【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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5話 謎の未亡人メローピー

 

 

 

 「“光陰矢の如し”とは、さてさて、東洋に伝わる諺だったでしょうか」

 

 ゴーストにはまるで似つかわしくない夏の強い日差しの中。

 

 今日も今日とて幽霊教師ノーグレイブ・ダッハウは墓地にて清掃を行っている。

 (ただし、成仏なさったビンズ先生が喜んでいるかは誰にも分からない)

 

 今はホグワーツも夏季休暇に入っており、あと一月もすれば在校生は休暇から戻り、新入生が期待と不安に胸を踊らせながらキングス・クロス駅に向かう。

 

 生徒のいない学び舎にあっても、幽霊は何時だって幽霊であり、試験も何も関係ない。

 

 

 「最初の授業で質問していた貴女の姿を今でも鮮明に思い出せますが、あれからもう8年にもなるのですねぇ、スプラウト先生」

 

 「そんな染み染み言わないでください、ダッハウ先生」

 

 ゴースト教師の隣で作業を行っているのは、いつもの悪霊仲間のマートルさんではなく、教員としての同僚となった新米教師のポモーナ・スプラウト女史。

 

 卒業を迎えた後そのまま教師見習いとしてホグワーツに残り、1ヶ月後の新学期からはいよいよ薬草学の授業を受け持つこととなっている。

 

 初授業成功への願掛けと、感謝の意を込めて、歴代の教師の方々の墓の清掃を手伝っているのである。

 

 

 「貴女達は私にとっても最初の生徒たちでしたから、なかなかに感慨深いものがあるのですよ。私の存在があと何百年続くは分かりませんが、やはり最初の生徒たちというのは何時になっても忘れないものでしょうし。何より、貴女達は実に優秀で印象深い生徒たちでした」

 

 「そう言ってもらえると照れますね」

 

 「それに、医務室を預かることとなったポンフリー先生もです。ホグワーツの歴史を見通しても、同世代の卒業生が揃って二人共教職見習いとして残るというのはなかなか珍しい。いつもなら、教師の補充に頭を悩ませるのが校長の慣例ですので」

 

 ハッフルパフのポモーナ・スプラウトと、レイブンクローのポピー・ポンフリー。

 

 グリフィンドールのルーファス・スクリムジョールと、スリザリンのロドルファス・レストレンジと共に、あの世代のホグワーツの顔役となった四名。

 

 男性二人はそれぞれ魔法省へとキャリアを進め、今もライバル関係にあると伝え聞くが、女性二人は揃ってホグワーツに残る道を選んだ。

 

 そこには、“とある事情”が大きく絡んでおり、その経緯についてもこの悪霊魔法史教師は聞き知っている。

 

 というか、このホグワーツで彼の耳に入らない情報はほぼないと言ってよいだろう。

 

 なにせ幽霊はそこかしこに偏在しており、全てのゴーストが彼の目となり耳となるのだから。

 

 

 「そういう年には面白いことが起きやすい。これでなかなか、新学期を楽しみにしている訳でして」

 

 「珍しいですね。ダッハウ先生が“楽しみ”だなんて」

 

 「何事も予兆というものはあります。農作物にも豊作があれば不作があるものならば、“印象的な生徒”がまとまってくる年にも波というものがある」

 

 「それが、今年だと?」

 

 「ええ、成績は相対的なものですから、毎年必ず首席が出ます。しかし、貴女達の世代の四人や、あるいはその6年前、所謂“マクゴナガル世代”の四人のように、個性的な生徒たちがなぜか四寮に同時に現れるのも、ホグワーツの伝統的な“流れ”なのですよ。7年から10年くらいの周期でしょうか」

 

 特にここ4年ほどは、あまり大きな騒動もなく、“問題児集団”も発生していない。

 

 個々人では常に奇人変人がいるのはホグワーツの常であるものの、やはり大きな事を起こすならば実力と行動力を伴った集団というものが必要となる。

 

 変身クラブや決闘クラブ然り、あるいは、ルーファス・スクリムジョールの作り上げた学生自警団と、ロドルファス・レストレンジの蛇寮自治機構しかり。

 

 

 「特に今年はあの子が入学する訳ですから、絶対に何かがありますよ」

 

 「はぁ、何事も起きて欲しくないというのは、儚い望みでしょうね」

 

 「何事かが起きると分かっていたからこそ、貴女もポンフリー先生も、教師として残ることを選んだのでしょう。その決断は見事であると思いますし、ならばこそその結果が如何なるものであれ、私は歴史を記録しましょう。マンドレイクの栽培と石化治療薬の貯蔵は十分ですか?」

 

 この男は変わらない。何一つ変わらない。

 

 どれほど時代が動こうとも、世代が変わっていこうとも、幽霊教師は歴史の観測者であり続ける。

 

 それこそが、二代目魔法史教師としての、彼のレゾンデートルでもあるのだから。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「というわけでマートルさん。入学名簿の作成は終わりましたか?」

 

 「何がというわけかはさっぱり知らないけど、新入生向けのふくろう便ならもう飛ばしたわよ。この辺は毎年のルーチンだしね」

 

 そこが学び舎であるならば、当然のごとく事務室というものは存在する。

 

 マグル世界と異なるのは、そこにあるのが自動速記羽ペンやら、ポルターガイストやら、動く石像やら絵画やら、ともかく生きた人間が一人もいないということだろう。

 

 ビンズ先生がゴーストになってなお教師を続けたように、絵画やゴーストになってなお、数百年もの時を超えて事務員を続ける筋金入りの猛者たちがこの魔法の城には多くいるのであった。

 

 ワーカーホリックという言葉では括りきれない、業務への執念、いや、怨念というべきか。

 

 

 「それはご苦労さまです。裏側管理人業務補佐としても、だいぶ板について来ましたね」

 

 「別になりたくて成ったわけじゃないけど。毎年やってりゃ馬鹿でも慣れるわよ」

 

 「それがなかなか、“残留思念組”の皆さんはそうもいかないのですよ。生前と同じ業務ならばこなせるのですが、時代の変化に弱いというのは如何ともし難い。タイプライターとか使えませんし」

 

 「うん、まあ、そこは分かるわね。確かにここにはたくさんの幽霊たちがいるけど、大半は“死蔵”されてた感じだわ」

 

 事務員の霊魂が何人いたところで、それが300年前と同じ業務しか出来ないならば、いないも同然である。いかな魔法界とて、300年前のやり方そのままでは現代では通用しない。

 

 まして、事務方幽霊はマートルさんのように生徒たちから“燃料”を補給している訳でもないので、存在するだけでもやがては薄れていく。

 

 彼らがこれまで“死蔵”されていたのも、意味のない消失を防ぐためであり、結局のところ幽霊という存在は人と関わらずには存在意義を発揮できない。

 

 紙と文字を相手にする作業ではなく、人間の感情が伴った呪い呪われこそが幽霊の本分、これが、不幸の手紙や呪いの魔導書ならまた話は違うだろうが。

 

 

 「死蔵されていたホグワーツの方々に油を差すのも、裏側管理人としての私の仕事の一環です。例え貴女が分からない昔からの事務仕事であっても、彼らを起動させさえすれば後はやってくれるのは便利です。前例のない処理や型式の作成だけは、私かマートルさんしか出来ないのは如何ともし難いですが」

 

 「それもそろそろ厳しいと思うのだけどね、普通に事務員雇っちゃだめなの?」

 

 「それが常套手段なのは間違いありませんが、当たり前過ぎて面白みに欠けます。ここは魔法の城、幻想の境界線たるホグワーツなのですから、何事も魔法っぽくいきたいではありませんか」

 

 「はぁ、時折見せるアンタのその謎の拘りはなんなのよ」

 

 「それこそがゴーストたる証。拘りなくして、残留思念などやってられません。それに、完全に無意味ならば校長先生に止められていますよ」

 

 「そりゃ確かに」

 

 「古い魔法は何とも曖昧で、私も全容はさっぱりですが。事務員を雇って対処するのが“現実的な”マグルの手段ならば、幽霊を使って対処するのは“幻想的な”魔法族の手段。効率重視がマグルならば、風情重視が魔法族。といった具合ですかね」

 

 それがどう作用し、何が起きるかは蓋を開けてみてのお楽しみ。

 

 魔法の杖を振ってみるとは、つまりはそういうことなのだから。

 

 自動機械に魔法薬の調合をやらせても、現実的で効率的な手法では、“不思議な魔法薬”は生成できないのだ。

 

 

 

 「それはともかくマートルさん、今年度の新入生の名簿はどこに……おや?」

 「みゃ~」

 

 ホグワーツの管理人部屋、兼事務室ともなっているその部屋に、闖入者が一人。

 

 いいや、一匹というべきか。

 

 「ミセス・ノリスじゃないの、久しぶりに見たわ」

 

 「私もです。最後に見かけたのははて、何時でしたかね」

 

 管理人室に住む猫。

 

 ホグワーツを徘徊する猫。

 

 校則違反の生徒を見つけては、怒りながら注意するように管理人へ知らせに行く猫。

 

 ただし、挙動がどこか愛らしいところもあるので、新入生の女子からは人気のある猫。

 

 管理人と常にセットで語られるホグワーツで最も有名な猫、ミセス・ノリスがそこにいた。

 

 

 「おお、名簿を持ってきてくださったのですね。ありがとうございます、ミセス・ノリス」

 「みゃあ」

 

 “どういたしまして”と言わんばかりに軽く鳴き声をあげる。

 

 確かに意思と知恵の感じられるその動作は、動物もどきのマクゴナガル先生の猫形態にも少し似ていると言った生徒もいた。

 (猫好きマクゴナガル先生はその生徒を加点すべきか減点すべきかしばらく悩んだとのこと)

 

 

 「ミセス・ノリスも、今年の新入生に興味あるのかしら?」

 

 「かも知れませんね。何せ、私よりは賢い猫ですから」

 

 「それもどうなのよ」

 

 ゴーストのやり取りを無視しつつ、管理人室の愛猫は名簿を眺めている。確かに傍目には、誰かの名前を探しているようでもあった。

 

 ミセス・ノリスが毎年、新入生の名簿を見ていることは悪霊教師も以前から知ってはいたが、こうして直に見るのはひょっとしたら初めてかもしれない。

 

 

 「実際、彼女が何時頃からこの城にいるのか、私も詳しくは知らないのですよ。ホグワーツ特急の車内販売のお婆さんと似たような存在かとは思っているのですが」

 

 「ああ、あの噂のスーパーお婆さん」

 

 「ええ、そのスーパーお婆さんです。何しろ、あのアントニン・ドロホフですら、ホグワーツ特急から箒で飛び出すことは出来ず、捕まって椅子に縛り付けられたらしいですから、ある意味でホグワーツ最強でしょう」

 

 件のお婆さん、オッタリン・ギャンボル校長の頃から、150年以上に渡って車内販売をしているというまことしやかな噂がある。

 

 しかし、確かめた者はいない。割と簡単に確かめられるはずなのに、確認した者はなぜかいない。歴代校長も含めて全員が。

 

 認識阻害でもかかっているのか、確かめた事を忘れてしまうのか、車両そのものの化身であるのか、それとも、存在証明が不在証明に結びつきでもしているのか。

 

 ホグワーツとはまことに不思議の城であった。

 

 

 「さて、ミセス・ノリスが探しているのは一体どなたで………おお、これはなるほど、確かにそうそうたる名前がありますね」

 

 「何? そんなに有名なのが来るの」

 

 「間違いなく有名な方々ですね。イギリス魔法界にあってこれらの家を知らない者はいませんし、同学年で一斉にやってくるというのも縁を感じますよ」

 

 ミセス・ノリスの見つめる先、名簿にはいくつかの知られた家の名があった。

 

 

 アーサー・ウィーズリー

 

 モリー・プルウェット

 

 マーリン・マッキノン

 

 ベラトリックス・ブラック

 

 ラバスタン・レストレンジ

 

 

 

 「“血を裏切りし”ウィーズリーに、“純血よ永遠なれ”のブラック。これはぶつかること必然です」

 

 「そこに加えて、“麗しの”プルウェットに、“賢明なりし”マッキノン、おまけに、“血に縛られし”レストレンジと来てるわね。こりゃ確かに荒れる未来しか見えないわ」

 

 「面白い新学期がやってきそうでなにより。これは初授業も気合を入れていかねばなりません」

 

 「あーあ、新入生はご愁傷さまね。純血名家の薄暗い歴史を語る気満々だわ、こいつ、間違いない」

 

 「失敬な。近親相姦の実態についてや、服従の呪文を使ってのマグルの拉致監禁、奴隷売買、寝取り、穢れた血との婚姻、迫害についての歴史を語るだけですよ」

 

 「生徒の精神を病ませる気?」

 

 「大丈夫です。忘却術は私の領分ではありませんが、病んだ精神を糧にするタイプの期待の新人が最近見つかりまして、鬱な感情は多分きっと彼女が吸い取ってくださいます。それにいざとなったら、ポンフリー先生に丸投げしますので」

 

 「駄目だコイツ」

 

 マートルさんは心底思った。そして、新入生の生徒たちの冥福を祈った。

 

 少なくとも、純血の子達はさぞや胃が痛くなることだろう。マグル生まれもそうとうキリキリするだろうし、混血の子達とて無縁ではいられないだろうし。

 

 うん? そうなると別に差別ではないのかしら? 全員平等に苦しんでるし。

 

 

 

 「ところで途中に聞き捨てならない言葉があったんだけど、期待の新人の“彼女”って誰よ?」

 

 「おや、紅一点の立場が危うくなることから来る嫉妬ですか」

 

 「二人のうち一人が女であるのを紅一点とは言わない気がするわね。あと、アンタ別に性別関係ないでしょ、謎の幽霊妖怪」

 

 「イグザクトリー、君は正解です」

 

 「で、誰なの?」

 

 ウザい反応は無視して、質問を続けるマートルさん。

 

 この糞悪霊をまともに相手していてはいけないことを、付き合いがそれなりに長いだけによく知っている。

 

 

 「新入りなのは本当ですよ。このホグワーツは英国最大規模のゴースト生息地でもありますから、新人が来ることは珍しくはありませんが、彼女は数十年くらい昔の死者でして、縁者を探しにホグワーツへ流れてきたようなのですが」

 

 「縁者ってことは、家族か誰かを?」

 

 「そこがよく分からないのです。今の彼女はゴースト未満の薄っすらとした残留思念と言って良い状態で、死んだときの環境があまりよろしくなかったのか、非常に錯乱、あるいは鬱と言える症状です。ここから自我持つゴーストとして成立し、詳しい事情を彼女から聞き出すまでにはどれほどの長い時間がかかりますやら」

 

 「そんな状態でゴースト未満ってことは………精神を病んで自殺したタイプかしら?」

 

 「自殺ではないと推察しますね。大なり小なり精神を病んでいたのは間違いないでしょうが、それが家族からの虐待などから来るのか、本人の気質によるのか、それとも失恋などのショックによるものかもよく分かりません」

 

 「自殺じゃない根拠は?」

 

 「彼女が“希望”に縋るような形でホグワーツに探し人を求めていることです。絶望のままに自殺したならばゴーストは縁を失い、自殺の原因になった存在に取り憑くタイプの悪霊になるのが常道ですが、彼女は違う。なかなかに珍しいからこその期待の新人なのです」

 

 なるほど、そこがこのドクズ悪霊の目に止まったか、とマートルさんは納得する。

 

 妙な言い方になるが、ノーグレイブ・ダッハウが求めているのは“善良な悪霊”なのだ。

 

 マートルさん自身にも覚えがあるが、妬み、嫉妬、鬱など、マイナスの感情を原動力にしているから確かに“悪霊”には区分されるわけだけど。

 

 生きている誰かを呪う、自分を貶めた何かへ向けて具体的な憎悪や悪意を返し風にすることはなく、傷つけようとするベクトルを持たない幽霊。

 

 だからこそ、彼女は“嘆きのマートル”なのだ。

 

 基本的にはトイレで勝手に嘆いているだけで、近寄りさえしなければ無害といっても良い幽霊だったから。

 

 まあ、コイツのせいで“破局のマートル”にグレードアップすることにはなったけれど。

 

 

 「要するに、その人はかなり報われない人生っぽくて、ネガティブで、鬱な生徒に同調して精神状態をさらにダウナーにしちゃうけど、同時に虚気や欝気を吸い上げる事もできるわけね」

 

 「恐らくは、だからこそ期待しています。一方的に吸い上げる関係ではなく、共に鬱になり、空気をどんどん沈ませ、されど決して生徒を一人にはしない。孤独ではないからこそ生徒も絶対に自殺などしない。そして気がついた頃には、欝気が吸い取られている、そんな感じがホグワーツ悪霊としては理想形です」

 

 「アンタが前々から言っていた、事務員の追加要員や夜間学校の教員には、うってつけの人材になれるかもしれないと」

 

 「今はまだ、ゴーストにすらなれておりませんがね」

 

 「その人もまた、厄介な奴に目をつけられたものね、同情するわ」

 

 「此処から先、生前の縁を掴み取り、ゴーストとして幸せになれるかは彼女次第ですよ。勧誘した手前、助力は惜しむつもりはありませんが」

 

 「ゴーストとしての幸せ、ねえ。それなら―――」

 

 つまり、あたしと同じということか。

 

 まったく、相変わらずメフィストフェレスの悪魔めいた奴だ。

 

 とんでもないクソみたいな条件で従業員としてこき使ってくるくせに、こっちの一番求める“奇蹟”への道筋を報酬として提示してくる。

 

 こんなの、“人間らしい未練の霊”なら、断れるはずなんてないだろうに。餌には飛びつくのが本能というものだ。

 

 

 「でもあんた、その人の“探し人”のアテはあるの?」

 

 「おおう、痛いところを突いてきますね」

 

 「当然の疑問でしょ。あたしの時は両親に手紙を出したい、弟にもう一度会いたいって明確な望みと、ホグワーツの事務員だから出来る“対価”があったけど。そもそもアンタ、その新人さんの名前は分かってるの?」

 

 「名前だけは何とか、かなり跡切れ跡切れでしたが、メローピーと」

 

 「メローピーね、姓は?」

 

 「不明です。どうも自分の姓が嫌いなのか、良い思い出がないのか、思い出すことを拒んでいる気配があります。後は、夫が死んだみたいなことをおっしゃってましたから、本人の脳内夫でなければ、未亡人ということになります」

 

 「妄想の疑いを捨てきれないのが嫌なところだけど、ともかく信じるなら夫に先立たれて心が病んだ、か。だったら“探し人”はその夫でいいのかしら?」

 

 「そこもまた微妙なんですよ。本人曰く、死別した夫との間の子がいたみたいなんですが、どっちを探しているのか、あるいは両方なのか」

 

 「そりゃまた、面倒ね」

 

 これは、特定が厄介になってきたぞと、彼女もまた眉をひそめる。

 

 想う相手が一人なら、その“縁”の向かう先を探し出すのはそう難しいことではない。

 

 しかし、夫と子の二人となると、人間の心は複雑故に極彩色になってしまう。

 

 愛憎という言葉があるように、夫を愛していたからこそ子を愛すのは通常だが、愛というのは死ぬほど厄介な代物で、生まれた娘に夫の愛を奪われたと憎悪することすら時にはある。

 

 まして、ゴーストになってももう一度会いたいと強く願うほどの妄念ならば、事実関係や他の人の認識と、どのような齟齬が生じているか分かったものではない。

 

 

 「そうなると………妄想説も否定できなくなってきたわ」

 

 「もしそうならお手上げですよ。生前の彼女の脳内にしか存在しない夫と子供との縁を見つけ出すことは、流石の私にも出来ません。おそらく、神様だって出来ないでしょうし。もし出来たら、それは幻覚で人間の魂を騙す悪魔と呼ばれる類でしょう」

 

 「………あたしにも低学年の時にいたわ、あたしだけの鏡の中のお友達の“マーテルちゃん”」

 

 「おお、悪魔はそこにもいましたか」

 

 「本当に何でも気兼ねなく話せて、どんな相談事にも優しく頷いてくれる良い子だったわ」

 

 そして、頷いてくれるだけで、話しかけてくれることは決してなかったけれど。

 

 大好きだったわ、マーテルちゃん。でも今は私が貴女と同じになっちゃったわね、マーテルちゃん。

 

 貴女と同じになれたと思うと、少しだけ嬉しいわ、マーテルちゃん。

 

 でも、幽霊は鏡に映らないから、もう貴女には会えないのね、ちょっとだけ寂しいわ、マーテルちゃん。

 

 

 「マートルさん、怖い思念がだだ漏れでこっちまで伝わってくるので止めてください。流石の私もその話にはドン引きです。せめて名前はもうちょっと違うものにしてください、哀れに過ぎます」

 

 「ふふふ、今もきっとあるはずよ、私と“マーテルちゃん”の交換日記。例えホグワーツがどうなろうとも、私達の友情は日記帳の中で永遠なのよ」

 

 「……なぜでしょうか? その日記帳の縁が、貴女にとんでもない厄災を招いたような気がするのは」

 

 「? どういうことよ?」

 

 「いえ別に、インスピレーションとして浮かんだのですが、貴女のその秘密のお友達との日記帳を、別の誰かの秘密の日記帳と取り違えてしまったとか。それで貴女の秘密をまさか年上の男子生徒に知られてしまったとか、そんな黒歴史はあったりしませんか?」

 

 「あったらその瞬間に自殺してるわよ」

 

 「今明らかになる、マートルさんの死の真相」

 

 「勝手に人の死因を変えないでちょうだい。私は確かに殺されたの、自殺じゃないから」

 

 この二人が会話をしていると、どんどん脱線していくことは珍しくはない。

 

 いつの間にやら寝転がっていたミセス・ノリスが、若干呆れたように二人を見ていたが誰も気付く者はいない。

 

 

 「話を戻すけど、メローピーって名前以外に手がかりはないの?」

 

 「難しいですね、時折“トム”という単語が出てくるのですが、これが夫の名前なのか、子供の名前なのかも不明です。ひょっとしたら何かの略称とか、“アトム”の後ろ側だけだったりするかもですし」

 

 「“トム”ねえ、漏れ鍋の亭主の名前もそんなのじゃなかったっけ?」

 

 「確かそうです。ありきたりで珍しくも何ともない名前ですからね。これを手掛かりに特定するのは相当厳しいですよ、まして、本当に“トム”である保証すらないわけですから」

 

 「トム、トムねえ………あたしが知っている範囲内だと―――だめ、知ってはいるはずだけど、急にパッと浮かんでこないわ」

 

 「それこそ、こちらの入学名簿にも二、三名はいますね。サム、トム、クムなどは略称としてもよくありますから、トムスキーさんだったり、マートムさんだったりするかもしれません」

 

 「あたしに喧嘩売ってる? マーテルちゃんをディスってる?」

 

 「いいえそんなつもりは毛頭ございません」

 

 

 

 そんなこんなで、管理人室の幽霊たちは、今日ものんびり事務仕事。

 

 謎の未亡人メローピーさんの正体はいったい誰なのか。

 

 それが判明するのは、時計の針がもう少し先に進んでからのこと。

 

 今はまだ、色とりどりの物語の欠片が出揃ってすらいないけれど。

 

 この世はまことに、合縁奇縁に過ぎるもの。

 

 

 

 時計の先を知るものならば、その縁が何を意味するかを読み取ることはできるだろうか。

 

 




ホグワーツ教師陣 1961年

校長   アルバス・ダンブルドア
副校長  シグナス・ブラック    防衛術&スリザリン寮監 理事兼任

魔法薬  ホラス・スラグホーン   ナメクジクラブ顧問
飼育学  シルバヌス・ケトルバーン
天文学  イリーナ・ポッター      防衛クラブ顧問
魔法史  ノーグレイブ・ダッハウ    夜間学校管理人
呪文学  フィリウス・フリットウィック レイブンクロー寮監  決闘クラブ顧問
変身術  ミネルバ・マクゴナガル    グリフィンドール寮監 変身クラブ顧問
薬草学  ポモーナ・スプラウト(新米) ハッフルパフ寮監
校医   ポピー・ポンフリー(新米)
司書   イルマ・ピンス  (新米)

森の番人 ルビウス・ハグリッド
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