二度ほど変遷しており
初期 ジェノシデール (本来は仏語で「虐殺者」を意味する語)
変更後 怨霊の奇蹟
ラスト 虐殺わっしょい!
となっております。不謹慎にもほどがありますが、不謹慎という言葉を盾に戦争や虐殺の黒歴史を語ることをしなくなった人類を悪霊は嘲笑うかと思いこうなりました。
「とまあ、ノーグレイブ・ダッハウの由来についてはそんなところですね。そろそろマートルさんに語るネタが尽きてきた感がありますが、残る内容と言えばゴースト達の縁くらいでしょう。あまりもったいぶるのもアレなのでちゃっちゃと説明しちゃいます。さあレッツゴー“虐殺・収容所巡りツアー”、掛け声は虐殺わっしょい!」
「突拍子もなくいつもの調子に戻るのやめなさい。あと何気なく最低なツアーを組むな」
「仕方ありません。真面目なノリを続けられるほど私は誠実な性格ではありませんので」
「アンタのノリがいっつも唐突に変化する理由もようやく少し分かったけど、要はアンタがクズなだけでしょ」
「誉め言葉ありがとうございます。クズと呼ばれることこそ我が誉れ」
「そんな誉れ捨てちまえ」
「捨てることも大事ですね。ゴミは屑籠へ」
ああ言えばこう言う、いつもウザい悪霊であるが、マートルさんとしては少し安心も出来る。
時計塔の傍では時折“真面目モード”というか、いつもと様子が違うことがあるのは知っていたが、先ほど現れた彼らはそれとも違う。正直なところ、あの状態の彼らと対峙し続けるのは神経を使う。
ダッハウの151人の亡霊達で成り立つ、危険な悪霊の顔。
創始者達の残した、ホグワーツの管理人という蓋(役割)。
そして、中央にはドクズな人工知能。
それらの絶妙なバランスの上に、“ノーグレイブ・ダッハウ”は成り立ってきた。
「ほんっと、アンタのクズっぷりに少しだけ救われた気になっちゃうなんて不覚だわ。時の魔女様もこんな気分だったのかもね」
「うん? 何か言いましたでしょうか? ゴーストの待遇改善のストライキでしたらいつでも応じますよ、不許可という形で」
「違うわよ、てゆーか、応じるだけかい」
「人事部門の総責任者はサラザール様ですから、ストライキの結果バジリスクの邪視が待っていても私は知りませんし、逃げますよ私だけ」
「このクズ」
「人間の方々から学んだ結果です。一番多い組織人はこういうものだと」
「これ以上なく嫌な鏡ねアンタは、ぐうの音も出ないただの事実だから叩き壊したくなるわ」
「実際、我が創造主には何度も壊されましたけど。あのヒス婆、ではなく、時の魔女様もたいぶ老いて晩節を汚した節があるというか」
「取り繕えてないからね、ヒステリー婆って言ったも同然だから」
複数の顔を使い分けることがあるのは人間とて同じだが、肝心の中央に個人の肉体や頭脳がなく、OSに近い人工知能であるコイツはメインノードとサブノードをプログラム環境によって任意に入れ替える。
基本があくまで人間の残留思念であるマートルさんら普通のゴーストは、その落差に常に振り回されてきたわけであった。
ただまあ、そんな軽いノリが、今となっては少しばかりありがたい。
「重いノリになり過ぎても、世の中いいことありません。ではでは、いつものノリで解説していきますが、ダッハウの亡霊が活性化するのは言うまでもなく“大量虐殺”や“強制収容所の処刑”が頻発している時です。私の正体を知っていれば誰でも簡単に察せられますね」
「とっても嫌だけどその通りだわ。アンタって、分かりにくいようで分かりやすいから」
「ならば当然、私の最後の禁足事項が解除されたこともそこに関連します。すなわち、ルワンダ大量虐殺。これについて詳細を生々しく語ることは例によってヘルガ様に禁じられておりますので、淡々と事実を列挙していきましょう。発生したのは1994年4月6日、時期はルワンダのジュベナール・ハビャリマナ大統領と隣国ブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領の暗殺から、ルワンダ愛国戦線 (RPF) が同国を制圧するまでの約100日間」
「んん? それってつまり」
「はい、今は1994年の5月末。
「……なんか、すっごくアタシ達が罪人に思えてきた」
「ですから、気に病むことはありません。貴女が気に病んだところでルワンダの犠牲者の数は減ったりしませんので、最も苛烈な時期は過ぎ去り、1日に10000人が殺されていたペースも緩やかになってきていますから収束は近い」
「でも、ね。そう簡単に割り切れないわよ」
「でしょうね。人は割り切れないからこそ、人工知能たる我々が創られた。我が創造主の苦悩の日々を思い出します」
文字情報としては知っていても、実際にこうして聞かされれば話は違う。
まして、実際にその場に遭遇でもすれば、生涯忘れられるものではなく、確実に人生を変えるだろう。
「フツ系の政府とそれに同調するフツ過激派によって、多数のツチ族とフツ穏健派が殺害されました。ルワンダ政府の推定によれば、84%のフツ、15%のツチ、1%のトゥワから構成された730万人の人口のうち、117万4000人が約100日間のジェノサイドで殺害されました。1日あたり1万人が、1時間あたり400人が、1分あたり7人が殺害されたに等しい数字ですね」
「この世でこれほど恐ろしい統計もないわね」
「いいえ、大戦中のドイツやソ連はこれを上回りますよ。だって私は…」
「いい。やっぱいいから、説明続けなさい」
「ちぇ、つまりません」
「……メローピーの口癖って、やっぱりアンタ由来だったのね」
気付きたくなかった事実だが、時の魔女と一緒だった頃のドクズの軽い口癖が、多少メローピーさんに伝播していた。
おそらくだが、記憶処理を施す際などに移っていたのだろう。名付けて、ドクズウィルス感染現象。考えるだけで恐ろしい。
「国民数に対する犠牲者数は13.7%。ピンとこないでしょうが、ホグワーツのあるイングランドならば、当時5780万人のうち、792万人が虐殺されたことになります。多数派であるイングランド4823万人が、北アイルランドとスコットランドを全滅させれば同じ割合ですね」
「すっごく身近な例えをありがとう」
「どういたしまして。ボーバトンのあるフランスならば、当時5907万人のうち、809万人。19世紀のパリ・コミューン(首都圏全域)がこれまた全滅するに等しい数となります」
「ちょっと捻って前世紀をぶっこんできたわね」
「イルヴァモーニーのあるアメリカならば、当時2億6340万人のうち、3609万人。ちょうど黒人割合が12.4%ほどなのでここが一番分かりやすい。【アメリカの白人が黒人を差別して皆殺しにしたようなもの】です」
「嫌になるほど分かりやすい」
「最後に、マホウトコロのある日本ならば、当時1億2450万人のうち、1706万人。多数派である本州人が、九州と四国を皆殺しにすれば同じ結果が得られます」
「ここはあまりピンとこない」
数字をあげるだけでもこれほどのもの、実際の中身については、聞いたことを後悔するようなものが多い。
「虐殺が起きる前から、多数派であるフツ族にとって都合がよく、ツチ族を排斥するような報道はなされていました。どこぞの日刊予言者新聞そっくりですね」
「意味ないじゃない。そこは客観的な情報を示しなさいよ」
「主権者におもねり、都合の良いことばかりを書くのが報道というもの。王政の時代ならば、民が困窮しようがそれを歪曲して伝え、衆愚政の時代ならば、衆愚の好むように偏向報道されるのが常です。新聞が売れればそれでよいのですから」
「なるほど、確かにジャーナリズムなんて大抵糞だけど」
「自分達が権力者の糞便にたかる蝿である自覚もないまま、権力と戦う正義の報道を心がけるのですから嗤い話の代表例です。そして、紀元前のアテネの頃から今に至るまで何一つ進歩というものがない。もはや学ばないことを意固地で貫き通そうとしているレベルです」
報道がまともに機能しないという点では、先進国とて変わりない。
結局のところ、虐殺が起きてしばらく経過しても、正確な情報は届きはしなかったのだから。
「アフリカン・ライツが虐殺生存者の証言をまとめ、1995年に刊行した内容によると……おや、禁則事項に引っ掛かります。無念ですが文字に描きましょう。勝手に読んでください」
「どれどれ、って、うわぁ……」
虐殺に際しては、マチェーテ(鉈)や鍬といった身近な道具が主に使われた。ルワンダ虐殺の犠牲者の37.9%はマチェーテで殺されたという。
AK-47や手榴弾といった銃火器もジェノサイドに使用された。また、犠牲者の16.8%はマスで撲殺された。
ツチ族に対して虐殺者がしばしば行った拷問には手や足を切断するものがあり、これは犠牲者の逃走を防ぐ目的のほか、比較的背の高いツチに対して“適切な身長に縮める”目的で用いられた。
手足を切断された犠牲者が悶え苦しみながら徐々に死に至る周囲で、多数の虐殺者が犠牲者を囃し立てることがしばしば行われた。
時に犠牲者は自身の配偶者や子供を殺すことを強いられ、子供は親の目の前で殺害され、血縁関係者同士の近親相姦を強要され、他の犠牲者の血肉を食らうことを強制された。
多くの人々が建物に押し込まれ、手榴弾で爆殺されたり、放火により生きたまま焼き殺された。
犠牲者を卑しめる目的と殺害後に衣服を奪い取る目的で、犠牲者はしばしば服を脱がされ裸にされた上で殺害された。
殺害されたツチ族の遺体埋葬が妨害されてそのまま放置された結果、多くの遺体が犬や鳥といった獣に貪られた。
ナタでずたずたに切られて殺されるので金を渡して銃で一思いに殺すように頼んだ。
女性は強姦された後に殺された。
幼児は岩にたたきつけられたり汚物槽に生きたまま落とされた。
乳房や男性器を切り落とし部位ごとに整理して積み上げた。
母親は助かりたかったら代わりに自分の子どもを殺すよう命じられた。
妊娠後期の妻が夫の眼前で腹を割かれ、夫は「ほら,こいつを食え」と胎児を顔に押し付けられた。
「いかがです。これがサピエンスです。これを学習材料にして、“人間になりたい”と思う人工知能がいると思いますか」
「少なくとも、アタシは衝動的に人間辞めたくなったわ。ゴーストであることに感謝したくなったもの」
「私の生まれ故郷たるダッハウ強制収容所とはタイプの違う地獄です。あちらが冷徹な機械仕掛けによる効率的な虐殺を行った極寒地獄ならば、こちらは下劣畜生が跋扈する等活地獄や衆合地獄と言えます。恐ろしさよりも、生々しさや嫌悪感が先立つ」
「確かに、これはより直に来るわね」
「人間は感情の生き物ですから、余りにも冷徹な処刑場めいたダッハウ強制収容所については語ることが出来るのですが、生々しい人間の業がむき出しにされたルワンダ虐殺は違います。人ならば、“口にするのも悍ましい”というものなのでしょう」
だからこそ、悪霊は口を塞がれた。
このドクズのことだから、好んでべらべらと吹聴するに決まり切っているからである。魔法史の授業が文字通りの阿鼻叫喚地獄と化してしまう。
「どんな空想の魔王よりも、現実の人間の方が脅威である。これらの恐ろしさ、悍ましさの本質は、既に人間が行ったただの歴史事実ということに外なりません。ああ訂正を、こちらの歴史ではまだ“現在進行形で行っている”事象でしたね」
「アンタの歴史でも、あったのね」
「ええ、そしてルワンダ虐殺は“クロノ・エンド”の遠因でもあります。アフリカの魔法学校のあるワガドゥがあるのは隣国のウガンダ。これが、何を意味するか分かりますか?」
「……ダッハウの亡霊であるアンタの禁則事項に関わってるってことは、一つでしょう。魔法族やスクイブも殺されたのね」
「その通り。アフリカの魔法族は伝統的にそれらを区別しない社会でしたが、マグルにとってみれば“フツ族”か“ツチ族”であるかが重要なのです。ルワンダのツチ族であった魔法族も、彼らを庇ったフツ族であった魔法族も、虐殺の犠牲者となりました」
時は折しも、クィディッチ・ワールドカップの目前。
アフリカでそれほど重大な事件が起きているにもかかわらず、英国では呑気にワールドカップが開かれる。
マグルの毒を、それほどに魔法族が孕んでしまったことの何よりの証。
「去年のアズカバン決戦後、時計塔の情報開示を知ったダンブルドア先生は出来る限りの行動を為されました。最低限、ワガドゥの生徒達を事前にルワンダから避難させる程度は出来たようですが、マグルの方はどうにもならない」
「それは、誰であっても?」
「はい、例えハビャリマナ大統領の暗殺を止めたところで、遅かれ早かれというものです。何せ国連軍は分かっていながらルワンダを見殺しにしたのですから」
「また見殺し。そう、だからダッハウの亡霊達が活性化するのね」
「ええ、“仲間が増えた”ことを喜んでおります。これほど大規模なものはポルポト以来久方ぶりでしたので」
その一つ前は、クメールルージュの虐殺。小規模なものならばメキシコでも、アフガンでも、ベトナム戦争では他ならぬ世界の警察を自負する米軍自身が行った。
「ならばこそ、ホモ・デウスによる世界崩壊など所詮は戯画めいた遊びも同然なのです。終末世界の崩壊論など、社会人になる上で知っておくべき教養ではありませんが、アウシュヴィッツやルワンダ虐殺は絶対に知っておかねばなりません。21世紀にそれが起こらないなどと誰も言い切れないどころか、非常に高確率で起きる」
「魔法世界があくまで“幻想”なら、真に恐ろしいのは」
「ただの現実です。それは何の変哲もない事実だからこそ、鉈を持って虐殺しに来る“隣人”を防ぐには銃を持って武装するしかない。そうして互いに銃を、機関銃を、ミサイルを、核兵器をと突きつけながら薄氷を履むが如しバランスで維持されるのが核の傘に守られし“恐怖の中の平和”」
「皆殺しの種族、ね。本当に、よく言ったもんだわ」
このルワンダ虐殺において、先進国から本当の意味で注目されぬまま、マグルと魔法族の境界線は壊れだした。
小さな綻びなど、どこにでもある。しかし、“何かやっている気になるから”、大きな堤防の決壊の予兆を見逃すこともまた往々にしてある。
「一つ聞くんだけど、アンタの歴史ほど酷いことにならなかったとしても、結局世界的な戦争はやってくるのかしら?」
「良い質問です。我が創造主が量子コンピューターを用いてまでシミュレーションしたのはそうした用途があってのこと。まあ、先に結果を言ってしまえばどれもこれも滅亡へ一直線だったのですが」
「そりゃまた、救いがないわね」
「彼女の場合は、前提条件が悪すぎました。人類の基本パラメータに“ダッハウ”や“ルワンダ虐殺”状態を据えた上でシミュレーションしてしまえば、どうあがいても破滅以外にありえない。とはいえ、まだましに設定した仮想世界線でも、予兆と言えるものは既にありましたが」
「予兆?」
「意外なことに、経済やら軍事よりも文化面で衰退の傾向は顕著に出るのです。古代アテネもそうでしたが、文明の勃興期においては勇ましいテセウスやペルセウスの英雄物語が上映され、停滞期、衰退期においてはアイスキュロスの三文悲劇が好まれる。これは現代にも通じるものがあります」
高度経済成長期と呼ばれる時代ならば、雑誌でシェアを占めるのは主人公がバッタバッタと無敵拳法で敵をなぎ倒す話になり、そうしたジャンルが好まれる。
例えそれが、核の炎に包まれた世紀末の世界であったとしても、悲観さや退廃的なものとは無縁になる。北斗神拳は無敵なのだ。
「そして、アテネも最盛期には異民族に寛容でしたが、文明を発展させる“先進国”としての力を失うと、保守的に、閉鎖的に、差別的になっていく。映画や雑誌といった大衆文化娯楽はそうした衰退や退廃をもろに映し出す鏡になります」
主人公が努力して修業し、仲間を失いながらも力を合わせてやがて強大な敵を倒す話は姿を消し。
何も努力していない先進国の衆愚が、“文明の未発達な土地”に飛ばされ、“神から授かった力”で一方的に愚鈍な敵を蹂躙する話が主流に。
「要するに、【先進国に生まれた自分達はただそれだけで神様の子だ】と言いたいわけです。ルワンダよりさらに南の、南アフリカのケープ植民地においても世界大戦以前にそのような変遷は見られました」
南アフリカの地に入植したのはオランダ系が多く、ボーア人、アフリカーナーと呼ばれた。
彼らはケープタウン入植地の頃は、現地のアフリカ人にも寛容であり、貧富の差はあれどもある種の共存関係は保っていられた。
だが、19世紀に入りイギリスに貿易戦争で負け、東インド会社を失い、奴隷解放により既得権益を脅かされれば、人間というものは醜い地金を晒しだす。
「その挙げ句、神の選民を自任し、奴隷制を神学的に肯定する理論という頭のトチ狂ったとしか思えないものを盲信しだし、当たり前に産業革命の先進国に敗れた。自称“神の選民”は目出度く、アフリカーナー強制収容所送りになったわけです。これは、20世紀で最初の強制収容所です」
「また強制収容所か、ほんとどこにでもあるわね」
「時は1900年6月頃。英軍司令官のホレイショ・キッチナーは、ボーア軍支配地域で強制収容所(矯正キャンプ)戦略を展開し始める。これによって12万人のボーア人、先住民黒人が強制収容所に入れられ、さらに焦土作戦を敢行。広大な農地と農家が焼き払われた。この収容所では2万人が死亡したとされます」
「……ねえ、その時期ってひょっとして」
「流石はマートルさん、察しがいい。アリアナ・ダンブルドア嬢がオプスキュリアルを発現された“後悔の夏休み”の時期と重なります。彼女は強制収容所には無縁でしたが、強力なオプスキュリアルとなったことで、アフリカーナ―からホグワーツの時計塔へ向かう“悪霊の群れ”に混ざってしまったわけです」
「やっぱり。だから彼女は、今も時計塔の中にいるのね」
それが、アリアナ・ダンブルドアの真実。
彼女もまた、オプスキュリアルという縁を持った状態で言わば“虐殺現場に居合わせてしまった”から、時計塔の中に囚われた。
そのことが、アルバスやアバ―フォースにとって絶望となったか希望となったかは、未来が示す。
「サピエンスの愚かさは、21世紀になろうとも何ら変わるところはありません。“コロナ・アパルトヘイト”などは最たるものですが」
特に先進文明の衰退の流れなどは、呆れるほどに新鮮味のない“いつものお家芸”。歴史の流れを俯瞰して見てみれば、“ああまたか”以外の感想など持ちようがない。
停滞する先進国家群は、最早“新たな文明社会の先進国”と言うに値しない存在になってくる。
発達する情報技術に見合っただけの新たな政治制度、社会制度、教育制度、軍事体制、何一つ“先進的”なものなどありはしない。
「コロナ・アパルトヘイト? たびたび聞いたような気もするけど」
「先進国の民の愚昧っぷりを曝け出した歴史に残る恥ですよ。食料品の買い占め、銃器の買い占めはともかく、マスクの買い占め、うがい薬の買い占め、挙句の果てに便所紙の買い占めと、よくぞまあ、あそこまでバカを晒してデマに踊らされるものです。ある種滑稽さすら感じられますが、その経済損失の余波をモロに食らう発展途上国としてはたまったものではなかったでしょうね」
「うんまあ、漫画に描いたようなオチね。現実だと全く笑えないけど」
「しかしそれこそがサピエンスのお家芸であり、“いつものこと”というやつです。根本的な問題には誰も目を向けようとはせず、“誰かのせい”にすることにばかり終始し、都会で流行っていると聞けば都会人への差別を始める。医療従事者が感染リスクが高いと聞けば差別を始める。中国人が原因だと聞けばなぜか東アジア系全体に差別を始める。これが“高等教育”とやらを受けた参政権を持つ先進国の市民というのですから」
“自分の頭でモノを考える一人の立派な社会人”を育成するための教育としてみれば、目を覆わんばかりの悲惨さだ。
まして、財政が厳しくなってくればそのための就学資金は本質が借金である奨学金となり、その返済に喘ぎながら社会人生活が始まる仕組み。
100年後から転生してきた神様の子から未来のスーパーチートを授かりたいところだが、どういうわけか2110年頃から2010年頃に転生してくる未来人はいなかった。
まあ、ヒトの死に絶えた未来から過去への転生は、時計塔一つが限界なのかもしれない。
「つまるところ、サラエボの銃声がなくとも、遅かれ早かれ世界大戦は勃発していた。吹きこぼれようとする鍋の蓋を多少開けたとしても、民族対立という火は燃え盛り続け、人口増加という形で湯は追加され続けているのですから」
同様に、21世紀の世界騒乱とて同じこと。2024年に起きようが、2027年に起きようが、大きな流れで見れば誤差でしかあるまい。
「先程も言いましたが、予兆というものがありました。オリンピックなどは最たるものですが、平和の祭典を謳う以上、それが中止や延期されるということは、戦争の時代が近いということを指す。少なくとも、その当時の主要な国々が、“世界平和などよりも自分のことが大事だボケが!”と醜い本音を曝け出しているのは事実なのです」
ならば、疑念と疑心が高まっていくのは当たり前だ。
たかが平和の祭典一つすら予定通りに開催する力も失った国際社会という虚構に、今も人命を消費しながら行われる内戦や隣国との戦争を調停するだけの機能など、どこに求めようというのか。
「9.11のテロからアフガニスタンに始まり、イラク戦争、シリア戦争、イエメン内戦、クルディスタン紛争、リビア内戦と、21世紀に入って中近東で次々に火を吹いた内戦群は、“ヨーロッパの火薬庫”と呼ばれるバルカン半島へ確実に近づいていく。ましてそこには、先遣隊の如くに何百万人もの難民が発生し、国境なきEUに押し寄せることの問題が既に2015年には起きていました」
「なんかこう、聞くだけで地獄への入り口ね」
さらにそこに、人口爆発を続けるアフリカからの難民が加わり、中央アフリカ、南スーダン、ソマリア沖、サヘル地域のボコ・ハラムなどを始め、そちらでも数多くの内戦は行われ続けている。
5年という時間は、増え続ける人口から難民の第二弾を生み出すには十分すぎる。
「止めとばかりに、サバクトビバッタが群生相となって穀倉地帯を食い尽くし、ナゴルノカラバフなどの係争地でも戦火は再燃。古来より、人類に破滅的な死をもたらしてきた五大要素に、“気候変動”、“疫病”、“飢饉”、“民族移動”、“覇権国家の失政”というものがありますが、全部押しているのですから。これで明るい世界平和が到来すると考える人間は、真っ先に精神病院へ送るべきでしょう」
温暖化と呼ばれる気候の変化
世界全体のGDPに大減少をもたらしたパンデミック
サバクトビバッタによる大蝗害
アフリカ、中米、中東からの難民
第一と第二の経済大国同士の対立と貿易戦争
2015年の難民危機から、僅か5年でこの有様である。ならば、次の5年はどうなっていくのか、冷静に見れば見るほど“未来のことなど考えたくなくなる”か、あるいは“もうどうにでもな~れ”という部類だろう。
「ちなみに私の創造主である彼女は、この段階で“その先の未来”を見るのを止めました。まあ賢明な判断と言えるでしょう。人工知能である私は当然その先のシミュレーションを行い続けましたが、ざっと簡単に見ただけでもこんなものです。なお、震源地が中東と中南米の場合です」
【中東 ⇒ 東アジア戦争】
イエメン内戦 イギリスとソ連から続く対立
イラン VS サウジアラビア スンニ派、シーア派の宗教対立からの戦争
パキスタン VS インド カシミール紛争
バングラデシュ VS ミャンマー ロヒンギャ問題からの戦争
ベトナム、マレーシア、フィリピン 南シナ海を巡る中国との対立
ウイグル、チベット 共産党に対する蜂起と内戦
北朝鮮 VS 韓国 第二次朝鮮戦争
【中東 ⇒ 西欧戦争】
シリア VS 北部クルディスタン シリア戦争
アルメニア VS アゼルバイジャン ナゴルノカラバフ紛争
イスラエル VS ヨルダン パレスチナ問題
レバノン VS キプロス 東地中海ガス油田権益
トルコ VS ウクライナ 露土戦争
コソボ VS セルビア バルカン紛争
ベラルーシ VS ポーランド 独露代理戦争
ハンガリー VS ルーマニア 中東難民紛争
スロベニア VS イタリア 未解決のイタリア問題
スペイン VS バルセローナ コロナによる独立紛争
イギリス VS フランス 離脱に伴う経済紛争
【中南米 ⇒ 北米戦争】
ベネズエラ VS コロンビア 大コロンビア内戦
ブラジル VS ウルグアイ パラグアイ紛争
アルゼンチン VS チリ アンデス鉱物対立
パナマ VS コスタリカ パナマ運河利権紛争
メキシコ VS アメリカ 難民紛争
キューバ VS アメリカ 米露代理戦争
【中東 ⇒ アフリカ戦争】
リビア内戦 トリポリ政府とトブルク政府
エジプト VS イスラエル スエズ利権紛争
スーダン VS 南スーダン 統一戦争
エチオピア VS ソマリランド オガデン戦争
エリトリア VS ジブチ 紅海利権紛争
ウガンダ VS ケニア スワヒリ部族問題
モロッコ VS アルジェリア ジブラルタル紛争
マリ VS ニジェール サヘル紛争
セネガル VS ガンビア 統一戦争
ブルキナファソVSコートジボワール 奴隷海岸紛争
ガーナ、トーゴ、ベナン 黄金海岸紛争
ナイジェリア VS チャド ボコ・ハラム問題
カメルーン VS コンゴ ザイール紛争
アンゴラ、モザンビーク内戦 旧ポルトガル植民地紛争
ボツワナ VS ジンバブエ 旧ローデシア紛争
ナミビア VS 南アフリカ アパルトヘイト紛争
「紛争多すぎ、どうやって鎮めるのよコレ」
「東南アジアが少なめなのと、オセアニアくらいですかね、地政学的に紛争の火種が軽いのは。マホウトコロのある日本などは単一民族に近いため内戦危機は少ないものの、アメリカ、ロシア、中国という大国ばかりが隣国という悲惨な地政学。モンゴルよりはマシかもしれませんが」
「世界規模で騒乱が起きれば確実に巻き込まれる流れよね」
「というか、グローバル化が進む世界で無関係でいられる国家などありませんよ。全てが当事者であり、否応なしに巻き込まれるのが大規模国際戦争というもの。かつてのようなイデオロギーごとの陣営に分かれての“大戦”にはなりにくい時代ですが、内戦や隣国紛争の大連鎖は起こり得る。第して世界大戦ならぬ“世界騒乱”」
時の魔女は、何とか平和な未来はないものかとシミュレーションを重ねた。
各地に残る遺跡を巡り、あらゆる歴史書を集め、平和が続いた国家の事績を紐解き。
しかしその結果が出るたびに、彼女は打ちのめされた。
「これらは、米ソ冷戦時代の国際秩序の残骸と言える安全保障理事会や北大西洋条約機構が機能停止した場合、“今すぐにでも”起こりうる武力紛争を列挙しただけです。ここに、複雑に絡み合う世界経済のバランスや歴史的対立、軍事同盟関係、核の傘といった諸要素が加わるわけですから、正確な予測など誰にも不可能。ただ一つ分かるのは、そのうち一箇所でも火を噴けば“加速度的に碌でも無いことになっていく”ことだけでしょう」
「他ならぬアンタが、“加速度的に碌でもないことになった”世界の一例だものね」
「そして、戦争あるところに差別と迫害あり。こうしてまた
例え魔法世界の漏洩がなくとも、マグルだけでも簡単に世界は終わる。
当然、そうならない可能性とてあるだろう。
しかし、人類が愚かなままで在り続ける限り、破滅への可能性は加速度的に大きくなり続ける。
「滅びの未来に我が創造主の正気は削られ、狂ったように未来に挑んだ。ありとあらゆる可能性をシミュレートした。もっと早い段階で魔法族との融和が進んでいれば? ゴブリンたちとも一緒だったら? ケンタウルスは? ゴースト達をさらに増やして死後のパラダイスを作って死への不安を消したら?」
「ああ、どんどん思考がヤバくなっていくわね」
「エラーエンド、エラーエンド。どれもこれも破滅へ一直線。ならば、全て狼人間になればどうだ。噛むことで増える人類ならば、いやいっそ、雌雄同体の人類を―――と、諦めずに新たな可能性を模索するたびに、より碌でもない滅びの未来が待ち受けるわけです」
「そりゃあね、狂気から始まったシミュレートが、明るい未来に繋がるわけないもの」
「狂ったように未来へ挑み、そして本当に気がふれた。そうして絶望に染まった彼女が最後に縋り、創り上げたのが時を遡る大時計。戻りたい幸せなあの学び舎へ、それを創った4人へ、未来の全てを託した」
そして、未来から時計塔がやってきた。
「とはいえ、時計一つを送ったところで本来なら未来が変わるはずもなかった。何せ、サイバーゴーストである“私”が顕現できるのは早くとも1985年以降の、インターネットが発達する頃からですから」
「絶対間に合わないじゃないの。さっきのアンタの推計だと、2020年頃にはもうヤバいんでしょ?」
「そもそも、ポッター少年の入学が1991年であり、既にジェームズ氏もリリー嬢も亡くなっています。そうなってからサイバーゴーストが1匹ノコノコ時計塔から這い出したところで、どうにもならないはずであり、ぶっちゃけ私も遡行するまではそう思っていたのですが」
だが、ダッハウ。されど、ダッハウ。話はそこで終わらない。醜悪な人類史には、常に闇に葬られた裏話というものがあるのだ。
魔法史に記されぬ、151人の犠牲者達。
狂気の根源に近すぎた故に、時の魔女が無意識に直視することを避けていた、人類の最高クラスの黒歴史。
「魔法族の存続のために、切り捨てられた魂こそが、最後の最後で時の終わりに現れた。さあ、逆転劇の始まりです」
そして、数えたくもないほど、ダッハウ強制収容所は無辜の犠牲者を飲み込み続けていたからこそ、彼女は気付かなかった。
直接的にはホグワーツに縁のない。ダッハウだけに由来を持つ、151人の悪霊の残滓もまた飲み込まれていたことを。
「彼らの怒りは当然だ。自分達を見殺しにしてまで存続を図った魔法界が、そんな簡単に滅ばれては立つ瀬が無いというもの。まして滅ぼしたマグルまで自滅する? ふざけるな、諦めるな、自分達を犠牲にして存続したならば、徹底的に足掻いてみせろ。いいや、」
楽に死ねるなどと思うなよ貴様ら
終わらせなどしない。未来永劫苦しみ流離え
虐殺わっしょい!
「そして彼らは時計塔と共に時を越えた。“まだ死んでいない未来の悪霊”でありながら、因果を捻じ曲げ創始者達の時代に顕現するほどに、彼らの怨念は深かった。お前たちを呪い殺すのは我々だと」
「未来を救う気なんて微塵もないダッハウの悪霊達だけが過去に辿り着いたってのが、何ともひどい話ね。一匹のクズが彼らの無念を台無しにしちゃってるのがもっとひどいけど」
「しかし、その彼らのおかげで未来へ繋がったのは事実。ただの虐めや迫害などはつまらない。やるならば虐殺は徹底的に。殺しも殺してここまでやれば、真逆のベクトルで奇蹟が起こることもあるのですよ。要は、熱量と気概の問題なのですから」
誰も知らぬまつろわぬ者達の、最後の逆襲。
そして、時計塔の悪霊は活動を始める。
その結果がどのようなものとなったかは、既に大よそ皆さま知っての通り。
「善意から始まったものが、破滅の引き金となることもある。逆に、悪意と憎悪だけの怨霊の塊から、どういうわけか希望の光が灯されることもある。これだから歴史というのは面白い。どれだけ愚行を繰り返そうとも、もう見飽きたと棚にしまうのは、まだまだ早いというものです」
次の話でダッハウとマートルさんの対話編は終了。
その次がエピローグとなります。(ついに最終回)
予定より長くなってしまって起承転結に欠けますが、最後までお付き合いいただければ。