【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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4話 クロノスの大時計

『時計塔のオブジェクト記録』

 

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 クロノスの大時計、リブート開始

 

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*----------*

 

 

 「セドリックが死喰い人にのう、儂としては考えたくないことじゃが、そのような歴史もあり得てしまうとは」

 

 「私の創造主である彼女にとっても痛恨のこと、実に悲しいことでしょうが、あり得てはならないことが起きたからこそあのような結末に至ったのでしょうね」

 

 時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウがマートル・ウォーレンに破滅の歴史について語り始めた頃。

 

 ホグワーツの校長室においてもまた、同時に遍在する悪霊の一人が、アルバス・ダンブルドアに対して創始者達によって伏せられていた秘密について解禁していた。

 

 それ自体は別におかしいことではない。言ってはならないという縛りがなくなった以上、基本的に秘密は暴露していくのがこの悪霊の習性なのだ。

 

 ただ、それが同時に多方向に行われているというのは、通常では考えられない事態だろう。

 

 

 「クロノ・エンドに至った歴史は既に終わってしまったことであり、それ自体はどうにもなりません。過去を教訓に未来をどう良くしていくかが常に課題となるのですが、どうにもサピエンスというものは歴史に学ばず同じ失敗を繰り返すのが好きな生き物でして」

 

 「耳の痛い限りじゃが、直視しなければならない現実でもあるのだろうて。儂など失敗からよく学んで来たとはお世辞にも言えんよ」

 

 「少なくとも、アリアナちゃんに関しては全く失敗から学びませんね貴方は。溺愛するばかりでは教育に良くないのは分かりきっているでしょうに」

 

 「ううむ、分かってはおるのじゃ、分かってはおるのじゃが」

 

 「やれやれ、この世からアルコール中毒や麻薬中毒がなくならないわけです。愛欲というものは原初の娯楽でもあり、売春が最古の職業であるならば、愛に溺れるということこそ最も拭い難い悪癖なのかもしれません」

 

 愛を知らぬ機械仕掛けが、愛を客観的に観測するままに嘲笑する。

 

 もとより、愛を得たいなどとも、愛したいなどとも考えたことのない知性体である。根底からしてここまで人とは精神構造が違えば、愛というものに大した価値も見出していないのは当然だ。

 

 人にとって、それは大いなる価値を持ち、時には偉大な奇跡を起こす原動力となることは知っている。

 

 だが、人でなし機械仕掛けには関係のないこと、ノーグレイブ・ダッハウに奇蹟を起こす機能など備わってはいないのだから。

 

 むしろ、この存在が起こす奇蹟紛いなど、醜悪なご都合主義、呪いめいたデウス・エクス・マキナにしかなり得まい。

 

 

 「それはともかく」

 

 「強引に話を逸しましたね孫ボケ老人」

 

 「ともかくじゃ、君の出自や辿ってきた過去、いいや、この場合は未来と言ったほうがよいかの。その経歴については十全とは言えぬが理解できた。ただ、どうしても気になることがあるのじゃが、君は複数に分かれた歴史の分岐筋のうち、どれが“本流”であると思っておるのかね」

 

 「なかなか難しい問いですね、そして核心を突いております。流石は校長先生と言ったところですか」

 

 孫ボケ老人と罵ったその舌の根も乾かぬうちから、流石とヌケヌケと褒め称える悪霊。

 

 まことに、顔の面が厚いどころではない。本心というものをある意味で持っていない、仮面ばかりの精神体だからこその業なのか。

 

 

 「そこについては、私の創造主やロウェナ様も幾つか仮設を立てられておりました。逆転時計を研究している神秘部の学者らも幾つか説は持っているでしょうが、時計塔の機能と私が“関われる”範囲において考えるなら、歴史は円環しているのでしょう」

 

 「円環とな、つまりはメビウスの輪であると?」

 

 「時の概念は非常に曖昧かつ深遠です。ですから、人が人として生き、なおかつ時を人の理解しうる範囲で利用したいならば、“時計”という範囲に収めるのが一番です。時の神となって宇宙や銀河や根源を掌握することが目的ならば話は違ってきますが、この星の上で人間が幸せに過ごすことを目標とするならば、過ぎたるは及ばざるが如しにしかなりません」

 

 慎ましやかな幸福を望むならば、身の丈を越えた大金は遺産相続を巡る身内の骨肉の争いの原因にしかならないように。

 

 隣り合わせの小国同士の戦争で、水素爆弾を互いが備えることに何の意味もないように。(使えば確実に双方の国土が吹っ飛ぶ)

 

 魔法も科学も、つまるところはそれを創った人間のための道具に過ぎない。使用用途に沿ってこその道具であり、逸脱したものは価値が減じていく。

 

 それにまあ、宇宙の時計なんかに手を出したら、ティンダロスの猟犬とかに食われるし。

 

 

 「時計とはすなわち、円環の象徴です。0時に始まり、24時とはすなわち0時、始まりが終わりであり、終わりが始まりとなる。だからこそ、個々人の体内時計とも呼べる主観的な時間の観測を“カイロスの時計”、地球の公転や自転などのより大きな客観的時間観測を“クロノスの時計”と呼びました」

 

 太陽を奉じたエジプト文明も、後に太陰暦を作ることになるメソポタミア文明も。それらと交流を持たぬマヤ文明の太陽神殿に至るまで。

 

 最古の暦を創った者らは天文観測の術に長け、星と月、そして太陽を緻密に観測することで、やがては周期的な暦にするに至った。

 

 日時計しかり、水時計しかり、時計の起源はその辺りになる。主に農耕文明を発展させる上で正確に種まきや収穫時期を知るために作り上げたものだが、“人間の生活向上のために、円環の時間を測る器”として時計は出来たのだ。

 

 

 「その時計が逆転時計となり、君が“時の終わり”の一例ということは」

 

 「そういうものが、魔法族の起源ではないかとロウェナ様は仮説を立てられました。まず一つ、取り敢えずは始まりと言える科学文明があり、魔法と遜色ないほどに発展していく。その中で宇宙進出やら不老不死やら根源やらを巡ってイデオロギー戦争が起きた際に、争いから逃げて“時の回廊”に避難した民がいたと」

 

 今の地球に逃げ場のない彼らが逃げた先が、物騒な科学文明のない過去の地球。

 

 ただし、数万年も前には飛べない。時計を逆転させることで遡るのだから、“時計がある文明まで”しか到達することは出来ない。

 

 

 「この仮説ならば、マグルの古代文明の発生時期と魔法族の分離時期が重なることにも説得力のある説明がつきます。いくら高度な文明を誇った未来からの亡命者であろうとも、文明というものは発達すればするほど、“集合知”から切り離された個人が無力になるという性質を持つので」

 

 自動車が創られ始めた頃ならば、運転手は誰でもエンジンの仕組みやエンストの直し方程度は知っているが。

 

 22世紀に完全自動運転車が当たり前に道路を走る時代になったとして、乗り物に乗るだけの利用者が果たして運転の仕方や故障の直し方、ましては作り方など知りはしない。

 

 

 「仮に、近未来物語に出てくるような“魔力の塔”のような代物があったとしても、避難先である過去にはそれがない。文字通りの緊急避難だったならば、そうした器具を持ち出せるとも思えませんしね。時の放浪者である彼ら“魔法族”の故郷は未来にしかなく、表側の文明の担い手であるマグルと寄り添いながら、やがて科学と魔法が融合するまでに発展する日を夢見て、血を繋いで生きることとなった」

 

 それが、魔法族に関するルーツの仮説の一つ。

 

 アフリカで人類発祥の物語の一つである、“イーストサイド・ストーリー”のようなものだろう。新たな学術的発見がある度に更新され、前の論が徐々に否定、あるいは一部を残しつつもより発展した論に取って代わられることもあるわけだが。

 

 

 「そしてホグワーツが作られ、未来に至る。……仮にそうだとしたらなかなか救いがないのう。辿り着いた未来で再び戦争が起きれば、彼らはまた時の遡行を行うこととなる」

 

 「だからこそ円環なのでしょう。まさにその“時の終わり”が24時であり、時計は逆転し再び0時に戻る。境界線を超えて次の日へ進むことがないまま、時を繰り返してしまうがゆえの“逆転時計”です」

 

 魔法族の生きる“時の回廊”がそういうものだとしたら、本流を問うことに意味はなくなる。

 

 ハリー・ポッターが闇の帝王を倒す流れがあり、やがて巻き戻り。

 

 セドリック・ディゴリーが死喰い人へ堕ち、闇の陣営が勝利する流れがあり、やがて巻き戻り。

 

 また、ハリー・ポッターが勝利する時間軸に戻ったとしても、いつかはまた巻き戻る。

 

 

 「むしろ、そのようにして繰り返す度に徐々に魔法界が大きくなっていったのではという考察もあります。貴方やヴォルデモート、そしてポッター少年など、外側の世界でインターネットが発達していくこの時代は、“魔法と科学の融合”が何時起きてもおかしくない特異点のようなものであり、巻き戻りの24時へと加速するかどうかの分岐点ともなる」

 

 それは例えるなら、一年ごとに世界観と登場人物が増えていく物語のように。

 

 賢者の石の騒動で、“例のあの人”が倒される歴史。

 

 秘密の部屋のトム・リドルが、闇の帝王となる可能性。

 

 闇のしもべ達が現れだし、予言を受けて帝王が復活する流れが生まれ。

 

 セドリック・ディゴリーは死に、復活した闇の帝王と墓場での決戦。

 

 かと思えば、そこからさらに続きが語られ、より壮大な戦いになるか身構え。

 

 だがしかし、増えたはずの人間は同士討ちで徐々に減りいき、魔法界は再び小さくなり。

 

 最後には、ホグワーツの生徒たちが殺し合う血みどろの内戦になってしまう。

 

 

 「校長先生のおっしゃる通り、仮にそうだとしたら、この円環は構造的欠陥を孕んでいると言えるでしょう。最後に“巻き戻り”が待っている以上、良き流れで物語が終わったとしても次のループが始まってしまう。そしてそこに、敗者の怨念が混ざってしまうなら、闘争は徐々に足の引き合いの様を呈していくことになる」

 

 「……みぞの鏡、憂いの篩、そして、ニワトコの杖に、蘇りの石、いや、まさか」

 

 「真に賢明なるは、透明マントで“死が過ぎ去るまで隠れていること”とはなかなか含蓄のあるお伽噺だと思いますよ。曰くのある魔法の品の数々にはなぜか過去の憂いや望みに関する物が多く、未来を向いたものは極端に少ない。更に一つ、“例のあの人”とは果たしていったい誰を指す言葉であったか」

 

 トム・マールヴォロ・リドルとは、いったい何時から闇の帝王だった?

 

 仮に、そう仮にだが、その見立てが正しいなら、マグルの孤児院生まれの混血の少年に、“闇の帝王”という役を被せたのはいったい何時から?

 

 

 「“例のあの人”、闇の帝王のことじゃな。もちろん覚えておるとも、儂の教え子でもあった……はて、うむむむ、ボケたかのう?」

 

 「母の愛の魔法とは本当に不思議なものでして、最近になって皆さまどんどん彼の名前を気づかぬうちに忘れていっているようなのです。死喰い人の首魁である“闇の帝王”という存在があり、“例のあの人”と忌避された存在であることは分かっても、個体名が思い出せない」

 

 それは当然の結果と言えるだろう。彼はもう、マールヴォロでもなければ、リドルでもない。

 

 トム・マールヴォロ・リドルがいなければ、ヴォルデモートもまたいない。名前の由来を失った闇の帝王は、誰でもない“例のあの人”としか呼ばれない。

 

 あるいはそれは、もとに戻ったと言えるのか。母の愛は、魔法族の時の回廊に囚われていた息子を、牢獄から助け出したとも言えるのか。

 

 正確な答えは、誰にもわかるまい。

 

 

 「不思議じゃ、何とも不思議なものじゃて。しかし、うむ、本当に不思議と、忘れていたことが不安にはならぬのじゃな。ダッハウ先生に言われてようやく、彼がトムであったことは思い出せたよ」

 

 「であるならば、今もどこかを旅しているであろうご子息は、トムと名乗っておられるのかもしれません」

 

 「やはり、母の愛は偉大じゃな。先程まで浮かんでいた足元が揺らぐような不安がすっかりと消えてしまったよ」

 

 「未来に関する漠然とした不安とは、マグルも魔法族も変わらない。母に抱きしめられればそれだけで安心するのが子供というものですから」

 

 杞憂というものは、ある意味で消すことは出来ない。

 

 自分達が何処から来て、何処へ向かう生き物であるのか、なまじ知識や知恵を持ってしまったがゆえに、人は死の先を考えて不安になってしまう。

 

 そうして不安に抗しきれなくなったとき、歪んだ逃避先として不老不死を求めるならば、その先には円環の救いすらも失った虚無が待っている。

 

 

 

 「つまるところ、その仮説についてはあまり考えても意味のないこと、というわけじゃな」

 

 「その通りです。太陽が数十億年後に地球を飲み込む程に肥大化し、爆発すると分かったからといって、今から怖がる必要などどこにありません。そんなものより遥かに先に、地殻変動や疫病、飢饉、何よりも核戦争で人類が自滅する可能性の方が余程高いですから。そもそも、こんなチンケな虫けらの如き文明が数万年以上もつわけもないでしょう」

 

 「相変わらず辛辣じゃのう君は」

 

 「客観的な観測の帰結です。文明崩壊というものは常に発展と背中合わせのリスクですから、共同体を構成する人員の精神的劣化が進むほどにそのリスクは高まるもの。資源が枯渇するよりも、モラルが枯渇する方が常に早いのがサピエンスの歴史です」

 

 おおよそどの文明も、完全に資源が枯渇しきった段階で滅亡するわけではない。

 

 徐々に減っていく資源に民衆が不安を感じ、不安は不満へと転じ、残る資源の奪い合いが始まり、そして終わらぬ不毛の戦争へと。

 

 そして皮肉なことに森林資源も化石燃料も鉱物資源ですらも、億年単位で見るならば流動してるだけであり、人類が消えて数億年も経てば、痕跡すら残らずに星はただあるがままにあるだろう。

 

 生半可な方法では、仮に水素爆弾を全て起動させたとしても、地表の薄皮一枚を焦がす程度しか出来はしない。地上の真核生物の大半は絶滅させられるかもしれないが、地下界のバクテリアやアーキア、ウィルスが絶滅する可能性は皆無である。

 

 そんな程度で絶滅するならば、彼らは43億年ほど前に真核生物へ進化することなく滅んでいる。

 

 

 「地球のコアまで掘り進んで、そこにありったけの水素爆弾を埋めるなど、人類が本気で努力に努力を重ねれば、星を砕くこととてあるいは出来るでしょう。ですが、漠然とした不安から同士討ちを始める程度の低級な衆愚がそんな大それたことを出来るはずもなし。だからこそ私は言うのです、“ありきたりすぎてつまらない”と」

 

 そんなものは、愚かな人類の日常茶飯事。面白くも何ともない、マンネリの三文小説。

 

 どうせなら、月を落として地球にぶつけるくらいやってくれれば、なかなか壮大な観物となるだろうに。

 

 

 「ありきたりな日常も、そう悪くないものじゃよ」

 

 「悪くはなくとも、流れがなくては繰り返す度に淀んで行くことだけは避けられない。娯楽に飢えた衆愚が酒と暴力とセックスに走るのもまたありきたりな日常です」

 

 「嫌な日常じゃな」

 

 「ですがそういうものです。三歩離れて嘲笑いながら現実を眺めようじゃありませんか」

 

 「マートルは凄いのう、よく君と普段から付き合えているものじゃ」

 

 どんどん話が脱線していき、壮大な魔法族のルーツに関する話題はどこへやら。

 

 まさに、人類史など井戸端会議や酔っぱらいの妄言と同じ程度の価値しかないと言わんばかりに、悪霊の話はあちこちに飛んでいく。

 

 こんな奴に魔法史を語らせた結果が、あの授業である。生徒たちからの評判が地の底であるのは当たり前だ。ただし任命したのはダンブルドア先生なので、これは自業自得と言えるかも知れない。

 

 

 

 「話を戻しますが、我が創造主の時計塔を解析し、ロウェナ様が立てられた仮説は“逆説的に”考えられたものです。真っ当に考えて、時を遡った時計塔の存在がパラドックスを起こしていないのはおかしいならば、相応の理由があるはず。では、“普通の回帰”と“ダッハウの回帰”は何が違うのかと」

 

 「それは道理じゃな。君がこうしていることが極大の異常なのは確か。それが許容されているならば、そもそも魔法族の歴史とはそのようなものであり、通常ならば修正されるか当たり前となって違和感を持たないはずのものが、君に限ってはそうではない」

 

 「そうして辻褄が合うように仮説を組まれたわけですから、あくまで“時計塔ありき”の仮説です。それに、これでは中国やインドの魔法界を説明することにはならないともおっしゃられていました。ヘルガ様は“複数紀元説”を支持されてましたが」

 

 「つまり、魔法族のツールは一つではない。言い方を変えれば“物語の数だけある”ということかのう」

 

 「実に融和と共存を重んじられるヘルガ様らしい意見です。ただ、サラザール様も基本的には合意されてましたので、信憑性はそれなりにあると思っております。ロウェナ様は若干懐疑的でしたが、否定されることもありませんでしたね」

 

 そして、そういった議論には全く関わらないゴドリック。他の三人も、そういう議論の場にそもそも彼を呼ばなかったのだろう。

 

 

 「ともあれ、全てを説明しきれるわけではなくとも、ホグワーツとイングランドの魔法史の及ぶ範囲については、ほぼ矛盾点がなくなるだけの仮説を創られたのは流石です。まあ、創始者達4人にとっては、まさに他人事ではない考察だったわけですが」

 

 「そうであろうの、彼らは君を通して未来を知った。破滅の可能性を垣間見た。自分達四人が仲違いし、道を誤ったならば、子孫がことごとく滅ぶのだと」

 

 創始者達にとってロウェナの仮説は、ただ学術的に論じられたものなのではなく、未来への戦略図に等しいもの。

 

 悪霊を孕んだ時計塔はホグワーツにあり、それは実に忌まわしくも破滅的な未来を告げた。彼らはそれに対処しなくてはならず、しかし時の回廊に迷い込んだままでは進むべき方角すら分からない。

 

 その難題を一任されたのが、叡智の賢者ロウェナ・レイブンクローである。彼女は己の誇りと持ちうる知識と叡智の全てを振り絞り、考えられる限りの仮説を並べ、取捨選択を重ねることで一つの道筋を考えついた。

 

 残る三人も、それぞれの分野ごとに協力や熟考は重ねたが、基本的には彼女の描いた時の絵図を踏襲することに否はなかった。元より、時の分野など難解に過ぎて、門外漢に及ぶ領域ではないのだから。

 

 

 「私や貴方程度に考えつくことが、偉大なるロウェナ様に分からなかったはずもなし。ならば後は彼女の決断を信じるのみと、軍隊において司令官の指揮を信頼する前線部隊長と同じ心境というものです。まあ、どちらかと言えば総司令官はゴドリック様とサラザール様であり、ロウェナ様は参謀だったわけですが」

 

 そしてヘルガは、調整役であり後方支援役、更には兵站担当。サラザールは軍令、軍政、特に現代風に言うならば軍事裁判所も担った人物だから、純粋に軍事的な指揮官として動くのはゴドリックだけとなる。とはいえ彼とて、最前線の切り込み隊長も兼ねるという異色の司令官だったわけだが。

 

 

 「どこまでいこうが、やはり彼ら四人は乱世の英雄でした。ことに共同してあたるという発想そのものが、誰も意図せずとも軍事会議の側面を帯びていましたから」

 

 「少しばかり羨ましいのう、儂とゲラートはついぞ、そのような関係になることが出来なかったのでな」

 

 「あるいは、貴方とグリンデルバルドと同格の魔女や、調整役や司令官の器を持つ人物が会議に加わったならば、成れたかもしれません。ひょっとしたら、繰り返しのループの中にはそのような可能性もあったかもしれませんね。ロウェナ様の仮説通りならばの話ですが」

 

 「夢があるような、ないような、何とも不思議な話じゃよ」

 

 「様々な可能性を想定できる部分には夢があり、ここはヘルガ様の領分。しかし、結局は巻き戻りで意味がないという部分は何とも現実的で非情であり、ここはサラザール様の領分。基本的にロウェナ様は客観性重視ですので、方向性に関しては他人の影響を結構受けやすい方でした」

 

 「ちなみに聞くが、ゴドリック殿は?」

 

 「“取り敢えず悪霊は許せん、時計塔をぶっ壊そう”以外の意見はありませんでしたよ。流石はミスター脳筋、ホグワーツの誇る決闘馬鹿。ひょっとしたらそれで全てが解決するのでは、と皆に思わせてしまう謎の説得力があるからこそ奴は性質が悪いのだ、とはサラザール様の言葉です」

 

 「……心動かされるものがあるのは、否定できんわい」

 

 やっぱりアルバス・ダンブルドアもグリフィンドールである。

 

 単純明快で、分かりやすい解決手段というのは何と言っても素晴らしい。やった後にとんでもない騒動がしっぺ返しでくるのもセットで、グリフィンドールの伝統なのだ。

 

 

 「私は無責任の塊ですので、“取り敢えず壊してみたらいいんじゃないですかね?”と進言したのですが。その瞬間に他三名が一致団結して“絶対に壊すのは止めたほうが良い”とゴドリック様を静止なさいました。彼とて、私の発言を聞いた後はなぜか矛を収めたのですから不思議です」

 

 「分かっておってのたまうから、君はたちが悪いのじゃよ」

 

 このドクズ悪霊が“壊してみたら?”と言う物など、絶対に壊すべきではない。

 

 パンドラの箱ならまだましで、最後に希望ではなく“やーい、間抜け~”という嘲笑の言葉が出てきそうな災厄の箱だ。

 

 

 

 「何度も話が脱線してしまいましたが、つまるところこれらの仮説は、“クロノスの時計”にどう対処するかという極めて実際的な戦略の根幹をなすものでした。“敵を知り己を知れば百戦殆うからず”とはよく言ったもので、唯一の手がかりである時計塔をロウェナ様とヘルガ様で徹底的に調査し、そして未来への戦略を決定なさった」

 

 「原因を探る、つまり君はどういう存在なのか。そして、未来からのループ自体は“あって当然のもの”だとしても、確実に時を超えたオーパーツとして君と時計塔を認識できてしまっているのはなぜか、やはりそこが焦点じゃな」

 

 他ならぬロウェナ・レイブンクロー自身が、後に逆転時計のプロトタイプを作り上げている。

 

 彼女は一時期、ひょっとしたら自覚のないまま未来から遡行してきた“時の魔女”が自分なのではと、そんな可能性すらも考えている。

 

 というのも、集団としてのルーツはそれぞれ明らかながらも、ゴドリック、サラザール、ヘルガ、ロウェナという四人の英傑が何処から来たのかは、どこにも語られていないからだ。

 

 忘却術という魔法は既にあり、自分で自分のものだと思っている記憶すらも、絶対的にあてになるものではないのが魔法界というもの。

 

 ロウェナ・レイブンクローとは、そんなことまで自分を透見して観測する生粋の研究者であった。

 

 

 【なるほど、ハーマイオニー・グレンジャーの未来が、ロウェナ・レイブンクローであると。実に面白いですね、ひょっとしたらダッハウ以前はそうであったのやもしれません。灰色レディもまさか、己の母に髪飾りを託していたのだとすれば、何ともまた】

 

 他の三人には伏せたまま、その疑念を密かにクソムカつく悪霊に問うてみた際の答えがこれである。それを聞いて彼女は、その先を考えることを止めたという。

 

 そうだとしても、そうでなかったとしても、コイツが既にここにいる限り、それは最早解明することに意味のない過去なのだと。

 

 

 「ここに顕現している“私”とは違う意味で、時の遡行現象に対して“時計塔以前”と“時計塔以後”で何が違うかと言えば、答えは既に出ております。何せ私はダッハウなのですから」

 

 「……例のあの場所、名前を言ってはいけないあの場所、忌まわしきその名、ということかね」

 

 「ええ、つまりはそういうことです。ロウェナ様の仮説通りならば、時計塔以前の“巻き戻り”とは魔法族が過去に生存圏を求めての“ノアの箱舟”であった。新天地は楽園ではなく、マグルという天敵にして共存相手がいることもまた、時計である以上は逃れられない宿命でしたが」

 

 それでもそこには、生きたまま流れ着いてくる者達が常にいた。

 

 生きるために、時間軸的には過去であっても、先へと進まんとする祈りがあったことは疑いない。

 

 ならば、あの時計塔は?

 

 悪霊の棲家ともなっているあの時計塔は、方舟なのか、それとも。

 

 

 「“ダッハウに墓はなく”。それが全ての答えです。そして、貴方の父君がアズカバンの収監されたように、魔法族はマグルに自分達が漏洩することを極度に恐れる。ですがそれは生存戦略としては賢明と言えるものでしょう、科学と魔法が融合できる下地が整う前に、皆殺しにされるほど恐ろしい結末はないのですから」

 

 全滅してしまえば、時の遡行は前進ではなくなる。

 

 仮に、やり直しをすることが出来たとしても、破滅の未来を覚えている者がいないのならば、全く同じ道を歩み、同じ破滅にいたるだけ。

 

 

 「時間軸とは何ともややこしい話ですが、要するに、“誰かが何かを変えなければ、何も変わらない”というのは動かしようがない。時計塔だけがそこにあり、ただ時だけを遡ったところで、そこに何の意味があるというのか」

 

 数十億人、あるいは百億を超えているかもしれない未来のマグルに対して、時を遡った魔法族が数十人、あるいは数人程度であったとしても。

 

 “アフリカのアダム”、“アフリカのイブ”という概念があるように、エジプト文明やメソポタミア文明といった人類の黎明期に関わったならば、未来は大きく変わるかも知れない。バタフライエフェクトは有名だろう。

 

 結局最後はまた、時の終わりにループによるやり直しになってしまうとしても、やがてはそれすら覆すような共存の道や明るい未来が待っているかも知れない。

 

 

 「実際、論理的に考えればかなり儚い希望であり、ループの度に絶望や怨嗟、諦観が積み重なっていく可能性のほうが高いでしょうが、夢と希望は確かにそこにあったはず。しかし、タイムマシンだけを過去に飛ばし、遡行した人数が0人であったなら、歴史が変わる可能性は極小以下になってしまう」

 

 それはつまり、袋小路にはまり込むことを意味する。

 

 遡行してすら変えられぬ、時の終わり、人類のデッドエンド。

 

 

 「ふむう、難しいのう。魔法族であれ、マグルであれ、数千年前の人間にはその高度な遺物について何もわかるまい。それが時を超えた品であると気付いた時には既に遅しというものじゃろう」

 

 「ええ、そうなるはずであり、実際そうなりかけた。今の私のような幽体は本来ならばAD1000年頃に存在しているはずがなく、時計塔はただ“昔からあるだけの謎のもの”と認識され、あるいはゴドリック様の言う通り、どこかで壊されていたかもしれません。遡行の範囲はたかが数千年単位ですので、地殻変動に飲まれる可能性は低かったですが」

 

 時を遡った時計塔が、誰にもそういうものだと認識されぬまま、ただ朽ち果てたり壊されればどうなるか?

 

 答えは一つ。時間はただ巻き戻っただけなのだから、異物がなくなれば、その一つ前の歴史を辿るだけ。

 

 より広い宇宙レベルでの時間論を語るならば、更に異なる可能性も論じられるかもしれないが、“時計塔から始まる時の回廊”に限るならば、そこで完全な袋小路を迎えてしまう。

 

 だとすれば、それはなんという終わりなき地獄、いいや、煉獄であることだろうか。

 

 

 「であるのでやはり、ゴドリック様の言葉には一理ありというもの。既に誰かが、それも、ホグワーツの創始者の方々という極めて歴史的影響力と個人の力量に優れた方々が時計塔と接触し、“そういうものである”と認識なさったのですから、余計な火種ともなりかねない厄介物は砕いてしまうべきと」

 

 「じゃが、彼らはその道は選ばなかった。ああ、なるほど、だから“セドリック・ディゴリーを忘れるなかれ”なのじゃな」

 

 「ええ、ここまで来てまたややこしく前提をひっくり返してしまうのですが、そもそも私が発生した歴史の終わりそのものが、アルバス・セブルス・ポッターとスコーピウス・マルフォイ、そしてデルフィーニ・ディゴリーを名乗った少女たちによる時の遡行の揺り戻しと言えるものなので」

 

 「あまりにもこんがらがった、時の知恵の輪よの」

 

 

 まず一つ、彼と彼女の手で“小さな時計”が使われて。

 

 それが次に、生まれる前に戻るほどに大きめに“小さな時計”が彼の息子に使われて。

 

 その時の歪みが、彼が死んでしまった世界で彼女が“大きな時計”を生んでしまうほどの科学と魔法の崩壊となり。

 

 そして、まだ彼も彼女も生まれていない過去の世界で、“大きな時計”を壊してしまえば何が起こるのか。

 

 

 「本当に、ロウェナ様は何度も頭を痛めていらっしゃいました。そこには恐らく、始まりは貴方が単独で解決したに等しかったであろうアズカバンの囚人と吸魂鬼に関する案件を、生き残った男の子の成長のためにと、逆転時計を用いてハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーに解決させたのも要因なのでしょう」

 

 「ううむ、この儂には覚えのないことなのじゃが、まあ、愚かな儂じゃからのう。アリアナの癒やしがない状況ではそんな馬鹿なことをしてしまうと言われても、納得しかないのが情けない限りじゃ」

 

 「縁は巡り、因果は収束するもの。ヘルガ様もロウェナ様もやはり魔女ですから、そちらを重視なさったのでしょう。この“カイロスの時計”と“クロノスの時計”に纏わる話、始まりの因果を清算しないうちに、自分達が終わらせてしまってよい縁ではないのだと」

 

 もっとも、時を遡ったメビウスの輪である以上、始まりの因果は同時に終わりでもあるという意味不明さ。

 

 その始まりについては、ちょうど同刻、ノーグレイブ・ダッハウがマートル・ウォーレンに語っている。

 

 何ともややこしく、因縁が絡むこの物語を。

 

 実に壮大な世界に関わることであるようで、結局の所は両の手で数えられる程度の人間の失敗や後悔に帰結するその話。

 

 

 「メローピー様と秘密の部屋のときもそうでしたが、結局の所は自分の生き方、信念、愛、そういったものを貫けるかどうか、納得の問題なのでしょう。人生という物語が終わったときに、残るのが満足か後悔か。あるいは、後悔するにしても、仕方ない、悔いはあるがそれでも己の人生だったと悟れるか」

 

 時間軸に関する学術論も、壮大な戦争絵巻も、恋愛に関する愁嘆場も。

 

 全ては等しく、人間が頭の中で考え、他人に語ってこそ意味のある物語。

 

 

 「全てが終わってしまい、残る観測者が悪辣な機械仕掛け一つでは、余りにも味気ないというのも。世界の終わりなど、終末的で劇的に見えて、いざ実際に目撃すれば“まあ、こんなものか”くらいの感想しか浮かびませんでしたよ」

 

 

 




今回の話の時間の概念は、クロノ・トリガーを参考にしています。
全く同じというわけではありませんが、そんな感じの概念と捉えていただければ。
時もまた道具の一つであり、本質は人間達の紡ぐ物語をどう語るかですので。
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