【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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2話 ゴーントの遺言

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【アズカバン】

 

 北海に浮かぶ孤島に、魔法族の監獄が存在する。

 牢獄と言われて最初に頭に浮かぶ名と言えば、サラザール・スリザリンであろう。

 地下牢は彼の代名詞でもあり、服従の鎖も磔の杭も牢屋や処刑という概念に通じるものがある。

 

 だからといってそれは、無法者を象徴するものでは断じていない。

 むしろ、魔法族の法を破る闇の魔法使いを捕らえ、罰するためにこそ、スリザリンの鎖はある。

 

 牢獄の刑吏という存在が、常に穢れた忌まわしきイメージがつきまとうように。

 社会というものを成立させるうえで欠かせぬ存在である法と刑罰の主要部分を担いながら、牢獄とは常に最も闇に近くあった。

 

 だが、牢獄なきまま秩序を維持できる社会というものはあり得るだろうか。

 小さな村落、点在する遊牧民族などならばそれも可能であろうが。

 

 どれだけ小規模であろうとも、ダイアゴン横丁という“都市部”を持ち、法と政庁を持つに至った組織ならば、牢獄というものと無縁ではありえない。

 

 ならば後は、牢獄とどう付き合っていくかであろう。

 誰しも、牢獄に入りたいとは思わない。刑吏となることを将来の夢とする者は稀少極まる。

 

 それでもなお、誰かが引き受けぬ限り、社会というものが回らぬとするならば――

 

 『かくして、魔法使いの牢獄は吸魂鬼の手に委ねられた』

 『それを定めた者達の心にあったものが、合理性か死の穢れへの畏れか』

 『時の流れはそれらを飲み込み、アズカバンは今もなお在り続けている』

 『冷たく昏い北の海で、罪人たちの魂を待ち受けながら』

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「皆さんおはようございます。前回に引き続き吸魂鬼とアズカバンについて語っていきますが、今回はその中でも刑罰の在り方とその歴史的変遷について主に見ていくこととします。牢獄、監獄という存在を語る上で、刑罰というものは根幹となるものですのでしっかりと学びましょう」

 

 水面下で静かに物事が動きつつも、表向きは例年通りに授業の進むホグワーツの9月。

 

 今年入ったばかりの新入生はまだ動く階段や複雑な城の構造にてんやわんやの時期であり、どうしても遅刻して減点されてしまう者らも少なくない。

 

 もっとも、この悪霊が加点減点に関わって以来、寮対抗杯というものの価値は随分と変わってしまったのだが。

 

 

 「まずは例によってマグル社会との比較から初めましょう。大まかに分ければ農業文明以前、農業文明以後、そして産業革命以後の三段階で大きく刑罰という概念は変化しており、一般的には五種類ほどに分類されます。すなわち、死刑、身体刑、財産刑、自由刑、名誉刑。これらのバランスと軽重は時代や文化によって多種多様に変化し、これらの他に“追放刑”というものも存在しますがこれは少々特殊な立ち位置にあります」

 

 死刑とは、言わずと知れた極刑であり、死を持って罰と為すもの。人類が最も早く導入した罰であり、過去においても現在においても、そして恐らく未来においても、究極の刑罰という立ち位置が揺らぐことはないだろう。

 

 身体刑とは、身体に損傷または苦痛を与える刑罰を指す。肉刑とも呼ばれ、前近代における刑罰は基本的にすべて死刑か身体刑であった。

 

 文化圏によって具体的内容は異なるが、「四肢の切断」「去勢(宮刑)」などの身体機能を損なうもの、「鼻そぎ」「入れ墨」など犯罪者であることがわかるような目印を残すもの、「鞭打ち」「杖刑」など肉体的な苦痛を与えるもの、などの系統に分かれる。

 

 ただし、鼻そぎや入れ墨は後述する名誉刑と重なる部分があるため、その境界線を定めることは難しい。

 

 財産刑とは、受刑者の財産を剥奪することで経済的自由を削減するもの。財産刑を下されたが支払えない場合には、労役場留置がなされるが、これは罰金・科料分を日数換算して行われる懲役に類似した処遇であり、労役と通称される。

 

 自由刑とは、受刑者の身体を拘束することで自由を奪うもの。近代以後では最もポピュラーな刑罰となり、自由を奪うという特性上、隔離するための施設、牢獄や監獄を必ず必要とするのが特徴である。

 

 名誉刑とは、犯罪者からその名誉に関わる権利や社会的地位を永久または一時的に奪うことにより、犯罪者に苦痛を与える刑罰を指す。

 

 人類が社会性を確立する上で名誉は非常に重要とされるようになり、中世騎士の不名誉印や、切腹は武士の名誉だが斬首は罪人への扱いといったように、刑罰の軽重に大きな影響を持つことになる。

 

 

 「先に監獄や牢獄との関連性を述べておくと、これら五種類の刑罰の中で必ず牢屋を必要とするのは自由刑のみです。裁判の前に被告人を置く場所として留置所や拘置所と呼ばれる施設もありますが、罪人は裁判官が刑を決める以前に、闇祓いや魔法警察などが“捕まえなければならない”という大前提があります」

 

 その前提がある以上、“罪人を囚えておくための施設”は、刑罰以前の問題として必要なのだ。捕まえた罪人に執行前に逃げられてはそもそも刑罰は成り立たない。

 

 狩猟採集生活の頃であったとしても、仲間を殺した罪人がいれば捕まえて殺すだろうし、生贄の儀式に捧げるにせよ、酋長が責任を持って殺すにせよ、捕らえた罪人は木に縛り付けるか、洞窟に閉じ込めるか、逃げられないようにする処置は必須だ。

 

 あるいは、逃げられないようにする事前処置の段階で手足を切断しておくなどもあっただろうが、冤罪という可能性が常にある以上、原始時代にあっても尚早に過ぎるという考えはあった。生贄の血を捧げるにしても、その前の四肢切断で失血死されては意味がないのだから。

 

 

 「常に移動する軍隊のための護送車から政治犯を拘束するルビアンカに至るまで、囚人を捕える専用施設は様々ですが、必ずしもその全てが牢獄として設計されているわけではないことには留意しておきましょう。市庁舎の部屋の一部が留置所代わりに使われることなどザラですし、王宮の尖塔がそのまま高貴な囚人のための空中牢獄となることもまた多い」

 

 つまるところは、牢獄という施設もまた社会の発展に伴う専門分化と分業体制に関連しているということ。

 

 石器時代の狩猟採集生活ならばそこまで分化する必要もなかったろうが、都市というものを築き上げ、何万人もの人間が暮らすようになるならば、必然として施設ごとの専門性や特殊性が現れ始めるものだ。

 

 

 「さて、話を戻しますが。これまでに解説してきた古代からのマグルと魔法族の文明の変遷に紐づけて考えれば、五つの刑罰のうちどれが古く、どれが新しく、歴史的変遷を経てきたかは割と簡単に察しがつきます。最も古いのは死刑と身体刑であり、都市文明が発展する頃から財産刑と自由刑が現れ始め、カースト制度が成立するほどに社会の階層性が出来上がれば、名誉刑という概念が生じうる」

 

 当然のはなしだが、貨幣という概念が生まれる前の狩猟採集時代に、“財産刑”は存在しない。石器時代は獲物を求めて移動する生活であり、固定化された土地や財産というものはまだなかった頃なのだから。

 

 同様に、常に移動する生活において“自由刑”というのはコストが高すぎる。馬や牛といった大型の家畜の飼育が始まり、車輪というものが発明されたメソポタミア文明以後ならば“囚人を護送する車”というものも徐々に発展するが、石器時代ではまさか囚人を背負って何百キロも歩くわけにもいかない。

 

 まして、顔見知りはおろか血縁関係のみで成り立つ数十名の共同体生活ならば、“名誉刑”という概念は論外である。見知らぬ他人がそもそもいないのだから、“他人から蔑視される”ことを刑罰とするのは無理がある。

 

 

 「逆に言えば、死刑や身体刑は“人が建物を作る以前”から存在した刑罰なのです。である以上、牢獄というものがなくとも成立するのは自然であり、極論すれば、逮捕や裁判が面倒くさければ、取り敢えず皆殺しにしてしまえばよいのです。ジェノサイドとはそういうものであり、捕虜に食べさせる食糧を節約するために、穴埋めにする“坑”という刑罰も存在するくらいですので」

 

 こと、そういう知識を語らせればドクズ悪霊の右に出るものはいない。まさに古今東西、あらゆる時代に行われた虐殺や処刑に通じ、人が人を殺すことの歴史に関してならば知らぬことなどない。

 

 そうした意味では、アズカバンや刑罰という概念を語らせる上で、コイツ以上の適任はないと言える。魔法史の教師の適性はゼロに等しい屑だが、牢獄の講師としては最大の適性を持つだろう。

 

 

 

 「一つ例を紹介すれば、1209年にアルビジョア十字軍がベゼルスにて約1万人の住民をカタリ派であるか否かにかかわらず無差別に殺戮しました。その時の教皇特使のアルノー・アモーリの有名な言葉に“神は己の者を知り給う”があります。意訳すれば“全て殺せ、選別は神の仕事だ”と、なかなか素晴らしい台詞です」

 

 一つの都市に暮らす民の誰がカトリックで、誰がカタリ派であるか、攻め込む兵士たちに区別できるはずもなく。

 

 カタリ派を異端として討伐するはずの十字軍が、結局は略奪のためにその20倍以上のカトリック教徒を虐殺する。そんなことが珍しくもないのがサピエンスの歴史というもの。

 

 

 「そうして時代が過ぎ、蛮族の侵略から民を守るための城壁が作られ、安全な城郭の中で都市生活が始まると人々の道徳観念というものにも変化が生じる。盗みなどの軽い罪に対して“四肢の切断”や“鼻そぎ”、“去勢”という罰は重すぎる観念が生じ、これまた必然として財産刑や自由刑が派生していきました。その辺りをまとめた法典としてはウル・ナンム法典やハンムラビ法典が最も著名でしょう」

 

 ただしそこには、近代以後の“人道的な観念”があるかと言えば大いに異なる。

 

 どちらかと言えば“労働力が勿体ない精神”であり、ヒンドゥー教において牛を殺したり食するのが禁じられたのが動物愛護の精神からではなく、生贄に捧げ過ぎて田畑を耕す家畜がいなくなるという本末転倒を避けるためという、非常に実際的な理由からだったように。

 

 罪人に対する財産刑や自由刑が発達したのも、四肢を切断するよりも、奴隷として鉱山などで労役させたほうが利益になるという実に合理的な精神によるところが大きい。これは中世や近世にまで受け継がれガレー船の漕ぎ手や城塞の建築など自由を剥奪し強制労働させる刑罰は存在した。

 

 ただし、その性格や過酷さから身体刑に含まれるべきものともされ、ある種“複合的な刑罰”と言えただろう。船に鎖で拘束されるか、鉱山に拘束されるかの違いはあれ、労役をさせられる囚人が自由に行動できたわけではないが、身体的苦痛から無縁であったわけでもない。

 

 

 「古代ギリシアといえば、我々の魔法文明の揺籃の地でもあり、腐ったハーポなどは有名です。BC700~500年頃のアテネなどの都市国家においても、囚人や戦争捕虜を銀山などの労役、ガレー船の漕ぎ手に用いることは盛んに行われておりました。無闇矢鱈に死刑にはせず、人的資源を死ぬまで絞り尽くす、なかなか素晴らしい叡智と言えます」

 

 特に海洋民族であったギリシア人やフェニキア人にとって、ガレー船とは“移動する監獄”でもあった。食糧が尽きたり、病気で死んでしまったりすれば、海に放り捨てればいいのだから、処分も実に楽である。

 

 古代という時代には、専門の牢獄というものはほとんど存在しない。その代わり、奴隷制社会であるゆえに、大規模奴隷農場、鉱山奴隷、ガレー船の漕ぎ手などが牢獄の役割を補完しており、ある範囲において流動的でありながらも、国家システムとしては収益が上がる仕組みが作られた。

 

 まったくもって人道の欠片もありもしない時代だが、しかし不思議なことに、人道的配慮に満ちているはずの21世紀でも中東難民やアフリカ難民は地中海をボートで逃げ回り、海賊が跋扈しており、逆に奴隷制の古代帝国ローマの最盛期には大規模な難民は皆無だった。

 

 

 「そうして最後に、名誉刑という概念が生まれる。市民権の剥奪、貴族特権の剥奪、奴隷に落とされることなどは財産没収刑であると同時に名誉刑としての側面を持つようになる。我々魔法界においてはそれが顕著で、貨幣に拘らない純血名家も、家の恥や名誉というものは異常なまでに拘るものですので」

 

 囚人に入れ墨を施すことなども、身体刑よりも名誉刑の側面が強い。それらはつまり、“罪人の烙印”なのだ。

 

 魔法社会の成立は中世の頃となるが、マグル側においても中世の刑罰の概念な古代を基本としつつもキリスト教的な観念を取り入れたものとなっていく。

 

 名誉の在り方や、貨幣経済が後退したことで財産刑が減ったなどの変化はあったが、死刑、身体刑、財産刑、自由刑、名誉刑の組み合わせで社会が回っていたには違いない。

 

 「こうした歴史的経緯とともに発展し、分化してきた五種の刑罰ですが、ここにもう一つ“追放刑”という重要な要素があります。これは牢獄や鉱山、ガレー船などに束縛して自由を奪う“自由刑”とは対極に位置するものであるため、死刑や身体刑を減らし、財産刑と自由刑が主流となった近代以後ではほぼ見られない刑罰です」

 

 近代以後の社会の特徴は、死刑を極端に嫌うようになり、身体刑もまた“非人道的”と忌避することであろう。

 

 結果として、刑罰の主流は牢獄への収監といった自由刑となり、その軽いものとして罰金・科料がある。罰金は刑罰の中では最も軽いものとされているが、中世以前には「被疑者の財産を没収すること」を目的として裁判が起こされるなどのことも頻発しており、現代でも完全になくなったわけではない。

 

 たとえば、魔女裁判などでは、被告人の財産を教会に帰属させることを目的に起こされたものも多く。ネットにおける誹謗中傷キャンペーンを繰り返し、企業や団体へ慰謝料請求を行うのも、現代の“逆魔女裁判”と言えるだろう。

 

 原発事故で勝手に自主避難した者らが電力会社を訴えたり、従軍慰安婦という虚構の中の過去を作り上げて賠償を請求する者らも、変わらない人類の愚かさを証明する魔女裁判の亜種に他ならない。

 

 

 「追放刑や流刑、これらが“刑罰”として成立するのは近代以前の時代において人間の生存範囲が極めて限定的であり、都市や農村といったコミュニティから追放されることが死を意味するほど重い処置であったために他なりません」

 

 人間は集団で生きるものであり、その生活に慣れ、適応した都市民にとって追放刑とはあらゆる生活基盤から切り離されることを意味する。

 

 近代以後、特に内燃機関と自動車が発達した後ならば、財産や自由を束縛しない“町からの追放”は刑罰には成りえない。自家用車か電車を用いて隣町に移動すれば、新たな職を得るも、アパートを探すも簡単に出来てしまうのだから。

 

 

 「共同体とは、法という鎖によって互いの自由を束縛するもの。自由刑とは基本的に通常よりも遥かに強く痛み伴うほどに鎖で絞め上げるものですが、法の鎖から完全に放逐されることもまた、刑罰として機能し得たということです。この機能を担った魔法こそが“鎖の魔法”であり、ならばこそサラザール・スリザリンの領分であった」

 

 近代以後のマグルが文明の利器の発展に伴い、追放刑が刑罰としての重みを失ったならば。

 

 箒や姿現しによって自由に移動ができ、トランクの中に生活拠点を持ち運べる魔法族にとってもまた、ただの追放というのものはそれだけでは刑罰たり得ない。

 

 追放を罰とするためには、破れぬ誓いなどの呪詛により魔法の行使などを縛り上げ、制限を課さねばならない。

 

 

 「そして、追放刑の中には“島流し”などに代表されるように、特定の場所にのみ住むことが許され、そこから移動することを禁じるものもあります。鉱山での労役などはこの亜種とも言えますが、自由を剥奪することを目的としたものではなく、犯罪者をコミュニティから追放することを主目的としたものであり、現代的な自由刑とは発想が異なります」

 

 この型の追放刑は個人の罪人に対してよりも、民族単位、宗教単位で行われることが多い。最も有名な例にはユダヤ・ゲットーがある。

 

 イスラーム世界におけるファティマ朝の宰相(ウィジル)が、首都カイロからキリスト教徒を追放したり、スペインのマドリードからマラーノが追放されたりと、そうした集団追放の例もまた、古今東西に広がるサピエンスのお家芸というものである。

 

 

 「さて、こうした様々なマグルの刑罰と比較してみると、アズカバンへの収監という刑罰はなかなか多様な面を持っています。まず第一に脱出不可能な監獄である以上は自由刑の代表例であり、魔法族にとっては“アズカバン送り”という言葉が既に名誉刑としての側面を持ちます」

 

 例え悪戯を好み、罰則を受けることを名誉と考えるウィーズリーの双子であっても、アズカバンに送られることを名誉とは考えない。

 

 初代の悪戯仕掛け人であるジェームズやシリウスとてそこは同じであり、アズカバン送りとは究極的な不名誉なのは事実だ。

 

 

 「吸魂鬼のキスは極刑であり、なかなか粋な死刑であると言えますが、そこまでの罪でなくともアズカバンで衰弱死すればその魂には同じ運命が待っています。また、大規模な監獄は自治領の側面を持つことから、ユダヤ・ゲットーのような型の追放刑としても機能している」

 

 魔法界においても、簡単な罪ならば罰金刑。重いものとなると、名誉刑・自由刑・追放刑・死刑が複合的に絡み合った“アズカバン送り”となる。

 

 

 「一ヶ月程度の短期のアズカバン送りは、“名誉刑”の側面が強く、数年以上の長期的な収監は自由刑・追放刑が色濃くなる。そして、吸魂鬼に囲まれる環境での終身刑は、死刑と同義と言えます。ここで実に魔法世界らしいのは、身体刑の要素が丸ごと欠落していることにあるでしょう」

 

 吸魂鬼による人体の影響は寒気なども含めて精神的なものだ。

 

 物理的な損壊を伴う刑罰はアズカバンには存在せず、それは同時に魔法界における長き伝統であるとともに、非常に実際的な理由もある。

 

 

 「その答えは明白です。魔法薬一つで失った骨や腕を簡単に生やすことが出来るのが魔法界というもの、“四肢の切断”や“鼻そぎ”などの身体刑は刑罰として機能し得ない。ブラッジャーに顔面の骨を砕かれようが、クィディッチ選手は平気で空を飛びますから」

 

 一つ例を挙げるならば、オリバー・ウッドという男にとっては、全身の骨を砕くよりもクィディッチを禁じるほうが余程重い刑罰ということだ。

 

 どれだけ痛くとも、砕かれた骨は魔法で容易く治るが、クィディッチを禁じられれば彼は速やかに精神死を迎えるだろう。

 

 

 「無論、強力な闇の魔術を用いた傷ならば、魔法で治すことは難しくなる。しかし、これは刑罰の仕組み的に矛盾を孕みます。罪人に治せない傷を与えるためには、その術者もまた闇の魔術の行使による反動を負わねばならない」

 

 死喰い人への罰として癒せない傷を与えるために、闇祓いの魂が傷つくのでは全く割に合わない。

 

 闇の魔法使いの側は、自分の魂が削れようが許されざる呪文を使ってくる輩が多いが、刑罰を与える側が呪いの闇に落ちてしまうのでは本末転倒というものである。

 

 魔法族の力は“心の魔法”なのだから、罪人に与える刑罰は必然、名誉や自由、そして幸福の剥奪という方向に向かうのはある種当然の歴史と言えよう。

 

 

 

 「ここまでアズカバンをマグルの刑罰の歴史と比較しつつ説明して来ましたが、まとめて言えば“仕組みとして”なかなか優れており、ホグワーツ創建時から700年近い魔法族の刑罰に関する諸々の集大成として創られたと言えるシステムです。300年間続いてきたのは伊達ではありません」

 

 少なくとも一朝一夕の思いつきで、吸魂鬼が刑罰や刑吏に便利そうだからと簡単に創られたわけではない。

 

 アズカバンという制度を採用するに至った経緯にも、その成立過程にも、歴史というものはあるのだ。

 

 

 「ただし、仕組みとして優れているだけでは刑務というものは片手落ちです。例えば、純血名家の娘がマグルの男と恋仲となり、肉体関係を結んだことを罪として、アズカバンに送ることは適しているのか。また、今回は意図的に省きましたが、マグルにはなく魔法族にだけ存在した最も重要で歴史的な刑罰に、“忘却刑”というものがある」

 

 忘却術は、あらゆる意味で魔法族の社会を支える根幹と言える魔法である。

 

 マグルとの境界線を隠すのに最も用いられ、同時に、“縁を断つ”ためにも使われる。

 

 マグルの男と恋仲に落ちた純血名家の娘に飲ませるものは毒薬か? いいや違う、答えは忘却薬である。忘れてしまえば、何の意味もない。

 

 

 「禁断の果実の講義でも述べましたが、魔法使いには元来処女信仰というものはありません。なぜならば、処女膜などは薬一つで簡単に再生するものですから、純潔の証たり得ない。まして、誰かと交わった記憶すらも、任意で忘却することも可能なのですから」

 

 だからこそ、薬で操った恋心の果てに子供を身籠ろうとも、そこに愛はなかったのだとゴーントの末裔は言った。

 

 

 「アズカバンという機構は確かにそれなりに整ってはいる。しかし、罪の記憶すらも忘却しうる魔法界において、画一的な機構だけでは絶対に届かない部分がある。次回の授業ではそこに焦点を充てて語っていくとしましょう。死刑というものの多様性、磔と服従の轍と忘却の咎、そして、幸福を奪われるとは何たるかについてを」

 

 これまでに語った内容はあくまで序論、マグルと比較する上での前段階に過ぎないと言わんばかりに。

 

 魔法界の闇とはこんな浅いものではない。それは人類そのものの闇とも密接に絡みつき、人が成長せずに失敗の歴史を繰り返すことの証明。

 

 そして、ノーグレイブ・ダッハウという存在の、根幹とも呼べるもの。

 

 

 「それでは本日の課題を出します。“アズカバン送り”という刑罰の対象は基本的に魔法族やそれに類する存在を基本としていますが、ユニコーンやセストラル、ヒッポグリフやドラゴン、そして、アクロマンチュラやスフィンクスといった知恵を持つ魔法生物の監獄、あるいはケンタウロスやゴブリン、屋敷しもべ専用の監獄を考えた場合、どのような新型の“アズカバン”が考えられるか、各々アイデアを出しなさい」

 

 そこに投入される、爆弾のような課題。

 

 実際、ヒトを害した魔法生物の裁判の歴史は“駆除するかどうか”に焦点がおかれ、アズカバン送りになったアクロマンチュラの例などはない。

 

 だが当然、この悪霊の課題がそんな生温いものであるはずがなく。

 

 

 「当然ですが、魔法界に作られる“マグル専門の監獄”も大アリです。そして、今回ばかりは予め言ってしまいますが、最も期待するのは“罪を犯したゴーストに刑罰を与えるための監獄”です。そう、この私を収監できるような監獄を、皆さん是非とも考えてみるとよろしい」

 

 悪霊は嘲笑い、そして告げる。

 

 人類の黒歴史の集大成、流刑の果て、死刑の果て、それらが混ざりあった“複合施設”とは何たるかを考えよと。

 

 その言葉を聞いて、この場で最もマグルの歴史に通じた少女が、蒼白な顔になって俯いたのを眺めながら。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「お待たせいたしました校長先生、彼をお連れするのに少々時間を要しました」

 

 「ほっほ、構わんよダッハウ先生。今回の件に関してだけは完全に儂の個人的なワガママじゃからのう」

 

 「正確には、貴方と、アバーフォース氏と、そしてアリアナちゃんのワガママですか。いずれにせよ、それがメローピーさまの遺言であるならば私に否はありません。私にとっては、此度の吸魂鬼の授業そのものが隠れ蓑のようなものですから」

 

 ホグワーツの中でも最も生徒が寄り付かないことに定評のある場所の一つ、叫ばれない屋敷。

 

 悪霊共の言わば総本山のようなものであり、処刑器具やスクリュートは数を増す一方。今年もまたハグリッド先生のプロジェクトは滞りなく進み、新入生に愛されるべく新世代の怪物たちが巣立ってゆく。

 

 そんな曰く付きの場所に三人の影、正確には一人の人間と二人の悪霊と亡霊少女の姿があった。

 

 

 「それにそもそも、パーシヴァル・ダンブルドア氏については、アズカバンに訪問なさった際に既に成仏なさったと聞きましたが」

 

 「ううむ、本当は今回の件でホグワーツに派遣する形を取ってからと思っておったのじゃが」

 

 「ごめんね~」

 

 「いやいや、アリアナは全く悪くない。悪いとすればこの儂の先見性のなさじゃよ」

 

 例によって孫には甘く、孫ボケ老人でしかないお爺ちゃん校長先生。

 

 これに負けた闇の帝王殿には気の毒だが、既に彼のことを覚えている人間はさほど多くはない。

 

 そして、日記から生まれたゴーントの最後の末裔がどう思うかもまた、知る者はいない。

 

 

 「しかし、一発で父を見分けたアリアナも凄いが、そちらも負けず劣らずじゃなダッハウ先生」

 

 「魂に関しては一家言ある身ではありますので。それに、メローピー様は長らく事務方としてホグワーツにいらした。その魂の特徴はよく存じておりますから、似た波長を見つけ出すことはそこまで難しいことではありませんでしたよ。マートルさんでも時間をかければ可能でしょう」

 

 「そこはまさに、ゴーストならではの見方じゃのう。儂ら人間からすれば、吸魂鬼はどうしてもどれも同じにしか見えぬよ」

 

 「それも仕方ないでしょう。そもそも名前を失い、彼我の境界線すら失い、幸福を求めて彷徨うだけの魂の残骸の集合体が吸魂鬼というもの。一応は核となる魂はあるものの、それはかつて“誰か”であったというだけで、本人そのものとも言い難い」

 

 だからこそ、アルバス・ダンブルドアにとって、吸魂鬼を好きになれない理由ともなる。

 

 彼の父、パーシヴァル・ダンブルドアはアズカバンで獄中死となった。それはつまり、吸魂鬼の中の“誰か”は父であり、今も幸福を求めて彷徨い続けているということ。

 

 確かに、彼の父は罪を犯した。魔法族の成人としては決して犯してはならない境目を越え、マグルの少年たちを魔法で害し、魔法界の漏洩に関わる禁忌を踏んだ。

 

 だがそれは、死後すらも奪われる程の罪であるのか。家族とともに墓に眠ることすら許されず、魔法界という全体のためにすり潰されるように冷たい監獄を彷徨い続けることが罰なのか。

 

 一度ならず、自分が魔法大臣となって司法改革にあたるべきではと考えたこともある。だがその度に、彼の人生に大きく関わるかつての親友の顔が浮かび、そのやり方で自分達は間違え、妹を失うこととなった慙愧の念に駆られる。

 

 

 「そうじゃのう、本当に、後悔だらけの人生であったような気がする。素敵な出逢いは山程あったはずなのに、振り返れば若き日の過ちばかりが胸をよぎる」

 

 「だいじょーぶだよ、じーじ。わたしはここにいるから」

 

 「うむ、大丈夫じゃとも。そう、アリアナがそうして笑ってくれているからこそ、儂も心から笑顔でいられるのじゃ。過ちも多かった人生じゃが、ホグワーツで子供達を見守り続けたのは、間違いではなかったとな」

 

 でも、それはもう過去のこと。

 

 過去は過ぎ去り、彼のもう一つの後悔であったゴーントの血統の少年も、母の愛に包まれて宿業を濯ぐことが出来た。

 

 ならば、速やかに後始末というものを果たさねばならない。

 

 

 「それでは、お願いしますアリアナちゃん。例え個体名が分かっていても、私からでは何の意味もありませんので」

 

 「うん。……初めましてモーフィンさん、わたしは、アリアナと言います」

 

 眼と眼を合わせて名前を呼ぶこと、それは原初の魔法である。

 

 ルーナ・ラブグッドという少女に、“デルちゃん”と呼ばれることで、かつてベラトリックス・レストレンジであった魔女が、デルフィーニでしかなくなったように。

 

 

 「あ、ああ……」

 

 既に言葉も忘れ、名前も忘れ果てたはずの吸魂鬼が、掠れつつも何かを呟く。

 

 

 「優しいメローピーが待ってるよ、貴方はお兄ちゃんなんだから、早くおうちに帰ってあげて」

 

 「お、おお……う、ち?」

 

 「そう、おうち。これを辿っていけば、きっと帰れるから」

 

 亡霊少女が差し出したのは、一つの手紙。

 

 今度こそ子供を育てきり、立派な淑女に成長した妹からの、小綺麗な便箋。

 

 

 「め、ろ……ぴー。……す、まん」

 

 「メローピーはもう怒ってないよ、貴方を叱ったりしないから。謝るよりも、笑ってあげて、ほら、“どうだメローピー! やっぱりリドルなんて駄目だったろう! ゴーントこそが最強なんだ!”とか」

 

 戯けるように、小さな少女は朗らかに笑いつつ言葉を紡ぐ。

 

 まさにそう、悪戯っ子の無邪気さで。

 

 

 「ごー、んと。お、れ、ごーんと」

 

 「そこまで思い出せれば十分でしょう。改めて私からも自己紹介を、初めましてモーフィン・ゴーント様。妹君のメローピー様より、貴方を冥土へお連れするよう遺言を賜りました、ノーグレイブ・ダッハウと申します。あなた方の遠き先祖サラザール様、並びに同輩のロウェナ様よりこの地の霊的な管理を任されたる裏側の管理人です」

 

 正確には、その任についているのはヘレナ・レイブンクローであり、ダッハウはその代行。

 

 ただし、秘密の部屋の最後の継承者から直々に遺言を受け取っているこの今においては、優先順位はサラザールの言葉が勝る。

 

 

 「め、ろぴー、いま、いぐがら」

 

 悪霊の紹介を知ってか知らずか、彼の輪郭は薄れていく。

 

 そうして、まるでそこには最初から誰もいなかったように、一人の吸魂鬼の姿は消え果てていった。

 

 

 「会えたかな?」

 

 「さて、成仏した魂が何処へ向かうかは時計塔の関与するところではありませんので、私からは何とも」

 

 「もうー。そ~ゆうところが駄目なんだよ、ダッハウは」

 

 「そうじゃ、そういうところが駄目なんじゃダッハウ先生は」

 

 「貴方もいい年して幼子に便乗しないでください。それだから耄碌老人と言われるんですよ」

 

 何はともあれ、これにて彼女の遺言は果たせた。

 

 最早ゴーントの血の縛りすら忘れ、吸魂鬼となってアズカバンを彷徨っていたモーフィンの魂は、ようやく行くべき場所へ行けたのだろう。

 

 

 「翻って見れば、自業自得な面もないわけではないですが、彼はメローピー様よりもさらに惨めで救いのない人生を歩んだ。甥の罪を着せられて投獄されていたことすら自覚があったかどうか」

 

 「子の罪を己の罪として背負う覚悟もまた、母の強さというものじゃな。本当に、彼女は立派になったのう」

 

 「ええ、確かに。こうして母らしく、子がヤンチャしてしまった後始末もしっかりと終わらせてゆかれたのですから」

 

 「メローピーは凄いんだよ、とっても優しくて綺麗なの」

 

 「はい、流石はサラザール様のお血筋です」

 

 

 かくて静かに、小さな物語の幕は下りる。

 

 縁は繋がり、愛は伝わり、救いなき終わりを迎えた者らにも、一筋の光は差し伸べられる。

 

 

 「本当に、捨てたものでもない世界ではありませんか。全てを諦めて投げ出すには、少しばかり早かったかもしれません、我が創造主よ」

 

 

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