「なあエイモス、魔法史の授業は四寮合同だって話だけど、絶対にプルウェットとブラックが“また”ぶつかる気がするんだ」
ホグワーツに入学したての新入生恒例の、移動教室であちこちに迷う季節。
9月も中旬頃のホグワーツにて、相変わらず一定しない不親切さを誇る廊下に悪戦苦闘しながらも、早くもグリフィンドールの“有名人”になりつつある男子生徒、アーサー・ウィーズリーは友人とともに次の授業へと向かっていた。
「奇遇だね、僕も絶対にそう思うよ。下手したらマッキノンも参戦しちゃうんじゃないかな?」
応じるのは、教室に向かう途中で鉢合わせた、ハッフルパフの新入生、エイモス・ディゴリー。
入学時のホグワーツ特急で偶然同じコンパートメントとなり、意気投合した友人である。
残念ながら、アーサーはグリフィンドールに、エイモスはハッフルパフと所属する寮は分かれてしまったが、この二寮はもともと仲が悪くないし、合同授業でも啀み合うようなことはない。
(必ずグリフィンドールとスリザリンが啀み合う魔法薬の授業とは大違い)
「はぁ、ただでさえ血の気が多いのに、あの二人が揃うと行動力も喧嘩っ早さも二倍になっちゃうぞ、間違いない」
「うんまあ、組分け前にホグワーツ特急で喧嘩してたもんね。マッキノンが介添人をやって決闘まがいになってたけど、気のせいじゃなければ失神呪文が飛び交ってなかったかな?」
「赤い閃光、ではあったな。願わくば武装解除あたりであってほしいほしいもんだが……第一印象からして凄かったしな」
考えれば考えるほどに、不安は増していく。
入学して僅か2週間ほどで、ホグワーツ全体にまで有名になりつつあるグリフィンドールとレイブンクローの女生徒。
モリー・プルウェットとマーリン・マッキノン。
如何なる運命の導きか、その二人も偶然にもアーサーとエイモスのコンパートメントに乗り合わせていた。なので彼女らが“有名人”になる前から、その為人は存じ上げていた。
最初は、コンパートメントで対面に座りながら普通に話せていたのである。エイモスは少し“名家の女の子”との会話に気後れしていたけれど、プルウェットもマッキノンも接してみれば話しやすく、貴族っぽさや名家であることを鼻にかける様子はなかった。
まあ、マッキノンの方は、随分と“自信満々な”お嬢様っぽい部分はあったけど。4歳離れた妹がいるらしいし、どっちかと言えば、アネゴ肌ってやつなんだろうか?
「あのブラックがいきなりコンパートメントに押しかけてきて、“ここに血を裏切りしウィーズリーがいるとお聞きしたのですけれど?”だもんねえ」
「そこにいたのが“麗しの”プルウェットと“賢明なる”マッキノンだったのがもう既に爆弾の着火作業というか、あそこまでトントン拍子に罵り合いから武力行使まで行くとは思わなかったよ」
「僕は確信したね。絶対にプルウェットはグリフィンドールで、ブラックはスリザリンに組分けされるだろうって」
恐らくだが、例え彼女らを見ていなくとも、家名を聞いただけで大半の人間はそう予想するだろう。
そして、大方の予想を一切裏切ることなく、彼女らは行くべき寮に組分けされた。
マーリン・マッキノンについては、グリフィンドールとレイブンクローで半々といった印象だったが、まあまあ、妥当な結果と言える。
「グリフィンドールらしい、か。うん、ハッフルパフの方には、二人が啀み合ってる時のことばっかりが伝わってると思うけど、プルウェットはあれで結構規則には厳しいし、校則とかはきっちり守るタイプなんだよ」
「え? 意外だね」
「まあ、腐ってもプルウェット家のお嬢様だし、ブラックと一緒にさえいなければ、勉強もできて、規則もしっかり守って、授業にも遅れず予習もきっちりの秀才タイプだよ。そこはまあ、レイブンクローのマッキノンと気が合う部分なんだろうけど」
「言われてみれば、僕と君もすぐ馬が合ったけど、あっち二人もすぐ馬が合ってた感じだったもんね」
「だろう? そういうわけで、グリフィンドール生なんて自分から滅多にスリザリンに近寄ったりなんかしない。だから、大人しめの奴らにとってはプルウェットと言えば“校則遵守主義”の頭の良いお嬢様らしい」
「………第一印象って、大事なんだね、物凄く」
「そして、その“校則遵守主義”のお嬢様だが、やる時は徹底してやる。その爆発力については、グリフィンドールたる所以なんだろう」
良くも悪くも、彼女はグリフィンドール。
普段は礼儀正しく、勉強が遅れがちの子達への面倒見もよく、数年後には確実に監督生候補になるだろうと誰もが思う優等生だ。
しかし、実家や友人を侮辱され、ましてやマグル生まれの同級生を“穢れた血”と呼ばれでもすれば、彼女の中の眠れる竜が目を覚ます。
「それで、止めるのが君なんだね。“竜の首輪”ウィーズリーくん」
「やっぱり、ハッフルパフまで伝わってるのか、それ」
ホグワーツ特急で行われた、モリー・プルウェットとベラトリックス・ブラックの記念すべき第一回の決闘。
非常に危険な紛争地帯に勇気を持って飛び込み、双方からの衝撃呪文の直撃を喰らいながらも、何とか身体を張って場を収めたのはアーサーである。流石は勇猛果敢なグリフィンドール。
そんなことが入学後も二度三度とあり、今ではすっかり、二人が喧嘩をしていたらマクゴナガル先生かシグナス・ブラック副校長先生を呼ぶ、もしくはアーサーを身代わり地蔵、もとい、生贄の羊に差し出すのが通例となってきた。
なお、マーリン・マッキノンについては、介添人を買って出るくらいなので、抑止力は到底期待できない。
「だって、怒った時のプルウェットって、本当にドラゴンみたいに怖いじゃないか」
「それはまあ、同意するけど」
眠れる竜を起こすべからず。
怒れるプルウェットには近づくな。
普段は割と温厚といってよい彼女なだけに、怒った時の爆発力、そして暴れ具合がとんでもない。いや、本当に。
そんな彼女を全く恐れずに突っかかっていくベラトリックス・ブラックもまた、ある意味で勇気の塊とも言えるだろう。
「でも頼むから、喧嘩の仲裁に呼ぶならブラック副校長にして欲しいんだよ。プルウェットは一度怒ったらマクゴナガル先生が来るって聞いても引きはしないけど、ブラックは“お父様”に怒られるのを恐れてるみたいだから」
「副校長も、マクゴナガル先生なみに厳しいからね。それに、いっつも公平で、娘だからって贔屓はしないし」
「そこは分かる。逆に、少しくらいは娘の味方になってやってもいいんじゃないかって、グリフィンドールの僕らが思うくらいだよ」
シグナス・ブラック副校長の、あまりにも冷徹な“中立性”、“公平性”もまた、既に新入生でも知ってるほどに有名であった。
己の出身寮でもあるからか、基本的にはスリザリンに好意的ではあったが、いざ物事の評価、判断の時にはその天秤は僅かばかりも揺らがない。一部では鋼の天秤などとも呼ばれている。
まるで、いかなる時も中立を貫くことを、己に課しているかのように。
「だったらやっぱり、“竜の首輪”たる君が身体を張って止める方がいいんじゃないかな?」
「僕の身が持たないだろ、それ。だいいち、一方的に敵視されてるのはこっちなのに、なんで僕がブラックのために身を削らなきゃならないんだ。理不尽にも程があるよ」
「そこはほら、プルウェットのためだと思って」
「そっちにしても同じだよ。そりゃ、彼女のことは嫌いってわけじゃないけど、規則にうるさいところは苦手でもあるし」
「ああーそっか、君って基本的にはグリフィンドールの男子らしく悪戯っ子の方だもんね。“普段の”プルウェットには逆に注意されちゃうんだ」
「そうなんだよ、エイモスも知ってるだろ、僕が集めてる、ほら、マグルのアレとかさ……」
「うんまあね。アーサー、一応僕からも忠告しておくよ。持ってるだけなら何ともないけど、魔法で改造は違法なんだからね」
「止めてくれ、プルウェットにも散々言われたんだ。“下手に間違えれば退学よ”、“今度見つけたらマクゴナガル先生に本当に言うからね”って」
「だったら尚更だよ。そこについては彼女が正論だね」
「分かってる、分かってるけどさ、………男のロマンが、あるんだよ」
苦悩しながらも、結局は趣味を捨てられない友人の姿を見ながら、エイモス・ディゴリーは思った。
やっぱり、“眠れる竜のお嬢様”と“竜の首輪”殿は、お似合いなのでは?
「君たちさ、何だかんだで似たとこあるよね」
こうしてハッフルパフの僕と親しく話すように、普段は温厚で人当たりのいいアーサー。
そして、話を聞く限りでは、普段は温厚かつ校則を重んじる秀才肌らしいプルウェット。
でも、こと自分の趣味のマグルの品のこととなると、例え法律を破ってでも没頭してしまうアーサー。
同じくというべきか、こと身内に危害が加えられたり、侮辱されたりしたら烈火の如く怒り狂うプルウェット。
だけれど、仲間や自分の好きなものを侮辱されたら例え相手が誰でも怒るのは、アーサーだって同じかな?
それに、プルウェットもアーサーの“秘密の悪行”のことは知りつつも、結局は寮監のマクゴナガル先生にも言ってないみたいだし、何だかんだで甘いのかな?
あっでも、ひょっとしたらブラックとの決闘の仲裁役で迷惑かけちゃってるって負い目もある?
考えれば考えるほど………うん、やっぱりお似合いなのかも。
「似てる? 僕とプルウェットが? 馬鹿言わないでくれよ」
「不思議だね、やっぱり自分自身ってのは見えにくいものなのかな?」
思えば、まだまだ入学して間もないというのに、グリフィンドールの友人は随分と濃密な時間を過ごしているようだ。
何だかんだで、僕はハッフルパフで良かったのかなと、騒動から程々の距離を保てることに、エイモス・ディゴリーは安堵した。
ただし、その四寮が鉢合わせることになる、曰く付きの“魔法史の授業”は、文字通り目前に迫っていたのだった。
さあ、地獄の釜ならぬ、合同教室の扉が今開く。
*----------*
「さて、私の授業の方針については大方伝えましたので、そろそろ講義に移りましょう。せっかく英国を代表する名家の者らが揃っているわけですので、最初の議題は英国における聖28家の歴史的立ち位置といきましょうか」
そして、いきなり地雷を踏み抜いていくドクズ悪霊がここにあり。
8年ほど前に、ルーファス・スクリムジョールが受けた時と同様の“伝統演説”を行った後、ノーグレイブ・ダッハウの出した課題は見事と言って良いものだった。
この教室に存在しているいくつかの“地雷”を選んで、その上で時限爆弾の解体作業を行うがごとくの授業スタイル。
噂には聞いていたが、よくぞまあ、ここまで騒動が起こりそうな授業ばかり出来るものだと、感心してしまいたくなるほどに。
「あの先生、正気なのかしら?」
「狂気なのではなくて? 少なくともわたくしはそう思うけれど」
聖28家が議題となれば、確実に白羽の矢が立つことであろう女生徒、モリー・プルウェットは思わずと隣に座る友人に声をかけてしまうが、返ってきたのは厳しい現実を告げる言葉だった。
四寮の生徒が合同が伝統となっている魔法史の初授業。これまた伝統的にグリフィンドールの赤とスリザリンの緑は混じり合うことなく、大教室の両側に陣取っているわけだが。
基本的にはどこに座るかは個人の自由なので、彼女がこうして、レイブンクローの友人、マーリン・マッキノンの隣に陣取っていた。
「それに貴女もよモリー、こうなるのが分かってたから、わざわざ一人でわたくしの隣に座ったのでしょう。そのグリフィンドールらしい勇気には、心から敬意を覚えますわ」
パチリとウィンクを返しつつ、不敵な笑みを浮かべながらマーリンは言った。
彼女、マーリン・マッキノンは常にそう、何時だって自信満々で自分の意見や想いを真っ直ぐに告げる。
ホグワーツ特急のコンパートメントで初めて出会った時からそうで、きっと彼女はグリフィンドールに組分けされるのではと、あの時は思ったものだったけど。
「貴女のかけがえのない同室のお友達、エイミーもマリアもサティも良い方々ですけれど、聖28家やそれに準じる名家ではない。そして、こういう授業内容ならば、ベラトリックスが貴女に挑む好機を逃すとは思えませんわ」
恐るべき思考の速さと、機転の効くその頭脳は正しくレイブンクローの資質。
モリーとて授業の準備は欠かしたことなく、勉学には一家言程度はあると自負しているが、彼女を前にしては後塵を拝するより他にない。
それほどに彼女、マーリン・マッキノンは頭脳明晰を地で行く才女であったから。
「ならばこそ、関わらざるを得ない家の出身で、なおかつ闘争から逃げるつもりのない人物の隣に座るというのは、悪くない判断だと思いますわよ」
「ありがとうマーリン、嬉しいけれどもう少し声を小さくしたほうがいいわ」
「別に構わないでしょう。先生は公開ディベートにわたくし達を招待する気が満々のようですし、この名を両親から授かったその時から、隠れてコソコソ囁く道などわたくしにはありませんの」
彼女の名はマーリン。他国ならばいざ知らず、このイギリス魔法界では知らぬ者のいない名前だ。
マグル世界において、“マリア”の名を娘につけることは数多くあるが、息子に“キリスト”や“ブッダ”と名付けることは当たり前ではないように。
イギリス魔法界において、それも娘に“マーリン”の名を与えるというのは、親もまた相当の胆力がある証拠と言えるだろう。
「マグル生まれの生徒たちはあまり馴染みの薄い言葉でしょうが、イギリスには疑いなく純血と考えられている28の家があります。最古参と知られているのは“杖づくり”オリバンダー家であり、紀元前から名前がある家も多数あります。同時に、全てがブリテン島起源でなく、長い歴史の中で他国から移住してきた家も多くあり、そちらでは征服王ウィリアム時代のマルフォイ家などが有名でしょう」
先の発言からしばし間を置き、若干ざわつく教室の生徒達の視線が、ここに存在する“該当する生徒たち”に集まり始めた頃、悪霊教師は再び口を開き説明を続けていく。
「ここで全ての家を説明するには到底時間が足りませんし、各家の歴史を語り始めては例え一つに絞ったところでやはり無理があります。ですのでここは、グリンゴッツのゴブリンとの関係を例に“古き家の盟約とは如何なるものか”、という観点から解説していくこととします」
魔法界の金融を支えるゴブリンの銀行、グリンゴッツ。
ゴブリンの反乱を例に出すまでもなく、その存在は魔法界の歴史において重きをなしていることは言うまでもないが。
「ゴブリンって、またよりにもよって」
「これはますます、貴女向けになって来ましたわね、モリー」
殊に、プルウェット家はゴブリンとの縁が深い。
特定の魔法生物に縁が深く、先祖が盟約を交わした家の例は多々あるが、その中でもプルウェット家とゴブリンのそれは、“歴史の教科書”に載るほどに有名なのは事実だった。そうした面では、魔法史の授業として逸脱しているわけでもないのだろう。
そのプルウェット家の長女が、こうして目の前にいることを除けばだが。
「ではここで質問を一つ、グリンゴッツの地下深くに魔法使いの家の金庫が数え切れぬほど存在していることは皆さんご存知と思いますが、その中でも特に厳重で警備が厳しく、ドラゴンが番人となっている特殊金庫が知られております。ミス・ブラック、それらを持つ家の名をお答えいただけますか?」
この教師、煽りよる。
つくづく、争いごとの火種に油を注いで回るのが性分なのか、戦争=人間の歴史と頭から信じ込んでいるのか。
多分、両方だろう。
「はい、グリンゴッツが特別な家に設けている金庫の数は五つ。レストレンジ家、マッキノン家、マルフォイ家、プルウェット家、そして、ブラック家が該当します」
「その通りです、スリザリンに2点を与えましょう。皆さんも金を借りたければこの五家にたかるのがよいでしょう。では続けてミスター・レストレンジ、一体なぜ通常の金庫とは別にドラゴンを番人にするほどの特別な金庫を用意する必要があったか。その理由については?」
何気なくクズ発言を挟みつつ、次に指名された生徒は、ラバスタン・レストレンジ。
8年前に在籍したロドルファス・レストレンジの弟であり、たった今“ドラゴン金庫の家”として名前が上がったばかりの少年だ。
「それらの金庫が、個々の家のために用意されただけのものではないからです。魔法族はゴブリンを信頼して金融を任せ、時には自分達の生死よりも大切な家宝すらも預ける。その象徴、あるいは証明として五つの家が選ばれ、それぞれが家宝か、それに値する物品を預けました」
「良い答えです、スリザリンに2点を追加します。ミスター・レストレンジが述べてくださった通り、五つの家は単純な財力で選ばれた訳ではありません。無論、相当な財力を誇る家であることは事実ですが、魔法族を代表すると言えるだけの者達が、信頼して預けるに足るのがグリンゴッツであるという、一種の政治的アピールという要素が強くあります。ならばこそ、ドラゴンという存在は象徴たりえましょう」
魔法界、マグル世界を問わず、銀行という組織が預かるものは“信用”だ。
港湾における貸倉庫業しかり、空港におけるコンテナヤードしかり。
公的な機関として置かれる輸送、保管を担う倉庫には、実態としての警備以上に、象徴的な“信頼性”が求められる。
「ただ同時に、象徴を重んじるのは魔法族の、あるいは人間の文化と言えますが、ゴブリンは非常に実際的な考え方を持つ生き物です。そんな彼らが、地下に危険なドラゴンをわざわざ連れ込み、リスクを考慮した上で飼いならすということを行っている。その理由についてはどうでしょう、ミス・マッキノン」
「理由、それはつまり、“特別な金庫を魔法族のために用意する理由”、ではなく“ドラゴンという生き物を番人として飼う”理由ですか?」
「はい、その理由です。グリンゴッツには強力な防護呪文が備わっており、管理している金銀や宝石、宝にも強力な“呪い”がかけられているのは周知の事実。仮にセキュリティを突破して“持ち出す”ことに成功したとしても、今度はゴブリンたちからの執拗な“追撃”を覚悟せねばなりません。ゴブリンは絶対に受けた恨みを忘れない生き物。であるにもかかわらず、ドラゴンという存在を配置する意味とは?」
例え泥棒がいたとしても、“割りに合わない”ことは誰もが知っている。
ゴブリンが名誉にかけて守っているという事実だけで、“信頼”としては十分であり、仮に持ち出されたとしても追撃して殺せば見せしめとなり、次に泥棒が入る可能性が一気に低くなる。
地下に繋がれているドラゴンは、侵入者の追撃には向いていないのだから、イメージとしては心強いものの実際に防衛と追跡を考えれば必ずしも最適とは言えないだろう。
だがしかし、幻想の生き物とは数多く、中にはその例外になり得る存在もいるのだ。
「独自の姿くらましによって後を追える妖精の類ではなく、ドラゴンを置く理由。それは、“宝を持ち出すつもりのない”侵入者に備えてのことです」
「ほう、宝を持ち出す理由のない侵入者、謎めいた表現ですね」
「他ならぬ先生自身が問いかけをなさることのほうが、謎掛けとしては面白いと思いますわ」
まるで対話そのものを楽しむように、マーリン・マッキノンは不敵に笑いながら答えを続ける。
隣で聞いているモリーとしては冷や冷やものでもあったが、同時に、場を圧する如き空気がそこにあり、そうした知的な空間こそはマーリンという少女の独壇場と言えた。
「金貨や宝石を“外へ持ち出す”ことを望むのは、前提として実体を持つ侵入者ですわ。闇の魔法使いであれ、吸血鬼であれ、鬼婆であれ、宝を欲して金庫へ入り込む相手だけを想定するならば、先生のおっしゃる通り“追撃”を徹底することに力を注ぐべきで、ドラゴンは無用の長物になってしまいます」
ただしそれは、生きて実体を持つ存在に限っての話。
「ですが、“ただ宝に惹かれてやってくる霊魂”についてはその限りではありませんわ。魔法使いの名家の金庫には呪いの品、曰くの品、あるいは特定の魔法生物にとって非常に魅力的に映る宝物が多く格納されます。それらに対して、外に持ち出すつもりなどなく、ただやってくる者達には“追撃”の恐怖は意味をなしません。そう、先生のような存在ならば」
「素晴らしい答えです。レイブンクローに5点を与えましょう。そう、生きているあなた方には想像し難い概念でありましょうが、だからこそ考えることに意味があります。我々霊魂、霊体にとっては自分に結びつける曰くの品や“縁”、そして霊的な場を整える力を持った聖遺物などを求める渇望は、時に生者のそれを遥かに凌駕します。飢えた亡者が温かい血肉を求めるように、本能による行動と言っても良い」
グリンゴッツの宝に惹き寄せられる存在は、生者とは限らない。
死者だからこそ呼び込まれ、そして、彼らは“取り憑く”性質である故に、出ていくことなど考えない。
せっかく特別な金庫を用意したというのに、そこが野良ゴーストの巣窟となり、宝物が呪われてしまってはグリンゴッツの信用は当然ガタ落ちだ。
「ならばこそグリンゴッツは霊魂という害虫駆除のための手段を持ちます。その効能については、ミス・プルウェット、お願いいたします」
バトンはまわり、彼女の番がやってくる。
この質問に答えるならば、モリー・プルウェット以上に相応しい人物はありえまい。
「数に限りはありますが、真に鍛えられたゴブリン銀の製品は、魔を祓い、霊体に対しても有効な対抗手段となります。吸魂鬼などの強力な悪霊が相手であっても、魂を切り裂いて破壊することが可能なほどに。ティアラなどの装飾具についても、同様の材料と加工法によって破魔の属性を帯びさせることができます」
「伝承においては、ゴドリック・グリフィンドールの剣などが特に有名ですね。では、ドラゴンについては?」
「その爪は鉄をも切り裂き、牙には強力な毒があります。それ自体が生き物にとっては脅威となりますが、霊体にとって最も厄介なのは炎のブレス。ドラゴンの炎は対象が物体であれ霊体であれ、例外なく焼き尽くす力を持っています」
「その通り、グリフィンドールに5点を与えます。皆さんにとっては朗報となるかもしれませんが、ゴーストや亡者は基本的に火に弱く、中でも最も恐れるものがドラゴンの炎です。彼らドラゴンは幻想の王である故に、その炎に焼かれれば弱い幻想は掻き消えてしまう、まさに後には影すら残らずに」
果たしてそれは、朗報と呼べるものなのだろうか。
聞いていた生徒たちの脳裏に、疑問がよぎる。
(ある女生徒のみは、ゴーストが火に弱いと聞き、別のことを思い浮かべていた)
「もし、私を殺したいと思うならば、ドラゴンをけしかけるのが一番です。呪いの器物を破壊するには“悪霊の火”が向いていますが、その名が示す通り、私や吸魂鬼に“悪霊の火”はさほど効果がありません。モノは破壊できても、邪念や情念は却って炎に同調して残留してしまいますので。物体破壊ならば悪霊の火を、霊体破壊ならばドラゴンの炎です」
あるいは、物体に魂が宿っており既に一体化している場合ならば、悪霊の火でまとめて焼き尽くすことも出来るだろうが。
ゴーストのように物体の核を持たない霊体ならば、ドラゴンの炎で焼き尽くすに限る。
「ドラゴン使いは高度な専門技能が求められる職業ですが、歴史に伝わる強力な魔法具の中には“竜の首輪”が有名ですね。グリンゴッツのドラゴンに用いられているのはこの贋作というか、亜種と言える品ですが、真に伝承通りの本物ならば、ドラゴンを自在に飼いならし、操り、私へけしかけることも不可能ではありません」
その瞬間、教室中の生徒の視線が、とある一人に集中した。
その視線を一身に浴びた生徒、アーサー・ウィーズリーは自分の子供がドラゴン使いになったら面白いなと、半ば他人事のように思っていた。
同時に、エイモス・ディゴリーやマーリン・マッキノンの脳裏には、アーサーを首輪にモリーを悪霊教師へけしかける構図が浮かんでいた。
「故に、グリンゴッツの特別金庫にはドラゴンが番人となっているのです。生きた侵入者は爪と牙で引き裂き、死した亡霊が寄ってくればその炎で消し飛ばす。似た防衛構想にアズカバンの吸魂鬼もありますが、そんな宝物は誰も手に取りたくなくなるので、せいぜい墓守くらいにしか役立ちそうにありません。とはいえ、墓守の魔法生物ならばスフィンクスの右に出る者はいないので、こちらも需要はないでしょうが」
地下の金庫にはドラゴンを。
牢獄の罪人には吸魂鬼を。
王の墓にはスフィンクスを。
相応しき場所に、相応しき番人を配する。そうして、魔法界の歴史は紡がれてきた。
そして、古い名家という存在が、その契約に大きく関わってきたならば。
「それでは軽い宿題レポートとして、皆さんに考えてもらいましょう。アクロマンチュラやバジリスク、マンティコアやキメラ、あるいはレシフォールドなど、“極めて危険”とされる魔法生物を選び、彼らが実際に運用されている場所を調べるか、あるいは、“こんな風な番人が適している”というアイデアを出してみてください。1種あれば十分ですが、たくさん調べたり、アイデアが複数あるならば、幾つでも構いません。基本的には多い分だけ加点しますので」
魔法界のこれからについても、考えることに意味がある。
例えば、吸魂鬼を置いているアズカバンに、レシフォールドを看守にしたらどうなるのか?
あるいは、禁じられた森の番人を、アクロマンチュラに任せることは出来るだろうか?
そして、毒蛇の王たるバジリスク。王の墓ですら彼を番人としたりはしない。ならば彼に相応しい金庫とは、一体どこにあるのだろうか?
「歴史を知り、学び、そして未来を考える。グリンゴッツ銀行とドラゴンという組み合わせ一つにも、これだけの要素と歴史があるのです。ならば、縁が複雑に絡み合った魔法界において、魔法族と魔法生物はどのように関わってきたか。その奥は非常に深いものの、ならばこそ、危険な魔法生物というものは取っ掛かりの例としては考えやすい課題であるとも言えましょう」
そうして思考を進めていけば、必ず最後の疑問に辿り着く。
果たして、この教室の中の何人がその疑問を考え、しかし永遠に答えが出ないことを知るだろうか。
人間にとって、“最も危険な生物”は他ならぬ人間自身であり。
“見知らぬ人間との共存”ほど、難しい課題はない。
何しろ、“平和”という宝を格納する“国家”という金庫を守る番人をこそ、“戦争”と呼ぶのだから。
グリフィンドールの談話室の入り口の番人に、スリザリンの監督生を。
スリザリンの談話室の入り口の番人に、グリフィンドールの監督生を。
もし、そんな“近寄りたくない危険な生物の番人の例”を書いてくる生徒がいれば、ノーグレイブ・ダッハウは喝采と共に満点を与えるだろう。
その生徒は、人間の歴史というものを非常によく学んでいると。