マグルと全面戦争したいのなら簡単です、“イエス・キリストは魔法族だった”、“彼の奇跡とは魔法を使ったペテンである”と主張すればよい。その先には確実にジェノサイドが待っているでしょうが。
―――ノーグレイブ・ダッハウ
『時計塔のオブジェクト記録』
【聖夜と魔法族】
魔法族が聖なる夜を祝う。改めて考えてみれば、これほどおかしなこともない。
クリスマスの持つ意味は「キリストのミサ」。イエスの降誕を祝う日ではあるが、イエス・キリストの誕生日とは異なる。
家族と過ごし、クリスマスツリーの下にプレゼントを置く。
プレゼントを互いに贈る気持ちである「愛」の日でもある。
しかしならばなぜ、愛の宗教は神の名のもとに異端殲滅の皆殺しを行うのであろうか。
そして我々魔法族は、愛を説いた男の名のもとに数え切れぬほどの迫害を受け殺されてきた。
その男がこの世に降臨した日を、プレゼントを贈り合う愛の日として祝っているのである。
冷静に考えれば狂っているとしか言いようがない。普通ならば
“イエスさえ誕生しなければ我々が迫害されることもなかった。悪魔の降臨した忌まわしき日”
と言うべき日であろうに。
彼ら風に言うならば、ユダヤ人がアドルフ・ヒトラーの誕生日を祝っているようなものだろう。
つまるところ、これはハロウィンとは逆の現象と言えよう。
我々の祭りを、キリストを信奉するマグル達がやがては「諸聖人の日」として祝うようになり。
イエスの降臨した祭日を、いつしか我々もまた祝うようになっていた。
教会の一つもなく、ミサを行うわけでもない。聖体拝領の何たるかを知りもしない純血の子供が、メリー・クリスマスと言いながら聖夜を祝う。
ある種滑稽極まる喜劇だが、融和と言えば、これもその一つなのかもしれない。
12月25日に祝うということそのものが、キリストに由来するものではないという説もある。
古代ローマの主要な宗教の一つミトラ教。12月25日は「不滅の太陽が生まれる日」とされ、太陽神ミトラを祝う冬至の祭があった。これを転用したものではないかと言われている。
『突き詰めて言ってしまえば、題目は何でもよいのであろう』
『マグルも魔法族も、それぞれの伝承や虚構を信じ、節目の日に祝うのだ』
『ただ、時と共に何を祝っていたかも忘れられ、ただ祝うという行動だけが残る』
『それが救いなのか呪いであるのか、主は応えてくれるだろうか』
*----------*
「お久しぶりねリリー。貴女とこうしてまたこの城で会えて嬉しいわ」
「ええ、本当に懐かしい。お久しぶりです、マートル先生」
「ちょっと、先生はやめてちょうだい。立派なお母さんになった貴女に言われると恥ずかしくて仕方ないもの」
降臨祭の夜に向けた準備が進むホグワーツの地下厨房にて。
ずらりと並んだ大量の大鍋に、簡易版のポリジュース薬がグツグツと煮だち、たくさんの屋敷しもべ妖精たちが今も色々な材料を投入している。
他にも、動ける者らは鎧や絵画であっても何らかの形で手伝っている。さらには、夜間学校に属する処刑器具や怪物たちまで協力しているのだから、常人が見れば魔窟としか言いようがあるまい。
「でも、私達にとって貴女たちは何時まで経っても先生ですから。呪文学のマートル先生、魔法薬学のメローピー先生、変身術のヘレナ校長、防衛術の男爵様、薬草学の修道女様、天文学のニックさん、そして、魔法史のダッハウ先生」
「最後の一人だけは余計だわ」
「ふふ、皆さんそういいますけれど、私はそれほど嫌いじゃありませんよ。占い学のフィレンツェ先生やアクロマンチュラのモレークくんらも、ダッハウ先生のことは別に嫌ってなんていませんでしたし」
「そこなのよねぇ。アイツは人類の黒歴史ばっかり暴露するものだから、人間からはゴミよりも嫌われるんだけど、人外からは別に嫌悪されない。当然のような気もするけど、やっぱり釈然としないものはあるわ」
そもそも、夜間学校においては純粋な人間こそが少数派であった。
元はと言えばアリアナちゃん一人のためにアルバス・ダンブルドアが創った夜の学び舎であり、彼が魔法生物飼育学の先生を務め、弟のアバーフォースがマグル学の先生を務めたのもそのためだ。
今では圧倒的にノーグレイブ・ダッハウの名が知れ渡っているため、悪戯仕掛け人たちですら、元はダンブルドア校長の依頼で始まったことすら忘れがちだ。
「ホグワーツは今でも思い出の宝庫ですけど、私達にとって一番忘れられない場所はやっぱりここですから」
「始まりはリーマス一人だけだったわね。そこにあの馬鹿二人が加わって、ピーターもあれよあれよと入ってて。例の事件でセブルスもなんだかんだで加わって」
「実はわたしは、チュニーに勧められて夜間学校に入ったって知ってました? あの時期は戦争が激化していて、マートル先生がいる場所なら一番安全だからって」
「あら、そうだったの。ペチュニアったら、手紙でそんなこと書いてなかったじゃないの」
ホグワーツの裏の顔、恐ろしい怪物の跋扈する、忌まわしき悪霊の館として知られる夜間学校。
スクリュートや処刑器具が夜中に徘徊する昨今においては、生徒達からはさらに悪名をもって恐れられている。あのグレンジャー将軍であっても、夜間学校に入りたいと思ったことはないだろう。
ただし、ホグワーツには知られざる秘密があるのだ。
アリアナという一人の少女ために創られた箱庭であり、そこに加わった狼人間の少年や、悪戯っ子の仲間たち、そして妖精姫と呼ばれた少女とその幼馴染の少年。
今は大人となったかつての子供達にとっては、輝かしい黄金の日々であり、何の悪意もそこにはなかった。
「セブも今でも言ってます。あそこはまるでパンドラの箱のようだったって」
「言い得て妙ね。アリアナちゃんがいるのもそうだけど、セブルスにとっては確かに悪意と絶望の中の一筋の希望だったわけか」
場所が場所だけに忘れられがちな事実だが、魔法戦争当時にスリザリン寮に所属したセブルス・スネイプにとって、夜間学校は誰にも気兼ねなくリリー・エバンズと会える希望でもあった。
彼にとっては忌まわしい二人組もほぼ必ずいるのが問題だったが、あっちはあっちで処刑器具だのアクロマンチュラだのに絡まれることが多く、実のところ、夜間学校でリリーと一緒にいる時間は、ジェームズよりもセブルスの方が多かったりした。
基本的に熱血馬鹿で、新たな悪戯に熱心なグリフィンドールの悪童共は、そうした男女の機微には疎かったというか、優先順位が低かった。
純粋に、リリー・エバンズを女性としてよくエスコートしたという点では、セブルス・スネイプが勝っていたのである。
「そうだ、今まで忘れていたけどこの入れ替わり祭り、貴女たちがやったことあったわ」
「実は、例の黒太子同盟の後に仲直りのために私が提案してたりします。セブがシリウスに、シリウスがセブになって、そうすれば互いのことがもっと分かるだろうって」
「なるほど、あのクズも“人間は賢くなるほど不幸になる。馬鹿を晒して本音で殴り合うくらいでちょうどいい”なんて言ってたけど、案外を的を射てるのかも」
「流石はダッハウ先生、含蓄のありそうでなさそうな感じがいかにも」
そもそも、その時からポリジュース薬を煎じて用意したのはリリー・エバンズだった。なので、今回のポリジュース・ダンスパーティーを闇祓いとなったシリウスが提案した際、彼女がこうして煎じる役目として加わるのは当然の成り行きとも言えた。
ちなみに、過去においても他の面子の分も用意されており、ジェームズはピーターに、ピーターがリーマスに、リーマスがジェームズにと入れ替わっていた。
ポリジュース薬は材料も稀少で煎じるのも手間なので、ただ“入れ替わる”だけなら変身術などのほうが手っ取り早いし、そう頻繁に悪戯で使うわけでもなかった。
だが、肉体が実際に変化して他人になるのがポリジュース薬の特徴だ。変わった者らは文字通り、相手のハラワタの中身まで知ることになる。
「それを素でやっちゃう貴女はやっぱりグリフィンドールの“妖精姫”だわ。今ちょうど、昔の貴女に似たルーナって子が一年生にいるけれど、改めて思い出すと発想が結構似ているとしか思えないもの」
「ないしょですけど、密かにわたしも飲んでみたかったり」
「そこら辺は、やっぱり貴女もメローピーの影響を受けてたのね。セブルスと貴女の結び手になった一番の要因はあたしじゃないって今なら分かる」
マートル・ウォーレンは、ペチュニア・エバンズの親友である。
そんな彼女の役割は、リリーとセブルスがすれ違ったりしないように、姉としてペチュニアの代わりに二人を見守ること。
それは功を奏し二人の仲に亀裂が生じることはなかったが、それだけでは逆に“幼馴染”以上に近づくこともなかったろうと思う。
マグルと純血の間で悩み、リリーに恋しながらも切り出せなかったセブルスの背を押し、あくまで一人の男としてリリーと向き合うべきだと助言したのは誰だったか。
「それに、メローピーも最近随分と雰囲気が変わってきたわ」
「私も会って驚きました。昔から丁寧でどこか茶目っ気もある方でしたけど、暗く悲しげな雰囲気をいつも纏っていて、あんなに優しく微笑むことはなかったですから」
「悲しい過去を忘れるくらいに、嬉しいことがあったのでしょうね。前に一度言ってみたの、“大人になったのね貴女、ゴーストになってから一番成長したのは貴女じゃないかしら”って」
「すると?」
「こう返ってきたわ。“わたくしが変わったのではありません。アリアナちゃん、セブ君、ドラコ君、それにデルちゃん。この城で触れ合った子供達が、変えてくれたのだと思います。母親らしく在れるように”」
ペチュニア・エバンズと文通を始めて、彼女の願いでリリー・エバンズの背後霊を引き受け、マートル・ウォーレンが変わったように。
この城での数多の出逢いにより、メローピー・ゴーントも確実に変わっている。
常に昔のまま変わらないのは、時計塔の悪霊ただ一人だけだ。
「母親らしく、ですか。そうですね、マートル先生から受けた恩義は当然忘れませんけど、わたしがセブと結婚したのは、やっぱりメローピー先生の言葉によるものだと思います」
「そこにジェームズも加わる二重結婚てのは凄いけど、こうなってみると今更よね。ハリーの胃はちょっぴり可哀相だけどそこは置いておいて、下の娘たち、マリーとローラは元気かしら?」
「ええ、ホグワーツに来たがってましたけどそこは来年までお預けで、ダッドくんと一緒に向こうでクリスマスを祝ってます」
「ペチュニアからしたら、しばらく会えなくなっちゃうわけだしね。特にローラは昔の貴女に似てるから」
どんなに話しても、話題が尽きることなどない。
例え片方が14歳当時の姿のままで、子供を授かって年老いることが永遠にありえないとしても。
マートル・ウォーレンにとって、リリー・エバンズは今も守るべき妹分であり続けている。
だからこそ――
「ハリーのことは、心配しなくていいわ。またぞろ死喰い人が騒いでるみたいだけど、頼りになる大先輩に任せておきなさい」
「信頼してます先生方。マートルさん、メローピーさん」
悪霊の絆にかけて、彼女は誓う。当然、リリーとセブルスの結び手となったもうひとりの幽霊未亡人も。
ハリー・ポッターには、何の心配もありはしない。なぜならば、我ら二人がいつも見守っているのだからと。
マートル・ウォーレンとメローピー・ゴーント。
秘密の部屋を開かんとする侵入者にとって、彼女らこそが不可視の壁となって立ちはだかる。
母の愛は形なき絆となって、常に子供達を守るために働く魔法なのだから。
*----------*
「おお、懐かしきフォルクスワーゲン。我が友よ、悪魔の罠と共に戦いしあの頃が昨日のように思い出せるとも」
「そしてこちらにはギロチン先輩に電気椅子後輩だ。ああまったく、我らが青春時代のそのままじゃないか」
夜間学校の女性組が久闊を叙しているならば、悪戯の仕込みと罠の仕掛けは彼らの領分。
今は魔法警察と闇祓いと、それぞれに肩書を持つジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックであったが、懐かしきこの城で聖夜を迎えるこの時は、昔の悪童のままに。
とはいえまあ、彼らの場合は何時でも悪童のようではあるのだが。
「それでだジェームズ、見回りに行ったリーマスとニンファドーラは外側にもう着いたのか?」
「ああ、地図はしっかりと二人の名前を示してる。他に、レギュラスとシグナスの両ブラックに、マクゴナガル教授やアイツもな」
「欲を言えばムーディもいて欲しかったが、エバン・ロジエールが来てないならまあ何とかなるだろう。もしアントニン・ドロホフが来るなら、そこだけは要注意か」
アラスター・ムーディあるところに、エバン・ロジエールあり。
最早それは闇祓いの中では常識になりつつあり、最も多くの死喰い人を捕まえたのはムーディだが、それでもなお、ロジエールを倒すことに執着している。
だがそれも無理はあるまい。あの魔法戦争において、最も多くの闇祓い、すなわち彼の部下を殺した男こそがエバン・ロジエールなのだから。
積もりに積もったその縁は、最早それ自体が磁石めいた魔法のように作用する。
ここにムーディがいないということは、つまりはロジエールが来ないのだと、シリウスが確信できるくらいには。
「後は何と言ってもベラトリックスだ。外国の知り合いにもあちこち当たって情報を集めてみたが、海賊組の幽霊船団はめっきり姿を消しているのは間違いない」
「首魁達が揃って雲隠れとなれば、ホグワーツを狙ってくる可能性は高くなるな」
ジェームズとシリウスもまた、あのゴドリックの決戦に参加したメンバーだ。
あの時ヴォルデモートから復活のための器を預かり、以後11年間に渡って世界を股にかけて暗躍し、死喰い人という集団を維持し続けた幹部五名。これらを捕えることこそが、魔法警察と闇祓いとなった彼らの大目標である。
特に、ベラトリックスはシリウスにとって従姉妹でもある。今やブラック本家の当主である彼にとっても、身内から出た錆は自分の手でケリをつけたい。
『シリウスさん、パーシーです。グリフィンドールの抜け穴の確認、完了しました』
『ジェームズさん、こちらはセドリック。ハッフルパフの地下通路、死喰い人の影はありません』
そこに現れたのは、亀の守護霊と穴熊の守護霊。
六年生のパーシー・ウィーズリーと、四年生のセドリック・ディゴリー。
ジェームズとシリウスの組織する“秘密の部屋探索組”において、既に守護霊呪文を使いこなし、盾の無言呪文などもある程度は使える優秀な生徒達。
それぞれの適性もあってか、グリフィンドールとレイブンクローはパーシーが、ハッフルパフとスリザリンはセドリックが、それぞれ率いることが多くなっている。
「ほんとに優秀だな、流石はアーサーとエイモスの息子たちだ」
「おいおい、うちの子供だって負けてはいないぜ」
「そいつは言うまでもないってものだろう。それに、あっちにもロンがいるからアーサーの息子はほんとに盛りだくさんだよ」
他にも、フレッドとジョージはリー・ジョーダンと共に遊撃役として動いており。
一年生のジニーですら、パーシーに庇護されながらとはいえ、頑張って探索してくれている。
「そうだ。なあシリウス、子供と言えば例のあの子は?」
「デルフィーニか。少しばかり気にはなるが、死喰い人と接触したような形跡はないな。親が死喰い人でベラトリックスの配下だったのは間違いないが、本人の気質を見るにそこは疑う必要もなさそうだ」
闇祓いは前評判を信じず、己の目と耳で得た情報を信じる。
シリウス・ブラックは実際にデルフィーニ・スナイドと接し、そして確信した。彼女は闇に傾倒する魔女ではないと。
「操られてる可能性は?」
「スネイプが開心術で確かめたからほぼ間違いない。それすらも欺くような闇の魔術を使われてる可能性もあるが、そこを論じていたら切りがないしな。そもそも、仮に敵が彼女を使ってくるとして、用途はなんだ?」
「そうだな……撹乱するにも今のホグワーツの中じゃあ限界がある、むしろ、人質に取ったほうがまだいいんじゃないか」
「俺もそう見てる。死喰い人が利用するとしたら、拐いやすいところに誘導するくらいだろう」
結局のところ、一年生の少女に出来ることなどほとんどない。
これが、パーシーやセドリックであれば、服従の呪文などをかけた状態で校内に送り込めれば、様々な形で利用価値もあるだろう。
だが、服従の呪文とて万能ではない。こちらにセブルス・スネイプという開心術、閉心術の達人がいることは向こうとて知っているはずであり、なおかつ彼は魔法薬学教師であるから、ホグワーツ内部ならば個人裁量で合法的に真実薬を使うことすら許可されている。
アルバス・ダンブルドア、ミネルバ・マクゴナガル、フィリウス・フリットウィック、ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、セブルス・スネイプ、そしてリリー・エバンズ。
不死鳥の騎士団の主力がクリスマスのホグワーツには集結している。この布陣に対して一年生の女の子を操ったところで何が出来るというのか。
「むしろ、危険に向かって突っ走った彼女を人質に取られる可能性のほうが高い。ジニーと一緒にいることが多いからそこはパーシーがいるが、そうでない時はセドリックに見てもらうことにしてる。当然、いざとなれば俺らが行くがな」
「まあ、セドリックが一緒なら心配ないだろう。こっちから意図的に混乱を起こして敵を網に入れるんだ、用心はいくらしたっていい」
宴の準備も、罠の支度も完了し、後は結果を待つばかり。
「混乱を起こすことについては、我らが最低最悪の“悪霊殿”が一番だ。夜間学校にいた処刑器具に怪物にと、よくまあここまで徘徊させるものだと感心する」
「確かにな。俺らが楽しんだあの夜間学校が、今や昼の時間帯でも当たり前になりつつある。この変化を知らない死喰い人共はさぞや面食らうだろうよ。さあ、後は罠の結果を御覧じろ」
果たしてこの罠、どれほどの大物がかかるのか。はたまた、何もかからず空振りに終わるのか。
長い生誕祭の夜が、始まろうとしている。
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「大きな網を用意はしたものの、予想ほどの大物はかからず、かろうじて小魚が一尾。今宵の顛末をまとめるならば、泰山鳴動して鼠一匹、といったところでしょうか」
「まあそんなところになるかの。人喰鮫を捕えることは叶わねど、こちらも鮫に噛まれる者はなく、被害がないことにまずは何よりといったところじゃ」
前代未聞の祭りの終わったホグワーツの校長室にて、校長と悪霊が話し合っている。今となってはずいぶん長く魔法の城で教鞭をとり続ける古参の二人が。
個人にして最強の戦力であるアルバス・ダンブルドアの影に、形なき遍在する悪霊あり。
「入れ替わりの宴だけでもホグワーツの歴史に残すべき珍事が随分と記録できましたので、私としては面白き聖夜に満足といったところです。この城の混沌さを前に為すすべもなかった真面目な死喰い人達はご愁傷さまでしたが」
今宵の祭り、例によって悪霊教師の役割は囮であった。
表側のポリジュース・ダンスパーティーを阿鼻叫喚の悪霊の宴とし、敵も味方も全てを欺くことにかけてならばコイツ以上の適任はない。
巻き込まれた生徒としてたまったものではないだろうが、別に死喰い人を誘き出す目的がなくともこの悪霊は騒動を起こすのだ。ハロウィンやクリスマスに悪霊がやらかすこと自体はただの恒例行事であり、だからこそ生徒の大半はその裏で捕物が行われていることに気付かない。
もっとも今年は、薄々感づいて注意深く観察している者達や、完全に仕掛け人らの手伝いとして動いている上級生も幾人かいたわけだが。
「そして、物損や人的損害で語るならば痛み分けですが、情報という視点で見ればホグワーツ陣営の勝利と言えましょう。小物とはいえ、敵を生きたまま捕縛できたというのは大きい。ここから先はスネイプ先生の独壇場ですね」
聖夜の捕物において、カロ―兄妹、ロウル、セルウィン、トラバース、ギボンらの中堅どころ死喰い人の多くが確認され、待ち構えていた不死鳥の騎士団の主力らと交戦。
規模自体は小競り合いとも言え、敵は戦況不利と見てダンブルドアが参戦する前に撤退したわけだが、そのうちの一人ギボンは逃げ切れず捕虜となったのであった。
「そこは確かにセブルスの領分じゃな。儂としては見事な悪戯を披露してくれたピーターに殊勲賞を贈りたいがの」
「地図で私も戦況の経緯は追っていましたが、その名を見た時は“そう来たか”と思いましたよ。魔法警察でも闇祓いでもブラック家でもない彼だからこそ、死喰い人からすれば死角となる」
逃げ切れなかった死喰い人、ギボンを捕らえたのは小さな伏兵、ピーター・ペティグリューである。
正確には、この聖夜の夜ではリーマス・ルーピンの胸ポケット中にずっと一緒にいて、ルーピンと交戦したギボンの背後にネズミの姿で密かに忍び寄り、ささっと失神呪文をゼロ距離で放ったのだ。
いくら無言呪文で“盾”を張ろうとも、その内側から毒針を刺されてはひとたまりもない。遠くからの弓の射撃には滅法強い盾の弱点を見事についた奇襲であった。
「ほっほ、まさに悪戯仕掛け人、“忍びの者”の本領発揮といったところじゃな」
「そこは同意できますね。あの四人はいずれも優秀な者達ですが、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの本質は“戦士”、リーマス・ルーピンは“教師”ですが、“忍びの者”と言えばピーター・ペティグリューが随一。かの魔法大臣室糞爆弾事件にしても、要は彼でした」
目立つのはジェームズとシリウス、少し離れたサポートするのはリーマス。悪童二人組と対立するのはセブルス。
そんな構図が、今のホグワーツですらも認知されているからこそ、彼の存在は伏兵となる。
ちゃっかり者のピーター・ペティグリュー。この四人目がいてこその忍びの地図、悪戯仕掛け人なのだから。文字通りの、泰山鳴動して鼠一匹である。
「なにはともあれそこは重畳。ところでダッハウ先生、子供達に何か異変はなかったかの?」
「ポリジュース薬を用いた入れ替わりの宴はまさに阿鼻叫喚の坩堝でしたが、秘密の部屋に関することであれば、“拍子抜けするほど”何もありませんでしたよ」
「ほほう、なるほどのう」
「自分自身は傍観者、対処に動くのは他人任せが私の基本原則ですので、例のデルフィーニ嬢については秘密の部屋探索組の上級生に任せましたが、特に何事もなく聖夜は終わりました。彼女をずっと見守っていた、セドリック・ディゴリー少年には感謝いたしますが」
観測結果はただ告げる、今宵、何もなかったと。
生徒達の誰も、秘密の部屋について動いたりはしなかった。それが結末であると。
「セドリックか、彼もまた儂にとっては自慢の生徒の一人、ハッフルパフの良さを体現する良き少年じゃが、君が何やら気にかけているというのは少しばかり意外に思う」
「確かにそう見える部分もあるでしょう。ただ、時計塔の基本原則として、墓には忠実であれと決まっているのです。こと、遺言というものに関してはこれだけは守らねばならぬと」
「ふむ、実に興味深いの、予言ではなく遺言とな。それは儂が聞いてもよいものなのかのう」
「ええ、今となっては隠すほどのものでもなく、創始者達の禁則事項も既に解かれております。“セドリック・ディゴリーを忘れるな”、それが、私を構築する材料となった魂の欠片たちに残る共通した妄念、あるいは、ダイイング・メッセージとも呼べるものです」
かつてその言葉を、守れなかった者達がいた。
時の因果は複雑に絡み合い、その言葉の意味を正確に知っている者はこの時代にはいるはずもない。
だが、それでもなお時計塔は失敗した歴史を保存し、記録している。
ホグワーツの子供達がセドリック・ディゴリーの死から目を背け、権力の犬が書いた妄言を信じ込み、彼の墓を侮辱し穢したその時に、破滅はやってきたと。
いいや、破滅の未来が、逃れられない運命に変わった瞬間なのだと。
「“忘れるな”、その言葉の意味するところは」
「お察しのとおりです。マートル・ウォーレンに続き、またしてもこの城は生徒の生贄を出した。歴史に学ばず、教訓にすることもなく、愚かな妄言ばかりを信じ続け、挙句の果ては疑心暗鬼の自滅と。そのようなどん詰まりの歴史もまた、あり得るということ」
多くは語らずとも、伝わることはある。
アルバス・ダンブルドアはそれ以上を悪霊に問うことはなく、悪霊もまたそれ以上を語るつもりもないらしい。
更に問われたならば、禁則事項に触れぬならば応えるだろうが、自発的に警告を伝えるような殊勝な心など持ってはいない。
この存在は、人類史を嘲笑する歴史の影なのだから。
「ハリーのことも気になってはおったが、そこにセドリックもとは。やれやれ、校長という職務も楽ではないのう」
「ハリー・ポッターについてならば、危険の影は見られません。彼を守る母の愛は深く、運命は異なる道へとズレている。闇の帝王が消え去れば、予言の子もまたいなくなるのは道理というものでしょう」
ダッハウを縛る禁則事項もあと僅か、時の終わりは近いのだろう。
時計塔の悪霊は何かを知っている。それを暴こうとしたホグワーツの人間は過去に幾人かおり、それぞれに思うところは多いらしい。
そして、彼もまた――
「失礼いたします校長先生、少々込み入ったお話があります。不肖の我が子、ベラトリックスについて新たな事実が判明いたしました」
校長室へ急ぎ足で駆けつけたシグナス・ブラック、彼の口からもたらされたある情報が、秘密の部屋に関する物語にいかなる影響を与えるか。
その一滴は、全てに広がる波紋となるのか。
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とある生徒の部屋の記録情報
『いったい自分は、何をしている?』
『クリスマスの夜、今日こそは秘密の部屋を開く絶好の機会ではなかったか?』
『そうしたはずだ、そのように動くよう命じたはずだ。分霊箱の強制力が弱いはずがない』
『なのに、なぜ。何事も起きていない』
『失敗した、やはり帝王の日記帳を手放すべきではなかった。あそこから何かが狂い始めた』
『血を裏切りし娘に渡したりなどせず、自分の魂を捧ぐべきだった』
『ああいや、それであっているのか、何か取り違えていないか?』
『何かがおかしい。あの馬鹿げたパーティー会場で自分は誰に会った?』
『……ゴーストに会った、頭を撫でられた、とても、とても心地よかった。それはまだ薬を飲む前だ』
『そして薬を飲み、誰になった?』
『名前を、誰かに名前を呼ばれた。何と呼ばれた?』
『自分、僕? 私? ええと、わたしは、そう、わたしはヴォルデモート卿だ』