ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第三十三話 「この世界に本当に希望は残っているの…?」

 東郷美森が私にとってどのような人物なのかと聞かれれば、胸を張って掛け替えのない友人だと主張する。

 

 出会ってから一年と半年。実際に過ごした時間はその程度だが、かれこれ数年以上のつき合いがあると錯覚しそうになるほど充実した時間だった。もっともそれは勇者部のみんなに当てはまる事だが。

 

 東郷は一番最初に出会った頃は少しおどおどしていた。その原因は両足が不自由だから、それと彼女が記憶喪失であったことだ。私と友奈はそんな彼女の不安を綺麗さっぱり無くそうとして、毎日一緒に行動していた。

 やがて東郷は事故に遭って大切なものを失ってしまった悲しみを克服するに至り、私達は互いの存在がなくてはならない、生涯の友になれていた。

 

 

 

 だからこそ……だろうか。私達が今まで東郷の過去を気にしなかったのは。一度も話題に出さなかった、普通ならあったはずの友達の小学生時代の話。本人も記憶喪失で語れない以上、辛い事故の記憶を思い返させるだけだと悟って自然に避けていた。

 

 

 そして今、知られざる東郷美森の過去の一部を掘り起こしている。それも決して交わることがないと思っていた出来事から……いや、そもそも交わってしまったのがあり得ない。

 

 東郷美森が二年前の勇者、鷲尾須美だなんて、誰が考え付くというの……

 

「……須美さんの……友達……?」

「……ええ。須美は私の最高の友達よ」

「……どこっ!? 須美さんはいまどこに…!」

「落ち着いて、羽衣ちゃん。大丈夫、ちゃんと話すから」

 

 身を乗り出して縋るように見つめられる。この反応…大赦は東郷の行方すらこの子に伏せていたのね。少しばかりとはいえ、大赦が教えることでこの子の心を癒せる話は多々あっただろうに……どこまで隠し事を徹底すれば気が済むのよ、大赦って組織は…!

 

「私達は讃州市にいるの。須美は去年の春にこっちに引っ越してきたのよ」

「讃州市…?」

 

 語るのは東郷と出会ったその日から今までの私達の日常。東郷が出会った素晴らしい人達の事を織り交ぜて、私達は勇者部という居場所で幸せな日々を過ごしていた事。

 ざっくりにだが簡潔に話すと、羽衣ちゃんの瞳は先程までとは違って光が宿っているように見えた。

 

「……よかっ…た……よかったよぉ…」

 

 その両目からは大粒の涙がぽたぽたとこぼれ落ち、嗚咽を抑えることなく震える声で呟いた。

 

「須美さん、大赦の人も何も教えてくれなかったから……もしかしたら銀さんみたいにって…! わたし、怖くて…心臓が張り裂けそうで…!」

「……うん、もう大丈夫。昔辛い事があったみたいだけど、今あの子は元気に前を向いて生きているわ」

「須美さんは…生きてる…! 幸せに…生きてるんだね…! う…ぅぅ…!」

「……よかったわね…羽衣ちゃん…」

 

 大切な人が生きているのか死んでいるのかも分からないまま、二年間孤独の中を生きていた少女は初めて歓喜で泣いた。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになり、それらは拭っても拭っても溢れかえる。

 私はそんな羽衣ちゃんを優しく抱き締め、溜まりに溜まってしまった不安を吐き出させるようにその頭を撫でる。

 

「……ごめんね。今日初めて出会ったばかりの人に抱きしめられるのは嫌だろうけど、放っておけなくて…」

「グスッ……嫌じゃないよ……ありがとう……ありがとう…! うゎぁぁ…あぁぁ…!」

 

 本当はぽっと出の私なんかじゃなくて、彼女達の内の誰かがやるべき事なんだろう。それを羽衣ちゃんだって切に願っているだろうに、私を受け入れてくれて……

 

 誓おう。私は羽衣ちゃんの味方だ……この子の姉や大切な人が戻ってくるまでの間、何があろうとも私が羽衣ちゃんの心を守り通してみせる。

 

 

◇◇◇◆◆

 

「……あの…えっと、ほむら…さん…?」

「うん、何かしら?」

「その……ごめんなさい、ほむらさんの制服が…」

 

 泣いてすっかり赤くなってしまった目を抜いながら、申し訳なさそうに謝られる。一瞬何について謝られたのか理解できなかったが、言われた通り制服に目を落とすと、涙やらでぐしゃぐしゃに濡れてしまっていた制服が目に入る。

 このくらいどうってことない。目の前で涙をこぼす少女を支えられたのだから、制服が濡れるなんて些細な事だ。

 

「ううん、気にしないで。困った人を助けるのが私達の仕事だから」

「……ありがとう。さっきは……ごめんなさい、帰れって怒鳴ってしまって……」

「それも気にしないで。あなたの気持ちは痛いぐらい分かってるつもりだから……だからこそ、私の方こそごめんなさい」

 

 私の謝罪の言葉に首を傾げ、不思議そうに見つめられる。この場に彼女を連れてきていたら、羽衣ちゃんはもっと救われていたに違いないのだ。

 

「この場に須美も連れてくるべきだった。確証を得たのがついさっきだったとはいえ、予想はしていたのだから」

「確証?」

 

 さっき羽衣ちゃんに教えた、東郷の今現在の話では、彼女が記憶喪失だということは伏せていた。あの段階で話せるわけがなかった。

 

「あの……須美さんはわたしの事を何か言っていたの?」

「………」

「お姉ちゃんと園子ちゃんが会えない事は聞いてるよ。でも須美さんは違うのに……須美さんはどうして一度も会いに来てくれないの…?」

「それは……」

「……須美さん、わたしの事…嫌いになっちゃったの…?」

 

 でもそれをいつまでも隠し続けていいものなのか……話すべきなのか、自信がない。話してしまえば羽衣ちゃんは間違いなくショックを受けるはずだ。それに羽衣ちゃんにだって知る権利はある……

 

「あの子の友達だからこそ、そんなわけないと断言できるわ。好きであなたを一人にするような薄情な人間じゃない事は、羽衣ちゃんだってよく分かるでしょう?」

「……うん。須美さんはとても真面目で優しくて、大好きなお姉ちゃんだもん。それじゃあどうして…?」

「……聞けば間違いなく羽衣ちゃんは悲しむと思う」

「悲しむって……須美さんに何があったの…?」

「本当に辛い事よ? それでも聞くの?」

 

 狡い言い方だ。羽衣ちゃんはきっと、姉譲りの優しい性格のはずだ。大切な人の不穏な知らせに反応しないわけがないのに、決定権をこの子に委ねようとしている。

 

「……うん、教えて…!」

「……話す前にお願い。決して絶望しないで、希望を掴むことを諦めないこと……約束して」

「……約束する…お願いします…!」

 

 ……その言葉を信じてる。だから、運命なんかに負けないで……。

 

「……鷲尾須美は今、東郷美森という名前で生きているの。彼女は二年前の事故……いいえ、御役目によって両足が動かなくなり、記憶喪失になった」

「……記憶…喪失…!!?」

「須美という名前、私は今日まで口にしたことがなかった。東郷美森は羽衣ちゃん達と一緒にいた時の記憶を失っていたの」

「そ…んな……」

 

 顔面蒼白になり、汗が吹き出て呼吸が乱れている。やはりこの子には重すぎた真実だった……でも!

 

「羽衣ちゃんっ!!」

「っ!」

 

 羽衣ちゃんの両手をとって握りしめる。再び涙を流しそうな両目を見つめながら、この子が絶望に呑まれてしまわないよう……今の私が為すべきことを…。

 

「お願いだから、負けないで…! こんなところで諦めないで…!」

「ほむらさん…?」

「ごめんね、苦しいよね? 悲しいよね? それでも…希望を捨てちゃ駄目なの。今は苦しくても、いずれ笑顔で笑い合える時が来る。最後まで笑顔でいられる時がやってくるの…!」

 

 辛いのは今の私だって同じ。みんなが散華で苦しんで、大好きな勇者部が大きな悲しみに包まれている。それは私達の守りたかった居場所を……絆を、粉々にしてしまいそうで、とても怖い。でも、本当に諦めてしまえばそれまでだけど、信じ続けなければ絶対に希望なんか見つかりはしない。

 

「私はそれを信じたいの…! いつの日かあの子の記憶も戻って、体も治って……みんなが幸せになれるんだって…!」

「みんなが幸せに……」

「……聞いて。私と須美、それともう一人の友達は先日羽衣ちゃんのお姉さん達に会ったの」

「っ!? お姉ちゃんと園子ちゃんに…?」

「ええ。彩羽さんと園子さん……羽衣ちゃんの事も二人から聞いたの。二人共、羽衣ちゃんの事をずっと大切に想っているって話を聞いてて分かったわ。二人共、羽衣ちゃんにずっと会いたがっていた」

「お姉ちゃん…! 園子ちゃん…!」

「それだけじゃないの。須美は確かに記憶を失っている……でも、全部は忘れていなかった。須美はね、名前も思い出せない友達が持っていたリボンをずっと大切にしていた。心に刻まれていた想いまでは失っていなかったのよ」

 

 先月の温泉旅館で聞いた、あのリボンはかつての友達が持っていたのであろうという話。東郷が全てを失っていなかったという証拠にして、彼女達の友情の証。

 

「彩羽さんも、園子さんも、きっとまだ希望を捨てていなかったからこそ私達に話をしてくれた。須美も、辛い事がたくさんあっても、友達と立ち上がろうとしている。だから一緒に信じよう? 立ち止まらないで、奇跡が起こることを願いましょう?」

 

 一人じゃない、みんなの力が合わさればどんな壁だって乗り越えられる……私は勇者部でその事を心で理解した。だからこそ、羽衣ちゃんの支えになるのを厭わない。彼女だって幸せにならなくちゃいけないんだ…!

 

 それに、そう願ってくれるのはきっと私だけじゃない。あの子たちだってこの事を知れば迷いなく首を縦に振ってくれるだろう。味方になってくれるに決まってる。

 

「そうだわ、電話だったら…! 羽衣ちゃん!」

 

 この場にはいなくても、声や想いなら届けられる。思いついた私は即座に携帯を取り出して実行に取り掛かる。

 

「東郷と……須美と話さない?」

「えっ……でも、須美さんはわたしたちの事……」

「大丈夫。記憶は失われていても、あの子は羽衣ちゃんの思いを蔑ろにするような子なんかじゃないわ」

 

 不安な気持ちはあって当然だろう。かつてが親しければ親しいほど、胸に渦巻く痛みはより強く締め付けてしまうだろう……でも、私にはわかっている。東郷は……私の掛け替えのない友達はそんな心の痛みを和らげてくれる。

 

「……忘れられるのは苦しいでしょうけど、あの子はちゃんと羽衣ちゃんの気持ちを受け止めてくれるはずよ。だから怖がる必要なんて全くないわ」

 

 痛みを消してくれる。

 

「いっぱい…いっぱい、伝えたいことがあるでしょう?」

「…………うん…!」

 

 不安げな表情の中に、僅かな光が灯った。この子の勇気になればいい……そう思って携帯をタップし、東郷に電話をかけた。

 

 

 

『♪♩♬♪ ♪♬♩♪』

『♪♬♪♩ ♩♪♬♪』

『♪♩♬♪ ♪♬♩♪』

『♪♬♪♩ ♩♪♬♪』

「……………………」

「…………ほむらさん?」

「…………早く……出なさいよ……」

 

 呼び出し音から一向に出る気配がない。待てども待てども東郷は出てない………。

 ……東郷が電話に出ない……そんなこと、今まで一度もなかった。真面目で律儀な性格の彼女はいつだって数コール以内に必ず出てくれたのに……。

 

『♪♬♪ツッ』

「繋がっ!」

『お掛けになった電話は現在電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないため……』

「…………なんで……」

 

 聞こえたのは無慈悲な機械音声。私が求めていた温もりとはかけ離れている無機質なもの……。

 納得なんて、できるわけがなかった……。

 

「なんでよりによってこんな時に……! 羽衣ちゃんの不安を取り除いてあげたかったのに、今すぐにでも声を聞かせてやって欲しいのに……!」

「…………」

「東郷は今何をしているのよ……!?」

 

 思わず拳を握りしめてしまう。歯痒くて、苛立って、やりきれなくて……。けれど、私以上にショックを受けているはずの少女がいるのだ。だから……落ち着かなきゃ……深呼吸をして、どうにか冷静さを取り戻す。

 それでも……今は、羽衣ちゃんの期待には応えられない……今は東郷にはどうしてもこの事を伝えられない。何もできない……。

 

「……羽衣ちゃん……その……」

「うぅん……仕方ないよ……。須美さんにも用事があったのかも…。いきなりだったんだし、連絡がつかないなんてこともあるよね?」

 

 気丈に振る舞って見せる羽衣ちゃん……健気に笑おうとするその姿に胸が痛くなる。本当は会いたいに決まっているのに、今は我慢して受け入れようとしているだけだって……。

 

「それに……今日はもういっぱい元気をもらえたから! ほむらさんが会いに来てくれて本当に幸せな気持ちになれたんだから……昔みたいに!」

「羽衣ちゃん……」

 

 私の言葉は、想いは、羽衣ちゃんに届いていただろうか。

 

「………本当はね……もう何もかも諦めていたの」

「……もう大丈夫、これからは羽衣ちゃん一人じゃないの」

「……うん……でもね」

 

 羽衣ちゃんの言葉は

 

「この前、看護士さん達の話が聞こえちゃって……

 

 

 わたし、体が悪くなる一方なんだって……今の医療技術では治る見込みは一つもないだろうって」

「………え……?」

 

 自分の命が失われていくのを受け入れているものだった。

 

「……自分でもよく分かるの。今は落ち着いてるけど、ついこの前だって、本当に死んじゃうかもって思うくらい苦しかった」

 

 背筋が凍る。彼女の言葉を理解したくないのに、普段通りの聡明な思考回路が容易く教えてくれる。

 

「怖くて、痛くて、息苦しくて、気持ち悪くて、眠ってしまったらもう二度と起きられなくなるんじゃないかって……」

 

 私はどうして楽観視していたの? そもそもまだ小学生であるはずのこの子が、最低でも二年以上入院しているなんて余程の大病じゃないか…!

 

「多分だけど……今年の内にはもう……ううん、きっとあと二ヶ月も耐えられない…」

「二ヶ月って……たった…!?」

「自分の体の事だよ。分かっちゃうんだ。……それで……もう二度とお姉ちゃん達に会えないんだったら、いっそのこと……銀さんには会えるかもしれない……って、ほむらさんが今日来るまでずっと考えていた」

 

 私達勇者が散華で失ったものは一部の体の機能……でもこの子は…!

 現段階ではまだ失ってはいない……でも、そのカウントダウンは無慈悲にも動いていた。医者も匙を投げた……カウントダウンは止まらない。そしてそのカウントダウンが尽きてしまった場合……

 

「……わたし、もう少しだけ頑張ってみる。お姉ちゃん達に直接会うまでは死ねないもんね…」

「………っ!!」

 

 ああ……何がこの子の心を救いたい…よ。もっと生きる事が無理だと受け入れてしまっているこの子は、短い人生の最後の望み見つけてしまったじゃないか。そんな形で救われるなんて、周りの人達はきっと救われない……いくら八方塞がりとはいえ、あんまりじゃないか…!

 

「そんな事を言わないで…! 生きることそのものを諦めないでよ…!」

「……無理だよ。お医者さんですら諦めたんだもん……わたしにできるのは少しでも頑張って、お姉ちゃん達に会うまで生きている事しかないんだよ」

「でも…っ!!」

「本当にありがとう、ほむらさん。こんなにわたしの事を励ましてくれて、まるでお姉ちゃん達が戻ってきてくれたみたいで嬉しかった。もっと早くほむらさんと知り合いたかったなぁ…」

「っ! なんで……なんでよ……!!」

「……生きられるなら生きたいよ。病気が治るなら治りたいよ。だけど仕方がないことなの。……だから……ごめんね」

 

 視界が滲む。涙をこぼすのなんていつぶりだろう。

 どうして私達が…この子が…こんなにも悲惨な運命を背負わされているのよ…! 何も悪いことなんかしてないじゃない…!

 未来を幸せに、平穏に生きる権利は誰にでもあるはずよ。それなのにこんな小さな女の子が諦めなければいけないなんて。

 ……許せない…憎い…! 罪のない、心優しい人間に対してもこのような残虐な運命を強いた存在が……それは神と呼ばれているであろう存在が…!!

 

「ほむらさん、お願いしてもいいかな?」

「……なに?」

「わたし、いろんなお話を聞くのが大好きなの。昔は園子ちゃんから物語を聞いたり、須美さんから日本の昔の事とか教えてもらったんだ」

 

 なのにこの子は屈託無い笑顔を見せる。死期が迫っているというのに、何故彼女は受け入れられたというのか……そんなの決まりきっている。彼女を取り巻く状況が、彼女の大切な人達を奪い去った過去が羽衣ちゃんの心を深く傷つけた。生きる希望すらも奪われて……私のせいで見つけてしまった歪な願いさえ叶えられれば本望なのだろう。

 

「ほむらさんは勇者部って所で活動してるんだよね? どんな部活なんだろうって、そこでのお話を聞いてみたくて……」

「……ええ。勇者部っていうのはね……」

 

 羽衣ちゃんは勇者部の話を興味深そうに聞いていた。一通り話すと「わたしも入りたいなぁ」と呟かれ、部長に特例で部員として登録してもらうよう頼んでみようかと尋ねればとても喜ばれ……その目からは叶わない望みに対する悲しみの涙が光っていた。

 

 

 

 あれから結局、羽衣ちゃんの説得はできないまま面会時間は終わりを迎えた。……分かっている。悔しいし認めたくないけど、医学で解決できないと断言されているのだ。それも余命僅か……魔法でもない限り、羽衣ちゃんの最後の望みが叶うよう信じるしかできることがない。

 

『生きられるなら生きたいよ。病気が治るなら治りたいよ』

『わたしも入りたいなぁ』

 

 でも羽衣ちゃんは間違いなくもっと生きていたいはずなのに、妥協して命を諦めていた。私はどうしてもそれが納得いかない。……なのに、解決策は無い……。

 

 なんだか分からなくなってきた……この世界に本当に希望は残っているの…?

 

 

◇◇◇◆◆

 

 その日の夜、電話が掛かってきた……夕方には繋がらなかった、東郷から。

 

『もしもし、ほむらちゃん?』

「……東郷……」

 

 心の中はどんよりとした雲に覆われているような重い気分。東郷の声を聞いて、少しは晴れるかと思ったのに、そんなことはなかった。

むしろ逆だ。どうしてあの時電話に出てくれなかったの? 何かあったの? そう問いただしたくて堪らない衝動が込み上げてくる。

 

『ごめんなさい、電話出られなくて……それで、どんな要件だったの?』

「……今はもう、済んだ話だから……」

『そう? その、ごめんね……どうしてもやらないといけないことがあって……』

 

 でも、それは私の都合でしかない。別に東郷は悪くなくて、ただ運が悪かっただけ……。

 そう、済んだ話……ここには羽衣ちゃんがいないから目的は何も果たせない……。

 

 ……いや、まだ機会は……

 

「東郷、明日は大丈夫?」

『明日?』

「あなたに……」

 

 ……会わせる事が本当に正解なのだろうか……。最後の望みを叶えさせることが本当に救いになるのだろうか……。

 わからない……わからない……。でも……。

 

『……ほむらちゃん、ごめん。明日も今日の続きをしなくちゃいけないの』

「えっ?」

『それから多分明後日も、その次も……だから、付き合えそうにないわ……』

 

 こちらの要件を伝える前に、東郷はそう言った。その言葉に一瞬思考が追いつかなくなったけど。

 ただ、その言葉に迷いはなかった。彼女には何やらやるべきことがある……。それもこの私から内容を聞く前に断りを入れるような、何に措いても優先すべき事象のようだ。

 

「東郷あなた、一体何をやっていたの? それも携帯の電源を落としてまで……何をしようとしているの?」

『それは……今は、言えない……』

「こっちはとても大事な用があって電話したのよ!? 無視された理由が言えないなんて、納得できない!」

『言えないものは言えないの』

「東郷!」

『まだ確証を得たわけじゃないから! 中途半端なことを言ってほむらちゃんを困らせたくないの!!』

 

 電話越しでも分かるくらい強い口調で東郷は言い放った。声色からは確かな決意が感じられて、東郷にも事情があるのだと突き付けられる。

 

『電話に出れなかったのは本当に悪かったって思ってる……でもこれは、みんなのためにどうしてもやり通さないといけないことなの』

 

 その言葉で私は理解した。深くは分からない……それでも東郷は、私達のためを思ってなにやら行動しているのだと……。

 間違いなくそれは、今の私達が直面している問題を打破するため……。私が手を付ける前に羽衣ちゃんの心の傷を癒そうと試みていた間、東郷は先立って行動を起こしているのだと。

 

 それも既に、なにやら重要な糸口を掴もうとしているところにいる。完全に納得できたわけではないけど……受け入れなければいけないことだった。

 

「……わかったわ。ただ、あなたが大丈夫になったらすぐに教えて頂戴」

『ええ。私も確証が持てたらすぐに話すから』

 

 そう言って電話は切られた。今は羽衣ちゃんに会うよりも大事な事がある……どんな事かは知らないけど、きっと信じても良いはずだ……。

 

 

 

 

 

 

 数日後、私と友奈、風先輩は東郷の家に呼び出されていた。このメンバーが集まるということは、きっと先日の話題だろう。何か新しい情報が見つかったのか……。

 

「三人に見てもらいたいものがあって」

「見てもらいたいもの?」

 

 そう言って東郷が手にしたのは……短刀? 見せたいものってそれのこと…?

 東郷は短刀を抜き、キラリと輝いて見える刀身が露わになる。そして次の瞬間……

 

「なっ…!!?」

「東郷さん!?」

 

 その刃を自分の首に躊躇無く押し付けようとした。

 幸いにも精霊がその間に出現してバリアで東郷を守ってくれた。でも…もし精霊が現れなかったら東郷は……!!

 

「な……何やってんのよあんた!!! もし精霊が止めなかったら今頃…!!」

「止めますよ……精霊は、確実に…」

「東郷さん…?」

 

 ……ねえ、東郷……あなたは何を言おうとしているの…? なんで自分の命を危険に晒すような真似を…?

 

「私はこの数日で十回以上自害を試みました」

 

 ……今何て言った…? 自害を試みたですって…? なんでそんな馬鹿な……っ!

 

「割腹」「首吊り」「飛び降り」「一酸化炭素中毒」「溺死」「服毒」

 

「全て精霊に止められました」

 

 まさかあなた……そこまで精神が追い詰められていたの……? ……友達なのに…私は東郷が苦しんでいる事に気付けなかったというの……?

 

「……何が言いたいの…?」

 

 風先輩が東郷の行動の意図を問うと、彼女はすんなりと口を開く。

 

「今、私は勇者システムを起動させていませんでした。にも関わらず、精霊は私の身を守ったんです」

「だから、何が言いたいのよ…!」

「精霊は私達の意思とは関係なく動いているんです」

 

 ………まさか……東郷がしようとしていたものは自殺じゃなくて……真実かどうか、確かめるための実験…?

 

「私は最初、精霊は勇者の戦う意思に従っているんだと思っていました。ですがよくよく考えればそれは違うってすぐに分かりました。何故ならほむらちゃんのエイミーは自由すぎた……エイミーはほむらちゃんにかなり懐いてはいたけど、そこに勇者の意思は関係なかったんです」

 

 東郷が何やら説明しているけど、私にはそれらがどうでもよかった。それよりも東郷の行動を理解できなくて……理解したくなくて……

 

「精霊は勇者の御役目を助けるものではなく、勇者を御役目に縛り付けるもの。死なせずに戦わせ続けるための装置だったんです」

 

 だってそうでしょ……散華による後遺症が治らないなんて、あの二人が涙ながらに教えてくれたことじゃない。もし東郷がその気でこんな事をしていたのだとしたらそれは……あの二人を信じていなかったことになる…。

 他でもない、記憶が無いとはいえ東郷が……それは彼女達への冒涜じゃない……!

 

「で…でも、私達を守ってくれたって事に変わりないし、それは悪いことじゃないんじゃ…」

「そうね…それだけなら悪いものじゃないかもしれない。でも精霊が勇者の死を必ず阻止するなら……高嶋彩羽と乃木園子が言ってたことは真実だったことになる」

「勇者は決して死ねない……」

「……っ!? ……本当に…あなたは……!」

「ほ、ほむらちゃん…?」

「彼女達の言ってたことが真実なら、私達の後遺症も治らないことに」

 

 違ってほしかった、東郷に限ってそんな事はしないだろうと思い込んでいた。でも東郷は間違いなく言った……『真実だったことになる』と。

 

 東郷はこんなふざけた実験で確信するまで、あの二人の言葉を信じていなかった……! それだけじゃない! 信じていないのに実験の内容がこれなんて…東郷は…!

 

 

 

 羽衣ちゃんの想いを、願いを、蔑ろにしてまで……!!!!

 

 

 

 東郷さんが明らかにしてしまった、高嶋彩羽さんと乃木園子さんが言っていた事が事実だったこと。精霊についてはむしろ私達を守ってくれる、良い知らせだったけど……本当に、私達の体は治らないの……?

 

「……じゃあ樹の声は……もう二度と……」

「………」

「……知らなかった……知らなかったの……人を守るため、体を捧げて戦うのが勇者なんて……私が樹を勇者部に入れたせいで…!」

 

 ぽろぽろ、と風先輩が大粒の涙をこぼす。風先輩はとてつもないショックを受けている。風先輩は悪くないのに、責任を感じてものすごく苦しんでいた。

 違うって否定したい。だって私は勇者部にいたことは不幸でも何でもなかったって、胸を張ってそう言えるから。なのに……今何て言葉を風先輩に掛けていいのか全く分からない……

 

(ほむらちゃんは………え……?)

 

 ほむらちゃんのその表情は、今までに見たことがないほど怖くて……睨み殺すような目は東郷さんに向けられていた。

 

「ほむらちゃ」

 

 そしてほむらちゃんは私が止める間もなく、東郷さんの下に詰め寄ると、その頬を激しく引っぱたいた。乾いた音が部屋に響く。東郷さんの左頬がじんわりと赤くなって、東郷さん自身も何が起こったのか分からないような目でほむらちゃんを見た。

 ほむらちゃんは怒っていた。どうしてかは分からないけど、東郷さんに対して、初めて、隠しきれない怒りをぶつけていた。そしてほむらちゃんは東郷さんの胸ぐらを掴んで車椅子から引きずり上げた所で、ようやく私の体が動いた。

 

「や、やめてほむらちゃん!!!」

「離しなさい友奈!! 引っ込んでて!!」

「…ぅぐ……ほ…むら…ちゃ……!」

「許せない……東郷ォ!! 他の誰でもない、あなただけは彩羽さん達を信じていなければならなかったというのに……!」

「ほ…ほむら、やめなさい!!」

 

 目の前の異常に気づいた風先輩も慌ててほむらちゃんを止めに入る。風先輩と二人がかりで必死にほむらちゃんの手を離し、苦しそうに咳き込む東郷さんを介抱する。ほむらちゃんは風先輩に抑えられてるけど、東郷さんを睨みつける目は変わっていない。

 

「いったいどうしたっていうのよ…!? 落ち着きなさい…!」

「たとえ記憶を失っていたとしても、あなたがあの二人の仲間の想いを無下にした事が許せない!! あの時のあなたの涙の訳は何だったっていうのよ!! それを確かめる手段も自害ですって!? それも十回以上も……!! どうして彼女達の話を信じていなかったくせに、そんなにも命を粗末にする真似ができたのよ!! 死んでもいいとでも思っていたの!!?」

「っ…! ……それは……その事については確信していたから…」

「ふざけるのもいい加減にしなさい!!! あなたが自分の命を棄てるような行動をした事実は変わらないのよ!! 生きたいと願うのにそれを諦めざるを得ない羽衣ちゃんに対する最大級の侮辱だわ!!!」

 

 怖い……どうしてこんな事になっちゃってるの…? ほむらちゃんと東郷さんが喧嘩するなんて、今まで一度も無かったのに……!

 ほむらちゃんの怒りは収まる気配がない。風先輩もあまりの気迫に言葉を失っている。

 

 ……嫌だ……大好きな二人が喧嘩するなんて……そんなの嫌だよ……!

 

「お願いもうやめてっ!!」

「………友奈……」

「友奈ちゃん……」

「だめだよ……喧嘩しないでよぉ…! 私達、ずっと仲良しだったのに……!」

 

 このままだと取り返しがつかない事になりそうで、必死に言葉を出そうとするけど、恐怖で涙が溢れるせいで全然思いつかなかった。ものすごく辛いのに、こんなところで私達の絆が壊れてしまえば、絶対に立ち直れなそうで……だめだ、涙が溢れるだけで本当に言葉が出てこない。

 

「……帰るわ…風先輩、もう離してください」

「でも…」

「しばらく一人にしてほしいの…」

 

 そう言ったほむらちゃんは、さっきまでの激怒していた表情ではなく少し落ち着いていた。でも遺恨はまだ残っているのか、東郷さんを少しも見ようともしなかった。

 

 風先輩がほむらちゃんを離すと、本当にそのまま家を出て行って、残された私達も一言も言葉が出てこないまま解散した。私達全員の心に大きな傷を残して……

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