「居なくなってたりして」
願望をこめた独り言を呟きながら仕事場に戻る。だが現実は甘くなくフィルギアはそこに居て、さらに隣には別の客が居た。
「いつ来たの?」
「こんばんはジル、今しがたにね。それよりまた挨拶を忘れてる。入ってくるところからやり直し」
このバーの常連であるアルマがそこに居た。彼女はドロシーと同じようにここで働いて出来た友人の1人だ。同世代で気も合ったのですぐに友人になった。そしてその友人から開口1番でダメ出しを受ける。アルマは結構礼儀に厳しい。
「ヒヒヒ、実際礼儀は大事」
フィルギアは怒られた同級生を眺めるような笑みを浮かべアルマも頷く。私はしぶしぶ店から出て入りなおす。
「いらっしゃいませ、いつ来たの?はい、これでいいでしょう」
「最後の一言が余計だけど、とりあえず合格」
「ありがとう、合格認定を貰えてうれしい」
軽口を叩きながらカウンターに向かいアルマを見据えながら問いかける。
「それで何でフィルギアの隣で飲んでるの?」
「彼氏と別れたから愚痴ろうと思ってきたらジルは休憩中で、その時にフィルギアに声を掛けられて奢ってもらっているわけ」
「どうせ一般的には彼氏と呼べる関係じゃない男でしょ。それでまさかだけど、人恋しいからってフィルギアと寝ようとしないよね?」
アルマがフィルギアに視線を向ける。あれはそこまで好感度が低くない男に見せる目線だ。そうなると寝る可能性は低くはない。アルマはビッチとは言わないがそういう女性だ。
「う~ん。話していても悪くはないし顔もイケメンだから、寝ても悪くはないかなって思ってる。私の好みのカクテルを当てられたのも縁を感じるし」
「そんなの偶々。それにこの男は無職でドラッグ常習者でSEXも下手だから別の男にしたほうがいい」
「随分詳しいのね。フィルギアとSEXしたの?」
「まさか!ドロシーがカクテルを飲む姿を見て下手と判断したから、それを信じただけ。とにかくこの男はダメ」
我ながらムキになっている。アルマの恋人じゃないのだから誰とSEXしようが自由だし友人でも干渉する権利はない。だがこの男はダメだ。うまく言葉にできないがこの男とSEXしたと思うと嫌な気分になる。
「分かった分かった。ごめんねフィルギア、私は性欲より女の友情を取るタイプなの、だから貴方とは寝ない。恨むならジルを恨んで」
「実際残念。もうちょっとジル=サンの心証を良くしておけば良かった」
アルマはウインクしながら告げフィルギアは残念そうな態度を見せる。それを見て無意識に胸をなでおろしていた。だがフィルギアは残念そうな態度を見せるが目には落胆の色が見えてない。アルマはともかくそこまで乗り気ではなかったようで、傷つけないように残念がったのだろう。アルマの性格からして魅力がないと言われるとちょっと傷つく可能性が有る。意外と気が利く。
「そういえば随分とフィルギアに詳しいけど、本当に寝てないの?」
「寝てない。詳しいのは昨日の開店から閉店間際までずっと居て、色々と聞かされたから」
「ふ~ん。しかしジルがここまで嫌がるのも珍しい。何か酷いことした?」
「何も。普通に喋ってたのにこの態度、傷つく」
小学生でもしないような泣きまねをしてアルマはあやす真似をしながら酷い女と小言を言う。どうやら2人は私を揶揄おうと息を合わしてきている。結構ウザい。
「アルマ=サンは何の仕事してるの?」
「セキュリティコンサルタント」
「意外。モデルかと思った」
「モデル?AV女優じゃなくて?」
「イヤイヤ。実際カッコイイ」
「その言葉で褒められたのは初めてかも。胸にも目線が行ってなかったし本心だと思ってあげる。ありがとう。でも寝ないから」
「もうそのつもりはなし。いくら寝られてもジル=サンに刺されたらヤダ」
アルマの自虐的な言葉をフィルギアは上手くいなす。ヒモをやっていたと言うだけあって女性の扱い方を心得ているようだ。これなら多少なりSEXが下手でもカバーできただろう。そして私は刺したりしない。
「それでセキュリティコンサルタントは表の顔、真の姿はハッカーとか?」
「ハッカーね。それだったら銀行をハッキングして今頃上層部の高級バーで上等なカクテルでも飲んでる」
アルマの眉が僅かに動き声のトーンが僅かに低くなる。これは図星で警戒心の現れだ。アルマはハッカーであるが。そのハッキング技術で私のボスの画像データを盗み見したり、過去のブログのデータを掘り起こしたりと悪行の限りを尽くしている。
だが万能ではない。以前冗談で口座でもハッキングしたらと言ったが、こいつ何言っているんだという目で見られ、個人では不可能だと言われた。
「怒らないで、ただ可能性の1つを言っただけ。治し方を知ることは壊し方を知る事だ。昔の知り合いが言ってた。厄介なカラテでそれを思い出しただけ」
フィルギアは敵意が無いとばかりに手で制す。アルマの話を聞く限りその図式は当てはまる。セキュリティを作る時も自分がハッカーならどう攻めるかと考えるらしい。それにハッカーを正式に雇ってセキュリティを作らせるということも有ったそうだ。しかし厄介なカラテとはどういう意味だ?
「ハッカーには結構世話になってさ。ここでもハッカーの知り合いを作っておこうかなって。でも違った。アルマ=サンがそんな犯罪するわけない」
「そう、私は遵法精神を持った一市民。だからこうして真面目に働いて、細やかな収入を得てここで飲んでいる。ねえジル。ブランディーニおかわり」
「それも奢りで、マジメなアルマ=サンを疑ったお詫び。オレも同じの」
「ありがとう」
アルマはいつもの声のトーンで注文する。ここまで目星をつけられたならハッカーですと言うと思ったが思ったより口が堅い。フィルギアに情報を売られるのを警戒しているのだろうか、だがセキュリティは万全らしく、以前ハッキング容疑で警察に逮捕されそうになったが証拠不十分で無罪となり、情報を売った人間にはきっちり報復したそうだ。
「それでフィルギアは何の仕事をしているの?」
「何だと思う?」
「ヒモ、クスリの売人、悪徳商法の営業、金持ちのボンボンで無職」
酷い言いようだ。一般的な男性には罵倒の部類に入るがこの男に限っては一部正解、または全て当たっているかもしれない。
「だいたいそんな感じ。ドロシー=サンもそうだけど、ここの人はみんな鋭い」
「鋭いって言うより、大体の人はそう答えると思う。胡散臭くて真っ当な職にはついてなさそうだもの。良くて芸能関係ってところ」
「なるほど、他人にはそう見えてる」
「ええ、ジルもそう思うでしょ?」
「うん、それを治さないと真っ当な人は良い印象は抱かないと思う」
アルマに乗じて厳しめな言葉を言っておく。滲み出てくる胡散臭さと胡乱さは明らかにマジメで普通の人間には出せない。だからこそこのバーに来たのかもしれない。客も脳だけの人間だったり、殺し屋だったりと普通じゃない客も訪れ、ボスやギルも結構普通ではない。
「厳しいね。でもジル=サンには嫌われたけど、ドロシー=サン、キラ☆ミキ=サン、ジェイミー=サンには嫌がられてないと思うけど」
「ドロシーは良い子だけど真っ当と言われると微妙なところだし、キラ☆ミキは芸能界で仕事しているからフィルギアみたいな人には馴れていると思うし、ジェイミーも職業柄馴れているから。だから貴方が真っ当な人と交流できるという証明にはならない」
「私はフィルギアのこと嫌いじゃないけど、真っ当じゃないってこと?」
「それは自分で考えて」
アルマの意地悪な言葉を軽く受け流す。アルマは比較的に真っ当だが変なところも有る。
「それで実際何をしているの?ヒモ?」
「とりあえずそれで」
「どんな女のヒモやってたの?」
「えっと、キャサリン=サン、ハミ=サン、キョウコ=サン…」
フィルギアは指を折りながら数えていく。指はあっという間に10本折れて、また指を開いていく。
「完全にアルマより上だ」
「私も人の事言える立場じゃないけど、多すぎない」
アルマも予想以上の数に若干引いている。かくいう私も引いている。
「そんな嫌な顔をしないで、皆に愛は注いだし、円満に別れたから」
2人の考えていることを先回りするように釈明を言い思わずアルマと視線が合う。確かに体が壊れるまで働かせたとか、ソープに沈めたとかいう想像はしていた。もしそうだったら今すぐにギルと交代したい。だが真偽を確かめる術はない。胡乱で胡散臭いがヒモとしての矜持とか善性を信じたい。
「円満ね。2股とかして刺されたりしなかったの?」
「そこはきっちり別れてからヒモをした。でも刺されそうになったことは有ったね。諸事情で土地から離れないといけなくなって別れた。シツレイがないように言葉を尽くしたけど帰り際に包丁でグサーって。ギリギリで避けた。アブなかった」
親指と人差し指に数センチ空間を作るジェスチャーを見せる。しかし全く怖がった様子は見せていない。ヒモならばそれぐらいの修羅場は日常茶飯事であり、護身術を身に着けているかもしれない。ヒモにはヒモの苦労はあるようだ。
「じゃあ、ヒモやっていて今までで1番好きな女はどんな人?写真とかない?」
アルマは頬杖を突きながら訪ねる。私は興味が無いがアルマには興味があるようだ。フィルギアは眼球を左上に動かし過去を振り返っている。それだけの人数なら思い出すのにも苦労するだろう。すると答えが決まったのかブランディーニを一口飲むと語り始めた。
「あれはずっとずっと昔、オレがニュービーだった頃に恋人が居てさ、その彼女が1番好きかな」
「ずっとずっと昔って何年前?まさか幼稚園の話?」
「そこまでは遡らない。まあとにかく若かった頃だよ」
「それでその恋人とは別れたの。理由は?」
「死別、事件に巻き込まれた。いや、あれは厄災、圧倒的な理不尽に巻き込まれた」
私とアルマは思わず息をのむ。こんな重い話になるとは思わなかった。その証拠にフィルギアが纏う空気に胡乱さと軽さはなく、重く神妙になっていた。
「ゴメン、そういうつもりじゃなかったけど」
「気にしない。逆に良い機会、こうやって時々思い出さないと彼女の事を忘れちゃう。なんたってずっとずっと昔の話だから、イヒヒヒヒ」
フィルギアは薄ら笑いを浮かべる。その雰囲気はいつもの胡乱さと軽さを纏っていた。もしかして何人ものヒモをやっているのはその彼女を求めているからかもしれない。そんな想像が頭に過った。
「ところで2人は仲が良さそうだけど、知り合ってどれくらい?」
「初めて来たのが6月ぐらいだから、半年ぐらいかな。今じゃ無二の親友」
「ユウジョウ!大切に!」
アルマは先程の空気を変えようと冗談ぽく言う。まあ親友じゃないにせよ友達とは思ってくれているようだ。私もそう思っているが、本人の口から言われると恥ずかしくそして嬉しい。
「フィルギアも友達とかには連絡してないの?ここに拉致られたんでしょ」
「ジル=サンにも聞かれたけど、ダイジョウブ。誰も心配してない」
「そう、でも意外に心配している人は居るもんよ」
「アリガト。それもジル=サンに言われた」
フィルギアはアルマの質問を受け流す。本当に居ないのだろうか?確かに胡乱で信用されなさそうだが、コミュニケーション能力はそれなりに有るし友達の1人や2人は居そうだが。むしろフィルギア自体が他者と友達になるようなコミュニケーションを避けているような気がする。
「ところでその首飾りいいわね。私は糊のきいたシャツにコーデされた服でビシッとキメているのが好きだけど、その首飾りはその服が合う」
アルマはフィルギアがつけている首飾りを指さす。羽の首飾りでインディアンがつけるような感じだ。確かにフィルギアの雰囲気とそのインディアンというスピリチュアルさがマッチしている。
「ワオ、褒められた。やった」
「あっそういえば。首飾り見て思い出したけど昨日ここでフクロウが現れたらしいよ」
「またその話?」
「またって?」
「いや、ギルが絡まれてるところにフクロウが現れて助けてくれたって言ってたから」
「そうなの?ライアン?」
「ああ、2人は半信半疑だが本当だ。今度鳥類に会ったら優しくすることに決めたよ」
ギルは名前を訂正することなく答える。口調から信じてもらえないと諦めているようだ。実際アルマもこの話を信じていなさそうだった。
「昨日は月がキレイだった、月にフクロウ、オカルティックだ。魔女でもいるのかな? 」
「その首飾りもそうだけど、フィルギアはオカルトを信じているの?」
何気なく尋ねる。フィクションでは魔女はフクロウを召使にし。そして満月は魔力が満ちている日と言われている。月とフクロウで魔女という単語が出るのはオカルトに詳しい人間と言うことだ。するとフィルギアは意味ありげに答えた
「ヒヒヒ、そうオカルトを信じてる。色々と関わっているから、2人はオカルトを信じてない?」
「ええ、ティーンエイジなら可愛いらしいで済むけど、大人になって信じているのはちょっとね」
アルマは冷ややかな目線で答える。これはフィルギアの好感度を下げたな。ハッカーという理論の世界に居るだけあって全く信じられないのだろう。確かにいい歳してオカルトを信じているのは世間の心証は良くない。
「ジル=サンも?」
「ええ、オカルトなんて存在しない」
「ホントに?」
フィルギアは再確認するようにのぞき込む。
「本当に」
「オーパーツも?」
「ええ」
「サイコメトリーも?」
「ええ」
「パイロキネシスも?」
「もちろん」
「オバケも?」
「…存在しない」
最後はアナのせいで言葉が詰まるが存在しない。催眠術もテレキネシスも透視も怪奇現象や超能力は全て嘘だ。
「なるほど。しかし随分詳しいね。もしかして昔は信じてたけど、その過去を否定している」
「そんなことない。これぐらい一般常識、そうでしょアルマ」
「そうなの?パイロキネシスって何?」
賛同してくれると思ったが反応は違っていた。過去に色々と調べたから知識として入っており誰もが知っていると思ったがそうではなかった。
「図星だ」
フィルギアは揶揄うように呟く。その態度はかなりムカついた。
「違う!それにオーパーツだって当時の技術でも再現可能だった。それに超能力もトリックだったと証明されているし、心霊写真も加工されたもの」
「確かに超能力の大概は紛い物だ。でも居るんだよ本物が。オレは実際見てきた。オカルトは存在する」
「じゃあ、連れて来てよ。今すぐ」
「残念こっちにはいない」
「何それ!」
語気が荒くなっている。興奮しながらも冷静な部分の自分が分析する。本当はオカルトを信じているんではないのか?アナが最たる証明だ。だからムキになって否定しようとしている。何より押し込めたはずの子供の自分が信じたがっている。そんなことはない。オカルトなんて存在しない。私はおかしくなっていない。
「おい、一旦落ち着け」
いつの間にギルの手が私の肩に置かれていた。周りも見るとアルマが驚いた表情も見せ、ボスもオフィスから出てこちらを見ている。オフィスから聞こえるほど大声を出していたのか。熱くなりすぎだ。
「大丈夫、もう落ち着いた」
「どうしたの?あの日?もしくは更年期?」
「両方違うから」
アルマが軽口に軽く突っ込む。少しだけ取り乱してしまったがこうやって茶化してくれると助かる。
「フィルギアもゴメン。ムキになって」
「こっちも気にしてない」
フィルギアにも謝っておく。これではヒステリーを起こした女だ。一応フィルギアの態度も取り乱した原因の一つでもあるが、それで怒れば難癖レベルなので堪える。
それからはアルマとフィルギアは閉店まで飲み続け帰っていった。帰りはギルがアルマを見送った。アルマがフィルギアに何かされないようにボディーガードとして駆り出した。最初にアルマがフィルギアに抱かれるのが嫌と言ったので、それに気を遣ってくれたのだろう。まあギルならアルマを送り届けてくれるだろう。
「さっきはどうした?もしかして過去絡みの重い悩みか?」
「まあ過去といえば過去絡みですが、重い悩みでは無いです。ですからドロシーのハグとかも要りません」
「私のもか?」
「…いりません」
一瞬悩んで断っておく。役得ではあるが甘えるわけにはいかない。
「もしかしてフィルギアのせいか?アイツがジルの神経を逆撫でさせたのか?ならば出禁だ」
「いや、確かに胡乱で神経を逆撫でさせられますが、そこまででは。それに出禁にしたらもったいない。来てもらい続けてバーと私に金を落としてもらいましょう」
「そうか、とにかく何か有ったら相談しろ」
「はい、レノアの件で私には相談できる友達が居る事を知りましたから」
「分かった」
そう言うとボスは私の頭を撫でた。ヤバイ!嬉しさと動揺と興奮でどうにかなりそうだ!何とか心を落ち着かせてボスの頭を撫で終わるのを耐えた。
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