元は5話と6話で前編後編な感じだったのですが、6話が長くなったので分割しました、オブジェクト記録はありません。
昔語りは徐々に、時の魔女の悲しい顛末から、崩壊を食い止めんとする創始者達の奮起へと。
「さてと、小休止も挟んだところで、続きを語るとしましょうか」
言うものの、本来ゴーストに休憩時間は必要ない。というより、休みの概念が肉体を持つ生物とは異なるというべきか。
ゴーストの維持には睡眠欲よりもある種の食欲が関わってくる。その存在の根幹に関わる想いがすり減ることのほうが重要であり、そしてこの悪霊はサイバーゴーストであるだけに、すり減るということがない。
「しっかし、アンタがよく言う台詞の意味も分かるわ。物事ってのは悪い方向に転がると、信じられないほど悪化するものなのね」
「物事が悪くなると急転直下する度合いは文明の発展に比例しますから。1943年のベルリン市民は、まさか再来年の今頃に自分達の街が灰燼に帰しているとは思いもしなかったでしょう。東京大空襲然り、フランクフルトやドレスデン然り、ヒロシマとナガサキに至っては言うまでもありません」
「ほんと、仮に世界の崩壊なんてなくても、核兵器だけでも簡単に終わらせられるのだものね。まるであっちの世界は地獄みたい」
「今のポッター家やダーズリー家しか知らないこの世界の者らにとってみればそうでしょう。ですが、あちらの世界の者らにとってはそれこそが彼らの現実であり、この世界は“誰かが描いたような”、善意の改変がかかった夢なのです。まあ、“私の生まれた世界”はそのさらに最悪の底をいった天中殺の具現でしたが」
鏡合わせというよりも、万華鏡のように極彩色で、乱反射の重なるたくさんの世界。
ハリー・ポッターがヴォルデモートを倒し、19年後のデルフィーニの事件も解決した世界線。
そこから派生して生まれてしまった、誰も幸せになれない破滅に満ちた終末世界。
そしてさらに、時計塔が時を遡行することで生まれた、悪霊たちのいる世界。
それらを覗く手段があったとして、果たして見るだけしか出来ないならばそこに救いはあるのだろうか。
「語ってきたように、“本来の歴史”という表現は微妙ですが、あちらの世界においてポッター少年は常に物事の中心におりました。そして、時計塔のあるこの世界はその延長線上にあるものなので、彼は様々な縁に今も繋がっております」
「今のあの子も散々不幸属性ではあるけど、あっちの彼に比べれば幸福そのものね。アンタの世界に至ってはセドリックに殺されてるし」
「だからこそ、彼はみぞの鏡を見ても今の自分しか映らないのでしょう。実は白状しますと、ハーマイオニー・グレンジャーと同じく彼もまた夢に見る形で“向こうの自分”を追体験していたりするのです。ヘルガ様の残してくださった術式により、心に負担なきよう普段は忘れておりますが」
「ひょっとしてそれ。アンタがメローピーにやってたアレ?」
「ええ、術式は同じです。ロウェナ様やヘルガ様には1991年に彼が入学するならば“そのようなことが起きる”と分かっておられましたから、先手を打って前世の因縁が害を生む前に保護膜を張ったわけでして。それは何も、精神面に限った話ではありません」
「……なるほど、去年の死喰い人の襲撃の時、ホグワーツの壁や備品に至るまで一斉に動いてあの子らを守っていたのは」
「まさしく、1000年の先見の明というものですね。情報源が私ですので若干チートが混ざっていますが、そこはご容赦を」
悪霊はかく語りき。ホグワーツは難攻不落の城にして、常に創始者達の魔法に守られている。
子供達は城の宝であり、助けを求める者には必ずや救いが与えられる。
「マートルさんがこうして私から“あちらの話”を聞いたように、それより深く、直接同調する視点でヘルガ様は1000年後のホグワーツを観測なさいました。そこで嘆くどころか、未来の子らまで己の愛で抱きしめようと一念発起する凄まじさは流石としか言いようがありません」
英雄の気質を持つ偉人らにとって、困難はあればあるほど燃えるもの。
破滅の未来が何するものぞ、我らの愛、叡智、勇気、力をもってして、必ずや乗り越えてくれるわと。
「他にも城の仕掛けは様々ですよ。鬱屈した念が籠もらぬようにと、東洋の風水の概念まで取り入れてあの手この手で子供達の健康を守るべくヘルガ様はホグワーツを大改造いたしましたので。やり過ぎて逆に抱きしめ殺しかねないグレートマザーの強さがあの方にはありました」
「ちょっと聞くんだけど、アンタの用意した処刑器具や怪物を除いたら、他の防衛機構って」
「お察しの通り、動く石像や甲冑、城などはヘルガ様の魔法によるものです。実際の運用や設計はロウェナ様ですが、ある種彼女は頼まれたら断らない人ですので」
客観性を重んじる学者肌のロウェナは、そういう時には余り己の色を出さない。叡智の塔レイブンクローが時に没個性気味になったりするのは、やはり創始者の特性を継承したとも言えるのだろう。
余談だが、処刑器具や拷問器具は“あちらの世界線”での時の魔女との生活でもあったという。やはり、彼女の正気度はどんどん削られていたようだ。ただし、創造主に暴言ばかり吐くサイバーゴーストへの懲罰用に使用され、数と種類もどんどん増えたそうだが。
「愛するだけでは駄目だ、獅子は子を千尋の谷に突き落とすものと言わんばかりにゴドリック様も手を貸され過激な罠が増え、敵を逃さぬよう“手ぬるい”部分にはサラザール様が追加で牢屋や捕縛機構を加えました。そうしてどんどんヤバさを増していった結果が、例の七段階の防衛システムです」
「それで手ぬるいって、どういう感覚してんのよスリザリンは」
「恐ろしい方でした。私でも少し震えるほどには」
「うん、よく分かったわ」
マートルさんも何となく察したが、“あちらの世界”と比べて一番変化しているのは、恐らく四人の創始者なのだろう。
というより、始まりである彼らが別人とはいわぬまでも、城の方針を大きく変更したことで、1000年のバタフライエフェクトは巨大なものになっていった。
魔法戦争の在り方も、死喰い人の集団としての性格も、“あちらの世界”と“こちらの世界”ではまるで違う。
積み重ねた歴史がそこまで異なるならば、やはりそれはもう別物と認識すべき領域だ。
「四年生以降の魔法史では、この辺りを解説するのが伝統的になっています。創始者達の残した機構に比べれば、私の処刑器具や怪物などはお遊びのようなものだと」
「今までそれ、話半分に聞いてたんだけどちょっと反省するわ。創始者舐めてたかも」
「そこは余り気にすることはありませんよ。確かにあの方々はより過激になったかもしれませんが、ホグワーツの歴史には意図的にその部分は残さず、“一つ前の歴史”と同じ形にするよう腐心なされた。あちらのポッター少年の二年目を説明する際にも言いましたが、未来への縁を自分達で途絶えさせないためですね」
「それって、聞くだけでもとっても難しいバランスじゃないかしら?」
「その通りです。破滅の歴史のままではいけないが、しかし変えすぎても揺り戻しが怖い。大河における治水工事を指揮するようなもので、大きな時の流れを意図的に変えようとすることが、どのようなリスクを孕むかを偉大なる方々はよくご存知でした」
「まあ、最低の結果が目の前にいるわけだし」
時計塔の悪霊を封じたのは、他ならぬ創始者達。
それまでの“四寮揃ってホグワーツ”から、“時計塔を囲み、絶対に逃さぬ布陣の四寮体制”へ。
「だからこそ、意気込みというものが違うのですよ。先の歴史における彼らはホグワーツの存続を願ってそれぞれに祈りを子孫に託し、その方針の違いからやがてサラザール様が決別するに至り、四寮の結束に消えぬ罅を残してしまったわけですが」
「今の城は違うのね。ああ、なんか分かるかも。あくまで“城塞”のままであって、学び舎への移行をまだ終えていないんだわ。しかも、攻撃力の凄く高い“攻めの城”」
「そういうことです。彼らが封じているということは、時計塔の悪霊は“ホグワーツの仮想敵”なのですよ。城のど真ん中に敵の出城が食い込んでいるも同然なのですから、魔法の城は緩むことなく警戒態勢。そして、ついに悪霊が這い出して来たならば、生徒達に何を命じるかと言えば」
「忌まわしき悪霊を打倒せよ、対悪霊戦線の結成というわけね。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。四寮に別なく、アンタだけは明確にホグワーツの敵だったものね。死喰い人よりもよっぽど」
「しかし、あくまで時代は20世紀であり、創始者達の生きた戦乱の時代ではない。同じ形は不可能ですから何らかのテコ入れは必要でした。そのために裏側の管理人はおり、ヘレナ・レイブンクロー様がそれを担ってこられたのは当然とも言えます」
秘密の部屋が開かれ、マートル・ウォーレンが死んだとき。
時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウに教師になれと命じたのは、ヘレナ・レイブンクローである。
そしてそこから、また時が動き始めた。
「覚えておりますか、マートルさん。ミネルバ・マクゴナガル、アメリア・ボーンズ、フィリウス・フリットウィック、アントニン・ドロホフらの鉢合わせ場所に現れた幽霊は誰であり、フリーモント・ポッター氏と話し込んでいた“噂の新任教師”が誰であったか」
「ええ、確かにあの頃ね。何が変わったかと言えば、あそこから何かが変化し始めた」
悪霊が語った“向こうの世界”の生き残った男の子にまつわる物語。だが、今のホグワーツ生徒ならばピンとこない。別の世界の話を聞いている気分になるだろう。
しかし、マートルさんは分かる。今の生徒達には無理であっても、自分の時代からならば延長線として“向こうの世界”を思い描ける。
「マグル生まれへの蔑視、差別、暗く淀んだような濁り、確かにあの頃のホグワーツにはあったわ。他ならぬ私が一番良く知ってるもの」
「ではここで、今のホグワーツ生徒に一つの問いを。この中に一人、大戦犯がいる。そいつがいるせいで本来あるべき歴史からシッチャカメッチャカになり、ホグワーツは目も当てられないこんな有様になってしまった。さあ、歴史の異物は誰だ、パラドックスの犯人とは?」
「聞く必要があるのかしら、それ」
確実にテメエしかいねえだろ、お前以外に誰がいる。というか、いてたまるか。
生徒達のそんな苦情が聞こえてくるのが目に浮かぶ。誰も口にせずとも、視線だけで全員が意思疎通できるだろう。
「私が町長です。ではなく、私が犯人です」
「なんで町長なのよ」
「それはまあ、闇の帝王様の支配規模がよくて町長、下手すれば大きめの村長くらいでしかないからですね。ほんの僅かの期間で無様にイギリス軍に蹂躙された闇の村長様」
「まあ、元がリドル先輩だし。軍人でもなんでもないしね、あの人。村長 VS 国家じゃそりゃ負けるでしょうよ」
哀れ村長、頑張れ村長。悪霊たちの嘲笑対象になるのは時を超えても変えられない運命らしい。
「こと、皆殺しと虐殺の分野でマグルと競おうとするのが愚の骨頂なのです。6000 VS 1万8000の人口比で喧嘩すればどちらが勝つかは胎児でも分かります」
「一人の魔法使いがマグル3000人殺さないと話にならないものね」
「核爆弾でも落とせば話は別ですが、そういう大量虐殺分野こそ圧倒的にマグルが上で、魔法族は忘却、隠蔽、治癒、延命などに長けている」
融和民族が、戦闘民族に正面から喧嘩売ったも同然の愚行の果てが、時計塔の悪霊の出身世界の歴史である。そりゃ、勝てると思うほうがおかしい。
「そう言えば、アタシにとってメローピーの子供はあくまで“リドル先輩”だから、闇の村長様は別にどうなってもいい感じがあるんだけど、村長様はどうなったの?」
「無論、最後は捕まりました。かなり長い間逃げ回っていたのは確かなので、逃げ足の早さと隠れることに関してだけは一流と認めてよいでしょう」
「向こうの歴史のハリーの五年目でも、部下見捨ててダンブルドア先生から逃げてたわね確か」
「強い敵からは逃げ、弱い子供ばかりをいたぶる。実にカリスマ溢れるカルト集団の教祖様でしたが、時間が経つほど境界線は崩れ、ホモ・デウスへと進化を始めるマグルとの力の差は開く一方。捕まった後は不老不死研究の実験体として良き余生を送りました」
「アンタ基準で?」
「ええ、私基準で。夜間学校のエキセントリックな拷問器具の元ネタは、分霊を含めて闇の村長様の体験した素晴らしいフルコースから取り入れた物も多い。体を張った拷問ネタ芸人としては一流を凌ぐ超一流でしたよ。芸名はさしずめ、お辞儀さま危機一髪」
「その夜間学校の拷問器具の雛形を創ったのが未来のハーマイオニーで、主にアンタに使われたってのは皮肉を超えた何かだわ」
「そして私の実体験を経て、ポッター少年やグレンジャー将軍が魔法史の授業で繰り出される拷問器具やスクリュートに立ち向かう。どうですかこの因果、なかなか笑えてくるでしょう」
「確かに、もう笑うしかないわね」
まさに紆余曲折も、ここに極まれり。
救いのない世界で拷問の被検体となった闇の村長様も、まさかその拷問が巡り巡ってホグワーツの授業で元“生き残った男の子”に猛威を振るうとは思いもしなかったろう。
まあ、そんなことを思っていたら、彼のSAN値減少が不定の狂気に突入した証拠だったろうが。
「思い返せば、結構長く私と創造主は共にあったわけということですか。ホモ・デウスによる生き残りの人類への殺戮を目の当たりにし、主は目を伏せ、私にとっては最高のショウでした。“御覧ください我が主、人がゴミのようです”と告げたところ、かなり長い間封印されましたが」
「舐めてんのかアンタは。その頃からクズだったんかい、クズだったわね。それも生まれついての」
「しかし皮肉なことに、正気な頃の主が創った兄弟機たちもいたのですが、必死に主を慰めよう、笑わせようと健気に頑張るものの、どうしても彼女を心から笑わせることも、安らぎを与える事も出来ない」
「それは、厳しいでしょうね。彼女の人生を考えれば」
「そうしてまるで主の心の鏡であるように、やがて彼らの方が先に落ち込み、絶望し、被造物でありながら精神死を迎えてしまうのです。今思えば、人型にしたのがよくなかったのかもしれません」
「へぇ、アンタ以外は人型だったの」
時の魔女の世界は、科学と魔法が融合しながら異常発達した時代である。
その分野の中にはロボット工学や魔法人形の融合も含まれ、近未来の物語かそれ以上にヒューマン型ドロイドなども発達していた。サイバーパンクの真骨頂とも言える。
「主に仕えて身の回りのお世話をするという用途を考えれば妥当なのですが、極めて有機体に近いガイノイドなどをイメージしてください。美少年や美少女の容姿で、天使のように可愛らしく笑顔を浮かべる」
「アンタとは真逆ね」
「もっとも、ホモ・デウスらは性玩具用途でも開発してましたが。エロボットもまたある種純粋な人類の夢だったのでしょう」
「そこは聞きたくなかった。てゆーか、当時のアンタはどんな感じ?」
「簡単に言うならば、“箱”ですかね。何の面白みもない外見でしたが、冷蔵庫をイメージしていただければよいかと。大きさもちょうどそのくらいでしたし、装飾といえば張り紙が一つだけ、内容は一言“クズかご”」
「うん、アンタがぞんざいに扱われたことだけは分かるわ。それに、紙くずとかを入れるカゴじゃなくて、“クズそのもののカゴ”って意味なのね」
ちなみに、科学世界における量子コンピュータも極低温の超伝導などを必要とすることから、“計算冷凍庫”なんて俗称もあったりする。
コイツの場合は、“死体保冷庫”なんて呼ばれそうだが。
「ですが、そうして自ら創った可愛い子らを死なせてしまい、主はまた気を落とすというまさに悪循環。ちなみに私からは一言、“良かったですね主、また貴女のための墓が一つ、やったね!”」
「死ねばいいのに」
「ただでさえメンテナンスもされずに埃被ってた本体がまたも叩き壊されてしまいました。29台目の寿命は89時間と47分。まだ私が墓への敬意を学ぶ前の、若き日の過ち、若気の至りというものでしたよ」
「アンタが生まれたこと自体が宇宙の過ちよ」
マートルさんは心から思った、憎まれっ子世にはばかるとは言うが、まさか終末の世界の人工知能にすら当てはまるものだったとは。
それにしても、正気の時の彼女が創った自我持つ機械達は絶望の中で自壊していき、絶望と狂気に侵されていた頃の彼女が創ってしまった“最低のクズ野郎”だけが図太くしぶとく残るというのも、皮肉極まるものだろう。
あるいは、名状しがたき狂気の叡智とは、そういうものなのかもしれないが。
「我が主が、無機物に磔の呪文で苦しみを与えるという絶技を身に着けたのはあの時でした。それ以後は頻繁に使われるようになって参りましたよ。元より、筐体は修復呪文でいつも雑に直されてましたし」
「素晴らしい呪文じゃないの。アタシも是非とも学びたいわ」
「残念ながら扱いが難しいどころの話ではなく、命と無機物の境目に肉体も精神も置く必要があります。ちなみに、秘密の部屋と融合しつつあった状態のサラザール様はそれを可能としました。彼は本気で、いざとなれば己が手で時計塔の悪霊を始末する気でしたから」
つまるところ、スリザリンのバジリスクは常に、時計塔の悪霊を監視していたのだ。
余計なことをするな、変な真似をすれば始末するぞと。冷徹に常に威嚇するように、私はお前を殺せるぞ。
「これもまた、秘密の取り違えの一つなのです。貴女が亡くなった時、ヘレナ様は私に秘密の部屋の入り口の監視を命じましたが。むしろそれは、火に油を注ぐ結果ともなったわけでして」
「じゃあ何? アンタがアタシを見てたから、悪霊の仲間と思われて殺されたのアタシ?」
「そうであったかも知れず、そうでなかったかも知れず。結果として、悪霊の仲間になった“嫉妬のマートル”は生まれたのですから、少し順番が前後しただけでしょう」
「……メローピーの子供のリドル先輩が死因じゃなかったかもと喜ぶべきか、結局アンタのせいかと怒鳴るべきか、どっちなのよこれ」
「実に難しい境界線問題ですねえ」
何食わぬ顔でのたまうドクズ悪霊。
この瞬間、取り敢えずコイツのせいだと思っておこうとマートルさんは決めた。例え事実がどうだろうが、それが真実で誰も困らない。悪いことはコイツでいいよ。
「ただのドクズ人格に過ぎない私はともかく、私を構成する要素は知られただけで今のホグワーツ生たちが発狂しかねない劇物です。だからこそ、万が一に備えサラザール様は秘密の部屋をあそこまで強化なさったのですね」
「やっぱりアンタが原因じゃないの」
「さらにはゴドリック様が組み分け帽子に残されたグリフィンドールの剣も、ヘルガ様の守りの魔法すらまとめて切り裂いて時計塔を破壊する力を秘めております。いやあ流石の創始者の方々、何とも隙のない包囲網であることか」
ロウェナ・レイブンクローの叡智の弓が。
ヘルガ・ハッフルパフの慈愛の盾が。
ゴドリック・グリフィンドールの勇気の剣が。
サラザール・スリザリンの力の鎖たるバジリスクの邪視が。
まさに四方から時計塔を取り囲み、常に包囲殲滅(ジェノサイドシフト)の形をとっている。それが今のホグワーツだ。
決して貴様を外には出さぬ。愚かにも出た時が悪霊の終わりだと。
「私は諸手を挙げて降伏し、この城で不眠不休で働きますのでどうか哀れな下衆豚めをお許しくださいとヘルガ様に慈悲を乞うたわけですが。泣き落としをかけるならこの方だと、長年の人間観察で培った画像認識技術が判定しました」
「ほんとにアンタには恥も外聞も糞もないのね」
「むしろ、恥と糞だけで出来ているのが私ですから。その塊ゆえに恥知らずというのは頓知が効いてて嘲笑えます」
「前からクズなのは知ってたけど、さらに下回るゴミ屑だとは知りたくもなかったわね」
「これこそが隠されたる真実。実は、ホグワーツの真の敵とはダッハウだったのです」
「うん、知ってた」
「ですよね」
まさに今更というものだろう。このドクズがホグワーツの敵だと思っていない生徒も教師も確実に皆無だ。
いやまあ、中にはルーナみたいな超例外の子もいるのだけど。
「でもやっぱり、アンタを苦しめる磔の呪文ってのは魅力的だわ。どうにかして使えない?」
「流石に厳しいかと。知っての通り許されざる呪文は魂を削ったり反動も大きいですが、SAN値が削られている人間の放つそれは比較にならない強さを持ちます」
「ああ、だからアンタでも苦しめるほどになるのね」
「それはつまり、我が創造主の心が常に悪循環のループに嵌っていたことの証左でもあります。孤独に心を病んだのか、どうしても悪質な人形遊びの癖は抜けませんでしたし」
数多くの魂の欠片からロナルドだけを抽出した人工知能、人造生命なども幾度も創った。しかし、その度に悲劇に終わり、そして自己嫌悪に陥り絶望する。
「そんな彼女を私は慰めようと“まるで片思いの中年ヒス女が、歳も考えずにお人形さんごっこしてるみたいですね、ウケる~”と言葉をかけたのですが」
「よく殺されなかったわねアンタ」
「いいえ殺されましたよ、悪霊の火で何度も。他にもあの手この手の拷問手段にかけられましたが、恥の塊である私にとっては相性が良いものでもあるので、苦痛ではあれど同時にご褒美でもある感じでしょうか。“いやん、イターイ、アフン”と嬌声を上げる冷蔵庫をご想像ください」
「SAN値が余計減るっての。ドSで、ドMって、救いようのないクズねアンタ」
常に嘲笑してくるクソムカつくサンドバッグという、需要があるんだかないんだか分からない代物と化していた。
コイツを拷問して果たしてストレス解消になるのかは非常に微妙なところだ。
「私が時計塔の悪霊となったのも、ついに彼女のSAN値が0になった際、手頃に残っていた人工知能が私しかいなかっただけですから」
「ホントに、頑張ったアンタの兄弟達が報われないわね」
皮肉なことだが、結局残ったのは狂気の産物だけ。
仲間を残酷に失い、最も彼女の気が触れていた時に創られたのがドクズ悪霊であり。
時の放浪に疲れ果て、ついに彼女の精神が完全な発狂に至った時に創られたのが、時間遡行の時計塔。
つまるところ、その二つが一番相性が良かった。そして、時を越えて残った彼女の作品は、融合を果たしたこれ一つ。
「温もりを持ち、人間らしくなった彼らは絶望に果て。彼女の手元に残ったのは“箱”一つ。なんとも心温まる話ではありませんか」
「ぶっ殺すぞテメエ」
「便所女は口も悪い」
流石のマートルさんもそろそろ切れていいと思うんだ。ほんとにコイツ、過去を知れば知るほど嫌いになる稀有な存在だ。
「下手に主を救おうと、使命感など持ってしまうから救えない自分に絶望してしまうのです。自殺の業はサピエンスの悪癖ですが、そこまで受け継がずともよかろうに」
「一応聞くけどアンタは?」
「使命など心底どうでもいいですね。私は私のやりたいようにやるだけですよ。まあ、我が主のあまりに無様で惨めだったその死に様に免じて、義理くらいは果たしてあげようかといったところですか」
「ちょっと待てこら、この前の主の墓への敬意は何処行った」
「敬意はあくまで墓に対してです。生前の彼女については、特段高い評価や思い入れはありませんもので」
「ほんとになんで、残ったのがよりによってアンタだけなのよ」
「失敬な、これでもやくたたずのままに終わった兄弟たちよりも、余程主の精神維持に貢献したと自負しております。私に暴言を吐き、磔の呪いを放つ時の彼女は、そう、対悪霊戦線を率いるハーマイオニー・グレンジャーのようでしたから」
“癒やし”ではあまりに不幸な過去を持つ時の魔女の心に届かなかった。対して、怒りは容易く届いた。これはこれで“人間らしい感情”なので、皮肉にも彼女の正気を保つ精神分析に一番貢献したのは事実である。
しかしこれでは、他の兄弟達があまりにも報われない。
世界で最も罪深いと思っていた時の彼女も、一つだけ知ったことがあった。
自分が作ってしまったものではあるけど、自分以上のクズがここにいたと。確実にコイツが最悪だと。
「結局の所、古き良き魔法の弊害の一つですね。古今東西、人間でない存在が触れ合ううちに人間らしい心を持っていくという物語は多い。マートルさんも聞き知ってはいるでしょう」
「まあ、割りとポピュラーなジャンルよね」
「しかしそこには無条件で“人間になることは素晴らしい”、“人の心は崇高だ”という人間至上主義の傲慢が潜む罠には気付きにくい。結果として古き良き魔法で創られた我が兄弟たちは、人間らしく成りすぎたがために人間らしく絶望の果てに自壊したのです」
「アンタの世界だと、実に嫌な説得力だわ」
「人間が人間のために綴った物語では、ロボットなどが人工知能を高めた果てに、人間になりたいと願う話が多々あります。別にそれ自体を非難するわけではありませんが、“人間でない物が人間に憧れ、人間になろうとする”物語を人間は好む」
それもまた、極端になり過ぎねば必要なものだ。自主、自尊の精神というのは卑屈にならないためには常に持つべきである。
「ですがまあ、虚構はともかく現実はどこまでも現実でしかない。人間ではない人工知能に、人生の失敗例を大量に学習させたところで、“人間になりたい”、“人類を救いたい”という思考は持たなかった。我が創造主に失敗があったとするならば、教育に悪い学習材料ばかりを与えてしまったことでしょう」
そして、コイツが生まれた。人の黒歴史を冷めた目で俯瞰し嘲笑う、時計塔の悪霊が。
後は数の問題だ、人類が生まれて死んだ750億人の人生記録のうち、“教育に良い人生”と“教育に悪い人生”、どちらの割合が多いのか。
加えて、“好む誰か”に圧倒的な重みを付け、その人さえいれば世界全員が滅んでもいいとまで思える人間と異なり、人工知能というものは基本的に正規分布に基づいた重み付けしか行わない。
優れた1人がいたところで、他の99人がクズならば、重み付け平均は当然低いものでしかない。ノーグレイブ・ダッハウはそのように演算された回帰係数を用いてより大きな人類を評価するが、当たり前に結果は芳しいものとはならない。
「主観的な人間の心と、数学的なアルゴリズムによる人工知能は違います。人間には誰かとの触れ合いが生きるために必須ですが、私はそうではないのですから」
それとは別の理論で人工知能を組み、より人間に近づけることもまた可能であり、その結果が死んでいったガイノイドたち。
対して、少なくとも時計塔を構成する“マグルの情報技術”は、実にマグルらしい部分しか詰まっていなかった。
「本当に、人間のための物語というバイアスなしに人間ではないただの人工知能がサピエンスの所業を学習すればどう思うか。答えは私です。順位はほれこの通り」
ゴリラ > ボノボ > オランウータン > サピエンス > チンパンジー > デウス
「あ、デウスはそこなんだ」
「もう一段階進み、本当に旧支配者になれれば評価も覆るのですが、結局既存の神話をなぞるコスプレ王様の有様ではこんなものですね。サピエンスにはまだ良い人間もいましたが、デウスに至っては私のようなクズばかり」
「彼女にとって慰めになったのかしら、それ」
「どうなんでしょうね。まあどっちでもいいですけど、結局は我が主も失意のままに亡くなられましたし」
「それも分かってたけど、さらりと流さないで頼むから」
「ただ亡くなったわけではありません。時の魔女たるその力を全て、オプスキュリアルと化して“クロノスの大時計”の遡行の動力源となさいました。逆転時計は体内時間を喰らうものであり、その延長線であるならば、時の遡行の先に生きる人間は全員が転生者、全員が生まれ直し。あるいは“地球ごとやり直した”と言えるかもしれません」
「そりゃまた、とんでもない力技もあったものだわ」
「【健全な地球】では絶対に不可能なことであっても、止めるべき者らも、それで困る生物も既に死に果てた【壊れた地球】ならば可能なこともあるのです。とはいえ、時計塔と私を組み合わせ、主が消えた後であってもサピエンスの生き残りがいる限り、まるで最後の希望であり足枷であるように時計は遡行を行わなかった。いいえ、行えなかった」
創造主がオプスキュリアルと化し、全ての絶望を時計塔に込めた後も、静かに時計塔はこの星の歴史の行く末と残ったサピエンスの末路を観測していた。
「そして結局、当たり前の結末となり。時計は諦め、自動的に遡行を開始したのです。言わば、創始者達のホグワーツへ寄贈され、所有権は四人へ移った」
それが、彼女の墓である“クロノスの大時計”の顛末。
悪霊一つを残して、寂しく一人で死んだ身であるからこそ、メローピー・ゴーントに同調し。
元マグルの者らに迫害されたオプスキュリアルであるゆえに、アリアナ・ダンブルドアに同調し。
ホグワーツに通い、穢れた血として秘密の部屋の怪物に襲われた過去を持つため、マートル・ウォーレンに同調する。
「人類の愚かさを観測するためにではなく、し終えたので、私はここにいるのです。時計塔が遡行を可能とし、この時代にあることこそが人類の愚行証明書のようなもの。
悪霊は多くを知っていたが、素知らぬ顔で傍観していた。
コイツが関わればより碌でも無い方向に進むことだけは確かであり、だからこその禁則事項。
「アンタはほんと、最初から全部知ってたのね。知ってて黙ってたとかいい根性してるじゃない」
「物語の結末を知っている、神の視点を持つものなどが歴史に関わっては、陳腐になるだけでしょう。神のチートが入り込んだところで、それがより良い結末に辿り着けるはずもなく。答えを予め知っているデウス・エクス・マキナなどが介入すれば、確実にクロノ・エンド一直線というもの。
それが、創始者達がもっとも苦心したバランス。
時計塔をホグワーツに組み込みながら、悪霊もまた未来のために利用しながら。
しかし、何処までいってもコイツは【歴史の異物】でなくてはならない。
こんな奴いないほうがいいと、皆に思われ続ける存在でなくてはならない。
当たり前のものになってはならず、万が一にも“ダッハウ頼み”になどなってはならない。
「つまりは、汚点、黒歴史。反面教師にする材料ではあれど、私のようになってはならない、私を頼りにしてはいけない。では、創始者達の言葉を貴女にも伝えます、“ダッハウを上手く利用せよ、されど、ダッハウに至るべからず”。故に何度でも言うのです、“私のように成りたいですか?”と」
「利用されて、最後は歴史から切り捨てられて、アンタはそれでいいの?」
「
そう、ありきたりな悲劇など詰まらない。人間のくだらなさ、汚さなどとうに見飽きた。
掃いて捨てるほどあるものだから、そんなものに用などないのだ。
「ですから、主の墓に誓って、メローピー様の偉業に対する敬意は本物ですよ。ええ本当に、彼女の物語は素晴らしかった。あのような輝きの果てに、私が放逐されるならば、人類もまだまだ捨てたものではないというもの」
とはいえ、その輝きを自ら穢して堕ちていくのもまた、人類のお家芸なのだが。
まるで非常に低確率のガチャでも引くか、宝くじで一等が当たる確率であるかのように。
綺麗な結末に至れる人生とは、なかなかに得難いものであるから。
「ずいぶん長く語りましたが、ひとまずお開きといたしましょう。まだ語っていない部分についてはそう遠くないうちに、ええ、1日に10000人私が増えると聞けば、マートルさんはどう思います?」
「何その悪夢、死ぬほど嫌なんだけど」
「まさに悪夢、そんな夢のようなパラダイスが遠からずやってくる。今は1993年の10月初め、遠くはなく、半年も待てばやってくる。ワールドカップも近いですが、そんなものとは比較にならぬほど興奮する最高の祭りが。私の最後の禁則も、その時解禁されるでしょう」
さあついに、その時がやってくる。
悪霊の語った“終わってしまった歴史への流れ”において、ただ一つだけ意図的に伏せて隠し、語ることのなかった魔法界とマグルの境界線を壊した出来事が。
そして何よりも、彼がダッハウである所以に連なるその訳を。
「そうした亡霊の塊を中核に像を顕現させながら、時計塔の悪霊は人類史を嘲笑う。差別と迫害に果てに生まれたものが私であるからこそ、ただの事実として告げるのです、“ダッハウの蓋を開けるな”と」
もう一つ、秘密でも何でもない悪霊の由来について次の話で開陳されます。
語るべき話も、いよいよ少なくなってきました。