ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
本編の第一話ご覧になられる方は目次より「ほむほむに転生していました。」をお選びください。
この話は本編の「焔の章」第五十四話「名前」の後にご覧になることを推奨します。
「夢の中で助けられた、ような…」
検 閲 済
それは苦しくて、悲しくて、だからこそ■■■■。
だけど私は■■■■■。
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◇◇◇◇◇
一人の少女が息を切らせながらアスファルトの地面を走り抜ける。見慣れない街のどこを走っているのか、先日引っ越してきたばかりの彼女に分からない。いや、誰にも分かるはずがないのだ。
「どうなっているの……これって…!」
自分以外の人達が時間が止まっているかのように動かなく、徐々に建物のコンクリートから樹木へ、地面のアスファルトから樹木に変化してしまう現象なんて、今まで普通に生きてきた少女に理解できるはずがなかった。
彼女の目の前に広がるのは異質な世界。この街は……否、この世界は完全に樹海と化していた。
「……えっ…?」
少女が上を見上げると、空は燃え盛るかのように紅く、そこにあったのは太陽のごとく浮かび上がる巨大な炎の球体。その炎は全く動かず、ただ空高くを浮かんでいるだけ。だが少女はその炎に対し、言葉にならないほどの不気味さと不穏を感じ取った。
(よく分からないけど……あれは駄目…! 胸騒ぎが止まらない…!)
それを見てるだけで体が震える。そこにあるというだけで嫌な予感が止まらない。
炎の中から無数の星が飛び散った。それは遙か彼方まで飛んでいくのもあれば、少女のいる街にも落ちてきたものもある。
「ひっ…!? な…何なのあれ…!?」
その落ちた星からは白い異形の生命体が現れた。人間の倍以上の体にして、顔全体を占める巨大な口を持つ蛭のような化け物。それも一体や二体なんかではない。十体、二十体、百体……それ以上がわらわらと湧いて出てきたのだ。
化け物は空にもいた。翼を持たぬのに縦横無尽に泳ぐように飛んでいる。それに白い蛭のような化け物だけではなかった。中には合体し、より忌々しさを増した個体も……。
少女は理解した。自分達は……人間達これから、あの化け物の群れに蹂躙される…と。
少女の身体は動かない。動いたところで何も為すことはできないが、目の前の恐怖に恐れ、足が石にでもなってしまった気分だ。
やがて白い化け物はその殺戮を行うための口を大きく開き、少女目掛けて喰わんと飛来し……
「やあっ…!」
白と紫の装束を纏った何者かが杖を振るう。巧みな杖捌きから放たれた打撃は化け物の肉体を大きく抉り、その巨体を地面に叩き伏せる。
生命活動を停止した化け物は光となって消滅する。少女はその一瞬の出来事に戸惑い、目の前に現れたもう一人の人物から目が離せなかった。
見えるのは後ろ姿。髪は黒くて長く、大きな三つ編みのおさげにしている……女の子。
彼女は軽く息を吐くと振り返り、眼鏡の奥の瞳はハッキリと少女を見据え、微笑みかけた。
まどか……
その女の子は目の前にいなくて、気がつけば目覚まし時計の音が朝になった事を教えてくれて……。
「………ええ~、夢オチ~?」
鹿目まどか、小学5年生の10歳。転校初日の朝、変わった夢を見ました。
乃木若葉は勇者である 外伝 焔環の章
◇◇◇◇◇
西暦2015年7月6日、この日からわたし、鹿目まどかの新しい生活が始まります。わたしとパパとママ、そしてまだ赤ちゃんの弟はついこの前、ママの仕事の都合で遠い香川県の丸亀市に引っ越してきました。それもとっても立派なお城、丸亀城が部屋から見えちゃうくらい近い所にです。
ただ、嬉しくないなんて事はないんですが……そう、いわゆる転校生というものになったんです。前々から決まっていた事なんだけど、仲が良かった友達とも離れ離れになって、知ってる人も誰もいない学校に通うことに……。
……正直、とても不安です。わたしってドジだし、得意なものとか人に自慢できる才能とか、何もなくて……。転校して右も左も分からないまま誰かに迷惑ばかりかけるんじゃないかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
『なーに、まどかなら上手くやっていけるさ』
『そう不安に思ってしまうのは最初だけだよ。まどかならきっとすぐに仲が良い友達を見つけられるよ』
『ま、仮にヤバそうなヤツに目を付けられそうになったらすぐにアタシ達に教えな。そん時には大人がなんとかするからな』
パパもママもそうは言ってくれたけど、先の事が全く分からないのって怖いんだよ……。もちろん新しい友達ができたらなぁ…って、昨日の夜寝る直前までずっと考えていました。まあいつの間にか眠っちゃってて、変な夢を見ちゃったんだけど。
「まどか、準備はもう大丈夫かい?」
「あ、うん!」
パパが作ってくれた朝ご飯を食べ、持って行く物の確認も昨日の内に終わらせてある。転校初日はパパが新しい学校に送ってくれる。まだちゃんと学校までの道は覚えてはいないから、ちゃんと見ておかないと。
「よーし。転校生一日目、張り切ってこいよ! お姉ちゃん!」
「うん」
笑顔で見送ってくれるママとハイタッチ。それとわたしの事をお姉ちゃんって言ってくれて少し嬉しい気持ちになる。
……そうだよね。わたしももうお姉ちゃんになったんだから、あの子のお手本になれるよう頑張らないといけない。
それに来月、夏休みになれば転校前に仲の良かった友達に会いに行くって約束だってしている。その時にわたしはこっちで元気にやれてるんだって、愉快に笑って言いたい。新しい友達ができたって、みんなに紹介して喜ばせたい。
……なんだか来月起こりそうな事が自然にイメージできちゃう。笑いながらわたしを迎えてくれる親友がおちゃらけて変な事を言ったり、別の親友の子がそれをはしたないって注意しちゃうの。それはとっても楽しそうだって、どうしても笑みがこぼれてしまう。
「いってきまーす!」
不安がほとんど、だけど期待も確かに感じちゃって。わたしの新しい学校生活の始まりはそんな気持ちで始まろうとして───
───この時は……あんな事が起こるなんて思わなかった。引っ越しする前の友達と二度と会えなくなっていたなんて、絶対に信じなかっただろうし。
ただ、夢では思っていたんだよね。あの子と出会うこと、世界のほとんどが滅亡してしまうこと。巫女と勇者……それぞれの定めが、この時既に決まりつつあったんだって。
◇◇◇◇◇
誰か助けて……!
「は、はじめまして! かっ…鹿目まどか…です……。ママ……お、お母さんの仕事の都合で引っ越してきました……! えっと……!」
「鹿目さん、大丈夫だから落ち着いてゆっくり」
「は、はいっ…!! ええっと……!」
新しい学校の教室で……わたし一人だけが前に立たされて自己紹介……うぅぅ……。
転校生だから仕方ないと言われれば何も言い返せない。みんなわたしのことなんて知らないんだし。これから一緒に勉強したりするんだもん、これがとっても大切なんだって分かってはいるんだよ……。
でもクラスの三十人くらいのまだ全然知らない人達が、一斉にわたしの言うことに注目して見つめられるなんて、緊張で声がどうしても震えちゃう。どこかでクスクス笑ってるような声も聞こえるし、失敗したらどうしよう……ってもう絶対手遅れだよね……!?
「わ、わたし…あんまり話したりするのは上手じゃないけど……仲良くしてくれると嬉しいです! これからよろしくお願いします!!」
やっぱり無理! 視線に耐えきれなくなって、わたしも前を向いたままっていうのがもう限界!
早口で自己紹介を終わらせてバッと勢い良く頭を下げてお辞儀をする。失敗したかも……そんな風に思っていると、パチパチパチパチ教室に拍手の音が響き渡った。それはわたしを迎え入れるってものなんだって、そんな気がすると下げっぱなしだったわたしの頭が自然に元に戻った。
ママとパパの言う通り、不安になるのは最初だけだったのかも。新しいクラスメート達はみんながわたしを見つめてはいるけど、怖そうな人なんていないんじゃないかって……そう思った後、すぐだった。
「えっ…?」
心にほんの少し余裕ができてクラスメートを見渡して、たった一人、わたしを見向きもしない子がいた。下を向いてて他の子達に紛れるみたいに弱々しく拍手していて、わたしを歓迎していない……そんな様子の子が一人。
俯いているその子の顔はよく見えないけど、赤い眼鏡でもっと目元を隠しているようにも見えた。長い黒い髪で大きめな三つ編みが特徴的な女の子。不思議とその子から目が離せなかった。
「………」
「鹿目さんの席は……鹿目さん?」
というか最近どこかで見たことがあるような……。妙に印象に残っている黒髪で三つ編みおさげの女の子。そういえばそんな子に夢の中で……って、夢の中って、そんなわけないよね……今初めて見た人が夢にでるなんて。偶然だよね、偶然……。
(でもどうしてこんなに気になって……)
「鹿目さん?」
「……えっ! あっ、はい!?」
「ぼーっとしていたけど大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」
「だ、大丈夫です…! はい…!」
するとわたしの慌てようがおかしかったのか、また教室の中でクスクスと笑う声。ううぅ……またやっちゃった……。
顔が熱くなるのを感じながら、このクラスの担任の先生に言われた席に向かう。でもその途中、例の三つ編みの子の側を横切ろうとしてもう一度彼女を見た。
「っ!?」
そしたら偶々その子もわたしを見ていたみたいで、目が合ってしまった。その事に焦っちゃったのか、ビクッと大きく肩を震わせてすぐに身体ごと前に向いちゃってたけど……───
───これがわたし達の一瞬で終わった初対面。あの子の胸元に付いてた名札も、当時は習っていない難しい漢字で何て読むのか解らなかった。
自分に自信が持てない、失敗ばかりのわたし。気が弱くて、とても引っ込み思案だったあの子。お互い一歩や二歩以上退いてばかりで自分からは動けない。臆病なわたし達二人はとても弱かったんだ。
どうしてわたし達が選ばれたんだろうね……。それでも、もし選ばれなかったとして、一体どっちの方が良かったんだろう……。
◇◇◇◇◇
どうすればいいんだろうとばかり思っていた新しい学校での一日目はなんとか乗り切れた……のかな…?
休み時間、わたしの周りには何人かのクラスメートが集まって、いろんな事を聞いてきた。どこから転校してきたとか、家はどの辺とか、ちっちゃくてかわいいとか………ううぅ……嬉しいような、そうでないような……。
でも嫌だと思う人はいなかった。わたしの前で自己紹介でたくさん噛んじゃった事や、ぼーってしてしまった事を面白おかしく言う人はいなかったから……多分大丈夫かな……。
……ううん、どうだろう。みんながわたしの所に集まったのだって、ただ単にわたしが転校生で珍しかっただけかもしれない。明日とか来週とか、その時にもわたしに話しかけてくれるのかなんて分からない。
友達ってどうしたら作れるんだっけ……? 前の学校では入学式の日に初めて会って……いつの間にかずっと一緒にいるようになっていた。何をしていたか、きっかけなんてまったく分からないよ……。
「ううぅ……これからどうなっちゃうんだろう……」
やっぱり転校なんてしたくなかった。いくらママがわたし達家族のために一生懸命頑張って、パパも家族みんなを支えてくれているんだって分かってはいる。だけど仲の良かった友達と別れてひとりぼっちになんてなりたくなかった。
寂しいのはイヤだ。パパもママもタツヤもだけど、友達のみんなも大好きで、とっても大切だから。なのに今のわたしには友達がいなくて、よく知らない街で暮らしていかないといけない。
誰も悪くないからどうしようもなくて、そう簡単に不安は無くならない。まさかわたしのワガママで戻らせるわけにもいかないし、自分一人で解決できるとも思えない。
新しい友達なんて……どんくさくて何の取り柄も無いわたしに、あの子達以外にできるわけ……。
「……あれ……あの子……?」
下校中、当然一緒に帰るようなクラスメートもいなくて一人で。今朝車で来た道のりを歩いて帰る途中、ふと前の方に気になる人が歩いていた。その子もわたしと同じ一人で下校しているみたい。ランドセル背負って俯きながら、おさげの髪の毛が風で揺れ動いていた。
それにあの洋服も、同じクラスの……名前はまだ分からないけど、その子は今日一日中妙に気になっていた女の子だった。おかしな夢の中に出てきた人にとても似ているような……そんな変な事をずっと考えていた。
でもあの子とはまだ一度も話してなくて……。クラスの女の子達は何人かわたしに話しかけてくれたけど、そこにあの子はいなかった。休み時間もずっと一人で、机に着いて誰とも話さないで本を読んでいた。
誰もあの子に話しかけようとしなかった。みんな無視してるとかそんなのじゃなくて、ただあの子はずっと一人で過ごしてるんじゃないかって……そう思っていた。
そんな彼女がわたしの前の方を歩いて帰っていて……もしかして、わたしの家と帰る方向が同じなのかな?
無意識にわたしの歩くスピードは少しだけ速くなっていた。ただなんとなく、一緒に帰れないかなって考えがあって……。
わたしは人見知りだから、自分でもとても意外だった。一度も話した事のない子に自分から話そうとするなんて。でも不思議と恐さはそこまでは……彼女を見ていると胸がほわほわしてくる。ママやパパ達と一緒にいる時みたいな、安心しちゃいそうな温かさが少しあって……。
夢の中で、彼女と同じ黒髪で三つ編みおさげと赤い眼鏡の女の子が、何かからわたしを助けて微笑んでくれたからかな……?
「ね、ねえ…!」
「っ!!? はぃっ!?」
「うぇひっ!?」
いざ声をかけた瞬間、思いがけない声と勢いで反応されてビックリ、変な声出ちゃった……。そのせいで何かまた失敗しちゃったんじゃないかって、緊張で胸がドキドキして……。
「て、転校生の…鹿目…さん……? あ、あの……何か…?」
「あああ、えっと……あの~……」
それでやっぱり自分から話しかけるのは難しくて……。いきなりこんな、声をかけられて迷惑だったりしたらどうしようって思うと考えていた通りにできなくて……。でも何か言わないとって、もっと焦ってしまって……そしたら……。
「その……わたし達って前にどこかで会った事…あるかな…? なんだかそんな気がしちゃって……!」
「……どこか……?」
「ええっと……! 夢の中で助けられた、ような…?」
何言ってるのわたし!? どうしてどこで会ったのかで「夢の中で」なんて返すの!
「…………い、いえ……わかりません…」
「そ、そうだよね? ごめんね…!」
「……いえ………すみません……」
うぅ…謝りたいのはこっちだよぉ……。いきなり変な質問して、夢の中の話をされたらどう考えても困っちゃうでしょ……。
「……すみません、失礼します…」
「ああ待って! ちがうの!」
引き気味に立ち去ろうとするのを慌てて呼び止める。わたしが話しかけようと思ったのは、帰る方向が同じなら一緒に帰ろうと思ったからで……。
その時、後ろの方から車が走ってくる音が聞こえてきた。
「うわっ、車…!? ここ狭いのに…!」
「こっちです……」
今わたしがいる所の道幅は狭くて、歩道と車道って風に分けられていない一本道。それでも彼女が教えてくれたすぐ側には民家があって、そこの隅に寄って固まればいいだけで事故の心配はまったく無かった。
車の音がより近付いて、わたし達は民家の玄関前まで離れる。わたし達の目の前を道幅にしては危なげないスピードで通り過ぎて、そのまま先の小さな橋を渡っていく。
「あれ…?」
「えっ?」
車が橋の上を通った時、何か黒いのがガードレールの下の隙間から落ちていくのが見えた。車の勢いで狭い橋の上にあったものが飛ばされたのか……
「ミー…! ミー…!」
とっさに車を避けようとして落ちてしまったのか。橋の前まで近付いたわたし達が見たものは信じたくない物だった。
「うそ!? そんな…!」
「子猫!?」
「ミー…! ミー…!」
そこには産まれてまだ一ヶ月も経ってないと分かるほど小さな子猫が、橋の下の川に落ちていた。わたしの足首程度の浅い川だったから溺れているなんて最悪な事態ではなかったけど、その体のほとんどを水に浸からせて冷たさに震えながら必死になって鳴いていた。
「ど、どうしたら……!」
「降りられる所は……どこ!?」
川の両側の堤防は傾きが大きくて、とても子猫がよじ登れるとは思えない。下に降りるための階段とかも見あたらなくて、わたし達以外に近くを通りかかる人の姿も見えない。
わたし達二人だけに、自力ではどうにもならない事態に陥ってしまった子猫の悲痛な声が届けられていた。
「ミー…! ミー…!」
「っ!」
「か、鹿目さん!?」
目の前で怯える子猫の姿に胸が痛くなって……子猫を助けなきゃって……。ランドセルをその場に置いて、靴と靴下を脱いで、急な堤防を手伝いにしながら慎重に川に降りていた。
もし手か足を滑らせたら落ちて痛いんだろうなって。だけどそれよりも子猫の方が重要で、怖くてもわたしの身体は勝手に動いていた。
「今助けるからね!」
「ミー!」
自分でも驚いていた。いくら周りに頼る人がいないからって、こうしてただの子猫のために行動しているなんて……。一歩間違えたら怪我するかもしれないし、理由があったとしても下校中にこんな所に入ったら大人の人に怒られるかもしれなかった。それは…イヤだなぁ……。
「っ…っと……よし…!」
なんとか足が川に入って、そのひんやりとした冷たさがはっきり伝わってくる。今は7月だから心地良くはあるんだけど、浸かりっぱなしの子猫にとっては逆に危ないかもしれなくて、早く上に上げなきゃって思いが強くなる。
「……ほら、おいで」
「ミー…」
「だいじょうぶ、こわくないよ」
優しく語りかけて助けに来たことをアピールする。言葉は伝わらないだろうけど、こういうのは気持ちの問題。猫にだって想いは伝わるだろうから。
近寄っても子猫は逃げようとしない。両手でその小さな体を抱きかかえ、ようやく子猫を保護できた。
「ミィ」
「やった…! もう大丈夫だからね!」
ホッと一安心……はできなかった。子猫は全身びしょ濡れでとても冷たくて元気がなかった。それにこうして抱きかかえてはいるけれど、今度はこのままさっきの堤防を登らなくちゃいけない。高さは二メートル近くありそうな急な斜面……両手が使えないからさっきよりも危険になってて、登り切らなきゃわたしもこの子もずっとこのまま……。
「鹿目さん!」
「!」
「その子、これの中に…!」
堤防の上から赤いランドセルが落ちて……これ、あの子のランドセル…? 中に教科書とかは何も入ってなくて空っぽで、これならこの子猫なら入れるし、そのまま背負えば両手が空く。
「あ、ありがとう! 猫ちゃん、もうちょっとだからね!」
「ミー…」
子猫をランドセルの中に優しく入れて、それを背負っう。すると今度もあの子が、うつ伏せで身を乗り出しながら上から精一杯手を伸ばしていて……──
「掴まってください!」
「うん!」
───……あの時は、本当に嬉しかったなぁ……。ここには友達がいないとしか思ってなかったのに、猫を助けるためにわたし達の心が一つになった気がしたんだから。わたしはひとりぼっちじゃなかったって……まだ名前が分かる前だったのに、とても信頼できる友達ができたような幸せに満ち溢れたんだ。
「「はぁ……はぁ……はぁ……」」
彼女の手助けのおかげで、無事にわたしも子猫も堤防の上に戻ることができた。今度はわたしの方も助かったんだって安心して、もし彼女がこの場にいなかったらどうなっていたんだろうって考えて、少し怖くなった。
でもこうして子猫を助けられて、わたしの服も子猫を抱きかかえていたからびしょ濡れになっちゃったけど本当に良かった。ランドセルを開けて中から子猫を出そうとして……子猫はランドセルの底で縮こまっていた。
「ど…どうしよう…! この子、元気が無いよ…!?」
「えっ!? ……あっ……川の水で、体温が下がったんだと思います…」
二人で子猫を覗き込んで、危機がまだ無くなってないんだって突きつけられる。彼女が体が冷えたせいじゃないかって言ったけど、川の水は毛にしっかりと吸い付いてしまっている。ポケットからハンカチを取り出して拭っても、あまり良くなっている様には見えなかった。
「温めないと……! 子猫は体温の調整がまだ完全じゃないから……命に関わってしまいます……!」
「温めるたってどうやって……!」
「ええっと……! ええっと……! 外ではどうしようも……家が近ければドライヤーとかヒーター…湯たんぽとかだけど……!」
もう二人とも慌ててしまって泣いちゃいそうになるくらい不安になって……。とくに彼女の方は、自分で言った解決策ができないと思ったのか、とても悲しくて辛そうにしていた。でも家なら……
「わたしの家、あんまり遠くないよ…!」
「本当ですか!?」
「うん! それにパパもいるだろうし……!」
「で、でしたら!」
わたしは急いで靴下と靴を履いて、ランドセルの中にいた子猫を出して優しく抱きかかえた。少しでも温めないといけないからランドセルの中よりは良いと思ったから。子猫はずっと寒さに震えていて、一刻も早く家に連れて行くことしか考えられなくなった。
彼女も彼女で、側に置いていた教科書やノートを抱えて、そしてわたしのランドセルを腕に引っ掛けて立ち上がった。二人分の荷物の重さに顔が少し苦しそうに見えたけど、それでもただひたすらに腕の中の子猫を心配そうに見つめ続けていた。
「こっちだよ!」
「はいっ!」
わたし達は家に向けて走り出した。元々わたしは運動が得意でもないし、体力だって無い。それに夏に入ろうとする暑い日差しが合わさって、じっとりとした汗が流れてきた。
それは彼女の方も一緒だった。むしろ二人分の荷物を持ちながら走っているからわたしよりも大変だろうし……──それに後から知ったけど、この時の彼女は
わたし達二人とも息を切らせながらひたすら走って、でも今一番苦しんでるのは腕の中の子猫だから、決して立ち止まれなかった。
「がんばって……がんばって…!」
「もうすぐだから……! はぁ…っ!」
汗だくになりながらも子猫に何度も何度も声を掛けて、応援し続ける。それ以外のことは何も考えなかったけど、彼女の声はしっかりと聞こえていた。わたしと同じでこの子のために一生懸命頑張ってくれる女の子……その存在はとっても心強くて、一緒に助けようとしてくれているんだって勇気が湧いてくる。
そして、遂にわたしの家が見えて……
「ミャー! ミャー!」
「やったあ! 飲んでる! 飲んでるよこの子!」
「よかったぁ……! すっかり元気になって……」
「ふう……まさか転校初日にお友達だけじゃなくて猫まで連れて帰るなんて、思ってもなかったよ」
わたし達の前には、ふかふかのタオルに包まれた子猫が温められたミルクをペロペロ舐めていた。家に着いてからも体中を拭いたり、お湯を入れたペットボトルで温めたりと、パパから教えてもらった事を二人でやった。その間にパパも子猫用のミルクを買いに行ってくれて、それを今こうして美味しそうに飲んでくれていた。あんなに弱ってたこの子が無事だったのが嬉しくて、思わず涙がこぼれそうにもなっちゃった。
「でもまどか。いくらこの子を助けるためだからって、川の中に入ったら駄目じゃないか」
「それは……はい、ごめんなさい……」
「罰として、この子のミルク代はまどかのお小遣いから差し引くよ」
「ええっ!? は、はいぃ……」
ば、罰が辛い……! でもこの子がこうして元気になったのは良かったし……うぅ、納得いくような、いかないような……。
「……だけど嬉しいよ僕は。娘が目の前にある命を見捨てない優しい子に育ってくれて」
「パパ……」
「それに君も、まどかを助けてくれたんだってね」
「…い、いえ…あの……大したことは……」
「ううん、まどかも転校が不安だったみたいだけど、君みたいな子がまどかの近くにいてくれたら安心だよ……ありがとうね」
「…えっと……どう…いたしまして……」
……う~ん、この子はもうちょっと自分に自信を持っていいんじゃないかって思えてきた。わたしもあまり自分を表に出すのは得意じゃないけど、子猫を助けられたのは間違いなく彼女がいたから。わたし一人じゃ、きっと川の中に入って上がれずに終わってただろうし。
「ううう~…! ぁああああ~!」
「えっ、なに!?」
「えへへ、わたしの弟。まだ赤ちゃんなの♪」
「起きてしまったみたいだね。僕が行くから二人はその猫を見ててくれるかい?」
「うん」
パパがタツヤの方に行って、この部屋にはわたし達二人と子猫だけ。本当、一時はどうなることかと思ったよ。
「……とっても優しそうなお父さんですね」
「うん! わたしの自慢のパパなんだ♪」
パパもママもとっても大事な人。タツヤもちっちゃくてかわいくて、いつもわたしに元気を与えてくれる。だからわたしは家族みんなが大好きで、わたしにとって唯一自慢できることだった。
「ミャー!」
「ふふっ、美味しい?」
「ミャー!」
「うん、良かったね」
子猫がミルクを飲むのを、この子はとても穏やかで優しい様子で見守っている。学校では暗い感じで、目も合わせてくれなかったけど、あの出来事からこうして近付く事ができて、優しい姿が見られたんだ。夢の中に出てきた女の子みたいな……心の底から安心できる女の子だよ、この子は……。
ただ一つ問題があって……わたし、まだ彼女の名前を知らない!
「あの」
「はい?」
「知ってると思うけど、わたしは鹿目まどか。あなたの名前は?」
───わたし達の物語はここから始まった。その名前は後にわたしにとって、半身と言ってもいいほど身近であり、全てでもある。
「ほむら………
「わしお……」
運命の日が刻一刻と迫る中、わたし達は出会った。それは偶然だったのか、必然だったのかはわたしには分からない。
「ほむら…ちゃん……」
「……変な名前……ですよね…」
「ううん、そんなことないよ! 燃え上がれ~って感じでかっこいいなって!」
「ミャー!」
ただ、わたしはほむらちゃんに出会えた事は幸運でしかなくて……
ほむらちゃんがわたしと関わった事は、きっとそうじゃないんだろうな……