ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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 クリスマスイブの夜は勇者の章を観ていました。


第三十五話 「みんなアタシのせいで」

 暁美ほむらちゃん……私の大切な友達。讃州市に引っ越して、最初に私に優しくしてくれた友奈ちゃんと一緒に仲良くなれた子。

 当時友奈ちゃんが側にいるものの、まだまだ全く新しい環境に対する不安が払拭できていなかったからか……初めて彼女を見た時、私はほむらちゃんの冷淡そうな雰囲気に気圧された。早くその場から立ち去りたいと感じていた。

 もっともその雰囲気というものは完全に私の誤解であり、一緒にいると歩けないから迷惑をかけると言った私を迷うことなく助けてくれた。

 

 運動も勉強も何でも完璧以上にこなし、格好いい姿だけでなく時折見せる笑顔は友奈ちゃんに負けず劣らない。天然な一面もあり、私が作ったぼた餅を友奈ちゃんと取り合いになった事もあった。冷静、聡明、端麗、可憐、親切、非の打ち所が無いほど魅力的な彼女と友奈ちゃんの二人に出会わせてくれた神樹様に、あの頃は感謝の想いしかなかった。

 

 かつて引っ越す前はとてつもなく大きな不安に押し潰されかけていた。数ヶ月もいた病院を退院する前日の夜に一人泣きもした。暗闇の中から必死になって助けを請い願った。

 

 友奈ちゃんが光を照らし、ほむらちゃんが一緒にいようと手を差し伸べてくれた。あの出会いがあったから私は暗闇と決別できたのだ。

 

 そんな二人と一緒に勇者部に入り、風先輩と四人で勇者部の活動する日々が続いた。私は文化系の依頼と、みんなのサポートや裏方の仕事しかできなかったが、友奈ちゃんもほむらちゃんも風先輩も……それだけではなく同級生や先生方、果ては地域の方々までもが私の事を頼ってくれた。

 

 誰かの足枷にしかならないと思っていたのに、むしろ私の存在を必要としてくれる。彼女達は私に最高の居場所を与えてくれて、あんなに苦しい過去があった事なんてすぐにどこかに行ってしまう。毎日が心躍らせるのに十分な理由があり、幸せな時間は色褪せることなく一年が経つ。

 

 五人で勇者部の活動をする日々はとても楽しくて、思わず涙が出てしまいそうになるほど幸せに満ち溢れていて……そして私達は本当の勇者になった。

 

 みんなで力を合わせて使命を果たしたが、その後に待っていたのは体の機能の欠損。病院に入院している間にほむらちゃんと二人で後遺症を治す方法を調べ尽くしたにも関わらず、それで最終的に辿り着いた答えは『人身御供』という目を逸らしてしまった言葉であり、大赦からのいずれ治るという言葉を信じていた。

 

『一応あなた達の先輩……って事になるのかな』

『会いたかった~、わっしー……』

 

 彼女達に出会うまでは……

 

 あの二人、高嶋彩羽と乃木園子の姿を見ていると、心が締め付けられているかのように苦しかった。まるで彼女達の悲しみが私の心にも直接流れ込んできたかのような、耐え難い痛みが私の中にあった。

 

 私はかつて、彼女達を知っていたのだろう。それもきっと、今の私が勇者部のみんなに抱いてる想いを、その時の私は彼女達に向けていた。

 

 私に大切な過去があることは分かっていた。だからこそ友奈ちゃんとほむらちゃんが探してくれると言ってくれたのだから。でもそれは私が思っていた以上に大切な過去だったと分かってしまった。

 

 それからというもの、私は表に出さなくとも内心に今までに無いほどの焦りを抱え込む。あの二人の涙を忘れられた時なんて一度も無いほど、罪悪感に襲われていた。襲われながらも……私はそれをどうしても受け入れなければならいと感じ、毎日寝る間を惜しんであらゆる事を調べ、確かめる。

 

 受け入れなければ思い出せないと感じたから。何が何でも私の過去を思い出したくて、どんな無茶でもやり通そうと心に決めていた。たとえそれが、命を失いかねない危険な事だろうと……。

 

 どんな些細な事でもいい……既に分かりきった事でも、実際にこの目にするだけでもより大きな手掛かりが得られると思っての行動だった。

 

『死んでもいいとでも思っていたの!!? あなたが自分の命を棄てるような行動をした事実は変わらないのよ!!』

 

 ……分かりきっていた事じゃないか…! そんな事をしても記憶が戻らないなんて! 誰よりも友達思いの彼女が手を上げるほど激怒するなんて!

 過去を追いかけるために現在を蔑ろにする。冷静になった頭で思い返すと自分でもあの時の行動を許せない。結局私がしていた事は、ほむらちゃんとの友情に大きな傷を付けただけで、あまりにも愚かで取り返しのつかない所業だったのだ。

 

 しかし、それ以前に調べたものは無駄ではなかった。かつて私が鷲尾という家に養子として出されていた事実を始め、色々な隠されていたものを見つけられたのだから。

 中でも一番重要なものが、高嶋彩羽と乃木園子の二人がいる可能性が高い場所。もう選択を間違えないためにも、より詳しい話を得られる彼女達の下に向かう決意を固めた。

 その場所を訪れると、そこにいたのは案の定大赦の人間達。そしてより核心を突くように、病院に本来いるはずの存在である一般の患者の姿がどこにもない。

 

「東郷美森です。……高嶋彩羽さんと乃木園子さん……この二人に会わせてもらえないでしょうか…?」

「……こちらになります、勇者様」

 

 意外にも声をかけた大赦の人は簡単に通してくれた。もし駄目なら勇者に変身して脅す事も考えていたが、それはやらずに済んだようだ。

 案内された通路を通るとあからさまな飾りが施されている空間が目に入る。大部屋の前まで来ると、ここまで案内してくれた大赦の人は立ち去る。扉を叩こうとしたその時……

 

「精霊が喋れるわけないじゃない…」

「困ったときには猫の手にも縋る思いって言わない?」

「微妙に違うよ園子ちゃん……あれ?」

 

 手の動きが止まる。同時に心臓にズキッと痛みが走った。

 何で彼女もここにいるの…? 気のせいなんて思えない。私が彼女の声を聞き間違えるわけがない。

 この中にいるのはあの先代勇者の二人だけではない。あの子も一緒にいる……。

 

(ほむらちゃん…!?)

「入ってきていいよー」

 

 外にいる私に気付いたのか呼ぶ声が聞こえるも、私の手は動かなかった。ほむらちゃんがこの扉の向こう側にいる……どんな顔をして彼女に会わなければいけないのか私には全く分からない。それだけで私の決意は揺らぎ、ここに来た理由すら忘れかけていた。

 

「……入ってきていいよー!」

「っ…!」

 

 向こうも不審に思っているようだった。訪ねてきた人物が一向に入ってこようとしないのだから。でも私の体は金縛りに遭っているかのように動かない。顔を俯かせ、昨日初めて見てしまった彼女の行動と発言を鮮明に思い出してしまう。

 

「……私が見てくるわ」

 

 その一言が聞こえた瞬間、動かなかったはずの私の手は車椅子のハンドリムを掴んだ。逃げようとした。反転し、車椅子をこぎ出したその時、勢いよく扉は開かれる。

 

「………東郷…」

「っ! ……ほむらちゃん…」

 

 ほむらちゃんは信じられないものを見ているかのように、明らかに驚いていた様子だ。一方私は……怯えていた。

 昨日の今日だ。いくら友達と言えども、あれほどまでに怒りを買ってしまった相手。自分の方に非があるのは分かっている。

 

 謝りたい。私が彼女に殴られたのは当然のこと。要はほむらちゃんの友達を何度も殺しかけたのに等しい所業だったのだから。

 最初に切腹を行った際、私は明確な恐怖を感じていた。絶対に死なないなんて確信がありながら、もしそれが間違いだったら……と、この刃で腹を割いて苦しみもがき命を落とす想像をしながら自分自身に小刀を突き立てた。

 

 その後は自刃以外ではどうなのかと首を吊った。人通りの少ない建物から受け身を取らずに飛び降りた。密室に閉じこもって中にガスを充満させた。着衣のまま川に落ち、長い間潜り続けた。劇薬を飲んだ。最終的にはほむらちゃん達に見せるために何の躊躇もなく首を割こうとした。

 客観的に聞くと異常な行動極まりない。確かに私はこれらでも死ななかった。だが自刃と飛び降り以外で私は本当に死んでしまうと思うほど苦しい目に遭った。死なないだけで呼吸困難になる首吊りや入水、めまいや頭痛に吐き気が永遠に訪れると思えた一酸化炭素中毒、これらが全てと発熱に発汗が襲ってきた服毒。

 

 何で私はこんな当然な事を無視できていたの……。もし私も勇者部の誰かが私がしてしまった自殺行為の一つでも試してしまったと聞いてしまえば、気が気でなくなりそうだというのに…!

 

 ほむらちゃんはまだ私を許していない。許されるかどうかも分からない。それ以前に一言も話を聞いてくれないのではないか……そう思えてしまい、怖い。

 

「わっしー? 来てくれたんだ~」

「美森ちゃん…だったんだね。まさかあなたも来るなんて」

「………何故あなたがここにいるのかしら?」

「……えっ…? ほむらちゃん…?」

 

 声をかけてくれた。でもその声から感じる様子は普段と全然違う。敵意。怒りが十分に込められている、燃え盛るような感情が占めていた。

 

「その……彼女達に直接話を聞きたくて……」

「……思い出したの?」

「……ううん……ほむらちゃんは…どうしてここに?」

「今のあなたには関係無い」

「っ……!? ほ、ほむらちゃん……」

 

 自分の耳が信じられなかった。彼女が私にそんな事を言うなんて思いたくもなかった。これじゃあほむらちゃんは私の事を友達として見ていないようで……。

 

「ええっと、どうしたのほむらちゃん? なんだかピリピリしてるけど……美森ちゃんと何かあったの?」

「……ごめんなさい彩羽さん。別々の部屋で話を聞かせて頂戴。東郷には乃木さんがお願い」

「それってどうして……えっ、ちょっと…?」

 

 ほむらちゃんはまるで、私と一緒にいたくないみたいだった。高嶋さんの手を取ると、そのまま困惑している様子の彼女を引いて部屋を出て行こうとする。私を視界に入れないようにしながら。

 

「ま、待って!!」

 

 咄嗟に身を乗り出してほむらちゃんの腕を掴む。ここでいなくなってしまえば、この先もずっとこの調子かもしれない。そんなのは嫌だ。悪いのは全て私だ。だけど私はほむらちゃんとの友情を失いたくない!

 冷たい眼差しで私を見つめるほむらちゃん。その目は離せと言っているみたいで私の心を抉る。

 

「ごめんなさい! 私が間違っていた!」

「………」

「あんな事、そもそも考える事自体がおかしかったのに……私…!」

「言ったはずよ。あなたが自分の命を棄てるような行動をした事実は変わらないって」

 

 言い放たれたその一言に、私の目から涙がこぼれ落ちる。ほむらちゃんはもう私の顔を見ていない。掴んでいた手も振り払われ、彼女の怒りが……私の過ちそのものを突きつけられるようで苦しい。

 

「彩羽さんと乃木さんを信じきれず、無意味に私の友達を殺しかけた事を絶対に忘れないわ。羽衣ちゃんの思いを裏切った事も」

 

 ……違う…決して彼女達を信じていなかったわけじゃない。記憶は無くても二人は私の大切な人のはずなんだ。でも私はほむらちゃんの言葉を否定できなかった。あまりにも…辛くて……。

 

「ほ、ほむらちゃん! さっきからいったい……ねえっ!」

「あなた達が気にする必要はないわ。これは私と東郷の問題……巻き込んでしまってごめんなさい」

 

 高嶋さんの制止も聞かずにほむらちゃんは彼女の手を引いて部屋から出て行く。残されたのは私と、状況を呑み込めていない乃木さんだけだ。

 

「……ほむらちゃん……わっしー、あの子と喧嘩しているの?」

「……ぅぅうう…! っく……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい…!」

 

 私の心はもう……限界だった。涙はボロボロこぼれ、嗚咽が止まらない。

 

 かつて私を救ってくれた彼女との友情……それが無くなってしまう苦しみはあの時の自害よりも辛く、気力すらも根こそぎ奪っていく。

 

 

◇◇◇◆◆

 

 勇者は決して死ねない…? 体を供物として捧げる…? アタシ達の体はもう元には戻らない…?

 

 先代の勇者に呼び出され、そんなあってはならない話を聞かされたという友奈と東郷とほむらに教えられた。信じたいわけがなかった。だってそれじゃあ、樹の声は……友奈の味覚は……東郷の耳は……ほむらの痛覚は……二度と戻らないなんて…。

 

 何かの間違いだ。その先代勇者だってアタシは見てない。本当は満開の後遺症なんかじゃないはずなんだ。

 

「はい、肉うどんどうぞ」

「…あ、ありがとうございます…」

「最近みんなと一緒に来ないのね?」

「……ちょっと今友達の調子が悪くて……でもすぐに治りますよ!」

 

 自分にひたすら言い聞かせる。みんな絶対に治るんだ……治らなければ…おかしいじゃない……。アタシ達は六人で頑張って頑張って、力を合わせて世界を守った。何も悪いことなんかしてないのに、そんな結末でいいわけがない。そうでしょう…?

 

『満開後の身体異常について何か分かった事は無いでしょうか?勇者五名、未だに治る兆候はありません』

(送信……)

 

 大赦からだってこちらが望む良い報せこそ来ないものの、散華とかいう情報だって教えてくれない。先代勇者が散華で身体機能を失ったという事例があれば既に伝えているはず。

 

「……あれ? 樹と……ほむら?」

 

 学校でたまたま二人を見かける。ただ状況がちょっと意味が分からない。

 

「ちょっとちょっと! 廊下で何で土下座してるのよ!」

「あ、風先輩…」

『おねえちゃんヘルプミー!!』

 

 ほむらがあの樹に対して土下座し、当の樹はそのほむらにオロオロと困惑し焦っていた。二人をよく知る者として、これが異常事態だとすぐに気付いて中に入る。

 

「ほむら……あんた樹に何したのよ?」

「その……樹ちゃんに私の後遺症の事を黙っていたことを謝っていました」

「……場所を選びなさいよ…。そもそも土下座ってねぇ…」

 

 ……思った以上に拍子抜けな騒動だった。まぁほむらが樹に何かやらかすなんてあるわけないか。

 

『ちゃんと話してくれてありがとうございます。もう気にしてませんから』

「うん……ごめんね。それじゃあまたね」

「ん? ねえ樹、それって……」

 

 樹の筆談用のスケッチブックに『ごめん 日曜は用事があって…』と書かれていたのが見えた。友達に遊びにでも誘われたのだろうか? でも日曜に樹に用事は無かったはずだが……。

 

『友達に遊ぼうって……カラオケで歌うのが好きな人たちだから』

「…っ」

『私がいると気を使ってカラオケ行けないから…』

「でも…」

 

 聞いて悲しくなった。歌う事が好きな樹が友達とカラオケを楽しめないなんて。樹だって本当は一緒に行きたかったはずなのに、気を遣って……気に病んでいる。

 

「すみません、犬吠埼さんのお姉さんですか? この後少し時間はとれますか?」

「…えっと、樹の担任の先生ですか? 大丈夫ですけど……」

 

 その後、樹の担任の先生に呼びかけられ、あの子の普段の授業中に支障が出ている事を伝えられる。誰かに迷惑をかけているわけではないが、言葉を話せないため授業内容を変更せざるを得ない…と。先生はその露骨な変更で樹が気を病む事を懸念していた。

 樹の声が治らない限り、この問題はずっと尾を引いてしまうだろう。樹はとても優しい子だ……故にそれがあの子を苦しめてしまうとアタシだってそう思ってしまう。

 

「……そろそろ文化祭の劇の練習も始めないとね。体育館のステージとか借りて!」

『私、セリフのある役はできないね』

「……っ! だ、大丈夫だって! 学園祭までには治るわよ!」

 

 樹が一番辛いはずなのに、アタシにはそんな様子を一切見せない。舞台裏の仕事を頑張ると、笑顔で答えた。

 医者は治ると言ったんだ……治らないわけがないんだ……。

 

 

 

 

「三人に見てもらいたいものがあって」

 

 東郷の証明は、そんなアタシの縋った希望を粉々に打ち砕いた。

 

 勇者は決して死ねない事の証明。東郷が試したものはこの一つだけだったが、これは同時に先代勇者の話が全て真実だということを裏付ける。一つの真実さえあれば他の伝えられた内容も連鎖的に全て真実。大赦が散華の存在をアタシに伝えなかったのは、その存在が偽りではなくアタシに知らせず騙し続けるためだった……。

 

「……知らなかった……知らなかったの……人を守るため、体を捧げて戦うのが勇者なんて……私が樹を勇者部に入れたせいで…!」

 

 今までにない絶望に涙が止まらなかった。これから先のみんなの事を考えると後悔が絶え間なく押し寄せてくる。アタシがバーテックスに殺された両親の敵討ちを望んだせいで、樹と友奈と東郷とほむら…大切な人達に取り返しのつかない事が起きてしまったのだから。

 

 絶望は……これだけでは終わらなかった。目の前で信じられない出来事が……ほむらが東郷を殴ったのだ。胸倉を掴んで無理やり車椅子から立たせ、戸惑う東郷に罵声を浴びせる。なんとか立ち上がってほむらを止めるも、アタシの頭の中はもう色々な事があってグチャグチャだった。

 

 ほむらと東郷の仲の良さは誰もが知っている。互いに全幅の信頼を寄せ、些細なすれ違いだって一度も無かったはずの二人の間に軋轢が生じていた。

 

 二人の大親友である友奈も当然ショックを受けて泣いていた。そしてアタシも、この出来事でますますみんなを勇者部に入れた事を後悔するのであった。

 友奈も東郷もほむらも、三人はアタシが勇者部に勧誘する前から仲が良かった。もしアタシが勇者部なんて作らなければ、三人は体の機能を失うことなく、これまで通り喧嘩だって一度もすること無く、平和な世界で笑い合いながら過ごしていたはずなんだ。

 

 アタシが余計な事をしたから……何もかも、みんなアタシのせいで苦しんでいる……。

 

 

 

『私達の体について調査の状況を教えてください』

 

 あんな事が分かってもアタシは大赦に連絡を送り続けていた。もしかしたら治る伝手を教えられるかもしれないと、無駄だと思わないようにしながら送信する。

 部活には行かなかった。もう二度と勇者部を誇れないだろう。アタシにとっての勇者部はもう、みんなの人生を滅茶苦茶にした、この世からなくしたい存在だ。

 

(……謝って済むことじゃないけど……ごめんなさい…みんな…)

『ピンポーン』

「……? 誰……」

 

 インターホンが鳴る。億劫な気持ちでいっぱいだったが来客を無下にはできない。玄関へと向かって扉を開けると、そこにいたのは見知った顔だった。

 

「夏凜…?」

「ん。なんて顔してるのよ」

 

 三好夏凜……大赦から派遣された勇者で大切な仲間。その夏凜がにぼし片手にやって来たのだけど……

 

「夏凜……部活は…?」

「その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ。顔も出さないで何してるのよ」

「………」

「……入るわよ」

 

 いいと言う前に夏凜は勝手に中に入っていく。そのまま遠慮なしにリビングの椅子に座り、いつものようににぼしに齧りついた。

 

「ちょっ……あんた…!」

「何よ、あんた達だって私の誕生日の時に人の家に勝手にズカズカ入り込んだじゃない」

「それは……そうだけど…!」

「だったら私だって同じ様な事をさせてもらうわよ。私だって勇者部の部員なんだから」

「……分かったわよ…」

 

 正直今は誰とも顔を合わせたくなかったけど、中に入り込まれてしまえば仕方がない。でも夏凜はどうしてわざわざうちに来たのだろうか、夏凜の正面に座るとにぼしの袋を間に置かれる。アタシも食べてもいいってこと?

 

「……で、何しに来たのよ…?」

「あんたの様子を見に来たのよ。部活に来てなかったから」

 

 ……行けるわけないじゃない。どの面下げてみんなに会いに行けばいいのよ。散華をしていない、大赦から派遣された夏凜はともかく、他のみんなは全員アタシが巻き込んだせいで散華してしまったのよ…!

 

「……それで、もしかしたらと思って来てみたら案の定よ」

「案の定…?」

「一人で悩んで落ち込んでそうって思ってた。今の風の酷い顔を見ればその通りだって分かるわよ」

「っ…!」

 

 酷い顔になるに決まっているじゃないか…! 希望を断たれ、大切な人達と共に地獄に突き落とされたんだ。立ち直れる理由なんてどこにもない…!

 

「……何が分かるのよ…!」

 

 分かってたまるものか…! アタシの命よりも大切な妹を、後輩を、自らの手で地獄に突き落としたことなんて…!

 

「何も失ってもいないどころか、後から大赦に派遣されて来たあんたに! アタシの何が分かったっていうのよ!!」

「風……」

「………ごめん、あんたに当たっていい事じゃなかったわ…」

 

 ……夏凜は、アタシを心配して来てくれただけだ。いくら追い詰められてどうしようもないとはいっても、仲間割れなんてしている場合じゃない。

 ……いいや、誰がこんな最低のアタシの事を仲間なんて認めるものか。誰もアタシを許さない……

 

『プルルルル プルルルル』

 

 その時、家の電話から着信音が鳴る。

 

「……出てきていいわよ」

「……うん…」

 

 席を立って受話器を取りに行く。電話を掛けてきたのは女性のよう……だが全く聞き覚えのない、知らない人だ。

 

「はい、犬吠埼です」

『突然のお電話失礼致します。伊予乃ミュージックの藤原と申します』

「いよの…ミュージック…?」

『はい。犬吠埼樹さんの保護者の方ですか?』

「そうですが…」

『ボーカリストオーディションの件で一次審査を通過しましたのでご連絡差し上げました』

「え…」

 

 ボーカリストオーディション…? これって……樹が…?

 どういうこと……あの子がそんな事をしていたなんてアタシ……今まで聞いたことない……。

 

「な、何のこと…ですか?」

『あ、ご存じないですか。樹さんが弊社のオーディションに』

「い、いつ?」

『三ヶ月程前ですが。樹さんからオーディション用のデータが届いてます』

 

 三ヶ月程前って……まだあの子が声を失う前…? その時期に樹はオーディションを受けていたの…? それも歌の……どうして………っ!!

 

 思い出す、今から三ヶ月程前にあった出来事を。あれは樹が歌のテストに自信を持てず、勇者部のみんなで成功するようサポートした時……。

 そのテストは結果的に大成功だった。バッチリ歌えたと、アタシ達全員が喜び大盛り上がり。一人でも歌えるようになった樹が部室で見事な歌声を披露していた。

 その日の帰り道、樹は言っていた……

 

『あのね、お姉ちゃん。私、やりたいことができたよ』

『なになに? 将来の夢でもできた? お姉ちゃんに教えてよ?』

『……秘密』

『なによー。誰にも言わないから……ね?』

『だーめ、恥ずかしいもん……でもいつか教えるね』

 

 ───樹に夢ねぇ……何かは分かんないけど教えてくれる時が楽しみだわ。

 

「樹……樹!!」

「風!? ちょっ、急にどうしたのよ!」

 

 受話器を手放し夏凜が戸惑い声を上げるがアタシにはどうでもよかった。今は樹に確認する事が何よりも重要……だが樹の部屋の扉をノックし呼びかけるも反応は無い。開けるもそこに樹の姿は無かった。

 

「いないの?」

「風ってば! 樹は部室に来てたわよ…!」

「そう…なの…」

「……樹の部屋、割と散らかってるわね……本やらノートやら出しっぱなしじゃない…って、何これ…目標?」

 

 夏凜が見つけたノートには目標と目立つ文字、「声が出るようになったらやりたいことリスト」と書かれ、その中で一番大きく書かれていた文字は「歌う!!」だった。その隣のページには「体の調子を良くするには。」と、樹が何よりも歌いたい事を表していた。

 

「歌うって……樹……」

 

 本棚にある本が目に入る。そこにはいつの間にか買ったのか、たくさんの知らない本が並んでいた。それらは全て例に漏れず、“声”に関係するもの……発声のしくみやボイストレーニング……喉の不調を治す方法……。

 

「どれもこれも……樹、声を治そうとこんなにも頑張っていたのね…」

「樹は……本気でオーディションを……」

「……そこのノートパソコン、電源付きっぱなしじゃない」

 

 ノートパソコンの画面を見ると、デスクトップには気になるファイルがあった。樹のパソコンを勝手に操作する罪悪感は無かった。アタシの手は自然にマウスカーソルを動かし、“オーディション”という名前の音楽ファイルを開いた。

 

 久しぶりに聞く、最愛の妹の声が流れ出した。

 

『えっと…これで……あれ? もう録音されてる!? あ…ぼ、ボーカリストオーディションに応募しました、犬吠埼樹です。よろしくお願いします……』

「えっ……ボーカリストオーディションって…樹って歌手になりたいの…!?」

 

 夏凜の声は聞こえなかった。樹が本当にオーディションに応募していたからだ。あの子があの時語ったやりたいこととは間違いなく……歌手になること。

 

『私が今回オーディションに申し込んだ理由は…』

 

 パソコンから流れる樹の声が、あの子がアタシ達に内緒にしていた夢を語る。樹は歌う事が好きだから……それだけではなく歌手を目指すことで、自分なりの生き方を見つけたいのだという。

 

『私には大好きなお姉ちゃんがいます』

 

 姉は強くていつもみんなの前に立って歩いていけるが、逆に自分は臆病な人間だと語る。いつも姉の後ろを歩いてばかりで、そんな弱い自分は嫌だと…姉の隣を一緒に歩けるようになりたい……自分の力で歩くために自分自身の夢を、生き方を持つために歌手を目指している。

 

「樹……」

 

 元々歌を歌うのは得意ではなかった。あがり症で人前で声が出なくなる……それを“勇者部”のおかげで克服できた。歌を歌う事に希望を得られ、楽しみを見いだせるようになれた。自分の好きな歌を一人でも多くの人に聞いてほしいと思ったのだ。

 

 自分がこうも成長できたきっかけの勇者部についても語られる。人見知り故に最初は不安だったが、優しい先輩達に囲まれて毎日が楽しい最高の部活動であると、喜びを隠しきれないハキハキとした口調で……。

 

 そんな妹の声を聞きながら、アタシは自分のスマホの画面を見ていた。途中で大赦からの連絡が入り……アタシ達が騙されている決定的な文章を…。

 

『勇者の身体異常については調査中。しかし肉体に医学的な問題は無く、じきに治るものと思われます』

「風、これって……っ、治るなんてどの口が言うのよ…!」

 

 アタシはもう散華の事を知っているのに、大赦はその事を言わない。それどころか治ると嘘の答えを伝えて散華の存在を意図的に隠している。

 

 アタシ達を騙している。

 

『では、歌います』

 

「………ッ……うッ…!」

 

 樹の歌声が流れ始める。もう二度と歌えない……あの子の夢。

 泣き崩れるアタシの耳に入る、穏やかで、優しく、可愛らしい大好きな歌声。理不尽に奪われてしまった樹の祈りの歌。

 

「…ううッ……うう…ぅ…!」

 

 大赦は最初から後遺症のことを知っていた……アタシ達を犠牲にするつもりだった。都合の悪いことは全部伏せて、アタシ達を都合のいい道具にしていた……。

 

 樹の夢を壊した。

 

「うああああああああああああああああ!!!!」

 

「風!!」

 

 部屋の中に二つの光が輝く。

 燃え滾るような憎悪のままに勇者に変身し、アタシは家から飛び出した。樹の未来を奪ったあいつらを……!!

 

「待ちなさい!!」

「っ!」

「あんた何するつもり!?」

 

 背後から追うように夏凜が飛びかかる。宙で組み付かれ動きを封じられるがこの程度で…!

 何をするつもりかって…? 夏凜も聞いたでしょう!? 樹の夢を!!

 

 それを奪った下劣な連中が、アタシ達から未来を奪って甘い蜜を啜りながら生きている奴らがいる!!

 生きていいわけがないでしょうが…!! 許さない…!! アタシはどうなってもいい……あいつらがこの世から消え失せればそれで!!

 

「大赦を…潰してやる!!!」

「っ…!」

「どけェ!! 夏凜ッ!!」

「うっ!」

 

 しがみついていた夏凜を引き剥がし突き飛ばす。夏凜はそのまま落下していくがバリアがあるから無傷で済むだろう。勇者の力さえあれば奴らを壊滅させることなんて難しくない。反撃されてもアタシは止まらない!! 大赦を潰すまで、復讐を果たすまで!!

 

「行かせるかあああっ!!!」

「なっ…!?」

 

 体勢を取り直した夏凜が正面から……両手に刀を構えて接近する。咄嗟に大剣を出現させ、斬撃を受け止める。鍔迫り合いに火花が飛び散り、飛ぶ勢いも相殺されたアタシ達はそのまま地面へと落下する。

 

 着地し、再び飛び立とうと足に力を込める。だがまたしても、夏凜が刀を投擲し、大剣で防がざるを得ない。大剣で凪払い刀を落とすが、死角からの跳び蹴りを喰らい吹っ飛ばされる。

 

「ぐ……! 何でアタシの邪魔をするのよ!!!」

「……あんたに復讐なんて馬鹿な真似をさせないためよ」

「はあ!!? 何を言ってるのよ!! ……そういえばあんたは知らないんだったわね……いい!? 大赦はアタシ達を騙していたのよ!! 満開の後遺症は治らないの!!」

 

 夏凜だって全部分かれば邪魔はしないだろう。夏凜も絶対に許さないだろう。むしろ一緒に大赦を潰してくれるはずだ…!

 

「大赦は初めから後遺症のことを知っていた!! なのに何も知らせないでアタシ達を生贄にしたんだ!!」

「……知ってるわよ、全部」

 

 ……え…?

 

「後遺症……散華の事。先代の勇者、高嶋彩羽と乃木園子が二年経っても体が治っていない事……私も知っているわ」

「……知ってた…って……なんで…」

 

 友奈達には…樹と夏凜には話さないでって……なのにどうして知って……まさか…最初から…!?

 

「あんた……知ってて黙っていたの…!!? だからあの時……あんただけ満開しなかったの!!?」

「なっ…!? 違っ…」

「ふざけるなァッ!!! アタシはあんたの事を……仲間だと思っていたのに!!! お前も……お前もアタシ達を道具だと思っていたのか!!! この……裏切り者があああ!!!」

「くっ…!」

 

  夏凜に向かって走り、悲哀と憎悪が混じった大剣を振り下ろす。二本の刀を十字にして受け止められるが、そこに隙だらけの腹を蹴り飛ばす。

 

「痛っ……風…!」

「……殺す…! 殺してやる…! 夏凜ッ!!!」

 

 さっきからずっと涙が流れている。信頼していたのに……友達だと思っていたのに…。

 夏凜の表情は俯いていて見えない。今何を感じているのか……アタシにはもう…分からない。

 

 やがて夏凜は顔を上げる。その瞳は真っ直ぐにアタシを見据え……

 

「……いいわよ」

「あぁ!?」

「私が大赦に従順な手先で、あんた達の裏切り者だと思うのならそう思えばいい。遠慮なく私をその剣で斬ればいいわ」

 

 覚悟を決めていた。

 

「……でも、あんたに人を傷つけさせない。みんなが、風が人を傷つけた……なんて聞いたら悲しむでしょう?」

 

 刀の切っ先をアタシに向ける。その表情は共にバーテックスと戦った、共に勇者部として楽しい日々を送ってきた、頼りがいのある三好夏凜そのものだった。

 

「風、友奈、東郷、ほむら、樹……あんた達を守れるなら喜んで大赦の手先になってやろうじゃないの」

 

 怒りと悲しみに支配されたアタシは大剣を握る両手により力を込める。夏凜も構えを取り目の前の相手を迎え撃つ覇気が迸る。

 

「うおおおおおおおおおっっ!!!!」

「完成型勇者、三好夏凜!! 推して参る!!」

 

 辺りに派手な金属音が響き渡る。悲しき戦いの幕が切って落とされた。

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