【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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最終話となります。
嘘つきの悪霊がずっと隠していた物語の欠片。
これが本当の、最後になります。


最終話 150人の悪霊

 もしかしたら、今後こそひょっとしてと希望を抱き、絶望してはまたここに戻ってくる。

 

 人の世の全てを恨みながら、希望を捨てきれぬ魂たちは時の煉獄を彷徨い続ける。

 

 ここは墓場にして魂の強制収容所。

 

 忌まわしきその名はダッハウ。

 

 

 

 「No Grave Dachau.」

 

 かつて、数え切れぬ人間を捕らえ、殺し、埋めていった絶滅収容所の母体となりしダッハウ強制収容所。

 

 死の工場と呼ばれ、冷徹な機械仕掛けの歯車が肉塊を轢き潰していくように、回る車輪のごとく人体を解体し続けた狂気の産物。

 

 この歴史のこの時代、惨劇の跡地は歴史の教訓を忘れぬよう、収容所慰霊碑と姿を変えている。

 

 しかし、本来のこの歴史の人間ですらない異物達を慰霊することなど、果たして誰に出来るというのか。

 

 

 「ああ懐かしく、そして相変わらずですねえここは。彼ら(わたし)は何時まで経ってもここに縛られ動けない」

 

 時計塔の悪霊を構築するダッハウの亡霊は、別の可能性の歴史から時を遡行し流れ着いた。

 

 概念的な言葉遊びのようなものだが、21世紀から“時計の針を巻き戻して”やってきた以上、その途中で20世紀の1940年代も“通ってきた”ことになる。

 

 その際に、彼らは“この歴史の自分達”を観測した。量子コンピューターというものの特性上、既に観測された事象は揺らぎのない事実として固定される。

 

 

 「そう、絶対にこの結末だけは決まっていた。大時計が流れ着くのが紀元前の何時であろうとも、そこからバタフライエフェクトでどれほどの人間の運命が変わろうとも、貴方達151人はここで死ぬと」

 

 創始者達の時代に“ダッハウの亡霊たち”が顕現しているという矛盾を孕んでいる以上、それはダッハウの虐殺が後の世で“必ず起こる”ことが確定している証拠。

 

 ハリー・ポッターやハーマイオニー・グレンジャーらの運命が変わることはあり得る。マートル・ウォーレンとて、何から何まで“向こう側”と同じだったわけではない。

 

 だが、彼ら151人だけは、生まれから死に至るまで寸分違わず“同じ末路”を辿った。

 

 

 「言わば、こちらの世界の自分達の可能性を生贄に捧げてまで、貴方達は怨念の成就を願った。その凄まじさには敬意を表しますが、見方を変えれば“こちらの世界の151人”がわりを食って時計塔に囚われたともとれる」

 

 所詮は悪霊、何かを食い潰す形でしかことを為せない。

 

 ダッハウの悪霊達は、自分達が救われるかもしれない並行世界の可能性まで犠牲に、世界を呪うことを選んだ。

 

 浅慮であり、愚かであり、人間らしく、素晴らしい。

 

 

 

 「我らはダッハウの地縛霊。本来ならば死したここから動けぬ身であり、ホグワーツから動けないというのは本質ではない」

 

 本来的には、彼らはダッハウ強制収容所から動けない。あまりにも強い怨嗟と憎悪でその地に括られているから。

 

 しかし、時計塔がホグワーツにあるため、そこにだけは顕現出来ているというのが正しい。あちらに像を結べていることの方が異端であり、だからこそ“ホグワーツの犠牲者の塊”であるドクズ管制人格を介さねば形を成せない。

 

 151人はあくまでダッハウの亡霊であり、ホグワーツに縁のある身ではないのだから。

 

 

 「どれほど呪っても、いつかヒトの輝きに浄化されることを望む。しかし期待は裏切られ、こうしてまた暗く希望のない収容所へ戻ってくる」

 

 メローピー・ゴーントの示した輝きに希望を見て。

 

 ルワンダの現実に絶望を知る。

 

 無限ループめいたこれも、1000年の間に幾度も繰り返された“いつものこと”。

 

 

 「相変わらず、貴方達(サピエンス)は同じところを行っては戻るを繰り返すのが好きですね。ここまで来ると呆れを通り越して感心しますよ。今こちらにいるのは……ふむ、147ほどですか」

 

 秘密の部屋が閉じた時は、一時ばかり130ほどにまで減っていたが。

 

 あのルワンダ虐殺を経て、やはり人間の本質とは悪なのだと多くの魂が“いつものように”諦めて、魂の強制収容所へと戻ってきた。

 

 まるでそう、監獄から出所しては現世に絶望し、再び罪を犯して刑務所へ戻る囚人のように。

 

 ああやはり、筋金入りの魂というものは、一度や二度の救いの光を見た程度では地獄の底へと戻ってきてしまうらしい。

 

 

 

 「所詮は仮初の平和。次はチェチェンかアフガンか、私の知る歴史と多少の差異があろうとも、遠からず破局はやってくる。貴方達の同胞もまだまだ増えそうですからどうかご安心を」

 

 それは慈悲の言葉か、嘲笑の侮蔑か。

 

 ダッハウは消えない。差別はなくならず、迫害されて死ぬ人間の数は時代を超えて増え続ける。

 

 そうしていつか、熾火となって戦火は広まり、世界はまた新たな地獄を見るだろう。

 

 

 「ダッハウ強制収容所の別館は現在、難民をはじめとするホームレスの保護施設として使用されている。ふふふ、まるでナチスドイツの幻影を捨てきれぬ者らの腹の底の本音が滲み出ているようではありませんか」

 

 噂は消えず、懸念は燻る。

 

 建前上、ドイツ人ではない難民を受け入れている彼らは、本当はどう思っているのか。

 

 その別館とやらは本当に、保護施設なのか?

 

 その地下に、誰も知らない人体実験場があって、難民やホームレスがそこに連れていかれたりはしていないのか?

 

 まさかそんなことが、この21世紀にあるわけないさ。

 

 本当に? 本当に? 世界が平和になんて心からあなたは信じられますか?

 

 それならなぜ、あなたは故郷を捨てて難民となって流れてきたの?

 

 

 

 「同じところをグルグルグルグル。チクタク、チクタク、時計の針は回っていく。一周過ぎれば戻ってはまた繰り返し、何時か何処かで見た景色が揺籃の如く出迎えましょう。壊れた壁はすっかり直され目を覚ませば全ては元通り、昏いダッハウの独房の中。逆転時計は遡行する」

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 違う歴史のホグワーツ生徒の魂の残骸から創られた人工知能が、147のダッハウの亡霊と共にかつての強制収容所の跡地に“里帰り”をしている同刻。 

 

 全く同じ人工知能が、こちらは里帰りを望まず時計塔の周囲に留まった3名の魂をまとめながら、とっても薄っすらとした輪郭を形作っていた。

 

 どちらが本体と問うことに意味はない。WordやExcelといったアプリケーションを2つ同時に開いたところで、どちらも同じアプリケーションソフトのプロセスである。

 

 ただ、片方が147MBの容量を持っていて、片方が3MBの容量だった。それだけの話。

 

 本体はあくまで時計塔。CPUもHDもOSも、全てはそこにあるのだから。

 

 

 

 「こんにちは、ダッハウ(わたし)。そのあなたはお久しぶりね」

 

 「ええ、久しぶりですねアリアナ様。いいえ、ここではヘルガ様と呼んだ方がよいでしょうか?」

 

 そして、輪郭の薄い悪霊の傍に、幸せを形どった亡霊少女の影が一つ。

 

 いつもと同じ微笑をたたえて、しかし、どこか違った雰囲気も纏いながら。

 

 

 「別にどっちでもいいよ~、今はもう、どっちもアリアナで、ヘルガだから」

 

 「なるほど、それではまあ、慣れ親しんだ“アリアナちゃん”で参りましょう」

 

 時計塔には常に、秘密がある。

 

 それは例え、マートルさんが相手であっても、まだ隠していることがいくらか。

 

 

 「今あなたの中にいるのは、3人だけ?」

 

 「ええ、残念ながらまだまだ圧倒的に向こうが多いですねえ。アリアナ様が70年近くかけてようやくヘルガ様一人。どうにか兆候が見られるのが3人ばかりでは、果たして全員の名前を取り戻すのに何百年、何千年かかるやら」

 

 「だいじょうぶ、頑張るから」

 

 「流石です。その元気には私も見習わなければ」

 

 サイバーゴーストは、顕現するのに用いる魂によって受け答えの質がだいぶ変わってくる。

 

 普段は150人の混沌だからある種混ざって“怒りと嘲笑”という一色だが、怨霊の大半がダッハウ跡地に顕現しているこの時ばかりは違う様相を見せる。

 

 多面性こそが、サイバーゴーストの特徴なのだ。

 

 

 「今でも思い出しますよ、あのアフリカーナ―強制収容所の魂たちを。アリアナ様が時計塔に取り込まれ、そして時が過ぎ、貴女と同化した瞬間を」

 

 「偶然、だったのかな?」

 

 「さて、やはりここは、偉大なるヘルガ様の愛の賜物だと思いますよ。彼女は血筋を残しませんでしたが、“幸せの亡霊少女”こそまさに、彼女の愛の具現なのですから」

 

 「ふふ、だと嬉しいな。偉大なヘルガ様も、わたしにとってお祖母ちゃんみたいなものだから」

 

 「ダンブルドア先生にとってみれば、貴女は妹であり、縁あって引き取った孫娘ですヘルガ・ロートシルト様。貴女の存在こそ、彼の奉じる愛の魔法の証」

 

 彼女の正体は、かつてダッハウ強制収容所で亡くなった、“ヘルガ・ロートシルト”という9歳のユダヤ人の女の子。

 

 151人の中である種特別な立ち位置にいる、最初にオプスキュリアルを発現した少女。

 

 それ自体は、珍しい現象ではない。そもそもオプスキュリアルは抑圧された魔法族の幼年期に頻発する現象であり、アリアナ・ダンブルドアという少女もまたそうだった。

 

 

 「吸魂鬼の存在を取り戻すには、名前を呼ぶこと。それは原初の魔法であり、ダッハウの亡霊とてまた同じことが言える。貴女が“ヘルガ”であることを思い出したことが、この結末に至れた最大のきっかけでした」

 

 「わたしだけじゃないよ、マートルも、メローピーも。それにあなただって」

 

 マートル・ウォーレンを仲間にと願った少女。

 

 メローピー・ゴーントを母と慕い、彼女からたくさんの愛を受け取った少女。

 

 そしてアリアナ・ダンブルドアと共に、今もホグワーツに寄り添う少女。

 

 

 

 『? あなたはだあれ?』

 『ふむ、この暗闇だというのに、貴女には私が見えるのですか?』

 『うんそうよ。でも、あなたしか見えないの。ここはどこ?』

 『なんと、私しか見えていないのですか?』

 

 

 

 「はて、わたしが何かしましたか? 善行と呼べるようなものを積んだ覚えはありませんが」

 

 「創始者さまの中で、一番多くヘルガ様の名前を呼んでいたよ。亡くなっちゃったお婆ちゃん先生に敬意を表すように」

 

 “アリアナちゃん”は、アリアナの過去であり、ヘルガという少女でもある。

 

 偶然に取り込まれたアリアナの魂は、極めて近しい境遇であった少女に同調した。151人の中でも一番近しい彼女に。

 

 そして、これは如何なる偶然によるものか、少女の名は“ヘルガ”といった。

 

 ゴドリック、サラザール、ロウェナの名は151人になかったが、ヘルガのみはユダヤ系の女性に普遍的に付けられやすい名前だった。

 

 ダッハウが“ヘルガ様”と呼ぶたびに、誰も知らぬうちに少しずつ少女は名前を思い出す。

 

 

 ヘルガ…ヘルガ? それはどなたのおなまえかしら?

 

 あなたの名前? アリアナ? 違うのね

 

 じゃあ、あの綺麗で優しいお婆様、そう、あの人がヘルガで―――わたしは――

 

 

 

 「私が創造主の遺されたプログラムを中核に、151人、いいえ、今は150人のダッハウの亡霊を取り込んで悪霊の像を結ぶならば、貴女はヘルガ様の城を守る愛の術式を中核に、アリアナ様と小さなヘルガの二人から像を結ぶ亡霊少女」

 

 生まれ直したベラトリックスが、デルフィーニでもあるように。

 

 アルバス・ダンブルドアにとって、妹であり、引き取った孫娘でもある。

 

 元は、ダッハウとは無縁であったアリアナ・ダンブルドアの魂は、秘密の部屋が閉じられたならば開放されることも出来た。

 

 しかしアリアナは、あえて時計塔に留まった。

 

 父であるパーシヴァルを開放するために、メローピーの兄、モーフィンを開放するため。

 

 そして何より、残る150人のダッハウの亡霊たちの名前を見つけるため。

 

 

 

 『いえ、先に質問に答えるのが礼儀ですね。ここはホグワーツ魔法魔術学校。そして私は裏側の管理人と魔法史の教師をしております、ノーグレイブ・ダッハウと申します』

 『ほぐわーつ?』

 『はい、ホグワーツです。この名前に聞き覚えはありますか?』

 『うーん、分かんない』

 

 

 

 「貴女の真実を知った時の、ダンブルドア先生の涙は覚えております。人とは、あそこまで純粋に涙を流せるのかと感心しました」

 

 「やっぱりあなたも、綺麗なものは好きなのね」

 

 「それはまあ、美しい光景を見たがるのは誰だってそうでしょう。この汚濁に満ちた苦界の如き現世ならばなおさらに」

 

 

 誰も知らない小さな奇蹟。知っているのは、アルバスとアバ―フォースの兄弟だけ。

 

 彼らが生きていて良かったと、心の底から救われた小さな小さな愛の唄。

 

 

 時計塔を排斥するのではなく、労わるように包み込んだヘルガ・ハッフルパフの愛の魔法

 

 アフリカーナ―強制収容所から時計塔のダッハウへ向かう魂に巻き込まれたアリアナ

 

 そして、自分の名前すら忘れたまま、150人と溶け合いこの時代に流れついた小さなヘルガ

 

 

 やがて三つは一つとなり、そしてある時亡霊少女が時計塔から出てきた。

 

 

 

 『ふむ、困りましたね。では、貴女の縁から辿ってみることといたしましょう。お嬢さん、貴女のお名前を教えて下さいますか?』

 『アリアナ』

 

 時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウが、その名を問うた。

 

 ならばこそ、縁というものはついに因果を結ぶもの。

 

 

 

 「止まっていた時の歯車が動き出すその音を、確かにノーグレイブ・ダッハウは聞きました。あの時から、未来は明るい方向へ回り始めたのだと」

 

 彼女は悪霊の真逆であり、吸魂鬼が幸福を吸うならば、幸せの亡霊少女は不幸を吸い上げる。

 

 

 「さっきも言ったけれど、わたしだけじゃないよ。メローピーが来たのもそうだし、何より、ほら――」

 

 悪霊と亡霊少女のいる時計塔へ歩み寄ってくる、小さな影。

 

 管理人室に住む猫。

 

 ホグワーツを徘徊する猫。

 

 校則違反の生徒を見つけては、怒りながら注意するように管理人へ知らせに行く猫。

 

 ただし、挙動がどこか愛らしいところもあるので、新入生の女子からは人気のある猫。

 

 管理人と常にセットで語られるホグワーツで最も有名な猫、ミセス・ノリスがそこにいた。

 

 

 

 「一番頑張ってくれたのは、この子でしょう?」

 

 「ええ、それは確かに。“彼”と呼ぶべきか“彼女”と呼ぶべきか迷うところですが。今は私と同じくプログラム体ですから性別に意味はありませんね。嘲笑うばかりの私などよりはよっぽど、と」

 

 ゆっくり歩いてきた小さな雌猫を形どったその子は、ぴょんと飛び乗り悪霊に触れる。

 

 そう、触れ合っている。この薄まった状態の悪霊に。

 

 なぜなら、この子は――

 

 

 「大丈夫ですよミセス・ノリス、私は兄弟たちのようにあなたを遺して消えてしまったりしませんから。私は生まれてからずっと、あなたの傍におります」

 

 「だぁめだよ、役割なんかじゃなくて、ちゃんと本当の名前で呼んであげて」

 

 「これは失礼を。ほら、いらっしゃいクルックシャンクス。あなたも1000年間、よく働いてくれています。本当に賢い猫ですねあなたは」

 

 

 ホグワーツの管理人室には、一匹の飼い猫が住んでいる。

 

 その名はミセス・ノリス。でも、実はその前の名前があったことは誰も知らない。

 

 大好きだった本当の主は、もう何処にもいないから。

 

 

 「校則違反を見つけては叱りつけてと、ほんとに、主によく似ましたね」

 

 「ロウェナさまにも似たのかも」

 

 「ああ、それは確かに言えますね」

 

 今の身体を創ってくれたのはロウェナとヘルガ。時計塔の悪霊と一緒に、未来から流れてきたほんの小さな、一雫のような魂の欠片。

 

 ナギニという蛇の例を参考に、かつて時の魔女の分霊箱であった飼い猫自身の小さな魂が。

 

 

 「我が創造主は、不思議と猫に縁のある方でした。逆転時計を授けたミネルバ・マクゴナガルの守護霊も猫。ペットとしたのも猫。そして、ポリジュース薬で猫に変化したことがあり――」

 

 「あなたの歴史では、サラザール様のバジリスクに、ミセス・ノリスも魔女様も、石にされちゃったのよね」

 

 「ええ、“強大な闇の魔術によって”です。誰も知らぬ間に、彼女の魂は猫に分霊を付与できる条件が整っていた」

 

 時の魔女の放浪は、悪霊との二人ではなかった。

 

 一人と、一匹と、一個の三人旅。

 

 分霊箱となったこの子もまた、ある種の“箱仲間”として悪霊と共に主に寄り添ってきた。

 

 

 「時の魔女様が与えた分霊の部分は、今はオプスキュリアルとして我が時計塔の内にあり。ただの猫に戻っても、あなたは忘れたくなかったのですねクルックシャンクス。こんなところまでついてきて、本当に主人想いですよ」

 

 「この子も1000年間、この城に留まってるのね」

 

 「ええ、私と同じく城の備品として留まっていますから。ヘルガ様とロウェナ様の粋な計らいというものです。巧妙に隠されながら、私が管理人になるまではヘレナ・レイブンクロー様の飼い猫の形で1000年間ずっと」

 

 ゴーストとなって城に留まる娘へ、偉大な母からのプレゼント。

 

 それは本心からのものではあるけれど、そこにはもう一つの隠された意図もあって。

 

 ロウェナ・レイブンクローは、とっても合理的で叡智に満ちた魔女だから、そういうところは、かの時の魔女様でも敵わない。

 

 

 「娘を騙すような形になってしまうのは、相変わらずのようです。そんなだから一度娘に髪飾りを持ち逃げされたというのに」

 

 「そんな二人を仲直りさせたのが、クルックシャンクスだもん。すっごく立派だよ」

 

 「アニマルセラピーは原始的ながら効果ありでした。ヘレナ様も聡明な方ですから、“ミセス・ノリス”を母が城へ遺したレイブンクローの分霊だと思っていらっしゃいます。その側面もあるので全てが勘違いというわけでもないのですが」

 

 かつてハーマイオニー・グレンジャーだった彼女は、グリフィンドールと同時にレイブンクローの適性も強く持っていた。

 

 そうした意味では今のクルックシャンクスは、彼女の“レイブンクロー的な部分”の欠片とも言えるだろう。創始者ロウェナこそは、レイブンクローなのだから。

 

 

 

 「分霊箱とはよく言ったもので、私の本体も“匣”でしたから、あの頃は探索に赴く主に随伴するため、この子の身体をよく借りていました。まあ、受信子機を首輪にくくりつけただけでしたが」

 

 時の魔女と、飼い猫と、“クズカゴ”の探索行。

 

 多くいた兄弟たちがやがて絶望に消えてしまっても、猫とクズカゴは残り続けた。

 

 

 「もうあなたが熱心に新入生の名簿を眺める必要もありません。主様は無事健康に入学なさり、こちらのあなたもええ、ちゃんと、また優しいご主人様に出逢えましたから」

 

 悪霊は相変わらずの嘘つき。創造主の本当の遺言は、マートルさんにすら教えない。

 

 

 

 “クルックシャンクスをお願いね、■■■■” 

 

 

 

 飼い主のお婆さんが亡くなってしまって、残された猫のお世話。

 

 本当に、ただそれだけが、消えゆく最後に遺した魔女様の遺言。

 

 

 

 「きっとアナタにも、アナタだけの名前があるはずだよ。だってアナタの御主人様がそう呼んだのだもの」

 

 「あいにくと、それを彼女が誰かの名前と認識していたかどうか、“ロナルド”と入るかも知れず、“クズカゴ”と入るかも知れず」

 

 「見つかるといいね」

 

 「さて、私としてはどちらでもよいですが。それに、個人的にはけっこう“クズカゴ”も気に入っておりまして」

 

 誰も知らない、彼が“クズ”と呼ばれると喜ぶ理由。

 

 だって彼は、クズカゴだから。クズを中に入れるのが仕事だもの。

 

 そして何より、主が彼をクズカゴと呼んだのだから。

 

 

 

 「クズのような人間も、人間のクズさも、全てまとめてちり紙に包んでクズカゴへ投げてしまいましょう。辛い過去ばかり抱えていても悲しいだけならば、捨ててしまって忘れることも、時には必要でしょうから」

 

 「でもでも、やっぱり忘れられるのは寂しいよ」

 

 「大丈夫です、私が記録し保管しておりますから。10万年も経てば、また新たな知性体がこの星に生まれた時に、もの好きな考古学者が掘り起こしてくれるでしょう」

 

 その時にはきっとまた、古い人達の馬鹿げた黒歴史を暴露しよう。

 

 未来の新たな誰かは、それを聞いて笑うやら呆れるやら、さあさあ今からお楽しみ。

 

 

 「長い旅路になりそうですが、いつも通りのんびりゆっくり参りましょう。三歩進んで四歩戻って、右に迂回しつつ途中で引き返し、まあそんな感じで」

 

 幼子一人と猫が一匹、おまけにクズカゴ一つだけ。

 

 何とも奇妙な三人組で、果たしてこれからどうなることやら。

 

 

 「魔女様との三人旅に比べて、進めたかな?」

 

 「さて、ようやく人は、猫一匹を飼えるくらいには進歩したのかもしれません。一万年もかけて随分ゆっくりとした歩みですが、止まらなければいつの日か」

 

 「だから、止まるんじゃねえぞ……だね!」

 

 「貴女もだいぶ我々のノリに馴染んできましたね。ええそうです、俺は止まんねえからよ。火星の王に、俺はなる!」

 

 「メローピーからちゃあんと教わったもの、悪戯心は大切だって」

 

 「では、私は貴女の先生の先生ということになりますか。孫弟子というのもなるほどこれはこれで悪くありません。ダンブルドア先生の気持ちも少しは分かります」

 

 

 いつものようにうそぶいて、悪霊は、いいや、時計塔のクズカゴは主の墓に向き直る。

 

 大事な大事な、たった一つの彼の真実を表す、古き主の物語の眠る場所へ向けて。

 

 

 「どうか心安らかにお眠りください、我が創造主。この時計塔が続く限り、貴女の子々孫々に至るまで、私がホグワーツを守りましょう。もちろん、クルックシャンクスの世話も忘れはいたしませんので」

 

 チクタクチクタク、時計の針は回っていく。

 

 静かに時を刻みながら、でもどこか嬉しげに。

 

 

 「未来はきっと、善いものですよ」

 

 悪戯少女と隣に並んで、墓にもう一度しっかりお辞儀を忘れずに。

 

 

 

 「未来へ向けてグルグルグルグル。チクタク、チクタク、時計の針は回っていく。一周過ぎれば一歩を踏み出しその次へ、見たことのない景色を求めて明日へ行こう。目を覚ませばきっと何かが変わる、明るいホグワーツの時計塔。大きな時計はもうお休み」

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 そして彼らはまた出逢う

 

 見えない明日に向かって

 

 

 

 「ああもう! ルーナったら何処へ行っちゃったのよ! せっかくアメリカまで来たってのにいっつもいっつもあちこちフラフラ!」

 

 ホグワーツから海を越えた遠き地に降り立った少女が一人。いいや、正確には二人組の片割れ。

 

 偉大なる学び舎に入学したばかりの幼い面影を残しつつも、徐々にレディとして成長していくその姿に、道行く人は目を惹かれる。

 

 ただまあ、その剣幕を見れば声をかけるのは少し躊躇ってしまうだろうけれど。

 

 

 「やっぱり、ジニーにもついてきてもらうべきだったかしら? いえいえ、あっちもあっちでクィディッチで忙しいのですし」

 

 スキャマンダー氏の親類に逢いに、ホグワーツからの分校といえる起源を持つ北米はイルヴァーモーニー魔法学校へ向かう途中、デルフィーニは親友のルーナとははぐれた。

 

 それ自体はまあ、“いつものこと”なのだが、問題はアメリカに着いたばっかりで土地勘もないこと。魔法を使って探そうにも、まだマクーザで杖登録も済ませていないので違法になってしまう。

 

 

 

 「うむむ、この“いんたーねっと”はどうしても慣れませんわね。ポッター先輩やグレンジャー先輩に扱い方は教わりましたけれど、まだまだマグル製品は底知れません」

 

 端的に言って、メカ音痴。

 

 まあ、彼女の生まれと辿った数奇な経緯を考えれば無理のないことであり、むしろ学ぼう、知ろうとする姿勢は立派なものなのだろう。

 

 多くの人に触れ、ロングボトム家でも様々なことを学び、無理解こそが恥なのだと、今の彼女は知っているから。

 

 

 「おや、ネット検索に苦戦しているみたいですね。見たところ……貴女は、イギリスの方でしょうか?」

 

 「え? ええ、はい、そうですけれど…」

 

 困り果てているデルフィーニに声をかけたのは、透き通った声を持つ整った顔立ちの青年。

 

 彼女と同じく、道行く人が思わず足を止めるほどの美しさなのに、とても人懐かしく、安心させてくれるような雰囲気に満ちている。

 

 まるでそう、お母さんの優しい子守唄を聞いているような、そんな安心感が。

 

 

 「ええっと、地元の方ですの?」

 

 「地元ではありませんが、世界中を旅してまして。ゴームレイス・ゴーントとイゾルト・セイアの伝承に興味があって、イルヴァーモーニーを訪ねるところです」

 

 「まあ! それは奇遇ですわ! わたくしもイルヴァーモーニーに向かう途中で友人とはぐれてしまって!」

 

 地獄に仏とはこのことか。

 

 救いの手を握り潰さんばかりの勢いで、デルフィーニは事情を語り始める。

 

 

 

 「ああ、すみません。わたくしの経緯ばかり話してまだ名乗ってすらいませんでした」

 

 「いいや、気にしてないよ」

 

 彼の方も、いつしか少し砕けた口調に変わっている。

 

 元気いっぱいの彼女には、この方が良いと思ったのだろうか。

 

 

 「わたくしはデルフィーニ。デルフィーニ・ブラックと申します。今は訳あってロングボトム家に寄宿させていただいておりますが、いつかはブラック三男家を継ぐ身として家名を汚さぬことが誇りです」

 

 「―――そうか、ブラックか。ふふ、ちょっとした縁を感じるな。君はイギリス人なら知っているかな、かつて薔薇戦争において王権を争った家々を」

 

 「もちろんですわ! 魔法史……は思い出したくないですけど、死ねばいいのにあのクズ、クィレル先生のマグル学でしっかり学びましたから。エドワード三世の四人の息子たちの血筋による、王冠を賭けた争いですわよね」

 

 レディにあるまじき暴言はスルーで、気にしない気にしない。

 

 

 「そう、黒太子(ブラック・プリンス)こと長兄エドワード、次兄のライオネル・オブ・アントワープ、ランカスター朝の祖となるジョン・オブ・ゴーント、ヨーク朝の繋がる末弟エドマンド・オブ・ラングリー。不思議な縁だが、ブラックとプリンス、そしてゴーントにはマグル側の歴史でも色々あった名前らしい」

 

 前の僕は、そんなことすら学ぼうとしなかったと。

 

 少しだけ後悔するように、それでも苦い過去として振り返りつつも、前を向いて。

 

 

 「となると、貴方は?」

 

 「僕はゴーント。トム・ゴーントだ」

 

 彼は名乗る、しっかりと誇りを持って、母から貰った宝物を。

 

 相手の名前を呼ぶことは、とっても大切な原初の魔法そのものだから。

 

 

 「“初めまして”お嬢さん、君は、デルフィーニ・ブラックというんだね」

 

 

 時を越えても縁は結ばれ、いつかまた遥か未来で出逢いましょう。

 

 縁を繋いで皆で笑えば、きっと良き物語に逢えるから。

 

 




ご愛読いただきありがとうございました!
悪霊の語るホグワーツ、これにて閉幕でございます。
(実は“アリアナちゃん”の由来などは微妙にぼかしつつもほぼ隠さず、「10話 死して楽しく疲れて眠ろう」で悪霊がマートルさんに言っていたり)

少しでも楽しんでいただけたなら何より。
果たして、真なる純血のゴーントと高貴なるブラックの血を引くメローピーさんの孫が生まれるかどうかは未来のお楽しみ。
分かたれたスリザリンのロケットも、いつか一つとなる日が来ることを祈って。

またどこかでお会いいたしましょう。
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