【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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本章の1話、2話、3話には悪霊教師のトンデモ授業が入ります。(警告が遅い)
中盤にも2つ、後半にも2つくらい授業が入る予定ですが、一番邪悪な内容はこの辺になると思います。
閲覧される方はご注意を、ひょっとしたらR-15タグをつけたほうがいいだろうか…


2話 割り切れぬ貨幣

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【魔法使いの貨幣】

 

 魔法族における貨幣は金、銀、銅から成り立つ。

 これは長い歴史において、マグルとさほど差があるものではなかった。

 

 マグルの世界にはかつて、鉄の貨幣を用いた国もあったという。

 魔法族ならばありえまい。ゴブリン銀などに見られるように、魔法族は鉄を嫌う。

 鉄の文明はまさしくマグルの象徴、錬金術においても鉄を重んじる魔法はない。

 

 鉄こそはすなわち、マグルにとって最も普遍的な道具であるからだ。

 その最大の用途は、言うまでもなく剣に代表される殺人である。

 

 基本的に、“お金があれば”とは思わないのが魔法族という存在。

 それを思うということは、『金さえ払えば何でも手に入るマグルの世界』に染まりきっている証とも言える。無論、それを一概に悪とは言わないが。

 しかし、鉄を用いて奪えばいいと考えてきたのもまた、マグルである。

 

 両者の考えの違いが最も出るのが、交換のレートというものであろう。

 1ガリオン = 17シックル

 1シックル = 29クヌート

 

 これほど巫山戯た比率もなく、実用性皆無な数字もない。どちらも素数だ。

 だが、それこそが、魔法族が貨幣に込めた祈りである。 

 

 『正確な貨幣の計数に拘るな』

 『お金の数え方など、大雑把に適当なくらいでよい』

 『魔法族は何を誇る? それは心の魔法である』

 『心というものは、金のように正確に測ることは出来ないのだ』

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「皆さんおはようございます。本日は人類が生み出した概念の中でも最も普遍的な征服者と言える存在、“貨幣”というものについて語っていきましょう。時代はおよそ紀元前の3500年頃、人類の文明が原初の貨幣を発明した頃からの話となります」

 

 最初の月は瞬く間に終りを迎え、新たな月、10月の始まったばかりのホグワーツ。

 

 悪霊の担う魔法史は今日も生徒にこの上ない警戒を強いながら行われていたが、どうやら今回は魔法史というよりも、『魔法考古学』というべき頃の話から始まるらしい。

 

 これもまた、悪霊の授業ではそれほど珍しいことではない。文明に文字が登場し、事績が記されるようになってからを歴史と呼ぶことが多いが、世界各地の文化文明の中には文字を持たずに発展し、歌で歴史を紡いだ例もある。

 

 よって、貨幣や家畜、暦や車軸といった文明の揺籃期に生まれた発明品やそれにまつわる物語は、歴史を紡ぐという行為と密接に関わることに違いはなく、例え文字はなくとも、それらを追うことに意味はあるのだ。

 

 

 「まずは貨幣というものの基本から説明します。これもまた時代とともに変遷し、明確に定義することも難しいのですが、取り敢えずの基礎として抑えておいてください。以下の三つの機能を持つものを、人類は貨幣と称して来ました」

 

 1.交換の手段

 2.価値の尺度

 3.価値の保存

 

 

 「皆さんのよく知る魔法使いの貨幣、ガリオン金貨、シックル銀貨、クヌート銅貨も当然これらの条件を満たします。お菓子を買うために渡す交換の手段であり、そのお菓子がどのくらいの価値かを測る尺度であり、そして、お菓子はやがて劣化しますが銀貨や銅貨は劣化しても価値を損なうことはない」

 

 特にグリンゴッツで生産される小鬼の貨幣は、保護魔法もかかっているので劣化というものからもほとんど無縁だ。

 

 より上位の手段となると、小切手、株券、資本など複雑化していくが、それらにしても当然貨幣という考え方の前提がなくては成り立つものではない。

 

 世界中の国家や文化を見渡しても、株券はあるのに貨幣は知らないという場所はないであろう。

 

 

 「これらにも当然段階的発展の歴史があり、三つの条件を最初に満たした例が、“銀のシュケル”と呼ばれるメソポタミア地方で使われた貨幣です。宝貝であったり、布であったり、他の劣化しにくい物品を貨幣に用いた文明は数ありますが、国家が取り組んで作ったのはここが初でしょう」

 

 銀という金属の特徴として、精製過程がやや複雑であり、文明が未発達な時代であれば個人でそれを行える設備を持つことが出来ない。

 

 金については、砂金というものが存在し、川辺で篩にかけることで金の状態のまま見つけることも可能だが、銀は他の鉱物を混ざった状態でしか自然界には存在しない。

 

 つまり、銀を貨幣にするということそのものが、大きな国家が存在し、それを国家公認の貨幣として扱うという意思表示と一体になっている。

 

 

 「昨年の復習となりますが、分業体制を整え、貨幣により価値の尺度と交換を高め、より複雑な社会制度を構築していく。それがマグルの社会の特徴です。この貨幣というものなくして、数百万人もの人口を擁する巨大国家は成立し得なかったでしょう」

 

 貨幣が出来た時期から、徐々にマグルと魔法族の分離は始まっていく。

 

 魔法族の根幹は、心の魔法である。  

 

 始代の頃は共生していた魔法族と多くの文明の民。暦、占星術、青銅器が主流の頃は王や神官として君臨したのは魔法族が多い。

 

 しかし、文字、貨幣、宗教、鉄、帝国というものを発展させるにつれ、彼らは次第に別れていった。

 

 ヒッタイト帝国とエジプト王国が数万の軍隊同士を史上初めてぶつけたと言われるカデシュの戦い(BC1286年頃)の頃には、鉄を持った者達が殺戮の手段を高めていった。

 

 鉄の発展と魔法族との分離もまた、比例していく現象である。

 

 

 「逆に言えば、マグルと魔法族が共存している時代。それ以前の社会では三つの条件を満たした貨幣は存在していなかった。先程述べた“銀のシュケル”の一つ前の段階では、“大麦貨幣”と呼ばれるものが使われておりました」

 

 その名の通り、大麦をそのまま貨幣にするというもの。

 

 東南アジア、東アジアにおいても、近代化の前までは米や麦をそのまま貨幣代わりに交換手段として使うのは珍しいものでもなく、非常に伝統的な貨幣の一形態と言える。

 

 

 「交換の手段としては充分に成り立ち、尺度においては“食べられる”ので奴隷でも価値が一目で分かるという利点がありました。価値の保存についてだけは、食糧でもある以上劣化は避けられず、貨幣の機能を完全に持つとは言えません」

 

 何百キロメートルもの経済圏、版図を持つ巨大帝国であれば、腐らない貨幣なくして流通も貿易も出来ない。

 

 しかし、小さな村や一地方であれば、米や麦が痛むまでの間に必要なモノは行き渡る。

 

 よって、人類は産業革命以前までは、至るところで金属の貨幣と“食べられる貨幣”を併用してきたものである。特に、奴隷制や農奴制を採用しているならば、学のない者でも分かる交換の手段は必須でもあった。

 

 労働に対する現物支給というのは、今も昔も分かりやすさでは随一の方法だ。手伝いに対する飴玉ならば、四歳児でも理解できる。

 

 

 「ホグワーツ自治領内部ならば、カエルチョコレートやバタービールが良い例でしょう。1000人程度の小さな社会であるならば、それで充分に成り立つということです。宿題の代行に対してバタービール一本、クィディッチの助っ人に対して三本、といった具合に」

 

 そして、魔法界そのものがそれほど大きくないので、厳密には金貨や銀貨がなくてもなんとかなる。

 

 魔法族が金銭の譲受に割とルーズなのもその辺りに起因するだろう。自分の頭で覚えていられる貸し借りだけで、大抵の生活は賄えるのだから。

 

 

 「縁もゆかりも無い人間たちの集まりであっても、小さな集団ならば貨幣というものは成立しうる。例えば、私やアウシュヴィッツに代表される強制収容所におけるタバコなどは良い例です。互いに言語すら通じない場合であっても、交換は成立したのですから興味深い」

 

 そしてそこに、人類の宿業の代表例をぶっこんでいくスタイル。

 

 とはいえ、マグルという種族のそういったしたたかさは確かに強みなのだ。法などあってなきが如き牢獄や強制収容所であっても、タバコなどが貨幣や賄賂として機能するのである。

 

 見たこともない他人と法と貨幣を通じて協力していくマグルの都市生活に対して、魔法族は杖一本で生活の大半が成立する。

 

 この違いが絶対的である以上、物々交換の農村部ならばいざ知らず、都市部においては貨幣という存在そのものへの認識が異なってくるのは当然であった。

 

 

 「さらにもう一段階過去を論ずるならば、農業革命が本格的に起きるBC8000~7000年以前においては、“交換の手段”としてのみ成立する貨幣が使われておりました。それこそが、人類最古の職業であり、現代でも決してなくならぬ職業、売春というものです」

 

 そして先触れなしに投下される大爆弾。

 

 二年生の年齢は12から13歳である。そこにいきなり“売春”という単語を放り込んでいく教師は、確実にコイツだけだ。

 

 まあ、その前の強制収容所という単語も大概ではあるのだが。

 

 

 「あの! ダッハウ先生! それはまだ私達には早いのではないでしょうか!」

 

 顔を真赤にしながらも健気にも発言するグレンジャー将軍。

 

 こういうところで貧乏くじだろうが引いてくれるから、皆が彼女を頼りにする。頑張ってハーマイオニー。

 

 

 「いいえ、現実を見なさいハーマイオニー・グレンジャー。貴女達の年齢ならばもう充分に、“春を売る”、“股を開く”ことは可能なのです。実際、古代においては12歳で男も女も成人と同じ仕事に就いておりました。そう、“大人と同じ仕事”を男も女もです。あらゆる歴史とは、事実をまず直視することから始まります」

 

 それは確かに歴史や考古学の示す純然たる事実ではあるのだが。

 

 なぜだろう、素直に受け取れないこの憎たらしさ。

 

 

 「なにも、昨年マグル界に起こった性犯罪事件、その被害者の中で貴女たちと同じ年齢の少女が犠牲となった件数が、イングランドという国家、その中でもロンドンという一都市で起こっただけで両手足の指では収まりきらない事実を直視しろとまでは言いません」

 

 いや、言っているだろう生々しい事例を。それも聞きたくもない類のだ。

 

 

 「ただ、排卵機能を備えた哺乳類の雌は、繁殖力旺盛な雄に『そういう目で見られる』という事実を知るのに、早すぎるということはありません。むしろもっと早くから知り、いざという時の防護策、対処法を考えなくては歴史を学ぶ意味がない」

 

 尚、ダッハウに言わせれば、参考にするべき事例は山ほどあり、対策を立てること自体は問題ないはずが、『できない』ではなく『やらない』だけで性犯罪事件数を増やす人類は、愚かで惨めで仕方がない。

 

 嘲笑いながらそう語るコイツは、絶対に人間ではない。だからこその人でなし。

 

 

 「安心なさい、何も今ここで“実技”を始めろとまでは言いません。あくまで歴史認識として売春は最古の職業であり、貨幣という概念が本格的になる以前から、“心の交換”、“愛を与えあうこと”は人類社会において大きな意味を持っていたことを学べればそれでよい」

 

 “実技”という単語に、さらに多くの生徒が顔を赤くするが、おかまいなしに悪霊は続ける。

 

 何せ、実体を持たない悪霊だ。皮肉極まるが売春とも実技とも、一番縁遠いのがこの場ではコイツなのである。殖える、孕むという単語は、凄まじいほどに幽霊とは対極だ。

 

 藪をつついて蛇を出すのは賢くない。これ以上議論して本当に実技をする羽目になったら目も当てられないので、取り敢えずグレンジャー将軍も沈黙を保つ。

 

 

 「実際、“愛の妙薬”や“元気の出る呪文”しかり、人の精神作用に関る魔法は古くからあるもの。そして、形なき母の愛こそが最古にして最も偉大なる魔法であると、ダンブルドア校長はおっしゃっています。貨幣よりもさらに古き魔法は、確実に存在しているのです」

 

 髪を伸ばすことも、色を変えることも、魔法を極めれば出来る。

 

 およそ、女性が望むものは魔法によってこそ叶えられるものが多い。ならば、愛が原初の貨幣であった時代には、魔法は如何なる意味を持っていたか。

 

 

 「農業革命が本格化する以前のサピエンス共同体は母権社会が基本であり、強力な狩猟採集民、牧畜民から逃れるために原初の農耕民は神殿を中心とした集落をオアシスなどに営んでいました。神殿聖娼が政の中心にあり、原初のアイドルであった彼女らから与えられる愛が、最大の財貨であった時代ということです」

 

 しかし、食糧を求めて襲い来る蛮族はその文化を軟弱と否定する。

 

 石斧の暴力で、後の時代ならば鉄の斧の暴力で、簡単に奪える弱いものだと。

 

 

 「対して、マグルの社会では金と暴力さえあれば、性奴隷などいくらでも買えるのです。股を開いて子を孕むだけならば、奴隷女でもできること。しかし、母として子を愛し、教育を与え、人として立派に育てることは次元の異なる難度です。産んで捨てるだけならば、チンパンジーでもできますからね」

 

 母の愛が原初の魔法ならば、子を捨てる母に魔女の資格なし。

 

 マグルは力と金で愛を奪い、魔法族は薬と呪文で愛を奪う。

 

 結局の所、どちらの種族も“愛”という原初の貨幣から別れ、それぞれに異なる進化をしてきただけのことである。

 

 であるからこそ、不倫も離婚も決してなくならぬ。それはどちらの種族においてもだ。人は愚かなままである。

 

 

 「これも覚えておきなさい。古代よりサピエンスは“女は産む道具”と見なし、性奴隷として扱う文化が存在した。同様に“男は殺す道具”と見なし、戦争奴隷として扱う。マムルークやイェニチェリ、農奴兵など、形はさまざまですが、子を産むことが女にしか出来ぬ以上、殺すことが男の領分になるのは自明の理というものでしょう」

 

 男は殺す道具、女は産む道具。

 

 戦争奴隷と性奴隷、実に近しく在り続けながら、真逆そのものでもある役割の違い。

 

 まさに人でなしの理屈ではあるが、分業体制として見るならば合理的ではある。

 

 何せ、役割を逆にしては笑えるほどに役に立たないのだから。

 

 

 

 「また、力による収奪を避けるために“威信財”という概念も生じました。例を上げるならば、競技用箒を奪うことは出来ます。しかし、クィディッチ選手の才能は奪えない。服従の呪文で操ろうとも、自分が選手になれるわけではない」

 

 力では奪えぬ【威信財】、マグルならばそれを礼儀作法、貴族としての所作に求め、それを継承する者らを貴き血と呼んだ。

 

 

 「突き詰めて言えば、“魔法薬を煎じる技術”に価値ありと見るか“出来上がった魔法薬”を売買すればよいと見るか。前者を選んだのが魔法族であり、後者を選んだのがマグル。ならばこそ、後者のほうが力で奪いやすく、金に対する執着もまた大きくなる」

 

 望めば物を生み出せるに等しい魔法世界、幻想世界において、“技術”とは非常に多様な価値を持つ。

 

 それは魔法を創造する心と密接に結び付くからこそ、貨幣というものは数で容易に割り切れない。

 

 ガリオン、シックル、クヌート。

 

 17と29という素数が選ばれた理由がそこにある。魔法とは、心とは、“割り切れないもの”であるからこそ。

 

 それが、魔法使いの貨幣なのだ。

 

 

 「イギリス魔法界の商店街が、ダイアゴン横丁に限られるのもそのためです。金さえ払えば、いつでもダイアゴン横丁で手に入るものであってはならない。よりよい品を、自分に合ったモノを自分が魔法で作れる程度でなければ、小さな魔法界は成り立たない」

 

 分業と大きな組織の構築は、マグルの在り方なのだから。 

 

 自動機械では「不思議な魔法薬」は作れない。心を込めながら人間が鍋をかき混ぜなければ、薬は出来ないのだ。

 

 ホグワーツに彷徨う執着の亡霊は、かつてそこに想いを込められなくなった時、魔法の力を失い、“愛の妙薬”を煎じられなくなった。

 

 そして、家宝であったスリザリンのロケットを、僅か10ガリオンでボージン・アンド・バークス店に売ることとなった。

 

 魔法族に成りきれず、マグルの毒を受け、二つの世界の狭間で知られることなく死んだ、哀れな少女。

 

 

 「次の次あたりの授業で詳しく述べますが、“出来上がった品を買う、利用する”という在り方を求める者はやがて魔法の力を失っていき、代わりに【金銭を儲ける術】に長けるようになります。これがスクイブの起源であり、マグル世界の地中海世界ではユダヤ人とも呼ばれます。古くから、モノとカネの集まる都市に、どこからともなくユダヤ人はやってきて住み着くと言われてきました」

 

 古き時代の信仰はやがて宗教に発展し、しかしそこにも権力と金の匂いはつきまとう。

 

 

 「これはキリスト教の聖人の言葉ですが、【権力と金、これに執着した時、聖人は俗人となる】。同様に、権力と金に執着した魔法族は、やがてスクイブとなっていく。銀行や商家らに近く、物材に囲まれた名家からスクイブが生まれやすい由縁でもあります」

 

 と同時に、継承問題や血縁の呪い。スクイブはそういった呪い、憑き物筋から逃れるための手段でもあり、これもまた【血筋や愛の問題】と“割り切れない”類の縁である。

 

 別の言い方をすれば、マグルのように合理性や分業体制、貨幣を求める家からは、スクイブが生まれやすいということでもある。あるいは、純血主義であり過ぎる親への反発としても。

 

 

 「魔法族の血筋や婚姻、性欲に関する講義は次回にするとして、ここらでレポート課題を出しましょう」

 

 

課題

 現在の魔法界において、ガリオン、シックル、クヌートの他に、“貨幣”として機能しうる物品、魔法、概念を考えて述べよ。

 

 

 

 「魔法生物の一部や、魔法薬の材料などは当然として、杖の芯、特許、そして心の一部や魂に至るまで、何でも構いません。あるいは、ゴーストを金で売買するというのも面白いかもしれません。私を買いたいという奇特な人間がこの世にいればの話ですが」

 

 生徒全員が首を横に振った。僅かのズレもない見事な連携である。

 

 

 

 「生まれたばかりの赤子も、先祖の墓も、人は例外なく僅かな貨幣に変えてきた。歴史を学ぶに際して、これほど深淵で面白い題材もなかなかありません。洋の東西を問わず、“地獄の沙汰も金次第”とはよく言ったものですから」

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「貨幣かあ。改めて考えると、ウチって本当に典型的な魔法族なんだなぁ」

 

 「お金がない、じゃなくて、お金が必要ない。だものね、隠れ穴は」

 

 魔法史の授業が終わった放課後、クィディッチの練習に向かうために歩いているのはハリーとロン。

 

 ハーマイオニーも見学に来る予定ではあるが、今日のレポートについて考えをまとめたいとかで後から来る。

 

 ちなみに、授業の途中の内容については顔を真赤にしてなおも憤慨していた。対悪霊戦線の活動が今年も活発になることは疑いなさそうだ。

 

 

 「僕の家は、まあごっちゃだけど、ポッター家は金貨がたくさんあって、エバンズ家はマグルじゃあ“そこそこ”なのかな」

 

 混血のハリーの家は、どちらの世界においても貴族ほどではないが、中流かその少し上といったところだろう。

 

 マグル生まれのハーマイオニーは医者の家であり、金に不自由した経験は生まれてこの方皆無といってよい。

 

 そして、ロンの家は由緒正しい純血だ。実に“魔法族らしい”純血を地で行く家であり、その生活に全くといっていいほど貨幣を必要としない。

 

 

 「てゆーか、ホントに何で気付かなかったんだろうな。マグルと同じ社会だったら、パパのあの安い給料で九人家族とかありえないだろ」

 

 「うーん、マグルを詳しくは知らないけど少しは知ってるから、“ウチはお金がない!”って思っちゃうのかもね」

 

 例えば、教科書などについてもダイアゴン横丁で買うのが主流ではあるが、そもそもそこに自由経済など成立していない。

 

 魔法省は一つだけであり、ホグワーツ全生徒に同じ教科を作れるような出版所も一つくらい。大型書店も一つだけ。そして、イギリスに学校もホグワーツだけ。

 

 要するに、選ぶ余地などない官給品も同然であり、そもそも「本」であるならば魔法でコピーすればよいのである。

 

 

 「知人の知人の友人で完結するもんな。何か欲しいときって、金よりも伝手の方が物言うし」

 

 「アーサーおじさんは騎士団に限らずすっごく顔が広いし、モリーさんはプルウェット家出身だし。長男のビルはグリンゴッツ、次男のチャーリーはドラゴン研究所、うん、これだけで何でも手に入るよ」

 

 そこにブラック家などの名家同士の繋がりも加わる。

 

 改めて考えて見るほど、“貨幣が必要”なほど魔法界は大きくない。物々交換だけで十分やっていけそうな規模と、何よりも魔法の利便性。

 

 にもかかわらず、金が無いと嘆いてしまうのはマグル生まれやその家族と親しくし過ぎている故の現象だろう。実際のところ、マグル嫌いの純血名家はゴーント家のような例外を除けば金が無いとは嘆かない。

 

 

 「うん? 何だろう、ウッドとマーカスが啀み合ってるのか?」

 

 「そりゃあいつものことだけど、今日は何だろうね」

 

 話しつつも競技場に到着した二人だが、そこにはグリフィンドールチームの赤いユニフォームと、スリザリンチームの緑色のユニフォームが立ち並んでいる。

 

 察するに、グラウンドの使用権を巡ってのキャプテン同士の喧嘩辺りだろう。

 

 

 

 「あ、ドラコがいた。おーいドラコ―ッ!」

 

 「ん、何だ、ポッターか」

 

 知り合いの姿を見つけたハリーが声をかけ、応じたのはスリザリンの新シーカー、ドラコ・マルフォイ。

 

 去年のシーカーは六年生が務めていたが、イモリ試験に集中したいとのことで七年生で引退している。これはむしろ普通であり、七年生までびっちりやるほうが珍しい。ウッドは確実にやるだろうが、恐らく死ぬまで。

 

 

 「ん? ジニーもいるな、フレッドとジョージが連れてきたのかな? ハリー、僕ちょっと見てくる」

 

 「オッケー」

 

 忙しなく離れていくロンを見つめながら、若干呆れたようにドラコは呟く。

 

 

 

 「やれやれ、グリフィンドールは相変わらずあっちにもこっちにもウィーズリーじゃないか」

 

 「チャーリーが卒業したけどジニーが入ったから、今年はまた五人だね。流石にジニーで最後だけど、来年には僕の妹達も来るよ」

 

 「あの双子か……妹の方と、スネイプ先生の関係については聞かないほうが良さそうだな」

 

 「うん、聞かないでくれると助かるよ。ちょっと母さんの影響を受けて、身内愛をこじらせちゃってるだけだから」

 

 ただし、絶対に執着のゴーストにだけは会わせまいと決めているハリーである。

 

 身内をちょこっとおかしなベクトルで溺愛する傾向のあるエバンズの血筋と、あの“重い女”が再び混ざれば何が起きるか、考えるだに恐ろしい。

 

 

 

 「あれ? よく見たら君の持ってるのニンバス2000じゃないか、ニンバス2001を買うんじゃなかったの?」

 

 「色々と理由があってね。今年は取り敢えず止めたんだ。君たちグリフィンドールも、例の悪霊の貨幣に関する授業は受けたろう」

 

 「うん、受けたけど……ああ~、そういうこと」

 

 「そういうことだ。ニンバス2001をスリザリンチーム全員に買ったりなんてしたら、来年以降にどんな黒歴史として授業の題材にされることか。マグル的だとか成金だとかだけならまだいいけど」

 

 

 

二人の思い浮かべる悪霊予報

 

 『ほほう。金にものを言わせて7人全員に最新型箒を買い与えますか、実にマグルの成金らしいやり方です。才能も努力も全ては無意味、全ては大人の金次第。素晴らしい、子供達の夢を踏みにじる汚い大人のやり方、なかなかに私好みです。スリザリンに10点をあげましょう。拝金主義に塗れし穢れた勝利が貴方たちの頭上に輝かんことを。ビバ資本主義』

 

 

 

 「とか何とか言ってくるだろ、確実に」

 

 「でも、貴方がニンバス2001を使ってたとしても、皆が非難するわけじゃないわ」

 

 「いつの間にいたんだグレンジャー。確かに君ならそこは分けてくれるかもしれない。だが、あの悪霊は絶対分かった上であえて黒歴史として淡々と記録してくる」

 

 「やるね」

 「やるわね」

 「やるに決まってるな」

 

 三人の声がハモった、気付けばロンもあっさり戻ってきていたらしい。

 

 実に嫌らしいことに、個人に対する非難ではなく、“金持ち理事とスリザリンチームの癒着の歴史”だとかで語ってくるのが簡単に予想できる。あの悪霊、時事ネタをその場で拾うのではなく、一年くらい経って歴史になってから事実として暴露していくのだ。

 

 似たような事例に、ベラトリックス・レストレンジの過去の恥、“お辞儀パンモロ事件”があったりする。

 

 ダッハウが暴露した“死喰い人の学生時代の黒歴史”の印象が強すぎるためか、現役の武闘派幹部なのに、全然怖がられていない哀れなベラちゃんであった。

 

 

 「ほんとによくあそこまで、他人の消し去りたい過去の恥を暴露していくわよね。ベラトリックス・レストレンジのパンもろ事件を聞いた時は流石に同情したわ」

 

 「それ以上は言わないでおいてあげてくれ。一応僕からすれば伯母なんだ」

 

 「分かるよ、僕もエバンズ病で相当苦労してるから」

 

 ドラコにとってのベラトリックス伯母さんは、ハリーにとってのペチュニア伯母さんである。互いに身内では色々と苦労する。

 

 

 「てゆーか、吹っ飛ばしたのはうちのママだしな。パパに聞いたら顔背けてたし」

 

 「そしてどっちも、ブラック家の親類なんだよね」

 

 ほんとに、魔法界の血筋は狭い。その中でも最たる例は間違いなくブラック家だろう。

 

 

 「ブラックか。例の黒太子同盟がなければ、こうして君たちグリフィンドールと僕たちスリザリンが対悪霊戦線を組むこともなかったろうな」

 

 「私としてはむしろ、ハリーのお父さんたちやルーピン先生が、夜間学校に普通に通っていたことのほうが信じられないわ」

 

 「ほんと、そこは凄いよな」

 

 敵を知り己を知れば百戦殆うからず。

 

 悪霊たちと戦う上で、最も必要なのは情報だ。その点では彼ら悪戯仕掛け人以上に詳しかった生徒は過去のホグワーツにはいなかった。

 

 彼らがまさに命懸けで獲得した情報と処刑器具との戦いの歴史を元に、今の対悪霊戦線はあるのであった。 

 

 

 「ただスリザリンの僕としては、何で彼らは英雄になった後も人生の恥を量産していくんだって聞きたい。あの“魔法大臣室糞爆弾事件”なんて耳を疑ったさ」

 

 「そういうことしないと死んじゃう病なんだと思ってあげて」

 

 「僕のペットのスキャバーズも、その時活躍したんだぜ」

 

 ヴォルデモートが破られた12年前のゴドリックの谷の戦いにおいて、ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピンらの活躍は有名となり、彼らにマーリン勲章をという声が当然上がった。

 

 それに対して、悪戯仕掛け人の答えが“魔法大臣室糞爆弾事件”である。命知らずにもクラウチ大臣に対して。意味は当然“クソくらえ”。

 

 

 「父さんが透明マントで侵入して、シリウスが撹乱した。と見せかけて、本当の実行犯はネズミに変身したピーターさんなんだ。一匹じゃ糞爆弾を運ぶの難しいからネズミの友人に手伝ってもらって、それが今のロンのペットのスキャバーズだよ」

 

 「だからアリバイが完璧でバレなかったんだ。まさか、聖マンゴの癒者が僅かな休憩時間にネズミに変身して糞爆弾届けに来るなんて誰も思わないからな」

 

 ピーター・ペティグリュー、彼とて悪戯仕掛け人の立派な一員である。というかむしろ、ジェームズやシリウスを矢面に立たせておいて、関係ないような顔をしつつこっそり悪戯を楽しんでいたりする。

 

 やはり、ピーターもクズだった。所詮は彼もグリフィンドールの悪戯っ子である。

 

 

 「誰も思わないんじゃなくて、普通はしないのよロン」

 

 「それをするからあの人達なんだよ、だってフレッドとジョージの師匠だぜ?」

 

 「父さんとシリウスも悪ノリはいっつもするけど、本当に嫌がることはしないようにしてるって。それに、うん、そうでもなきゃダッハウ先生には対抗できないだろうから」

 

 「そこだけは同意する」

 

 明かされたとんでもない事実に、痛む頭を抑えるドラコ。この事実が悪霊によって生徒に暴露されないのは、彼らにとってそれこそが“勲章”であって、黒歴史ではないからだろう。

 

 

 「本当に、父上の時代に比べてぜんぜん違うじゃないか、この城は。いったい何時からわけのわからない怪物の巣になったんだここは」

 

 ドラコ・マルフォイにしてみれば、聞いていたのと話が違うというやつだ。

 

 ハリーやロンは親世代が近いし、ビルやチャーリーから直近の情報も入ってくる。ドラコにも従姉妹にニンファドーラ・トンクスがいたが、マグルとの混血なのであまり話す機会がなかった。

 

 もっと最近のホグワーツのことを彼女から聞いておけばよかったと、入学してから後悔した彼である。

 

 

 「リーマスさんが学生時代に夜間学校に通って、今では防衛術の先生だしね」

 

 「人狼の教師がいると聞いて、私、最初はとっても驚いたのを覚えてる」

 

 「別に構わないし今となっては誰も気にしてないさ。人狼教師が何だっていうんだ、あの悪霊教師に比べれば」

 

 

 【人狼教師】と【悪霊教師】、どちらがよりたちが悪いかを生徒に聞くことに意味がない。0対100で回答が決まりきっている。

 

 

 「万倍マシだ。少なくともルーピン先生はスクリュートをけしかけてきたりはしないからな」

 

 今も第二陣が養殖されているスクリュート。今年の新入生も早速“実技”の餌食になったらしい。

 

 

 

 「……ここだけの話だが、デルフィーニも噛まれたんだ。夜間に外に出たあの子が迂闊だったと言えばそれまでなんだが」

 

 「あちゃあ、新入生には無謀だぜ」

 

 現在のホグワーツでは、夜に出歩くことは校則で禁じていない。というか、禁じる必要すらない。

 

 夜は悪霊たちの時間、つまりは、ダッハウの管轄だ。

 

 

 「祖父のアブラクサスの時代から、夜間に出歩く生徒はスリザリンにも多く居たらしいが、先輩によれば拷問器具やスクリュートが徘徊するようになってからはめっきり減ったらしい」

 

 「そりゃそうだよ、当たり前じゃないか」

 

 「というかなんであの子はその中で夜に出歩いちゃうの? 監督生から注意事項は聞いてるはずよね」

 

 「……あの子は、負けん気が強くて、好奇心旺盛なんだ。グリフィンドールの悪戯仕掛け人達が夜間学校に通っていたと聞いて、対抗心を燃やしまくってる。彼らにできて私に出来ないはずがないってさ」

 

 「好奇心旺盛なのもいいけど、蛮勇は禁物よ。貴方からもっと厳しく言ってあげないと」

 

 残念な子。そんな印象は持ったけど口には出さない、ハーマイオニーは気遣いが出来る子なのだ。

 

 ちなみに、残念なデルフィーニちゃんについてはその次の夜に拷問器具に襲われかけたところを、アクロマンチュラに助けられたとか。ナイス、モレークくん。

 

 

 「ところで、なんでこの城のアクロマンチュラは温厚で生徒を守ってくれるんだろう?」

 

 「多分、アリアナちゃんのおかげなんじゃないか?」

 

 「ハグリッドの影響もあるとは思うのだけど」

 

 基本的に、ダッハウが関わった処刑器具などはよく生徒を襲う。

 

 反対に、ハグリッドが育てた魔法生物は、例え人食い種であろうとも滅多に生徒は襲わない。

 

 スクリュートについては、悪霊とハグリッドの共同開発だ。つまり、人を襲って食べる。ホグワーツの生徒に対しては“悪戯”の領分を出ることはないが。

 

 

 「こうして考えると、改めてハグリッドって凄いな」

 

 「ダンブルドア先生のおっしゃる、愛の偉大さが分かるわ。きっとハグリッドの愛情を魔法生物も分かってくれてるのよ」

 

 「ダッハウ先生の悪意が全部台無しにしちゃってるけどね」

 

 そこにオチがつくのがホグワーツだ。

 

 

 「で、あっちで僕の妹と睨み合っているのが、そのデルフィーニって子かい?」

 

 「またか! 全然学ばないなあの子は!」

 

 仲裁に駆け出していくドラコ、その背中には若くして既に苦労人の風格があった。

 

 何せ、ハリーの友である。

 

 

 「こりゃ、この先苦労しそうだぜ」

 「ジニーにデルフィーニ、それにルーナ。うん、個性的だね」

 「はあ、対悪霊戦線に“下級生の面倒を見る役”も追加したほうが良さそう。ほぼ確実に私達でしょうけど」

 

 そりゃあそうだ、だってジニーの兄貴はロンだし。

 

 二年生になって、悪霊の授業には憤慨しつつもそれなりに慣れてきても、グレンジャー将軍の気苦労は些かも減らないようであった。

 

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

とある生徒の部屋の記録情報

 

 

『どうなっているんだこの城は、昔とぜんぜん違うじゃないか』

 

『徘徊する怪物たちも気になるが、噂に聞く悪霊とはいったい…』

 

『ともあれ、まずはあの娘だ。プルウェットの娘に日記を拾わせることが出来れば』

 

『しかし、どうやって実現すべきか』

 

『部屋を開くのはあの娘でなければ、こちらを使うのはあくまで最後の手段』

 

『取り敢えず、今は様子見か、ひとまず情報を集めることだ』

 

『今のホグワーツは不可解なことが多すぎる。あの耄碌爺、偉大な学び舎をどうするつもりなんだ』

 

『ロジエールとクラウチJrが失敗したのも頷ける。こんな変化、予想できるはずがない』

 

『焦るな、失敗は許されない。闇の帝王に失態などあってはならないのだ』

 

 

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