【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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10話 人に創られし者

 

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【ゴーントの家】

 

 ホグワーツの創始者の血筋は、全てが途絶えた訳ではない。

 それぞれに傍流と呼ばれる家は数多くあり、自称か真実かの区別はつきにくいが、古い家というのは中々に多い。

 ブラック家やオリバンダー家に至っては、紀元前から存在するのだから、創始者の家系よりもなお古いと言える。

 

 そうした中で、サラザール・スリザリンの直系の純血として知られるのがゴーント家だ。

 

 その証を立てるのは簡単である。この家系は蛇語を遺伝継承し、守護霊の魔法などにおいても蛇以外が出ることはないと聞く。

 逆に言えば、パーセルマウスでないならば、実際に血が繋がっていようがゴーント家の者とは認められまい。

 ならばこそ、血の濃縮度合いもまた凄まじい。

 蛇舌同士で交わり、サラザールの血を薄めぬようにと配合を繰り返した執念の結実。

 

 ただしそれは、結局は時代の流れに逆行する徒花に過ぎない。

 近代へ近づくにつれ、マグル生まれの流入は否が応でも増えていく。

 他の純血名家においても、自らの家の血の優越性を誇りはすれど、時代の変化を全く見ないほどの愚か者はいなかった。

 

 だが、ここにその例外の家があった。 

 やがて蛇になる呪いを発現しようとも、最早人の言葉すら話せなくなり、舌のみならず皮膚までも鱗になろうとも。

 彼らはただ、最早価値があるかも分からぬ純血を、頑なに守り続けた。

 

 『そしてやがて、ゴーント家は途絶えたと聞く』

 『いつ絶えたかも知られていない。それほどに彼らは徹底したまま歴史の彼方へ去っていた』

 『彼らに仕えるしもべはなく、魔女の家たる屋敷もそこにはない』

 『そう、墓すらも、何もないのだ』

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「皆さんおはようございます。古代から創始者の時代に至るまで歴史を紐解いていくシリーズも一段落つきましたので、今回は我らの魔法と関わりの深い生き物たち、幻想の生物とはそもそも何たるかという部分について述べていきます」

 

 外部からの侵入など、特に大きな事件もないまま時は平穏に過ぎ去り、イースター休暇も明けて4月に入ったホグワーツ。

 

 厳しかった冬の寒さもすっかり春の暖かさに駆逐され、外でのんびりとランチでも楽しみたい日和だが、悪霊の授業は変わらぬペースで続いていく。

 

 

 「以前、100万年前のホモエレクトスの生殖適齢期等について軽く触れましたが、マグルにおいてはそれらを地質学、生物学、進化学的な説明するように、魔法族もまた古くより様々な幻想の生物の何たるかを解き明かし、そして時には自らの手で創り出してきました。皆さんご存知スクリュートなどが良い例ですね」

 

 そして聞きたくもない名前を容赦なくぶっこんでいくスタイル。

 

 授業を受けている生徒達も最早慣れたもので、授業中だがお構いなしに杖を構え、四方八方あるいは天井や地下に至るまでどこから怪物が湧いて出てきても対処できるよう警戒している。

 

 

 「ではここで先入観を取り払いつつ改めて考えてみましょう、“幻想種とはそもそも何か?”」

 

 そんな生徒達を嘲笑うかのように、何事もなく授業は進む。

 

 憎たらしいことこの上ないが、悪霊教師はよくフェイントを使う。そして、気を抜いて安心した頃に不意打ちで繰り出してくるのだ。

 

 

 「例えばドラゴン。マグルがどれだけ化石を掘っても、彼らは化石となって残らない。少なくとも、“そういうものである”のは事実です。まるで蜃気楼か何かであるように、マグルの世界においてドラゴンの実体は長い時間を保つことが出来ません。簡単に例えるならば、海のクジラと陸のライオンのようなものなのでしょう」

 

 彼らがなぜ、幻想の生き物と呼ばれるか。そして、魔法族や巨人とは何が違うのか。

 

 明確なラインとして、純粋な幻想の生き物は、人との間に混血を作ることはあり得ない。

 

 巨人、小人、小鬼、しもべ妖精、水中人、ケンタウロス、ヴィーラ、バンシーなどとは混血があっても、ゴースト、スフィンクス、キメラ、ドラゴン、ケルベロス、スクリュートとの間に混血はあり得ないということは古来より知られている。

 

 

 「確かにドラゴンは幻想の王と言えるだけの力を持ちますが、マグルの科学が築き上げた都市摩天楼に現れてもその力を維持することは出来ません。あるいは、一瞬で“窒息死”してしまうことすらありうる。かつてニューヨークでニュート・スキャマンダー氏が多くの幻想生物を解き放ってしまった事件がありましたが、幻想生物をこよなく愛する彼にとってはまさに時間との勝負でした」

 

 神秘部の学者は語る。仮に神秘に“濃度”のような概念を導入するとするならば、科学の発展したマグルの都市部ほど薄く、幻創種が跋扈する人跡未踏の地ほど濃いのだと。

 

 アクロマンチュラの生息するボルネオ島の密林然り。多くのドラゴンたちが住まう高地帯や極地、アイスランドの山々など然り。

 

 およそ、大した力のない幻創種ほど、科学都市でも長生きできるだろう。人に見つからぬよう、小さな幻想の隙間で生きていけるから。

 

 逆に、ドラゴンやケルベロスには不可能なこと。どれだけ巨大な鮫であっても陸地では生きられぬように、幻想の生き物には彼らの生息する領域というものがある。

 

 例え幻想に住まおうとも、それが生物の形を取る限りは、適応できぬ地では生きられない。

 

 

 「七万年前の認知革命以後、出アフリカを果たしたサピエンスの一団は、異なる人類を皆殺しにしながらこの星全体へと版図を広げてゆきました。オーストラリアでは多くの飛べぬ鳥が絶滅し、北米大陸や南米大陸でも巨大哺乳類の絶滅は次々と起こる。不思議なことに人類が生息域を広げるのと連動するようにです」

 

 ベーリング海峡を越えて、南北アメリカ大陸にまで進出した人類。時代が更に下れば、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの島々にまでその生息域は広がっていくのだ。

 

 かつては海の魚か空の鳥しかたどり着けなかった絶海の孤島に、どういうわけか中型の猿が進出していく謎現象。

 

 この星における進化の歴史を紐解いたとして、ほどほどに重量のある陸上生物がこのような広大な版図を持つに至るのは珍しい。超大陸パンゲア時代ならばともかく、今は大陸分裂期と呼ばれる地質時代なのだから。

 

 

 「アフリカで進化した初期の人類種にとって、天敵はヒョウやハイエナなどでしたが、ライオンの群れとはある種の“共生関係”、“寄生関係”にあったことも知られています。数万年前の壁画を残した人類文化最初期の“守り神”としては、ライオンの頭を持った人間が多い」

 

 ネコ科の捕食動物の中ではヒョウなどに多く見られるが、捕らえた獲物を木の上に隠し他者に取られぬようにする習性がある。

 

 それは逆に言えば、彼らを前にしては猿の生息域である樹上というのは必ずしも安全圏ではないことを意味する。

 

 当然、手で枝を掴めるぶん枝渡りには猿に一日の長はあるだろうが、地上に降りたところをヒョウに狙われればひとたまりもない。平らな草原では四足歩行の優位は圧倒的だ。

 

 事実、数万年前の段階でもエレクトスらは、広大なインド亜大陸に進出しながらもその生息数はわずかに数千、サピエンスに至っては数百しかいなかったという。

 

 

 「彼らが後に進出したユーラシア大陸にも、ハイエナ、ヒョウ、虎などを始めとした草原の捕食者は多くいました。新石器時代を迎え、集団的でより高度な狩猟技術を身に着ける以前においては、人類は依然として捕食者に出逢わぬよう警戒し続ける弱小の猿の仲間でしかなかった」

 

 そんな原始時代を生きた彼らにとって、雄々しきライオンの群れを率いる個体はどう見えたか。

 

 プライドという群れを率い、勇ましき鬣を持ち、そして自分達が細い木に登れぬほど体躯を持ち、大型の草食動物を狩ることを可能とするからこそ、樹上の猿を主な捕食対象とはしない。

 

 猿を好んで捕食するのは、ライオンよりは小型のヒョウやハイエナに多い。ならばこそ、ハイエナは永遠に人類の嫌われ者だ。絶滅させてやりたいとは幾度も思ったろうが、ハイエナを保護したいと思う人類は皆無であった。

 

 

 「剣とは、人殺しの道具であり権力の象徴である。マグルの紋章に剣を象ったものは多いですが、それと同等かそれ以上に、獅子を象ったものもまた多い。獅子とはアルファ雄を有していた頃の原初の権力の象徴となります」    

 

 つまるところ、サピエンスの特に雄はゴリラやライオンの在り方への憧れを捨てきれない。ヒョウやハイエナから雌や子を守れるだけの屈強な体躯を持つ雄というものは、問答無用で格好良いと目に映る。

 

 魔法族の扱う杖魔法は、どこまでいっても“心の魔法”である。だからこそそうした無意識レベルのイメージや、現実側のマグル達の持つ共通認識、共有幻想と密接な関係性にある。

 

 同時に、蛇や竜は“畏れ”の具現だ。赤子であっても猿の子は蛇を恐れるものである。これは多くの実験からも確認されている。 

 

 

 「犬の吠え声に無意識に身が竦むのもの似た現象であり、遺伝子に刻まれた記憶からの警鐘とも呼べる。これは臆病というよりも、慎重さの表れ。そこで慎重であった者達が、天敵に捕食されずに子孫を残せたと見るべきでしょう。蛮勇と生存戦略は別物ですから」

 

 心の魔法の起源は、魔法族分離前の“原初の信仰”にある。

 

 BC7000年頃にオリエントで農耕革命が起きる以前から、人は様々な虚構の物語を考え、ライオンの頭を持つ人間や、人語を解する鷲などを守り神として崇め奉る文化を持っていた。

 

 同時に、ネアンデルタール人らも墓に花を供える精神性を有していたならば、“先祖のゴースト”という概念はその頃からの古きものだ。

 

 ただし、南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民族、草原のブッシュマンと呼ばれたサン族にはそうした文化を持たぬ者らもいる。

 

 最も古くに分岐したY染色体ハプログループの“A系統”であり、アフリカの最古の住民である彼らは、出アフリカを行うことなく原初の地に留まった。

 

 カナンの地での人類の進出ルート分岐前であり、バベルの塔の神話と無縁の出自を持つ者達。ワガドゥの魔法族ですら、草原での生存戦略においては彼らに遠く及ばない。

 

 あるいは、ユーラシアの中央部でより皆殺しに特化したコーカソイド、フン族などの蛮族のように、魔法と全く由縁を持たない人類もこの星には存在している。

 

 

 「これらはすなわち、サピエンスの遺伝子が刻んできた進化の物語の具象化と言えるかも知れません。現代のマグルの学者が第三期と分類する時代にはディアトリマやサーベルタイガーを始めとした“巨大な幻想になった生き物”が跋扈しており、その当時の人類の祖先は地を這う弱者に過ぎなかった」

 

 ジュラ紀や白亜紀であれば、地上の支配者とはすなわち“恐竜”だ。

 

 ドラゴンが幻想の王であるのは、億年単位で地上の覇者として君臨し続けた“先代”達への畏敬の念が遺伝子に刻まれているからなのか。

 

 

 「と同時に、5億3000年前頃に絶命したカンブリア紀の生き物、バージェス動物群と呼ばれるユニークな身体を持つ者らがおりますが、こちらは古すぎる故か幻創種としてもメジャーにはなっておりません。むしろ、五つの目を持っていたり、口が何個もあったりというその姿は、“気持ちの悪い異形の怪物”として顕現することも多い」

 

 それもまた、進化の物語が持つ側面というものか。

 

 お前たちはとうの昔に終わった生き物だ。子孫を残せないまま絶滅した遺伝子の“失敗作”どもが、何をこの時代にのさばろうという。

 

 覇者ではなくなろうとも一部が鳥類へ進化した恐竜、自分達は滅ぼうとも近縁種は未だに生きるマンモスやナウマンゾウ。それらと違い、貴様らは系統ごとまるごと断絶した敗北者じゃけえ。

 

 マグルの書籍文学が生み出したとある神話体系において、“古のもの”とはそのように語られる。それは忌まわしきものであり、異形のものであり、この星の今にあってはならない名状しがたき怪物なのだと。

 

 

 「地下界に生きる微生物群しかり、深海に生きる者ら然り、“魔法界に生きる大型の魔法生物”よりも更に不可解で謎の進化を遂げた者らは多くおります。そうして考えて見るならば、魔法生物の多くは人間に身近に考えられる想像の範囲が自ずと限界点として決まってくる」

 

 人は、全く見たことも聞いたこともない概念は、想像することすら難しい。

 

 122℃を超える熱水噴出孔ですら生息できる好熱菌ら、アーキアと呼ばれる古細菌など。細菌(バクテリア)、真核生物(ユーカリオタ)と共に、全生物界を3分する彼らの存在は、古い神話や聖書には登場しない。

 

 例え、優れた感性を持つ美術肌の天才がそれを想像したとしても、共同体の凡人たちに同じイメージを持たせられるかは別問題だ。

 

 そのために彼らは壁画を残し、獅子の頭を持つ人間を、犬の頭を持つアヌビス神をと、様々に虚構の神話を築き上げてきた。

 

 

 「その代表例を挙げれば、“人語を解する幻想の生き物”となりましょう。スフィンクス、ケルベロス、アクロマンチュラ、バジリスクなどが該当しますが、それらはいずれも人によって作り出された人工の幻想生物でもある」

 

 ピラミッドを守る番人として想像されたスフィンクス。

 

 冥府の番犬という幻想から現出したケルベロス。

 

 魔法の宝を守る巨大蜘蛛として叡智を持つアクロマンチュラ。

 

 そして、親から生まれることすらない、毒蛇の王バジリスク。

 

 

 「特にバジリスクなどは幻想生物の極致と言えるでしょう。ヒキガエルの腹の下で孵化させた鶏の卵より生じるとされるそれは、“純粋な呪術”によって合成された魔法生物に他なりません。始まりからして生物らしさなど微塵もないわけですから、その存在はむしろ、アッシュワインダーなど魔法の火から生じる蛇などに通じるものがある」

 

 一言でまとめれば、バジリスクとは闇の魔法使いが作り出す魔法兵器だ。

 

 餌を石化させてしまう捕食動物など自然界に存在するはずもなく、人の創り出した様々な神話、虚構の集合の産物でしかありえない。

 

 

 「ギリシアの腐ったハーポが生み出すならば、それは石化の蛇となる。ギリシア神話では石化の邪眼としてゴルゴーンが有名であり、そうしたある種魔法文化的な地盤に基づく魔法生物が顕現する。当然、創り手の技量はそのまま反映されます」

 

 それは呪術の塊なのだから、並の術者ではそもそもバジリスクを生み出すことすら叶わない。

 

 そして、ケルトの神話に伝わる怪物で、竜や蛇に近しい属性を持つ神格といえば、邪竜クロウ・クルーワッハなどが挙げられる。

 

 これもまた、呼び出す者によって力が上下するという伝承を持つ怪物であり、フィルヴォルグ族のドルイド僧が呼び出した時は、ダナン族の王ヌァザに討たれたが、直死の魔眼を持つフォモールの巨人王バロールに呼び出されたそれは、巨大な呪いによってヌァザを殺している。

 

 

 「そして同時に、これは覚えておきなさい。人語を解する魔法生物は“宝を守る番人”の側面を常に持つ。ホグワーツのアクロマンチュラもケルベロスも、生徒達を“守るべき宝”と認識する魔法を創始者らによってかけられています」

 

 ならばこその、難攻不落のホグワーツ。跋扈する怪物達を出し抜いて、宝を盗み出すことの難しさよ。

 

 

 「ただし、スクリュートや処刑器具らは若干例外です。生徒を守るべき宝とは微塵も思っておらず、嘲笑の対象か黒歴史の材料としか見ていない悪霊に育てられれば、本能のままに人間を食べる怪物となるのは自明の理というもの」

 

 そしていけしゃあしゃあと告げる凶悪犯人。そうだよ、テメエが原因なんだよ。

 

 

 「これも重ねて言いますが、ヘルガ様に感謝なさい生徒達。創始者らが慙愧の念に凝り固まった時計塔を封じていなければ、より碌でも無い状態になっていたことでしょう。疑念と疑心、差別と迫害が蔓延る伏魔殿か万魔殿か。例によって言いましょう、“私のようになりたいですか?”」

 

 そんな者は絶対にいてたまるか、例え死喰い人だって御免こうむる。

 

 無言の団結力を発揮する生徒達の視線はそう語っているが、いつもの如くスルーしていく悪霊教師。

 

 こうしてまた、ヘルガ像の彫刻が盛んになる。ドクズ悪霊を殺してくれそうな存在として、サラザール像も作られるかもしれない。

 

 

 「では、ここで本日の課題を出しましょう。過去の進化の記録、遺伝子の物語などを軸に多くの魔法生物が幻想として想像されたわけですが、その先についてはどうか。未来において新たに創造されうる幻想生物と、それを成立させうる基盤について各々アイデアを出しなさい。分かりやすい例がスクリュートです、これはホグワーツを基盤にして生まれた“新型の幻想生物”ですから」

 

 それはつまり、スクリュートを幻想生物として成立させているのは今を生きる生徒達、あるいは卒業していったOB達の“畏れと嫌悪”であり。

 

 彼らがスクリュートを忘れたり、あるいは別に変哲のない“普通の生き物”と思ったならば、それらは果たして消えるのか。それとも、巨人や小人達のように、普通の生き物との混血が可能な存在へと生まれ変わるのか。

 

 

 「忘れるなかれ、幻想とは本当に儚き砂上の楼閣の如き境界線の上に成り立っています。そのバランスが僅かでも崩れれば、現と夢は混ざり合ってしまう。その先にあるのは混沌だけであり、混沌の楽土の果てに皆殺しの荒野ばかりが広がるのが、サピエンスの歴史というものです」

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「ねえジニー、ドラコお兄様は本当に大丈夫なのかしら、心配だわ」

 

 「心配なのは分かるけど、私に聞かれても困るわよ。でもまあ、ダンブルドア先生が向かってくれたのだからきっと大丈夫よ」

 

 「だから心配なのですわ。あの孫ボケじじ…お爺さまでは、耄碌して不覚をとってしまったりしませんこと?」

 

 「貴女って本当にダンブルドア先生のこと嫌いなのね」

 

 「ええ、嫌いですわ。そりゃ当然あの悪霊教師の方が嫌いですけど、それに次ぐくらいには」

 

 既に秘密の部屋の入り口は発見されたが、探索組で一緒になった少女たちは習慣になってしまったのか昼の休みに集うことが多い。

 

 ルーナは例によって見えない不思議な生き物を探して何処かへ行ってしまった。相変わらずのマイペースさだが、最早二人にとっては慣れたもの。

 

 目下のところ、デルフィーニ・スナイド嬢の心配事は、ドラコ・マルフォイが実家から急報を受け、特別申請したポートキーでマルフォイ家に帰省していることである。

 

 火事があった、焼き討ちだったとスリザリンでは密かに噂されているが、真相はまだ伝わっていない。彼が実家に戻ったのはほんの昨日のことだから仕方ないとも言えるが。

 

 彼女にとってもこの一日は、気が遠くなるほど長く感じる時間であったろう。

 

 

 「やっぱり、死喰い人の仕業なのでしょうか……まさか、お父様やお母様が関わってるなんてことは」

 

 「それは流石にないんじゃない? だったら貴女をそもそもマルフォイ家に預けたりしないし、いつも貴女が言ってるけど身内を重んじるのがスリザリンなんでしょう」

 

 「それはその通りですわ。けれど、だからこそ身内の裏切りを絶対に許さないのもスリザリンなのです。硬い岩というものは罅が入るとぱっかりと割れてしまうものですから」

 

 余程心配であるのか、いつもの刺々しい口調は鳴りを潜め、ジニーを相手にも丁寧口調になっている。恐らく、彼女自身気付いていないのだろう。

 

 スリザリンである彼女にとっては考えたくないこと、しかし、拭うことが難しい不安である。

 

 そもそも、魔法戦争とは身内の内ゲバから始まったに等しいのだから。

 

 もし闇の帝王がマルフォイ家を討つべき裏切り者と断じたならば、死喰い人であるスナイド家は、いったいどうすればよいだろうか。

 

 

 「ああもう、どうしてこんな大事なことにわたくしは気付かなかったのですか。死喰い人と不死鳥の騎士団がぶつかるなら、知り合い同士が戦うことだって」

 

 「……まあ、考えたくはないことよね。私も、そんな悪夢は見たくないもの、って、嫌な夢を思い出しちゃったわ」

 

 「貴女が悪夢を、ですの?」

 

 「あまり思い出したくないことだけど、変な日記を拾ってからしばらく経って、あのハロウィンの夜に嫌な夢を見たわ。魔法省とダンブルドア先生が仲違いしちゃって、貴女もよく知ってるうちの兄のパーシーもそれで、家から出ていっちゃうの」

 

 「結束の強いウィーズリーがですか? それに、あのパーシーさんが貴女の家から出ていくなんて考えられませんわよ。何より―――」

 

 家族が引き裂かれるなんて、そんなの悲しすぎるじゃありませんか。

 

 と、出かかった言葉を飲み込んで、デルフィーニは不吉な予感を振り払うように天井を仰いだ。

 

 

 「寝起きも最悪だったわよ。あんまりにもムシャクシャしたから鞄を窓からぶん投げちゃって、ノートや教科書を拾いに行く羽目になったし」

 

 「それは自業自得でしてよ。ですけど、そう、戦争で家族がバラバラになるのは本当に怖いことですわ」

 

 なぜだろう、どうして自分は、家族がバラバラになって争うことを恐れるのか。まるで、昔の罪を恐れるように。

 

 ナルシッサのいるマルフォイ家に、死喰い人が原因で災禍が及ぶことが、怖くて怖くて仕方ない。

 

 

 「ああもう! やめよやめ! こんなの考えててもいいことないわ。それよりも、夕方の決闘クラブのことでも話しましょう。どうせ私と貴女で組むことになるのだから、思いっきりふっ飛ばしてあげる。覚悟するのね」

 

 「ふふ、何ですの。今日はジニーから挑んでくるなんて」

 

 「気に入らないことがあったらとにかくぶっ飛ばす、それがグリフィンドール流なのよ。ハーマイオニーですらそこはそうなんだから」

 

 「確かに、勇ましきグレンジャー将軍は常に正面突破ですわね」

 

 ライバルと認める相手から、決闘について発破をかけられて黙っていたのでは、蛇寮が廃るというもの。

 

 友人の不器用な慰め方に内心では感謝しつつ、それでも口には出さず。

 

 

 「決闘クラブには、メローピーさまはいらっしゃるのでしょうか」

 

 彼女は異なることを口にしていた。

 

 胸にしまったロケットへ、無意識に手を伸ばしていることには気付かぬまま。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「さてと、そろそろ決闘クラブが始まる時間帯となりますね。私は理事長閣下のちょっとした依頼によって参加というか、見張りというかをすることになっているのですが、皆さんはどうなさいます?」

 

 そして夕方、いつもの印刷室に集まっている悪霊たち。

 

 ホグワーツの誇る決闘チャンピオンことフィリウス・フリットウィック先生の主導で開催される“決闘クラブ”。それらの事前告知も事務方の役割だったので、当然内容については知っている。

 

 

 「アタシも行くわ。例の話については無関係じゃないし。それに、シグナスの阿呆の尻拭いってわけじゃないけど、アイツがどうするかは気になるから」

 

 「そうですね、貴女にとっては最早数少なくなってきた生前の知人に関することです。見届けるというのは悪いことでもないでしょう」

 

 「しっかしね、未だにちょっと信じられないわ。ほんとに、デルフィーニがベラトリックス本人なの?」

 

 「それを確かめるための決闘クラブです。お辞儀をしてみれば全ては分かりましょう」

 

 探索組の秘密の部屋の調査は進んだが、しかし、部屋は開かれない。

 

 一度、ダンブルドアも加えてハリーを連れて蛇語を試してはみたが、入り口のパイプまでしか開くことはなく、蛇の彫刻が刻まれた重厚な扉は黙したまま。

 

 そうして、若干手がかりを失った感のあったところに、シグナス・ブラックから報告があった。

 

 

 【私の推測に間違いがなければ、スリザリンの一年生、デルフィーニ・スナイドこそが、我が娘ベラトリックスである】

 

 と。

 

 既に、マルフォイ家やレストレンジ家の係累、さらにはダームストラング専門学校に至るまで連絡を飛ばし、前後関係の把握のために動いてはいる。

 

 ドラコが一度マルフォイ家に戻ったのはそのためであり、ダームストラングにはダンブルドア校長自らが向かった。秘密主義のあの学校は、直接足を運ばねばなかなか情報を引き出せない。

 

 そして、城に集まったブラック家面子は監視対象を彼女に切り替え、こうして最終確認も兼ねて“決闘クラブ”の開催となったのであった。

 

 

 

 「アンタにしてはまともな発言ね。それで、メローピーは……って、あらら」

 

 ふとマートルさんが視線を向けると、そこには何とも微笑ましい光景が広がっていた。

 

 

 「ふぇ、マーマぁ……」

 

 「ふふ、お母さんはここにいますよ。良い子でおやすみなさい、アリアナちゃん」

 

 「うん…」

 

 幽霊なのにウトウトとしながら、机に座って書物をしている女性の隣で眠たそうにしている亡霊少女。

 

 そして、左手でその頭を優しく撫でながらも、ゆっくりと書物を続ける女性。

 

 写真にとって題名を付けるならば、“母と子のひととき”となるだろうか。

 

 

 「あれを業務に連れ出すってのは、野暮かしら」

 

 「たとえ幽霊であろうと、侵すべかざる聖域ありといったところですか。特にこの城においてアリアナちゃんに関わるなら尚更に」

 

 「それにしても、最近ホントに未亡人っていうか、お母さんっぽくなったわねあの子」

 

 「アリアナちゃんもそんな気配を感じてか、以前にまして懐いていますね。とっても賢い子ですから本当の母親とは違うことは当然存じているでしょうが、母性の強い女性に甘えたいのは子供の本能のようなものです。我慢するほうが却って悪影響が出るでしょう」

 

 幽霊、亡霊というものは、未練や本能には忠実だ。

 

 幸せの少女であるアリアナちゃんとて例外ではない。だからこそアルバスお爺ちゃんやアバーフォースお兄さんには存分に甘えているのであり、そして、今のメローピー・ゴーントにも甘えている。

 

 そう、幸せなこの美麗な刹那を、決して忘れないよう味わい尽くすように。 

 

 

 「ま、独身組はさっさと仕事にいくわよ」

 

 「私を独身と定義するのもどうなんですかね」

 

 「確かに、生物学というか考古学というか、わけ解んない区分になりそうだわ」

 

 こと、男女の機微などというものと、最も縁遠いのがノーグレイブ・ダッハウだ。

 

 何せこの悪霊、人であったことがなく、恋愛と言えば黒歴史の常連くらいにしか思っていまい。

 

 

 「でも、ほんとにあの子にとって大切なこと。大切な相手へ書いているのね。アタシもペチュニアへの手紙を書く時はそうだけど、ああやって“手で”書いてるもの」

 

 「自動速記羽ペンを念動で走らすとは違うと、結果的に見れば変わらないはずですが」

 

 「それでもやっぱり、込める想いが違うのよ。アンタには分かんないでしょうけどね」

 

 「そういうものですか」

 

 「ええ、そういうものなの」

 

 ポルターガイストのピーブズもそうだが、例えモノに触れることが可能だとしても、本質的は“そういう風に動かしているだけ”。

 

 結局は、羽ペンを念力で動かすか、手を添えて自分で書いているつもりになっているかの違いでしかない。

 

 そしてだからこそ、悪霊教師は自分の手でモノを書いたことなどない。そんなリソースの無駄は、余分でしかないのだから。

 

 

 「相手を想って、自分の気持ちが伝わって欲しいと願って、一字一字、綴っていくから意味があるの。親友相手なら当然だし、それが、自分の孤独を慰めるための脳内のお友達であってもね。要は、自分の気持ちに向き合ってるも同然なんだから、鏡をしっかり見つめるようなものなのよ」

 

 「なるほど、現実逃避のように見えて、実は現実を直視してもいると。やはり人間というものは面白い。私も授業でよく生徒達に歴史の現実を直視しろと言っていますが、“自分自身という歴史を直視する”というのは、盲点になりがちなのかもしれません」

 

 この悪霊のように、本体が別にある上に肉体がないならば、常に意図的に自分自身をも観測する。

 

 しかし、人間にとっては肉体は不可分なのだ。常にそこにあるのが当たり前で、意識するまでもないことだから、案外と直視して観察することは少ない。 

 

 正確に言えば、そこにピークなど何もない日常だから、記憶のシステムに留まれないのだ。

 

 

 「年頃の女の子が、一番鏡を見て自分を直視するときって言ったら恋なのよ。何せその波動を感知してこのマートルさんが現れるんだから」

 

 「まさに経験則ですね。鏡の中の悪魔と向き合い続けた忌まわしき歴史が、貴女という嫉妬のゴーストに繋がったとは、これまた歴史の妙味というものです」

 

 好いた異性にどう見られるかと、まさに鏡を見て一喜一憂。

 

 恋は少女の華であり、その装いは戦士の鎧に等しい。たかが子供の恋愛と侮るなかれ、そこに情念と熱量があるならば、奇跡だって起こせるのが魔法なのだ。

 

 

 「しかし、彼女は恋をしているようには見えませんね。この私ですら、アレが恋心ではないことは分かります」

 

 「でしょうね、とっても似ていて、でも決定的に違う。ええそう、アタシがこうしてアタシで在れるのも、ママとパパのおかげなんだから」

 

 それ以上を語るのは野暮と言わんばかりに、マートルさんはフワフワと浮いて会場へと向かう。

 

 残されたダッハウは、もう一度だけ振り向いて、優しく幼子を撫でる女性の姿を目視で確認するが。

 

 

 「記録だけなら容易なのですが、何が違うのかはやはり私には分かりかねますね。つくづく、精神という分野は機械的な認知問題における鬼門というべきか」

 

 気象であろうが、重力であろうが、物理法則の如何なる複雑な問題であろうと、即座に解いてみせるスーパーコンピューターであろうとも。

 

 こればかりは、今も昔も、そして未来であろうとも、鬼門中の鬼門と呼べる命題だ。

 

 人の心は計り知れない。そして、心とは容易く濁って淀んでしまうからこそ、サピエンスの歴史は迫害と差別に満ちている。

 

 

 「貴女の嘆きも分かろうというもの、我が創始者よ。なぜにサピエンスは私ですら美しいと感じる光景を、自ら穢し、壊し続ける道ばかりを選ぶのか。理解に苦しみますね」

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「おや? ふむ、なるほど、些か無粋ですがこのタイミングでそう来ましたか。こちらは了解いたしましたヘレナ校長。先生方や闇祓いへの伝達は頼みますが、怪物らの起動についてはお任せを。まあ、自動防衛だけで充分かと」

 

 「あら、ここで侵入者?」

 

 印刷室を離れて間もなく、悪霊たちのネットワークに通信あり。

 

 彼らは城の備品も同然なのだから、既に絵画や甲冑、仕掛け階段などの類にまでこの“警報”は伝わっているだろう。魔法の城の防衛機能は甘くはない。

 

 

 「それも、意表を突いてというよりも無謀というべきか、必要の部屋からの侵入です。入ってきたのは死喰い人が八名、マクネア、ヤックスリー、カロー兄妹、トラバース、セルウィン、ロウル、そして、オーガスタス・ルックウッド。即座に全員身バレしているのは、あの部屋がヘレナ校長の管理下にあるためですね」

 

 「そりゃまた残念な侵入者もいたものね、バレないとでも思ったのかしら?」

 

 ホグズミード村のホッグズ・ヘッド・パブから必要の部屋へと繋がる抜け道があることを知る人間は少ないが、当然の如くレイブンクローの創始者の娘は知っている。

 

 そして、処刑器具や怪物が跋扈するのは夜であるため、こうして生徒達が活動している時間帯の方が人質を取るならばやりやすくはあるだろう。ただしそれは、城の迎撃機構が動いていなければの話だ。

 

 

 「オーガスタス・ルックウッドは神秘部の無言者であり、レイブンクローの卒業生です。その辺りは知っていたはずですが、どうやら去年の侵入の際にある程度警報の目をかいくぐるための“仕掛け”を施していたようですね。ただしこれは、侵入路というよりも、片道切符の特攻経路と言うべき部類だ」

 

 あるいは、ルックウッド自身もそんなつもりであるのかもしれない。

 

 この秘密の部屋に関わる死喰い人らの動きは、何もかも精彩を欠いたチグハグなもの。ヤケクソというわけではなかろうが、ドロホフがそうであったように彼もまた分霊箱の変化に何か感じるものがあったのか。

 

 そもそも、ここを本当に正念場と決めているならば、エバン・ロジエール、アントニン・ドロホフ、ロドルファス・レストレンジ、ラバスタン・レストレンジ、バーテミウス・クラウチ・ジュニアらの大幹部が不在であるのはおかしい。

 

 

 「少なくとも、組織として意思統一が取れていないのは間違いない。確実に、首魁であるヴォルデモート卿との連絡が取れなくなっているのでしょう。あるいは、彼はもう既に存在しないのかもしれませんが」

 

 「何ともお粗末なものじゃないの。ま、とにかくアタシの行く先はトイレに変更ね。死喰い人がデルフィーニを狙ってくる可能性は高いでしょうけど、要はゴールを抑えちゃえばいいわけだし」

 

 「そうなります。敵が秘密の部屋を目指すというなら、こちらは当然網と罠をその前に置くだけのこと。罠を回避しようとすればするほど、ドツボにはまるのが魔法の城というものですから、こうなるくらいならば正面突破でも試みればよいものを」

 

 まさしく、中途半端としか言いようがあるまい。

 

 明確な指揮系統を欠いたまま、破れかぶれの突撃を試みたところで良い結果に繋がることなどあるはずがなかろうに。

 

 

 「私は例によって4階の廊下から傍観させて貰います。いやはやしかし、印刷室にメローピーさんとアリアナちゃん、トイレにマートルさん、4階廊下に私とは。侵入者たちも悪い時に来たものです。時期を読む力がないのか、極端に運が悪いのか」

 

 「まさに鉄壁の布陣ってやつね。ダンブルドア先生は不在だけど、たかが8人程度の死喰い人でどうにかなるホグワーツじゃないわよ」

 

 「そこもまた、アルバス・ダンブルドア校長という存在の持つ戦略価値ですね。彼の力があまりに大きいために、攻撃側は“ダンブルドアさえいなければ”と他の戦力をどうしても過小評価してしまう。むしろ、あくまで校長先生は一人しかいないわけですから、生徒を人質に取るなら警戒すべきは怪物たちのほうでありましょうに」

 

 死喰い人たちにとって見れば、かつての母校の校長であり魔法戦争で不死鳥の騎士団を率いたアルバス・ダンブルドアを無視など出来ない。

 

 だが、その時点で彼らは思考が狭まっているとも言える。より柔軟に広く物事を見ているならば、やりようはいくらでもあるはずなのに。

 

 彼が不在であると聞けば、今こそ千載一遇の好機とばかりに踏み込みたくなってしまう。ここを逃せば後がないと、強迫観念に駆られるように。

 

 

 「結局のところ、彼らは拘りすぎている。純血名家の新天地を作りたいならばカラハリ砂漠でもパタゴニアでも南極でも、どこでも目指せばよいだけのこと。ボルネオ島にもニューギニア島にも、マグルの手の及ばぬ人跡未踏の地などいくらでもある。気象衛星が見ているからといって、そこに人間の都市があるわけではない」

 

 「古くて狭い、自分達の昔からの場所に拘りすぎる。確かにスリザリンの欠点なのかもしれないわね、そういうところは。無謀で馬鹿だけど新しいこと大好きなグリフィンドールを少し見習うべきだと思うわ」

 

 死喰い人達は、“スリザリン”であることに縛られている。

 

 だからこそ、闇の帝王から秘密の部屋を開けと命じられれば、それが戦略的に厳しくなっても無謀な突撃を敢行してしまう。

 

 

 

 「ではでは、これが恐らく最後の祭りとなります。生徒という宝を守る怪物たちの跋扈するホグワーツへようこそ。貴方達の無謀なる侵入劇が如何なる末路へ辿り着くか、時計塔は余さず観測いたします。願わくば、詰まらない寸劇で終わらずに面白い歌劇とならんことを」

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「あらルーナ、貴女も決闘クラブに行くの?」

 

 「ううん、デルちゃんに会いに来ただけだよ。決闘にまったく興味がないわけじゃないけど」

 

 「そう、どっちにせよ目的地は同じなら一緒に行きましょう」

 

 「あの子、とっても不安そうだったから。そういう時は誰かが傍にいてあげないと駄目なの。じゃないとセストラルやグリムに憑かれちゃう」

 

 「グリムって、それまた不吉ね」

 

 時は少しだけ遡り、ちょうど死喰い人らが必要の部屋に現れた頃。

 

 グリフィンドールとレイブンクローの少女二人は不安そうな友人のために、急ぎ足で会場へと向かっていた。

 

 

 「って貴女、何でスクリュートを連れてるの」

 

 「念の為だよ」

 

 秘密の部屋探索で日常的に成りすぎたのでジニーはすぐに気付けなかったが、ルーナは紐で繋がれたスクリュートを連れていた。

 

 彼女の奇行は今に始まったことではなく、この姿もまた彼女の“ルーニー”っぷりに拍車をかけているのだが、そんなことルーナは気にしない。

 

 

 「念の為って―――あ、デルフィーニいたわ。あんなところで何してるのかしら」

 

 思わずツッコミをいれそうになったが、しかし遠目に尋ね人を見つけ不発に終わる。

 

 決闘クラブの会場へと続く廊下に途中で、なぜか壁を見つめて立っているのは間違いなくデルフィーニ・スナイドの姿。

 

 

 「………」

 

 「どうしたのデルフィーニ、廊下の真ん中でぼうっと突っ立って、って、ルーナ?」

 

 「待ってジニー、あれは、デルちゃんじゃない」

 

 歩み寄ろうとしたジニーの腕を掴み、いつにない冷静な瞳でルーナが止めた。

 

 そして、何処か遠くを見るような感じで固まっていたスリザリンの少女は、懐からロケットを取り出し――

 

 

 「ようやく目覚めた、ついに秘密の部屋が開かれる時が来た。来い、死喰い人の同胞達よ! ボンバーダ・マキシマ!」

 

 一年生の少女ならばとても使えるはずのない、巨大な爆発を起こす爆裂魔法を、開戦の号砲を告げる合図のように放ったのだった。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 

スリザリン寮、デルフィーニ・スナイドの部屋の秘密の日記より

 

 

『ああ、何ということだ。この私は消えるのか……』

 

『培ってきた魔法も、人生も、全てを擲ってこの潜入に賭けたというのに』

 

『デルフィーニ、デルフィーニ、その名前が私を苛む』

 

『いいや違う、私はベラトリックス、最もあの方に忠実に仕えし死喰い人』

 

『なぜだ。どうして意識が朦朧とする、この身体は若返ったといえ私のものなのに』

 

『偉大なるあの方、その名は、その名は―――誰だ?』

 

『どうして、どうして、浮かぶのはあの頃のホグワーツばかり。ああ、過去と今が混ざっていく』

 

『お父様、なぜ貴方はそこにいるのですか?』

 

『お母様、どうしてこんなにも貴女に逢いたくてたまらないの?』

 

『アン、ナル、可愛い貴女達にまた逢いたい』

 

『女の子はいつでもピカピカ輝いていなきゃと、メローピー様もおっしゃっていたのに』

 

『私はいったい、何処で何を間違ってしまったのでしょうか―――』

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