「おかえり、しっかりリフレッシュしたみたい」
「ええ、外の空気を吸ってニコチンを摂取したので」
ギルと代わりまたフィルギアとの接客が始まる。ギルもフィルギアの胡散臭さに調子を崩されたようで深いため息をついていた。でも私に言わせれば二人は似た者同士だ。胡散臭さはフィルギアが上だが何かを隠しているというのは同じだ。これは同族嫌悪かもしれない。
「タバコ吸うの?オレも一緒に行けばよかった。こっちのタバコ吸いたかったし」
「タバコならコンビニでも売っていますので、自分で買ってください」
「イヒヒヒ、それもそうだ」
フィルギアは歯を見せながら笑う。相変わらず胡散臭いがタバコを吸ったせいか、心が乱されない。それに慣れもあるだろう。
「このジュークボックスの曲は誰が選んだ?」
「私です。何か気に入らないところが?」
「いや、テキトウに選んでいるようで一貫性が有る感じ、拘りはある?」
「無いです。自分の好きな曲を入れているだけです。構成や曲の流れなんて全く。働くようになった当初は今日は雨だからしっとりした曲とかという具合に変えていましたが、今はこれで固定です」
「ワカル。客に合わせてもダメ。結局は好きなものを相手にぶつけるのが一番」
「音楽が好きなんですか?」
質問を投げかける。音楽について話す姿は今までのように煙まいた感じではなく、素の感情が見えたような気がした。
「そんな嬉しそうに話してた?」
「ええ、好きなジャンルについて語る人のようでした。好きなんだなというのは伝わります」
「イヒヒヒ、恥ずかしい」
「別に恥ずかしい事ではないかと、私も好きなジャンルについて話す時はテンションが上がってしまいます」
フィルギアは手で顔を覆い、首を振りながら指の間から私を見る。照れ隠しをアピールしているのだろうか?アピールをやめるとピアノマンの残りを飲み干し質問してくる。
「ジル=サンは何か好きなものある?」
「昔は有りましたが、今はそこまで熱意を持ってやっているものはないです。強いて言うなら、酒を飲むことと集めることですかね」
「酒が好きだからバーテンダーをしている。好きな事をビズにする。それが一番の幸せ」
「別に酒が好きだからバーテンダーやっているわけではないです。色々有って今の仕事をしています」
「その色々を聞いていい?」
「ご想像にお任せします」
バーテンダーになるまでに色々有って傷ついて相手を傷つけて、バーテンダーになってからも傷ついて落ち込んで、そして何とか向き合えるようになった。
身の上話を聞き時には話すのはバーテンダーの仕事かもしれないが、この件については今日初めて来た客に話すつもりはない。フィルギアが全てを隠さず話そうとするならほんの僅かに可能性は出てくるが、今の態度ではゼロパーセントだ。
「フィルギアは音楽の仕事に関わっていた?」
「何でそう思う?」
「何となく」
本当に何となくそう思った。強いて言うなら音楽に対する明確な主義主張が有るような気がして、そういう人は音楽に関わっているのかなという漠然とした理由だ。
「まあ、一時期やってた。良いバンド見つけたら知り合いのレコード会社に紹介したり」
「プロデューサーですね」
「そんな大層なもんじゃない。でも気に入ったバンドとつるんでいるのはそれなりに楽しかった。ジル=サン、スープレックス」
「かしこまりました」
オーダーを受けスープレックスを作り始める。フィルギアはどこか遠い目をしてバーを見渡していた。その過去の記憶を振り返る瞳、容姿からして同年代なはずなのだが自分より何倍もの年月を重ねている深さを感じた。
「お持たせしましたスープレックスです。いらっしゃいませ」
スープレックスを丁度出したところで客が入店してくる。その客は見知った顔だった。
リリムのアイドルのキラ☆ミキ、偶然このバーに入り気に入ってもらったのか何度か足を運び、自身のブログでも紹介してもらった。プロ意識が高く自分史上トップクラスに良い人だ。
「こんばんはジル」
キラ☆ミキは迷いない足取りで目の前に座り、その直後フィルギアの存在に気づき視線を向ける。
「ドーモ、はじめまして、フィルギアです」
「私は暗い闇夜を照らす星!あなたを悲しみから解き放つ輝き!あなたの夢を映す北極星!キラ☆ミキ!よろしくフィルギア」
フィルギアは東洋式で頭を下げて挨拶するとキラ☆ミキは初めて会った時のように大仰な口上で名乗った。その口上に一瞬面くらった後クスクスと笑う。
「ヒヒヒ、クール。ジル=サンじゃなくて、キラ☆ミキ=サンこそオレのトーテムだった。道を示し給え」
「うん、私の曲を聞けばきっと道が開ける!なんてね、音楽はきっかけになるかもしれないけど、結局は自分で切り開くものだと思う」
「ジル=サンにもそれ言われた」
フィルギアはこちらに視線を向けながら残念そうに呟く。
「これも何かの縁だから一杯奢らせてくれキラ☆ミキ=サン。それでお喋りしてくれない?ここに来たばかりだから地元の人と喋って異文化交流」
「じゃあお言葉に甘えて。ここに住んでいないけどいい?あとキラ☆ミキでいいから」
「それはダメ、サンをつけないのはシツレイ」
「分かったそれでいいわ。じゃあジル、あのお茶っぽいカクテル…」
「ムーランティーですね。少々お待ちください」
ボトルを取り出し注文の品を作る。ムーランティーをシェイカーに入れてかき混ぜる簡単な一品だ。しかし東洋圏の文化は礼儀に厳しいようだ。相手が了承しているのに頑なにサン付けするものなのか。
「ムーランティーです」
「アリガトウ。うん、やっぱりお茶はいいわね」
キラ☆ミキは匂いを嗅いで一口飲んで満足げな表情を見せる。
「さっき、曲を聞けばと言っていたけど、音楽やってる?」
「ええ、アイドルをやっている」
「へ~アイドルか、スゴイね。どんな曲を歌ってる?田舎者だから知らなくて」
「代表曲はYour Love is a Drugかな。知っている?」
「知らない。でも気にしないで。もしかして有名人?」
「自慢みたいで嫌味に聞こえるかもしれないけど、業界では有名だと思う。前のコンサートでも10万人収容できるスタジアムでやったから」
「10万人、ゴウランガ!こっちは小さなハコを埋めるのにも苦労した」
フィルギアは手を広げ大仰に驚いた後自嘲的な笑みを浮かべる。その表情を見たキラ☆メキは興味を示したかのか表情が変わる
「フィルギアも何か音楽に関わっていたの?演奏者?それとも関係者?」
「関係者、プロデューサーめいたことをしてた。キラ☆ミキ=サンから見たら有象無象のようなバンドさ、気に入っていたけど、有名にならないで解散したのが殆ど。ダメダメなプロデューサー」
「そんなことない。私もプロデューサーを近くで見てきたから大変さは分かっている。メジャーになれなくてもフィルギアがプロデュースから1人でも多くの人に届いて、その曲が力になっていると思う」
「スゴイヤサシミ」
キラ☆ミキはフィルギアの手を握り語り掛ける。予想以上の熱量と反応に戸惑いの笑みを浮かべていた。
彼女はプロ意識を持って活動し、音楽の力を信じ愛して人々を幸せにしようと思っている。だからこそ音楽に関わっている全ての人を尊敬し同志と思っているかもしれない。そして同志が自身の活動を否定するのが見てられず励ましたのかもしれない。
「フィルギアはどんな音楽が好きなの?」
「ガレージロックとかサイケデリックロック。いいよね、刹那性と破滅的な感じ」
「サイケデリックロック?」
キラ☆ミキは首を傾げる。ロックはジャンルとして知っているがサイケデリックロックというジャンルは知らない。音楽は細分化するととんでもない数になるという話を聞いたことがある。きっとマイナーなジャンルだろう。
「クスリをキメた時に聞いたような音、クスリの体験を音楽で表現しようってイデオット達が作った音楽。廃れているか、残念」
「どんな感じの音楽なの?」
「サウンドエフェクトを使って、同じフレーズを反復させる。クスリをキメればすぐに分かる」
「う~ん、興味があるけどクスリは怖いからやめておく」
「それが賢明。あとはロックとかパンクとか」
「それは分かる。そっちのジャンルなんだ」
それから2人は音楽の話題で会話が弾む。キラ☆ミキは勿論だが、フィルギアも音楽に携わっていただけあって素人から見ても一家言あることが分かる。キラ☆ミキとフィルギアはジャンルが違うせいか、興味深そうに話を聞いていた。
だが所々で話が噛み合っていない。それはジャンルが違うというのとは何か違って見える。
「音楽はスゴイ力を持っていると思わない?言語や文化を超えて伝わるし」
「ワカル」
「私は音楽で1人でも多くの幸せにしたい。フィルギアもまたプロデューサーやらない?多くの人を幸せにしたいからアイドルになったけど、全員に届く音楽なんて存在しない。それを他の人がカバーする。貴方ならそれが出来ると思う」
随分と買っているようだ。ブログで紹介されたことでファンの人が訪れたことがあるが、もしこの場に居れば憤慨し襲い掛かるだろう。幸いにもファンの客は誰もいないが。キラ☆ミキの話を聞く限りではプロデューサーは多忙だ。正直この胡乱な男が馬車馬のように働く姿が全くイメージできない。きっと緩く適当に仕事をして失敗したのだろうと勝手に想像する。
「ヒヒヒ、スゴイ高評価。でもそういうのは疲れた。音楽は聴いて楽しむのが良いし楽だ」
「そう」
キラ☆ミキは残念そうに息を吐きフィルギアも手を合わせて頭を下げる。結構本気だったようだ。実はフィルギアは優秀で実は私の目が節穴なのか?
「そういえば、キラ☆ミキ=サンの曲聞いていない。ジル=サンのジュークボックスに入っていたりしてない?」
「入っているよ。丁度最近入れた」
「ナイスタイミング、ちょっと流して」
「待って、今日はプレイヤー持っているから聞く?」
「ヨロコンデー」
フィルギアはプレイヤーを手に取りイヤホンを耳に挿す。キラ☆ミキが使っていたイヤホンで音楽を聴く。ストーカー改めファン、いや彼女はその言い方は好きではないので、キラ☆ミキの音楽が好きな人が見たらどう思うだろう。
恐らく嫉妬のあまり襲い掛かるだろう。仮にファンが襲い掛かってもボスなら対処できるだろうが数が凄いのでボスも苦労するだろう。
「そんなにプロデューサーとして有能なんですか?私の印象ではバンドメンバーにクスリを勧めて、メンバー全員が逮捕される不祥事を起こしそうですが」
「そうかもね。でもそういう破天荒なバンドが作る曲が好きって人もいるから、そういうバンドにはちゃんとしたプロデューサーより彼みたいな感じの人が合うかなと思ったから」
「そうですね」
どうやら真っ当に評価しているわけではなく、割れ鍋に綴蓋的に評価しているようだ。自分の感性が外れていないようでほっとした。キラ☆ミキと話している間に曲が終わったようでプレイヤーを渡した。
「いくつか質問、キラ☆ミキ=サンはリリム?」
「そう」
「リリムは死ぬ?データをバックアップして他のリリムに移すとかできる?」
「死んだら精神はすでにコレクティヴソースにアップロードされているから、それを他の体に移せば元通り、でも大本のデータが壊れたら移せないから、死ににくいけど不死ではない」
「なるほど、じゃあ人間もリリムみたいに脳のデータを保存して移植とかできる?」
「できないと思う?ジルは何か知っている?」
「私の知る限りではできません。ブレインアップロードが研究されているみたいですが、まだ実用化には遠いみたい」
「ふ~ん、それで曲だけど実際クールだった。今度CD買う」
「ありがとう」
違和感があった。何故急にリリムが死ぬかどうか何て聞いたのだろう?曲を聞いての第一声が何故その質問だったのか?そして質問を聞いた後の雰囲気、失望、落胆、詳しくは分からないが一瞬だが確かに負の感情をキラ☆ミキに向けていた。その後は感情を隠すようにいつもの調子に戻っていた。
「じゃあ、そろそろお暇するね。ジル、今度のコンサート来てね」
「はい、友人と一緒に楽しみます」
「フィルギアも興味持ったら次のコンサートのチケットに応募してね。ライブでしか味わえない仕掛けとか演出があって楽しいから」
「アイアイ、でも人気だから厳しそう」
「今度のコンサートのチケットは開始数分で売り切れた」
「ゴウランガ、善行積んでブッダに祈っておく」
キラ☆ミキは手を振りながらバーから出ていった
「キラ☆ミキの曲を気に入ったって嘘でしょ」
「なんで?スゴイクールだった。ガンバッテ働いて今度のコンサート行く」
私はじっと見つめる。この胡乱な態度で確信した。フィルギアはキラ☆ミキの曲が嫌いだ。そして嫌いなのは曲だけであって、人格については好感を抱いているのは分かる。アイドルソングとロックだから趣味が合わず嫌いなのは理解できる。だかフィルギアが見せた感情はそれとは違う気がした。気になるが正直に答えないだろう。
◆
「はぁ」
閉店作業をしながらため息をつく、疲れた。アルパカだと思っている女社長とか喋る犬どもを相手にした時も疲れたがこれは別種の疲れだ。
「随分とお疲れだな、ジル」
「ボス。はい、フィルギアとずっと相手していたせいか、いつもより疲れて」
「あのロン毛か?今までジルが相手した客よりかは普通だと思ったが」
「私も胡乱だけど今までの酷い客よりマシだと思ったんですけど、何だか疲れて」
「何か圧が有るというか、ヒッピーっぽいのに」
ギルは言葉に小さく頷く。疲れたのはプレッシャーの一種によるものなのか。大物のような圧が有るとは思えないが、胡乱な相手を対応した気疲れだけでは説明できない疲労感がある。さらに今日は楽しかったから暫く通うと言って出ていった。それなりに金を払ってくれたので収入源としてはありがたいが、気が滅入る。
なので今日はチップを相場より請求しておいた。最初はチップを払おうともしなかったのでそれとなく伝えて払わせた。まあ迷惑料の一種だ。
「お先に失礼します」
「お疲れ」
閉店作業が終了し家路につく。今日の収支を見るとフィルギアのおかげでいつもより多い。さらに何かと理由をつけてくれるボスのボーナスも多い。ありがとうございます。
今日の売り上げ $3000
ミス なし
歩合 25%
今日の給料 $750
チップ $700
パーフェクトボーナス $500
何か大変だったようだな。これで気晴らししてくれ$600
今日の振り込み金額 $1950