「スゴイカラテだった。まさかの支え無しのボトルネックカットチョップ。ワザマエ」
「デイナには敵わないよ。瓶切りした後返しの肘で瓶に穴開けるなんて。でもフィルギアも支えありでできたね。結構鍛えているんだ」
「あれは普通の男が力いっぱいチョップすればできるもん」
「そうなんだ。骨とか大丈夫?ちょっと見せて」
フィルギアとセイが入り口から入ってくる。ボスは割った瓶の清掃をしているところだ。いくら裏口でも破片を放置するのは危ない。
しかしボスは凄かった。与太話のような武勇伝も真実味が帯びてくる。支え無し、頭に瓶を置いて行う瓶切りで固定されていないぶんチョップのスピードが必要で難易度が高い。ちなみに土台はフィルギアの頭で行った。
ボスは支え無しで瓶切りを達成しチョップの腕が見えない程のスピードだった。何より友達と遊んでいるようなボスの笑顔がキュートで印象的だった。
そしてセイも同じく支え無しで瓶切りを成功させる。ボスは義手だがセイは生身だ。硬さなどを考えればセイのほうが難易度は高かったのかもしれない。
さらにフィルギアも瓶の底を手で支える、支えありで瓶切りを達成した。私もフィルギアができるならとちょっとだけやってみたが、あれは無理だ、硬すぎる。全力でやれば骨が折れる。フィルギアを少しだけ見直した。
「セイ=サン、今日空の上に黄金立方体見えた?」
「黄金立方体?何それ?」
「いや、今日になって黄金立方体が見え始めた。頭がイカレちまったのか?なら人に訊こう。オレだけ見えるなら頭がおかしくなった。他の人が見えたら安心できる」
フィルギアは質問しながらセイに気づかれないように目配せを送る。まるで気を利かせて聞いてやったぜと言わんばかりだ。余計なお世話だ。
「私は見えない。それって霊的な物?それだったら霊感無いし見えない」
「まあ、そんなもの。セイ=サンは幽霊は信じる?」
「何とも言えない。でも天国と地獄の存在は信じたいな」
「ナンデ?」
「だってそれだったら悪い事して良い目にあう人が得だし、良い事をして損する人が報われない」
天国と地獄か、中学生時代はよく考えたものだ。セイは天国に行けるだろう、私はどうだろう。犯罪に手を染めていないが清廉潔白に生きていたとは到底言えない。
「確かにそうだ。メガコーポの人間はジゴクに行ってもらわないと割に合わない。セイ=サンは天国に行けそう」
「どうだろう。決める人の匙加減だし、虫を殺しちゃダメだったら一杯殺しているし地獄行き。フィルギアはどう?」
「ヒヒヒ、誰が見てもジゴク行きさ」
「そんな悪い事してるんだ。意外…ではないかな。でも前職ならともかく。今はとやかく言うつもりはないよ」
「セイ=サンの前職はマッポ。今の仕事は?」
「まあ前職はホワイトナイト、今はボディーガード見習いかな」
「ホワイトナイト?どんな仕事?」
「大まかにいえば警察みたいなもの。もしかして外の人?」
「そう、グリッチシティに来て3日目、日々勉強中、ここでセイ=サンと話すのも勉強。それで何故マッポを辞めたの?」
私はその話題を終わらせようと喋ろうとする。この話題はセイにとっては辛い話題だ。初対面の人間が掘り返していい話題ではない。だがセイは手で制した。
「ちょっとね。信じて人に裏切られて死にかけて組織は腐敗しきっていた。ここでは誰かを手助けすることができない。だから辞めた」
「ヒヒヒ、メガコーポが牛耳っている街の治安機構なんてどこも同じか、マジメな奴ほど損する」
「フィルギアが住んでいた街もそうだったの?」
「以前居た場所はそうだったよ。完全な管理社会、あれは嫌だ」
「それで逃げてきた。でもここも変わらないよ」
「まあ結局管理社会は打ち砕かれた。抑え込まれたモータルの感情が爆発、ケオス、あれは良かった」
フィルギアはその光景を思い出しているのか笑みを浮かべる。確かに抑圧は解放に繋がる。そうやって大きな力が打倒されるのは歴史が証明してきた。だがグリッジシティの抑圧は強力だ。ホワイトナイトが解体されても支配力は依然変わらない。
大半の人間は個人の問題で頭がいっぱいで体制を打倒しようと思わない。それに財閥コーポレーションを打倒しても、また同じような企業が台頭する。切りがない事を知っている。
「そのセイ=サンが守っている人はどんな人?」
「私の友達。そろそろ来ると思うよ」
その言葉と同時に扉が開く。赤髪の縦ロールにキャットブーマの証でもある猫耳のような突起物。彼女がセイのガードするクライアントであり親友であるステラだ。ステラはセイを見つけるとこちらに向かいセイの隣に座った。
「こんばんはジル」
「いらっしゃいませ、ようこそヴァルハラへ」
「すまない、会議が長引いて来るのが遅れた」
「いいよ。ジルとフィルギアと話したり、瓶切りを習得したりしていたから待った気がしない」
「フィルギア?」
「ドーモ、ハジメマシテ、フィルギアです」
「ステラだ」
フィルギアはセイを挟んでいつものように挨拶し、ステラも同じように頭を下げて値踏みするように観察する。その表情を見たらすぐ分かる。ステラはフィルギアが好きではない。きっと上層部にもこんな感じの胡乱な奴が居るのだろう。その判断は正しい。
「ジル、ブリーディングジェインを1つ」
「私も」
「オレも」
「ブリーディングジェイン3つ。かしこまりました」
オーダーを受けてカクテルを作る。同じカクテル3つはやりやすい。ほぼ手癖で作りながらフィルギアとステラの会話に聞き耳を立てる。
「ステラ=サンがセイ=サンのボディーガード対象?」
「そうだ。まだ研修中だから見習いみたいなものだ」
「ボディーガードされるってことは偉い人?」
「私は偉くはないが父が企業の社長で力が有る。私も父の手伝いをしているので狙われることもある」
「カチグミ」
「カチグミ。確かジャパンの古い言葉だったな。挨拶の仕方といいジャパン出身か?」
「そう。日本生まれ。しかしカチグミも大変だよね。暴力、恐喝、ハニートラップ。皆がお互いに足を引っ張り合うフクマデン」
「その通りだ。敵対企業があの手この手で足を引っ張ってくる。同じ企業の中でも上のポストに就こうと内部工作を行ってくる。私は社長の子供だから風当たりは強い。結果を出し続けなければならない」
「ミスをすればケジメ、部下がミスをすればケジメ。やってられない」
「ケジメとは?」
「指をこうスパッと。大概の偉い人は指の2本や3本はケジメしている。タイヘンだ。ドロップアウトしてよかった」
フィルギアはヘラヘラと笑いながらナイフで指を切り落とすジェスチャーをする。それを見て思わず顔を引き攣らせる。日本のエリートはそんなことをしているのか?蛮族の集まりか?
「ところでステラ、仕事の調子はどう?」
「ああ、年始もあって忙しい。でもキラ☆ミキのライブには何とか行けそうだ」
嫌な話題になっていたのでカクテルを出しながら話題を変える。ステラもその話題に乗っかり話題を変えられた。
「ライブの為に曲の復習をしているのだが、時間が足りない。ジルもライブを楽しむなら曲を聴きこんだほうがいい」
「ええ、なのでCD借りて聞きこんでいます。セイはどう?」
「私も車内とかで曲が流れているし、ステラからも借りているから大概の曲はイントロ聞けばどの曲か分かる」
「しかしライブまであと少し、楽しみだな」
「最近のステラはいつもそれ、もう口癖だね。日曜日に遊園地に遊びに行く小学生みたい」
セイの言葉に思わず頷く。突起物はピョコピョコ動き全身から楽しみという感情が溢れているその姿はまさにそれだ。人は年を取る分そういった感情は薄れていくのだが、年甲斐も無くワクワクしている。それだけキラ☆ミキの音楽は凄いということだ。実は私も結構楽しみである。
「否定はしない、日が迫るごとにワクワクが止まらない。それと同時に不安もある」
「不安?」
「アンコールライブへのハードルは人生で最も高くなっていると言っても過言ではない。キラ☆ミキの音楽は好きだし素晴らしい。だが、このハードルを越えられなかったらと思うとな」
その気持ちは分かる。人は物事に対して期待のハードルを設定する。例え素晴らしい物でもそのハードルを越えなければ満足いかない。逆にハードルをかなり低く設定してそれをちょっと超えれば、平均として微妙な物でも満足してしまう。それだけハードル設定は重要だ。
「大丈夫だと思う。キラ☆ミキは何回見ても楽しめるようなライブにしたいって言っていたから、そこらへんは考慮していると思う。さらにステラは初めての生ライブでしょ。経験者が設定したハードルを越えられるようなライブなら、ステラのハードルも超えてくれる」
「それもそうだな。杞憂だな」
「そういえば一昨日キラ☆ミキ=サン此処に来たよ」
今まで会話を参加していなかったフィルギアがポツリと呟く。それを聞いてステラは目を見開き勢いよくフィルギアに首を振る。
「本当か!?」
「ホント、飲んでいたらふらっと来た。面白いウキ…リリムだった」
「何で私が会えなくて、こいつが会える!」
ステラはカウンターを叩きセイが宥める。こいつ呼ばわりでステラがフィルギアに対しての感情が改めて読み取れた。こいつ呼ばわりは結構失礼だが、言わないようにする常識と社会性をステラは持っている。それ程までに動揺しているということだ。
フィルギアめ、余計な事を言ったな、この話題を出せばステラが悔しがるのは目に見えていた。だから聞かれない限りは言わないと決めていたのに、自ら話を振ってしまった。抗議の意味を込めてフィルギアを軽く睨む。
「それでどんな話をした?」
「世間話、音楽の話をして、プロデュースしてって誘われた」
「してって、まさかキラ☆ミキを…」
「違う。フィルギアは昔プロデューサーみたいなことをしていて、キラ☆ミキとは違うジャンルの音楽畑で、フィルギアがプロデューサーになれば、キラ☆ミキの音楽でも幸せにできない音楽のジャンルの人も幸せにできるかもって言っていただけ」
「そうか、そういうことか」
ステラは胸を撫で下ろす。キラ☆ミキがフィルギアに自分のプロデューサーになってと言ったと勘違いしたのだろう。まあこんな胡乱な男がキラ☆ミキのプロデューサーになったとしたらファンは卒倒するだろう。
いつものステラならそんな結論に辿り着かないのだが今は冷静さに欠いている。さらにフィルギアは意図的に言葉を抜いて勘違いさせようとしたので思わず言葉を足して事実を補足しておいた。
「もしかしてジルみたいにチケットを貰ってはいないだろうな?」
ステラはフィルギアに顔を近づけさせ問い詰める。それを見て心が少し痛む。長年のファンを差し置いてファンでもない人が入手困難なチケットを本人から貰ったと聞けば良くは思わないに決まっている。
「残念ながら貰えなかった。ガンバッテ手に入れてねって」
「そうか」
「良い曲だったから、ライブで聞きたかった。残念」
「嘘をつくな」
ステラの声がワントーン低くなり、セイは思わずステラを見る。私の直感だがフィルギアはキラ☆ミキの曲が好きではない。ステラもそれを感じ取ったのだろう。
「私がキラ☆ミキが好きだから話を合わせたのか?それならいらぬ世話だ。好きでない者を排他するほど狭量ではない。それより何故嫌いと言わない。議論するのが怖いのか?持論が論破されるほどの脆弱な主義主張しかないのか?」
煽るようにフィルギアに言う。多少なりフィルギアに対する個人的感情が含まれているがこれがステラのスタンスだ。
ステラはきちんと議論できる賢い人だ。しっかりとした主義主張を持ち意見をぶつけ合わせることができ、終われば恨みを持たず相手と握手できるよう大人だ。だがそんなことをできる人は少ない。
しかもここは下層のバーだ、酒も入れば感情論のぶつけ合いになることは必至だ。ヘラヘラ笑って受け流すか、きちんと議論するのか、感情論の言い合いになるのかフィルギアはどう出るか少しだけ興味がある。
「ヒヒヒ、悪いね。オレはキラ☆ミキ=サンの音楽は好きじゃない」
「何故だ?」
「第一にキラ☆ミキ=サンの事を心底嫌っているわけじゃない。キラ☆ミキ=サンは良い人だったしファンへの対応も良いのも分かる。それに技術も高いしステラ=サンが魅了されるのも理解できる」
「そうだな、ジルも良い人だと言っていたし、曲に関しても専門家も評価している。それで高く評価しているようだが、何故好きではない?」
「う~ん、一言で言うなら音楽性の違い。いや種族性の違い」
「どういうことだ?リリムだから嫌いというわけなのか?」
「そこまでレイシストじゃない。ただ、グリッチシティのリリムのシステムが変わらない限り、どのリリムが歌おうがその音楽は好きになれない」
「もう少し詳しく言ってくれ」
「残念。オレが言えるのはここまで、それ以上はプライバシーの問題。それに言っても誰も理解できない」
表情は笑っているが目は笑っていなかった。その雰囲気にステラは踏み込むことができない。誰も理解できないという言葉には悲哀が帯びていた。
するとステラがポケットから携帯端末を取り出し席を外す。声を聞く限り急用が入ったようだ。
「すまないジル。急用が入った。セイもついてきてくれ」
「分かった」
2人は支払いを済ませると慌ただしく店を出ていく。これで客はフィルギアだけになった。
「意外だった」
「何が?」
「ステラに議論を持ちかけられた時、どうせヘラヘラ笑って流すと思っていた」
「いつもは逃げるさ、議論なんて疲れるだけだしマジメな奴だけがやってくれ。でもあの時はそんな気分だった。酒のせいかな?でも最後は濁した」
照れ隠しのようにブリーディングジェインを飲み干す。フィルギアが言うリリムのシステムが変わらない限り好きになれないとはどういう意味だろうか?
キラ☆ミキを筆頭に今のリリムは人間とそう変わらない。それでも機械と人間では微妙な差異があって、それが気に入らないのだろうか?
それからフィルギアはいつも通り居座り続け、客はフィルギア1人だけになった。
「フィルギア、そろそろクローズするから」
「ジル=サンにお願いがあるけど、いい?」
「とりあえず話して」
「実は今日でこの街から出ていく」
「急ね。暫く滞在するんじゃなかったっけ?」
「そうするつもりだったけど、今日を逃すと当分帰れなくなる。それでお願いは最後の思い出にジル=サンと一緒に酒を飲んでお喋りしたい」
これは意外な誘いだ。男と一緒に飲もうと言われたのはいつ以来だろう?だが明日はガビィと一緒に出掛ける予定が有るので寝過ごしたくはないし、さっさとクローズして閉店作業したいというのが本音だ。その思考を読んだかのように言葉を続ける。
「胡散臭い男と飲みたくない。ワカル、だから奥ゆかしくないけどアフター料として全財産をプレゼント」
「全財産?正気?」
「ここの金は出てしまえば使えないし、持っていてもゴミになる。それなら使ったほうが合理的」
「全財産ってバクチで当てた。確か30万$だっけ?」
「色々あって3000万$に増えた。それがこのショルダーバッグに入っている」
「3000万!?」
思わず声を上げてしまう。桁が2つも違う!これを手に入れたらどれだけ生活が楽になるか、だが上手い話には裏がある。思わぬリスクを抱え込む羽目になるのではないだろうか?どうする?
「ちょっとボスに相談してくる」
「どうぞ」
フィルギアはオフィスに手を向けて促されるままに向かう。
「どうした?閉店作業はまだ終わってないみたいだぞ」
「ボスに相談があります」
「何だ?」
「フィルギアが最後の思い出として私と飲みたいと言っているんです」
「ほう、あの男ジルと寝るつもりか、私は許さんがジルの意志を尊重する」
「別に寝るつもりはありません。まあチップを上乗せすると言っていて、それなら酒に付き合うぐらいならと思うんですが、額が額なんですよ」
「何ドルだ?」
「3000万です」
「怪しいな、尋問してくる」
そう言うとボスはオフィスを飛び出し、フィルギアを睨みつけるようにしながら尋問を始めた。ボスのように地獄耳じゃないから会話の内容が聞こえない。暫く質問が続きオフィスに戻ってきた。
「金は真っ当なものだ。少なくともどこぞのマフィアから奪って、それを回収しにジルの元にマフィアが来ると言う事はない。結論は貰えるものは貰っておけだ」
「ボスがそう言うなら信じます」
「それで付き合うのか?」
「まあ条件付きで」
「ならアタシも同行する。ジルがあの男に持ち帰ろうとするならば全力で阻止する。ジルが誰と寝ようが構わんがあの男だけはダメだ」
「プッ」
ボスの言葉に思わず吹き出す。ボスの言った言葉はアルマに言った言葉と全く同じだった。
「どうした?」
「いや、ボスと同じ気持ちなのがおかしくて。分かりました。じゃあ付き添いお願いします」
「任せろ」
ボスはサムズアップポーズを決める。そして私はフィルギアの元に向かう。
「いいよ。条件付きで付き合ってあげる」
「アリガト、それで条件は何?」
「嘘を一切つかないこと。真実を言う事。それだけ」
「ヒヒヒ了解。ブッダに誓って嘘はつかない」
フィルギアはいつものようにニヤニヤと笑って答える。この3日間で良くも悪くもフィルギアの事が気になっており、訊きたい事も有った。もし言葉通りなら聞く機会はこれが最後だ。大金を貰うついでに訊くのも悪くない。
「アイツとどこかで飲むのか?」
「盗み聞き?」
「近くで喋るなら聞こえるさ。それでどこで飲む?」
「どこかのバーかな」
「閉鎖空間は止めておけ、飲むならすぐに動ける場所だ。そしてオレも同行する」
「なに?心配してくれるの?でもボスが着いてきてくれるから大丈夫」
「ジェイミーが言ってただろ。アイツは危険だって」
ギルがいつになくシリアスな雰囲気だ。ジェイミーは殺し屋だし、ギルも素性は不明だが修羅場を潜ってきたようで、そういった者達が分かる何か危険なものがフィルギアには有るのだろうか?
「そんなに私の事を心配してくれるの?」
「どうせ暇だしな。それに化けて出られたら目覚めが悪い」
「縁起悪い事言わないで、じゃあ、お願い」
それから閉店作業を終わらせると私達は店を後にした。
次の話で最後になります