時計を見ると12時半を指していた。私にしては珍しく早起きだ。
昨日帰った後晩酌で缶ビールを1、2、3、4、5。何故かこたつの上に積み重なった空き缶を見て飲んだ本数を確認する。この時間まで形が残っているのは珍しい。前に気まぐれで積み重ねた空き缶タワーはフォアによって容赦なくなぎ倒された。5本程度の高さじゃなぎ倒す価値もないという事か。
そしてこれだけ飲めばこんな早くから起きられないのだが、今日は不思議と起きられた。空き缶タワーを見つめながら振り返る。
昨日はちょっとした出来事の積み重ねでオカルトについての嫌な記憶を思い出し、少しだけ爆発してしまった。今まではオカルトについては甘酸っぱい思い出程度で治めていたが最近になって私の心を乱す。
何時からだろう?アナが出現するようになってから?アルマに過去のブログを発掘されてから?それも有るだろうが切っ掛けにすぎない。導火線になったのはフィルギアが現れてからだ。
あの胡乱さは物凄く良く言えば神秘的でオカルティックな雰囲気と言える。それがオカルトに関する感情を刺激したのだろう。
そういえばフィルギアが現れてからアナが現れていない。以前は仕事中にも現れてめんどくさかったのに、寂しいとは言わないが少しだけ拍子抜け感がある。
とりあえず明日は休みだ。ガビィとでも気晴らしでもしようかと電話を取ろうとした時に丁度電話が鳴った。相手はそのガビィだ。
「もしもしジル。今大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
「明日そっちに行っていい?気晴らしというか色々と相談したいことがあって」
「奇遇、私も色々あってガビィと気晴らししたいと思っていたところ」
「わかった。じゃあ明日9時ぐらいに行くから」
「12時で」
「12時じゃ遊ぶ時間減っちゃうよ。もっと早起きしなよ」
「夜型には12時でも充分早起きなんだ。それで勘弁して」
「分かった。12時にそっちに行くから、じゃあ明日ね」
「うん、また明日」
ガビィは若干ため息交じりで電話を切る。学校に通う年代の子供には12時まで寝ないとダメという習性を理解できないだろう。だが夜型の人間はそういうものだ。むしろ私はまだマシな部類だ。中には昼夜が完全に逆転している人もいる。
ちょっと早起きしたので出勤時間まで時間が有る。昼食を摂り偶にやる部屋の掃除をおこなって時間を潰し、残り時間はシャイニングフィンガードの会員費の引き落としも無事に完了したのでさっそく活用しようと思ったが、思いとどまる。
ガビィの声を聞いたせいか自分を慰めるのは気が引ける。でも年頃だし性教育も受けて慰めたりしているのだろう。あの小さかったガビィが、時が流れるのは早い。
明日会った時何をオカズにしているとかそれとなく聞いてみよう。ガビィは動揺して嫌うかもしれないが猥談も仲良くなるためには重要だ。レノアともそういう話は散々やったし。
結局昨日と同じようにネットで時間を潰すことにした。まずはオーグメンテッドアイを見る。
テクノロジーが生んだ悲劇
By ラナ・スミシー
ゴロシサンカンパニーが開発した翻訳機、犬が人間の言葉を理解でき、犬の言葉を人間の言葉に翻訳でき、それは愛犬家にとって夢の発明品であったが思わぬ欠陥があった。
あんなに愛情を注いだのに彼らは愛に応えてくれない。これなら買うんじゃなかった!
カート・テイラー 36歳
インタビューに応じたカートは悲し気に答えた。翻訳機を通して発せられた声はカートの心を切り裂いた。
『臭い』『ここに住みたくない』『消えろ』
最初は翻訳機の故障と思い修理を頼んだが故障は見当たらず、翻訳機をつけてからも飼い犬はネガティブな言葉を発し続けた。犬たちは誰もが飼い犬を好きではない。その事実を翻訳機を通して知ってしまったのだ。
ネガティブな言葉を発しない翻訳機もあるが、通常の物と比べて遥かに高くごく一部しか購入できない。ならば買わなければいいと思うが、飼い犬と言葉を通じてコミュニケーションをとるのは愛犬家の夢であり、自分の飼い犬はそんなわけがないと思い購入していく。
『ボクにはその機械つけないの』
「お互いプライバシーは尊重しないと」
それ以降は特に目に付くような記事は無かったのでDANGERU/U/を開いてザッピングする。
オレの頭がおかしくなった可能性が有る件
Ι なあ聞いてくれ、俺イカレちまったかもしれない
Ι 自分語りは日記帳でやれメンヘラ
Ι グリッチシティに住んでいるだけど、起きてから空の上に金色の立方体が見えるんだよ
Ι ウソ乙
Ι ウソじゃねえ。うっすらだけど見えるんだよ
Ι 実はオレも薄っすら見える。幻覚かと思ったけど見える奴が居て安心した
Ι お前もか、何かが起こる前触れかな?正直怖い
Ι 2人とも精神科行け
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またオカルトだ、何でグリッチシティの話題を話すローカル掲示板でこういう話をする。するならオカルト掲示板でしてくれ、なんでこうオカルト系の話がまとわりつく。私はサイトを閉じるとフォアを抱きかかえ窓の外を見つめる。
「フォア、金色の立方体見える?」
『立方体よりボールのほうが好きかな』
私にも見えないしフォアも見えているような素振りを見せない。猫や犬は人間より霊感的なものが敏感という話を聞く。フォアも飼い猫で野生を失ったとしても猫は猫だ。見えないなら人間にも見えない。よって気のせい。スレ主と反応した奴は幻覚を見ているだけ。そう結論付けた。それからはモデル戦士ジュリアンのゲームで暇をつぶしバーに向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
「おっす」
「どうしたJ。気になる事でもあるのか?」
いつも通りギルとボスに挨拶して、そして最近は採用された一匹の犬が声をかけてくる。これはイカ柴。名前はボスの命名である。一応パートタイマーとして雇われ自身が所属する組織CIRA(犬種独立救済協会)に所属し、同協会の資金援助のため働いている。組織の理念は立派だが、肝心のイカ柴はハッキリ言えば役立たずだ。
「一応犬だし聞いておくか。来る途中空の上に金色の立方体…四角い箱みたいなの見えなかった」
「箱?オレっちはボールのほうが好きだ!だが資金不足でボールも買えない」
「ボスは見ませんでしたか?」
「いや、見えなかった。それがどうした?」
「えっとガビィの友達がグリッチシティに住んでいて、空の上に黄金の立方体が見えるらしくて、病気じゃないかと疑っているようで」
「他の人も見えたら個人差、自分だけ見えたら異常だということか」
「そんな感じです」
架空上の人物を作り上げボスに言い訳する。出勤途中も何となく空を見上げてしまうぐらいに気になっていたので、思い切ってボスとイカ柴に訊いてみた。これで2匹と2人が見えないことが判明した。やはりあれはデタラメだ。
「ジル、悩みごとは解決したか?」
「いや、まだです」
「そういう時は気晴らしするのがいい」
「私もそう思って明日はガビィと出かけることにしました」
「そうか、暇だったら仕事前まで遊ぶかと誘うつもりだったが、それなら仕方がない」
ならボスも一緒に行きましょう。というワードが頭に思い浮かんだが言葉を発する前に話は終わりとばかりにボスはオフィスに向かっていた。
判断が遅れた。まあガビィがボスと一緒に行動するのを嫌がるかもしれないし、これで良かった。後ろ髪を僅かばかし引かれながら開店の準備を始める。
「一日を変え、一生を変えるカクテルを!」
いつも通りの掛け声を発しカウンターに立つ。明日はどこに行こうか、フィルギアが金を落としてくれたおかげで少しだけ懐に余裕がある。これならブラブラした後にガビィにちょっとだけ値が張るプレゼントを買えるかもしれない。すると開店から30秒後に扉が開いた。
希望を捨て諦めればその分落胆も少なくショックも小さい。フィルギアだ。昨日と同じ服装と昨日は持っていなかったショルダーバッグを抱えながら入店してきた。
「ドーモ」
「どーも、最速記録更新か」
「それはジル=サンと1秒でも一緒に過ごしたいから」
「ありがとう。チップを弾んでくれたらもっと嬉しい」
「それはジル=サン次第」
「そのショルダーバッグは?」
「秘密。気になる?」
「そこまで、変なものでなければ何を持っていようが自由だから」
結構重そうだから少しだけ気になったが答えなければ訊くほどの興味はない。まあ銃火器や麻薬など警察に疑われるようなものでなければ問題ない。
「おう新入りか。楽しんでけよ」
イカ柴が声をかける。フィルギアは一旦イカ柴を見た後私に視線を向ける、誰の声か分からなかったのだろう。私はイカ柴を見てフィルギアの視線を誘導させ声の主を分からせる。
「ビックリだ。犬が喋ってる。喋る犬を見たのはいつ以来?グリッチシティの犬はここまで進化したのか」
「正確には進化したのは犬ではなく機械、翻訳機で人の言葉を犬用に翻訳して、犬の言葉を人の言葉に変換している」
「スゴイね。ドーモ、ハジメマシテ、フィルギアです」
「おう、イカ柴だ。よろしくなフィ」
フィルギアはいつも通り頭を下げ、イカ柴は胸を張りながら応じる
「イカ柴=サンはボスのペット?」
「違う!俺っちは正式に雇われた従業員だ。ここで働き同胞の生活の為に金を稼いでいる!」
「ゴウランガ。実際リスペクト」
「そうだろ」
イカ柴は舌を出しながら嬉しそうに答える。まあ確かに偉いと思う。世間的にはヒモか無職か怪しい仕事をしているフィルギアよりは世間体としては良いだろう。
「そうだ。そのバッグの中身が何か匂いを嗅いで調べて」
「それは業務範囲外だ」
「犬ならできるでしょ。ボスにボーナスを掛け合ってあげるから」
「分かった!」
説得に応じてバッグの匂いをクンクンと嗅ぎ始める。危険物ではないと思うが念のためだ。この男の事だからドラッグを持っており、バーで飲んだ後取引したとしても不思議ではない。もし薬物だったらボスに相談しよう。最近では薬物取引の場所としてバーを使われ、その煽りで系列店が閉鎖されている。此処も閉鎖するのは決定済みだが、ドラッグを切っ掛けに今すぐ閉鎖させられたら困る。
「それでどう?鉄の匂いとか火薬の匂いとか変な匂いはした?」
「してない。これはあれだ……紙の匂いだ」
紙の匂い、雑誌か何かだろうか?まあそれなら問題ない。
「おうフィ、ここはバーだぜ。何か注文しな」
「これは悪い。イカ柴=サンのおススメは?」
「ラム酒だな」
「じゃあ、それで」
「J!ラム酒だ!」
「分かった」
さり気なく1番高いボトル系のカクテルを勧めてきた。今までは碌に仕事をしないが今日はしっかり仕事をしている。ボスの研修の成果か?それとも高い注文をとるとマージンが入るのか?
さらに前足を伸ばし手の平を見せている。この犬チップを請求しているのか?私に直接注文すればいいのを勝手に注文を聞いて私に伝えるだけでチップを請求するのか。
フィルギアは意味を理解し半笑いを浮かべながら紙幣を渡す。イカ柴は受け取ると一仕事終わったとばかりにボスのところに報告に向かった。
「ラム酒です」
「アリガト」
「はあ、あれだけチップ貰えるだなんて、犬が羨ましいかも」
「ヒヒヒ、犬も案外楽じゃない。やっぱり人間が1番」
「犬になったことあるの?」
「まあね」
犬になったとはそういうプレイでもしたのだろう。真面目に受け止めず受け流す。
「しかし人の言葉が分かり犬が喋れるようになるテック。飼い主には夢のような機械だ」
「実はそうでもないみたい」
「ナンデ?」
「もし飼い犬に死ねと言われたらショックでしょ。昔はそんな敵意を知ることがなかった。でも翻訳機のせいで知ることができてしまう」
「なるほど、それはツライ」
「人と動物はしっかりと意思疎通ができないから良好な関係を築けた面もあるから。勿論翻訳機があったおかげで飼い犬が自分のことを愛してくれることが分かり、幸せに生活できた人もいる」
「ヒヒヒ、ムズカシイ。ジル=サンならどうする?飼い犬を飼っていたら翻訳機をつける?」
「高すぎて買うことができないから、その事について悩む必要はない」
「それはよかった」
「ええ、本当に良かった」
もしフォアに嫌いと言われたら自殺はしないがかなり凹むだろう。想像しただけで身の毛がよだつ。
「ねえ、これは友人から聞いた話なんだけど、今日空の上に金色の立方体が見えたらしいけど、フィルギアは見えた?」
話題を変えようと喋ったが思わぬ事を口にしてしまいハッとしてしまう。こんなオカルト話をこんな胡乱な男に訊くなんて、どうせ見えたと言うに決まっている。この男の意見は参考にならないはずなのに。するとフィルギアは目を僅かに見開き興味深そうに見つめる。
「ジル=サンは見えた?」
「聞いているのは私。質問に質問で返さないで」
「ヒヒヒ、バッチリ見えた。あれは黄金立方体。このバーにも縁があるもの」
予想通りの答えが返ってきた。黄金立方体とヴァルハラは縁が有る?どうせ意味深なことを言って揶揄おうとしているだけだ。
「いらっしゃいませ」
私は意識的にフィルギアから目を逸らそうと来店者に意識を向ける。緑色のショートヘアーの女性、彼女はセイ、最近足を運ぶようになってくれた常連だ。
「こんばんはジル」
「こんばんはセイ、今日は1人?」
「ううん。ステラと2人で。久しぶりに時間が出来たからここで飲もうって」
セイは世間話をしながら席につき隣のフィルギアをチラリと見た。
「ドーモ、ハジメマシテ、フィルギアです」
「はじめまして、フィルギア。私はセイ」
「よかったら話さない?一杯奢るよ」
「いいよ。でも奢るのはいらないから。ブルーフェアリー1つ」
「じゃあ、オレもそれ1つ」
フィルギアはいつも通り初対面の人間に話しかける。だが珍しく相手が奢りを受け取らなかった。ステラも言っていたがセイは特別扱いや施しを嫌う。私も奢ろうかと言ったら丁重に断られた。
「ところで、その恰好で寒くない?初めて来た時はコート無くてこの格好だったから、寒くて寒くて」
フィルギアは自分の両腕を摩る動作をする。セイの恰好はタンクトップに近い。夏ならともかくこの季節には寒すぎる。
「別に寒くないよ。筋肉質だし鍛えているからその分代謝が多いから寒くないのかも」
「確かに、クローンヤクザぐらいなら倒せそう」
「クローンヤクザ?何それ?」
「まあ悪い奴。ザッケンナコラー!って叫んでモータルにはおっかない。ギャングみたいなもん」
「ギャングなら倒した事あるよ。といっても訓練を受けてないし弱かったけど」
さらりと倒し弱かったと言っているがセイ基準であって、普通の人にとってはヤバイのには変わりはない。この場に居る人物で倒せるとしたらボスぐらいだろう。
「
「スゴイね。セイ=サンだったらボトルネックカットチョップできるかも」
「ボトルネックカットチョップ?」
「こうやって、チョップで瓶を切る。オレの時は瓶が無くてバンブーだったけど」
フィルギアはチョップを横に振る動作を見せる。あれでボトルネックの部分を切るのか。でも刃物ならともかく素手で切るなんてできるのか?
「なんだ、瓶切りの話をしているのか」
するとボスがこちらに近づいてくる。オフィスから今の話を聞いていたようだ。相変わらずの地獄耳だ。
「瓶切りできるとカッコイイぞ。これが出来れば1流のカラテマスターと言われている。私もリングに上がる前の余興でやったが結構盛り上がった」
「余興か、去年のメガクリスマスパーティーの時何かやれって言われて困ったしな。できたほうがいいかも」
「なんならコツを教えよう」
「はい、お願いします」
「じゃあ、裏口でやるか。こっちだ」
「はい」
「ヒヒヒ、オレも見学」
セイとフィルギアがボスの後についていき裏口に向かって行く。目の前には客が居なくなる。
「ギル、客いないし私も休憩行っていい?」
「いいぞ、でも忙しくなったら呼ぶから」
「分かった」
私もタバコを片手に裏口に向かった。