ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
投稿予定の話が非常に長くなりまして、これ以上待たせるのは駄目だと思い、二つに分けて投稿することにしました。いわば前半部分です。後半も出来る限りすぐに書き上げます!
鷲尾ほむらは極々平凡な一般家庭の娘として生を受けた。その一家は特別裕福でなければとある事情で寧ろ貧乏寄り。それでも一家は両親と一人娘の三人家族で支え合いながら仲睦まじく生きていた。
しかし、暮らしその物は平凡であっても、鷲尾ほむら自身はそうではなかった。生まれた頃から身体が弱く、とりわけ心臓病を患っていた。
病院の世話になったことは数えれば切りがない。両親は彼女の治療費を稼ぐべく汗水流して働き、ほむらが元気に過ごせるようにとひたすら娘を想い、愛し続けてきた。
だが、繰り返される入院や手術による治療費の捻出は徐々に苦しくなり、両親は親兄弟からお金を借りるようになる。最初の方はまだ良かったものの、端から見ればただの一時凌ぎにしか見えない治療に業を煮やされ、両親は親戚中から煙たがれ始める。
会えばほむらに優しく接してくれた彼女の従姉妹も、他の親戚から接触を忌避され、会えるのも難しくなる。ほむらは自分のせいで両親達に大きすぎる迷惑を掛けているのだと何度も涙をこぼしていた。
更にほむらはこれら自分のせいで周りの関係を悪化させるのではないかという恐れと、病気で家や病室に籠もりがちだったが故に、すっかり人付き合いが極端に苦手な内気な性格になってしまった。
おまけに外で遊ぶことが無く、家でゲームぐらいしか彼女に暇を潰せるツールがなかったため、ほむらは早々に元々良いとも言えなかった視力を悪くしてしまった。おかげで眼鏡が必須となり、俯きがちな彼女の目元は余計に隠れ、より暗い少女に見えてしまうようになる。
話しかけられても俯いてばかりで発する言葉も切れが悪い。同年代の子供達にはそれが面白くなく、一緒にいてつまらないと、彼女の元から早々に去って行く。
つまり、彼女には友達と言える存在はどこにもいなかったのである。ほむらは本当は穏やかで心優しい女の子であるというのに。
それでも病弱という枷は彼女を必要以上に苦しめる。勉学は頻繁に現れる身体の不調が足を引っ張り、学友と共に励むべき貴重な時間を奪い去る。運動も彼女にまともな体力が備わっているはずもなく、大抵は見学しているか、体調が良好な時に取り組んでもすぐに息切れを起こし結果は有って無いようなものだ。
時には一見サボってすぐに休んでいる、この程度の運動でバテるなんて可笑しい……など、同級生達から悪意の無い誹謗中傷を言われてきた事だって珍しくはない。
中にはそんなうじうじした性格が気に入らないと同級生にいじめられた事だってあるが、その結果いじめの恐怖が心を蝕み病気が悪化してしまい大事になってしまった事もある。
運が良いのか悪いのか、いじめっ子は大人達からこっぴどく怒られ以降はその様な事は無くなるも……ほむらに話しかけてもつまらない、悪意が無いとしてももし目の前で発作に苦しまれ、それを自分のせいだと大人達に糾弾されるかもしれないと思われ、彼女に近付こうとする子はますますいなくなる。
鷲尾ほむらは友達と呼べる存在がないまま、従姉妹もいなくなり両親しか支えてくれる存在がいないまま、小学五年生を迎える。
その頃には完全に誰もほむらに関わろうとしない環境が出来上がってしまった。彼女の事が好きでも無く、厄介事に遭わないようにするのなら最初から放っておけばいい……それが周りの共通認識である。
無口で愛想が悪いと気味悪がれ大人達ですら改善に着手する兆しは無かった。誰も、家族以外にほむらを愛する者は現れなかったのだ。
ほむらもこの現状を受け入れかけていた。当然元気な身体やいつでも一緒に笑い合えるような友達に憧れを抱きはしたが、病弱で、人付き合いが下手で、当たり前の事すらできない、何の取り柄も無いどころか欠点だらけの自分なんかに……と。
諦めていた。自分は今までも、これからも、ずっと両親だけに愛され助けられながら、病気なんかと共に生きていくしかない……と。
そんな運命は覆された。7月のある日、ほむらには両親以外に自分に笑いかけてくれる存在が現れた。
「ほむらちゃん!!!」
「……ぁ…ぁあ…」
「お願い手を伸ばしてッ!!!!
「ほむらっ…! 来るな……来るな化け物ーーッ!!!!」
「逃げて……! ほむ」
7月の最後……
ゴキン
「……あ……ああぁ…!! おじ…さん……おばさん………」
グチッ
バキゴキゴキンッ
ビチャッ
地獄が訪れた。
「いやあああぁあぁあぁあぁあああぁあああ!!!!!!」
◇◇◇◇◇
2015年9月……私、鹿目ほむらが四国を守る土地神である神樹様の勇者に選ばれ、世界を襲った異形の生物『バーテックス』を打ち倒すための訓練が始まってから、数日が経過していた。
「はっ……はっ……! も、もう無理~…!」
「足っ…! 走れな……げほっ…!」
「……っ!」
毎日繰り返されるハードなトレーニング。この日のランニングも、指定された目標の半分にすら届かないまま私の体力は限界を迎える。
僅かに後ろの方を走っていた、同じく勇者に選ばれた二人……伊予島杏さんと郡千景さん…だったかな…この人達も同じ様子。三人して両膝に手を着き、汗だくのまま肩で息をしていた。
「おい! 気合いを入れろお前達!」
「なんだもうバテたのか~? タマはまだまだ余裕だ! うぉおりゃぁあああああ!!」
「負けないよ~! よーいドン!で加速ー!」
周回遅れになった私達を乃木若葉さん、高嶋友奈さん、土居球子さん…だよね……この人達が追い越して行く。彼女達は体力はかなりあるみたいで、ハードなトレーニングにとことん付いて行けている。対して私、伊予島さん、郡さんはお世辞にもそうは言えなかった。むしろ、この前から私達の体力の無さは大きな問題点として挙げられていたぐらい。
「早く立て! そんな様で勇者が務まるか!」
「す、少し……休ませ……!」
「スパルタ無理……ですぅ……!」
「この程度の走り込みで音を上げるとは……なんて体力の無さだ……」
勇者の力を得てから身体の方は元の頃に比べたらだいぶ丈夫にはなっているらしいけど、元々の基礎体力自体は昔と同じでからっきし。そりゃあ、いずれあんな恐ろしい化け物と戦う勇者だから半端なトレーニングじゃ意味は無いんだろうけど、普通の人よりも心臓が弱くてインドア派の私には厳しすぎて早々に挫けそう……。
「いいか、私達しかあのバーテックスに立ち向かえる者はいないんだ。お前達の日々の訓練のだらしなさは目に余る。少しは私や土居や友奈に追い付こうとは思わないのか」
「ハァ…ハァ……うる…さいわね……! げほっ…! ……自慢ならその体力馬鹿の二人と勝手にしてなさいよ……!」
「じ、自慢!? そんなつもりで言ったんじゃない! これくらいのトレーニングをこなせなければ困ると言っているんだ!」
「…………」
「無視をするな郡さん! ぐぬぬ…!」
珍しく口を開いた郡さん。しかしその言葉はもの凄く刺々しく、乃木さんの反論も鬱陶しそうに聞き流す。そんなのだから乃木さんもますます怒り、私と伊予島さんは嫌な予感しかしていなかった。
ランニング終了後、休憩時間を挟んで次のプログラムは武器の訓練。私達勇者の武器はそれぞれが別のものを使う。丸亀城内の訓練所にて、一人一人に大社から派遣された教師が個別の武器の扱いを指導し、その技術を巧みに操れるよう身に付ける訓練が始まった。
私の武器は杖の
ただし我武者羅に振り回すだけなら余計な体力を使うし隙も生まれやすい。ちゃんとした型や体運びをマスターしなければ命懸けの戦いでは結果は明らか。武器だけが優れていても使用者が何もできないなら宝の持ち腐れであり、勇者として力を持っていても戦えるものも戦えやしない。
一から習得していくのは大変だとしか言いようが無いけど、他の皆さんだって同じようなものだ。例えば高嶋さんは色々な格闘術を徹底的に指導されている。伊予島さんは弩なんて普通に生きていれば触れる機会なんて無い物を連日練習している。
武器の訓練は今後の実戦で大きく影響する。この身を守るにも、敵を倒すにも……私の誓いを果たすためにも…!
「ああ鹿目さん、本日は訓練の前に一つやってもらいたい事が」
「……え?」
外から訓練所の扉が開かれる。そこにいたのは私と同じ、大社から支給されたジャージを着ていた人…つまり勇者。そしてその人の手には鞘と木刀……
「の、乃木さん…?」
「少々時間を貰うぞ、鹿目。これから私と模擬戦をしてもらう」
「……え…ええっ!?」
突然の乃木さんの想定外の宣言に驚き、担当の教師にどういう事なのか訴えるように視線を向けると理由を教えてくれた。どうやら乃木さんの方から今の私の実力を直接確認しておきたかったらしい。後日は他の人にも手合わせを考えているみたいで、何故かその一番手に選ばれてしまったのが私だって……。
「先程の走り込みの結果、お前達三人は特に尻を叩く必要があると考えた。本気で取り組め、鹿目」
「そ、そんな……私、これでも一生懸命……」
「だったらそれを私に証明してみせろ。勇者として相応しい姿を見せてみろ!」
助けを求めるように教師を見つめるも、そっちはそれで異論は無いようで……。
私……誰かを武器で攻撃するのはこれっぽっちも慣れてない。嫌いなのに……。それが模擬戦と言えども、知ってる人を私のこの手で傷つけるような真似は無理……。痛いのも嫌だ……。
勝手に話が進んでいって、私には訓練用の杖が渡された。天魔反戈ほどではないけど十分丈夫な杖だ。鉄製だから重量もずっしりとしていて……鈍器としての威力は申し分無し……。
……今更中止を訴えることはできない。せめて怪我をしないよう、怪我をさせないよう気をつけよう……!
「両者、準備はよろしいですか?」
「…はい…!」
「……うむ」
乃木さんは目を閉じている。とても静かで、精神が研ぎ澄まして集中しているんだって伝わってくる……。
「始めッ!」
「……っ」
開始を宣言されるけど、乃木さんは木刀の柄に手をかけたまま微塵も動かない。それなのに、凄いプレッシャー……本当にこれが私と同い年の女の子のものなの……?
私はプレッシャーに気圧されて一歩前に出ることもできなかった。
「……来なければ、こちらから行く」
「!」
次の瞬間、踏み込みからかドンッと床から音が響くのと一緒に、一瞬で乃木さんがこちらに接近した。反応が少し遅れて、その位置は私からもう1メートルくらいしかない…!
このままじゃ攻撃される…! 咄嗟に私は杖をもっと強く握り締め、迫り来る危機を対処するように振りかぶる。
「やあぁぁぁ!」
「甘い!」
「っ…!?」
更に速く飛ばされた乃木さんの気迫に一瞬身体が怯んでしまう。そして目にも留まらぬスピードで乃木さんの木刀が鞘走る。激しく叩かれた杖から手元に強い衝撃が伝わり、握り締めていたはずの鉄製の杖は呆気なく弾き飛ばされた。
「はっ!」
「ひっ…!?」
木刀の切っ先が私の喉元に突きつけられる。寸止めで当てられなかったけど、一瞬で無力化されていつでもトドメを刺せる状況に全身の力が一気に抜け落ちて、私はその場に立っていられずへたり込んだ。
「これが実戦なら今、少なくともお前は二回は死んだ」
「そこまで!」
「……案の定素人に毛の生えた程度の……いや、これで戦場に立つと言うのなら、もはや素人と何も変わらないな」
「……っ」
「こうして立ち合って、お前の武器から伝わってきたぞ……試合だというのに、雑念まみれのお前の心が」
心臓がバクバクする……。木刀が突きつけられるだけではなく、本当に突き刺さるように上から見下ろす乃木さんの冷めきった視線……。明らかに私の体たらくに失望しているかのような、それでいてその事を責めるかのように、乃木さんは厳しくこう言い放つ。
「真剣にやっていたのか!? どこかで手を抜こうと思っていただろう!」
「っ、違っ…」
手を抜くつもりなんて無かった。ただ、傷付けるのも傷付けられるのも嫌だった。だけど結局、それが理由で私の動きや判断が鈍ってしまったのは事実かもしれない……。
「もっと注意深く相手を見ろ! それから杖の持ち方がまるでなっていないから簡単に落とされる! 振りもだ! 腰の使い方が中途半端! 腕の力だけに頼ろうとするな!」
「……は、はい……」
「勇者としてその怠慢な考えは無責任だ。実戦ではこうはいかない、一瞬の油断が死に繋がってしまうんだ。腑抜けた甘い考えなんてものは捨てておけ」
「…………」
「それができないなら、早々にここから立ち去るがいい」
……間違った事は言ってないんだと思う。あんなに呆気なくやられてしまえば、私の腕前が未熟なのは疑いようがない事実なんだ。
だけど……乃木さんの言葉の中にはかつての私が幾度となくぶつけられた嫌な感情と極めて似ているものがあるように思えてならなかった。多分、乃木さん本人は全く意識していない……。それが当然だと思っているのかもしれない……。
───鷲尾さんってこんな簡単な事もできないの?
───もう休んでる。なっさけないなー
『そんな様で勇者が務まるか!』
『この程度の走り込みで音を上げるとは……なんて体力の無さだ……』
『少しは私や土居や友奈に追い付こうとは思わないのか』
……やっぱり、同じだ……。
乃木さんは凄い人だ。それは良い意味で……。勇者としての責任を果たそうと、いつだって真剣そのもの……そしてその想いには結果がくっ付いている。決して簡単なんかじゃないのに、乃木さんはそれを成し遂げられる人なんだ……。
私には、そんなに上手くこなせない。頑張っても結果を残せない。それでも何とか頑張ろうとして、ひたすら前に向かって走っていても、他の人達は私の前を悠々と走り去っていく。そしてその人達は決まって私にこう言うんだ……「どうしてできないの?」って……。
もちろん私自身にも非はある。だけど一つの非から、残りの努力全てもまとめて否定されるのは腑に落ちない。それらが最初から考慮されていなくて、当然のように無視されているのなら尚更……。
頑張っているのに、その人達からしてみれば私は全然なってなくて、怠けてばっかで弱々しい存在……。頑張っているのにその努力は今まで何度も否定され続けてきた。特にそう、私なんかが手を伸ばしても届かない所にいる人には、私の努力は全く伝わりはしないんだ。
◇◇◇◇◇
(2015年9月29日、鹿目ほむら……っと)
大社から定期的に書くように言われているこの“勇者御記”。愚痴をこぼしたみたいになってしまって、とてもバーテックスと戦う勇者が書いたものとは思えない。どことなく申し訳ない気持ちになりながら、私は勇者御記を閉じてため息を吐いた。
……格好悪い。日記ですらこんなマイナス思考なんて頼りなさすぎる。乃木さんの言う通り、こんな様で勇者としてやっていけるなんて……思えない……。
「ほむらちゃん、お風呂空い…」
「……私…こんなので本当にやっていけるのかな……あ……」
「たよ……って、どうかしたの?」
ちょうどそのタイミングで先にお風呂に入っていたまどかが部屋に戻ってきた。バッチリ私の不安たっぷりの独り言も、聞かれてしまったみたいで……。
「……えっと……そのぉ……だ、大丈夫だから、気にしないで…?」
「う、うん…?」
「お、お風呂入ってくるね…!」
まどかにはこんな情けない事で心配をかけたくない。あんな化け物と戦うための訓練をしているって事は、いつかはあれと本当に戦う時が来る。それなのにその訓練でさえまともにこなせていないと分かれば、まどかにだって不安にさせてしまいそうだから……。
話題を逸らすように、急いで着替えを持って部屋から出る。後ろからまどかの呼び止めるような声が聞こえたけど、それから逃げるように……。
……何やってるんだろう、私。なんでまどかから逃げるんだろう。まどかに心配をかけたくないって、不安にさせたくないって……そんなのまどかを盾にした言い訳だよ……。
私は勇者に選ばれたのに、守るべき人達を守れないなんて申し訳が立たない。私は……死ぬほど恐くても守りたいから、勇者として戦う道を選んだのに……。
不甲斐ない自分自身を責めるように、私は溜め息を吐きながらお風呂場に向かった。すると家の玄関の方から扉が開く音、そして声が聞こえた。
「ただいまぁ……」
「お帰り。今日もお疲れ様」
「おぉー……ネチネチネチネチくだらねー事で絡みやがって、あんの経理のハゲオヤジ……残り全部毟ってやろうかってんだ」
鹿目詢子さん……まどかとタッくんと、今の私のお母さんが仕事から帰ってきた。毎日夜遅くまで働く、鹿目家の大黒柱。まどかと違って気が強い人だけど、やっぱりまどかのお母さんなだけあって優しくて、そして格好いい大人の女の人だ。
「……ん? おおほむら、ただいま」
「うん、お帰りなさい」
「聞いてくれよほむらー。ウチの会社のジジイ、無責任ったらありゃしなくてよー」
「無責任……」
「ははっ。ほむらちゃんに仕事の話は難しいから、愚痴は僕が聞いてあげるよ」
「ん、そう? あ、でもパパ、ほむらちゃんじゃなくてほむらだろ。この子はまどかとタツヤと同じでアタシ達の子供なんだから」
「おっと。ごめんね、ほむら」
全く関係ない話だろうけど、無責任という言葉が私に重くのし掛かった。
今日乃木さんに言われたばかりの言葉……私があの人には怠慢で無責任にしか見えていなかった。そのショックは未だに抜けていなくて、私は曖昧に頷いてお風呂場に踵を返そうとした。
「ほむらは今から風呂か?」
「え…うん」
「まどかは?」
「今日は先に…」
「………ふむ、ちょっと待ってな。パパ、ご飯は後からでいい?」
「解った。今日は美味しいお肉が手に入って肉じゃがにしたんだ。お酒冷やしておくよ」
「やった♪」
何だろう……彼女は靴を揃えて玄関を上がると早歩きで廊下の先の自室に入っていった。その部屋の中には今は離乳食を食べたばかりのタッくんがスヤスヤ眠っているはず……。あの子はかわいいもんね。顔を見に行きたい、ずっとあの子を見ていたくなる気持ちはよく分かる。
ところが、彼女はすぐに部屋から出てきた。両腕にパジャマのような、着替えの一式を抱えながら。
「一緒に入らない、ほむら?」
「……え?」
……………え?
「痒いところはありませんか~」
「ううん、気持ちいい」
そんなこんなで何故かお母さんも私と一緒にお風呂に入ってる。正直戸惑ったけど、まどかとならよく一緒にお風呂に入ってるし、別に変な事なんかじゃないって思ったから何となく受け入れた。
今日は偶々私が勇者御記に書く内容にためらって時間を掛けてしまったから先に入ってもらったってだけで、むしろ普段の方がまどかと二人で一緒にってケース。……最初はものすごく恥ずかしくて、お風呂の熱気と合わさってよくのぼせていたけど……。
「ふ~む。やっぱりほむらの髪質は光るものがあるな」
「そ、そうかな……?」
「普段は三つ編みだろ? それも可愛いし似合ってるけど、もっと色んなヘアースタイルを試してみたくなるっていっつも考えちまうんだよなぁ……で、どうだい?」
頭を優しくわしゃわしゃと洗ってもらいながら、いきなりそんな事を言ってくる。垂れてくる泡が目に入らないよう、しっかり目を閉じてるから見えないけど、その声は弾んでいてお母さんがどんな様子でいるのかすぐに想像できる。
「い、いいよ、やらなくて……私あんまりおしゃれするの慣れてないもん……」
「いやいや~、だったら尚更やってみた方が良いって。慣れないまま放っておけばずっと慣れないまま、やらないままだからさ」
「うっ……」
「それに女は外見でナメられたら終わりだよ。おしゃれを磨くのは全然悪い事じゃないんだし、ほむらは絶対輝くって。大丈夫、アタシが保証する」
「……じゃあ…ちょっとだけ、なら……」
……こんなに私の事を励ましてくれる大人の人なんて、今までに本当の両親以外にいただろうか。自分でも私自身は冴えない地味な眼鏡女……ぱっとしない、雰囲気も他より暗い人間なんだって自覚はあった。でもこの人達は一度たりとも私に対してそんな印象を抱いた事があるようには思えない。
そんな人との何気ない会話。それが居心地が良くて、お母さんと話していく内に自然とさっきまでの嫌な事ではなく、別の楽しい事が頭の中を占めていく。
「……そういえば、どうして今日は一緒にお風呂に入ろうって思ったの?」
「そりゃああんた、一緒に入りたいって思ったから」
「………?」
「まあ、もっと言えば、ほむらの奴何か悩んでそうだなーって見えたから、話し相手になりたかったのさ」
「っ!」
思わず目を見開いた。だって独り言を聞かれそうになったまどかが怪しむなら分かるけど、この人には普段通りの姿しか見せていないはず。
玄関でそれっぽい事は何も言っていないのに、お母さんはその場で私の悩みに気付いて……お風呂場で聞き出そうとした…?
「……そんな事ないよ、大丈夫…」
私は嘘を吐いた。まどかの時と同じで、あんな情けない事を打ち明けるのは申し訳なかったから……。
「おいおい、大人を舐めるなよ。いつもと雰囲気が少し違うし一目で分かったよ。パパも心配そうにほむらを見てたしバレバレ」
「うぅ…」
「まあそのくらい親子なら当然分かるもんさ」
「私、二人の本当の子供じゃないよ…?」
「むっ、こーら」
「うわっ!」
窘めるような声と一緒にいきなり頭から桶いっぱいのお湯を掛けられる。一気に泡が落ちるけど、何の合図も無しでやられたから少し目に入ってしまって痛い……。
「そんな事言うもんじゃない。さっきも言ったろ? ほむらはまどかやタツヤと同じ、アタシとパパの
「……ごめんなさい」
……この人達は本心から、私の事を想って見てくれている。血の繋がりは無いのに、まどかやタッくんのように、私を本当の娘として愛してくれている。なのに今の私の言葉はひどかった。私はまだ認めていないみたいで……。
反省の言葉が出ると、もう一度お湯を掛けられる。今度はさっきみたいに一気にじゃなく、泡を洗い流すように優しく。
「……血の繋がりは無くても本当の親子だって誰にでも胸を張れるよう、アタシ達も頑張るからさ。鷲尾さん達が安心できるぐらい、ほむらと一緒に幸せな家族になりたいんだよ」
「……うん。私も…」
私も、この人達と幸せになりたい。あの時失ってしまった存在を、もう一度手放すなんて事は絶対に嫌だ。
私とこの家のみんなは奇跡的に繋がれた。なのに私が自分からその繋がりを無意識に緩めていた。悩みが情けないからって、心配するみんなから逃げて一人で抱え込もうとするなんて……。
悲しいのはもうたくさんなのに。それじゃあ自分だけじゃない……まどかも、お母さんも、お父さんも、タッくんも……パパもママも、みんなが悲しむだけだ。
「……上手くいかなくて」
「何がだ?」
「全部……訓練も、他の人とのやり取りも…」
一人で闇雲に歩き続けるのは止めよう。手を伸ばしてくれる人がいるから、私はその手から身を引かずに掴み取らなくちゃいけない。情けない話、そうしないと私は間違いばかりでろくに歩けないんだって分かったから。
だから全部話そうと思えた。一人で抱え込もうとしていた悩みを……失敗ばかりで、勇者失格と言われた私はどうするのが正解なのかって事を。
「───それで情けなくなって……私は全然、勇者にふさわしくないって」
「つーか、アタシは今でも勇者計画なんてものは認めてないけどな。ほむら達が危険を冒してあんな化け物と戦うなんて事、子供が命を張って胡座をかいてる大人が守られる事自体がふざけてやがるんだ」
お母さんから真っ先に返ってきた言葉がそれだった。話の根幹の部分から否定されて思わず言葉が出なかったけど、かつてお母さんが退院を控えた私の所に御役目を伝えに来た大社の人の胸倉を掴んで、物凄い剣幕で怒鳴り散らして追い返した時の事を思い出してしまった。
お母さんは勇者と大社に良い印象とは真逆の物しか抱いていない。お父さんも私達が戦うと聞かされた時は、全く納得のいかないような顔をしていた。
理由はさっき言っていたように、子供をあんな恐ろしい化け物と戦わせようとし、それが当然の事であると信じて疑っていないから。二人の持っている倫理観や価値観とはあまりにもかけ離れていて、二人には大社のやろうとしている事が幼い子供達を犠牲にして自分達だけが助かろうとしている風にしか見なかった。
「……言われた通りに、はい分かりました…って辞めるか? 勇者なんて立場。悪いけどアタシとしてはそっちの方が嬉しいよ」
「………」
「けどな、あの時のお前の言葉は信じるって約束したんだ……約束、しちまったもんなぁ……」
そんな勇者計画に私が加わるのを二人が猛反対する中、私は説得した。今後一生無いんじゃないかってぐらい、周りに流されないで自分の意見だけを貫き通した。
「その乃木って子は熱くなりすぎだな。責任感は強いみたいだが視野が狭い」
「そう…なの?」
「まだまだ青っちぃガキってこった。ほむらと何も変わらない小さなお子様だ」
「……5年生に小さなお子様って……。幼稚園児みたい…」
「ははっ、悪い悪い……そうだな、思い返してみな、ほむら。アンタがどうして勇者として戦おうと決心したのか」
あの事件で私は心に深い傷を負い、ずっと私を守ってくれると信じていた居場所までも奪われたのに、気がつけば私の側には別の居場所ができていた。
失ってしまった物は二度と元には戻らない。だからそれは私の大切だった存在とは違うもののはずなのに、傷つき壊れそうになっていた私の心を優しく包み込む。やがて私は涙を流すようになって……それは絶望しか残されていなかったはずの私に、希望という光を取り戻させてくれた。
「その命はテメェ一人だけのための命じゃない……だったよね?」
「……ああ、そうだ。正直言い返されるとは思わなかったなぁ」
「……分かってる。私にもよく分かってる」
大社からの使者から、私が勇者という世界を救える存在になっていた事を知る。まどかも神様の声を聞く神聖な力が芽生えていたと教えてもらい、私達の使命を知った。
恐ろしかった。あの時の光景がはっきり頭の中を過って身体の震えが止まらなくなって、その大社の人以外のみんなが行かなくていいと抱きしめてくれた。
私の中で震える心をみんなが温める……それなのに恐怖は消えない。みんながいるのに……そう考える度に恐怖心は大きくなった。
私達の前に現れたあの化け物、バーテックスは私が倒した……でも、バーテックスは一体だけじゃない。世界中に現れている。もう一度、みんなの前に現れてしまうだろう……もう一度、奪われてしまうだろう……。
そんな思いを抱える日々が続き、悩みに悩み……答えを出した。怖くて、恐くて……だから嫌なんだ。あの化け物は恐いけど、それ以上に恐くて耐えきれない事がある。それを私が何とかできるかもしれないのなら……立ち上がれるには十分な理由だった。
「みんなと一緒に生きたいの。みんな大事で、絶対に守らなきゃいけないから」
どんなに大切に想われてるか知ってるから自分を粗末にしちゃいけない。
命がけになるのは分かってる。それでも私は守るんだって誓ったから。大切な人を……その命も、心も……。
『生きてこの家に帰るから』
「まぁこの話でアタシが言いたい事はアレだ。ほむらの覚悟はその程度の事で諦めるものだったのか?」
「ううん、そんな訳ない」
「だろ? 周りの評価なんてもんは気にするな。あの時のほむらの答えは本物だ。情けない奴の答えって事は絶対に有り得ない……な」
……私の決意を間違っているなんて思われたくない。そのハードルの大きさと、今の私の訓練成果にはとても大きな差があるのはまだ良い……とは楽観的に見れないけど、頑張ってその差を埋めることができれば……。それよりも、ここで諦めてしまう方が駄目なんだね……。
大丈夫。この決意だけは、きっと変わったりなんかしない。
「……お願いほむら。ちゃんと帰ってくるんだぞ。アンタまでいなくなっちまったら、アタシもパパも、きっと生きていけない……まどかもまた苦しんでしまう」
「……うん」
「……アタシ達が前住んでいた所でのまどかの友達も連絡が取れないまま……。アタシの学生時代からのダチもそうだ。無事なのかそうじゃないのか……きっともう、心配するだけ無駄になっちまってるんだろうけどよ……」
「お母さん……」
「……まどかに残されたものは、こっちに引っ越してから得られたものしかもう残ってねぇんだわ。ほむら」
悲しげなその言葉を聞いて、私の想いはより強くなる。悲しいなんて感情の辛さは私がよく知っている。大切な人を失った痛みも知っている……。
絶対に繰り返してはいけない。
「こんな世の中になっちまったって言っても、まどかの誕生日ももうすぐだ……辛い事を忘れろなんて言えないけど、やっぱり誕生日ぐらい心から笑っててほしいよな……」
そうだね、誕生日なんておめでたい日ぐらい心から…………
「………まどかの……誕生日……?」
今でこそ私も鹿目家の一員だけど、みんなが丸亀市に引っ越してきたのはたった3ヶ月前。私と初めて出会ったのも、まどかが転校してきてからだからまだ3ヶ月も経っていない。
まどかの誕生日って、いつ…? 戸籍の変更の時に、私よりも誕生日が早いから、私が鹿目家の次女でまどかの妹になっているって事しか聞かされてないような……。
「………もしかして言ってなかったか? 今度の土曜、10月3日」
「初耳だよ!!?」
その肝心のまどかの誕生日がいつなのかは知らないまま時間が過ぎて……こんな大事な事、どうして今頃になって分かっちゃうの!? こんなギリギリのタイミングで!
「……マジか……わりぃ」
「お、お母さ~ん……!」
不平不満の声がお風呂場に響く。まどかは私にとって初めての友達で、大切な家族なのに、誕生日なんて記念日をちゃんと祝えないなんて嫌だよ!
でもまどかの誕生日はあと一週間も無くて、その間にできる事なんて……というか私、パパとママしか誕生日を祝った記憶がないからどうしたらいいのかも……わからないよぉ!!
◇◇◇◇◇
「あ、ほむらちゃん、ちょっと」
「ね、ねえまどか……誕生日なんだよね…? 今度…」
「……え? うん、そうだよ?」
「お、教えてよ…! 私知らなかったのに…!」
「えっ、そうだったの!? わたしてっきり…」
「もう!」
悶々とした気持ちで部屋に戻ってすぐにまどかに確認を取る。そしてそんな大事な事を今まで教えてくれなかった事実に、お母さんと同じで不満の声が出てしまった。
でも怒ったら駄目……。まどかをお祝いするんだもん。お互いに嫌な思いをするなんて嫌だから……まどかが喜ぶ事を考えないと!
「欲しいもの、何かない…?」
「誕生日プレゼント?」
「うん! 何!?」
「ほむらちゃんから?」
「そう!」
身を乗り出して大事な内容を一字一句逃さないよう集中する。まどかはそんな私に呆気にとられてるかのように固まって……そしてゆっくり笑みを浮かべる。
「……嬉しい、ありがとう」
「それで何!?」
「……ほむらちゃんがプレゼントしてくれるなら何でも嬉しいよ」
「具体的には!?」
「何でもいいんだって」
「ええっ!?」
そんな……何でもいいなんて、選んだ物が本当に良いのか分からなくなるじゃない! 自由じゃなくて不自由な選択をするんだよそれは!
「欲しい物だよ!? 何かあるんじゃ…」
「もー。だから欲しい物はほむらちゃんからのプレゼントなんだって!」
軽くほっぺたを膨らませるまどか……これは本当に、何でもいいと思っている……!?
私が自分で、まどかに合ったプレゼントを選ぶの……!? でもそれがまどかが一番望んでいることなら……。
「……か、考えてみる……」
「うん! 楽しみにしてるね!」
うぅぅ……どうしよう、どうしよう……! 時間もあまりないのにプレゼントをただ買うんじゃなくて、私が自分で考えて用意しなくちゃいけないなんて……!
翌日、私は眠たい両目を擦りながら丸亀城に向かっていた。あれからずっと考えているけど……はい、眠れませんでした……。
「……ほむらちゃん……あんまり無理はしない方が嬉しいかなって……」
「……ごめん」
私、今まで友達なんていなかったから、誕生日に何をしたらいいのかなんてよく分からない。パパとママの誕生日にはお花とか手紙とかを贈ったりしたけど、まどかもそれで喜んでくれるのかな……?
「ではこの直方体の展開図の体積を……鹿目ほむら様」
(まどかってぬいぐるみが好きだよね。部屋にもいっぱいあるし。でもぬいぐるみって高かったりするよね……お母さん達がプレゼントするかも……)
「……ほむら様」
(まどかの欲しそうなもの……まどかの欲しそうなもの……ゲームはあまりやり込んではいないし、本も難しいのは苦手って言ってたからあまり好きじゃないかも……。音楽は……音楽! まどかって前に演歌が大好きで詳しいって言ってたから演歌のCD……私は全然演歌に詳しくないから選べない!)
「ホムちゃんホムちゃん、先生から呼ばれてるよ」
「……え…? …あ…すみません…! 何でしょうか…?」
ふと気がつけば授業中にもまどかへのプレゼントを考えて込んでいた。自分が当てられたと分かった時には、教えてくれる先生の目が鋭くなった時で……。
いや……それよりも恐ろしいのが……!
「……もう結構です。ほむら様、授業は集中して取り組むように」
「……ご、ごめんなさい……」
「乃木若葉様、答えを」
「ブツブツブツブツブツブツブツブツ」
「………若葉様?」
……昨日乃木さんに怒られたばかりなのに、ここでも気に障る事をしてしまったら今度こそ何も言い返せない……昨日も縮こまることしかできなかったけど……。
「……若葉様まで、いったいどうなされて……では次、土居球子様」
「んガッ!? 何で今日に限って答えないんだよ若葉ァ!!」
……まずいよね……訓練だけじゃなく授業も不真面目だと思われれば……。今度乃木さんに捕まりでもしたら、強制的にここから追い出されてしまうかも……! でも時間が惜しいし、正直授業に集中できるとも思えないし……うぅぅ…!
そして授業が終わって先生が退出した後、すぐに私も教室から出て他の空き部屋に逃げ込んだ。ここならさっきの授業中の不注意で怒るであろう乃木さんの魔の手は来ないはず…! ここは耐えて、次の授業で真面目に取り組む姿勢を見せたらなんとか許してもらえるか……。
「鹿目! ここにいたのか!」
「ひゃいっ!!?」
「探したぞ……む、どうかしたか?」
「のののの乃木さん!?」
……呆気ない……早すぎる……。乃木さんに見つからないよう隠れたのに……終わった……。心臓がすごくばくばく動いて……昔の身体が弱いままだったらきっと倒れてます……。
「あ…あの……な、何でしょうか……?」
「その……少し相談というか、教えてもらいたい事があるのだが……」
「そ、相談…?」
その時ふと気がついた。乃木さんの様子がおかしい。少なくとも昨日のような私にあからさまに失望しているようなものとは違う……。
何度も何度も鏡に映る自分自身で見た、何かに迷っているような、不安そうな目……。乃木さんが……迷ってる…?
「……えっと……今忙しいと言うか……難しいと言うか……わ、私なんかじゃ力になれるとは……他の方は…」
「お前じゃなければ駄目なんだ! 頼む!」
「…え、えぇ…!?」
お、おかしいです!! あの乃木さんが私に頭を下げるなんて!! 怒られるような事しか身に覚えがない私にとって、目の前のこれは恐怖以外の何物でもありません!!
「頼む!! 私と一緒に……ひなたへの誕生日プレゼント探しを手伝ってくれ!!!!」
「………!?!?!?」
この時の私は、この数日間で彼女、乃木若葉へのイメージががらりと変わる事を……薄々感づいた…と思う……。