【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

54 / 72
キンジットさま 誤字報告ありがとうございます!


幕間 ホグワーツの思い出

 聖なる夜には、不思議な出会いがあるという。

 

 それは時に過去に出逢った人の影であったり。

 

 それは時に、逢うはずもない不倶戴天の敵であったり。

 

 語られなかった物語、他人に語るつもりのない物語、それらは往々にしてあるもの。

 

 ここに記録されるは、本筋とは少し離れて、しかし無縁というわけではない人々の記憶の欠片。

 

 それもまた、ホグワーツの歴史の一部であり。

 

 時計塔は、語ることはなくとも記録している。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「スネイプ先生、貴方はデルフィーニという少女についてどう思われますか?」

 

 死喰い人達の侵入があり、迎え撃った騎士団員の面々が次々と帰還してくる中。

 

 リリーと共にカロー兄妹と戦い、撃退することに成功したセブルス・スネイプは、あまり見たくない顔に会ったため、露骨に顔をしかめた。

 

 

 「これはまた唐突な問いですな、ダッハウ先生」

 

 「それほど唐突というわけでもないでしょう。今宵は死喰い人らの侵入があったのですから、両親が死喰い人である彼女には何か関係があるのではという疑念はむしろ持って当然のもの。ただ、どう考えるかは人それぞれですから、貴方はどう思うのかをふと尋ねてみたくなっただけですよ」

 

 対する悪霊教師はいつも通りに、いけしゃあしゃあと嘲笑っている。

 

 別に声を上げて笑っているわけでもないのに、誰もが思うのだ、コイツはいつも嘲笑っていると。

 

 ただしそれが、誰を嘲笑っているのか、何に対して嘲笑っているのかは誰も芯を掴めてはいないだろうが。

 

 

 「有り体に言えば、恐らく陽動の一種でしょうな」

 

 「なるほど、まあ妥当なところですね。賢者の石の奪取に失敗した以上、あの手この手、搦手から来るつもりと見えます。実にスリザリンらしいとも言えますが、だからこそ貴方は厄介なのでしょう」

 

 セブルス・スネイプの見るところ、彼女の主要因はおそらく、ドラコ・マルフォイに紐付けるための駒。

 

 ひょっとしたら他にもなにかあるかもしれないが、少なくともスネイプにとって気をつけるべきところはマルフォイ家周辺だ。

 

 死喰い人陣営は、相当にセブルス・スネイプを警戒している。11年前のあの時も、去年の賢者の石のときも、彼に企みを打ち破られたと言っても過言ではないから。

 

 蛇の狡知を知り尽くした騎士団員とは、本当に厄介なのだ。

 

 スネイプの守る対象にデルフィーニ・スナイドを加え、あわよくば少しでも行動を制限できれば、という程度の思惑の可能性もある。

 

 

 「開心術を用いて調べましたが、彼女に嘘は見られない。もっとも、本人すら意図しない形に記憶を封じる手段が数多ありますので、それで完全に白というわけでもありませぬが」

 

 「可能性を疑いだせば切りがない。それが魔法界というものですからね。ならば、人間は人間らしく、自分の目で見た彼女の為人を信じるがよろしいでしょう。全てを疑ってかかるへそ曲がりは、私一人いれば充分というもの」

 

 それが、ノーグレイブ・ダッハウ。

 

 この存在は語る言葉は、いつも嘘か真か判別がつきにくい。

 

 歴史について語る時は常に“事実”のみを口にするが、まだ歴史になっていない事象については、基本的に曖昧で断定することがほとんどない。

 

 まるでそう、“お前は未来を口にするな”と誰かに強固に封じられているように。

 

 

 

 「ダッハウ先生、いいえ、時計塔の悪霊よ。貴方の問いに答えたように、私もまた貴方に問いたかったことがあります」

 

 「構いませんよ、どうぞ。答えられる限りにおいては答えましょう」

 

 「貴方は……彼女の、メローピー・ゴーントの記憶を、まだ?」

 

 「ええ、時計塔はその部分に関する一部の記憶をお預かりしています。まあ、厳密には彼女は忘れているわけではなく、“それを不安に思わない”ようになる思考操作に近いはずですよ。流石は創始者が御二方、開心術の達人ヘルガ・ハッフルパフ様と忘却術の名手ロウェナ・レイブンクロー様の合作です」

 

 彼が施した処置自体に、別段そこに深い理由があるわけでもない。

 

 ゴーストが情緒不安定になって、生徒達をホグワーツが許さぬ形で害したりしないよう、管理するのは“裏側管理人”の職権だ。

 

 悪霊が使う機能というよりも、創始者達の残した装置と言える。

 

 

 「……これを知るのは、貴方と校長先生くらいのものですが。私が死喰い人ではなく、不死鳥の騎士団の一員であることを選んだ最大の要因は、彼女の生涯について幾度も聞いたことです」

 

 「存じております。ちょうど今日、似たような話をリリー・エバンズとマートルさんがしていましたね」

 

 メローピー・ゴーントは、セブルス・スネイプに語って聞かせた。

 

 マグルの男性に執着し、破滅していった一人の女の人生を。

 

 そして、トビアス・スネイプとアイリーン・プリンスの夫婦にも近しい危うさを感じるからこそ、他人事ではいられないのだと。

 

 ひょっとしたら、私の息子、トムも貴方のように色々と悩んでいたかもしれない。

 

 

 『あの子を一人で残して死んでしまった私は、良き母親ではなかったでしょう。あの子が誰かに抱きしめて欲しい時に、何も力になってあげられなかったから』

 

 

 「ルシウス・マルフォイ氏を始め、スリザリン寮の先達の方々に私は尋ねた。そうして多くの話を聞き、統合していけば一つの線が見えてきた」

 

 「その子であるドラコ・マルフォイも、たまにメローピーさんと話しておりましたね。まあ、マルフォイ家ともなれば、ゴーントの家を気にかけるのは当然とも言えますが」

 

 特に、“ゴームレイス・ゴーント”と秘密の部屋については純血名家ならば気になるだろう。記録には数百年前に彼女が秘密の部屋を開いたとあるが。

 

 ゴーント家は古い家なので、歴代の誰かがホグワーツにゴーストとして残っていても何も不思議はない。何せ、1000年前のレイブンクローがこうしているのだ。

 

 

 

 「ドラコの持つ疑問は、かつては私が抱いたそれとほぼ同じものでした。プリンス家、マルフォイ家、ブラック家、そうした家に関わる者ならば誰もが抱く疑問だ。そして何よりも、貴方について」

 

 「あの時も、貴方は私に問うた。よく覚えておりますよ、“私はどちら側なのか”と」

 

 「そうです、どうしても貴方の立ち位置だけは全く分からなかった。エバン・ロジエールら最古参の死喰い人らは、主が“ゴーントの指輪”を付けている姿を学生時代に見たことがあると」

 

 闇の帝王がパーセルマウスであることは有名だ。

 

 だからこそ、彼がゴーントの血を引く人物であることは多くの人間が推察している。というか、参加している純血の死喰い人の大半はそう思っているだろう。

 

 

 「ですが、彼女は言ったのです。彼女の父、マールヴォロ・ゴーントという男は、異常に指輪に執着していたと。娘である自分よりも、ずっとずっと、その指輪だけを愛しているようだと。指輪こそが、彼の“愛しい人”なのだと」

 

 今は執着のゴーストと渾名される、裏方事務員の女。

 

 執着というものは、彼女の人生と決して切り離せぬものだ。あのゴーントの家に呪われた蛇の末裔は、誰もが血に、指輪に、そして愛に執着していたのだから。

 

 

 「ゴーントの指輪は、伝説上の品を闇の帝王が発掘したものなどではなく、確かに彼女が生きた時代にゴーントの家にあったもの。ならば自ずと一本の線に繋がってくる。今は闇の帝王を名乗る者、トム・マールヴォロ・リドルを産んだのは一体誰であるのか」

 

 「そして貴方は、不死鳥の騎士団についた。闇の帝王は敗れると、誰よりもセブルス・スネイプは確信したわけですね」

 

 少なくともその時から、ヴォルデモート卿を名乗る闇の帝王は、セブルス・スネイプにとって“見えざる脅威”ではなくなった。

 

 強力な闇の魔法使いであることは事実であろう、多くの死喰い人を従えるある種のカリスマを備えているのも間違いない。

 

 だが、それでも―――

 

 

 「彼女の話を聞き、私と似ている部分があると思えばこそです。私がスリザリンを志したのも、我が母、アイリーン・プリンスの執着に似た愛からのもの。まさに他人事とは感じませんでしたので」

 

 「ゴーントの家とプリンスの家の類似性については今更というものですね。血に縛られし半純血のプリンスであった貴方は、メローピー・ゴーントがホグワーツにいることこそが、闇の帝王の敗因になると感じたと」

 

 「貴方のことだ、秘密を守ることなどありえない。城で雇うゴースト事務員の素性くらい、当たり前に校長や副校長に報告済みでしょう」

 

 「その通りです」

 

 つまり、アルバス・ダンブルドアも、シグナス・ブラックも知っている。

 

 闇の帝王のそのルーツを。死喰い人という集団を作ることとなった根源的な怒りを。

 

 だからこそ、アルバス・ダンブルドアは正面から戦うことを選んだ。かつての教え子の怒りの由縁を知らぬまま、導けるはずなどなかったのだと、過去の己の浅慮を悔いながらも。

 

 そして、ブラックの血を冷静に俯瞰する副校長は、知った上でなお揺らがず。彼にとってその葛藤は、とうの昔にある種の割り切り、そして、諦めた道であったから

 

 オライオン・ブラック、イグネイシャス・プルウェット、ハラルド・マッキノン、そして、トム・リドル。

 

 自分達がホグワーツで学生だった時代を思い返しつつも、それは既に過去のこと。

 

 ただそれでも、秘密の部屋に殺された一人の知人の幽霊のことは、今も忘れられるものではなかったが。

 

 

 「そしてそう、貴方の存在もそうだ。私もそれなりに長くホグワーツの教師を務め、確信したことがある。“ダッハウ以前”と“それ以後”では、別の学校と言えるほどの隔たりがある。いや、あの夜間学校が昼にも流出したのか」

 

 「なかなか面白い例えです。確かに、魔法戦争が終わってより“生徒に現実を叩きこめ”と当時の副校長閣下より依頼を受けました」

 

 「死喰い人達の大半は、夜間学校のないホグワーツしか知らない。その頃からも魔法史教師として貴方はいた。しかし、生徒に干渉はしなかった」

 

 かつて裏側管理人であり、時計塔にしかいなかった悪霊。

 

 魔法史教師の“役”に入り込み、教室までは生徒と関わるようになったダッハウ。

 

 そして魔法戦争以後、処刑器具らを表へ解き放つ。“難しい歴史なんて知らない”、“興味もない”と歴史の教訓を聞き流す生徒達へ、容赦なくスクリュートをけしかけるドクズ教師。

 

 歴史に学ばぬ衆愚がどうなるかを、実に悪辣で嫌らしい方法で生徒に教えるのが今のノーグレイブ・ダッハウ。コイツ自身は何も変わらないのに、役割だけは変遷している。

 

 

 「私や忌まわしいブラック達は、“貴方以後”で物事を考える。死喰い人達は“貴方以前”で考える。それは防衛側のアドバンテージにもなりますが、先入観に基づく油断にも警戒する必要はあるでしょう」

 

 「長所とはすなわち短所にもなりうると、素晴らしいですよセブルス・スネイプ。狡猾な蛇の機知と洞察力、やはり貴方はスリザリンに相応しい。サラザール様とて、模範であるとお認めくださるでしょう」

 

 創始者の名を用いて称えるならば、悪霊の言葉に嘘はないのであろう。

 

 この存在は、墓に対してだけは決して虚言を弄さない。

 

 

 「そして後は確かに、貴方の予想された通りでしたね。校長先生はそれらを知った上で、アリアナちゃんを守るためにかつての教え子を討つと決めた。実にグリフィンドールらしい覚悟の表れであり、正面対決ではどうしてもスリザリンの分が悪い」

 

 「闇の帝王の強さ、その恐怖の秘訣は、見えざる脅威であることでした。己のルーツが知られたならば、行動原理もまた読まれやすくなる。あの時点で既に、闇の帝王は詰んでいたのだ」

 

 当然、その滅びに一枚どころではなく関わっているのはセブルス・スネイプである。

 

 しかし、アルバス・ダンブルドアが予言などを聞く遥か前から、メローピー・ゴーントの人生の話を彼が聞いていたこと。

 

 運命はそこから大きく変わった。むしろ、変わらないはずがない。

 

 メローピー・ゴーントという存在は、それほどに、闇の帝王の根幹そのものなのだから。

 

 

 「リリー・エバンズに多大な影響を与え、予言の子の該当者の一人であったハリー・ポッターの出自を違ったものとしたのもまた彼女。何せ彼は、ハリー・ジェームズ・シリウス・アルバス・セブルス・ポッターなのですから。貴方もまた彼の父親なれば」

 

 「そうです、ハリーは私の子だ。そう言い切らねば、私は永遠にジェームズに負けたままとなる」

 

 「ならばそれでよいでしょう。思えば、トム・マールヴォロ・リドルという存在にとって母親は“失った愛”でしたが、誇りある父親という要素も欠けていた。本当に彼は、孤児院育ちの一人きりの迷い子。なまじ強い力と蛇の狡知を備えて生まれてしまっただけに、マグルに馴染むことも出来なかった」

 

 因縁の収束点は、きっと近い。

 

 パーセルマウスは誰であり、秘密の部屋を開けようとするのは誰か。

 

 サラザール・スリザリンの直系、ゴーントの血筋は長らく彷徨った末に果たして蛇に成り果てるのか。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「クリスマスの夜に、暖炉からコソコソと魔法の城に入り込む鼠は何者ですか?」

 

 そして、悪霊とスリザリンの寮監が話している頃。

 

 死喰い人達の撤退を確認した後、副校長として各地の出入り口を入念にチェックしていたミネルバ・マクゴナガルもまた、予期せぬ人物との再会を果たしていた。

 

 ただ、完全に予期しなかったかといえば、それは正しくもなかっただろう。

 

 虫の知らせ、いいや、夢のお告げのようなものを感じたのは間違いなく、それに従って彼女はこの時にここに居合わせたのだから。

 

 

 「おおっと見つかっちまったか。忍び込むのは自信あったんだが、何事にも細けえところはあいも変わらずだなぁミネルバ」

 

 「それを貴方が言いますかアントニン。私やアメリアが常に駆け回る羽目になった原因は誰でしたか」

 

 「さて、誰だったかねえ。凶悪な死喰い人か、それとも厄介な時計塔の悪霊か、いずれにせよ、しがない煙突掃除の小人には分かるはずもねえ」

 

 死喰い人の幹部の一人、およそ武においてはエバン・ロジエールに次ぐNo.2。

 

 そして、数十年前に防衛クラブという組織をスリザリンに立ち上げ、後に死喰い人となっていく集団の基礎を築いた男。

 

 蛇寮のかつての監督生、アントニン・ドロホフがそこにいた。

 

 

 「煙突掃除……なるほど、貴方が忍び込めたのはそういうことですか」

 

 「察し良くて何よりだ。俺が思うによお、こういうトンチの効いた誤魔化しっつうか、古き良き魔法を使うやつってのは、最近どんどん減ってるよなあ。確かに、失神光線だのは便利だがよ。些かマグル的過ぎるとは思わねえか?」

 

 “煙突掃除の小人の魔法”と呼ばれるものがある。

 

 魔法使いにとって煙突飛行は馴染み深いものであり、それが粉と暖炉を用いるものである以上、煤というものは当然溜まる。

 

 そうした魔法の粉の残骸から生まれるのか、餌としているのかは定かではないが、庭小人かあるいは屋敷しもべ妖精の亜種のような存在で、使い込まれた魔法の暖炉の煙突に住まう小人達がいる。

 

 アントニン・ドロホフの格好は、そうした粗末な衣服を纏う小人にそっくりであり、煤に塗れて顔まで真っ黒になっていた。それを彼女が判別出来たのは、腐れ縁のみが分かる雰囲気としか言いようがあるまい。

 

 

 

 「お黙りなさい。杖も持たずにホグワーツに忍び込むことを“魔法族的”と言うならば、誰もがマグル的な手段を選びます」

 

 「そのマグルのお伽噺のおかげで、こうして入り込めたのさ。まあ、こうして見つかっちまったら意味ねえが、サンタクロースってのは中々粋なお伽噺だよなあ。聖なる夜だけは、こうして煙突から忍び込めるってもんよ」

 

 それはつまり、子供にプレゼントを渡すためだけの魔法。家人にバレてしまうと、煙突から入り込んだ者は退散するしかない。

 

 魔法の杖などは持ってはならない。家を破壊するような魔法も使えない。

 

 言わば、自分が煙突掃除の小人になりきることで、“プレゼントを子供へ届ける幻想”を体現する魔法だ。

 

 

 「何をしに来た、と問うのは意味がありませんね。そのような魔法を纏っている以上、出来ることは限られる」

 

 「そりゃそうだ。ちょいとパパさんからの、ああ、この場合はむしろ偉大なる主君様ってのが正しいかね。可愛い娘へのお届け物をもってきた使いっぱしりさ。つってもまあ、独断専行も同然なんだがな。驚くかい?」

 

 「いいえ全く。むしろわたくしとしては、貴方のような悪童そのものの存在が、よく死喰い人という宮仕えをしていられたと、そちらのほうが驚きです」

 

 「はっ、違いねえ。まあそこら辺はロジエールの旦那のおかげだな」

 

 基本的に陽性とは言い難い性格の多い死喰い人にあって、この男の立ち位置は少々特異だ。

 

 在学時にあっても、散々問題行為を行ってはいたが、レイブンクローのフィリウス・フリットウィックらとは親交を保ち続けていた。

 

 だが同時に、そんな無邪気さのままで多くの闇祓いを殺すことも出来る一種の破綻者。

 

 それが、殺し屋ロジエールと並ぶ死喰い人の処刑役、アントニン・ドロホフという男であった。

 

 

 

 「ところでミネルバよ、お前さんは夢を見たか?」

 

 「……見ていない、とは言えませんね。内容はほぼ覚えていませんが」

 

 そんな男の問いであっても、彼女が応えるその理由。

 

 ホグワーツには秘密がある。多くのものが関わり、そして未だに答えの出ない秘密が。

 

 

 「随分前だが、俺も見たことがある。そして思ったね、四寮でごちゃごちゃしてるほうが面白え。マグル生まれを全員追放するか殺して、スリザリン一色になっちまったホグワーツなんてのは、つまんねえよ」

 

 数十年前、ドロホフがかつて見た夢。この男曰く、あまり面白くはないホグワーツの姿。

 

 蠍の王を名乗る男が現れ、滑稽な裸の王様を演じるような、望まざる終わりへ至る破滅の道。

 

 

 「あの光景を、貴方も見ていたのですか……」

 

 思えば、時計塔の悪霊を一切恐れず正面から問いを投げた生徒はルーナ・ラブグッドが最初ではなかった。

 

 この悪童を含む死喰い人たちもまた、例外なくホグワーツのOBなのだから。

 

 

 「副校長になったって聞いたぜ、小さな時計は今はお前が持ってるんだろ? 俺はアレになにかあると思ってんだが、まあ謎解きは人殺しの領分じゃねえわな。とはいえ、全く気にすんなってのも無理があるってもんだろ」

 

 今はミネルバ・マクゴナガルの預かる“小さな時計”。

 

 かつて時計塔から出てきたというそれに何かがあると、彼は思っている。

 

 いいや、彼のみならず、前副校長であったシグナス・ブラックを始めとして、様々に推測している者らは多かろう。恐らくは、セブルス・スネイプなども含めて。

 

 

 「俺はあの頃以来例の夢は見てねえが、ロドルファスが半年くらい前に見たってよ。ちょうどほれ、マルシベールの奴がくたばったあたりでよ。あとあー、こいつは言っちまっていいのかね」

 

 「知りません」

 

 「そうかい、んじゃ言わねえでおく。んで、ロドルファスの見た夢だが、闇の帝王の娘を託されて、そいつを育てる夢だったとさ」

 

 「闇の帝王の娘ですか、母親は誰なのです?」

 

 「そこを聞いちまうのは野暮ってもんだろ。まあそれが誰であれ、あいつは顰めっ面してたよ。まさに見たくもねえ顔、ああそうだ、まるでダッハウの奴でも見ちまったようにな」

 

 聞くだけならば、死喰い人ならば最上の栄誉と言ってよいはずの大役。

 

 なのになぜ、ロドルファス・レストレンジは、有り得てはならない呪われた未来を語るように、その夢をドロホフに話したのか。

 

 

 「なんつーか、こうなってみるとあの悪霊の言う通りなのかね。俺達はどうにも、袋小路に嵌りそうな悪い夢に囚われちまってる。全然自覚のねえやつも多いんだが、あの人から大事なものを託された幹部連中は、俺も含めてどうにも最近なにか思うところがあるらしい」

 

 それがなぜかまでは分からない。

 

 闇の帝王の魂の欠片の込められた分霊箱。それらは持つだけで人の不安や重圧、裏切りの抑止などの効果を与える呪いの品だったはずなのだが。

 

 

 「ロジエールの旦那も言ってたが、最近何かが変わってきているきがするってな」

 

 分霊箱の変化。

 

 本来なら、互いに変化するはずがない。

 

 切り離された時点でそれらはアンカーであり、同一人物の魂の欠片でありながらも、本体とは繋がっていても分霊箱同士が共鳴することなどないはず。

 

 だが、影響が出ている。これはつまり、本体の魂にも多大な変化が起きているということでは?

 

 

 「つーわけで、バレちまった煙突掃除の小人はここらで退散だ。コイツは、気が向いたらお前さんが渡してやってくれや」

 

 投げ渡されたそれを、ミネルバ・マクゴナガルは用心しつつも浮遊呪文で浮かせて取る。

 

 穴熊の意匠、ホグワーツ四寮の一つ、ヘルガ・ハッフルパフに由来するカップ。

 

 

 「なぜ、これをわたくしに?」

 

 「ぶっちゃけ俺もよく分からん。勘と言っちまえばその通りなんだが、なんかそうした方がいいような気がしたんだ。他の持ち主、つうかクラウチJrが言うには、コイツを持ってると、どうにも母親に逢いたくなって仕方ねえらしい。俺にはよく分からん感覚だがな」

 

 屋敷しもべ妖精に育てられた純血の家の者達には、分からなくはないがそれほど深くは求めたことがないその感覚。

 

 だからなのか、縁を切りたいとばかりに放り投げ、アントニン・ドロホフは踵を返す。

 

 そしてそれは、二度と逢うことのないだろう別れを予感させた。

 

 

 「去るのですか」

 

 「俺は死喰い人のアントニン・ドロホフだ。死ぬまでそいつは変わらねえが、死に場所ってのは自分で選びてえ。この懐かしき学び舎で死ぬってのも悪くはねえがな」

 

 古い魔法というものは強力なものだ。

 

 例え今ここで、彼女が失神呪文を放ったとして、“何故か手元が狂って”逸れていくだけだろう。

 

 そしてまた、小人の幻想を纏って侵入した側も、持参した贈り物を届ける以外のことなど出来はしない。こうして贈り物を城の人物に渡した今、出来ることは帰るだけ。

 

 それが分かっているからこそ、ただ言葉だけが、二人を繋ぐ縁となる。

 

 

 「くたばった後は、俺もここの愉快な悪霊たちの仲間入りかね。マートルの後輩ってのは苦労しそうだが、なかなか面白そうな職場じゃねえの。なぁミネルバ、お前も死んだら教師にどうよ? 灰色レディの後釜だろうがお前なら務まるぜきっと」

 

 「遠慮しておきます。それに、私は貴方のことが昔から心底嫌いでしたので、アントニン」

 

 「そうかい、そりゃ残念。まあ、好きにしたらいいわな。あばよ」

 

 本当に軽く、それだけ告げて、悪童の死喰い人は去っていった。

 

 壮大なことなど何もなく、世間話をするような気軽さで、戦いに関することなど何も語らぬまま。

 

 

 

 「小さな時計、ですか」

 

 ミネルバ・マクゴナガルは暖炉から去った影を見つめたまま、ふと、懐に手を伸ばし時計の在り処を確認していた。

 

 不安があるわけではない、自分達の未来に暗雲が立ち込めているようには思えないが。

 

 

 「まるで、物語の蚊帳の外に置かれたような気分ですね。主役でない私達はどれだけ望もうとも影すら踏めない。それが幸運なのか不幸なのか」

 

 それだけを呟き、彼女も踵を返して場を離れる。

 

 後に残るは、誰もいなくなった静寂だけ。

 

 

 

 

 「それにしても、母、ですか」

 

 人の悲しみも辛い過去も包み込むような静かな暗闇を歩きながら、ふと彼女は呟いた。

 

 イゾベル・ロスという純血の魔女が、ロバート・マクゴナガルというマグルの男性と結婚し、ミネルバ・マクゴナガルという半純血の魔女は生まれた。

 

 その弟のロバートも、エドガー・ボーンズらと友誼を結び、後に闇祓いの局長となるルーファス・スクリムジョールに“悪戯眼鏡とモテ男”と呼ばれつつ不死鳥の騎士団へと。

 

 ああそうだ、弟たちにアントニン・ドロホフの防衛クラブについて忠告していたあの頃から、マートル・ウォーレンは嫉妬の悪霊で、例の教師も既にいた。

 

 あの頃、まだいなかったのは―――

 

 

 「そういえば、あの人が何時から、どうしてここにいるのか」

 

 そのカップに手で触れると、ああ、確かに母との思い出が浮かんでくる。

 

 そこに嫌なものは何もない。平穏で、優しく、温かな気持ちだけが安らぐように流れていく。

 

 まだ幼い自分が優しく母に抱きしめられている過去の光景を幻視しながら。

 

 視界の片隅で月明りの下、穏やかに、とても穏やかに微笑みながら書を綴っている女性の姿があった。

 

 その輪郭は透けている。なのになぜか、この暗がりの中で目が離せない。

 

 

 なぜかそこにもう一人、母と他愛ない話をして笑っている幼い少年がいるような―――

 

 

 

 

 

 これは、語られなかった一幕。

 

 秘密の部屋にまつわる物語に、大きく関わることのないまま終わった、魂の欠片。

 

 それでも、願う心がある、込められた祈りがある。

 

 

 

 一度でいい、自分の生まれた場所にいつか帰りたいのだと。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。