「それじゃあ、乾杯」
フィルギアは缶ビールを持ちながら手を掲げ、私とボスとギルもそれに合わせて缶を当てて乾杯の挨拶をする。4人で車座になって飲み会が始まった。公園の地面に座って飲むなんて大学生みたいだ。
私達は店を出た後コンビニで酒とつまみを買った後家の近くのコンビニに向かい、そこで飲むことにした。公園に向かったのはギルのアドバイスに従った結果だ。ここなら閉鎖空間じゃないし、酔いつぶれても家に運べるとボスが言ってくれた。
「満月がキレイだ。月見酒、ワビサビ」
フィルギアは月を見上げ缶ビールをあおる。その視線の先に金色の立方体が有るのだろうか?
「さて何について話そうか、いざとなると緊張する」
「別にバーで普通に喋っていたでしょ。何を今更」
「時間は有限だからね。話す内容を考えないと、まずはジル=サンの本名は?ジルは愛称でしょ?」
私の表情は思わず険しくなる。フィルギアにとってジャブみたいな質問だろうが、自分にとっては重要な問題だ。ボスは心配そうに見つめギルは興味深そうな顔で見つめる。
「答えたくない」
「ジュリア……」
心臓が脈打つ、やめろ、その話題に踏み込むな。
「-ナ、ジュリアーナ。どう当たってる?」
「残念、大外れ」
見当外れもいいとこだという表情を作る。ほぼ正解と言ってもよかったがパブロフの犬のように植え付けられた反射は起きなかった。そんな私の顔をフィルギアは見つめる。もしかして答えを知っていたのではないか?敢えてニアミスな名前を言って狼狽える姿を見て揶揄っているのではないかと疑心暗鬼が渦巻く。流れを変えるために質問する。
「じゃあ私から質問。どうしてリリムの音楽が嫌いなの?」
「ステラ=サンとの議論を聞いてた?プライバシーの問題…」
「そして言っても理解できないでしょ。それは私が決める。それに真実を言うって約束した」
我ながら強引だ。これは少なからず私の名前の件のように触れた件についての仕返しも含まれている。多少雑に扱っても問題ないと思うし純粋に聞きたくもあった。というより煙まいて隠している真実を暴き鼻を明かしたい。
「確かに言った。じゃあ特別に話す。これは滅多に話さないオフレコ話だ。ちゃんと聞いて」
フィルギアはビールを飲みながらオフレコと言いながらも軽いノリで話し始めた。
「リリムは死んでも精神はコレクティヴソースにアップロードされ、ずっと生きられる。だっけ?」
「そう」
「それが問題。そういうのが音楽をしても心に響かない。オレも何百年も生きているから、自分で歌ったり弾いた曲を聞いたけど、酷いもんだった。でもモータルは違う。特に若くてバカで刹那的で明日の事なんて知らねえって奴の音楽はオレ達とは比べられないほどエネルギーに溢れてる。有限だからエネルギッシュ。キラ☆ミキ=サンの歌にはなかった。それが嫌いな理由。リリムも人間と同じぐらい死にやすくなったらエネルギーが溢れるかも」
「今何年生きているって言った?」
思わず聞き返す。フィルギアが好きなのは刹那的でエネルギッシュな音楽でそれは死が身近な人間には宿り、リリムは死にづらいから刹那性とエネルギッシュさが宿らない。
理屈は何となく分かる。だがその前に言った何百年も生きているとう言葉は見過ごせない
「ヒヒヒ言った。寝たり起きたりだから正確な年数は分からないけど、数百年」
「嘘つかないって約束したよね」
「ホント、何一つ嘘ついていない」
強めの口調になるがフィルギアはいつものように半笑いで答える。クスリのやりすぎてとち狂ったか?ギルもボスを見てみると同じように思っているとすぐに分かった。
「さらに言うならオレはここの世界の人間じゃない。住んでいた世界では月が砕け国が無くなりこのグリッチシティみたいにメガコーポが街を支配する世界。そして居た世界にグリッチシティなんて街は存在しない。さらにオレが居た時は西暦2040年代。2070年代じゃない。だからここは異世界。最初に気づいた時には頭が狂ったと思った。ヒヒヒヒ」
自分の笑いのツボにでも入ったのか、腹を抱えて笑っている。コイツ完全に頭がイカれている。だがこの歳でグリッチシティを知らないという無教養ぶりやネオサイタマという見知らぬ都市の名前を言っていた事も辻褄が合う。まさか本当なのか?本当に異世界から来たのか?ありえない!そんなわけがない!私の心は激しく乱される。
「ジル。もう帰るぞ。金なんてどうでもいい。このイカれ野郎から離れるぞ」
ボスは不気味さを感じたのか袖を掴みこの場から離脱するように促す。ボスの言う通り離れるべきだが私は質問せずにはいられなかった。
「異世界の人間は皆何百年も生きているの?」
「違う違う。モータルはこっちと同じように100年ぐらいで死ぬ。オレはモータルから修行してリアルニンジャになった。ニンジャはモータルより遥かに強くて、ジツという魔法めいたことができる」
「へえ~じゃあやってみてよ」
リアルニンジャなど色々とツッコむべき単語があったが挑発的な口調でフィルギアを煽った。
魔法?そんなものあるわけがない!超能力や魔法と呼ばれるものは全て科学的に証明できる。すぐにできないと訂正するに決まっている。
だがもしできたら?
「ではご覧あれ」
フィルギアは挑発的に悪魔のような笑顔を見せた。その瞬間影が歪み1羽のフクロウが現れた。そして人間の時と変わらない声で喋り始めた。
「ドーモ、フィルギアです。ギル=サンはこの姿で会うのは2回目」
「まさか…あの時の」
「気づいた?偶然ギル=サンが絡まれているのを見てね。見過ごしても良かったけど、これも何かの縁と思って手助けした。柄でもない」
嘴を曲げ人間のように笑う。ギルを助けネットで言われていたフクロウの目撃情報。あれはフィルギアがフクロウに変化した姿だった。
この瞬間私の現実と虚構の境界線は破壊された。さらにフィルギアは追い打ちをかけるようにコヨーテと蛇に変身する。私とギルは放心状態だったがボスはそれぞれの動物に変化したフィルギアを触っていた。
「ボス、これは夢ですか?」
「残念ながら夢じゃない。フクロウもコヨーテもヘビも全部本物だ。しかも翻訳機もついてはいない。正真正銘フクロウやヘビの姿で喋っている」
ボスの検証を聞いてさらに真実味が帯びてくる。本当に魔法は存在した。もし過去の私がこの場に居たらどう思うだろう。きっと狂喜乱舞しオカルトにさらにのめり込むだろう。
「どう信じてくれた?」
フィルギアは人間に戻りどや顔で言い放つ。何故あそこまでオカルトを信じると言ったのか分かった。
それはそうだ。自分自身がオカルトなのだ、信じないわけがない。逆にアルマや私は狭い認識で世界を知った気になっている小賢しい小娘に見えていたのだ。常識を破壊された今ならカルト宗教に走ってしまうかもしれない。
「それで私もそのジツという魔法を使えるようになるのか」
ボスはビールをグビグビと飲みながら問い詰める。私やギルが現実を飲み込むのに必死ななか、この魔法を習得しようとしている。柔軟というかタフな人だ。
「う~ん、修行すれば使えるようになるかも、でもオレは教えられない。センセイに何を教えられたかなんて忘れた」
「残念だ。フクロウになって空に飛べたら楽しそうなのに」
「でも可能性は有る。可能性はあれ」
フィルギアは満月に向かって指をさす。
「黄金立方体があるけど見える?あれはキンカクテンプル。色々あってオレみたいに修行を積んでニンジャになったのがリアルニンジャ。そのリアルニンジャが死んだら魂があそこに収納される。そして偶にその魂がモータルに降りるとニンジャと同じ力を得てジツを使えるようになる。それがニンジャソウル憑依現象」
「それが起こればジツが使えるのか?」
「かもね。ジツが使えないサンシタのソウルが宿れば使えない。でもそんな良い事じゃない」
「なんでだ。ジツが使えれば楽しそうじゃないか」
「ニンジャになったらカラテが増すと同時に人間性を失って世界の王になったと勘違いする。そうすると周りをゴミのように扱う。おれは人間とは違う、指図するなってね。そして親しい人を平気で傷つける。奥ゆかしくない。それで最後は殺されるニンジャを何人も見てきた。この世界の技術なら普通のニンジャぐらいなら殺せる」
力を手に入れたせいで人間性が変わっていく。そういえばモデル戦士ジュリアンでもそんな話があったな。フィクションの世界の話だと思ったがそれを現実で聞くとは夢にも思わなかった。
「あと何か聞きたい事ある?もうリアルニンジャだって言っちゃったし何でも喋る。それにジル=サンとも約束したし、何かある?」
フィルギアは私を指さす。何か聞きたい事。質問を考えるが頭がパニックで質問がまとまらない。
「えっと。昨日ジェイミーが言っていた。殺し屋が返り討ちにされた事件。もしかしてフィルギアが殺った?」
何とか捻りだしたのがこの質問だった。殺し屋を返り討ちにする凄腕、正直イメージできなかったがニンジャという存在を知ればあっさりイメージが結びつく。
「そう、レース場で親切にしてくれた人がいてね。その人の言う通りに賭けたら見事的中。配当の半分を渡して一緒に飲みに行こうってところでその人が殺された。そして口封じでオレも狙われた。だからフクロウになって近づいて殺した」
あっさりと殺したと白状した。殺しを経験している人間はこれで2人目だ。だがジェイミーとは違う。葛藤も矜持もなく感慨も無く殺した。別に殺さなくてもよかったんだろうが、その時の気分で殺したのだろう。
それは部屋に入った虫を何となく可哀そうだからと逃がすか、気持ち悪いから掃除機で吸って殺すかの違いにすぎない。
人はニンジャで虫は人。それがフィルギアの目線だ。こんな生物相手に接客していたのか、気分次第で命を奪える怪物を相手にしていたと思うと寒気が走る。ギルとボスもフィルギアの恐ろしさを感じたのか顔が若干青ざめている。
それからニンジャや異世界の事について色々と聞いた。どれもこれもフィクションのような話でそれを元にマンガが描けるぐらいの荒唐無稽さだった。
「名残惜しいけど、そろそろ元の世界に帰る。この3日間はヴァルハラに行ってジル=サンや常連の人と話せて楽しかった。だからお土産をあげる」
フィルギアはショルダーバッグから何かを取り出してこちらに近づいてくる。危害を加える事は無いのは分かっているが正体を知ってしまった今は少し怖い。
「これはオレの世界のタバコ、安いタバコだけど生産が終了しているレア物、大切に吸って」
そう言うとタバコを握らせた。銘柄は「少し明るい海」と書かれている。少なくともグリッチシティでは販売していないタバコだ。
「でこれがコロナビール。ケミカルじゃないちゃんとしたビール」
「コロナビールって最初に注文した酒だったような」
「そう、よく覚えている。いざとなったら物々交換しようと思ってとっておいた。こうしてジル=サンに渡せて良かった。飲むならラッパ飲みで」
ニヤニヤしながらビール瓶を手渡す。黄色の液体で確かにビールっぽい色だ。ラベルにもコロナエクストラと書かれており、見たことないものだ。
「そして報酬の3000万。使ってもいいし焚火の燃料にしてもよし、好きに使って。それじゃあ」
「待って!」
大声でフィルギアを引き留める。体は今すぐにでもこの場から離れてくれと言っているが、脳はそれを拒否し言葉を紡ぐ。
「どうして異世界が有るとかニンジャなんて言った?言わなければ、こんなに…」
心書き乱れることが無かった。そう言おうとしたが言葉が途切れる。言わなければ私の常識が崩れることが無かった。そもそもフィルギアがグリッチシティに来なければ。恨み言が延々と思い浮かぶ。
「ジル=サンが嘘をつくなって言うから」
その言葉を聞いて睨みつける。嘘をつかなくてもいくらでも答えられただろう。それを人のせいにするな。
「冗談、怒らないで。ただジル=サンの見識を広げたかった。常識に囚われた詰まらない大人になって欲しくない」
フィルギアのニヤついたの姿を見て確信した。私との約束を守り嘘を言っていない、見識を広げたいなど常識に囚われて欲しくない等も本当だろう。だが肝心なことを隠している。
本当は戸惑う姿を見たかったからだ。まるで人間に悪戯する神のように。
「じゃあジル=サン、後ろのカワイイな彼女にもよろしく」
フィルギアは胡乱で人を惑わす悪魔のような笑顔を見せるとフクロウに変身して飛び立ち視界から消えていく。最後に何か言っていたがよく聞き取れなかった
「何だあれは……」
ギルは緊張のせいで息を止めていたのか、息を大きく吐いてその場に大の字になって後ろに倒れた。
何だあれは。それはこの場に居た誰もが思ったことだ。今までの常識を覆す超常的存在ニンジャ。ニンジャは散々場をかき乱し去っていった。
「ジル、このまま記憶が完全に飛ぶまで飲むか?そうすればあの化け物のことを忘れられるかもしれない」
「それ、いいですね。よかったらうちで飲みますか?この時間なら他のバー開いてないですし」
「じゃあ、お世話になるか」
平然と話していたようだがボスも結構精神的重圧を感じたたようだ。自分の常識を打ち破る存在が現れたら誰だって忘れたくなる。強いと思っていたがボスも一人の人間なのだ。
「では俺はこれで」
「一緒に来ていいよ」
立ち去ろうとするギルを呼び止める。ギルは目を点にして振り向いた。
「おいおいどうした。男を家に誘うなんてどうした?ヤラれても文句言えないぞ」
「ボスが居るから大丈夫。それに彼女が居るのに私とヤろうとする最低のヤリ〇ン野郎じゃないでしょ?」
「信頼してくれてありがとう。正直1人だと頭がどうにかなりそうだ」
ギルが珍しく弱音を吐いている。きっと帰ったらこの記憶を忘れようと酒を浴びるように飲むのだろう。そういう時は1人より複数人で飲んだほうが恐怖を忘れられる。
「へえ~こんな感じなのか」
「女の部屋をジロジロ見るな」
「そうだぞギル。因みにアタシのポスターを張っているが特に深い意味はない」
「とにかく飲みましょう」
近くのコンビニでありったけの酒を買ってきた。明らかに3人じゃ飲み切れない量だがとにかく買ってきた。せっかくフィルギアに貰った3000万だ。有効活用しなくては。ガビィに明日の予定のキャンセルと埋め合わせをすると謝罪のメールを送った後3人で浴びるほど飲んだ。
結果、ボスはベッドでギルは床に死んだように寝っ転がっている。そして私もコタツの上で突っ伏して意識を手放す寸前だ。
「あらら、随分飲んでるわね。これじゃ二日酔いで地獄を見るよ」
目の前には左手がないセーラー服で下にジーンズという奇妙な服装の女性が頬杖をついて座っている。彼女はアナ。私の意識に現れた幽霊のような存在で、今のところ私しか見えていない。年明け前は大きく心をかき乱されることが有ったが、アナもその一要素だ。顔を上げてアナと正対する
「それはあんなの見たら飲みたくなる。それより急にどうしたの?最近は姿現さないし」
酒のせいでガンガン痛む頭で思い出す。最後に見たのはフィルギアが現れる前だった。
「ちょっとね……アイツに姿見られたくなかったから、と言っても見えていたみたいだけど」
「アイツって誰?」
「鈍いなジョーは、あの胡散臭い男、えっと…」
「フィルギア」
「そう、フィルギア。ジョーにしては珍しいね。男のことを覚えているなんて、正直カワイイ女の子しか興味ないと思ってた」
「否定はしない。でもフィルギアは悪い意味で爪痕を残したから。それよりアナもフィルギアに興味あるの?」
アナは以前に姿は見える人は自身が姿を見てもらいたいと強く念じた人しか見えないと言ってた。
「全く。アイツはタイプじゃないし嫌い。最初にジョーに付いていった時目が合った気がして気持ち悪かったから暫く離れていて、今日2人で飲むって言うから心配で付いて行ったけど。そこでもバッチリ見られた。やっぱり見られたいと思った人しか見られないという仮説は間違っているかも」
そういえば後ろのカワイイ女の子にもよろしくと言っていたがアナのことだったのか、ニンジャならアナが見えても全く不思議ではない。ニンジャについて奇妙な信頼感を抱いていることがおかしい。
しかしアナは嫌そうな顔をしている。相当嫌っているようだ。フィルギアがタイプではないというのは私達の共通認識のようだ。
「ジョーに質問。もしアイツが女の子だったら寝てた?」
唐突な質問だ、私は女性になったフィルギアを想像する。確かに顔は整ってたし女性になったらキレイ顔だろう。
「どうだろう。あの胡散臭い感じもカワイイ女の子なら愛嬌があるで済んだかも。でも親しくはなれそうにないし、寝ない。一夜だけの関係はちょっとね」
「ふ~ん。でも寝たら今までに味わったことがないプレイができるよ。バター犬になったり、ヘビの体で緊縛されたり、フクロウの羽でアソコを撫でるとか」
その発想はなかった。流石下ネタ好きの頭がピンク色なだけある。だが好きなのは人間同士のSEXでありアブノーマルプレイはお断りだ。
「ねえ、空の上にある黄金立方体って見える?」
「見える」
アナははっきりと答えた。どうやらアナのような常識外の存在には見えるようだ。
「いつから現れた?あれは何?」
「現れたのは3日前、あれが何かがわからない。でもこの世界に現れてはいけないイレギュラーなのは分かる」
アナは真剣な表情を見せる。ある意味フィルギアのようにニヤニヤ笑っているタイプだがこの時ばかりは違った。
「去年の年末は色々あった。今までの人生でベスト5に入るぐらい心がかき乱された。でも何とか乗り越えられた。でも今回は種類が違う。ねえアナ?ニンジャって居るのかな?超能力は有るのかな?」
私は歳や世間体を気にしてオカルトを信じなくなった。でも本当はオカルトも超能力も信じたかった。そしてフィルギアが現れて常識を打ち破った。目の前で見た光景は幻じゃない、ボスとギルが証人だ。フィルギアを免罪符にして信じたいのだ。
「前にも言ったけど、世の中はジョーが思っているより理解不能だよ。でもアイツはそういう問題じゃない。この世界の理から外れた存在。超能力はあってもニンジャはいない」
きっぱりと答えた。フィルギアとアナ。お互い常識では測れない存在、だからこそ分かる事もあるのだろう。
「フィルギアは何のために現れたんだろう?」
「きっと神様のプレゼントじゃない。ジョーに夢を失ったつまらない大人にならないようにって」
アナはテキトーに喋る。神様のプレゼントか、案外そんなのかもしれない。
超常現象を見て心は激しくかき乱されたが、同時に心の中に居る子供の自分はとても喜んでいる。今までつまらなそうにしていたのを見かねて送り込んだのかもしれない。これも過去を清算した自分へのご褒美なのか、とオカルト的な思考に拭ける。
今ぐらい子供の自分を優先してもいいだろう。これで一生分は喜んだ、明日からは子供の自分は引っ込んでもらって大人の自分が頑張る番だ。すると強烈な眠気が襲ってくる。このままでは意識を手放すのは数秒後だろう。
「もうお眠か、お休みジョー、アイツの事を忘れられればいいね」
アナのこの言葉を最後に意識は途絶えた。
◆
目を開けると完全に日が出ていた。時計を見ると時刻は13時、頭痛とともにフィルギアの事が思い浮かぶ。
記憶が飛ぶことを期待したが都合良くはいかないようだ。だがどこかそうなると思っていた。酒で記憶が飛ばせれば苦労しないし、レノアとの別れも忘れられた。今では忘れられなかったから過去を乗り越えられたし、忘却しづらい脳の機能に感謝だ。何よりあんな強烈な印象を残したフィルギアを忘れることはできない。きっと一生付きまとうだろう。
周りをみるとボスとギルは死んだように寝ている。起こすのはかわいそうなので放置し、そのままにしてベランダに出る。右手にはフィルギアから貰ったタバコ少し明るい海、左手にはコロナビール。
信じるなら異世界のタバコというとんでもない逸品で、未開封状態なのでオークションに出せばとんでもない値段になりそうだ。だがタバコは吸うために存在するのでショーケースに飾るようなことはしない。何よりどんな味か興味ある。
封を開けて1本取ると口に咥えて火をつける。あまり美味しくない。フィルギアが言っていた通り典型的な安タバコだ。グリッチシティにあり触れているタバコ、どうせなら最高級品を寄越して欲しかった。
しかしフィルギアが住んでいた世界にも安タバコはある。自分の世界と類似性を見つけ少しだけ親近感が湧いた。
少し明るい海を満喫するとコロナビールを開ける。向かい酒が異世界の酒、その奇妙さに笑みを浮かべる。フィルギアが言った通りコップに注がず腰に手を当ててラッパ飲みする。
これは美味い。合成品ではない天然の味だ。胸をそり飲み続ける。相変わらず空の上にある黄金立方体は見えなかった。
◆◆◆◆◆◆
「実際安い」「夢空間」「他の店とは一味違う」ウツクシミ・ストリートのネオン看板の強烈な光が酩酊者達を誘う。そのストリートを4人のニンジャが闊歩する。アナイアレイター、フィルギア、スーサイド、ルイナー。かつてアマクダリの管理社会に反旗を翻し抵抗した愚連隊ニンジャ組織サークルシマナガシのメンバーである。
「次どこの店行くか!」「今度はマシな店行こうぜ!口直ししねえと!」「アッ!?オレが悪いってか!?」「そうだよ!センスがねえ!」「前の前の店もクソだったぞ。誰が選んだっけ!?」「お前が選んだ店よりマシだ!」「うるさいぞ」アナイアレイターとスーサイドの言い争いをルイナーが諫める。
「次の店はお前が決めてくれ」ルイナーはフィルギアを見て目配せする。フィルギアはストリートを見渡す。「五輪砕き」「GO TO SLEEP」「暗黒空間」ざっと見る限り十数件の飲み屋があった。「じゃああそこだ」フィルギアは歩き始めると3人は後についていく。そこは4階建て程度の雑居ビルで全てのテナントが飲み屋だった。
「オイ、どこもぼったくり臭えぞ。金は貰ってるんだから高い店行くぞ!」アナイアレイターは不満そうに呟く。「分かってない。こういうところに隠れた名店は有るものさ。たまには年長者を信じるもんだ」フィルギアは意に介さず地下に向かう階段に向かう。店につくと奥ゆかしいネオン光が4人を出迎えた。
「VA-11 HA11-A?なんて読むんだ?」「入ろうぜ。ここは良い店だ」「来たことあるのか?」「あるとも言えるし無いとも言える」「なんだそりゃ」フィルギアの謎かけめいた言葉にスーサイドはウンザリしながら店の扉を開ける。
店内は薄暗いが紫を基調にしたネオンライトは奥ゆかしいアトモスフィアを作り出している。カウンター席が数席とレトロゲームとダーツが置いてある小さなバーだった。「バーかよ。気取った感じで好きじゃねえ」「酒が美味ければ何でもいい」「俺はこのアトモスフィアは嫌いじゃない」アナイアレイターとスーサイドとルイナーはそれぞれ感想を呟く。
「ドーモ、ようこそ」するとカウンター席に立っていた黒髪のツインテールの女性バーテンダーが奥ゆかしくオジギする。その胸は平坦だった。フィルギアはそのバーテンダーをじっと見つめる。「まあアイツが選んだ店よりマシだろう。気に入らなきゃ出ればいい」スーサイドがそういうと3人はカウンター席に座った。
「ご満足いただけるように努力いたします。注文は?」「俺達は10年ぶりに会ったンだ」「分かりました。少々お待ちください」バーテンダーはフィルギアの言葉を聞きカクテルを作り始める。「オイ勝手に注文するな」「後で好きな物飲んでいいから、これで店のレベルが分かる。オレは詳しいんだ」フィルギアはニヤつきながらアナイアレイターを宥める。
その間にバーテンダーはオレンジ色のカクテルを4人に提供した。「これは?」「ファイブリングです。かつて柳生ウォンジが戦いに赴く際に友人が作った一杯で、帰ったらこの酒を飲もうと言ったエピソードがあるそうです。業界では待ち焦がれた再会を意味しています」
「「「「アッハッハッハッ!」」」」4人は同時に吹き出した。「ヒヒヒ、随分洒落た言葉」「別に待ち焦がれてねえ!」「こいつのアホ面なんて見たくなかった」「同感だ」それぞれ辛辣な言葉を言うが、どこか嬉しそうだった。「じゃあ、待ち焦がれた再会を祝して乾杯」フィルギアは半笑いでこの日何度目か分からない乾杯の音頭をとった。
その後はそれぞれ好き勝手注文し好き勝手喋った。バーテンダーはそれぞれの注文に的確に応え、言葉少ないながら話題を広げ当人たちが気づかないうちに場を盛り上げていた。「看板の文字はヴァルハラって読むの?」フィルギアは頬杖を聞きながら尋ねる。「はい」「スペル違くない?それに普通の文字じゃダメなの?」
「店の名前を決める時縁起の良い単語がVAとHAと11と聞かされて実際語呂合わせです」「名前の聞くの忘れてた。聞けばよかった」フィルギアは思い出したように笑う。「やっぱり可笑しいですか?」「いやお気に入りのバーもVA-11 HALL-Aでヴァルハラって読むバーがあって」「そこのバーはどこにありますか?一度寄ってみたい」「グリッチシティ?」「グリッチシティ?どこのメガコーポの街ですか?」「財閥コーポレーション」
「それも聞いたことない」「それはそうさ、何たって異世界だから」フィルギアはニヤつきながら喋る。「異世界ですか、あるなら行ってみたいものです」バーテンダーはジョークと判断し軽く受け流す。「その反応いいね。知り合いのバーテンダーに似ている。ところで名前は?」「ジルです」「ゴウランガ!できすぎだ!」フィルギアは手を叩いて大笑いし、ジルとスーサイド達は訝しむ。
「クスリでもキメたか?」「それは時々、いやスゴイ偶然でね。ブッダに感謝しなきゃいけない」フィルギアは笑いで声を引き攣らせながら答える。スーサイド達は益々訝しんだ。「ヒヒヒ、これも何かの縁だ。オレが体験したミステリアス案件を話してやる」「つまんねえ話ならボコる」「それは勘弁、あれはオレがクスリをキメて公園で寝てた時……」
フィルギアはニューロンから記憶を掘り起こす。あの3日間は本当に楽しかった。ジルやバーの常連達の会話、バーのアトモスフィア、カクテルの味。機会があればもう一度行ってみたいものだ。懐かしむように語り始めた。
ニンジャはどのカクテルがお好き? 終了
以上でニンジャはどのカクテルがお好きは終了となります。
読んでくださった方、コメントを書いてくださった方、評価を入れてくださった方、誤字を指摘くださった方、皆さまのおかげで最後まで書くことができました。ありがとうございます。
VA-11 HaLL-Aをプレイして暫くしてVA-11 HaLL-Aで何か書きたいなと思い始めてニンジャスレイヤーとのクロスを思いつきました。
最初はネオサイタマにヴァルハラがあって、ジル達がそこで酒をふるまうというネタで考えていましたが、それだとニンジャスレイヤーの世界観が強すぎると思って、グリッチシティにニンジャスレイヤーのキャラが来る設定にしました。
そして誰が来させるか?ガンドー、エーリアス、レッドハッグと候補はいましたが、ジルは大人ぶっているが結構振り回せれている印象が有ったので、ジルを苛立たせ引っ掻き回すキャラは誰かと考えたらフィルギアが思い浮かんだのでフィルギアにしました。
ヘラヘラ笑うフィルギアを雑に扱うジルというイメージで書きましたが、書いていて楽しかったです。
本当ならもっとグリッチシティの世界観やキンカクテンプル等を考察し深い話が書ければよかったのですが、筆者の実力では無理でバーで下らない話や下ネタを駄弁る話になってしまいました。まあ、それもVA-11 HaLL-Aらしいと言えばらしい気がするので良しということで。
そして書いていて嬉しかったのがVA-11 HaLL-Aを買った、久しぶりにプレイしたというコメントがあったことです。このSSを書いてのはVA-11 HaLL-Aとニンジャスレイヤーを布教できればいいなという目的が有ったので嬉しい限りです。