ニンジャはどのカクテルがお好き?   作:ヘッズ

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suspicaz  怪しい#1

「う~ん」

 

 私ことジル・スティングレイは布団から起き上がり大きく体を伸ばす。窓の外を覗くと日は完全に落ちており街は闇に呑まれないようにネオンの光が煌煌と煌めいていた。

 寝間着を脱ぐとシャワーを浴びて制服に着替える。制服はバーテンダーが着るような服、つまり職業はバーテンダーである。職場で制服を着てもいいのだが、自宅で制服に着替えて上を羽織って移動しても不自然ではないので、この格好で職場に向かう。こうすれば私服に着替える手間が省ける。

 

「行ってくるねフォア、大人しくしててね」

『お土産買ってきてね』

「余裕があればね」

 

 小さな友人である飼い猫のフォアに言葉をかける。彼──去勢手術を受けさせたが彼でいいだろう──は帰ってくるまで一匹でどのように時間を潰しているのだろう?監視カメラでもつけて様子を見てみたいがフォアにもプライバシーがあるし、ザイバツ社のような真似はしたくない。フォアのミャアと返事のような声を聞いてアパートを出た。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「今日もよろしくジル」

 

 ホールに入るとボス、上司のデイナと同僚のギリアン、通称ギルが出迎える。デイナはチャーミングでキュートで気配りが出来て人として尊敬している。ギルは謎の多い人物で仕事に出ないこともあるが、同僚だしまあ嫌いではない。

 バーカウンターに向かい開店前の準備を始める。グラスを整理し、シェイカーのチェックをして、アデルハイトなどのカクテルを作るために必要な科学物質の残量チェック、ジュークボックスの曲の選定、決まりごとのような作業とチェックをおこなっていく。そうしていくうちに開店時間を迎えた。

 

「一日を変え、一生を変えるカクテルを!」

 

 これは仕事前の掛け声みたいなもの。建築業の人が「今日も一日ご安全に」と言う感じである。研修の時に聞いた言葉を何となく言っている。

 

「しかし、毎回聞いていて思うけど、カクテル一杯で人生が変わるか?」

「甘いなジョン、かつてレスラー時代に私の試合を見て自殺するのを止めたという少年が居た。それと同じ、試合でもカクテルでも人生は変わる」

 

 ボスがギルに向かってレスリングについて講釈を垂れ流している声をBGM代わりにしながら入り口を見つめる。今日はどれぐらい客が来るのか?忙しすぎるのは勘弁してほしいが、暇すぎても収入が減り生きていけない。程々に来て欲しい。

 そんな事を考えていると入り口のベルが鳴った。開店早々客が来るのは珍しい。経験則で考えれば常連ではない。新規の客だろう。

 

 男性で歳は同年代ぐらい、顔はイケメンに分類される程度の美形だ。服装は臙脂色のシャツにパンツ、ワンレングスの長髪、四角いサングラス、首には羽の形をしたアクセサリーを身に付ける。一言で言えば怪しい客だった。

 まず冬の季節にその恰好は寒い、普通なら碌に行動できない。誰かにほっぽり出されたのだろうか?そして何より雰囲気が怪しい。今まで接客してきたどの人物にも当てはまらない何かを感じる。その胡乱な男性はキョロキョロと周りを見渡しながらカウンター席についた。

 

「いらっしゃいませ、ようこそヴァルハラへ」

「ヴァルハラ?ここはオヒガンであンたは迎えに来た天使ってこと?」

「違います。ここは死後の世界ではなくバーです。酒でお客様をもてなします。注文は?」

「そうだよね。オレはオヒガンには行けないな。コロナある?バーで飲むもンじゃないけど、久しぶりに飲みたくなった」

 

 胡乱な男は自分の言葉にニヤつきながら注文する。コロナ?それは全く聞いたことない銘柄の酒だった。

 

「申し訳ありません。コロナという酒は店には置いてません」

「知らない?コロナ?ネオサイタマにも有ったのに、まあ安酒だし、高級バーで働くバーテンダー=サンが知らないのも仕方がない」

 

 男はオーバーリアクションなため息をつく。スラム街のバーを高級店とは嫌味な言葉だ。これでも酒についてはそれなりに詳しいほうだが、コロナという酒は聞いたことも無い。

 常連のジェイミーの言葉ならそういう酒が有るのだと無学を反省するが、この男は違う。例を挙げるならアルマが無理難題をふっかけて困らせようとする感じだ。そんな酒は存在しないのだろう。

 

「ちなみにコロナとはどのような酒でしょうか?よろしければ似たようなカクテルを出させていただきますが?」

「スゴイ!シンセツ!コロナはビールの一種、瓶を片手に立ち上がってラッパ飲みするのがマナー」

 

 男は手を広げ目を開くオーバーリアクションで感謝すると、ラッパ飲みするジェスチャーをしながらコロナという酒についてトリビアを語る。

 

「ビールの一種ですか、作れるとしたらビールとフローシーウォーターになります」

「フローシーウォーターってどんな味?」

「一言で言えばビールの代用品です。アルコールも入っていません」

「じゃあ、それで、俺みたいな胡散臭い男には紛い物で充分、えっと…」

「ジルとお呼びください」

「ドーモ、ジル=サン。フィルギアです」

 

 フィルギアは丁寧に頭を下げて挨拶する。その動作だけは胡散臭さはなく誠実さのようなものを感じた。頭を下げるという動作からして東洋の出身だろうか?

 目の前の客の素性を推理しながらオーダー通りフローシーウォーターを作る。アデルハイド1、ブロンソンエキス1、デルタパウダー1、フラナガイド1。熟成させてシェイカーで5秒以上シェイクしないようにする。これで出来上がり。

 

「フローシーウォーターです」

「どうも」

 

 フィルギアはグラスを手に取り一気に飲み干す。その表情はがっかり感とやっぱりかといった感情が混ざったような表情を見せていた。

 

「ビールも飲みますか?代用品よりかは酒の味がします」

「いいや、それより聞きたい事が有るんだけど」

「何ですか?」

「ここどこ?」

 

 思わぬ質問に体が一瞬フリーズする。それは哲学的な意味で自分はどこにいるのだろうということだろうか?それだと胡散臭いに面倒くさいという印象が付け加えられる。

 

「ここはBTCのバー、認定コードVA-11、ホール規模Hall-A、VA-11 Hall-A。巷ではヴァルハラと言われています」

「ヒヒヒ、そうじゃなくて、ここはどこかってこと?ネオサイタマとかロサンゼルスとか香港とか地名を言ってくれれば助かる。そんな怪訝な顔しないで」

「ここはグリッチシティ、ザイバツ社が支配するディストピアですよ」

 

 最大限の胡散臭さを感じながらも簡潔にこの都市の名前とおまけで特徴を説明する。企業が政府を傀儡として支配するタックスヘイブン。それがグリッチシティ、そんな場所で暮らしている。説明を聞いてフィルギアはグリッチシティについて全く心当たりが無いという顔を見せて、ディストピアという単語を聞いて懐かしむような表情を見せる。

 

「グリッチシティ。此処って有名?知らないとアホ?」

「まあ、私の主観では結構有名だと思います。でもフィルギアをアホとは思っていません」

 

 子供なら知らなくてもおかしくは無いが、大人なら知っているだろうというのが正直な感想だ、口ではアホでは無いと言ったが、胡乱に加えて知識も無い。怪しさがさらに増す。

 

「アリガトウ、優しみ。ついでに今何年?」

「207X年ですが」

「ネオサイタマって知ってる?」

「知りません。会話の所々で出てくるネオサイタマって何?それは場所?もしかして有名?」

「俺の主観では大都市、でも知らなくてもアホじゃない。安心して」

「ありがとうございます」

 

 意趣返しと言わんばかりに自分と同じように答える。これでも一般常識は持っていると思う。それでもネオサイタマという都市は聞いたことが無い。きっと脳内では大都市なのだろうという失礼な言葉をグッと抑え込む。

 一方フィルギアはブツブツと呟くと急に大声で笑い始めた。その笑い声にギルはこちらを向き、ボスも事務所からこちらの様子を見に来る。

 この客大丈夫か?クスリでもキメてラリッっているんじゃないか?ラリッている人は何をするか分からない。これはボスに相談してつまみ出してもらったほうがいいのでは?

 

「何か可笑しい事でも?」

「トンチキな考えをしているから思ったより想像力豊かだなって思ってた。ダイジョウブ、昨日クスリはキメたけど今は抜けてる。ダイジョウブ、暴れないからつまみ出さないで、そこの義手の人の世話はかけない」

 

 フィルギアはボスに視線を向けながら喋る。普通なら荒事なら女性のボスより男性のギルに頼むのが普通だろう。なのにボスが荒事担当と察知した。ボスに向けた視線で分かったのだろうか?中々の観察力だ、少なくともクスリをキメている人間にはできない。

 

「もしかして記憶喪失ですか?」

 

 場所を聞いて年月を聞く。まるで記憶喪失の人物がする行動だ。ティーンエイジャーの頃の自分なら異世界から来た訪問者であると喜んで断定するが、そんなオカルト的思考は過去とともに消した。

 

「半分当たり、昨日別の場所でクスリをキメながら野宿したのは覚えている。そして気づいたら此処に居た。抜けたと思ったけどやっぱりラリったせいで見てる幻覚?ここはやはりオヒガン?」

「ここは現実です。それは私が保証します」

「ここは現実、それを知って一歩前進」

「言いにくいのですが、もしかして拉致されたのでは、犯罪組織が人を拉致して臓器を摘出して売買するという話もあるそうです」

 

 脅かすような話だがこれが一番あり得る話だ。夢遊病ではない限り人が気づいたら此処に居たなんて現象は薬物で意識を失わせて拉致による移動ぐらいだろう。

 

「それはコワイ。服脱いで手術跡が無いか見ていい?」

「どうぞ」

 

 シャツを見て体を見渡す。言葉ではああ言っているが全く怖がっていない。何かされていないという確信があるのだろう。手術跡のチェックは行われ、ついでに背面のチェックをさせられ手術跡は無いと報告する。無駄な贅肉が無く、女性好みする肉体だったが、友人のアルマが見れば筋肉が無いと減点対象だろう。

 

「それで此処に来た記憶が無いと知った直後にバーに来たと。お酒が好きなんですね」

「そうそう、バーには情報も集まるしアルコールを摂取してニューロンを活性化させてから、色々と行動しようと」

「何でここに?この地区には此処以外にもバーはあるけど」

「フラフラっと、いや導かれた。キミはオレのトーテムだった。これからの道筋を示し給え」

「道は自分で見つけ切り開くものです。出来る限りのことをやってから最後はそっちの方面にいったほうが良いと思いますが」

「確かにそうだ。今の言葉はタトゥーにして刻んでおく」

「ご自由に」

 

 ヴァージリオとの会話で胡乱な人間への対応は馴れたつもりだが、どっと疲れる。そしてヴァージリオは本性を隠すために道化を演じていた。このフィルギアもそうなのかもしれない。

 

 これが胡乱で謎の男フィルギアとの出会いだった。

 


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