【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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悪霊の授業はもうないと言ったな、アレは嘘だ。

とばかりに、ダッハウ節がいきなり炸裂します。おかしいな…


ダッハウに墓はなく
1話 悪霊の監獄


『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【吸魂鬼】

 

 魔法世界に幻想の生き物は数多くいるが、吸魂鬼ほど忌まわしき存在はないだろう。

 そも、吸魂鬼を生物として定義することは妥当ではあるまい。

 死霊、悪霊の類であり、本来ならば幽冥の境にありて生者に干渉できる存在ではない。

 

 にもかかわらず、吸魂鬼たちは現世に干渉する術を持つ、そしてまた、アレラが何処から来たのか誰も知らない。

 一説には、魔女モルガナが生み出したとも、後にアズカバンが作られる孤島で研究を行った闇の魔法使い、エクリジスが実験に末に創り出してしまったとも。

 

 古き叡智に伝わる製造方法は、純粋な恐怖だけを寄せ集め、魂を抜いてからっぽとなった人間にそれを詰め込むこと。

 バジリスクなどの魔法生物にも言えることだが、製造法“だけ”ならば忌まわしくはあっても難しくはない。

 レジフォールドなどもある種の近縁種であり、守護霊呪文が撃退に有効である点も共通する。

 

 ならばなぜ、その中でも吸魂鬼は最もヒトにとって忌まわしいとされるのか。

 それはつまり、彼ら吸魂鬼とは“ヒトのなり損ない”、“絶望した人間の成れの果て”、“狂い果てた人間の末路”を表すためだ。

 人がヒトたる証である心を失い、温かき幸福を求めて彷徨い流離うまつろわぬ魂の残骸、それが吸魂鬼。

 

 禁忌を犯し、罪人とされ、魔法族の社会に存在することを許されない者らが監獄アズカバンへと送られる。その地に跋扈し、罪人から幸福を吸い出し続ける吸魂鬼たちは、常に無言で語りかけてくるのだ。

 

 “仲間になろう”、“失敗した者達よ”、“お前も吸魂鬼に”

 

 レジフォールドの襲撃は、人を喰らう捕食行動。

 だが、吸魂鬼の襲撃は、“キス”と称されるように求愛行動である。

 人生に失敗し、没落し、希望も栄光も失い果て、冥府にも行けずに彷徨う亡霊たちからの、絶望への誘い。

 

 『歴代において唯一人、ヘルガ・ハッフルパフのみは彼らを封じる術を持っていたという』

 『彼女自身は、その術をいかなる書物や口伝にも残していない』

 『しかし、ホグワーツの屋敷しもべたちには、一つの噂がある』

 『創始者らは遥かな昔、ホグワーツの地に最も忌まわしき吸魂鬼の親玉を封じたのだと』

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「皆さんお久しぶりです。去年よりは淡い期待を持ってはいないようですが、それでもなお希望に縋ってしまうのが愚かなサピエンスの性というものか。繰り返し言いますが歴史に学びなさい子供達。昨年末はスネイプ先生のみならず、闇祓いの方々も含めた集中攻撃を喰らい退場した私ですが、やはりそう簡単には消えはしません。貴方達も無事3年生となったのですから、甘えや希望的観測はそろそろ控えるべきですね。去年も言いましたが、私は不滅ではありませんが、ホグワーツの悪霊筆頭。二度や三度の炎では消えません」

 

 波乱(主にポリジュース騒動と秘密の部屋探索)に満ちた一年が終わり、新たにはいってきた子供たちを迎え入れ、また新たな一年の始まりを告げたホグワーツ。

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの対悪霊戦線の面子も無事に三年目を迎えたわけだが、例によって例のごとく、三年生になろうが悪霊の授業はド底辺である。というか、コイツを下回る授業というのはどうやれば出来るのか、闇の帝王だって不可能ではなかろうか。

 

 ちなみに、年末の恒例イベントでも悪霊はやはり退場していたが、今回の悪霊の火はセブルス・スネイプ、シリウス・ブラックの二人がかりに加え、ニンファドーラ・トンクス、ジェームズ・ポッターらも火力高める支援に回ったため、通年を遥かに上回る“悪霊殲滅”となった。

 

 流石にあれを喰らったなら、ついに悪霊も滅んだのでは……とまあ、下級生の生徒たちには希望的観測が浮かんだものだが、新年度が始まるたびに淡い希望は昏い絶望に取って代わられる。

 

 何事もなかったかのように、こうしてシレッと悪霊は授業を続け、最初の授業なので四寮全員集合している全員が揃いも揃って“死ねばよかったのに”と顔に書いてあるのも最早ホグワーツの新たな伝統だ。

 

 

 

 「去年の始まりの題材は“不老不死”でしたが、今年はまた別の方向性からヒトの魂の明暗について語っていくといたしましょう。愚かにも貴方たちが抱いてしまった淡い希望と、こうして覆されたときに生じる絶望。その落差こそが吸魂鬼の吸い上げる餌となるものであり、彼らが希望を糧とすると言われる由縁です。というわけで初授業の題材は吸魂鬼と悪霊の監獄アズカバンについて」

 

 ホグワーツの三年生ともなれば、北海に浮かぶ孤島の監獄アズカバンの名を知らぬ者はおるまい。

 

 闇祓いや魔法警察に捕らえられ、ウィゼンガモット法廷で裁かれた罪人の多くは、吸魂鬼が看守を務める悪霊の牢獄に収監されるのが、数百年あまり続いているイギリス魔法界の刑吏システムの在り方である。

 

 長き時代を経たゆえに、そこには当然の歪みや老朽化も見られるが、現在に至るも致命的破綻を起こしていない点を鑑みれば、なかなかに優秀なシステムであったのは事実なのだろう。

 

 

 「まずは吸魂鬼についてですが、めんどくさいので生物学や脅威としての彼らについての説明は省きます。図書館にいくらでも資料があるので、自分で調べるか飼育学のハグリッド先生や防衛術のルーピン先生に聞くなり、興味があるものはそれぞれ勝手に調べなさい。あるいは、あちらに控えて頂いている闇祓いの方々に尋ねるのもよいでしょう」

 

 そして、いきなり説明を放棄して生徒たちの自習に任せる教師のクズ。

 

 話を振られた方向にいるのは、去年からお馴染みとなっているシリウス・ブラックとニンファドーラ・トンクスの闇祓い組。去年の秘密の部屋騒動と死喰い人の迎撃のために駐在していたが、年度末に当然一度は引き上げていった。

 

 ただ今年度は吸魂鬼とアズカバンについて、“ちょっとしたお願い”が不死鳥の騎士団を率いるアルバス・ダンブルドア校長より発令されており、今年の彼らは闇祓いというよりも、不死鳥の騎士団の一員としてこうして呼び出されている。

 

 

 「シリウスに、ニンファドーラさんだ。去年に増して何か難しい顔してるね」

 「ハリー、何か聞いてたか?」

 「ううん、何にも。ただ、母さんはいつも通りだったけど、父さんはガウェインさん達とよく話し込んでたし、休暇中もあまり帰ってくることはなかったよ」

 「うーん、でもうちのパパはそうじゃないんだよな。セドリックのところのエイモスさんも別にそんな感じじゃないし」

 「だとしたら、魔法省関連というより、ダンブルドア先生の依頼で騎士団として何か任務に就いてるのかしら」

 

 彼女の言葉は明確な根拠を基にしたものではなかったが、ある種の“流れ”から察したものであっただろう。

 

 一昨年と去年のホグワーツでの事件、賢者の石と秘密の部屋を狙った襲撃の失敗により、死喰い人はその実戦戦力を大きく失った上、首魁は半ば消えたも同然となっている。

 

 このまま自然と空中分解してくれればそれに越したことはないが、歴史を紐解いてもああいう“過激派”の組織がそのまま終わるということはまずない。

 

 そして、闇祓いなどの治安維持側にしても、将来の禍根を残すという選択肢は得策ではない。敵が弱ったならば、畳み掛けて一気に滅ぼすのが内戦におけるセオリーというもの。

 

 様々な変遷を経て、内戦から“テロとの戦い”となっていた魔法戦争は、ついに静かな最終局面を迎えようとしている。

 

 ならばこそ、そうした情勢の変化を反映してか、とある存在への“予防的措置”がホグワーツの生徒への急務となっており、そのために不死鳥の騎士団は新学期の初めに集ってきていた。

 

 

 「それはあるかも。でも、そういう時ってダッハウ先生にも撹乱用っていうか、ええと」

 「言わなくてもいいぜハリー。あの野郎の趣味に合わせた“実益の伴う意図的な混乱”だろう」

 「死喰い人関連の何かが起きる際の、前触れのような“ダッハウ節”の大騒動ね。特に今は、新学期が始まったばかりでもあるから不安だわ」

 

 例年の話だが、悪霊の授業の第一回か、あるいは第二回は特に酷い傾向がある。

 

 グリフィンドールの才媛たるグレンジャー将軍ことハーマイオニーを中心とする対悪霊戦線の生徒たちについては言わずもがな、属していない生徒たちにしても、このクソ教師は絶対に“何か”やらかしてくると授業が始まって以来誰もが警戒していたのは事実だ。

 

 一年目はスクリュート登場で物理的に被害が出て、二年目は禁断の果実問題などで精神的に抉ってきた悪霊の授業。

 

 ならば三年目は―――

 

 

 「では論より証拠、百聞は一見にしかずというものですので、サクッと“ご本人”を紹介してしまいましょう。我が手足たる処刑器具の方々、本日の特別講師をこれに」

 

 「うっわ……」

 「寒い……」

 「嘘でしょう……」

 

 途端に大教室の気温が低下する。ただの体感ではなく実際に周囲の環境に影響を与える形で。

 

 大声で悲鳴を上げる生徒はいない。これは、そういう類の性質ではない。

 

 静かに、這い寄るように恐ろしく、悍ましく。だが、誰もがそれを無視はできない恐怖の具現。

 

 

 「あれが、吸魂鬼…」

 

 吸魂鬼を直視しながら、特に大きな傷みや傷痕の疼きなどは感じることもなく、隣の親友たちと同じように吸魂鬼に畏怖と嫌悪を感じているのはハリー・ポッター。

 

 知る者が見れば、何を思うだろうか。ホグワーツにて三年目を迎えるハリー・ポッターが、吸魂鬼を見ながら普通の生徒と同じくしている光景に。

 

 ただし、それを知るものはここにはいない。知るのはヒトであったことがない悪霊だけである。

 

 

 「さ、寒いな。大丈夫かハリー」

 「うん、僕は平気だよ。ハーマイオニーは?」

 「私も何とか。ほら、シリウスとニンファドーラが守護霊を飛ばしてくれてるわ。さっきよりはマシになったみたい」

 

 生徒たちが様々に思い描き、心のなかで備えていた衝撃を、真逆の方向にずらしてくるのが、悪霊教師のやり方。

 

 教室に入ってきたのは動く電気椅子であり、そこにくくりつけられているは、まごうことなき吸魂鬼。

 

 魔法使いの監獄たるアズカバンの看守が、マグルの処刑器具に縛り付けられている姿など、ある種滑稽さすら伴うが何とも悪質極まる類のジョークだろう。

 

 

 「解説を続けますが、これが吸魂鬼です。アズカバンにて魂を吸われ続け、希望を完全に失い死した人間が変異するもの。ヒトから幸福を吸い、吸われ尽くした者はまた吸魂鬼となり餌を求めて徘徊する。ねずみ算式の増え方は吸血鬼にも通じるものがありますが、増殖力はさほど高くもありません。もし吸魂鬼の増殖力が高ければ、魔法族が死滅して悪霊の楽園が現出しているか、あるいは脅威をみなされて吸魂鬼が残らず駆逐されているか、二つに一つです。これは、エボラ出血熱のような伝染病にも似たことは言えます」

 

 マグルの政府における感染症の分類は様々だが、感染力や重篤性などにより危険性の高い順に分けられることが多い。

 

 エボラ出血熱、疱瘡、ペスト、結核、コレラ、赤痢、マラリア、A型肺炎、エイズなどなど。

 

 他にも数え切れぬほどのウィルス、感染症は大小存在するが、細菌やウィルスが“宿主”としてヒトに寄生し増殖するという性質を持つ以上、【ヒトに絶滅して貰っては彼らも困る】という絶対原則からは逃れられない。

 

 ミクロの世界における細菌やウィルスと免疫系の戦いは、マクロ世界での食物連鎖と似た部分を持つことが多い。肉食動物が草食動物を食い尽くしてしまえば捕食側も飢え死ぬように、ウィルスが人間と同じような思考や心を持っているかは別として、ヒトに滅んでしまっては困るのは確かだ。

 

 また、1万年前の狩猟技術を発達させた石器時代のサピエンスによってマンモスやナウマンゾウが滅び、その後もヨーロッパライオンなども絶滅しているが、絶滅させたことで毛皮や肉が取れなくなり、狩猟採集生活を続ける上で痛手になったのは人類の側である。

 

 

 「人間は自分達で戦争を初めて同士討ちの末に全滅することすらある愚かな生き物ですが、ある種人間の排泄物から生まれたような吸魂鬼は、発生源よりは賢いらしい。吸魂鬼のキスなどによってヒトを捕食し、殖えることもありますが、基本的には無気力にさせた状態で取り憑くように周囲に留まり、数年以上というかなり長い時間をかけて幸福の記憶を吸い上げていく方法をとります」

 

 ヒトを捕食することのある魔法生物においてもその原則は多くに当てはまり、吸魂鬼もまたそこから大きく外れている訳ではない。

 

 感染症の基となるウィルスにおいても、強力な殺傷力ならばエボラ出血熱が群を抜くが、感染力は案外と弱い。というより、宿主があっさりと死んでしまうため、キャリアのまま長距離を移動できず、さっさと健康な人間たちに集落ごと隔離されるか、集落ごと全滅してしまう。

 

 逆に、インフルエンザやコロナなど、毒性が弱くなるに従って感染力が高まる傾向が強い。これは必ずしもウィルス自身の空気感染力によって決まるものではなく、宿主の体力や移動手段、社会形態などとも密接に関連する。別の見方をすれば、蜂の巣などに対する寄生といった【社会寄生】の一種とも言えるだろう。

 

 同様に、吸魂鬼という存在もただの捕食者と獲物といった関係ではくくれない。魔法族の家族構成や生き方、社会形態とも密接に結びつく生き物であり、この生き物と死者の中間のような存在を駆逐するか、根絶するか、あるいは共存するのか。

 

 

 「この吸魂鬼という存在とどのように付き合っていくか、マグルならば一も二もなく根絶で決定ですが、魔法族は共存の種族です。答えは常にひとつではなく、距離を置く共存もあれば、共依存に近い共生もある」

 

 ヒトだけで社会を構築するマグルと異なり、魔法族は多種族社会である。

 

 そうした観点から言えば、監獄の看守を吸魂鬼という存在に任せること自体は、特異なことでもないのだ。

 

 

 「鉱山業と金融業をゴブリンに委ねるように、水産業と海運をマーピープルに委ねるように、農業や家内産業を屋敷しもべに委ねるように、ヒトの社会を存続させる上で絶対になくなることがない“犯罪者と監獄”という部分を吸魂鬼に委ねた。これについては歴史上異論も多々あり、北アメリカのマクーザのような“マグルに近しい”魔法界では採用していない場所も多い」

 

 この点については、世界中の魔法界で地域ごとの違いがモロに現れる。

 

 イギリス魔法界とて、全てを吸魂鬼に委ねきっているわけではなく、ウィゼンガモットのような法廷には基本魔法族のみであり、マグルからの隠匿と交渉が絶対条件となるので闇祓いや魔法警察もまた魔法族のみで固められている。

 

 法曹部門の中で、吸魂鬼に任せているのはアズカバンという囚人の拘束と“刑罰の執行”に関してだけだが、少なくともマグルならば【法の執行と運用】は人間のみで行うべきと断ずるだろうし、似たような思想を持つ魔法界も様々にある。

 

 それぞれに利点と欠点があり、一つの制度を続けることにも弊害というものはあるのだから、数百年前にアズカバンで吸魂鬼を用いることを選んだことを責めるのはお門違いというものだろう。ただ、産業革命などのその後の時代の変遷にアズカバンという制度が適しているかはまた別問題だが。

 

 

 「つまるところ、イギリス魔法族と吸魂鬼の関係性は、妥協を兼ねた“社会寄生”と言ったところです。ノクターン横丁にてスクイブの人捨場とも関わってきた狼人間や鬼婆などにも言えますが、彼らは一種のカースト外の“不可触賤民”として機能してきた」

 

 仮に、吸魂鬼を異形の魔法生物としてではなく、“ボロ衣を纏った不可触賤民”として見るならば、近代以前のマグルの国々で当たり前にあった光景そのものである。

 

 戦乱の多い時代から、ある程度都市などが整備された近世などになるにつれ、一般階層と言える者達は穢れや死に触れる仕事を忌避する観念が高まり始める。

 

 

 「非人や不可触民などの階級外カーストとは古今東西において、囚人の世話・死刑囚の処刑・罪人宅の破却・死者の埋葬・死牛馬の解体処理などを担うことが多い。無論、埋葬の習慣や死生観によって様々に差異は出てきますが、そこについてはまた墓というものと絡めて詳しく語りましょう」

 

 都市化とは分業化が進むことと同義であるからこそ、そうした仕事を任せるための“人であって人ではない”者達は常に必要悪として存在し、スラム街や賤民町など様々な化外の民の棲家を作ってきた。

 

 ユダヤ人やジプシー、ロマらと同化することの多かったスクイブ達とてそこと無縁ではないのだから、吸魂鬼が居てくれたことで助かった者達もかならずいるのだ。

 

 

 「吸魂鬼が居てくれたことによって、一番安堵したのは中世のスクイブ達でしょう。マグルに合流した者らも多くいましたが、全てがそうなれるわけでもなく、純血名家同士の争いが陰にこもるものである以上、スクイブ達の生業は必然として穢れを伴うものを押し付けられることになる」

 

 時代が進み、ヴァイキングとの戦いを誰もが経験した戦乱期から、マグルと魔法族が領域を住み分ける安定期に移行すれば、当然次の問題というものは出てくる。

 

 人の歴史において、罪を犯す人間がいなくなったことなどない。ヴァイキングのような外側の脅威があるからこそ表面化しなかった内輪もめなどは必ずある。

 

 マグルの物語においても、大魔王の没後にこそ、勇者たちの内輪もめと没落が始まるのが常である。ならば、幻想生物たちと共存する魔法界として同じことが言える。

 

 

 「当時のスクイブの仕事とは、囚人の世話・死刑囚の処刑・罪人宅の破却・死者の埋葬などです。このホグワーツにも、私以前において城の管理はスクイブの者らを起用して行わせるという慣習がありました。ただしこれもまた、簡単に差別と割り切れるものでもありませんので、悪しき慣例とも言い難い」

 

 魔法省もウィゼンガモットもホグワーツから分化していったようなものだから、古き城には当然裁判機構や地下牢などが存在していた。主に担ったのはスリザリンであり、其れは現在の魔法省やウィゼンガモットにおいても割合は変化していない。

 

 同時に、全ての者を受け入れるのはヘルガ・ハッフルパフの理念でもある。サラザール・スリザリンの考え方だけならば、今のマクーザがそうであるように、純血の魔法族以外に牢獄の管理や処刑を任せることはありえなかっただろう。

 

 スクイブを魔法の城に招くことを、融和と見るか、不可触賤民カーストを作って汚れ仕事を押し付けたと見るかは、非常に難しく答えの出ない境界線問題だ。そも、ハッフルパフからして、ヴァイキング時代におけるまつろわぬ民達の避難所、修道院や難民キャンプ的な要素を母体としているのだから。

 

 外に向かって敵を倒すグリフィンドールからすると、“あまり関係ない”と言える課題だ。良くも悪くも、グリフィンドールは内政には向いていない。例えスクイブであろうとも、敵と戦う勇気と度胸があるなら剣を持って共に戦え戦友よ、という実に単純な理屈で動く。

 

 結局の所、そういうときに客観性を持って妥協案を示すのは叡智の塔たるレイブンクローの領分だ。こちらも“他人事”の要素があるからこそそのようにあれる。後にハッフルパフに劣等生が多いと言われるようになったのも、最も多くのスクイブを共同体内部に迎え入れ、抱え込んだためでもある。

 

 

 「だからこそ、アズカバンの看守として吸魂鬼を利用することもまた、融和と見るか差別見るかは実に難しい。まあ、時が経つにつれて当初の理念を忘れ、差別の要素がだけが残っていくのがサピエンスのお家芸というものなので、“現在のアズカバン”にあるのが差別と偏見と組織の硬直化であるのは間違いありません。これは純血名家の堕落に伴うウィゼンガモットや魔法省の腐敗と連動する現象です」

 

 そして、例によって人の歴史を嘲笑していくスタイル。

 

 歴史的な事象、物事の始まりについては必ずしも悪と言えるものではないと解説することの多い悪霊だが、栄光ある初代達の後の組織の腐敗や子孫の体たらくについては、とことんまでに嘲り嗤うだけしかしない。

 

 

 「ちなみに、吸魂鬼の厄介な特性も含めて“社会寄生”を数段悪くしたものが私です。つまり、時計塔の悪霊を撃退する術を学んだならば、吸魂鬼程度ではビクともしなくなることは間違いありません。吸魂鬼は遍在しませんし、黒歴史を暴露もしないし、強力な悪霊の火などをぶつければ消し去ることも出来ます。まして彼らは、マスメディアを利用もしなければ、子供を盾に権力者を動かすことも、スクリュートやアクロマンチュラを動員したりもしませんので」

 

 ちょっと待て、普通逆だろう。

 

 何で学び舎のホグワーツに“社会寄生”の親玉が堂々といて、辺境の監獄のアズカバンの看守が小物なんだ。あまつさえ教師をやっているというこの状況、ゲシュタルト崩壊という言葉が生ぬるくすら感じる混沌だ。

 

 しかしまあ、最悪の社会寄生の実例が目の前にいるのである。業腹だが生徒たちへの反面教師としてはこれ以上はないのも事実だったりする。

 

 

 「さて、さらに詳しく語っていきたいのは山々ですが、闇祓いの方々の体力も残念ながら有限ですし本日の講義はここまでとします。次回の授業では“監獄と極刑”についてのマグルとの比較論を、その後は“魔法界の刑罰と磔と服従”について紹介していきます。それでは本日の課題を」

 

 

アズカバン成立以前から成立時にかけて吸魂鬼起用によって変化したイギリス魔法族の“囚人への対処役”について

 

1.スクイブから見た立ち位置と役割

2.マグル生まれから見た立ち位置と役割

3.屋敷しもべから見た立ち位置と役割

4.吸魂鬼から見た立ち位置と役割

 

それぞれ述べよ

 

 

 「次の授業以降で詳しく語りますが、近代以前においてはマグルの刑罰もかなり我々に近く、産業革命以前には類似性は多く見られた。今のマグル生まれにとって見ればアズカバンは時代錯誤の遺物にしか見えないでしょうが、果たして中世や近世のマグルから見ればどうなのかも実に興味深い。その辺りをよく考えてレポートを書くがよいでしょう、私が何を好み、どう評価するかの傾向もそろそろ掴めて来たでしょうから」

 

 だからコイツは嫌われる。

 

 考えたくないこと、見たくない人間の醜さ、歴史の闇に葬られた愚行と暗部の数々。

 

 自分の業を抉り出すように、それを直視して客観的にまとめたレポートを最も評価し、人間の善性を信じて理想を唱えるレポートを嘲笑う。

 

 例え、メローピー・ゴーントという女性の成した偉業を最大限に評価し、敬服しようとも、それはそれ、これはこれ。

 

 ノーグレイブ・ダッハウは、ヒトの愚行を嘲笑う黒歴史の影である。

 

 

 それは絶対に変わらない。幾百年、幾千年が経とうとも。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「まーたやらかしたわねドクズ、今まで散々やってきた中でも今回は極めつけなんじゃない?」

 

 「必要と言われたのでおこなったまでですよ。近いうちにアズカバンで大騒動があることはほぼ間違いありませんので、予行演習も兼ねてというところでしょうか」

 

 歴代でもトップレベルの衝撃的な授業が終わり、悪霊コンビはいつもの如く印刷室にてたむろしている。

 

 三人衆でなくなろうとも、培われた習慣はそのまま引き継がれている模様である。

 

 

 「とすると、例のアレ? クラウチ親子の和解かしら」

 

 「そうなります。この二年間においては最も“ヴォルデモート卿”に肉体を貸すことが多かった彼が魔法省とある種の和解を果たし、イギリスを去ったことは大きな変化をもたらす。それでも死喰い人に残る武闘派といえば、ロジエール、ドロホフ、レストレンジらの筋金入りの“闇の魔法使い”だけとなる」

 

 メローピー・ゴーントの残した母の祈りは、ヴォルデモートに接触していた死喰い人幹部らにもそれぞれに影響を与えていた。

 

 中でも、父と同じ名前を持ち、死にかけている母を持ち、トム・リドルという存在に強く共感していた狂信者、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは特にそれが強い。

 

 彼の中にも様々な思いや葛藤はあったろうが、最後は父親への憎しみよりも、母親への感謝と和解を選んだ。

 

 

 「でも、あいつはアズカバンへ行ったわけじゃないのよね確か」

 

 「司法取引やら何やら、紆余曲折はありましたが、イギリス魔法界からすれば“国外追放”、東南アジア諸国からすれば“名門亡命貴族”といったところですね。例の民衆に人気のあった海賊団にしてもそうですが、こちらの敵が向こうの味方となることなど人類史における日常茶飯事ですので。ナチスドイツの残党がパレスチナでは同胞として迎えられるのと理屈は同じです」

 

 イギリスの魔法族らからすればバーテミウス・クラウチ・ジュニアらは戦争犯罪人であり、後の10年間のテロリズム時代において殺された国際魔法使い連盟の重鎮らにしてもそうだろう。

 

 しかし、それらの組織ごとに政敵というものはあり、その手段がテロや暗殺というものであったとしても、実益を得た現地の有力者や庶民がいることもまた事実。

 

 

 「そもそもにおいて、“国際秩序”などというものは現状での有力国家にとって都合が良いだけの詭弁に過ぎない。そこに属して甘い蜜だけを吸っている“先進国の衆愚”からすれば、“国際秩序に背く世界の敵”でしょうが、現状の秩序では割りを食うだけの途上国や貧困国にとっては頼りになる同盟者なのですから」

 

 かくして、国際テロ組織というものはなくならない。

 

 マグル側の国際連合、魔法族の国際魔法使い連盟などが“真に万民にとって有益な機構”であるならば、テロリストや海賊の居場所などありはしない。

 

 実際、古代の地中海世界という領域においては、パクス・ロマーナが最も機能した時代に海賊もテロリストも完全に駆逐された。ポンペイウス・マーニュスという英雄がそれを成し、ユリウス・カエサル、アウグストゥスらが作り上げた秩序は300年間地中海を“我らが海”と成した。

 

 しかし、ただの現実として冷戦以来、国際連合200あまりのうち、1/4程度の国々は常に慢性的な紛争を抱えている。表側であり、現実側と言えるマグル世界がそのざまなのだから、魔法世界側だけが世界平和が達成されているはずもない。

 

 

 「残る死喰い人の掃討については、最早ホグワーツが大きく関わるものでもないでしょう。しかし、不死鳥の騎士団の人員にとっては最後の決戦となるのは間違いありません。舞台がアズカバンとなるならば、念の為にも今の生徒たちに“耐性”をつけさせておくのは悪いことではない」

 

 「なーるほどねえ、それで休暇中からダンブルドア先生が何度かアズカバンに出向いていたと。でも、アリアナちゃんもいたとなると、それだけじゃないわよね」

 

 「そこはお察しの通りです。毎度のことですが、私がこうして動く時とは、校長先生とアリアナちゃんの関わる“私情”でもある。無論、不死鳥の騎士団の公益に沿った形とはなりますが」

 

 そして、語ることはなくとも、察することはある。

 

 この悪霊が動くということは、それはすなわち、メローピー・ゴーントの“遺言”に関係することでもあるのだろうと。

 

 長い付き合いだ、そこについてマートル・ウォーレンが読み違えることなどあり得ない。

 

 

 

 「いずれにせよ、そう長いことではありません。秘密の部屋の時のようにゆっくりと平穏に続く日々ではなく、緊張の孕む時期を経て、燃え上がって後は灰だけが残る。そういったものになるでしょう」

 

 「となると、来てるのはシリウスの馬鹿とニンファドーラだけじゃないわね」

 

 「ええ、吸魂鬼を用いた魔法史授業はこの時期に集中講義で行います。ハロウィンまでには決着がつくでしょうが、一年生から七年生まで、それぞれ吸魂鬼の抑え役と生徒たちへの教導役を兼ねて特別講師がつく形です。担当者は以下の通りで、全員騎士団所属となります」

 

 

1年生  リーマス・ルーピン、リリー・エバンズ   

     吸魂鬼は檻の中

 

2年生  フランク・ロングボトム、アリス・ロングボトム

     生徒との距離はだいぶ離れている

 

3年生  シリウス・ブラック、ニンファドーラ・トンクス

     電気椅子に縛られてはいるが至近距離

 

4年生  ジェームズ・ポッター、ガヴェイン・ロバーズ

     吸魂鬼は拘束されていない

 

5年生  ミネルバ・マクゴナガル、キングスリー・シャックルボルト

     実践的守護霊訓練

 

6年生  シグナス・ブラック、セブルス・スネイプ

     地下牢の授業、生徒たちは吸魂鬼のいる牢屋から脱出を試みる

 

7年生  アラスター・ムーディ

     仕上げ 闇の魔法使い役のムーディが吸魂鬼を使役して襲ってくる

 

 

 

 「これは酷いわ。特に6年生と7年生」

 

 「悪夢の授業内容が下級生にも伝わるのは時間の問題でしょうが、今年の7年生は運が悪かったと言えます。特に首席であるパーシー・ウィーズリーなど、アラスター・ムーディと吸魂鬼に真正面から生徒を率いて戦わねばならない」

 

 なお、これらの内容と並行しながら、あくまで「魔法史」の授業は進められる。吸魂鬼と生徒の戦いを横目に牢屋についての諸々や、魔法戦争について解説し、レポート課題も普通に出されるわけだ。このドクズ。

 

 こんな魔法史があってたまるかと生徒は叫びたいだろうが、このホグワーツでそれを言うのはまさに今更というものである。

 

 

 「去年の死喰い人騒動のほうがまだ難度が低いと思うのはアタシだけかしら?」

 

 「客観的に見る限りでは、私も同意しますよ。何しろあのマッド=アイですから、生徒相手でも容赦などするはずがない」

 

 

 そんなこんなで、誰もが予想しない形でアズカバンの看守が招かれることとなったホグワーツ。

 

 例え短い間であったとしても、壮絶な日々となることだけは間違いないだろう。

 

 悪霊は嘲笑いながら、その日々をただ記録していく。

 

 果たして、悪霊の監獄と言えるのはアズカバンなのか。それとも、ホグワーツか。

 

 そして、誰にとってどこが監獄であり、監獄よりもなおも忌まわしい“名前を言うのも憚られる場所”とは何か。

 

 

 

 「貴女が私を封じた時を思い出しますヘルガ様。ゴドリック様に破壊される寸前であった時計塔を守ってくださった恩義に対しては、応えなければならないでしょう。サラザール様の部屋も閉じられたことで、晴れて吸魂鬼を城へ招くこともできるようになりました。ええ確かに、彼らを統括するならば、ダッハウを上手く利用せよ。そこについては、ロウェナ様のおっしゃる通りに」

 

 

 




プロット的には6話くらいだったのですが、少し伸びそうな気配です(謝罪)。

起承転結な形で閉じることについては、秘密の部屋編でできたので、少し蛇足気味になるかもしれませんが、エピローグ編で書きたいことは書いちゃおうと思いまして。

というわけで、悪霊の授業復活。ハロウィンあたりまでになりますが、監獄、極刑、老い、不死、亡霊あたりをキーワードに、時計塔の悪霊の本質に関わるテーマが幾つか語られると思います。

キーワードから、悪霊の正体を察する連想ゲームめいた魔法使いの遊びでしょうか。
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