【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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1話 魔女の若返り薬

 

 

 

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【不老不死の探求】

 

 マグルと魔法族が別れた頃より、両種族に共通した渇望。

 それが、不老不死の探求である。

 

 エジプトの地にピラミッドが、メソポタミアの地にジグラットが。

 それぞれ建設され、魔法の力を持つものが神官や王として君臨した時代。

 

 男も女も、それぞれに求めたものであるが、その根幹には違う様相も見られた。

 すなわち、男は権力を握り続けることを求め、その手段として不老不死を求める。

 あえて二つを分けるならば、男は不死に、すなわち“死なぬ手法”を欲した。

 

 対して、女はその逆。永遠に美を留める不老の手段をこそ求め、

 死なぬ手段よりも、“老いぬ手段”を何よりも欲した。

 

 男の権力者は、殺されることを最も恐れ。

 女の権力者は、老いさらばえることを最も恐れた。

 この違いは、実に面白いと言えるだろう。

 

 こと、魂の在り処を解析し、肉体を留める技術においてはエジプトは随一だったという。

 若返りを求める魔女の薬については、メソポタミアからやがてアッシリア、ミタンニ、

 最終的にはヒッタイトの地にて一つの完成形を見たという。

 

 鉄の作成手法を魔女が知り、タワナアンナという形で強い権力を得るに至った魔法の国。

 魔女たちは水を操り、風を操り、火を操り、人心を操り、そして永遠の若さを欲する。

 

 その果てに、彼女らは己の魂を生まれたばかりの赤子へ移す、転生の術すらも編み出した。

 己に肉体を若き時代へ戻すものや類似の魔法は数あれど、なぜその類の手段を取るに至ったか。

 

 一説には、女王として生まれなければ、王女として生まれなければ、

 という未練に根があり、異なる人生の可能性を求めた故に生じたものだとも。

 

 『だとすれば、真に、人の心とは解き明かすのが難しい』

 『死と老いを恐れるが故に、新たな生命を欲す』

 『まるで、登っては沈む日時計のように。流れては循環する水時計のように』

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「皆さんお久しぶりです。おや、大層残念そうな顔をされていますね。ああ、私がまたこうして教鞭を取っているのが不服であると。なるほど、無論そうでしょうね。だが、甘い。私がそう簡単に消えるのならば、数十年前に魔法史の教師は変わっていたことでしょう。2年生になったのだからその程度のことは理解して頂かないと。私は不滅ではありませんが、ホグワーツの悪霊筆頭です。一度や二度の炎では消えません」

 

 新入生らの組分けの儀式を見届け、また新たな一年の始まりを告げたホグワーツ。

 

 例によって例のごとく、二年生になろうが悪霊の授業はド底辺である。最初の授業なので四寮全員集合だが、全員が揃いも揃って“死ねばよかったのに”と顔に書いてある。

 

 学期末に燃やされて退場した悪霊教師がもう出ないのではと、一部の生徒は極々淡い期待を抱いていたが、残念ながら慈悲はなかった。(ちなみにコイツは入学の儀式では非実態になっていた)

 

 かくして、魔法史の授業の人気は底をついてさらに下がり、反対にマグル学の株が爆上がりになっていく。

 

 ちなみに、多くの生徒から未だに不評でもある占い学の授業であっても

 

 「ダッハウに比べれば…」

 「悪霊ほど酷くないし」

 「魔法史よりはマシ」

 

 と言われている昨今である。

 

 ちなみに、“魔法史よりはマシ”とは、褒め言葉ではない。少なくとも、そう言われて嬉しい先生は皆無だろう。

 

 

 「死んだはずの私がこうして化けて出てきたことですので、本日の授業の題材は“不老不死”でいきましょう。これより、古代から創始者の時代まで魔法史とマグル史を比較しながら追っていきますが、紀元前3500年頃の権力者達にも、今と変わらぬ欲望がありました」

 

 マグルの権力者であれ、魔法族の探求者であれ、決して切り離せないものが、“不老不死への探索”である。

 

 エジプトのピラミッドに込められた、不滅の太陽、復活への祈り然り。

 

 ギルガメシュ叙事詩に見られる、不死の霊草の探求然り。

 

 どの時代、どの文化圏の神話や寓話においても、“永遠の命を持つ存在”が全く登場しないものは皆無と言ってよいだろう。

 

 アイヌやアボリジニといった原始のシャーマニズムに近い信仰であっても、変わらぬ大自然そのもの、太陽や風をそういう存在として見ることはあったのだから。

 

 

 「まず初めに言っておきますが、不老不死とはそれだけでは碌でも無い代物であり、その見本が皆さんの目の前に居ます。想像してみましょう、私の一部となって永遠にホグワーツを彷徨い、不老不死の悪霊となる自分を」

 

 悪夢であった。とびっきりの悪夢である。

 

 生徒達全員が、これまた死ぬほど嫌そうな顔で頷いた。それこそ、考えたくもない未来である。

 

 

 「ただ不老不死を体現したいのであれば、私のようになればよいのです。クラゲと似た生態で、殺しても群体なのでそう簡単に死にはしない。一応は知的活動と定義しうる精神構造はあり、コミュニケーションの手段はある。まあ、嘲笑するのが私流ですが」

 

 だから大嫌いなんだよ、と、見事に生徒の心の声がハモる。

 

 本当に、つくづく不老不死という概念の反面教師的な存在である。こんなのが不老不死なら欲しくないと誰もが思う。

 

 

 「ただし、食欲はなし。性欲もなし。睡眠欲もありません。美味しいものを食べる喜びも、人の温もりに触れる暖かさも、心を通わせる幸せも、そこにはない。ただのゴーストならば幸せも成長もあり、吸魂鬼ですら擬似的に“食べる”を行いますが、私にそんなものはありません」

 

 吸魂鬼もまた群体に近い性質を持ち、守護霊呪文でも追い払えるだけなので、殺すのはなかなか難しい。

 

 しかし、強力な闇の魔術など、殺す手段がないわけでもなく、仲間を増やそうとする以上、彼らにも原始的な欲求はあるのだ。

 

 だが、時計塔の悪霊にはそれがない。

 

 あるのはただ、人類の黒歴史を集め、保管し、並べ立て、暴露し、嘲笑するという悪意だけ。

 

 

 「仮に、私を不老不死の到達点とするならば、そんなものに意味も価値もないと断言できます。そうは思いませんか? 不老不死になりたいですか? “私のように成りたいですか?”」

 

 成りたくない、なってたまるか、絶対イヤだ、論外だ。

 

 最早言葉にするまでもない。そんな事を考える生徒は、今のホグワーツには皆無であろう。

 

 

 「その一歩手前の位置に、吸魂鬼や例の“闇の帝王”など、自己の魂を在り処を変質させた存在が続きます。彼らは基本的に他人の霊を奪うことで、自分に付け足していくことで不死を実現せんとしますが、当然そこには限界があります」

 

 賢者の石を用いた不老不死でも、命の水を飲み続けなければ保てない。

 

 分霊箱を用いて死を回避しても、魂そのものの劣化からは逃れられない。

 

 まして、ユニコーンの血を用いた延命策などは論外のレベルだ。

 

 

 「聖マンゴ魔法疾患病院の癒者達が魔法の傷を癒やす手段を開発することや、ニコラス・フラメル氏のような錬金術師が賢者の石を創り出すことと、“不老不死の探求”は全く違うものであると理解しましょう。本質を言ってしまえば、他人のためか、自分のためかという問題にも行き着く」

 

 前者の技術は社会のためになり、集団としての人を死から遠ざけ、幸せを増やすことに貢献しようとする祈りだ。

 

 対して、己が死にたくないから、永遠に美貌を保ちたいからという欲望を突き詰めれば、どうしても“他人から奪う”という発想からは無縁でいられない。

 

 

 「簡単に言えば、自分さえ不老不死になれれば他などどうでもいいと思う存在は、共同体にとっての害悪です。闇祓いという役割が常に、闇の魔法使いをこそ最大の敵とするのも当然というもの。御覧なさい、不老不死の存在たる私は、ホグワーツという共同体にとって害悪でしょう?」

 

 ああそうだよ、害悪だよお前は。

 

 いっつも自分だけは安全圏に置きながら、責任を巧みに回避しながら厄介事ばかり持ち込んでくる。これを害悪と言わずに何という。

 

 

 「これもまた断言できますが、初めは高潔な理念から不老不死になったとしても、何百年何千年とその状態が続けば必ずや理性は崩壊していき、私のような存在に成り果てる。これは私の経験則ですので信憑性は抜群です」

 

 ユリウス・カエサル曰く、善意から始まったものが、良き結果をもたらすとは限らない。

 

 むしろ、政治という分野においては、善意から始まったものほど長い時間が経つにつれ最悪の害となることも多い。

 

 

 「さて、不老不死という到達点が害悪でしかないことは十分理解できたでしょう。では次にそれらの前段階について、“不死”と“不老”の事例を見ていきます。前者は男性の権力者に多く、後者は女性の権力者に圧倒的に多い」

 

 権力を得た男の王は、やがて王冠の奴隷に成り果てる例が多い。

 

 また、美を追求した女王が、衰えゆく己の容姿にこそ最も恐怖する例はお伽噺でも数多い。白雪姫の魔法の鏡などは最たる例だろう。

 

 美に関する嫉妬ほど、女性の普遍的な執着もない。

 

 

 「“死なない”だけならば、魔法を極めれば難度はそれほどでもありません。時を固定する、石に変化する、書に全てを封じて文字の羅列になるなど。古の魔法使い達のうち、純粋に知識を求めたタイプの賢人は、そうして知恵ある器物になってしまった例も多い」

 

 例えば、魔導書そのものになってしまったり。

 

 例えば、秘密の部屋に己の魂を付与して隠したり。

 

 例えば、時計塔そのものになってしまったり。

 

 

 「しかし、“権力を行使できる状態で死なない”となると、難度は爆発的に跳ね上がる。近代以降でそれを求めた代表例がヴォルデモート卿ですが、二兎を追う者は一兎をも得ずの見本市ですね。基本的に優秀ですが馬鹿な男です。それでも、私よりかはまだましでしょうが」

 

 これまた、生徒全員が頷いた。

 

 例え失敗した人物であろうが、困難の両立に挑んだ気概だけは本物であり、部分的とはいえある程度は出来てもいるのだ。

 

 害悪ばかりで全く意味も価値もない不老不死を体現し、魔法族もマグルも嘲笑するばかりの悪霊よりかは、そりゃマシだと誰もが思う。

 

 

 「こうした不死への探求は、なかなか普遍的なものとなって還元されることはありませんでした。マグルにおける秦の始皇帝などの不老不死探求なども、それが国家の利益になったかと言えば、損失のほうに傾いてしまうのは致し方ないところです」

 

 権力者の欲望がある種の動機となって、経済的には割に合わない新大陸の探求などが成される例はある。

 

 形は少し違うが、アメリカとソ連の見栄の張り合いが大きく絡んだ宇宙開発競争、月面着陸の大偉業にもそういった側面はあるのだ。

 

 しかし、歴史を総合的に見れば、唯の損失で終わった例の方が圧倒的に多く、“見習うべき手法”とは言い難いのも事実だ。

 

 

 

 「対して、不老への探求は真逆をいきました。小さくは化粧品から洗顔、健康ダイエットに至るまで。女性が若さを保つために行うことは凄まじく地道な努力であり、その努力と執念の積み重ねは、母から娘へと何百年何千年と伝わっております」

 

 中には、処女の血を集めて風呂を作ったりとか、極端な例もあるにはある。

 

 しかし、それらは老いて心まで醜くなった魔女たちの妄念から出たものであって、女王だろうが魔女だろうが、まっとうな思考を持っていればそんなことはしない。

 

 何せ、女性の“美”とは、他人から羨ましがられ、讃えられなければ意味がない。

 

 処女の血の風呂に浸かっている姿が、他人から見て悍ましいだけの化け物であることなど、冷静に考えれば分かることだ。

 

 そんな姿は美しくない、と。

 

 

 「権力の維持を求める男性と違い、女性が求めるは“美しさ”の維持です。夫の金を使って高級化粧品を買い漁る姿、醜いですね。分不相応なエステに金を浪費する姿、醜いですね。東洋人の雌猿が金髪碧眼に憧れて金色に髪を染める姿、分際を知りましょう」

 

 そしてマシンガンのごとく放たれる女性への暴言。

 

 女性に好かれたい、悪く見られたくないという感情が欠片もないからこそ、ここまで淡々と言えるのだろう。

 

 

 「不死を求める賢者が、一人で籠もったことはありました。しかし、美を維持するために不老を求めた魔女が、一人で籠もった事例はありません。美は見せつけてこそ、他に讃えられてこそ意味がある。その素直な欲望は嫌いではありませんよ」

 

 魔法が心から生まれるならば、その欲望もまた力なり。

 

 美を維持したい、でも心も綺麗でいたい。醜い所業なんか見せたくない。

 

 そうした渇望が交錯していけば、自ずと到達点は似通ってくるものだ。

 

 

 「そうして、一つの魔法に集約していった。“魔女の若返り薬”。派生系は様々ですが、要するに小さな幼女の純粋な心と、蕾となった時期の花開かんとする少女の容姿を保ち続けたいという祈りです」

 

 薬で肉体の時間を戻したり、老いる要素をそもそも排除したり、あるいは、年若い少女に憑依して肉体を乗っ取ったりと。

 

 

 「美を求める悪い魔女が、美しい少女を生贄にするお伽噺は古今東西に様々にある。他にも時間にまつわる美しさならば、シンデレラの魔法や、眠れる森のいばら姫、白雪姫など様々ですが、共通点は“美しいままで時が止まること”」

 

 時よ止まれ、汝はかくも美しい。

 

 ファウストと悪魔の契約のように、“魔女と美しい姫”の寓話には、時の止まった美麗な刹那が関わってくる。

 

 そして、時が動き出してしまえば、夜の12時を過ぎてしまえば、お姫様で居られる時間は瞬く間に過ぎ去り、徐々に老いていく当たり前の女がそこにいるだけ。

 

 

 「つまるところ、誤魔化しの忘却時計と、逆転とする時計の針と似た起源があるのです。“魔女の若返り薬”には、時の遡行の要素が必ず絡まりますが、“やり直したい”という想いよりも、“先へ進みたくない”という祈りが圧倒的に強いのも特徴です」

 

 先へ進みたくない、老いた自分を見たくないから、戻るのか。

 

 それとも、とにかく大好きだった時期があり、そこが最高と思っているから留まりたいのか。

 

 

 「こちらもまた面白く、“若返る”だけならば難度は高くないのですが、“最高に美しい瞬間で留まり続ける”となると途端に難度が跳ね上がり、多くの魔女がそこに挑んで自滅していった。今に残る多くの術式は、彼女らの足掻きの黒歴史の品評会のようなものですね」

 

 故に、悪霊は好んでこの話をするのだ。

 

 不老不死への探求も、魔女の若返り薬も、突き詰めれば壮大な人類の失敗例、黒歴史の塊である。

 

 

 

 「それでは、記念すべき最初のレポート課題です。“男性が永遠に男らしく在り続けるには何が必要と思うか”、“女性が永遠に女らしく在り続けるには何が必要と思うか”。を、それぞれの視点で書きなさい。無論、機械から見た場合、ゴーストから見た場合、スクリュートから見た場合などの亜種は大歓迎です。ちなみにスクリュートはカタツムリらと同じで雌雄同体です」

 

 このテーマでなぜその亜種を挙げた。

 

 そもそも、本当に男女の例など評価する気があるのかこいつは。今までの傾向から見るに、ありきたりな答えにこのドクズが高い点数を与えるとは思えない。

 

 しかし、それが分かっていたとしても、スクリュートから見た“女性が美しく在り続ける条件”など、容易に想像できるものではあるまい。有り体に言って意味が全くわからない。

 

 まさか、“お肉が美味しそう”とでも書けというのか。それは確かに“美しい肉”かもしれないが、“美食”であって“美観”ではあるまい。

 

 

 「ついでながら、スクリュートの好みは固い肉です。有り体に言えばよく引き締まった男性の肉体ですね。逆に、柔らかい肉は噛みごたえがなく嫌う傾向があります。残念ながら、肉感的な女性は彼らに好まれないようですね」

 

 それを残念がる女はこの世にいない。そして嬉しがる男もこの世にいない。

 

 「また、しなびて骨ばった肉は食べようとしません。やはり老いて醜くなった体は、スクリュートにすら見向きされない。現実は残酷です」

 

 老醜という問題は確かにそうだが、スクリュート関係の現実は知る必要はなかっただろう。

 

 

 

 「うわあ…」

 「マジかよ…」

 「ぶっちぎりでイかれてるわね…」

 

 ハリーも、ロンも、そしてハーマイオニーも、見事に頭を抱えている。博覧強記を地で行く彼女にとっても、この課題は例によって予想の斜め上だ。

 

 というかこんなもん、予測できてたまるか。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「例によってかっ飛ばしたわね、クズ」

 

 「生徒達も可哀想に……それにスクリュート、今年も育てているのですか」

 

 「ええ、去年のノウハウを見事に活かし、ハグリッド先生が繁殖プロジェクトの確立に成功なさいました。今年の一年生の授業のためにも40匹ほど既に確保は済んでおります」

 

 「生徒達にとっては最悪の悲報でしかないんだけど」

 

 「強く生きて……ごめんなさい、わたくしにはダッハウ先生を止めることなんて出来ません」

 

 いつもの印刷室にて、いつもの三人衆。

 

 新入生だけでなく、他の学年もこの時期に魔法史の初授業があったわけだが、それぞれどういうものであったかはお察しいただきたい。

 

 取り敢えず、二年生だけが特別酷かった訳ではないことだけは確かである。

 

 

 「新入生にもなかなか負けん気が強い子、特徴的な子がいて期待が持てそうでしたよ。去年の対悪霊戦線の形成は見事でしたが、今年の生徒達もしっかりと継承していけそうで何より」

 

 「ジニーは予想通りグリフィンドールだったし、例のデルフィーニって子がスリザリンだったのも納得しかない組分け結果よね。モリーとベラトリックスの頃を思い出すわ」

 

 「わたくしはその頃まだ完全に自我と実体を持てていませんでしたけど、元気そうな子達がいたことは何となく覚えてます」

 

 メローピーさんが本格的に顕在化したのはアリアナちゃんが時計塔から現れて以降の話だ。

 

 とはいえ、“謎の未亡人メローピー”がホグワーツに現れたのはそれより前なので、朧気ながら覚えていることもあるようである。

 

 

 「最も群を抜いて特徴的だったのは、間違いなくレイブンクローのルーナ・ラブグッドでしょうね。全く私を恐れることも嫌悪することもなく、普通に触ってきました」

 

 「マジで?」

 

 「凄く勇気のある子ですね」

 

 「勇気とは異なると察します。それが勇気によるものでしたら彼女はグリフィンドールに組分けされているでしょうし、勇気と度胸で私に突貫して来た生徒ならば、双子のウィーズリーとリー・ジョーダンなどが該当します」

 

 悪霊教師、ノーグレイブ・ダッハウをして、中々に定義し難い生徒がいた。それがルーナ・ラブグッドという少女である。

 

 そして同時に観測者は考える。これだからホグワーツという魔法の城は底知れないと。

 

 

 「以前にも説明しましたが、組分け儀式は一種の“死後裁判”を模倣した儀式であり、新入生の行動はホグワーツ特急に乗る前やコンパートメントでの様々な出会いも含めて統合的に判断されます。先の二人については既にぶつかっていたようですが」

 

 「そこも見事に親世代を踏襲したのね」

 

 ジニー・ウィーズリーは当然、兄であるロンやその友人のハリーやハーマイオニーとともに特急へ乗り込み。

 

 デルフィーニ・スナイドは、後見人でもあるマルフォイ家の人間に見送られ、ドラコ・マルフォイとともにスリザリン生の多くいるコンパートメントへ。

 

 その段階ではぶつかる要素はなかった二人だが、対悪霊戦線を率いるグレンジャー将軍は有名人であり、ハリーもロンも主要メンバーであることから、各寮の色々な生徒が出入りする場となった。

 

 ちなみに、集まった新入生に自己紹介する際には、こんな一幕もあったとか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「やあ、僕はハリー・ポッターだ。僕の父さんと母さんは、勇敢に闇の帝王に立ち向かい、まだ幼かった僕を庇って亡くなった、立派な両親なんだ」

 

 「ポッター、現実逃避はよすんだ。君の家庭環境の複雑さはスネイプ先生から聞いて知ってるし、両親を美談にしたい気持ちはわかるけど、あいにくと君の両親は健在で、週間魔女の浮気関連ゴシップ記事の常連として有名なんだ」

 

 「………ねえドラコ、生きるって辛いことだね」

 

 「ああ、辛いさ」

 

 色々と身内や知り合いにアクの強いのが多い二人である。(片方は騎士団関連、片方は死喰い人関連)

 

 割と巻き込まれ属性というか、尻拭いをさせられることが多いというか、不幸属性も共通項だったりする。

 

 普段から仲良しというわけではないが、ハリーとドラコはたまに愚痴を吐きあう仲だったりしているようだ。

 

 ちなみに、ポッター家では不倫や浮気という言葉は禁句にはなっていない。恋の魔女恐るべし。彼女の精神構造もルーナと同じく摩訶不思議である。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 「あれだけ多くの生徒が出入りするコンパートメントも稀でしょう。流石はグレンジャー将軍閣下です」

 

 「原因は全部アンタってことを忘れるな」

 

 「おや、私ほど生徒から想われている教師もいないでしょうに」

 

 「そうね、アンタのことを考えて考えて、胸が張り裂けそうになっている生徒なんていくらでもいるのは事実だけど」

 

 物は言いようである。胸に詰まっている感情が何なのかを脇においておけばの話だが。

 

 

 「ダッハウ先生に起因する絆っていうのも、何か微妙に嫌になってきそうですわ」

 

 縁が繋がり、仲間が増える事自体は良いことなのだが、大元の原因がコイツだと思うと釈然としないものを感じてしまう。

 

 恐らく、対悪霊戦線に参加する生徒の大半はそう思っているだろう。

 

 しかし、驚くべきことに“そうは思わない珍しい子”が、今年現れたのである。

 

 

 「そうした場が形成されれば、必然と主力メンバーの意見交換も始まる。獅子寮と蛇寮の二年生たちが話し込んでいる間に、デルフィーニ・スナイド嬢はジニー・ウィーズリー嬢を連れて少しだけコンパートメントを離れ、決闘とまではいかずとも“絶対に負けないわよ”と宣戦布告」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「ふーん、こうして見れば見るほど貧相で哀れなのだわ、プルウェットの娘!」

 

 「あの、私ウィーズリーなんだけど」

 

 「お、同じことよ! 麗しのプルウェットのくせに、血を褒めしウィーズリーとくっつくなんて、純血の風上にも置けないわ!」

 

 「“血を裏切りし”じゃなくて? 褒めちゃったら駄目なんじゃ」

 

 「い、今言い直そうとしていたの! 台詞を取らないで!」

 

 「えと、うん、なんかごめんなさい」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 「軽く共有しましたが、こんな感じの馴れ初めでした。いやあ見事なポンコツっぷりです」

 

 「ベラトリックスだったら確実にお辞儀決闘までいってるから、世代が代わって少しは丸くなってるのかしら」

 

 「やってる事自体は大差ないと思いますけど、何というか、見ていて微笑ましくなる子ですのね。何事にも一生懸命で、大切なものは本当に大事にしてて、好感が持てます」

 

 基本的に未亡人属性であるためか、メローピーさんはやんちゃっ子というか、ちょびっと残念な子を好む傾向がある。

 

 マートルさんとて、打てば響くタイプの気の強い生徒の方が嫉妬しがいがあるので、デルフィーニという少女は中々好ましいタイプである。

 

 

 「この後、ハーマイオニー・グレンジャーのことを“穢れたマートル”と蔑称を間違っていたのはご愛嬌ですかね」

 

 「それじゃただの、マートルさんへの悪口です」

 

 「いい度胸じゃない、気に入ったわ」

 

 「慌てて言い直して“マグル将軍”となっていたそうですが、こちらはただの敬称です」

 

 「ほんとに色々と残念そうな子ですのね。ふふ、もしトムがガールフレンドとしてそんな子を連れてきたなら、頭をずっと撫でて上げたい感じです」

 

 重い女から若干不憫な目で見られる少女デルフィーニ、哀れ。

 

 多分だが、育った環境があまり良くなかったのだろう。あるいは、実家の本棚にはお辞儀関連の啓蒙本しかなかったのか。

 

 エリート死喰い人の娘というのも、なかなか業の深い存在のようであった。

 

 

 「そんなところに現れ、二人を仲裁したのが件のルーナ・ラブグッドでした。あの状況を正確に表現できる言葉を生憎と私は持ちませんが、二人共“毒気を抜かれた”という表現が妥当かと」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「ねえ、しわしわ角スノーカックを見かけなかった? さっきまで隣のコンパートメントにいたのだけれど、見失っちゃって。あ、アンガビュラー・スラッシキルターならいたよ」

 

 「は?」

 

 「ええっと……貴女、誰?」

 

 「わたし? わたしはルーナだよ。ルーナ・ラブグッド、あなたたちは?」

 

 「名乗られたからには、名乗るのが礼儀というものですわ。わたくしはデルフィーニ。デルフィーニ・スナイドです」

 

 「デルフィー、デルフ、ううん、ちょっと違うかな。デルちゃんでどう?」

 

 「ちょっと! 初対面の貴女に何でちゃん付けで呼ばれなくきゃいけないのですか!」

 

 「貴女は?」

 

 「ジネブラ・モリー・ウィーズリーだけど、ジニーでいいわ。家族も友達も皆そう呼ぶから」

 

 「話を聞いてくださいまし!」

 

 「うん、友達がいるのはよいことだね。わたし、だれかに直接友だちになってって言ったことはないんだよね。ねえ、デルちゃんが好きなものをなにか教えてくれない? 話のきっかけにしたいから」

 

 「本人の目の前で私に聞かれても……」

 

 

◇◇◇

 

 

 

 「ううむ、これは確かに強烈な子が来たわ。よく分からないけど、奇妙な子なのは分かる」

 

 「凄い子です。わたくしも奇特な家に生まれたとは思ってましたけど、この子はこう、別の方向性を感じます」

 

 「そうですね、ただ単に変人と定義して忌避するのは、差別を好む人の愚かさの代表例というものでしょう。彼女のような特異な考え方をする人間と向き合い、異なる価値観を知っていくというのは元来高度な精神活動なのですが」

 

 現実の衆愚はその逆であり、自分達の知らないもの、自分の価値観では測れないものには拒否感を示す。

 

 拒否ならばまだよいが、無知からくる恐怖、嫌悪、思考停止までが混ざれば、いっさい毒のないものであっても猛毒だ、疫病だと大騒ぎするのが衆愚というもの。

 

 

 「似た前例が少ないので断定はできませんが、彼女は精神の在り方が大分幻想種族、幻想動物に寄っています。ゴブリンや水中人、ヴィーラといった生息地が分かっており、魔法族ならばいつでも会いに行ける種族ではなく、魔法族すら滅多に会えない実体のない妖精や精霊の類でしょうか」

 

 「へぇ、なんかたまにそういうのと話せる子は確かにいた覚えがあるわ。小さなリリーちゃんも大概そんな感じだったし」

 

 「きっと、マーテルちゃんやメロンちゃんもそういう神秘的な妖精なのですね」 

 

 「スネイプ夫人については、年齢が長ずるに従いその要素は薄くなりましたが、あの少女はそれよりもかなり『寄って』います。おそらく彼女は孤立するでしょうね」

 

 メローピーさんの発言は綺麗にスルーした悪霊。実体のない妖精や精霊は確かにいるが、そうでない例もこの世にはあるのだ。

 

 

 「そんなになんだ?」

 

 「分かりやすく表現すると、ポッター夫人は『妖精のように可愛らしい人間の少女』でした。そして彼女はコミュニュケーション能力が高いという、人間的な要素もしっかりと持っていたため、孤立することはなかった」

 

 「ルーナちゃんの場合は?」

 

 「彼女を端的に言うと、『自分のことを人間だと思い込んでる精神異常妖精』となります。本質的に幻想種寄りであり、彼女が見る世界は人間とは共有できない。彼女にとっての『当たり前』は他者に伝わらない。そして、そうした存在を人間は容赦なく阻害し、迫害します。これは魔法族であろうと変わりません。マグルはもっとひどいですが」

 

 それでも、自分のことをリリー・エバンズの夫と思い込んでいる精神異常者よりはずっとましだろう。

 

 

 「いずれにせよ、観測対象としては実に面白い。彼女のような個性的な生徒がその力量を存分に発揮できるようにと、創始者達はこのホグワーツを創建した訳ですから。嫉妬と差別しか能のない底辺に基準を合わせた学校など、面白くも何ともありませんので」

 

 「だから堂々と言うなってのに」

 

 「スクリュートが跋扈しますが虐めのない学校と、普通に虐めはありますがスクリュートはいない学校。どちらが良いのでしょう? やはり、ダッハウ先生がいる限り意味のない問いでしょうか?」

 

 仮にルーナという少女が孤立したとして、今のホグワーツで彼女を忌避し迫害する生徒はおるまい。どういうわけかそういう生徒にはスクリュートが寄ってくる。

 

 悪霊が養殖に加担しているだけあってか、人の悪意を嗅ぎつけるのが得意になったのかもしれない。

 

 

 「ええ、意味がないでしょう、私がいる限り」

 

 「でしょうね、仮にスクリュートがいなくても、アンタがいる限り最悪だもの」 

 

 否応なしに、生徒達は戦わねばならない。

 

 悪霊と、動く処刑器具と、徘徊する怪物と。

 

 そんな悪霊の蠢く幻想の城であればこそ、ありきたりなどこでもある“虐め”などと無縁になっていくのはある種当然の帰結であった。

 

 虐めが、「人類にとって当たり前のこと」であるからこそ、当たり前ではない悪霊の巣にそんなものはない。

 

 

 

 虐めのない楽園のような学校を求めるならば、弱肉強食の魔法生物の楽土をも許容しなくてはならない。

 

 

 対悪霊戦線の生徒達の苦難は、今年も続いていくようであった。

 

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 

とある生徒の部屋の記録情報

 

 

『どうやら、無事にホグワーツに潜入できたらしい。ルシウスは上手くやったようだ。ナルシッサを褒めてやろう』

 

『かといって、すぐに動き出すのも考えものか。依代の出自を考えれば誰だって死喰い人関連を疑うだろう』

 

『特に、あの憎き耄碌爺の目にだけは、止まるわけにはいかない』

 

『まずは疑われず、城に馴染むことが先決か』

 

『焦らずに、慎重に。分霊箱を無駄に消費するなどあってはならない』

 

『偉大なる闇の帝王は、不滅の存在なのだから』

 

 

 

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