれだけに執着してそう」
彼らが小声で会話している間にも、校長先生の少しだけ長めの演説も終わり、いよいよ得点発表と寮杯の授与へと移る。
一年生のみならず、ここから先は二年生以上も興味があるようで、校長の発表を全員がいまかいまかと待ちわびている。
四位 ハッフルパフ 388点
三位 スリザリン 392点
二位 レイブンクロー 405点
一位 グリフィンドール 411点
一位から四位までの差は、僅かに23点。実に接戦ではあったわけだが、ここにグリフィンドールの優勝が確定する。
「よっしゃあ!」
「やったわね!」
「僕たちが勝った!」
当然、グリフィンドールのテーブルからは歓声が上がる。クィディッチで優勝杯を獲得できたのが決め手といえるからか、件の狂気のキャプテン殿も大喜びのようだ。
「では、管理人殿。寮杯をこれへ!」
生徒達の歓声に負けず劣らずの大声で、ダンブルドア校長が呼びかける。
これもホグワーツの伝統だが、こうした行事などにおいて記念品を運んでくるのは、管理人の役割である。
そう、管理人の、役割だ。
「おめでとうございますグリフィンドールの皆さん。他人を蹴落として奪い取った寮杯の座はさぞ素晴らしいでしょう。ああ差別、これこそ代表的な差別というもの。俺達は勝者、お前らは負け犬。この線引きこそマグルの歴史、魔法族の歴史を問わず次なる戦争の引き金となってまいりました。敗者の怨嗟、呪詛、それらを寿ぎましょう。負け犬のハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの皆さん、実に無様な負けっぷりです」
大広間の盛り上がりに見事に水を差す暴言をマシンガンのように繰り出しながら、ゴロゴロと台車を押して悪霊が入ってくる。
呟き声のようなもののはずなのだが、なぜかダッハウの声は大広間の全ての人間に沁みとおる。
「この勝利の最大の貢献者は誰か、それは無論私を置いて他にないでしょう。グリフィンドールに最も点を与え、他の寮から減点していた教師とはいったい誰か。答えは私です。どうでしたか獅子の子供達、悪霊より与えられた勝利の味は、喜んでくれれば嬉しいですねえ、せっかく勝たせてやったのですから」
消える歓声、戸惑いから徐々に高まる怒り。
誰か、誰でもいい、勝利に水を差して嘲笑うばかりのあの糞野郎を黙らせろ。
大広間にいる全ての生徒の心が、まさに一つになったその瞬間に――
「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」
「ステューピファイ! 麻痺せよ!」
「インセンディオ! 燃えよ!」
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
教師陣から一斉に放たれた魔法の数々が、ものの見事にドクズ悪霊に命中する。
悪霊を祓う守護霊に、動きを止める麻痺、霊体が苦手とする炎に加え、寮杯を取りあげて吹っ飛ばす武装解除。
マクゴナガル先生、フリットウィック先生、スプラウト先生、ルーピン先生、各々見事な杖捌きであり、日ごろの鬱憤をこれでもかとばかりにたたきつけている。
「消えるがいい、悪霊の火よ!!」
『ギャアアアアアアアア!!』
そして止めはもちろんこの人、セブルス・スネイプ先生。
かつて学生時代にも、黒太子同盟は悪霊を焼き払った経歴があり、ホグワーツで唯一悪霊殺しに成功したことのある英雄である。
「ダッハウざまああああああ!」
「天罰だ糞野郎!」
「おっしゃあああああああああ!」
「スネイプ先生素敵!」
「やったぜ!」
「ああ、素晴らしいわ!」
「ほら見て、寮杯が!」
「アリアナちゃんが来るよ!」
「受け取りの準備だ!」
そして沸き起こる大歓声。
一年生だけは若干展開についていけていない感はあるが、ノリのよいグリフィンドール生は大半が上級生に負けず劣らず歓声を上げている。
「みんなー、一年間ほんっとによく頑張りましたー! わたしも、ホグワーツ大好きだよー!」
金色に輝く少女の亡霊が、宙に舞う寮杯を受け取り、生徒に捧ぐ。
勝者には栄光を称え、届かなかった者らにも敢闘を称え。
何よりも、今この場に勝者も敗者もありはしない。もとより敵はただ一人であり、四寮はこの一年結束して大敵と戦ってきたのだから。
『アリアナ万歳! ダッハウざまあ!』
どこからともなく沸き起こる、生徒達の万歳三唱。
敗れた悪霊は惨めに場を去り、ホグワーツの大広間には結束と勝利を寿ぐように、四つの旗が競い合うことなく調和をもってたなびいていた。
*----------*
「いやあ、スカッとしたわ。何度見てもこの瞬間ばっかりは最高よね。ダッハウざまあ」
「ええ、本当にそう思います。ダッハウざまあ」
歓呼の声に包まれる大広間を遥か上から見守りながら、マートルさんとメローピーさんが微笑んでいた。
今日ばかりは、嫉妬も執着も出番はない。何せ、嘲笑の悪霊が打ち破られた記念すべき日なのだから。
「確かに、先生方の攻撃も年を重ねるごとに磨きがかかってきました。ダッハウざまあ」
「しれっと来たわねアンタ」
「余韻が台無しです、消えてください」
そこにさも当然のように混ざっていく悪霊、残念ながらやっぱり完全に消えたわけではないらしい。
「魔法戦争終結の頃から始まり、そろそろ伝統行事と化してきましたが、相変わらず凄まじく好評ですね」
「アンタが消える日だもの、当然よ」
「翌年になると当たり前にいるのが残念ですけど」
かつて、シグナス・ブラック副校長が就任するまで五年ほど、闇の魔術の防衛術の先生が毎年変わることがあった。
それに倣うわけではないが、ある意味において一年ごとに魔法史の教師も死んでいるのである。こうして何事もなかったように再生し、来年も受け持つのは本当に心の底から腹立たしいが。
「もし、先生方が本気で攻撃していたならば、そしてスネイプ先生が殺すつもりで悪霊の火を放っていたならば、流石の私も死んでおります。あれはオプスキュラスの特性を利用して像を解き、燃やされて死んだように見せかけた擬態ですので」
「そのまま死んだほうが良いのに」
「セブ君、もうすこし、もうすこしだけ火力を」
とはいえ、悪霊の火は扱いを間違えれば大広間を全て破壊しかねない危険な魔法だ。それが無理であることはメローピーさんとて分かっている。
ついでながら、学期末パーティーは上級生から【悪霊殺しの火】、【悪霊殺しの日】とか呼ばれていたりもする。
それでも、あのダッハウがやられて退場していくという素晴らしくも喜ばしい日なので、生徒達にとっては最高の記念日だ。
「私に集まり、溜まりきった悪感情が寮杯という1点に収束し、アリアナちゃんが食べてくれることで浄化され祝福される。流石はダンブルドア先生の発案です、完璧にして無駄がない」
「そうね、完璧だわ。アリアナちゃんを生徒全員から褒めてもらいたい一心で考案したっていう裏事情さえなければ」
「ほんとに、アリアナちゃんが絡むとダッハウ先生でもダシに使うんですね」
恐るべきはホグワーツ校長。獅子寮出身のはずだけど、孫のためなら時に悪なる手段を使うことすら厭わない。
いやまあ、誰も損はしていないし、悪霊が焼き払われるのはただの自業自得だし、先生たちもストレス発散できるし、良いことづくめではあるのだけど。
「良いことではありませんか、災い転じて福となすのも為政者に必要な資質なのですから」
なお、これは悪霊教師のみが知る事実だが、最初の一回目はほんとに偶然起こったものである。
子供らしい悪戯心で寮杯を密かに隠しちゃおうとしたアリアナちゃんにダッハウが気づき、咎めようと手を伸ばしたところを反射的に校長先生が聖なる火で焼き払ってしまった事件なのだ。
咄嗟のアドリブで、「生徒達よ、これでもう安心じゃ、悪霊は滅びた」と取り繕った校長先生だったが、これが生徒にバカウケしたため、翌年からは式次第に組み込まれたのであった。
うん、やっぱりダンブルドアもクズだったかも。
「そう言えば、アンタを攻撃する先生って決まってるの?」
「いいえ、誰が何をやるかは一切決まっておらず、その場のアドリブ任せです。スネイプ先生だけは止め役が伝統になっていますが」
「つまり、日頃からダッハウ先生の騒動の後始末にストレス溜まってる方々がやるんですのね」
となれば、寮監達はほぼ常連だ。温厚なフリットウィック先生は半々だが、マクゴナガル先生はほぼ確実に守護霊を叩きつける。稀にボンバーダだったりするけど。
天文学のシニストラ、数占いのベクトル、ルーン文字のバブリング、占い学のトレローニーあたりは時と場合による。
そして10年間唯一、一度も攻撃に参加していないのは魔法生物飼育学のハグリッド先生だけだ。
シグナス・ブラック副校長は今は理事職に専念しつつあるので、ここでは含まれない。というか、この人はむしろ悪霊を裏から使役する側だ。
「ともあれ、なかなかよい伝統の変更だと思いますよ。寮の対立に繋がりやすいという弊害もあった寮杯制度ですが、そもそも私が教師としてここにいる以上、加点減点のシステムはまともに機能しません。これ以上なく恣意的に私的悪用していますので」
「でしたね」
「確実にアンタのせいよ」
いみじくも大広間で悪霊が言っていたが、例えばハロウィンにおける悪辣な罠による減点がなければ、ハッフルパフは四位ではなかったはず。
あんな理不尽な減点をするのはこのドクズくらいのものなので、要するに、寮杯の行方 = 悪霊の匙加減 なのである。
その暴虐に立ち向かうのが対悪霊戦線だが、生徒である以上は加点する権限はない。
なので、いっそまともに機能していない寮杯を逆手に取ったイベントが、この学期末の悪霊退治である。生徒達の結束を高めるのに絶大だ。
「天井にはためくそれぞれの寮の旗、掲げられる文字は“アリアナの言う通りに”。流石は校長先生です」
「そういえば、対悪霊戦線のSPEWバッジも、LOVEバッジに変わってたわ」
「よく見てますねマートルさん。わたくしは全然気づきませんでした」
「ホグワーツは不思議な魔法の城ですから、こういう節目の宴会には小粋なはからいをしてくれるものなのですよ」
ダッハウには反吐を、アリアナちゃんに愛を。
愛を奉じるのが校長先生でもあるためか、SPEWからLOVEへというのは、なかなか趣があるというものだ。
「とは言っても、ちょっとばかり子供向けな演出でもあるから、17歳になって成人してる6,7年生には内情を察してるのも結構いそうよね」
「そこはそうでしょうが、気付いても子供の夢を壊さぬのも大人というもの。自主性とともに成長してくれれば一番ですので」
などとほざく悪霊だが、その実こんな授業をしていたりもする。
6年生、もしくは7年生向けの課題
「魔法族とマグルでは、組織同士の戦争という面の比較で、魔法族はマグルの足元にも及ばないのはご存知でしょう。マグルの戦略書の中で、『兵は詭道なり』という言葉があるように、勝つためには最も重要なのは謀です。そしてそれを成すには相手の状態を把握すること、さらに言えば相手の状態をこちらが都合が良いように誘導すること。例として挙げるのならば、偽りの降伏、または講和によって相手を“戦勝気分”にさせ浮き足立たせたところを急襲するなどの手口は、枚挙に暇がない」
戦略、政略における説明をした上で、さらに付け加える。
「さて、その上で課題を出しましょう。貴方たちがホグワーツの敵対者であったとしたならば、『いつ、どのタイミング』がもっとも効果的か、なぜそう思ったかをレポートに書くように」
この課題の最悪なところは、そうして入学式、ハロウィン、クリスマスなどを思い起こしていくと、最も生徒が『浮き足だつ』時が、学期最後のあの胸がスッとする“悪霊退治”の瞬間であることに気づかされる。
そして、あれも一種の予定調和のセレモニーであるという、6、7年生になると薄々分かっていたけど壊したくない子供の夢の現実に無理やり直面させられることである。
汚い、やはりダッハウは汚い。
魔法の城の守りも、成人した者らには効きにくいことをよく知っている手口だった。
「少し“我々的な”真面目な話をしますと、ホグワーツは子供達を預かる場なれば、当然そこに魔法儀式的な意味もあります。入学式、つまり一年の始まりの宴会は冥府の死後裁判になぞらえた、幻想の蔓延る“魔法の城”へ入るための儀式でありました。そこには、人間の住む世界から悪霊の棲む世界への“黄泉下り”の側面があります」
そして、魔法の城で一年を過ごした生徒達は、“長く冥界に留まってはいけない”というルールを守るように、ひとまず生者の世界へと帰っていく。
留まり続けることは許されない。ずっと幻想に浸っていては、現実を見失い戻れなくなってしまう。
「黄泉の国からの生者の帰還。それが正式な手続きを経たものであったとしても、最早地上に帰れない亡者、亡霊たちはあの手この手で羨みながら足を引いてくる。その代表格である私を先生方が退治することは、魔法の城の正当な獄卒が悪霊たちを抑える、制御していることを示すと同時に生徒の帰路を保護する意味合いもある」
「悪霊じめじめタイムは終わって、後腐れなくさっぱり別れも大切だもの」
「“ダッハウ散る”とは、一年の終わりを象徴するにはふさわしい花火です。悪霊は打倒され、生徒は日の当たる現実世界に帰ることを夢見る。幸せの少女の愛のエールに見送られながら」
「なるほど、組分けの入学時とは完全に逆の手順なのですね」
組み分け帽子の儀式を受ける新入生は、まだ悪霊の悪辣さを知らず。
一年を過ごした生徒達は、悪霊を嫌というほど知っているが故に、退治されたことに喝采する。
「死者の世界は、所詮は幽冥の領域。私の消滅に喝采を送るというのは、魔法に魅入られて永遠に留まりたいなどと思わないという意思表示も同然。生きたまま家に戻ってこその、ホグワーツですから」
「ええ、ちゃーんと生きたままお家に帰れれば一番よ」
「そうですね、帰りたい家がないなんて寂しすぎますから」
トイレで死んだまま留まり、生徒達を羨む嫉妬のゴーストも。
ホグワーツに通うこともないまま、呪われた家に囚われた執着のゴーストも。
今はこうしてあっけらかんと笑いながら、お祭り騒ぎを楽しむドクズゴースト三人衆。
「さて、こうして一年も終わりましたが、時計は変わらず回り続けます。日はまた登り、新たな生徒達がまたやってきますよ」
かくして一年は終わり、少年はホグワーツから家へ帰る。
悪霊の記録する歴史と異なり、父と母や妹達の待つ、幸せに満ちた暖かな家庭へと。
「これにて一旦幕はおり。それではまた、来年の再会を楽しみに致しましょう」
時計塔の悪霊は観測を続ける。
創造主の願いが叶うのか、あるいはまた夢破れるのか。どちらでも別に構いはせぬ、面白ければそれでよしと嘲笑いながら。
賢者の石編、これにて終了となります。
次回からは秘密の部屋編に移りますが、ここが原作との最大の乖離点になり、物語は収束に向かいます。
1年間のダッハウの行動の記録
・悪霊の魔法史で生徒たちのSAN値を削る
・夜間学校の怪物で生徒たちのSAN値を削る。
・侵入したトロールを観測する(だけ)
・侵入した死食い人を観測する(だけ)
・先生方に退治される
なんだこいつ……