聖夜の愛の告白が阿鼻叫喚となること請け合い。
『時計塔のオブジェクト記録』
【ポリジュース薬】
ポリジュース薬は、強力な魔法薬の一つだ。
かなり昔の時代から存在する薬であり、変身薬としてこれを超えるものは未だ出ていない。
材料がなかなか稀少であり、煎じるのも難しく、効果時間も一時間とさほど長くない。
マグルの好む費用対効果という意味では、全く割に合わないものと言える。
しかし、“別人になりたい”という根源的な人の願望を満たしてくれる。
誰もが、一度は思うだろう。羨ましい誰か、輝いている誰か、憧れの誰かになりたいと。
マグルに伝わるお伽噺、灰かぶり姫がそうであるように、限られているからこそ夢なのだ。
夢の時間が過ぎ去れば、魔法は解ける。そしてそれは、絶対的な安心である。
一つ、考えてみて欲しい。
仮に、ポリジュース薬よりもよほど持続時間が長く、数日、数週間、数ヶ月の間変身し続けられる薬があったとして。
誰かに成り続けた自分は、果たして以前の自分と同じと言えるのか。
そもそも、記憶はどうなる?
逆転時計が誤魔化しの忘却時計でもあるように。1時間ならばそれは誤魔化しの範疇だ。
しかし、完全に他人に化けるという薬は、相手の頭脳や記憶すらも模写してしまうリスクを孕みはしないか。
1時間という瞬きのような刹那。必ず元に戻るからこそ、それは楔となって心の安定をもたらす。元の自分を、本来の自分を忘れずにいられる。
ポリジュース薬が今に至るまで完成度の高い薬として在り続けるのは、必ず戻れる薬だからだ。
副作用にしてもせいぜいが、誤って人ではなく動物の毛などを入れてしまった時くらい。
『だからこれは、一時の夢を叶えるための薬なのだ』
『より長くを、より強力な効果を求めるマグルの科学とは相容れない』
『魔法族の子らよ、遊び心を忘れるなかれ』
『悪戯の度を超えた悪用をすれば、必ず返し風があるだろう』
*----------*
「ブラック! 貴様は仮にも城の防衛を任せられた闇祓いであろうが、なにを生徒と一緒によからぬことを企んでいる」
「む、出たな鉄面皮教師。こっちは守るだけじゃなくて秘密の部屋を見つけ出すって大事な任務があるんだよ。地下に籠もって魔法薬煎じてるだけの何処かの誰かさんとは違ってな。というか、またジニーに罰則課しやがったな!」
「一年生のあの娘だけではない! 双子の兄達も同罪だ!」
「だとしても喧嘩両成敗が筋だろうが! ドラコとデルフィーニはお咎め無しで、ジニーと双子だけ罰則ってのはどういう了見だ! 先に因縁つけたのはあっちだろうが!」
「最初の段階で済んでいれば、そもそも罰則など課さん! 一年生の女子同士の軽い口論に過ぎなかったものを、獅子寮のお調子者らが絡んだ結果あそこまで被害が拡大したのだろうが!」
「おっと間違えるなよ根暗。ルーナは獅子寮じゃない、鷲寮だ!」
「なお悪いわ!」
いよいよクリスマスも目前に迫ったホグワーツ。
魔法警察のジェームズ・ポッターと、闇祓いのシリウス・ブラックが音頭を取って、秘密の部屋探索チームは既に結成され、四寮から志願者が集まりホグワーツのあちこちを探し回っている。
六年生のパーシー・ウィーズリー、四年生の双子にリー・ジョーダン、セドリック・ディゴリー。他にも上級生は多数。(当然だがオリバー・ウッドは参加していない。彼は人生のすべてをクィディッチに捧げた男だ)
二年生からはハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルらの獅子寮組に加え、穴熊寮のスーザン、鷲寮のパドマ、蛇寮ドラコなどなど。
そして一年生からも、ジニー・ウィーズリー、ルーナ・ラブグッド、デルフィーニ・スナイドらが参加している。
こうも個性豊かな生徒達が集まっていれば、ちょっとした諍いなどは簡単に起きる。特に双子のウィーズリーなどがいるのだから。
パーシー、セドリック、ハーマイオニーといった“優等生組”がどれだけ調停に回ろうとも、肝心の大人達が一番の火種なのでこのざまである。
「ああ、またやってるよ」
「ハリー、大丈夫なの? 無言で懐の胃薬の小瓶に手を出すのはあまりにも見ていられないわ」
「大丈夫、大丈夫だよハーマイオニー、僕はまだ大丈夫」
城のあちこちで見られるこんな光景も、早速新たな風物詩となりつつあった。最初は大人の口論にビクビクしていた生徒達も、今では“ああまたか”とスルースキルをさっさと身に着けた。流石に悪霊教師の授業を日々受けているだけのことはある。
何しろ、生徒達の諍いはあくまできっかけであり、後は勝手に大人達が過去の恥までほじくり返して罵り合いを続けるのだ。
探索組に参加している生徒達は慣れたもので、言い合っている大人達は放っておいて、“忍びの地図簡易版”を元に秘密の部屋の探索へと出発していく。
ちなみに、監督役同士の喧嘩ではこの組み合わせが最も多いが、まだまだ他にも組み合わせがある。
ジェームズ・ポッター VS セブルス・スネイプ (共通の妻がいないので日頃の憂さ晴らし)
シリウス・ブラック VS レギュラス・ブラック (兄弟喧嘩)
ニンファドーラ・トンクス VS シグナス・ブラック (生徒と恋バナしてる孫と、躾に厳格な祖父)
ジェームズ、シリウス連合 VS セブルス、リーマス同盟(バランスが悪いのでリーマスは渋々参加)
うん、ほんとにこう、何しに来たんだコイツラは。OBがただ単に遊びに来ただけか。
そして、これらの喧嘩騒動を聞く度に、ハリー・ポッター少年の胃の粘膜は徐々に薄くなっていくのであった。胃に穴が開く日も近そうだ、魔法ですぐに直されるだろうけど。
「取り敢えず、僕らも行こうぜ。今日は確か天文台だったよな」
「オッケーだよロン、精神安定薬の貯蔵はバッチリさ」
「ねえハリー、間違いなく貴方は大丈夫じゃないわ。医務室で休んできたほうが絶対いいと思うの」
ハリー・ポッター、現在12歳、ホグワーツに通う2年生、得意学科は魔法薬学。
7歳の頃、初めて作った魔法薬は胃薬。(実用品、原因は主に母と下の妹)
その後、抗うつ薬、精神安定薬をセブルス・スネイプより習い(心底同情されながら)、瞬く間に習得した。
母が妹に教え込んだ“愛の妙薬”の解毒薬の調合については、齢12年にしてイギリス魔法界随一であると自負なんて間違ってもしたくないが、事実としてある。
ポッター家長男は、とにかく苦労人である。色々と、苦労人である。
例え何回やり直したとしても、ハリー・ポッターの人生に、穏やかな平和というものだけはどんな世界線でも無縁のものであるらしい。
「もう我慢ならん! ここで引導を渡してくれる!」
「そりゃこっちの台詞だ! 根暗野郎!」
向こうも向こうでいよいよヒートアップ、武力行使に発展する寸前のカトリックとプロテスタントもかくやという様相だ。
そこに――
「おやおや」
その声を聞いた瞬間、2人の男は相好を崩し、肩を叩き合いながら『先程までの冗談』を苦笑するような表情で語り合う。
「なぁスネイプ懐かしいな。俺たちが学生の頃は今のような幼稚な口論をしたもんだ」
「勿論覚えているとも。私もつい童心に返ってしまう心持ちだよ。色々とあったが、あの頃はまさに若い情熱を燃やした時代で、時折こうして振り返りたくなる」
「ああ、ほんとにいい時代だったぜ、歴史を振り返るってないいことだ」
「まさしくそうだ。過去の失敗に学んでこその人間だからな、教師として範を示さねば」
「ふむ」
悪霊は去っていった。
それを見届けた2人の男も、無言で離れてそのまま別れた。とにかくアレから少しでも早く遠ざかりたいようである。
「……」
「……」
「……」
そして、その声を聞いた瞬間、反射神経の如き素早さでさっと変わった大人げない大人二人に、何とも言えない面持ちの子供達。
あれを大人の対応と呼んでいいものか、染み付いた悪霊対策というべきなのか。
「僕らも、大人になったらああなるのか?」
「わかんない、どうなんだろう」
「ダッハウ先生と戦い続けるってのは、ほんとに茨の道なのね」
対悪霊戦線を率いる三人は、未来の縮図の一端を垣間見た。
自分もいずれ、ああして口論しては“ダッハウ”を聞いた瞬間にぱっと冷めて仲直りする日が来るのかと。
「さあ、さっさと行きますわよウィーズリー。今日こそわたくしたちチームが秘密の部屋を見つけ出すのです!」
「ほんっとに元気いっぱいね貴女。まだパーシーが来てないし、こっちは罰則でそれどころじゃないのだけど」
「それは貴女の自業自得というものではなくて? 双子のお兄様たちの悪行を止めなかった貴女も同罪というスネイプ先生の判決は至極真っ当だと思いますわ」
「大丈夫だよジニー、私も一緒に手伝ってあげるから。仲間は一蓮托生、イェーイだよ」
「ありがとうルーナ、イェーイの意味は分からないけど嬉しいわ」
二年生三人組の向こうでは、一年生の三人娘も仲良く話している。
そのうち二人にとっては仲良しではないと言い張るだろうが、はたから見れば仲良しにしか見えはしない。
「ちょっとルーナ、貴女が甘やかしては意味ないでしょう。ウィーズリーは厳しく締め付けるくらいでちょうどよいのです」
「そんなこと言ったら駄目だよデルちゃん。メローピーさんだって言っていたでしょ、女の子は何時でもピッカピカって」
「う…あの方の名前を持ち出すのはちょっとズルいですわよ」
「貴女って、ほんとメローピーに弱いのね。純血主義ってそういうものなの?」
「ゴーントの家を讃えるのは当然ですけど、それだけではありませんわ。あの方と話していると心がとっても落ち着いて、不安や嫌なことでイライラすることがなくなるのです。そう、それこそこうしてウィーズリーと話している時に感じるようなイライラが」
「一言多いわよ。呼び方がプルウェットじゃなくなったのは進歩だと思うけど」
時に諍いなどもありつつも、こっちもこっちで仲良くやっているのは確からしい。
初めは気苦労が絶えず、常にデルフィーニの様子を見ていたドラコ・マルフォイも、今では自分のチームの探索に専念できるくらいには。ちなみにメンバーはセドリック・ディゴリーとチョウ・チャンとの穴熊、鷲、蛇のシーカートリオである。
*----------*
「実際のところ、ハロウィンの血文字事件からこのかた誰かが襲われたって話も聞かないし、この探索も効果がないわけじゃないんだよな」
「そうね、不死鳥の騎士団の主力が揃ってるってだけでも、死喰い人に対する牽制にはなっているでしょうし」
「流石にこれで無意味だったら、僕はホグワーツを退学するよ」
そんなこんなで天文台を探索中の対悪霊戦線三人組。
最終目的はもちろん秘密の部屋を見つけ出すことであるが、死喰い人がホグワーツ内部に入れないようにあちこちを警戒して回ることや、ブラック家の面々から説明された“ブラックの抜け穴”に最近使われた形跡がないかを定期的に確認して回るのも重要な仕事だ。
そして、万が一にも侵入した死喰い人と偶々鉢合わせたら大変危険なので、生徒達の探索中はまだ小型のアクロマンチュラかスクリュートを“番犬代わりの怪物”として連れていくことになっている。いざという時の肉壁要因だ。
当然、生徒達は大反対だったし、これを知らされた瞬間に“脱退”していった生徒は数多い。なお、夜間学校出身のジェームズやシリウスにとって怪物は馴染み深く、ここまで脱落者が続出すると思っておらず、ニンファドーラに呆れられていた。
そういう次第で、探索組に加わった生徒の数はそんなに多くはないが、上級生から下級生まで少数精鋭であることは疑いなかった。別名、夜間学校組である。
ちなみに、番犬役の他の品種も一応用意されていて、ギロチン先輩、電気椅子後輩、ルーンスプール、キメラがあったが誰も選びはしなかった。(唯一ルーナが選びかけたが、ジニーとデルフィーニが羽交い締めにして止めた。間一髪である)
ついでながら、フォルクスワーゲンやケルベロスは校内で連れ歩くには無理がある大きさなので最初から除外された。
「あとロン、君のためにわざわざアクロマンチュラじゃなくて不人気なスクリュートを選んでいるんだから、せめて鎖は君が持つのが筋じゃないかな?」
「ジャンケンで決めたことだろう」
「どっちの言い分も一理あると思うけど、ううん、仮にアクロマンチュラでも大差ない気がするからここはロンの言い分が少し強いかしら。ねえハリー、貴方は蜘蛛は平気なのよね」
「うん、魔法薬の材料とかで慣れてるから、僕は蜘蛛なんてへっちゃらだよ」
「僕は絶対蜘蛛はイヤだ。スクリュートも同じくらい嫌だけど」
「私だって嫌よ」
要するに、多数決の理屈である。三人の中で一番“ゲテモノ”への耐性が強く、鎖を持つことが精神的負荷にならないからこそ、ハリーが適任なのだ。
なお、一年生の女子たちには流石にこの二択は可哀想ではと思われたが、ルーナの「この子可愛い」の一言には全生徒が戦慄を禁じえなかった。
当然、一年生探索組のうち、“スクリュートの鎖持ち”はルーナだ。このチームは兄の責任で常にパーシーが一緒にいることになっている。普通に考えれば唯一の男子であり監督生の彼が鎖持ちなのだが、頑としてルーナは譲らなかった。
ちなみにネビルは、ハッフルパフのスーザン・ボーンズ、ハンナ・アボットと同じ班である。
元々はジャスティン君がそこにいたのだが、マグル生まれの彼には“アクロマンチュラの鎖持ち”は荷が重かったようだ。一度目の探索にはそれでも健気に参加したが、顔色が悪すぎたので二回目以降は遠慮いただいている。この説得には同じ穴熊寮の先輩のセドリック・ディゴリーが当たった。
「そう言えば、鎖持ちでルーナ達のことを思い出したけど、デルフィーニがドラコと一緒の班じゃなかったのは意外だったよ」
「僕はそんなに意外じゃなかったけどな。あの子のことだから絶対ジニーと同じ班にしろ、って言うのは目に見えてたろ」
「そうね。あの子はなんていうか、うん、ちょっと残念で微笑ましいから、行動が分かりやすいのよ」
後の世であれば、ツンデレお嬢様と称されていたことは間違いない。
良くも悪くもとっても分かりやすい少女であり、グリフィンドールのマグル生まれの才媛であるハーマイオニーには事あるごとに突っかかり、そして全敗している。慰めるのは当然ドラコの役目だ。
同じようにウィーズリー家嫌いでもあるためか、ジニーにも敵対心を燃やしまくっている。他にも双子に対抗して夜の探索を行いスクリュートに噛まれたり、ハリーとロンに対抗して箒に乗ろうとして見事に落ちたところをネビルに助けられたり。(ネビルはなぜかデジャヴュを感じたと証言した)
ただし、ルーナとはその情熱が肩透かしに終わるのか、微妙に会話が成り立っていないのか、何とも言えないが仲良しとも見えるような関係性になっている。
「何だかんだで、同学年の中で一番ルーナに話しかけてるのはあの子なのよ。そこはジニーも認めていたわ」
「だな、悪い子じゃないのは僕だって分かるさ。ただ、ダンブルドア先生が嫌いだっていつも公言してるから、ちょびっとばかし誤解を受けやすいんだ。どうせならダッハウを嫌いって言えばいいのに」
「それは皆がそうだからね。目立ちたがりのあの子にとってはちょっとインパクトが弱いのかもしれない」
ダッハウは嫌い。それは全生徒の共通項である。というか、嫌いにならないはずがない。
「スリザリンだからってのもあるかもしれないけど、シグナス理事長を尊敬してるって公言してるだけでも充分珍しいと思うわよ」
「そりゃ確かに、あの人は公平だけど厳しいからなあ。僕はちょっと苦手ぎみ、フレッドとジョージなら尚更だろうな」
「そうだね、僕もシグナス理事長よりかは、ダンブルドア先生の方が好きかな」
かつては副校長を長く務めたシグナス・ブラックだが、今は完全にミネルバ・マクゴナガルへとその地位を譲っている。
同じく、闇の魔術の防衛術の教師の座も、リーマス・ルーピンへと引き継いだ。
ただし、孫娘にあたるニンファドーラ・トンクスが、最近妙に祖父に突っかかり気味なのと、秘密の部屋探索でルーピンと“同じ班”になりたがっているのを気にしてもいるらしい。
仮に、リーマス・ルーピンが“お孫さんを僕にください”と言わねばならないとして、これほど厄介で厳しい壁も珍しいだろう。何せ、職場の上司である。
「でもダンブルドア、この前冬だってのに中庭をいっぱいのお花畑にしたらしいぜ」
「知ってる。他の生徒も喜んでたけど、メローピーさんに聞いたら校長先生がアリアナちゃんと中庭を歩いていて、ホグワーツの庭には花が少ないことをアリアナちゃんが悲しがっていたかららしいよ」
「孫のことになると、公私混同しちゃうのは、ダンブルドア先生の数少ない欠点だと思うわ」
そこがお爺ちゃん校長先生の欠点であり、最近はむしろ生徒に親しまれている部分でもある。
完全無欠の賢者よりも、茶目っ気のある失敗老人の方が、親しみやすいのは確かなのだ。
「ともあれ、下手すりゃスリザリンの中ですら孤立しかねないくらい強気の子だからな。ルーナとの組み合わせは結構いいんじゃないか」
「案外、スネイプ先生がそれを狙ったのかもしれないわ。それに、余程相性が悪くない限りは、違う寮で組み合わせるようにしてたもの。双子については、リー・ジョーダンしかついて行けないからでしょうけど」
「じゃあ僕たちは?」
「察してるんだろハリー、君が絶対に余るからだよ」
「……まあ、シリウスさんとスネイプ先生の喧嘩のとばっちりは、受けたくないわよね」
他のチームは、三人一組か四人一組が多いが、同じ寮で統一されていることはまずない。獅子と穴熊、鷲と蛇の組み合わせが多いのは事実だが、そこはハーマイオニーが言ったように、“余程相性が悪くならないように”というものだ。
確実に水と油なのが、ジニー・ウィーズリーとデルフィーニ・スナイドだが、潤滑剤のルーナがいることと、身内にも厳しい監督役のパーシーがいるので、悪くないバランスではあるだろう。
そして、ハリーは絶対に余る。何しろ喧嘩する人物の常連が、ジェームズ、シリウス、セブルスなのだ。要するに、ポッター・エバンズ・スネイプ家の日常でしかない。
身内の痴話喧嘩になど、どんな生徒も流石に巻き込まれたくはないだろう。例えウィーズリーの双子であっても。
「ありがとう二人共、良き親友を持って本当に嬉しいよ」
「何をいってるんだい、僕達は一蓮托生さ。というわけでスクリュートの鎖は任せた」
「頑張ってねハリー」
子供達も徐々に悪霊汚染を受けているのか、割りとちょっぴりクズだった。
だけど、そんなことではハリー・ポッターはへこたれない。彼の人生における心労の連続は、こんなものではないのだ。
そして、アクの強い家族に囲まれて、一息つく暇もない喧騒に満ちた日常を、彼は心の底から愛していたから。
だってそう、家族がこうして、ホグワーツでさえいつも一緒にいてくれる。
願いを映し出す鏡は、ハリーの後ろに何も映しはしなかったのだから。
「ん? ヘドウィグ、どうしたの?」
会話しつつも天文台の探索と抜け穴チェックを行っていた彼らの下へ、白い雌フクロウが降り立つ。
ハリーのペット、賢いヘドウィグであり、何か連絡書類らしきものを咥えている。
「ホグワーツからの通知文章じゃないかしら、多分今頃、大広間にも同じ内容のが掲示されてるわ」
「へぇ、どれどれ―――なんじゃこりゃ!」
クリスマス前の告知文章 ポリジュース・ダンスパーティのお知らせ
【再来年、トライ・ウィザード・トーナメントがホグワーツで開催される可能性が高い】
【それに伴い、本年度にはクリスマス・ダンスパーティの予行練習を行う】
【対象は全生徒、基本的に強制参加。正当な理由のある場合は申し出ること】
【まだ形ばかりの試しなので、本格的なパーティードレスを用意する必要はない】
【当日は、仮装舞踏会ならぬ、“変身舞踏会”方式を取る】
【参加予定の生徒は、事前にポリジュース薬の材料として髪の毛を提出すること】
【適当な嘘をついて逃れた場合どうなるかは、魔法史教師に聞いてみること】
【バラしますよ】
「“ポリジュース・ダンスパーティ”って、正気なのかな?」
「ダッハウならやるだろうさ。てゆーか、アイツしかこんなのやらない」
「で、でも、いくらなんでも、これは…」
流石のハーマイオニーも気が動転している。
それほどに、“ポリジュース・ダンスパーティ”という言葉はインパクトがあったらしい。
「ダンスパーティについては、まあ分かるよ。僕はあんまり興味ないけど、母さんや妹二人はこういうの大好きだし」
「ウチもまあ、ママやジニーがそうかな」
「私も、人並みにはそういうのを知ってるつもりだったけど」
彼女が知っているダンスパーティに、“ポリジュース薬”という単語は絶対登場しない。
それに、仮面舞踏会は歴史の事象として知っていても、“変身舞踏会”なるものは聞いたこともない。多分、魔法史のどこを探してもないだろう。
「これってつまり、ランダムに入れ替わっちゃうってことだよな?」
「マグルの側の遊びの、フルーツバスケット、だったかな。あんな感じ?」
「それでダンスパーティなんて成立するの? 仮装ならまだしも確実に阿鼻叫喚になっちゃうわよ」
まるで、悪霊の嘲笑い声が聞こえてくるかのようである。
甘酸っぱい、“当たり前でどこにでもある”青春の恋の舞踏会など、このホグワーツで開催されるとでも思いましたか?
甘い、甘いですねえ、蕩けるように甘い。
「仮にだぞ、僕が、そうだな。スリザリンのパンジー・パーキンソンになったとして、それで、マルフォイに変身したハリーと踊ったとして、それは彼女がマルフォイを誘ったことになるのか?」
「というか、男子が女子の身体に変身したらまずそれが大問題だよ、その逆も嫌だけど」
「あ、付帯事項があるわ。“非常に残念ながら、各方面から反対の声が相次いだため、同性間でのシャッフルに限るものとします”。文章だけで誰の発言か一発で分かるわね」
奴だ、絶対に奴しかいない。
こんな頭のおかしいことをクリスマスの夜にやらかすなど、あの悪霊の仕業でなくてなんだという。
「色々と、ツッコミどころは満載だけど、そもそもポリジュース薬って、そんなに大量に用意できるもんなのか?」
「そこは盲点だったかも。確かに、スネイプ先生は“非常に強力な薬で材料も稀少”っておっしゃってたし。仮に、効果の軽い簡易版を用意するにしても、何百人もの生徒に飲ませるならすっごい量が必要になるわ」
「それは流石に、いくらダッハウ先生でも厳しそうだね。ポリジュース薬を誰が用意するかとか、そういうのは書いてある?」
「ええと、ちょっと待って、付帯事項の下の方に………、提供元、プリンス魔法製薬所。特許権利者リリー・エバンズ」
「ウチだった!? 何やってんの母さん!」
ハリーの叫び声は、虚しく天文台へ響いていった。
何とも不幸な主人を労るように、白いフクロウは優しくその指を甘噛していたそうな。
*----------*
「中々に騒がしくなっているようですね、面白くなって参りました」
「こんな通知見せつけられたらそりゃそうでしょうよ」
「……」
こちらは例のごとく、全生徒を混沌の渦に叩き込んだ“クリスマス前の告知文章”の発信源。
事務室に隣接された印刷所は、最早生徒にとっては悪魔の居城に等しい魔窟となっている。
「流石に付き合いが長いから分かるけど、これはアンタのやり方じゃないわよね」
「お察しの通りです。今回の通知はあくまで事務的に我々が発行したに過ぎません」
「……」
「おや、どうしましたかメローピーさん、貴女がそんなに真剣に書き物をしているとは珍しい」
「え? あ、ダッハウ先生、どうかなさいましたか?」
「ほんと珍しいわね貴女、何書いてるの?」
「別に隠すほどのものではないのですけど、久々に“メロンちゃん”とお話しているんです。ほら、前にダッハウ先生がノートを下さったでしょう。だから、お友達との交換日記が懐かしくなってしまって」
「おおう、空けてはならない悪魔の禁断の扉を開いてしまうとは、何と迂闊な」
「いいじゃない、アタシも久々に“マーテルちゃん”と文通でもしようかしら」
「頼むから文通相手はペチュニア女史に絞ってください。その歳になって脳内友達との会話に花を咲かせられては耄碌老人となったダンブルドア先生以下ですよ」
校長先生が孫可愛さに冬に花を咲かせまくった話は、当然悪霊も聞き知っている。
メローピーさんが知っていることだ。この悪霊が知らぬはずがない。
「ええと、それで、通知の依頼者でしたっけ? セブ君、じゃ、ありませんよね」
「そこはメローピーさんの言う通りです。私という悪霊を上手く使うことに長けている教師はセブルス・スネイプ氏ですが、こういった突拍子もない奇抜な策は、シリウス・ブラックの得意とするところ。後、悲しき脳内友達との文通ノートは取り敢えず脇においておいてください」
「ちぇっ」
「最近ちょっとふてぶてしさが増したわねこの子、なにか良い事でもあったかしら」
「無いほうが我々としては助かります。彼女がやらかすと敵よりも味方に大損害を与えるタイプなので。ともあれ、この奇抜なダンスパーティーはブラック家が防衛に当たっているホグワーツにおける次の一手というわけですね」
敵を出し抜くにはまず味方から。
どうせやるなら派手にやって、大いに敵の目を眩ませろ。
そういうグリフィンドールらしいお祭り騒ぎに関してならば、悪戯仕掛け人の中でも最も得意とするのはシリウス・ブラックである。
そして今や、悪戯仕掛け人のうち三人までがこの城に戻ってきているのだ。これで何も仕掛けないはずがない。
「なるほどね、裏にいるのがブラック家なら、高価な材料を取り寄せられるのも簡単だわ。シグナスのいけ好かない顔が目に浮かぶもの」
「簡易版を開発したのはリリー・エバンズ。実際に煎じる人材にはシグナス・ブラック校長の人脈をフル活用なさるつもりのようですね。場所はプリンス魔法製薬所だけで充分でしょう。何しろ元は戦時中の死喰い人陣営の新薬開発工場でしたので」
「そう言えば、ジェームズくんも魔法薬は得意でした」
「そこまで人材が揃っていれば、ポリジュース薬を大量に用意するのはそう難しいことではありません。そして、ここまで舞台のお膳立てが揃えば、死喰い人が何かしらの行動に出てくる可能性は極めて高いでしょう」
孫子に曰く、軍争の難きは、迂を以って直と為し、患を以って利と為す。
あえて敵に見えるように弱点を晒し、敵の思考や行動を誘導する。
戦争における指揮官の応用編であると同時に、裏の裏、そのまた裏と再現がないので正解が非常に難しい分野でもある。
「例の秘密の部屋を狙っている誰かさん、よね。ヘレナ校長から依頼があった通り、アタシのトイレは暇な時ずっと見張ってるけど、来た生徒なんて全然いないわよ」
「当たり前だと思います。わざわざマートルさんのトイレに近づく生徒はいないです」
何せ、嘆きのマートルは悪名高い。
流石にダッハウ管轄の四階の廊下や、叫ばれない屋敷には劣るだろうが、ホグワーツでも生徒が近寄りたくない場所で必ず上位に挙がる場所だ。
「例えば、探索組の一年生三人などはどうです? マートルさんを目の敵にしている子もいましたが」
「あの子達はよく覚えてるわよ。ジニーは双子のことで聞きたいことがあったらしくて、ルーナなんて全く気負わず普通に会いに来たわよ」
「凄いですね、ルーナちゃん」
「彼女のズレ方は、やはり往年のリリー・エバンズ女史を上回るものがありますね。“グリフィンドールの妖精姫”に対するは、“レイブンクローの怪異華”といったところでしょうか」
全く恐れずに、臆することなく悪霊たちに一人で会いにやって来る。
ホグワーツの全生徒を見渡しても、恐らくはルーナ・ラブグッド以外に一人もいないだろう。
「最後はデルフィーニね。ハロウィンの時のあれか、あるいは一度ドラコといい感じで話しているのを邪魔してあげたのを根に持ってるのか、可愛い小さな炎を掲げて健気にもやってくるのよ」
「恨まれてますねマートルさん。あまりデルちゃんをいじめないであげてください」
「あら、そこまで肩入れするなんて珍しいわね」
「デルちゃんは健気で可愛いですから、まるで娘か孫が出来たようです」
「なるほど、その健気な勇気は認めますが力不足は否めません。マートルさんほどの密度を持った悪霊を滅ぼしたければ、かつてスネイプ先生が練り上げたほどの悪霊の火を使うか、あるいは、キメラかドラゴンの炎をぶつけるかが最適です」
余談となるが、最近は大きく成長したノーバートは四回廊下から禁じられた森に移り、新たに縄張りを設定した。当然、先住のアクロマンチュラとは平和裏に。
アクロマンチュラが城の守り手としてどんどん頼りになっていく昨今、禁じられた森の大番長であるアラゴグも“守護神”として生徒に知られるようになった。ハグリッド先生は大喜びである。
なお、生徒にとってはスクリュートよりはましとの思いからだったが、そのスクリュートを量産しているのもハグリッドだ。悪意を以って運用するのがダッハウなので、圧倒的にスクリュート=ダッハウのイメージが強くなっているので案外知られていない。
そして、ドラゴンの炎ならば悪霊を殺せるという話が広まった結果、“救世主ノーバート”という名も広まりつつある。守護神といい救世主といい、この城は怪物ばっかりだ。
「ともあれ、ハロウィン以来敵に動きがないのは確かで、探索側としても持久戦は望むところではありません。ならば、積極的に流れを作り出していくのは、グリフィンドールの得意分野です」
「拙速は巧遅に勝る、ってやつかしら」
「校長がダンブルドア先生ですから、こうした悪戯めいた手口は彼の本質にも合う。それとこれは、シグナス・ブラック理事長からの提言でもあったのですが、“取り違い”に注意すべきだと」
「取り違い? それはいったいどういうことですの?」
「魔法界における闇祓いの捜査などでも割りとよくある現象ですよ。“敵はこうであるはず”、“狙いはこうだ”と思って後を追っていると、歯車が微妙にズレているように異なる展開に行き着いてしまう。ある種の刑事の勘、経験則というべきかもしれませんが、この点については闇祓い面々も反対しておりません」
ハロウィンの血文字騒動がきっかけで、彼らはこの城を守りにやってきた。
しかし、実際に赴任して生徒と一緒に探索や抜け道の確認を行ってみると、どうにも違和感が拭えないという。
果たして、本当に秘密の部屋が狙いなのか?
そもそも、敵は本当に死喰い人か?
何か、我々は前提を間違えているのではないだろうか?
「そうした諸々含めて、一度視点をまっさらにして“篩にかける”のも悪くない手であるということです。これほどの好機があってなお、敵が全く動かないとしたら、不気味というよりも、動けない不都合が生じている可能性が高まります」
「そうよね、ポリジュース薬の大盤振る舞いで誰が誰やら分からないなんて、潜入してコソコソ動くにはもってこいだもの。例え相手が罠を張っているとしても、仕掛けどころってやつよ」
ではではならば、この賭け果たして吉と出るや凶と出るや。
各寮に散ったブラックの面々が網を張り、薬をポッター、エバンズ、スネイプが用意する悪戯仕掛け。
さて、結果や如何に。
*----------*
とある生徒の部屋の記録情報
『何もかもが上手くいかない。なぜだ、あの頭のおかしい娘一人に手こずるだと?』
『それに、あの闇祓い共、巫山戯ているのか? 何であの悍ましい生き物なんぞ連れ歩く』
『忌々しい、何もかもが忌々しい』
『何よりもスリザリンの■■■がどうしてこんなことを』
『分からない。何かを間違えたのか、いったい何時から?』
『いいやまだだ、まだ巻き返せる。クリスマスに馬鹿な催しをやるらしい、これはチャンスだ』
『城の外で待機しているはずのヤックスリーらも、この機に乗じて動くだろう』
『そう、今こそ部屋を開く絶好の機会。ここを逃すわけにはいかない』
『よし、そうと決まればまずは手駒を動かして――』