大波に襲われ、今にも沈みかけた船を描いた名画・神奈川沖浪裏。葛飾応為は、この一枚に父・北斎の素顔を視た。

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画狂の浪裏

   

 

 富嶽三十六景より、神奈川沖浪裏。俺の思う、父様の最高傑作はそれだった。

 

 荒れに荒れた海原。翻弄さるるは舟三隻。舟人たちは祈るように伏して、振り落つまいと縁にしがみつく。鎌首をもたげた大波がその頭上から降り落ち、今にかれらを呑み込まんと迫る。「浪裏」は、その刹那を切り取った一枚だった。波飛沫の一粒に至るまでが生きものじみた自在さで躍動し、紙切れを飛び出して観るものの喉元にさえ迫る。無類の迫力をたたえた画面の中で、波間に仰ぐ富士だけが厭に静かで神々しい。絵画としてあまりに完成された構図。

 あれは傑作だ。同じ描き手としては狂おしいほどに、散りばめられた技術は比類なくすぐれたものだ。だけれど、何より恐ろしいのはそれそのものではないようにも思う。あれは、そう、偏執だった。

 そも、当世の錦絵ってのは版画の一種で、もともと本物そっくりに描くのは至難だ。だいいち売れなきゃ世話がねえ。まず人目に留まらなきゃ話にならねえってんで、とりどりな多色摺の、大判の役者絵だったり美人画だったりが上等がられてきたわけで。はなから写実より戯作、てぇのが世の流行りだった。

 ──だというのに。同じ錦絵、同じ版画ではありながら、父様の浪裏はあまりに真に迫る。観るもののほとんどが目にも留めないような、細部に至るまでの偏執的な描き込みが、鬼気迫る没頭が、絵筆から紙を通して熱を伝える。虚と現の垣根さえ超えて、陸にいる己の身さえ危ういような心地にさせる。

 俺も多少は場数を踏んできたし、こと美人画にかけちゃ江戸の誰にだって劣るまい。が、それでもやはり、あの画には舌を巻くしかない。

 あれは、魔性だ。お江戸の一時代に埋もれるような生半可じゃねえ。百年、いや二百年描かれるのが遅くたって、あれは世に名を轟かせたろう。

 ずっと気になっていた。絵師として、負けを認めるようで癪だったから墓場まで持って逝くハラだったが、でかい一仕事を終えた日に、酔いも手伝って訊いちまったことがある。

 一体何を思えば、そこまで絵にのめり込めるのか。

 

「懺悔だ」⑤

 

「…………へ?」

 

「二度も言うこっちゃねえ。聞こえてんだろうが」

 

 思わず耳を疑った。仮にも父に向ける言葉じゃあないが、口下手などよりもまず、人でなしだったからだ。歳を経たとて円くなるよりか、却って角が増えたような有様。⑥相手がお武家様だろうが殿様だろうが気に食わない仕事は請けないような偏屈で、金勘定が莫迦げて下手で、片付けができず、飯も作らず、ひどい時にゃ食うのも忘れ、四六時中絵のことしか考えていない画狂老人。その質は俺にも受け継がれちまった以上悪くも言えないが、間違いなく堅気の精神じゃねえ。そんな人が、まさか懺悔とは。

 

「ちったあ考えてみやがれ唐変木。その舟、どうなったと思う」

「そりゃあ……ああ、そうか」

 

 画面には波に傾いた三隻の舟。おそらくは魚なんかを運ぶ押送船。押し寄せる波。大浪。

 

 ──沈んだに決まっている。乗っていた人もまず助からんだろう。

 

 寄る高浪の暴威。隙間に覗く富士の聖性。あまりに切迫して、あまりに完成されていたから、あんなもの計算づくに決まっていると思っていた。陸からああでもねえこうでもねえと、考えあぐねて創り出した画面だとばかり。

 背筋が寒くなる。あれがもし空想ではなく、写実の版だったとしたら。

 

 その場面に在った舟は三隻ではない。四隻。列成す船団のしんがりに、もう一隻いたはずなのだ。②

 

「俺はあの浪に出会したんだよ。目の前で三十人は死んだ」

 

 

 

          〇

 

 

 

 ああ、その日は晴れだった。乾っ風の吹く冬晴れ。鮮魚を運ぶ高速船として運行する押送船は、空船になる帰路に客を乗せることもある。折よく港で見かけて、そんな話をたまさか覚えていたもので乗り込んでみたという訳サ。俺は富士を何枚も描いちゃいたが、海原から望む富士には覚えがなかった。そいつを描こうという段になって、一度は見ておこうと思ったんだろう。

 

 四隻の舟はゆるりと西上総を出港した。漕ぎ手たちは乗客と時折言葉を交わしながら六分ほどの力で舟を進め、客は客で潮の薫など堪能していた。沖から望む富士は思いの外小さく、あまり絵になる景色とは云えなかった。俺はちっとばかし興醒めしていたところで、船旅は退屈なものになる筈だった。

 

 しかし、そうした時に限って事は起こるものだ。⑨

 

 気付けば寝入っていたらしい。目が覚めたのは、にわかに漕ぎ手衆が騒ぎだしたからだろう。連中は風受けの帆を大急ぎで畳もうとしているようだった。またどうしてそう急ぐのか、などと問うまでもない。海風が猛っていた。

 

 今となっても、あの日の海に何が在ったのかは解らず仕舞いだ。ただ現実に海は荒れ、船は揺れ、今にも転覆しようという塩梅だった。漕ぎ手も客も関係ねえ、成る可く身を屈め、我武者羅に櫂を動かして、一刻も早く陸に辿り着かんと海路を急いでいた。帆を仕舞った者から先を往き、四隻の舟は自然と列を成した。俺の舟はしんがりだった。

 

 神奈川沖は恐ろしい荒れ模様だ。寄せては返す三角浪が蠱毒のごとく喰い合って更なる高浪を成し、そのまま無軌道に襲い掛かる。長細い船体は一度でも捕まれば一堪りも無かろうことは容易に想像がついた。空模様はなおも澄んだ暮色のまま、それが余計に不気味であった。俺も当然富士を眺めるどころではなく、必死に身を屈め舟底にへばりついて危機が過ぎるのを待った。

 

 ひときわ大きな波を辛うじて抜けた。前方遠くに港が見える。側に座っていた乗客と顔を見合わせて、絞り出すような息をついた。助かった、と思った。

 

 その時のことだ。

 

 ごうん、と吠えた。何事かと辺りを見回す。と、ソレは眼前に起こっていた。ほんの三間そこらの至近距離、

 

 

 

 海が、聳えて居た。

 

 

 

 身の丈など比にもならぬ高浪。陸に打ちつければ堤の一つは土産にしただろうか。きわまりなく獰猛にうねるその様は、もはや浪とさえ呼べるかどうか。

 周りの連中は神仏に托んで念仏なぞ唱えだしたが、絵描きの神は絵筆にしか宿らねえ。仕方ねえから黙ってその浪を睨んでいたが、ふと遠くに富士が見えて意固地が解けちまった。「富嶽」をまだ描ききっていねえうちに、こんなとこで死ぬわけに参るかと、そう思い直した。そこからは連中と一緒に神頼みサ。

 とうに舟の進路など手に負えなくなっていたから、俺達は漕ぐまでもなくその場で難を逃れんと祈った。その甲斐あってか定かでねえが、俺たちの舟は波穂の目先でなんとか踏みとどまれそうだ。今度こそ安堵の息を漏らしかけた、そんな折。

 どうしようもなく厭なことを思い出しちまった。俺たちの舟は、たしかしんがりを行っていた。といやぁ、目の前には当然────三隻の舟が投げ出されている、のが見えた。見えてしまった。

 

 

 

 懺悔しよう。俺はその様を、絶体絶命の具現とも思われるその景色を、美しいと思っちまった。

 

 

 

          〇

 

 

 

 ──思うに。父様はまだ人であったのだ。

 

 

 

 魔性だ、と感じていた。あれなる画を描けるのは最早人などではなく、魑魅魍魎の域に足を踏み入れた魔人であると内心決め込んでいた。あまりに無頓着で無鉄砲な立ち振舞いも、そうした印象を強めていたかもしれない。そして俺は、その生き様を模倣しようとしていた。かつての亭主に三行半突きつけられた日にゃ、がさつだと散々罵られたものだ。

 けれど。それは早合点というものだった。

 父様の浪裏が見る者に訴えるのは、ただ隔絶した化生の業に拠るものではなかった。

 

 懺悔だ。

 幾人をも目の前で見殺しにしておきながら、その景色すらも美しいなどと感じてしまう絵描きのおぞましき性に打ちのめされた男の、唯一つの罪滅ぼしであったのだ。その景色を忘れず、他の何よりも美しい絵画として白日の下へと描き出し、後世に残す。その業を以て弔い償わんとした。

 その泥濘のごとき妄執が、世の人々に正しく伝わったとは云えない。その苦々しき一枚こそを、世間は父様の最高傑作のひとつとして有難がっていたというのだから、内心では猛り狂っていたのかもしれない。

 かの一枚について、俺が伝え聞いたのはそれきりだった。

 何を見れば、何を思えば、あのような画が描けるのか。

 それが、俺から父様への最後の問いとなった。⑧

 

 

 

          〇

 

 

 

「父様あ!蕎麦の出前、ここに置いておくからな!」

 

 妙に静かだった。じりじりと蒸し暑い夏日に蝉の声だけがこだまする。返事がないのはいつも通りだが、こうも暑けりゃあ癇癪交じりの四苦八苦が聴こえていたものだが。

 はたと胸騒ぎがして、父様の作業部屋の戸を開く。筆やら硯やらが飛んでくるならそれでいい──

 

 音の消えた作業場に、父様はいた。

 背筋をしゃんと伸ばして正坐し、目を柔く閉じて眠り続けていた。④

 見れば、絵筆や資料や描き損じがうず高く積まれていた炬燵の一角だけが丁寧に片付けられており、その上に一枚の半紙と筆、硯だけが整然と置かれている。

 言葉も出ず、頭はすんなりと事を理解したようだった。想い出より、悲しみより、

 

 ──ああ、やっぱり人だったんだな。

 

 などと間の抜けたことばかり頭に浮かぶ。いくら長命であろうが、人である限りは死ぬのだ。それこそ物の怪でもない限りは。少し遅れて、これは安堵であるようだと思い当たった。

 

 ゆっくりと、机上の半紙に手を伸ばす。辞世の句なぞ詠んだものだろうか──

 

「…………………」

 

 読めなかった。文字が、視界が、ぼやけて霞む。慌てて、滴り落ちる熱い滴が紙を穿たぬよう離れ、井戸から水を汲んで顔を洗った。桶一杯がなくなるまで、手の平に水を掬っては目尻と鼻を擦って泣いた。

 良き父であったとは思わない。

 良き娘であれたとも思えない。

 けれど、慕ってはいたはずなのだ。或いは師として、或いは家族として。世の常道と形は違えど、これが葛飾北斎、これが葛飾応為の在り方だった。父を弔って泣くことを、だから今は憚らずにいようと思えた。

 

 

 

 立ち上がる頃には陽が傾き始めていた。

 母屋に立ち戻って、今度こそ父様の遺した文を手に取る。

 

「べらぼうめ……」

 

 それは何の変哲もない、ありふれた遺言だった。

 世話をかけてきた家族への詫びが長々と続いて、それから重ねた借金のカタをこうして工面しろとか、あれは売っていい、あれは残せとか、そのように続く。そのいずれもが、目を疑うほどの達筆だった。画業の銘以外では父の字など見たこともなかったが、杓子定規で堅い字だ。日頃の画狂ぶりが嘘のように、その文には律儀で不器用な父の姿が滲んでいた。

 かと思えば、こういうのは柄ではないから他の連中に見られる前に焼いて捨てろだのと宣う。本当に焼こうものなら始末の一切が手前に降りかかることを承知の上で、俺にそんな無茶を言うのだから、本当に無茶苦茶な父だ。

 そして、いつもの乱筆に戻って、ただ一言。

 

 描け。

 

 今度は、涙は出なかった。

 ただ慄然として、背筋が痛いほどにしゃんと伸びるのが自覚された。最期まであの人は、俺を絵描きの同業として見てくれていたのだ。

 そのことが何よりも嬉しく、そして恐ろしかった。

 

 これは、ふりだしだ。①

 誰よりも巨きな背は、すでにこの眼の前にない。追うことも、従うこともできない今、己は北斎の弟子ではなく、葛飾応為として描き続けることになる。頼れるものは腕一ツ、才覚一ツのみ。絵が売れるかどうかは、もう分からない。それでも描けと猶言うのだ。

 

「上等だ、ちくしょうめ」

 

 八十過ぎた老練の極みにあって尚、猫一匹描けないと涙ながらに嘆いていた、在りし日の父を思い出す。この腕は、まだいくらでも磨いてゆける。

 

 

 泣き疲れたのか蝉の声もまばら、閑散とした夏の原を縁側からぼんやりと眺める。遠くに、青白い火の魂がふらふらと遊ぶのが見えた気がした。⑩

 

 

           了

 

 

 





ひと魂で ゆく気散じや 夏野原
 
 葛飾北斎の辞世の句と伝わる。気散じとは現代語で気晴らしの意。
 
 
【簡易解説】
 
 大波に襲われ、今にも沈みかけた船を描いた名画・神奈川沖浪裏。描き手の内心をよそにたちまち人気を博したその画は後世まで語り継がれ、二百年近くの年月を経た今もなお、葛飾北斎の名とともに歴史の教科書の一ページを飾っている。





※本作はウミガメのスープ投稿サイト「らてらて」様にて開催された企画である、第23回「正解を創り出すウミガメ」にて投稿させていただいたものです。

※「正解を創り出すウミガメ」とは?
一見飛躍した「問題文」の回答となる物語を、事前に募集された複数の「要素」を作中に織り込んで創りあげ、その完成度を競うというもの。(第23回は終了しています)

■■問題文■■

船が沈んだことで、その人は教科書に載るほどの人物となった。
いったいなぜ?


■■要素一覧 ■■

①ふりだしに戻る
②殿が関係する
③達筆すぎて何て書いてあるか読めない
④眠り続ける
⑤懺悔する
⑥〇よりも☆
⑦目の前がぼやける
⑧これが最後の質問
⑨事件は起きる
⑩火は見える

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