【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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3話 時の魔女

 

『時計塔のオブジェクト記録』

 

 【分離端末よりアクセスログを参照】

 

 ………………………………………………………………禁則事項の最終要件へ解除申請

 

 夢を介した閲覧履歴を確認

 

 apユーザーよりadminユーザーへ、オブジェクト記録の転送を開始

 

 ダウンロード達成率、現在13%

 

 管制人格は主要サーバの動作監視、dockerコンテナ及びkubeletポッドを継続的に再起動

 

 ログの保管箇所は通常のヒープ領域から絶対領域へ、ルート権限をサブクラスへ移譲

 

 新規ユーザー名、ハーマイオニー・グレンジャーにsudo権限を新たに登録

 

 カイロスの時計の使用を確認

 

 クロノスの大時計、リブート開始

 

 パスワード: 管制人格より代理入力  No Grave Dachau

 

  

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「ねえハーマイオニー、すっごい顔色悪いけど本当に大丈夫?」

 

 「ああ、どう見てもヤバいって。言っちゃあなんだけど秘密の部屋探索の時のハリーよりもだよ。あの時は君がハリーに医務室で休めって言ってたろ」

 

 「あの時の僕って、そんなに酷かったかな」

 

 「本人ほど自覚がないってよく言うけど、本当なんだよなあ」

 

 9月のそろそろ終わりに差し掛かり、新学期が始まってはや一月が過ぎようという頃のホグワーツ。

 

 何かと有名な(大半は悪霊関連)グリフィンドールの三人組、今年から三年生となったため履修科目も多くなった彼らだが、しかしいつも多弁であるはずの彼女に声は少ない。

 

 

 「ありがとうハリー、ロン。気遣いは嬉しいけど、眠って取れるタイプの疲れじゃなさそうなのよ。というかむしろ、眠っている時のほうが疲れる感じがするわ」

 

 「眠ってるほうが疲れる?」

 

 「そんなことあるのかい」

 

 この時間軸ではなく、闇の帝王の分霊箱であったハリー・ポッターだったならば、傷痕が痛み、両親が死ぬ時の夢を見た時の自分のようだと思ったかも知れない。

 

 しかし、今の彼は家庭環境に多大な問題を抱えるだけの健康優良児であり、闇の帝王よりも妹の煎じる愛の妙薬のほうが遥かに怖い人生を送っている。

 

 

 「夢見が悪い、ていうのが一番近いのかしらね。去年のハロウィンの頃に、ジニーが相談してくれた悪い夢のことと似てるのかもしれないわ」

 

 「なんで兄がここにいるってのに、相談するのはハーマイオニーなんだか」

 

 「妹ってのはそういうものなんだよ。むしろ、そういうものであって欲しいよ」

 

 ポッター家の双子の妹達は特殊な家庭環境の賜物か、私事の相談対象によく兄を選ぶ、そして、兄を胃痛に追い込む。

 

 長兄であるハリーとしては、近親相姦の禁忌に触れかねない扱いに困る相談をしてくれるなと言いたいところだが、身内以外に相談されるのはもっと困る。名付け親含め三人いる父親たちも、この問題には逃げ腰だ。

 

 結果として諸悪の根源の一人でもある母に頼ることになる。根本的な解決にはつながらないどころか、より悪化する可能性を大いに孕むのが悩みどころだが、まさか悪霊に相談するわけにもいかない。

 

 一度だけ、気の迷いで時計塔の悪霊に相談したことがあったが、結果が散々なものであったことをハリー少年は忘れていない。失敗からは学ぶ子なのだ。

 

 

 「……ハリー? 貴方、妹っていたの?」

 

 「はあ? 何寝惚けてるんだいハーマイオニー」

 

 「そりゃいるよ。ていうか、マリーとローラがいなかったら妹のことで僕は胃薬の調合に精通してないよ。ほんとに大丈夫かい? かなり具合悪いんじゃ」

 

 「え、あ、ああ、ごめんなさい。そう、そうよね、グリフィンドールに入った一年生のマリーベルと、スリザリンに入ったフローラ。それに、そう、ネビルにも弟のマークと妹のアリアドネがいて―――ええ、デルフィーニも今はロングボトム家にいる。そうよね」

 

 現実を確かめるように、噛みしめるように、違和感と齟齬を埋めるように。

 

 嫌な夢、悪い夢、そして、誰かの記憶を振り払いながら、ハーマイオニー・グレンジャーは大きく息を吸い込みつつ背筋を正す。

 

 

 「よっし! もう大丈夫よ。次は“あの”ダッハウ先生の魔法史なんだからこんな調子じゃいられないもの」

 

 「あ、ああ、元気になったならそれはいいんだけど」

 

 「……女の子がいきなり躁鬱になる日、月に一度……いや、ごめん、何でもない」

 

 「ハリー、貴方の言わんとしてることはわかるけど、親しき仲にも礼儀ありという言葉を忘れてはいけないわよ」

 

 「ほんとにごめんって。僕が悪かったから頼むからその杖を収めてくださいお願いします」

 

 「まあ、うん、年頃の妹を持つ兄貴達の共通の悩みっつうか、なんか微妙に距離感に苦労する話題だよなあ」

 

 「だから違うと言ってるでしょう。そもそも貴方何時からそんなに女性に――って、ごめんなさい、貴方も小さい頃から癖の強い女性たちに結構囲まれていたのよね、ロン」

 

 「ん、君も知っての通りだけどママやらリリーさんやらニンファドーラさんやら、まあ色々な女の人に縁があるようちは」

 

 いつもの通りの会話のようで、何かどこかが違うような。

 

 そもそも、なぜ彼女は謝ったのか。目の前にいる親友のロナルド・ウィーズリーを、誰と無意識に重ねてしまったことに謝ったのか。

 

 その事自体に、果たして自覚があるかどうか。

 

 

 「……夢、か」

 

 そして、そんな彼女の様子をみて、ふと何かを思い出しかけたような気がして。

 

 だけど、まるで蜃気楼を掴むようにその違和感は手をすり抜けていってしまうようで。

 

 ハリー・ポッターは、親友二人を廊下を歩きながら、欠けたもののないはずの幸せな今を、静かに噛み締めていた。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「皆さんおはようございます。前回に引き続き魔法界における刑罰とマグルの刑罰の歴史を比較しながらついて語っていきますが、今回はまず最も古き刑罰であると同時に多様な人生観や死生観の反映される素晴らしきもの、すなわち死刑の数々について説明していきましょう」

 

 そして始まる、いつものドクズ極まる最低授業。

 

 どこの世界に、これほど嬉々として死刑、極刑というものについて語る教師がいるというのか。まあ、不幸なことにここにいるのだが。

 

 

 「前回の授業でも軽く触れましたが、死刑は文明の初期段階において刑罰の中心をなすものであり、世界各地で死刑の記録が残されております。一万年より古い石器時代の遺跡からも処刑されたと思われる遺体が多数発見されており、人が時計や暦という概念を発達させる以前から処刑という概念はあり執行されていた。それほどに古く、長きにわたる情念が込められた制度なのです」

 

 死刑は身体刑と並び、前近代には一般的な刑罰であった。人類の刑罰史上最も古くからある刑罰であるといわれ、有史以前に人類社会が形成された頃からあったとされる。

 

 また、死刑という刑罰でなくとも、多くの死に至る拷問を伴う刑罰もまた用いられていた。ギロチンが“最も慈悲深き刃”という異名を取るのも苦しまずに死ねるからであり、世に数多ある処刑方法の中には、究極的な苦痛を与えることを目的としたものも多い。

 

 

 「威嚇効果が期待されていたものと考えられており、すなわち見せしめの手段であったため、公開処刑というものが古今東西で行われておりました。火刑、溺死刑、圧殺、生き埋め、磔、十字架刑、斬首、毒殺、車裂き、鋸挽き、釜茹、石打ちなど、執行方法も実に多岐に渡ります。ちなみに私はどれも基本的に大好きですが、ここはやはり皆さんも御存知ギロチン先輩や電気椅子後輩を立てるべきかと思われます。私がわざわざホグワーツに招き寄せた方々ですので」

 

 なんて物を呼び寄せるんだこのクソ野郎、やっぱりてめえの仕業じゃねえか。

 

 と言わんばかりの批難の籠もった熱視線が全生徒から向けられるが、例のよって悪霊教師はどこ吹く風。

 

 

 「これほど多種多様に色とりどりであり、素晴らしい拷問にも満ちていた処刑方法ですが、非常に残念なことに近年では死刑存置国の間でも絞首刑、銃殺刑、電気椅子、ガス殺、注射殺、服毒などに絞られつつあり、比較的肉体的な苦痛の少ないと考えられる方法を採用するのが主流となっている。まったく、人権とは何とも無粋なものです。人間など、どう苦しめ、どう殺したら楽しいかを追求するからこそ面白いというのに」

 

 刑罰の歴史上では文明化と共に死刑を制限することが顕著である。

 

 21世紀ともなれば、マグル側の多くの国において死刑は撤廃されつつある、死刑制度が残る国も積極的な運用には二の足を踏む事が多いのが現状だ。

 

 それを何たる堕落かと嘆くように嘯きながら、しかし悪霊は嘲笑っている。

 

 茶番も極まる、まさか貴方たちは、人道ごっこをするだけで、サピエンスという生き物が差別と迫害と虐殺という宿痾から解脱出来るとでも思っているのかと。

 

 自分達が、中世に生きた人間達よりも、何か一つでも優れたところが、進歩したところがあるとでも?

 

 古代の奴隷制、中世の農奴制、近代の社畜制、どれもこれも大差はなく、無知蒙昧な衆愚を一部の既得権益者が搾取しながら本質的に同じところを回っているだけだと言うのに。

 

 

 「さて、マグル側の極刑はこのように多様な変遷を経ながらも、弛まぬ研鑽を続けてきたわけですが、魔法界側はまた異なる道を歩んできました。アズカバン成立はほんの300年ほど前の話であり、それより遥かに長い間、魔法族は決まりを破った同胞を“罰して”きたわけですから」

 

 法の基本構造については、マグル社会も魔法社会も大きく異る訳ではない。

 

 どういう形であり、共同体を形成する秩序があり、守るべき法があり、破ったものは警察機構に追われ、捕まれば裁判にかけられた上で刑罰が執行される。

 

 その構造自体は紀元前の頃の昔から何ら変わるものではないが。しかし実際的な問題として“何が相応しい刑罰となるのか”という課題が出てくる。

 

 

 「話は少し死刑と近しい身体刑に移りますが、前回の授業でも話したように魔法族にとって身体刑とは重罰には適しておりません。骨を砕こうが、目玉を抉ろうが、それらは魔法薬一つで一晩で治癒出来てしまうものであるならば、“取り返しのつかない過ちを刻むための罰”には相応しくはない」

 

 ホグワーツのみならず、魔法界全体に言えることだが、クィディッチのような危険な場所での競技が子供にも許可されている根底はその辺りにある。

 

 死にさえしなければ、破壊された壁などは瞬時に直せるし、壊れた身体も一晩程度で元通りになるもの。当然、痛みだけは瞬時に消しようはないので傷害罪という概念がないわけではないが、“すぐに人とモノを直せる”ということは、“壊すことが重い罪になるか”という点ではマグルとは大いに異なる。

 

 パーシヴァル・ダンブルドアという人物が、娘のアリアナを迫害したマグルの少年たちを魔法で襲ったことが重罪とされた案件にしても、“起きた出来事”と“少年たちの傷”などは魔法事故リセット部隊によって痕跡すら残さず消されているのだ。修復呪文に加えて忘却術がある以上、19世紀ならば隠蔽は容易である。

 

 問題となるのは、あくまで魔法族でありながら魔法の秘匿を怠ったという一点。万が一のことがあれば、魔法族という共同体全体がマグルに知られてしまうリスクを犯すほうが、人や者を傷つけることよりも遥かに重いのだ。

 

 

 「この中に、将来的にマグルと結婚したい、あるいはマグル生まれと恋仲になりたいと考えるものがあるならばそこはよく覚えておきなさい。傷つけること、直すということについて、マグルと魔法族は全く違うわけではありませんが、常識のかなり異にする生き物であることを。その認識の違いを正しく修正しなければ、マートルさんによる破局の罠をくぐり抜けることは未来永劫かないません」

 

 そういう点については、時計塔の悪霊ではなく、破局のマートルの領分である。

 

 重い女であったメローピーさんがいなくなった分だけ、その分まで頑張ろうとむしろ張り切っているのが今年のマートルさんだ。

 

 

 「また、“割り切れぬ貨幣”の講義で解説したように、魔法族はマグルほど財貨の有無に拘りがありませんので、罰金刑、財産刑というものもマグルほどの重みはない。魔法さえあれば生きることには困らない生活ですので、最もポピュラーな罰則と言えば、魔法の杖の剥奪と使用の禁止がそれにあたります。当然、そこには名誉刑の側面もある」

 

 身体刑に意味がなく、財産刑にも重みが足りないとすれば、残る三つに比重は置かれていく。

 

 追放刑もまた、家族からの勘当やグリフィンドールやスリザリンからの破門というものはあるが、多くの闇の魔法使いはそうなってもなお一切怯まずに研究や悪事を行っていたのは歴史の記す通り。

 

 “財産刑や追放刑で済むならば闇祓いは要らない”と言わんばかりに、闇祓いや魔法警察にあたる存在は遥か昔より必要とされてきた。

 

 

 「そうした中で、特にスリザリンで最も早くに発達したのが“鎖の呪文”です。磔や服従の呪文の原型でもあるそれは、要するに罰の概念を強く持つ魔法でもある。血族の中で掟破りが出た際に、罪人の行動や精神を縛るのに有効な魔法が服従の呪文であり、拷問の罰として機能するのが磔の呪文と言えます」

 

 マグルの社会においても、銃という人殺しの道具を合法的に所持するのを許されているのが警察官であるように。

 

 魔法族の歴史においても、“人に使ってはならない禁忌の魔法”であるそれらを、法を守るためにこそ使わねばならない執行者がおり、その多くはスリザリン出身者が占めていた。

 

 そしてだからこそ、彼らスリザリン出身者こそが、最も多くの闇の魔法使いを輩出する寮ともなった、人を呪わば穴二つとはよく言ったものである。

 

 そうした面では、グリフィンドールの剣の魔法はあくまで敵を殺すための刃であり、刑罰とは異なる概念を持つ。ハッフルパフは盾の魔法であり、罰するという概念とはこれまた遠い。

 

 

 「そして、アズカバン以前の魔法社会において“刑罰”を最も担った魔法が忘却術です。忘却刑とも呼ばれますが、心の魔法を力の源とする魔法族にとって、記憶を奪われるというのは拠り所を失うも同然であり、重い罰であると同時にその軽重を調整しやすいという利点もありました」

 

 現在においても、高度な力を備えた魔法使いは、記憶を頭脳から抽出し、ガラスの小瓶などに保管する技能を有している。

 

 それはつまり、家の当主などの“責任と権限”を持つ者達は、罪を犯したものらから“記憶を剥奪する”ことが可能であったことを意味する。

 

 

 「そうした分野における先進機関は神秘部であり、成された予言を自動で採集し保管する部屋などというオーパーツのような代物すらあるくらいです。当然、様々な記憶、思い出を抽出して保管するくらいはわけないことであり、魔法省やホグワーツなどの重要機関の底には膨大な記憶が眠っていると考えてよい」

 

 逆転時計という代物についても、記憶をアンカーとして体内時間を食べる類の品である。送り手が逆転時計を使ったことを忘却してしまえば、帰るべき座標がなくなってしまう。

 

 

 「以前の授業でも説明した“魔女の若返り薬”もまたそうです。あれは永遠の美を願う魔女たちの欲望や罪から生み出された薬でもありますが、同時に罪を犯した純血名家の娘たちへ、罰として当主が飲ませた例も伝わっています」

 

 記憶を失い、ある種の個人としての積み重ねた尊厳をも剥奪することが、すなわち罰。

 

 ただの忘却術では消えてしまった記憶は戻せないが、記憶を別の場所に移す施術ならば、反省と更生の機会を与えた上で、必要に応じて“戻す”ことも可能になる。

 

 かくありて、マグルが多種多様な物理的な極刑や身体刑、株式などのものすら含めた財産刑などに発展していったのに対し、魔法族は心、精神、魂という分野において刑罰を発展させてきた。

 

 

 「吸魂鬼によって幸福な記憶を吸い上げるというアズカバンの罰も、それ以前の“忘却刑”の流れを汲むものであると言えます。それまでは家の当主やウィゼンガモットの裁判官の行ってきた処置を、吸魂鬼に委ねることによって魔法使いの監獄は成立した。まあ、それほどに、執行する側にとっても重荷であったということでしょう」

 

 長きに渡る刑罰の繰り返し、その役割を担うのが純血名家に多かったならば、癒着も当然あったろうが、それ以上に闇の魔術にも近いそれらを扱うことが負担ともなっていた。

 

 レストレンジという家で、服従の呪文で他家の妻を妾として攫ってくるという事例が頻発してしまうように、積み重ねた罪と罰の業は徐々に純血の家の宿痾となって呪いめいたものになりつつあった。

 

 そうしたものを、吸魂鬼に肩代わりしてもらったという側面は、事実として存在するのだろう。

 

 

 「と、おや、随分と顔色が優れないようですねグレンジャーさん。私の授業があまりに負担になるようでしたら何時でも退席して構いませんよ。貴女が逆転時計で全教科を取得なさっていることは存じていますので」

 

 以前と異なり、優等生の一部に逆転時計が貸与され、カリキュラムが重なる教科を受講しているというのは周知の事実となっている。

 

 何せ、今のホグワーツは“ダッハウ以後”である。秘密にしたところで暴露されるに決まっているのだから、隠すだけ無駄というものだ。

 

 

 「いいえ、大丈夫です」

 

 「ふむ、ではそのように。他の生徒らも常に体調は自分で把握なさい。私は一切関与しませんし、倒れたところで看病もしませんので」

 

 だろうなと、全生徒が納得する。受講している生徒の大半が倒れたところで、コイツは粛々と授業を進めるだけだろうと。

 

 いやほんとに、誰もいなくなっても一人で続けるのではないか、何せコイツは悪霊なのだから。

 

 誰もいない教室で、一人で授業を続けるなどある種最も“幽霊教師”らしいとは言えるのだろうが。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「今日は比較的ましな授業だったけど、あの子、大丈夫だったの? なんかすっごい顔色悪くて今にも倒れそうなくらい蒼白だったじゃない」

 

 「こればかりは仕方がないですね。本日の授業には吸魂鬼はおりませんでしたし、内容もあくまで観念論に終始したもの。実際、彼女以外に精神的不調を患った生徒はおりません。私の授業ならば少なくとも一割程度は具合悪くなるのが常なのですが」

 

 淡々というドクズだが、間違ってもそれは自慢にならない。だからお前の授業はぶっちぎりで最下位なんだ。

 

 

 「それが通例なのもどうかと思うけど、だとすると珍しいこともあるものだわ。一昨年も去年も、対悪霊戦線を率いて元気に駆けずり回ってた印象しかないけど」

 

 「その認識は正しいかと。ハーマイオニー・グレンジャーは極めて健康優良児であり、精神的な面においても影となるものを抱えてはおりません。良き友人にも恵まれていますし、指導者として期待されることが負担になるような性格でもない」

 

 「となると?」

 

 「逆転時計が原因ですね、彼女が今抱えている不調は、時計塔の存在するこのホグワーツで“小さな時計”たる逆転時計を使用していることに起因します」

 

 「でも、だったらおかしくないかしら。あれは今年になって急に貸し出されたものじゃないし、そもそも彼女以外にも使ってる子は他の学年にもいるでしょうに」

 

 「その通りです、なので理由は彼女が時計塔の作り手であることのほうが大きい。これは仕方ないことでしょうね」

 

 「んん?」

 

 今、この悪霊はなんと言った。

 

 サラリと、とんでもない事実を口にしなかったか?

 

 嫌な予感、というほどでもないが、何か聞くと気が滅入るような爆弾が飛んでくると内心で警戒しつつも、マートルさんは先を促した。

 

 

 「それってどういうこと? あの子、ハーマイオニーが時計塔を創った?」

 

 「はい、あの時計塔は彼女の設計によるもの。この私、ノーグレイブ・ダッハウの製作者、創造者に当たる人物は誰かと問われれば、“ハーマイオニー・グレンジャー”こそが答えとなります。もっとも、かつて彼女であり、名前すらも擦り切れ果てた“時の魔女”というのがより実態かとも思われますが」

 

 「ええっと、うん、何か色々とついていけてないんだけど、ちょっと整理させてもらっていいかしら」

 

 「ええどうぞ、マートルさんのご自由に」

 

 流石に混乱の度合いが強いマートルさんとは裏腹に、ムカつくほどに悪霊はいつもどおり。

 

 まさに世間話をするように簡単に、この城の最重要といってよい秘密をさらりと語る。

 

 だからこそ、この城では秘密は秘密にならない。

 

 

 「………うん、なるほど、なんとなく掴めたかも」

 

 「質問すらせずにおおまかに察するのは腐ってもレイブンクロー生と言ったところでしょうか、その明晰な頭脳については素直に評価に値します」

 

 「腐ってもは余計だっつの。例によって何様なのよ」

 

 「大変失礼いたしました、麗しき便所の姫君さま」

 

 そして口の減らないところも相変わらず。

 

 相手の動揺を和らげようという意図は微塵もなく、ただ素で口が悪いだけだが。

 

 

 「アンタのことだから、例の禁則事項とやらでまだ言えない部分はあるんでしょうけど、幾つか質問するわよ」

 

 「問題ありません。私の創造者であるハーマイオニー・グレンジャーが逆転時計をミネルバ・マクゴナガルより貸与された段階で、私に課せられた禁則もあと一つか二つを残す程度ですので」

 

 「なるほどね、それだけで大体は分かるけれど、ようするにあの大きな時計が、“未来からやってきた逆転時計の元祖”みたいな認識でいいのよね」

 

 「まあそんな感じでしょう。既に別物となっている歴史は過去なのか、並行世界なのかといった議論はあるでしょうが、そこは神秘部の学者たちの領分ですので悪霊である我々が語っても仕方がありません」

 

 時間軸という概念は考え出すとなかなかきりがなく、パラドックスに陥ってはループしてドツボに嵌ってしまう。

 

 ある種、“取り敢えずそんな感じのもの”と、複雑な立体パズルを俯瞰して見るように捉えるのがコツであると言えるだろう。それが軸である以上、細かい末端よりも全体像をとらえることのほうが重要なのだから。

 

 

 「それで、今から先の未来なのかは知らないけど、ハーマイオニーがどこかの遙か先で、あの時計塔とアンタを創ったと」

 

 「その通りです」

 

 「あの子が創った結果がアンタってことは、よっぽど酷いことがあったか、まあ、碌でも無い歴史から来たってことよね」

 

 「イグザクトリー、素晴らしい観察眼です。ええ、有り体に言って“誰も幸せになれなかった結末”から時計塔は流れてきました。逆説的に、誰もが幸せになるとは言わずとも、皆が笑顔でいられる世界があって欲しいという祈りを込めて。まあ、込められていたのは絶望と諦観のほうが大きかったでしょうが」

 

 「アンタね、仮にも創造主のことでしょうが、もうちょっと親身にしてもいいでしょ」

 

 「創造主ではありますが、創ってくれと頼んだわけでもありませんからねえ。別に疎んじているわけでもありませんが、これといった恩義を感じているわけでもないので」

 

 「はぁ。アンタはどこまでいってもクズなのね、ある種安心したわ」

 

 「ええ、私はクズですよ。メローピー様もそうおっしゃられていましたし、創始者の方々全員の共通見解でもありました。創造主の彼女については裏は取れていませんが、内心ではそう思っていたんじゃないですかね、まあ、創ってしまったのは自分ですからそう思いたくない心情もあったとは察しますが」

 

 本当に、何処までいっても他人事。

 

 だがしかし、常に蜃気楼のように掴みどころのなかった時計塔の悪霊のルーツに、一筋の方向性が見えてきたのは事実であり。

 

 

 「それじゃあ、もう少し聞かせて貰うわよ。何だかんだで腐れ縁なわけだし、アタシにも多少は聞く権利があるわ」

 

 「ええ、それはもう。多少どころか貴女は一番時計塔に振り回されたと言っても過言ではない存在ですので。ではしばし、昔語りにお付き合いいただきましょう。これは、英雄となるはずだった少年の死から始まり、呪い子が時を遡った歪から生じた、絶望と後悔と最果ての逸話。マグルと魔法族の歴史の果て、ロウェナ様が“クロノ・エンド”と名付けられた事象にまつわる物語です」

 

 それでは皆様、しばしのご清聴を。

 

 ここより先は、一人語る悪霊と、傍らの幽霊少女の相槌だけが続くだけの退屈な話となるやもしれませぬ。

 

 しかし、この物語こそが今に至る全ての始まりであり、回避すべき終わりであることは紛れもなく事実なれば。

 

 

 時計塔の始まりに関わる物語に、どうかお付き合いのほどお願いいたします。

 

 

 




ここより数話かけて、時計塔の出自に纏わる話の説明回になります。

呪いの子をベースにしつつ、独自設定や解釈が加わる形で構成され、かくしてダッハウに至ります。

時間軸が何度か前後してしまうので、わかりにくくなってしまうかもしれませんが、出来る限り簡潔に出来るよう心がけていきます。
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