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「何か頼みますか?」
「じゃあ、ジル=サンのおすすめを頼む、何がお勧め?」
「苦手な酒はあります?」
「特になし、酒は何でも好き」
グラスを空にし、何か飲みたそうな仕草を見せたので声をかける。好きなタイプではないが客は客だ。それ相応のもてなしはする。
「そうですね、パイルドライバーなんてどうです」
「ヒヒヒ、それはお断り、そんな殺人ジュージツ技は喰らいたくない。痛いのは嫌だ」
「ジュージツ?パイルドライバーはカクテルです。レスリングの技ではないです」
「それは安心」
「客にパイルドライバーを喰らわせるバーテンダーはいません。というよりできません。ボスならできると思いますが」
「パイルドライバーを喰らいたいのか?大丈夫だ!ちゃんと腿で頭を挟むツームストーン式でやるからダメージは無いぞ!」
「ボス、それはギルにやってください」
「分かった!」
レスリングの話題を聞きつけたボスが話題に入ってくる。元レスラーだけあってその手の話題に敏感だ。しかしパイルドライバーという技は地面に脳天を叩きつける危険技だと思ったが、安全な方法も有るらしい。仕事終わりに聞いてみよう。
オーダーを受けパイルドライバーを作り始める。パイルドライバーを勧めたが無意識に目の前の客に喰らわせたいと思っていたのかもしれない。
タイプとしてはヴァージリオに似ている。あれほど酷くはないが少しだけ疲れるし神経を逆なでさせられる。そして感覚的に長居しそうな気がするので少しだけ気が沈む。
「お待たせしました。パイルドライバーです」
「ドーモ」
パイルドライバーを作り手渡す。一口飲むとカルモトリンがそれなりに入っているのを察知し、チビチビと飲み始めた。
「苦くて刺激的、嫌いじゃない」
「そうですか、よろしければスープレックスはいかがですか、当店のオリジナルカクテルになります」
「飲み終わったらね、ここの酒はケミカルな感じで結構好み」
「まあ、化学物質の化学反応で作っていますので味はケミカルになるでしょう」
「シェイカーに混ぜたの、オーガニックな酒じゃない?」
「ええNDSと呼ばれる液体を混ぜた合成酒です。本物の酒を飲みたいなら上に行ってください。値段もバカ高いですが」
「化学反応で酒を作る。酒好きが考えたモータルの知恵、オモシロイね」
フィルギアはグラスを下から覗くなどして興味深そうに見つめている。麦などの自然物で作る酒は上層部の人間しか飲めず、世界中の一般人は合成酒を飲んでいると思っていたが。
「本物を飲んだことがあるの?」
「昔はね、でも今はケミカルなほうが好き」
「どんな味ですか?」
「味に厚みがある。たまに飲むのはいいけど、いつも飲むならケミカルな安酒がいい」
本当に本物を飲んだことがあるようだ。こんな成りだが、もしかして上層部の人間なのか?上層部の知り合いはステラぐらいだが、彼女はしっかりしていた。一方フィルギアは典型的な放蕩息子という感じだ。遊びすぎて勘当されてここに来たのかもしれない。
「フィルギアはどこの出身?東洋系?」
「何でそう思う?」
「お辞儀が様になっていたから」
「イヒヒヒヒ、なるほど、それはオレたちは本能レベルでアイサツがしみ込んでいるから。そう日本出身。ジル=サン鋭い。探偵でも始めれば」
「ただの勘です。それに一人知り合いの探偵がいますが命の危険があるようなので止めておきます。ここでカクテルを作っている限り探偵より安全ですから」
「死んだら終わり。確かにそうだ」
フィルギアは一瞬真顔になったがすぐに胡乱な笑みを見せる。日本人は誠実で礼儀正しいと聞くが本能レベルでしみ込んでいるからなのか、だが目の前の客から誠実さは欠片も感じられない。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!お待たせハニー!アナタの恋人ドロシーちゃんです!」
やたらテンションが高い少女の声が入り口から聞こえて思わず胸をなでおろす。彼女はこのバーの常連の一人であるリリムのドロシー、明るく裏表が無い性格でこの街で友人と呼べる数少ない人物の一人だ。
「いらっしゃいドロシー」
「こんばんはハニー、そして…」
「ドーモ、はじめましてドロシー=サン、フィルギアです」
ドロシーは頭を下げて挨拶するフィルギアをキョトンとしながら見つめ、答えを求めるように視線を向けた。
「ハニー、今の何?」
「挨拶の一種かな、違う文化圏だとこういう挨拶するのだけど知らない?」
「知らない、へ~そうなんだ。どーも、フィルギアさん、ドロシーです」
ドロシーは面白がるように手を合わせ何回も頭を下げる。こちらでは東洋圏の文化の挨拶をする人はいなく、知らないのも無理はない。その様子をフィルギアは興味深そうに見つめていた。
「アンタはあれ、ウキヨ?」
「ウキヨ?何それ?」
「肉体はないアンドロイド」
「リリム、アタシはともかく他のリリムに言ったら怒られるよ」
ドロシーの声が少しだけ低くなる。機械の体にAIを備え付けられたのがリリムである。彼らには意志も自我も存在しており、アンドロイドやドールと呼ばれることを嫌い、その言葉は罵倒用語扱いされている。
「ワルイね。似たような存在は知っているけど、田舎者だからさ。呼び方が違うみたいで正しい呼び方を知らなかった。お詫びに一杯おごる」
「そう、じゃあピアノウーマン」
「オレも同じの」
ドロシーの気分を害したのを察知したのか、少しだけ胡乱な態度を顰め謝罪の意味で一杯奢り、ドロシーもそれで手打ちにしたようだ。比較的に安いシュガーラッシュを頼みそうだったが、ピアノウーマンを頼んだのを見るに結構怒っていたようだ。
「ドロシー=サンはよく来るの?」
「うん。ハニーのカクテルを飲みにね。フィルギアはこのバーに来るのは初めて?」
「気が付いたらグリッチシティに居て、フラフラと訪れた」
「記憶が無いの?ヤリすぎで記憶を失ったとか?」
「ドラッグはやっていたけど、多分違う」
「そっちじゃない、セックスのほう。アタシの知り合いの客でヤリすぎて意識が飛んで、気が付いたら真っ裸で路上に放置されていたことが有ったんだよ」
「それは随分とハッスルしたな。オレにはそんな元気ない」
「若いのに、ED?」
「EDじゃない。でもヤッても意味が無い」
「無精子症か、その事実にショックを受けてヤル気がなくなっちゃった、とか」
「ジル=サンもそうだけどここの住人は鋭い、ある意味正解。まあヤル気は酒とかクスリで発散できる」
カクテルを作っている間に二人の会話が弾む。やっぱり下の話は盛り上がる。しかしドロシーも人のプライベートにずばずばと踏み込んでくる。無精子症なんて男の尊厳に関わる問題で繊細な話題だと思うが、フィルギアはあっけらかんと話しているのでさほど気にしていないようだ。
「ピアノウーマンです」
会話が盛り上がっているようだがバーテンダーの仕事はきっちりおこなう。ピアノウーマンを2人に渡す。
「しかし、どこも考えることは一緒だ」
「何か言った?」
「オレもドロシー=サンのようなリリムは知っているけど、こんなにチャーミングじゃなかった」
「ありがとう」
「まあ、ここはリリムを実社会で運用できるかを試す実験場的な場所でもあるから、他より進歩しているかも、フィルギアが知るリリムはどんな感じだったの?」
「もっと無機質。カシコマリマシタ、ゴシュジンサマって。でも突然変異でドロシー=サンみたいなリリムが現れた」
記号的なロボットの真似をしながら語る。しかし違和感がある。グリッチシティのリリムは最先端だが、他の国のリリムはそこまでロボット的では無いと聞いている。それに突然変異でスペックが上がる事もない。微妙に話が噛み合っていない気がする。
まあ、田舎者と言う言葉を信じるとして、リリムも発展が遅れているのだろう。
「フィルギアは何の仕事をしているの?」
「何だと思う?」
「ヒモでしょ。なんか放蕩息子感有るし」
「ヒヒヒ、それもある。でも時々は仕事する」
「何の仕事?」
「色々さ」
フィルギアははぐらかすように笑みを浮かべる。恐らく真っ当な仕事ではない、ドロシーもそれを察したのか、特に追及しなかった。
此処は非合法組織に属して後ろめたいことをやっている人間はゴロゴロいる。そこに踏み込んで消されてしまうというのは珍しくない。好奇心は猫を殺す。猫好きとしては使いたくない言葉だが。
その証拠に支払いが現金である。強盗が溢れかえっているこの街で現金を持ち歩くのは何も知らない愚か者か、カードを持てないアウトローだ。
もしかして非合法な手段で金を得たのかもしれない。だが別に正義感溢れる善良な市民でもないので、非合法で手に入れようが警察に通報することはしない。誰の金でも払って自分の給料になれば問題ない。
「それでドロシー=サンは何のビズを?」
「セックスワーカー」
ドロシーはハッキリと言いフィルギアもその様子に僅かに目を見開き、私を見て肩をすくめた。ドロシーは性の仕事に就いているがそれ特有の後ろめたさやへりくだる感じが無い。とにかく明るいのだ、ドロシーと知り合ったことで、そういった人達の印象が変わった。
「うん、重要な仕事。社会に貢献している」
「じゃあ、アタシに貢献して。今日は先約まで少し時間があるから、短時間コースでなんてどう?下の穴はダメだけど口や手ならしてあげる、それならどこでもチャチャッとできるし、お近づきに安くしてあげない事もないよ」
「アリガト、でも今日はジル=サンの作ったカクテルで発散することに決めてる」
「ハニーが作った液体を舐めて発散する。ハニーが作った液体を口で啜って発散する。ふ~んフィルギアってそういうプレイが好きなんだ」
背筋に悪寒が走る。ドロシーめ、変な事を言うから意識してしまうではないか。
他人にどう見られようとそこまで気にしないが、それは画面越しで全く認知していない人間の時だ。こうして目の前に居るとなると話は別だ。
フィルギアもドロシーの下ネタを察したようだが構わずピアノウーマンを啜り、ドロシーはそれを見て手を叩いて笑っている。
「さっきのはここでカクテルを飲んで過ごそうって意味、怒らないで」
「分かっています。ドロシーが勝手に妄想しているだけ、それにこんなことで怒っていたらバーテンダーなんて務まりません」
「どう、ハニー?ムラムラする?いやしないか、たぶん下手だし、飲み方を見れば何となく分かる。それでヒモできるの?」
「そこはラブでカバーする」
ヒモで喰っている人間を傷つけるような一言を発するが、ヘラヘラと笑い受け流す。まあテクニックが全てではないという自信があるのだろう。ドロシーはピアノウーマンを飲み干すと話を切り出す。
「ところでフィルギアはクスリやったことあるんだよね」
「ああ、2人よりはベテランだ」
「じゃあ、クスリキメながらセックスしたことある?」
思わずドロシーを凝視する。何気ない口調でとんでもない話題を振ってきた。退廃的行為の権化とも言えるが、ドロシーはそういう行為に興味があるのだろうか?個人の自由であるが、個人的には辞めて欲しい。
「興味あるの?」
「うん。アタシもそうだけど周りもそんな事やる人居ないから、経験者に聞いてみようって。それにもし安全なら、客に追加オプションとして頼まれた場合金額に応じて受けようかなって。それでどう気持ち良かった?」
ドロシーは興味津々といった具合にのぞき込む。それは行為に及ぶなら気持ち良いほうがいいが、それで身を滅ぼしたら元も子もない。
「気持ちいいよ。世界がグルグル回ってフワフワする。でもズルはダメ」
「ズル?」
「そう、ズル。クスリで相手を気持ち良くさせるのはダメ。ワザマエとキャラクターで何とかしないと。まあ興味が有れば紹介するけど」
意外な答えに少し驚いている。まずクスリを推奨すると思ったら反対してきた。そして理由が体に害があるからではなく、ズルいからという個人的な理由、そんな理由でクスリをやらないように言う人は初めて見た。
「そんな気持ちよくなるの?」
「チートさ、でもチートはダメ、気持ち良くさせるにも気持ち良くなるにも努力が大事、若いなら苦労しないと。インスタントでワザマエを上げても結局最後は地道にワザマエを磨いた奴が勝つ。」
「若いならって、フィルギアもハニーと同じぐらいでしょ。それなのにオッサンくさいよ」
「こう見えて年寄り」
老人の真似をしてドロシーの笑いを誘う。フィルギアはチートだからズルいから止めろと言っているが本音はドロシーの身を案じているだけではないだろうか、そのニヤついた表情から真意は読み取れない。
「地道に努力した者が勝つ。ドロシーも今の言葉をTシャツにプリントしたら」
「いいかもね」
「しかしフィルギアが童話のテーマみたいな言葉を言うと思いませんでした。もっとズルして楽しろとか言うと思っていました」
「楽した奴が破滅したのを多く見たから、けどオレはやめない。クスリで楽して気持ちよくなる」
破滅した者を多く見た。その言葉には重さと説得力があった。まるで何十年もその様子を見てきたようだった。だがその後は肩をすくめて冗談めかして言った
「じゃあ、そろそろ出るね」
ドロシーは時計を見ると立ち上がり会計を済ませる。
「じゃあね、ハニー。それにフィルギアも楽しかったよ。クスリはやめておく。アタシの技術で気持ちよくさせるから」
ドロシーは足取り軽く去っていく。その様子を二人で見送った。
「イイ子だ、きっと人気者」
「そうですね。そんなに気に入ったらなら買ってみたら喜びますよ。過去には行為をしなくても一緒に食事をしてテレビを見てということもあったみたい」
「なるほど、じゃあ額に汗水して働いてガンバル」
額に汗水して働く、何て似合わない言葉だ。そんな気はサラサラないだろう。きっと楽して稼ごうと考えている。するとしたら賭博等のハイリスクハイリターンで稼げるものだろう。
「ジル、こっちは手が空いているから休憩入っていいぞ」
隣にいたギルが声をかけてくる。客がいる前で休憩に行くことはしないが、目の前の客は長居する気満々で、下手したら閉店までずっと居座ってカクテルを飲み続けそうだ。そうなるとぶっ続けになる。それはキツイ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。戻ってくるまでお客様の相手をお願い」
「了解」
ギルに引き継ぐとバックヤードに向かう。後ろを見るとフィルギアは手をヒラヒラと振りながら見送っていた。