ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第三十二話 「散華の被害者」

 真実を知り、私達は学校の屋上に風先輩を呼び出した。私達の姿を見るや否や、樹海化が解除された後いなくなっていた事を聞かれる。

 元々風先輩に話す内容だ。私達はあの戦いの後に何があったのか全てを話した。誤魔化さず、ありのまま起こった事全てを。私達の身に起こった散華という現象も。

 

「アタシ達の体は……もう元には戻らない…?」

 

 風先輩がか細い声で尋ねる。私と友奈、東郷はその問いに彼女が納得できる答えを教えられない。希望なんてどこにも見つからないのだから。

 

「高嶋彩羽と乃木園子の言葉が嘘ならば……だけど彼女達は決して嘘を吐いていませんでした」

「事実、あの二人の体も……」

 

 両目と、自己申告によると両腕に内臓と痛覚を失っていると語った高嶋彩羽。

 左目と口以外を包帯で巻かれ、ベッドから全く動けていなかった乃木園子。

 

 彼女達が心から流した後悔と絶望の涙を見せられて、彼女達が嘘を吐いていると現実逃避をするのは間違いだ。紛れもない真実……私達の身にふりかかっている絶望なのだ。

 

「……その話、樹と夏凜には?」

「いいえ…まずは風先輩に相談しようと思って」

「……じゃあ樹と夏凛にはこの事はまだ言わないで。確かな事が分かるまで変に心配させたくないから…」

 

 ちょうど雨が降り始め、この話は必然的に終わりを迎える。この日は一日通して勉強をする気が起きない。窓の外を見ても、そこに見えるのはまさに私達の今の心境を表しているかのような天気で嫌気がさす。戦いは終わったというのに、まさかその後にこんな最悪な結末が待ち受けていたなんて思いもしなかった。

 私が失ったのは痛覚だ。普通の人間とは違う、痛みを感じない体は便利と思えなくもないが気味が悪い。幸い日常生活に支障をきたすものではないが……。

 でも私以外のみんなは違う。風先輩は左目、樹ちゃんは声帯、友奈は味覚だ。失ってしまったものが致命的すぎる。視界も、声も、味も、永遠に欠けてしまった。

 東郷は左耳……だけだと思っていた。きっとそれだけではないはず……彼女が満開で失ってしまったものは。

 

「ほむら」

 

 ふと名前を呼ばれ、自然に目がそちらを見る。そこにいたのは夏凜で、怒っているような目でこちらを睨みつけていた。

 

「……何?」

「いいから面貸しなさい」

「………」

 

 無言で席を立った瞬間、夏凜に腕を掴まれる。そのまま彼女に引き摺られるように教室の外に連れ出され、早歩きのまま人気の少ない空き教室の前に連行される。夏凜は苛立ちを隠す気がないのか勢いよく扉を開け、バンッ!!っと荒々しい音が廊下に響く。

 

「ちょっと夏り」

「ふんっ!」

「きゃっ!?」

 

 そしてまさかの足で空き教室の中に叩き込んだ。

 

「い、いきなり何するのよ…人を足で突き飛ばすなんて酷いじゃない…」

「……この前風から聞いたけど、あんた痛覚無くなってるんだってね。正直半信半疑だったけど、思い切り蹴ったのに痛がってないってことは本当のようね」

「っ……!」

「なんで私に黙ってた」

 

 そういえば樹海化が解除される直前、夏凜は私達の危機迫る様子を訝しんでいた。私達が高嶋彩羽と乃木園子から話を聞いていた時に、夏凜もまた風先輩から黙っていた後遺症の存在を聞き出したのだろう。

 夏凜は怒っているのだ。仲間であるのにそんな重要な事を隠されていた事に。

 

「……ごめんなさい、みんなに心配を掛けたくなかったの」

「でしょうね。ほむらも友奈も東郷も、みんなお人好しの大馬鹿ばっかだからそんな事だろうとは思ってた……余計なお世話よ!」

 

 夏凜は感情を込めながら言い放つ。まるで七月のバーテックスの総攻撃の最後、自分以外が倒れ仲間達に必死になって起きろと声を掛けていた時と同じ様な……そんな悲しみが込められていた。

 

「なんで誰も教えてくれなかったのよ……。あんた達が悩んでいる間、私はそれに気付けなくて……とんだ大間抜けじゃないの…!」

「……ごめんなさい」

「あんた達は私の仲間で……友達なのよ…。勝手に悩みを抱え込まないで、私達に打ち明けなさいよ!」

 

 夏凜の言葉が胸に突き刺さる。自分の事だからと、心配を掛けるからと思って黙っていた私はなんておこがましかったのか。

 悩んだら相談、勇者部の鉄の掟だというのに……何が悲しませたくなかった…よ。ずっと大事な事を隠して、そのくせ自分を正当化していただけじゃない。夏凜が後遺症の事を知った時、間違いなく私達とは違った不安が押し寄せていたはずだ。

 友奈だってそうだ。散華という絶望を聞かされて私も痛覚を失っていたと知った時、あの子の顔は真っ青だった。自分の後遺症の事を黙っていたのは友奈も同じ……でも私は友奈が味覚を失っていた事は知っていて、あの時の友奈の気持ちを味わった訳ではない。だがそれがどれほどまでに辛いものなのか、考えてみれば当然で…想像以上に苦しいものだった。

 

「……本当にごめんなさい。勇者部の部員として恥ずべき行いだったわ…」

「……誓いなさい。もう二度とこんな真似はするんじゃないわよ…!」

「ええ…」

「樹にも謝っておきなさい。あの子もショックを受けていたから」

「分かってる。後で土下座してくるわ」

「いや、そこまでしろとは言ってない……逆に樹が困るでしょうが」

 

 でも私がやったことを考えると土下座でも生温いと思うのだけど。三人に対してやってしまった事を自覚してしまうと罪悪感が半端ないし……。

 

「それで実際どうなの?」

「やっぱり土下座はするわ。誠心誠意を持って樹ちゃんに謝罪する」

「土下座から離れろっての……そうじゃなくて、後遺症が治る目処は立ってるのかって聞いてるのよ」

 

 その質問に私の体は硬直する。

 後遺症が治る目処? そうだ、夏凜は知らないんだ。私達も先代の勇者達もこの散華によって今もこれからも苦しめられている事に。

 

 ……どうする……どうすればいい……?

 風先輩は樹ちゃんと夏凜にはまだ言わないでと言った。確かな事が分かるまでは、二人に心配してほしくないと……。

 でもそれは逃げだ。確かな事が分かるまでは?受け入れたくないけど、真相は疾うに明らかになっているのよ。私だってまだ諦めたわけじゃない。けれど、よほどの奇跡が起こらない限り望みすらない。

 本当に奇跡が起こって失った体を取り戻す前に、樹ちゃんと夏凜は不可能に近い回復をどれほど切望して苦しむというの? あれは風先輩が散華を受け入れたくないから……希望に縋って出した逃げの言葉にすぎない。

 

 ……それに、私ももう夏凜達を裏切りたくない。

 

 だから……ごめんなさい、風先輩……。

 

 

 

 

 数分後、讃州中学校の空き教室の一つから一人の少女の怒声が響く。その声と共に怒りをぶつけられた机が蹴り倒され、少女、三好夏凜の顔は青ざめ、体は震えていた。

 

「勇者が……供物ですって…!?」

「そして何度も満開を繰り返した先代勇者は現在大赦の人間に奉られている。家族や友達とも会うことはできない……」

「聞いてないわよ、そんな話…!!」

「少なくとも私達は見たわ。二年前に満開して、今なお体を散華で失ったままの二人の勇者を」

 

 分かっていたことだが、大赦が派遣した勇者である夏凜も散華の事については隠されていた。だが夏凜といい先代勇者の二人といい、これはもしかすると、大赦は私達勇者を都合のいい道具としてしか見ていない? 苦しむのはいつだって私達だ。

 乃木園子は散華の事を隠すのは思いやりと言っていたが私にはそう思えない。ただ支配しているだけだ。言ってしまえば戦いを恐れて使い物にならなくなると、だから言わない。私達は大赦にとって貴重な存在ではあるが、同時に消耗品でもあり、それを長く使おうと模索していただけだ。

 

「……それじゃあ、みんなの体はもう…元には戻らないの…?」

 

 夏凜にとってはどれだけ酷な話か……大赦に裏切られ、自身がその人生を賭して成り上がれた勇者の末路がこんなものだったのだから。それに自分以外の勇者が散華している……これも夏凜が苦しむ要因だ。

 

 冗談じゃない。

 

「勇者部六箇条、なるべく諦めない……友奈がそう言ったわ」

「友奈が…?」

「私だってまだ諦めていない。必ず元に戻る方法を見つけ出してみせる」

 

 私が…私達が消耗品ですって? 認めない。認めてなるものか…! 勇者部の絆をそんな言葉で切り捨てるなんて絶対に許さない!

 

「……そうね…確かにショックだったけど、あんた達が諦めないなら私も折れてる暇は無いわ。私にできることがあれば何でも言って。いつでも力になるわよ」

「…ありがとう、夏凜。いつも心から頼りにしてるわ」

「それはお互い様……必ず見つけるわよ」

 

 散華の事を知ってから初めて笑えた気がする。今までで一番最悪な状況だが、一緒に立ち向かってくれる友達がいるだけでこうも心強いとは……。

 しかも夏凜なら私が知りたい事も把握しているかもしれない。

 

「早速だけど聞きたい事があるわ。夏凜が知っている、先代勇者の事について教えてほしいの」

「先代勇者? それはどうして?」

「結局の所、詳細を知っているのは彼女達だからよ」

 

 今更大赦が詳細を説明してくれるとは思えない。とことん情報は隠されるはずだ。でも高嶋彩羽と乃木園子は私達と同じ、被害者だ。

 まずはもっと詳しい話を知ることから始まる。先日分かれる際にも高嶋彩羽はもっと話したい事があると友好的だった。きっと大赦の人間よりも信頼できる存在、それが先代勇者のあの二人。

 ただ私は二人が今どこにいるのか知らない。でも大赦から派遣された勇者である夏凜なら、何かを聞いているかもしれなかった。

 

「……ごめんほむら、私も先代の勇者について知っている事はほとんど無いわ」

「知っている事だけでも構わない。今はとにかく情報がほしいの」

 

 私が知っているのは彼女達の名前と、二年前に大橋市で戦い満開した事……少なすぎだ。

 

「まずは……先代の勇者は四人いたわ。名前は高嶋彩羽、乃木園子、鷲尾須美、三ノ輪銀……会った事は無いけど年は私達と同じだったはず。あ、でも高嶋彩羽は一つ上だったような……」

「乃木園子は高嶋彩羽の事を先輩って言ってたし、その通りだと思うわ」

「でも勇者の内の一人、三ノ輪銀は途中で御役目を退いたらしくて、大赦はその三ノ輪銀の後継者を探し始めた。それで選ばれたのが私よ」

「えっ? 夏凜が…?」

「そ。各地から勇者候補生を集めて彼女の残した勇者システムの後継者を競ってたのよ」

 

 それじゃあ夏凜が使っているのは三ノ輪銀の勇者システムだったのね。でも確か高嶋彩羽はあの時『満開の実装がもっと早かったら銀ちゃんは死ななかった』と言っていた。三ノ輪銀は既に命を落としていて、この世にいない……か。

 

「他には………名前から分かるだろうけど、高嶋彩羽と乃木園子はそれぞれ高嶋家と乃木家の娘よ」

「? それが何か関係あるの?」

「大アリよ。高嶋家と乃木家は大赦の礎を築いた御三家……スリートップの内の二つにして、神世紀の始まりに存在した、初代勇者の末裔なんだから」

「初代勇者…?」

「もっとも初代勇者についての記録は大赦が徹底的に管理しているから、私もその詳細は全く知らないけどね。初めて訓練施設に来たその日に大赦の人間から説明されただけだから」

 

 ……初代勇者については気になるけど、夏凜も知らないなら仕方がない。それよりも二人が大赦のスリートップ、名家の人間だという情報が分かったのは大きな手掛かりだ。大赦のスリートップだというのなら出身は大赦本庁がある大橋市だと思われる。

 

「私が知ってるのはこれくらい……鷲尾須美については不明で、今どこで何をしているのかも分からない」

「………」

 

 整理すると、やはり話を聞けるであろう先代勇者は高嶋彩羽か乃木園子しかいない。そしてその二人が今いるのは大橋市の大赦が関係しているどこか……これは彼女達が大赦の人達に崇めている事から間違いないはず。

 

 ……けど、あの子もきっと大橋市にいるのよね…? どうしても彼女とも会って話がしたいが……

 

「……ねえ夏凜、高嶋彩羽の妹の入院先の病院は知ってる?」

「妹? いや、さすがに知らないわよ。あくまで先代勇者として聞かされていただけだから」

「……そうよね」

「なんで先代勇者の妹を気にしてるのよ? 別に関係ないじゃない」

「そうとも言えないわ。その子だって散華の被害者だもの」

 

 高嶋羽衣……勇者ではないが、話を聞く限り彼女も散華の被害者とも言える存在。大切な人と離れ離れにされてしまった子だ。

 『いろは』の妹で名前は『うい』……絶対にあの子だ。個人的にも放ってはおけないし、何よりも悲しんでいるであろう彼女を少しでも救いたい。

 

「……あんたらしい理由ね」

「お姉さんが今もずっと大切に想っている……その事を伝えるだけでも希望にはなると思うの」

「でもどうやって伝えるつもり? その子が病院に入院している事しか知らないんでしょ」

 

 夏凜の言う通りだ。高嶋彩羽達は大橋市にいて、妹のお見舞いに頻繁に行ってた事からこれも大橋市の病院だというのは分かる。でもどこの病院なのかは分からない。ずっと入院しているのなら設備の整った大型の病院かもしれないが、プライバシーに関わる事だからそこにいるのか教えてもらえないかもしれない。そもそも部外者に面会を許してくれるとは思えない。

 

「………どうしましょう夏凜…」

「どうしましょうって言われても……」

 

 いきなり手詰まり……勇者なんて大層な肩書きを持っていても、所詮はただの中学生。常識という壁の前にできない事は数多くある。大赦はその権力でさんざんやりたい放題でしょうに、私にもその伝手があれば……でも大赦に知り合いなんていないし………あ!

 

「夏凜! 頼みがあるわ!」

「何か思いついたようね。いいわ、ドンと来なさい!」

「私にあなたのお兄さんを紹介して!」

「了解!! ……ん? …………はああああああああぁぁっっ!!!?

「ちょっ、うるさっ…!」

 

 学校全体に響き渡り、震えるほどの絶叫が木霊した。これは先生が飛んできて説教される流れじゃないの…?

 

「ななななななあああんたいきなり何言い出すのよ!!? どうしてそこで兄貴が出てくるわけ!!?」

「そ、そんなに驚くこと…? 夏凜のお兄さんって確かエリートで、若いながらも大赦の中で高い地位にまで上り詰めた凄い人なんでしょ? そんな人に話を通してもらって、高嶋彩羽の妹と会うことはできないかと思ったのだけど…」

「くぅぅっ…! よりによってアイツに頭下げて頼んなくちゃならないなんて嘘でしょ…!」

 

 ……兄妹仲があまり良くないというのは前に話を聞いて察していたけどそこまで酷いの…? 悪い人だと思いたくはないけど、なんだかこっちまで不安になりそうなんだけど……。

 

「でもあの兄貴が私なんかの話を聞くわけないわよ!」

「その辺の事は私には分からないけど、今頼れるのは夏凜と夏凜のお兄さんしかいないの。友達として…お願い夏凜」

「ううぅ……! がああーーもぉぉーーー!!! 聞いてやるわよ!! 言っとくけど期待はするんじゃないわよ!!」

「なんだかその……ごめんなさいね…」

 

 でも夏凜のこの様子……期待するのは本当に無駄みたいね。どうしたものやら……。

 

 

◇◇◇◆◆

 

 放課後、呆けて口が開きっぱなしの私の目の前には大赦の仮面を付けた、一人の男性が立っていた。

 

「初めまして。お迎えに参りました、三好春信と申します」

「は、はい、初めまして……暁美ほむらです…」

「事情は妹より把握しております。高嶋羽衣様が入院されている病院へとご案内致します」

 

 どういう事よ夏凜!!? どうしてお願いしたその日の放課後の内に校門前にリムジンが停められてるのよ!!? 話が違うじゃない!!

 

 手厚くリムジンの中へと乗せられ、目的地に向かっている間もずっと混乱中だ。運転中の夏凜のお兄さん……春信さんもミラー越しで気になったのか声を掛けてきた。というかこの人よく仮面を付けたまま運転できるわね……。

 

「暁美様? いかがなされましたか?」

「あ、いえ……まさかこんなにも早く聞き入れてもらえるとは思っていませんでしたから…」

「私共は大赦の者として、勇者様のご要望を聞き入れるのは当然の事にございます。ましてや貴女様方は私の妹のお仲間にして友人……それに報いるのも兄としての務めでございます」

「…は、はぁ…」

「妹が私に頼み事をするのは初めてでございました。私があの子に良く思われていないのは存じておりますが、ご友人である貴女様の助けとなるために私に連絡を入れたのです。妹の成長を誇りに思います……暁美様、この場をお借りして、三好夏凜の兄として御礼申し上げます。夏凜のご友人となっていただきまして、誠にありがとうございます」

 

 ………どういう事よ夏凜!!? この人妹思いのとても良い人じゃない!!

 

 ……何はともあれ結果オーライだ。夏凜と春信さんのおかげで光が見えた。これで高嶋彩羽の妹と接触できる……待った、さっき春信さんは勇者の要望は聞くと言ったわよね…?

 

「……春信さん、できれば後日、高嶋彩羽と乃木園子に会わせてもらえませんか?」

「承りました。高嶋様と乃木様にご確認の後、面会可能な日にお迎えに参ります」

「っ…! ありがとうございます!」

 

 解決した!? 策が全く見つからなかったのにこうもあっさりと!? どういう事よ夏凜!!? この人聞いてた以上に話が分かる人だし有能じゃない!!

 

「つきましては暁美様にお願いしたく存じたい事が…」

「はい、何でしょうか?」

「妹の……夏凜が日頃楽しく過ごせていたのか、あの子の写真を頂きたいのですが、お持ちでしたら是非私にも……」

「え……まぁ、ありますけど…」

「本当ですか!? どのような物が!?」

「えっと……部活動の中で子猫と戯れている物とか、うどんを食べている物とか……あとは先月海に行った時の物ですけど…」

「そんな素晴らしい物ばかり……!! 何卒お願いします!!」

 

 ……シスコンじゃない…。

 

 

 

「着きました。こちらになります」

「ありがとうございます、春信さん」

 

 大橋市の大型病院に到着し、私は春信さんの後ろをついて中に入る。やはり大赦の持つ力故か、面会の許可は簡単に下りる。

 エレベーターで上の階に上がり、一直線で目的の病室の前へ……ネームプレートには『高嶋羽衣』と書かれている。

 

 この中にいるのは最愛の姉と引き離された少女。きっと今もずっと孤独の悲しみに押し潰されているであろう、幼い散華の被害者だ。

 

 春信さんは中に入らないようだ。そもそも会いたいと言い出したのは私だし、邪魔にならないようにと配慮したのだろう。

 扉をノックするも、声は返ってこない。だがここまで来たのだ、返事が無いなら勝手に入る。病室の中に当の人物は……いた。

 

「………誰?」

 

 姉と同じ桜色の髪。まだ小学生であろう小さな体には点滴が施されていて……その目は生気が全く宿っていなかった。

 環うい……高嶋羽衣は懸念していた通り、生きながらにして心が死にかけていた。

 

「初めまして。私は…」

「帰って」

 

 いきなり投げつけられた拒絶の言葉に足が止まる。

 

「お姉さん、また大赦の人が連れてきたんだよね? 誰だか知らないけど帰って」

「……そうする訳にはいかないわ。私は…」

「帰ってよ!」

 

 今度は鬼のような形相で猫の枕を投げつけられる。彼女がこの二年間、どんな思いで生きていたのかが分かる……大赦の都合で先代勇者達とは違った地獄を味わっていた。目の当たりにするとこうも苦しみが伝わってくるなんて……。

 

「わたしが会いたいのはお姉ちゃん達なんだよ! それ以外の人には会いたくないって何度も言ってるよね!? がっ…! ごほっ…げほっ…!! ハァ…ハァ……!」

 

 気が高ぶって体に無理がかかってしまったのだろう。苦しそうに咳き込み、両目から大粒の涙が落ちる。急いで彼女の側に駆け込み背中をさする。やがて少しは良くなったのか、咳き込みは治まったが今度は嗚咽をこぼす。

 

「お願いだから……みんなに会わせてよぉ……お姉ちゃん…園子ちゃん…須美さん…銀さん……ぅぁあああ…!」

「……羽衣ちゃん…」

 

 もうこの子は限界じゃないか。それなのに望みを叶えてくれない、姉達に会わせるだけの簡単な事すらやらない大赦に改めて怒りがこみ上げてくる。

 ……それに私自身も嫌になる。この子が高嶋彩羽達に会いたがっているのは最初から分かりきっていた事ではないか。なんで彼女もここに連れてこなかった…!

 

 過ぎた事を悔やんでも仕方がない。今はこの子を落ち着かせる事が重要だ。話を聞いてもらうためにも、スマホを取り出し写真を表示する。

 

「羽衣ちゃん、これを見て?」

「………え…? これ……須美…さん…?」

 

 私が見せた写真は先月みんなと海に行った時に撮った物。私と友奈、そして東郷の三人の笑顔が写った写真。

 

 そして今確信できた。やはり東郷は……

 

「ど……どうして須美さんがお姉さんと一緒にいるの!? あなたは誰なの!?」

「私は暁美ほむら。鷲尾須美の友達よ」

 

 東郷美森は先代勇者の一人、鷲尾須美だ。

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