ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第四十話 「私は私のワガママを貫くから」

 私は高嶋彩羽。香川県の大橋市出身。誕生日は8月22日。家族は両親と妹が一人。好きな事は妹やあの子達とお話しすることと……料理も、だったんだけど、これから先二度とできないことは趣味なんて言えないかもしれない。

 

 家は昔からお金持ちで、大赦の礎を築いた名誉ある一族らしい。さすがにそれは300年も前の話になるから詳しくは知らないけど、なんでも御先祖様である高嶋友奈様は、かつてこの世界を守った初代勇者の一人だって聞いた時は驚いた。

 

 ただ、私にはそう言われたところで荷が重すぎる。いくら御先祖様が偉大な方で、お父さんもお母さんも大赦内でトップの人で凄いだの羨ましいだの言われても、そこには私の功績なんて一つもない。私はそんな大層なことができる立派な人間なんかじゃない。

 

 高嶋家の娘だからって理由で、昔から羨望の的として見られていた。はっきり言って私は特別勉強が得意な訳でも、運動神経が良い訳でもない。精々人並み程度だったのに、誰もが私を特別視する。

 

 私の事を知らない人達はみんな、私を高嶋の娘としてしか見ない。そんな風に思われても、私は彼らの言葉を違うと否定する勇気すら無かった。理想と現実との差に失望されて、それが事実とはいえ周囲に取り残されるのが怖かったから……。

 相手の人が気まずくなったり、誰かと言い争ったりするのがつらいから。本当の自分を出さないで、乾いた笑みを浮かべてごまかし続ける毎日だった。

 

 心配かけたくなかったから「私は大丈夫だよ」って、お父さんとお母さんと羽衣、それと幼馴染の園子ちゃんにもごまかして……でも、園子ちゃんには割と早い内から気付かれていたけどね。

 

 つまり高嶋彩羽という人間は……臆病者だったんだ。

 

 あの子達を心から愛したその時までは。

 

 

◇◇◇◆◆

 

 わっしーが出て行ってから数分後、私とろっはー先輩の部屋に大勢の神官達が雪崩れ込んできた。その内の一人、代表の人かな? その人が今何が起こっているのか説明してくれた。

 なんでもわっしー達の先輩の犬吠埼風さんが暴走してしまったらしい。このままでは彼女が大赦を襲撃してしまいそうだから、私達の力を貸してほしいみたい。

 

 三方を両手で大事そうに抱えていて、その上にはかつて私達が使っていた勇者端末が二つ置かれていた。確か4月頃に頼まれたんだっけ~? 当代の勇者が何かの形で暴走したら止めてくれって。

 

「これで変身して、犬吠埼風さんの暴走を止めればいいんだよね~?」

 

 神官は全員跪いて頭を垂れる。自分達の危機を自力でなんとかするわけでもなく、私にお願いするだけで片付くなら楽な作業だよね~。

 

「なりゆきを見守ろうかな~」

 

 そう言うと神官達は慌てて顔を上げる。嘘じゃないよ~? 多分犬吠埼さんの暴走の原因はアレだろうから、彼女は大赦に文句を言ってもいいと思うんだよね~。最悪の事態が起こるかもしれないけど、行動してもいい資格は十分あるんだよ。

 

「園子様。ここで勇者が暴走すれば、大赦の危機ひいては神樹様の……世界の危機に!」

「そうだね~、大ピンチだね~」

「もし世界が滅亡したら三ノ輪様は何のために落命されたのですか!」

 

 ……何を言ってるのかな~、この人は。ミノさんの事を勝手に知った気になって、犠牲を美談で片付けている。まだろっはー先輩が戻ってきていなくて良かったよ、本当に。今のを聞かせてろっはー先輩を苦しませたら、それこそ私も()()を言っていただろうね。

 

「もし全員死んじゃったら、向こうでいっぱいミノさんに謝るよ~」

 

 何やってんだよって怒られちゃうかな~? それとも許してくれるかな~? でもミノさんなら、例えものすごく怒られたとしても私達のことは嫌いにはならないよね。

 

「今は生きているわっしーの気持ちを優先してあげたいんだ~。全部を知った勇者達が何を為そうとするか……勇者のみんなに、やりたいようにやらせてあげたくて。気持ちは分かるなんてもんじゃないからね~」

 

 みんなとても苦しんでいるんだもん。世界が終わるにしろ、私達勇者にとってはその方が楽だという捉え方だってある。その事とか大赦に復讐するとか、形はどうであれ、報われてほしいと思うことは別に変な事じゃないでしょ?

 

「そんな……それでは最悪、世界が…!」

「じゃあ……何。勇者になって、わっしーやほむほむやその友達と戦えって……?」

 

 いつ如何なる時でも自分達の保身しか考えていない。そのためなら私達が苦しもうが知った事じゃない……それこそ私とわっしーとミノさんとろっはー先輩、みんなが帰る世界を守るために戦い抜いて、ろっはー先輩を庇って死んでしまったミノさんを一番馬鹿にして貶してるよね。

 

 

「ふざけないでよ」

 

 

 自分でも驚くほど冷めきった言葉が出る。私の多分冷めていた目を見た神官達は固まっていた。

 もう何も言うことはないね。私も決めた事を変えるつもりは毛ほどもないし。でもそこで部屋の外から「すみません、開けてもらえませんか」って声が聞こえて、近かった神官が急いで扉を開けた。ほむほむに連れて行かれたろっはー先輩が戻ってきた。

 

「……えっと……これはどういう状況?」

「あ、ろっはー先輩お帰…んん?」

 

 ろっはー先輩の目元の包帯がぐっしょり濡れている。顔色もさっきより赤く見えて、ろっはー先輩が今まで泣いていたんだって分かった。

 ほむほむに何か言われた? でも彼女がろっはー先輩に対して暴言を吐くとは思えないし違うだろう。そもそもろっはー先輩は暴言なんかじゃ泣かないのは私が一番よく知っている。

 

「何かあった」

「「「彩羽様!!」」」

 

 尋ねようとすると今まで私に跪いていた神官達全員が一斉にろっはー先輩に跪く。私が駄目ならすぐにろっはー先輩に切り替えて、浅ましいな~。

 私と同じ説明をろっはー先輩にもしている。相変わらず彼らの姿が地を這う亡者のように見えて仕方がないが、必死に説明する彼らの中には顔こそ見えないけど安心しきっている人もいる。

 

 私が行かなくても、ろっはー先輩は大のお人好しで断れない性格だから、その人達はろっはー先輩なら行ってくれるって嘗めている。

 

「何卒、宜しくお願いします、彩羽様」

「……そうですね。勇者が暴走すれば世界の危機に繋がりかねない」

 

 私とは違って肯定的な様子で神官達の言葉に頷く。神官達は露骨に安堵し、部屋を包んでいた空気が明らかに一変した。それに応えるよう、私は触りもしなかった勇者端末が、ろっはー先輩の勇者端末がふわりと浮かび上がる。

 

「おおっ! これは!」

「素晴らしい! 流石は勇者様でございます!」

「ありがとうございます彩羽様!」

 

 神官達はいきなり目の前のスマホが浮かび上がる超常現象に感嘆の声を上げるけど、別になんてことはない。その勇者端末から出てきたろっはー先輩の精霊、キュウモウ狸のモキュ(命名乃木園子)が持ち運んでいるだけだ。

 

 モキュと勇者端末はろっはー先輩のすぐ側で止まる。

 あれで変身してそのまま犬吠埼風さんの暴走を止めに行く。神官達が一安心する中、ろっはー先輩と私はお互いに顔を向き合わせてニコリと笑った。疑ってなかったけど、やっぱりろっはー先輩もそう思うよね。

 

 

 

「お断りします」

「………え?」

 

 神官達の間抜けな呆けた声をこぼすとモキュがその姿を消す。持つ者がいなくなった勇者端末はそのまま自由落下。誰もが唖然として床にガタッと音を立てて落ちた勇者端末に目を向ける中、ろっはー先輩はそんな事を微塵も気にする素振りをせず、それを踏みつける。

 

 バキッ!と鈍い音が聞こえ、足を上げると、大小たくさんのひびが入った勇者端末が神官達の目に入る。

 ろっはー先輩は自分は止めないという明確な意思を見せつけた。

 

「わーお、画面バキバキだねぇ。ろっはー先輩ってば、だいた~ん♪」

「い……彩羽様……何を…!?」

「私も園子ちゃんと同じです。犬吠埼さんを止めることはありません」

 

 この人たち全く分かってないね~。ろっはー先輩も最初から聞き入れるつもりは無かったって。

 ろっはー先輩がお人好しだから行ってくれる? 確かにろっはー先輩は甘過ぎる所もあるし、どうしてもって頼まれた事は断れない人だけど、だからといって少しでも間違ってるって思った事は決してやらない人なんだよ。信念を曲げてしまうぐらい、余程の理由がない限り……。

 

「どうせ言い訳をなさるつもりでしょうけど、犬吠埼さんの暴走の原因はあなた方でしょう? それに向き合おうとしないで、非を一切認めないまま解決は他人任せ……なんて情けない人達なんですか。私はそんな身勝手なあなた方を助けたくはないです」

「し、しかし…!」

「あなた方はこの世界を守りたいんですよね? でしたら誠心誠意尽くして彼女に謝罪してください。そうして認められたら彼女に許してもらえて、考えを改めてもらえるかもしれないじゃないですか」

 

 神官達の顔は仮面の内側で真っ青だろうね~。ろっはー先輩が言ってることは正論なんだけど、その正論の中に彼ら大赦が犬吠埼さんに許してもらえるなんて生易しい考えは、ほんの少しも思ってないんだもん。

 ろっはー先輩が自分達を見捨てる気満々だって誰もが気付くよ。責任は自分達が何とかしろなんて言ってるようなもので、勇者端末を割るなんて真似もやっちゃうし、あれはろっはー先輩も内心とても怒ってるね~♪

 

「自分達の責任を私達に押し付けないでください。この件に関して、私達は一切関わるつもりはありませんので」

「彩羽様!! 園子様!!」

 

 もうろっはー先輩は口を開かなかった。穏やかな表情で私に微笑みかけ、私もそれに応えて同じ様に笑った。

 

 しばらくは神官達が土下座しながら必死に喚き散らかす声が聞こえた。私はそんなうるさい声は聞こえない事にしながら、窓から空を眺めて雲の形を観察していた。

 

 

 

 気がつくと、そんなうるさい声は本当に聞こえなくなっていた。神官達は相も変わらずそこで土下座しているけど、彼らはそこで完全に停止していた。この世界が神樹様の結界に包まれる前触れと同じ様に……。

 

 そして鳴り響く。この世界の今までにない危機を告げる警報が。

 

「な、なにこのアラーム…? 樹海化警報ってこんな音だっけ…?」

「……ろっはー先輩が端末壊したからじゃない? 昔から酷い機械音痴だもんね~」

「ええっ!? うそっ、私のせいなの!?」

 

 さっきの勇者端末を踏みつけた件で軽くボケると期待通りのリアクションを見せるろっはー先輩。でも私はさっき、わっしーにあの事を教えた。もしわっしーが直接自分の目で確かめて、その真実に耐えきれなかったらどういう行動を取るのかも考えていたから、この警報はきっと……。

 

「あー、やっぱりだ……特別警報発令って書いてる」

「それじゃあ私関係ないよね!? ……って、特別警報ってまさか……」

 

 ろっはー先輩も今何が起ころうとしているのか気付いたみたい。特別警報……この世界を守る神樹様の壁に異常が発生し、従来の何百、何千倍にも及ぶ規模の襲撃が起こり得る際に鳴り響く非常警報。

 

 これが鳴ったが最後、今言った絶望的な規模のバーテックスが攻めてきて、勇者が戦った所でそれを止められるのも限りなく不可能に近い。

 壁が壊されるなんて、もしそれが自然に起こる事なら事前に大赦の巫女達に神託が来そうなもの。それは私達にも伝えられ、神官達は集まって対策を練るはずだ。それがなかった今回のこれは明らかに人為的なもの。それが誰なのかはついさっきの事からして、候補は暴走した犬吠埼さんを含めると三人。そしてその中で行動に移しそうな人を考えたら……。

 

「……どうするの? ろっはー先輩は」

「………園子ちゃんは?」

「私は……やめておくよ~」

 

 これはわっしーが選んだ答え。あの子は耐えられなかったんだ。この世界の残酷な真実に。

 

 私だって……酷い言い方だけど、ろっはー先輩が一緒にたくさん散華していなくて、ここに幽閉されていたのが私一人だけだったら……。あの時、ろっはー先輩が私が言った通りうーたんを選んでいたら、孤独に耐えきれず、既に終わっている世界の真実に心が折れて、真っ先に自棄になっていただろうから。

 

 ……勝手な話だよ。あの戦いが終わって私達二人がここに運ばれた時、私は辛うじて動かせた右手で、両目と両腕を散華して立つのすらやっとだったろっはー先輩を突き飛ばして、罵声を浴びせた。いろんな所にぶつかったり転んだりするろっはー先輩を見ながら、不快感を露わにしながら自業自得だって馬鹿にした。

 私の最後のお願いを無視してうーたんを裏切ったんだって思い込んで……私の心が守られている事に気付かないで、ろっはー先輩がどれだけ苦しんだのか考えもしないで責めたくせに……。

 

 ……とまあ、私にはわっしーが壁を壊してしまった気持ちが痛いほど理解できる。ミノさんにうーたん、その他のいろんな人達には本当に申し訳なく思うけど、世界が滅びそうになっても少しでもいいからわっしーが納得のいく道を選んでほしい。私はわっしーを否定しない。

 

「……そっか」

「うん……ろっはー先輩は……行くつもりなのかな?」

「……うん」

 

 画面が割れた程度じゃ、端末が壊れたなんて言わない。もう一度モキュが現れて床に落ちたままの勇者端末を持ち電源を入れた。

 

(……そうだよね。ろっはー先輩は止めるよね……)

 

 この世界にはうーたんが……高嶋彩羽の妹の高嶋羽衣が、病気と戦いながら頑張って生きている世界なんだもん。うーたんのこれまでの頑張りを無駄になんかする人じゃないんよ。

 

「でも……私だって彼女達を否定する気はないよ」

「え?」

「かと言って肯定もできないけどね。あの子達がこれから一生苦しむのは嫌だけど、この世界の人達が大勢犠牲になるのも見過ごせないから」

 

 そして、命を軽んじる人でもない。さっきの神官達の頼みを一蹴したのはただ単に非は全部向こうにあったからこそで、本来なら誰よりも甘々で純粋な心を持っている。

 

「もし武器を向けられても抵抗はしないよ。彼女達とは絶対に戦わない。ただこの世界を守るのだけに徹するつもり」

「つまりバーテックスとだけ戦うってこと?」

「そうだね。今の勇者の子に邪魔だって消されるまで。園子ちゃん、羽衣、美森ちゃん、ほむらちゃん……私も銀ちゃんが守った、みんなが生きるこの世界を守り続けるよ」

 

 偏にこの決断を決めたのは、ろっはー先輩の優しさの賜物だ。どの立場の人の想いでも汲み取って、それら全てに手を貸そうとする。

 元々、ろっはー先輩は受け身な性格だった。みんながろっはー先輩が聞き上手だなんて勘違いして接して、本人もそれを否定できないままズルズルと引っ張ってしまう。

 だけど否定しなかったのは、相手の想いを無下にしたくなかったから。どんな人だろうとも失望させてしまう事が嫌だった。相手の事を気遣える素晴らしい人なんだ。

 

 臆病者なんかじゃない。ろっはー先輩は昔から天性の優しさを誰にでも分け与えられる凄い人。

 

「……ろっはー先輩ってば、本当に頑固でワガママだね~」

「えっ?」

「私は今の子達の気持ちを否定したくないから戦わないって決めたんだよ。なのにろっはー先輩も同じ事を思ってるのに、助ける選択と見捨てる選択両方を取るんだもん。正直ズルいな~って思ったりして♪」

 

 でもそれが、ろっはー先輩の良いところで、私達が大好きな「高嶋彩羽」ってお姉ちゃんなんだ。

 咲き誇っている桜のように、誰からも認められている存在。温もりは優しくみんなにそっと触れて、ふわっと包んで、どこにだって寄り添って行く。みんなの心に隔てなく寄り添って離さない。いつだって私達の事を守ってくれる。

 

「……もう後悔するのは嫌だからね。狡くても構わないけど、私は誰か一人や二人だけじゃなくて、みんなが最後まで笑顔でいてほしい」

「うん…」

「それがワガママなんて言うなら、最後まで逃げ出さずに私は私のワガママを貫くから」

 

 ……敵わないなぁ、ろっはー先輩には。隊長の面目が立たないよ。

 

 モキュが勇者端末を開いて、シダレザクラの変身アイコンにろっはー先輩の指を触れさせる。優美の花が咲き誇り、桜色の衣装に変化した。

 

 窓が開けられる。桟の上に飛び乗って準備万端になったろっはー先輩に再び声をかけた。

 

「……昔はあまり自分を表に出さなかった、あの弱くて可愛らしいろっはーだったのに、強くなったね~」

「そ、そうかな? でも、本当に強くなれたんだとしたら……それは私がみんなのお姉ちゃんだから。理由なんてそれで十分だよ」

「そうだね……いってらっしゃい。ろっはー先輩」

「行ってきます。園子ちゃん」

 

 窓から飛び立ち、その直後に空中に無数の槍が電車のレールのように並ぶ。その上を駆けて、ろっはー先輩は守りたいものを守るため、自分の信念を最後まで貫くために樹海へと舞い戻った。

 

 

◆◆◆◆◆

 

「方向はこっちで大丈夫だよね?」

 

 先行を飛ぶ自身の三叉槍を発現させる精霊、偽汽車(にせきしゃ)の後ろを走りながら尋ねる。その気配を辿り、ひたすら真っ直ぐに突き進んでいくと彼女を包み込む空気が重々しくなるのを感じ取る。そしてあちこちには不気味な気配が立ち込みだし、自分が再び樹海に戻ってきたのだと実感していた。

 

(この小さくてたくさん飛んでいる気配……星屑ってタイプなんだっけ。壁の外にいるはずなのに樹海にいるってことは、本当に壁が壊されたんだね……)

 

 近くを飛び交う星屑が一斉に彼女に迫る。彩羽を誘導していた偽汽車の側に別の精霊、猪笹王(いのささおう)が炎を纏った鉄扇と共に姿を現す。

 

 鉄扇が扇がれ、巻き起こった炎が星屑を包み込む。星屑の体は次々と焼却され、何体もいた星屑全てが消え去っても、彩羽は顔色一つ変えずに槍の上をそのまま走り抜ける。

 

(今はまだ星屑だけしか来ていない? 大型のバーテックスは……)

「勇者部六箇条!! なるべく……諦めなぁぁあああああああい!!!!」

「っ! 今の声…!」

 

 知り合ったばかりだが、既に大切な仲間のように思っている人の叫びが樹海に木霊する。その直後に大気を震わせる爆音が響き、彩羽はその声と爆音が聞こえた方へと進路を変更した。

 

(……あった! 大型バーテックス三体分……そこに多分あの子も…!)

 

 忌々しい気配は徐々に大きくなる。その気配に呑まれかけているが、人一人の気配も確かに見つけていた。そして樹海も僅かに震えている。これは彩羽が二年前に感じ取った、勇者が神樹から強大な力を得る前触れと同じ感覚だった。

 

(満開!? あの子一人で戦うつもり…!)

 

 バーテックスの内の一体から何かが放たれる。無数の鋭い矢のようなものだろう、大気を貫きながらそこにいる勇者に殺到していた。

 その勇者も満開で迎え撃つつもりであるのは間違いない。彩羽は声を上げて呼び止め、精霊、朧車(おぼろぐるま)の力で彼女を守る盾を具現化する。

 

「待って!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「事情はなんとなくだけど分かるよ。誰かが壁を壊したんだよね?」

「……ええ、東郷が。私はあの子を止めなくちゃいけないの」

「……そっか。うん、分かった」

 

 ほむらが美森を止める……その言葉を聞いた彩羽は、二年前に離れ離れになった妹のように想っていた美森に、どんな絶望の中でも支えになってくれる友達ができていた事実に微笑みを浮かべる。

 かつて何度も美森の側に居てやれない自分を呪った。記憶を失った彼女が大丈夫なのか不安でいっぱいだったが、美森にはそんな心配を消し去った友達がいた。

 

「ほむらちゃん、美森ちゃんをお願い。バーテックスの相手は私が引き受けるよ」

 

 高嶋彩羽は勇者達と敵対するつもりはない。例え向こうが世界を滅ぼそうとも、彩羽に害を与えようとも、彼女は全ての勇者達の想いを汲み取るつもりであった。

 だから彼女は今回の事件を引き起こした勇者、東郷美森を止めはしない。世界を滅ぼそうとするバーテックスは倒すが、勇者達それぞれの想いは絶対に否定しないし傷付けない。

 

 ほむらが美森を止めると言うのなら、彩羽はその言葉を信じ、彼女にその役目を託すだけだ。

 

「引き受けるって……一人であいつらの相手をするつもり…!?」

「大丈夫。私は絶対に負けないから……それに、ほむらちゃんは美森ちゃんを止めるんでしょ? こんな所で立ち止まっている暇はないよ!」

 

 いくつもの鉄扇が同時に舞い、それらからバーテックスを覆い被さるほどの炎が走る。炎は三体のバーテックスの視覚を塞ぎ、判断を鈍らせる。

 次の瞬間、薄い炎を突き破って無数の三叉槍がバーテックスに殺到する。槍は三体のバーテックスの表面に針山のように突き刺さり、動きを怯ませた。

 

「行って!!」

「っ、ええ!!」

 

 ほむらも彩羽にこの場を託し、離れた幹の上へと跳び去る。そんなほむらを逃すまいと、炎に包まれている射手型バーテックスは再び彼女に狙いを定めて矢を飛ばす。

 

「させない!」

 

 先程のリプレイのように、ほむらの背を守るように出現する大盾。彼女に矢は一本も通ることなく、全てが盾に阻まれていた。

 ここでバーテックスも認識する。ここで最も邪魔になる存在は、この場にいる盲目の勇者であると。

 

 放たれ続ける射手型バーテックスの矢の射線上に赤い板状の物体が割って入る。矢はその板……蟹型バーテックスの反射板に跳ね返り、彩羽の背後から彼女へと襲う。ほむらを狙うと思わせた奇襲攻撃は、彩羽がそれを見ることも驚くこともなく、横に足場を作って跳んで簡単に回避した。

 

 目の代わりに気配を頼りに周囲を特定する彩羽にとって、不意打ちの攻撃は無意味に等しく、最初から分かりきっていたことだった。回避と共に、キュウモウ狸に支えられた左腕が一瞬光を放ち、桜色の閃光が蟹型バーテックスを貫いた。

 

「……さっきから続いてる矢みたいな攻撃……それを跳ね返すことができる物体……」

 

 彩羽は思い出していた。二年前に今自分が相手をしているバーテックスと戦ったことを……彼女の人生の中で一番の絶望に彩られた最悪の日の出来事を……。

 

『アタシ達に任せて、須美と園子は休んどいて!』

 

 中学生だった自分一人だけ、仲間達から離れた場所に呼び出され、駆けつけた時には既に酷い有り様だった。

 

『大丈夫だって! アタシ達がお前らを置いてどっか行くわけないだろ』

 

 あの子は本気でそう思っていた。私も当然そう思っていた。信じて疑わなかった。

 

 

『またね!』

 

 

『姉ちゃん!!!』

 

 突然自分を突き飛ばしたあの子の手……直前まで自分が立っていた場所に延びていた巨大な尾……その先端……。

 

『………え…なん……ぎん…ちゃん……?』

 

 大切な仲間達を傷付けられ、自分の情けなさに泣き叫び、妹達を深い悲しみの底に突き落とさせ、大好きだった妹分を殺された記憶を……。

 

 

 

「あの時のバーテックス!!!!」

 

 そう叫ぶとともに、ほむらの爆弾で負ったダメージを回復させた蠍型バーテックスの尻尾が猛スピードで延ばされる。大切な人の命を奪った針を輝かせ、彩羽を葬らんとする一撃が心臓目掛けて一直線に迫る。

 

「もう二度と!! 悲しませるものかぁああああああっっ!!!!」

 

 叫び、自らを奮い立たせて足場にしていた槍を蹴る。針を避け、猛スピードによる衝撃を体を捻って受け流し、数珠状の尻尾へと着地する。

 

「猪笹王!」

 

 その尻尾を先端の方から数珠状の繋ぎ目の部分を鉄扇で焼き切り落としながら蠍型バーテックスの本体部分へと駆け上がっていく。バーテックスはもがき、振り落とそうと尻尾を大きく揺らして抵抗するが彩羽は離れず。一つ、また一つと尻尾を切り落とす。

 残った二体のバーテックス、射手型と蟹型も、彩羽を排除するべく攻撃を仕掛ける。射手型は蠍型を巻き込んで幾千の矢を降らせ、蟹型は反射板で彩羽を叩きつけるべく振り下ろす。

 

「その攻撃は覚えてるよ!! 朧車!」

 

 朧車を呼び出し、頭上に大盾を具現化する。傘代わりとなった大盾が矢の雨を防ぎ、それを外した矢は蠍型バーテックスの体に次々と突き刺さった。

 そして彩羽に振り下ろされる反射板。彩羽は慌てるわけでもなく冷静に内なる炎を燃やしながら、精霊百々目鬼(とどめき)の力を発動させる。

 

「いっけえぇぇえええ!!!!」

 

 彼女の傍らに出現する巨大なハンマー……それが振り下ろされる反射板似に合わせて大きくスイングされる。側面から強大な衝撃を受けた反射板はガラスのように砕け散った。

 得物を砕かれ、怯む蟹型バーテックスを彩羽は逃さない。左手のクロスボウを構えつつ、辺りに三叉槍が飛翔する。

 

 無数の桜色の閃光と青い三叉槍が、蟹型バーテックスに降り注ぐ。巨体を次々に穿ち、蟹型バーテックスは見るも無惨な姿へと破壊されて海へと沈められた。

 

 彩羽はそれだけでは止まらない。既に尻尾を切り刻んで無力化していた蠍型バーテックスの体がいつの間にか燃え上がっていた。蟹型バーテックスを攻撃している間、精霊猪笹王の力を再度発現し、切り刻んだ蠍型バーテックスを炎上させていたのだ。

 バーテックスが回復するなら継続的にダメージを与えればいい……実際蠍型バーテックスの尻尾はまだほとんど回復しきれていなかった。

 

「百々目鬼!」

 

 再び現れる巨大ハンマー……それを足場にしている蠍型バーテックスの体へと振り下ろした。その体が砕ける音が響き、彩羽は宙へと躍り出る。これで暫くの間二体のバーテックスは回復に専念せざるをえないため動けない。

 それを理解した残った一体、射手型はがむしゃらに矢を放つ。だが今まで全ての攻撃を防いできた彩羽は空中であろうとも少しも動揺する事はなかった。

 

(このバーテックス達にはもう何も壊させない……これ以上奪われてたまるものか…!! あんな思いはもうたくさんだ!!)

 

「ここで絶対に倒してみせる! 偽汽車ぁ!」

 

 射手型の矢が迫り来る中、精霊偽汽車から三叉槍が彼女の足元目掛けて飛ばされる。その勢いを殺さないまま彩羽は三叉槍の上に乗り、射手型バーテックスの射線上から脱する。

 

「モキュ! お願い!!」

 

 クロスボウがこれまでのと比較して何倍も大きな光を輝かせる。この一射が未来への道となるように……希望に導く光となる事を祈って……。

 

「届け!!」

 

 濁流のような、だが、輝かしい桜色の光の氾濫が、射手型バーテックスを呑み込む。吹き飛ばしながら、その中で射手型バーテックスの体を浄化し消滅させていく。

 やがて光は霧散し、ボロボロになった射手型バーテックスが姿を現した。

 

 バーテックスは御霊を破壊しない限り倒せない。それは彩羽も分かっている。だがいくら何回も満開した勇者とはいえ、一人で三体のバーテックスを同時に封印しながら御霊を破壊するのは不可能だ。

 

 たった一つの方法を除いて。

 

 

 

「満開!!」

 

 樹海が震え、シダレザクラが満開の花を咲き誇る。

 

 薄く光る桜色の羽を羽ばたかせ、神々しい一本の巨大な槍がそびえ立つ。その槍を中心に虹色に輝いている球状の光は、まさしくこの世界を導こうとする希望。

 

 闇を打ち消す光が、バーテックスに落ちる。ボロボロにされたばかりの個体も、回復しかけていた個体も、断末魔さえ上げることなく御霊ごと全て消滅する。

 

 

 

「……銀ちゃん……ありがとう……大好きだよ」

 

 ふと、彩羽は彼女達の心の中で生きている少女にお礼を言いたくなった。見えないはずの瞳の奥に、その少女が満面の笑みで笑う姿が見えた。




【高嶋彩羽の精霊】

キュウモウ狸
 高嶋彩羽の初期精霊。左手のクロスボウに関与している。彩羽は散華で腕を動かせないため、わざわざ彼女の腕を支えてくれる。

偽汽車
 三叉槍に関与している。一度に無数の数でも具現化でき、触れていなくても自由自在に動かせる。

猪笹王
 鉄扇と炎に関与している。炎の巻き起こしに鉄扇で斬りつけたものを燃やすことができる。三叉槍までではないが、ある程度なら自在に動かせる。

百々目鬼
 ハンマーに関与している。大きさは自由に変更でき、その分威力が変化する。振り回す、振り下ろすの単調な動作しかできない。

朧車
 大盾に関与している。シンプルに強固な盾を指定した場所に具現化する。盾は横開し、そこから他の精霊の武器を放つこともできる。


【高嶋彩羽の満開】
LAST MAGIA
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