『時計塔のオブジェクト記録』
【スクイブ】
スクイブと呼ばれる存在がある。
一般の認識とは裏腹に、その定義には曖昧さを含んでいるが、両親が魔法使いでありながら魔法の力を持たない子をそう呼ぶのが通例だ。
魔法族から生まれた多くの子は、大体は8歳くらいまでに魔法の力を発現することが多い。
しかし、発現しない者がいるならば当然疑問が生じてくる。そも、魔法の力の根源とは何かと。
その全容を完璧に理解している賢人はこの世におるまい。
元来、幻想の力である魔法は括りきれぬものである。
だが、様々な事例を紐解いていけば、見えてくる傾向というものはあるだろう。
スクイブは、純血名家に生まれやすい。これは様々な歴史的事例から確認できる。
そこには様々な理由が複雑に絡み合っている場合も当然あるが、理由は大きく分けて二つ。
・血縁の呪いから逃れるために、あえて魔法の力を捨ててでも子の生存を望んだ場合
・家の縛りを呪いと感じ、子が血縁からの開放を望んだ場合
また、魔法というものの性質上、“先天的なスクイブ”というものは存在し得ない。
全てのスクイブは後天的だ。魔法で多大な失敗をし、精神に傷を負った場合も含まれる。
つまるところ、魔法への恐れ、魔法への嫌悪、心が魔法を使うことを拒否することで、スクイブという存在は生まれるのだ。
『ただし、厄介な点が一つ』
『魔法を使うなと望む者が、当人であるとは限らないこと』
『人間の心とは、どこまでいっても愛や執着から逃れられない』
『愛を失ったときもまた、スクイブの生まれる条件である』
*----------*
「古代から創始者の時代に至るまで歴史を紐解いていくシリーズ。今回は四回目となります。今回は魔法史の産んだまつろわぬ民達、どこまでいっても存在する被差別民、人類のお家芸である差別と最も縁深いスクイブについて述べていきます」
ハロウィンも終わり11月に入り、グリフィンドールVSスリザリンの戦いが終わったばかりのホグワーツ。
秘密に部屋についての血文字落書きについては生徒達の間で色々と語られているが、今のところ悪霊教師を攻撃して得点ゲットを狙った哀れな子羊は出ていない。
去年の一年生の尊い犠牲は無駄にはなっていないようでなりよりだ。
「その存在の根源的な説明は後に回すとして、愚かな人類が彼らをどのように扱ってきたかを先に説明しましょう。まず、言うまでもなくスクイブとは蔑称であり、“穢れた血”と対となる存在と認識されています。貴方達の家でも、スクイブが生まれたら基本的に恥と思うでしょう。純血や混血の生徒は是非ともご両親に尋ねて御覧なさい、“我が子がスクイブじゃなくて良かった”と思った瞬間は何時だと」
例によって飛ばしていく悪霊スタイル。こういうことを語らせたらコイツがナンバーワンだ。
確実に嫌われる内容を語りながら、魔法の文字が浮かび上がり列を成していく。
魔法側に生まれながら、マグルと同じ者 = スクイブ
マグル側に生まれながら、魔法族と同じ者 = 穢れた血
「歴史の示す事実として、スクイブとは純血の家から生まれやすい。それは、魔法を尊ぶ心の裏返しでもあり、ある種の呪いの浄化でもあるとされます。現実側で楔となる者達あってこそ幻想は成立し得る。幻想が幻想であるための楔、それがスクイブである。ようするに、蔑視されながらも常に“居てくれてよかった”と誰もが思う存在。これは、マグル側の社会においても珍しくはありません」
インドのカースト制度における、不可触民
日本の律令制における、穢多、非人
キリスト教身分秩序における、ユダヤ人、ロマ、ジプシー
それぞれの社会通念的に“穢れた仕事”を行わせるための職能集団というものは世界各地に存在しており、その成立の経緯も様々で、必ずしも差別的な意味合いから始まったものばかりとも限らない。
「魔女の由来とは、垣根の上を飛ぶ女。境界線とは、跨ぐものなくして成り立たない。スクイブと穢れた血はそれぞれの社会に生まれながら、境界線を超えねば生きる場所を見つけ難い者たちです。マグルと魔法族が背中合わせである限り、スクイブと穢れた血なくして、この両天秤は成り立たない」
境界線が完璧に機能し、交流が一切なければそこあるのは断絶だ。
混血という存在が常にいる以上、魔法世界に生まれながらマグルの世界に放逐される必要のある者、そして、マグルの世界に生まれながら魔法の世界に入らねばならない者が生まれるのは、バランス上の必然と言えるだろう。
「東洋世界、インド世界、ペルシア世界、オリエント世界、アフリカ世界、そして、ローマ文明に連なる地中海世界。それぞれの歴史的経緯によってスクイブと穢れた血の扱いも様々ですが、ここはひとまず、主に中世以降の我らがキリスト教世界の流れを追っていきましょう」
サピエンスは多種多様な文化地盤を持ち、それぞれの特徴を挙げていけばきりがない。
ここがイギリスのホグワーツである以上、最も分かりやすいのは当然、自分達の属するキリスト教の歴史となる。
「中世の時代、純血の魔法族の家にスクイブが生まれてしまった場合はどうなるか。隠すか、捨てるか、殺すか、大体はこの三択となります。殺された場合は話はそこで終わりですし、隠された場合もそこから逃げ出したならば結局は捨てられた場合と同じ流れになる。まつろわぬ民として、何処かに流れ着くしかない」
人類の黒歴史、見たくない歴史の暗部を、悪霊は淡々と語っていく。
人は差別が好きな生き物で、同時に常にこう思ってしまう生き物だ。“ああ、自分が迫害される側じゃなくて良かった”と。
「スクイブに生まれてしまった彼らにとって、利点となるのは2つ。第一に、少なくとも8~9歳までは判別しきれないこと。第二に、魔法族の識字率や就学率は同時代のマグルに比べ圧倒的に高く、9歳になる頃には大抵読み書きが出来たということ。これは大きな財産と言えました」
産業革命が始まったばかりのフランスにおいては、農民の識字率は3割にも満たなかったという。
それに対し、魔法族に生まれた子供で読み書きが出来ない者など基本的にいない。ゴーント家のメローピーさんですら、その程度は出来たのだ。
一年生の魔法史における魔法生物規制管理部の説明であったように、小鬼や屋敷しもべが第一次産業と第二次産業を担っているため、魔法族の仕事は読み書きが出来なければ成立しないものが多い。
結果として、中世マグルの没落した下級貴族でも多くは読み書きが出来たように、家を追い出されたスクイブも、再就職の取っ掛かりに使える教養は持っていた。
「しかし問題は、彼らがキリスト教の洗礼を受けておらず、どこの教区にも属していないことです。現代で言うならば国籍がないも同然であり、いくら読み書きが出来ようとも、聖書を知らず、イエスの名を尊ばず、十字架を持たない流れ者を雇うキリスト教徒はおりません」
だが同時に、どこの世界にもそうしたアウトローが流れ着く場所というものはある。
中世のキリスト教世界において、改宗前の異教徒なども多く居たが、金融などに携わり時に忌避されながらも必要な者達と見なされたのは。
「結果として、スクイブの多くはユダヤ・ゲットー、それぞれの都市にあったユダヤ人の居留区に合流していきました。子供の死亡率が高い時代でもありましたから、ここでは常に赤子や子供の売買も行われておりましたので、単純に“銀貨で売られたスクイブ”も相当な数にのぼります」
閉鎖性の高く、ほぼ全員が顔見知りである村では不可能。
となれば、人口の多く、多くの民族も入り交じる都市という場所に、必然のスラムとしてそれらは生じる。
売春が最古の職業であるように、奴隷売買や人間の物々交換もまた、古来よりの拭い難いサピエンスの商売なのだから。
「このブリテンならば当然、古代ローマより都市の栄えたロンディニウム、つまりはロンドンとなります。その別名は“人捨て場”。ダイアゴン横丁の隣にノクターン横丁が常にあり続け、消えることがないのもそういうことです。スクイブとはあそこに捨てられ、鍋から漏れ溢れるようにマグル側へと流れていく」
スクイブを雇うような店は、ダイアゴン横丁にはなくノクターン横丁にしかない。
そして、狼人間や吸血鬼といったまつろわぬ民達も、そこには集まる。その構図自体は、マグル側のジプシーやロマらが受けた社会的差別と大きく違うわけではない。
「そうしてマグル側へ出ていった魔法の血が、数世代を経た後に隔世遺伝を起こすように魔法の力に発現することがある。それは、現実の人の世に嫌気がさしたが故の幻想への憧れか、いつかは故郷に戻りたいと願う祖先の望郷の念かは分かりません。いずれにせよ、今度はロンドンに生まれたマグル出身者が、境界線を超えてダイアゴン横丁へとやってくる」
かつて、スクイブをノクターン横丁に捨てた純血名家にとって、彼らはどう見えるだろうか?
恨みを晴らすためにやってきた復讐者か。それとも、生き別れになった遠い血との再会を寿ぐか。
「何かを畏れるように、純血名家の者達やいつしか彼らを“穢れた血”と呼ぶようになりました。しかし、当然話はそこでは終わらない。彼らが“穢れた血”を畏れるには当然隠された裏の理由がある。それが、“血縁の呪い”というものです。これに罹った有名例と言えば、ブラック家、グリーングラス家、ゴーント家などがあります」
血縁の呪い。それは家単位でかけられる呪いの一種であり、主に戦争に破れた側が“憎き血筋よ、途絶えてしまえ”と呪詛を込めることによって成立する。
他にも、異種族との間で諍いがあったり、憑きもの筋などと呼ばれるようにアニメ―ガス化が悪い方向に作用してそうなる例もあったりする。
「屋敷しもべを擁し、魔女の家として存続を願う純血名家にとって、血筋が絶えることほど恐ろしいことはない。しかし同時に、1970年からの魔法戦争がそうであったように、小さく狭い魔法界における戦いとはどうあっても近しい血筋同士の内ゲバにしかならない。つまり、肉親を殺された恨みは内に籠もりやすい」
マグルにおけるゲルマン民族大移動、あるいは新大陸でのコンキスタドールのような、先住民の根絶、絶滅政策が決して上等であるとは口が裂けても言えないだろうが。
割りと小さなコミューンにおいて、身内同士での権力争いが長く続いてしまうと、どうしてもその暗闘は陰にこもる。
「死の呪い、磔の呪い、服従の呪いなどがウィゼンガモット法廷によって禁じられているとなれば、憎き敵を葬り去るために裏技を考え出すのがサピエンスのお家芸です。覚えておきなさい、こういうことにばかり、人間はどこまでも悪知恵が働くのです。例えどれほど法で制約されようとも、戦争を起こす方法だけは絶対に考えつく」
そうして実際に、純血名家が互いの家を呪い合う、“血縁の呪い”というものは生まれた。
より陰険に、より陰惨に。今対立している政敵ではなく、その息子が、娘が、血を残すことが出来なくなるようにと。憎き血筋が途絶えるようにと。
それは実に、魔女らしいとも言えるだろう。
「ならば当然、子孫を残せないタイプの“血縁の呪い”に対する回避法も考案されます。魔法使いとしての血筋を“仮死状態”にすることで、呪いの遺伝を避ける。スクイブにはこのような由来もあるのです。それは同時に、例えマグルになっても、我が子よ生きてくれという祈りの具現でもある。大本の呪詛は、【憎き魔法使いめ、死に絶えよ】と呪っているのだから、擬似的にマグルとなることで呪いをすり抜ける。仕組みとしてはそういうものです」
魔法使いを呪うのであれば、マグルになれば避けられる。
一時、魔法の力を封じられることになろうとも、秘められた血はいつか再び覚醒し、家の再興を果たすのだ。
「ブラック家において有名な“純血よ永遠なれ”。それに類する“血を裏切りし者”の系図からの抹消というのは元々は意図的な“呪いからの守り”でもありました。しかし、歴史とともに歪み、忘れ去られ、名残と呪いだけが今に続くという事例も、愚かなサピエンスの日常というものです」
創られた頃は、建前と本音を使い分けていたものが、長い年月を経るうちに時代の流れに取り残された無意味な建前ばかりが害悪となる。
家というものもまた、組織としての老朽化からは避けられない。となれば、一度スクイブとして出ていった血筋が、新たな息吹となって帰ってくるというのは自浄作用としては悪くない。
だが、濁った血を抱えたままの旧家にとっては、自分達の存在を否定し、断罪にやってくる死神同然にも見えただろう。
「純血名家においては、兄弟姉妹に生まれながら、片方がスクイブに生まれることは多くありました。そうした子は往々にして捨てられて来たわけですが、しかし、その家が血縁の呪いを抱えているならば、“本命の血筋”は果たしてどちらになるのか。興味深い考察となりましょう」
仮に、グリーングラスという家において、姉のダフネがスクイブに生まれ、妹のアステリアが魔法資質を持っていたならば。
【呪いの受け皿】はどちらで、【血を残す本命】はどちらになるのか。
これは昨年のクリスマスの前の頃、ドラコ・マルフォイという新入生が両親がどうしてもはぐらかすばかりだった“血縁の呪い”に関する疑問を、密かに悪霊教師に問うた際の答えの一つだ。
親として子を愛していても、まだ11歳の息子には早いと、親だからこそ中々言えぬ生々しい“純血名家の暗部”というものも、悪霊はただただ暴露する。
『己の血筋に、両親が言葉を濁すことに疑問を持つのは良いことですよ、ドラコ・マルフォイ。貴方は確実に両親から愛されている。ですが、私が人類の歴史として語るように、善意は必ずしも良い結果をもたらなさい。愛しているからといって、それが貴方のためになるとも限らないのですから』
純血の家で両親の愛情を受けて育ち、大切に育てられてきた少年にとっては大きな衝撃であったろう。
当然彼は悩み、苦しみ悶えた。そうして苦しむ彼がふと思いつき、寮監のセブルス・スネイプに相談した上で、ハリー・ポッターという少年と腹を割って“家族についてどう思うか”を話したのもその頃だ。
『ハリー・ポッター。君は、自分の生まれについて、両親の愛を疑ったことがあるだろうか?』
『正気を疑ったことはあるけど、愛を疑ったことはないよ』
例え狂っても、両親は自分を愛してくれるだろう。いいやひょっとしたら、母は少しの狂気を自ら受け入れて、二人の父を愛することに決めたのかも。
メローピー・ゴーントという幽霊がセブルスとリリーに語ったように、狂熱的な愛が幸せに帰結するとは限らない。
だが、それでも―――
『スクイブとか、穢れた血とか関係ないよ。だって僕は、ダドリーが不幸だなんて思わない』
ハリー・ポッターは、家族が大好きだ。
ペチュニアが魔法を使えぬスクイブなわけでも、リリーがマグルに馴染めぬ穢れた血なわけでもない。だって二人共、今もとっても仲良しなんだから。
『そうか、少しだけ君が羨ましいな。ああ、あのウィーズリーもそうだけど』
残念ながら、ウィーズリー家のロンは相談の対象には成り得なかった。あの家は、ドラコのような闇を抱える家に生まれた者にとって、少々眩しすぎた。
そこで考える事が多かったため、ドラコが対悪霊戦線にマグル生まれのハーマイオニー・グレンジャーと共に参加する一員ともなった。
そうして彼は今、デルフィーニという少女を見守る立場にいる。一年前の入学した頃の自分のように、まだ己の血筋と両親の愛に何の疑問も持っていない純粋な彼女を。
「当然、魔法の力を失う例はそればかりではありません。“ガリオン金貨の神隠し”の寓話に語られるように、マグルの物欲に染まりきった者がやがて幻想の力を失うこともあれば、マグルに恋し、その愛が拒絶されたために魔法を使えなくなった例もある。さらにもう一つ、オプスキュリアルという魔法族最大のリスクもまた、そこには絡むわけですから」
魔法の根源が、心の力、想いの行方によるものならば。
積もり積もった鬱憤やジレンマは、本人の心すら破壊する規模で大爆発を起こすことがある。
マグルならば躁鬱、精神崩壊などと言われ、せいぜいが狂って暴れだすだけですむが、魔法族のそれはオプスキュラスという黒い影、文字通りの怪物を呼び起こす。
そして、ノーグレイブ・ダッハウの特性は、吸魂鬼やオプスキュラスに近いのである。
「オプスキュリアルについては長くなるのでまたいつか場を設けて語るといたしましょう。今回は中世の純血名家を軸とした歴史的経緯としてスクイブと穢れた血を紐解きましたが、あくまで歴史の一部に過ぎません。絶対に魔法族と切っても切れない存在である以上、その歴史はそう簡単に語りきれるものでもない。一方向からではなく、物事は多面的に見なければ」
今回の講義は、基本的に純血名家から見たスクイブと穢れた血。
ならば、創始者の時代にやってきたヴァイキングという略奪者にとって見れば、それらには如何程の違いがある?
また、近代の産業革命以降のマグルにとっても、見え方は違ったものとなるだろう。
「では、本日の課題です。中世の時代にユダヤ人に金で売られたスクイブが、大人になってから魔法の力を発現したとして、次の結婚事例について課題や生じうる問題点についてレポートを提出するように」
魔法使いであった場合
・ユダヤ人との結婚
・キリスト教徒との結婚
・イスラム教徒との結婚
・カタリ派との結婚
・純血名家との結婚
・混血との結婚
・小鬼との結婚
・ヴィーラとの結婚(男に限る)
「およそ婚姻という課題について、境界線問題は決してなくなることはありません。時代がどれだけ変わろうと、その社会体制ごとの格差や差別が新たに生まれるのがサピエンスというもの。そこに過剰な幻想を懐きすぎれば、破滅の未来しか待っていないことは常に留意しておきなさい」
結婚というものに、普通の相手などあってなきが如く。
全ては見方したいで揺れ動き、時勢や時流が変わってしまえば、かつては絶対的だった境界線があっさり消えることもままある。
例えばそう、西ドイツ人にとって難しかった東ドイツ人との結婚が、壁が一瞬にして消えたことがあるように。
そして、物理的な壁がなくなろうと、東西の経済格差という見えない壁は30年経っても消えることがないように。
境界線とは、常に移ろうものだから。
*----------*
「ふぅ、何でこう、僕の回りには平穏ってものがないんだろう」
「そうだな、うん、まあ、元気出せよハリー」
「騒動に巻き込まれるのは貴方のせいじゃないわ。誰が悪いって言ったら、きっとダッハウ先生が悪いのよ」
例によって地雷の如き課題の出た魔法史の授業も終わり(ただし、ハリーにとっては得意分野)、夕食も終えて談話室へと戻る道すがら。
“怒れる竜と餌2つ”とも称される対悪霊戦線の三人組は、しかしそのうち一人がえらく意気消沈している。
理由は明白で、夕食時に校長先生から発表された“臨時の警備担当の方達”の紹介であった。
ジェームズ・ポッター
シリウス・ブラック
ニンファドーラ・トンクス
レギュラス・ブラック
シグナス・ブラック
5人中3人がブラックと、ブラック家度合いは随分強いが、ハリーにとってはそこは問題ではない。いや、そことも無縁ではないが、要するに父親と名付け親である。
「ただでさえセブルスさんが魔法薬学の先生で、リーマスさんが防衛術の先生なのに。これじゃあピーターさん以外全員集合じゃないか」
「確実にダンブルドアは狙ってやった人事だよな」
「貴方たちほど深くは知らない私でも、ホグワーツにOBが遊びに来たんじゃないかと疑ってしまう人達よね」
何しろ、悪戯仕掛け人である。フレッドとジョージに至っては“師匠たち”への挨拶に早速いった。
ちなみに、ニンファドーラ・トンクスについても彼女は七変化であり、学生時代に変身で色々と悪戯していた問題児の一人。シリウスにしてもそうだが、ブラック家生まれの闇祓いは反骨精神が実に旺盛である。
ただし、ハリーを除く生徒からはこの人事のウケは非常に良い。何しろ、シリウス・ブラックはかつて黒太子同盟の片割れであり、悪霊を焼き払うのに貢献した男でもある。
というか、多くの生徒は“血文字を書かれた事件への対処人員”ではなく、“悪霊祓いの人員”と思っている節がある。まあ、これは多分に彼らのそうあって欲しいという願望が混ざっているのだろうが。
「特に、ホグワーツにシリウスとセブルスさんがいたら、何が起こるか」
「喧嘩だろうな、僕でも分かるよ」
「多分、ハリーのお父さんはシリウスさんに加勢して、バランスを取るためにルーピン先生はスネイプ先生をサポートするんじゃないかしら」
当然、板挟みになるのはハリーだ。
何が悲しくて自分の通う学校で、いい年した父親二人(名付け親も含めれば三人)の喧嘩を見せられなきゃいかんのか。
本当に、つくづく不幸の星の下に生まれた男の子である。
余談であるが、彼らの着任時にシリウスとリーマスの間でこんな会話があったとか。
◇◇◇
「なあリーマス、懐かしいことは間違いないんだが、戦争終結時に比べても魔窟度合いが上がっていないか?」
「そこまで酷いかな。アクロマンチュラは相変わらず温厚で生徒を守ってくれてるよ」
散々処刑具に狙われたリーマス・ルーピンにとっては、アクロマンチュラは数少ない守り神であった。
ボーバトンやダームストラングの生徒が聞いたら正気を疑うだろうが、これが今のホグワーツである。
「確実にお前も悪霊に毒されてるな。俺達の時代はアクロマンチュラが校内まで徘徊してなかったぞ」
「……教師としてずっとホグワーツにいると忘れがちだけど、確かにそうだったね」
「怪物たちが戦力になるのは間違いない。間違いないが、なんだかなあ」
◇◇◇
「でも真面目な話、戦力としては申し分ないわけだろ。例のゴドリックの決戦面子がほぼ勢揃いなわけだし」
「うん、そこはそうだね。父さん、シリウス、リーマスさん、セブルスさん、そして当然ダンブルドア先生」
「去年みたいに賢者の石を狙って死喰い人が侵入してきても、撃退するには充分だわ。でもそうなると、秘密の部屋も実在することになるんじゃないかしら」
ハーマイオニー・グレンジャーは鋭い。人事の裏側にあるだろう教師陣の思惑についても、大枠の部分は既に察している。
つまるところ、これは不死鳥の騎士団と死喰い人の抗争の続きであり、敵が侵入してくる可能性が高いからこそこちらも戦力を集めたのだろうと。
「確かにハーマイオニーの言う通り、状況は去年に似てるな」
「去年は賢者の石を狙って襲撃してきた死喰い人が、先生方とマッド=アイ、そしてダンブルドア先生にやられた訳だから。今回は秘密の部屋を狙ってくる感じ?」
「仮にそうだとして、何で秘密の部屋を狙うのかは分からないけど、そう考えると納得できることも多いわ」
ハーマイオニーからすれば、一番訳が分からないのは悪霊教師の立ち位置だった。
あんな処刑器具だの怪物だのを校内に放し飼い同然にしていたら、いざ何かあった時にどうするのかと去年の彼女は危惧していたものだ。だからこその対悪霊戦線でもあった。
ただ、去年のハロウィンや死喰い人の襲撃、そして今年のハロウィンの顛末を見るに、そんな自分達の行動も含めて、ホグワーツはより大きな“防衛システム”を持っているように思えるのだ。
「確証はないけど、荒事に関してはダッハウ先生って常に囮役なんじゃないかって思うの。この前の絶命日パーティーで確かめたかったのもそれなのだけど」
「囮役?」
「ええっと、ダッハウ先生がやってると見せかけて、別の先生方が実際は動いてるってこと?」
「そう、去年もマクゴナガル先生が“ダッハウ先生がまたやらかした”って守護霊を飛ばしてくれて、実際それは本当でスクリュートが寮を襲ってきたけど。本命は死喰い人を迎撃して食べちゃうことだったわけだし」
そして実際は、悪霊は何もやっていない。いつも傍観しているだけである。
改めて考えると、生徒から見てもあの悪霊がホグワーツを守るために能動的に動く姿が想像できない。むしろ、悪霊を利用してマクゴナガル先生やスネイプ先生が立ち回っていると考えるほうが妥当だ。
ハーマイオニー・グレンジャーが一番確かめたかったのはそこだ。そして、絶命日パーティーに悪霊教師もいて、その時までは特に何もしていなかったことから確信に至る。
悪霊が怪物を解き放ち、騒動が起こるのではない。何か騒動が起きてから、悪霊が怪物を解き放つのだと。
「なるほどなあ、そりゃあ確かにありそうだ」
「だとすると、ダッハウ先生が関わってそうな例のあの落書きとかは気にする必要ないから―――外から、どんな死喰い人が来るかが問題だね」
秘密の部屋云々が、口実程度のものでしかないならば。
ホグワーツの生徒にとって本当に危険なのは、結局のところ死喰い人となる。
まあ、悪霊とその周囲が危険なのは今に始まったことではないので、アイツは除外。
「その答えは多分、ダンブルドア先生が招いた方達にあるはずよ。絶対に無駄なことはなさらない方だもの、ブラック家が鍵を握っているのは間違いないわ」
「ニンファドーラさんについては姓がトンクスだから他人は気付きにくいだろうけど、僕らにとっては一発だからな」
「ロンにとっても僕にとっても、身内ばっかりだし」
グリフィンドール寮の防衛担当 シリウス・ブラック
ハッフルパフ寮の防衛担当 ニンファドーラ・トンクス
レイブンクロー寮の防衛担当 レギュラス・ブラック
スリザリン寮の防衛担当 シグナス・ブラック
「見事にブラック家オンリーだよ。元々スリザリンの寮監で、防衛術の先生だったシグナス理事長と、闇祓いのシリウスとニンファドーラさんはともかく、レギュラスさんは普通に考えて違うもの」
レギュラス・アークタルス・ブラックは、シリウス・ブラックの弟であり、スリザリン出身の卒業生。戦争中は、死喰い人陣営に身を投じていた。
その頃の兄弟仲は最悪だったが、黒太子同盟の和解をきっかけに、セブルス・スネイプの仲介もあって復縁に至っている。
なお、意地を張ってなかなか弟に謝罪できなかったシリウスと、家族との関係から兄へ素直に本心を言えないレギュラスから鬱屈した念を吸い出したのはアリアナちゃんである。
この辺りは、ペチュニアとリリーの姉妹喧嘩の仲直りの前例にあやかったものだ。兄弟喧嘩についてジェームズから聞いたリリーが、セブルスと一緒にアリアナちゃんにお願いした経緯がある。その場にはマートルさんやメローピーさんも居合わせた。
「あの人って確か、マルフォイとも繋がりあったよな」
「そこはスリザリン出身なのだから当然じゃないかしら。ルシウス・マルフォイ氏はスネイプ先生の世代から見れば先輩だし」
現在の立ち位置的には、ガチの騎士団員主力であるシリウスとセブルス、シグナス前副校長の中立派を引き継ぐルシウス・マルフォイの中間といったところだ。
どこにでも参加できる遊撃役とも言えるような立場だが、闇祓いでも魔法警察でもホグワーツの教員でもないのだから、普通に考えれば防衛担当として招かれるのはおかしい。
「僕の父さんにしても、祖母がドレア・ブラックお婆ちゃんだしね。そうなってくると、ブラック家出身の死喰い人で有名人と言えば」
「言わずと知れた、神出鬼没の女海賊ベラトリックス・レストレンジよね。シグナス副校長先生の長女の」
「ついでに言えば、次女がニンファドーラさんのお母さんのアンドロメダさん。三女がマルフォイのお母さんのナルシッサさんだぜ」
まさにブラック家勢揃い。身内の内ゲバもここに極まれりである。
あの悪霊が“寮対抗ホグワーツOB大喧嘩選手権”というように、魔法戦争とはどこまでいってもそういうものだ。
「きっと、ベラトリックスをここで捕まえるつもりなんだと思う。シリウスが前々から自分の手でケリつけたいって言いながら肉球振るってたし。ニンファドーラさんも“この顔見たら魔法警察”って言いながらよくベラトリックスに変身してたよ」
「何であの人達って、高等技能をしょうもない悪戯にばっかり費やすのかしら。アニメ―ガスにしても、七変化にしてももっと別の使い方があるでしょうに」
「それこそ、他人に化けて潜入したり入れ替わったりとかな。でもなあ、顔を知られてるベラトリックスが変装うんぬん以前に、そもそもこの城に入り込めるのか?」
「どうかしら………あ、そうか、だから、そうよ、ブラック家なのよ!」
「急にどうしたハーマイオニー」
「なにか分かったの?」
彼女が急に叫ぶのは、何か新しい事実に気づいたとき。ハリーとロンの学んだ経験則である。
とにかく頭の回転速度では彼女が圧倒的だが、興奮すると少し見境がなくなってしまうのはグリフィンドールの性というものだろうか。
「フィニアス・ナイジェラス・ブラック校長の頃から、スリザリンには何人もブラック家の人達が続いてるわ。そして、ホグワーツの抜け穴とか防衛設備も、歴代の校長先生や寮監の先生や監督生が作ったり整備してきたものでしょう」
「ああ~、そっか、ブラック家しか知らないホグワーツの抜け道。ていうか、“ブラック家だけが使える抜け道”なんてのがあってもおかしくないのか」
「それに、シグナス先生が知っている警戒網があっても、実の娘なら“身内扱い”ですり抜けちゃってもおかしくないわ」
「そういう事例はあるって、シリウスも言ってたよ。検出呪文とかの自動判定ができないとなれば、うん、答えは簡単だね」
同じ立ち位置の人間が、見張りにつけば良い。
仮に抜け道を使って潜入に成功したとして、同じブラック家の人間たちが各寮を見張っていれば、おいそれと生徒を人質に取るような真似は出来ないだろう。
「それに、セブルスさんが前に忠告してくれたことがある。夜間学校の幽霊や怪物はホグワーツの備品扱いだから、城の手順に沿って入ってきた“客人”には警戒しないんだって」
前回の賢者の石において、盗人の真似事をしたために、怪物たちに襲われた死喰い人である。
同じ轍を踏まないように手を変えてくるのは、ある種当たり前ではあった。
「となると後は、例の“秘密の部屋探索班”ってのが警戒網の代わりなのか」
赴任して早速、ジェームズとシリウスが秘密の部屋を探すためのメンバーを生徒から募集していた。
表向きは、悪戯好きのOBによるレクリエーションのようなものだが、危険に近づきそうな生徒を予め集め、荒事に長けた彼らが監督するという側面もあるだろう。
このホグワーツで、侵入してきた死喰い人に人質に取られる可能性が高いとすれば、そういった好奇心の強い生徒達なのだから。
「まあ、最後はそこになるわ。ベラトリックスの狙いが例の“秘密の部屋”だったとして、一体そこに何があるのかしら? まさかスクリュートの製造所なんてオチはないと思いたいけど」
「ありえる。だってダッハウだぜ」
「アラゴグの巣とか、フラッフィーの家とか、ノーバートの遊び場とかだったらもっと笑えるね。大穴でアリアナちゃんの寝室とか」
「そりゃ確かに、ダンブルドア先生なら隠しそうだけどさあ」
「もしそうだったら入り口は確実に校長室でしょうね」
一年前が、賢者の石を巡る争奪戦であったならば。
今年のそれは、秘密の部屋を巡る攻防戦。
侵入者は部屋を開かんとし、防衛側は見つけ出さんとする探索者。
それが如何なる結末に至るかは、まだ分からない。
時計の針は黙したまま、静かに観測を続けている。
*----------*
とある生徒の部屋の記録情報
『ホントに何なんだあの醜悪な生き物は。なぜ殺すはずの鶏が先に食われて全滅してるんだ』
『まったくもって忌々しい。これじゃあただアレに噛まれに鶏小屋にノコノコでかけたようなものじゃないか』
『というか、あんなのが鶏を襲うのが日常茶飯事なら、すぐに補充されてしまうのでは?』
『……まあいい、死喰い人は鶏の人権は考えない。考えなくていい』
『そんなことよりも闇祓い共だ。あの忌々しい餓鬼共がやってくるとは』
『厄介だな、ここまで対応が早いとは。あの耄碌爺もさっさと呆けていればよいものを』
『すぐに部屋を開くのは危険だろう。まずは奴らの動向を探らねば』
『迂闊だった。こうなってみるとジニーを選んだのは間違いか、スリザリンの誰かにすべきだったか』
『いいや、まだ始まったばかりだ。これから巻き返せばいいだけのこと』
『ともかく、情報収集だ。秘密の部屋さえ押さえれば全てはこちらの勝利なのだから』