ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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 外伝を前回までを乃木若葉回とすると、今回は……


「一人じゃ何もできない人間だから」

 わたしの夢っていったい何なんだろう? 小さい頃からずっと考えていた事だった。

 

 わたしには人に自慢できるような長所が無い。運動も勉強も、何をやっても人より上手にできるわけでもなくて失敗ばかり。せめて人並みになりたいって思っていたけど、こんなネガティブな考えを夢なんて綺麗な言葉で言っちゃいけないって思っていた。

 

 パパもママも、丸亀市に引っ越す前にいた明るくて元気なお友達も、上品でお淑やかなお友達も、わたしは優しくてとっても大切な子だって言ってくれる。それも本心で。

 

 そう言ってもらえること、思ってくれていることはとても嬉しい。だからわたしはみんなの事が大好きで、とても大切で……でもわたしの存在は、このみんながいてくれる事が前提になっている。みんながいないと本当に何もできない、とても弱い人間だから……。

 

 ママみたいにかっこいい大人になりたい……憧れだから、そう思っている。でもわたしにはきっとなれない。ダメダメだから。

 

 一人じゃ何もできない人間だから。

 

 

 

 

 

『あのねまどかさん……私ね、夢があるんだ』

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 うたのんが畑を作って、それが大勢の人達に認められて始めてからしばらくが経った。

 

 最初はみんな期待していなかった。どうせ助からないって、誰もがうたのんの行動を無意味だと思って真剣に向き合おうとしなかった。暗い顔をして、毎日を脅えて過ごすどころか、諦めていたんだ。

 

『今は苦しい状況ですが、きっと活路は見つかります!』

 

 そんな中、うたのんだけが前を見つめていた。明日に向かって歩くのを止めなかった。

 たった一人で行動するのを、私も不思議な感じで……正直な所、変だって思いながら見ていた。それはとても信じられない事だから……。

 

 勇者とはいえ、あの時はまだギリギリ11歳にもなっていない女の子が、こんな状況下でも笑顔でいられる事が……。

 

『結界の中で暮らしを保っていくために自活しましょう! 畑を耕して、湖の魚を穫って。生き抜きましょう!』

 

 目が離せなかった。私が土地神様から神託を受けて、四国と連絡がとれるようになったあの日から。私とうたのん、二人で諏訪の人々を導けと告げられたあの日から。

 

『今まで人間はどんな災害に遭っても生き抜いてきた……今回だってそう、まだみんな終わってなんかないんです!』

 

 諦めずに希望だけを抱いていたんだ。ただの一度としても弱音を吐かず明るさを失わない。恐怖の象徴の化け物が襲いかかってきても、必ず勝ってみんなを守る。

 

 その度に決まってうたのんがみんなに与えるのは……

 

『どんなつらい目にあっても、人は必ず立ち上がれます!』

 

 笑顔だった。絶望するのもおかしいと思えてくる、みんなに失われたはずの希望を芽生えさせる、奇跡をうたのんは生み出せるの。

 

 ずっと側で見せつけられた。私には無い、白鳥歌野っていう強い人間の力を。

 

 二人で人々を導く? 私にできることなんて何もないのに?

 

 そう、私は何もしていないんだよ……。そして、何ができるわけでもない。唯一できることは、人の顔色を窺うこと……そういう、とても弱い人間だから。

 

 一人じゃ何もできない人間だから。

 

 

 

 

 

『水都ちゃん、約束。わたし達は……』

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 その子との出会いは偶然から始まった。

 

 わたし達が丸亀城に集まるようになってから、もうすぐ二年。小学生だったわたし達はこの特別な学校で中学生に。ここでほむらちゃん達は勇者として戦う力を付けるための訓練を。わたしとひなたちゃんは義務教育を受けながら巫女の力を高める訓練をしながら、みんなのサポートをしている。

 

「───だからな、タマは思うんだよ。悔しいが……」

 

 それは普通の小学生中学生の女の子とはかけ離れてしまった日常生活かもしれない。当たり前の自由は削られて、少なくなって……

 

「タマ達でゴルフ勝負をすれば、多分ほむらが結構良い線行くって」

 

 でも、それに少しの不満はあるとしても、不幸だなんて思っている人はいない。

 

「そ、それはどうか……別に私ゴルフの経験があるわけじゃ……」

「ですけど、様になってますよね。ほむらさんの杖のスイング」

「てぃひひ、そうだよね~♪ ほむらちゃん、カッコいいよね♪」

「伊予島さん……まどかまで……! 私の杖、ゴルフクラブじゃないよ……!」

 

 さっきまでやっていた訓練の様子を楽しそうに話す姿があった。訓練用に改造されたバレーボールマシンから速いスピードで飛んでくるボールを避けたり、神器で防いだり弾いたりする……そんなトレーニングメニューをこなす中、ほむらちゃんが飛んでくるボールをゴルフクラ…杖で打ち返す姿がカッコ良くて、それが今の話題の種になっていた。

 

「ですが、ほむらさんの成長っぷりを誰もが認めるのは事実ではないですか? 若葉ちゃんだって、今では手合わせするとヒヤリとさせられる事も少なくはないと言っていましたよ」

「そう言われると……ありがとうございます…」

「それはそれとして、本日の訓練でもナイスショットです、ほむらさん♪」

「だからゴルフクラブじゃないんですってば!!」

 

 普通からかけ離れた生活になったとしても、その中にも何気ない平凡でありふれた時間はあるんだもん。みんなが一段落付いた休憩時間、タオルと水筒を渡してからはみんなで一ヶ所に集まって楽しげな会話が弾んでいる。

 

「ゴルフかぁ……私ゴルフなんてテレビでやってるのを見たことあるだけだから、いつかやってみたいなぁ」

「ゲームなら、私持ってるわ。ボタン操作だけじゃなくてこっちの動きに対応する体感型のも……」

 

 そんな時間を過ごしていく内に、初めの頃と比べてみんなすっかり仲良くなった。同じ目的のために一緒に頑張っているんだから、励まし合ったり競い合ったり。絆が芽生えても全然不思議じゃないよね。

 

「なにぃ!! それじゃあ今度の休みの日は全員で千景の部屋に集まってゴルフゲーム対決だ!!」

 

 授業や訓練がお休みの日だってちゃんとある。そんな時には普段得られない日常の分まで一生懸命楽しんじゃう。そんな時には球子ちゃんや杏ちゃん、若葉ちゃんにひなたちゃん、友奈ちゃんがわたし達の家に遊びに来てくれた事もあって。

 それだけみんな親密になれていて……千景さんも、いつかはわたし達のお家に遊びに来てくれると嬉しいな……。

 

「ちょっと! 誰が私の部屋に来ていいと……勝手に話を決…」

「わぁーい楽しみ♪ ぐんちゃんありがとう!」

「うっ……え、えぇ……どういたしまして……」

「……千景さん、困ってそうだね……」

「はい……タマっちが勝手に決めて怒りたいのと、友奈さんが喜んでいて無下にはできないのとで板挟みになってる顔ですね……」

「やっぱりスゴいなぁ、友奈ちゃん」

 

 まだ色々と壁を感じちゃう事はあるけど、そんな千景さんだって良い方向に変わってる。クリスマスを期に友奈ちゃんとよく話すようになって、仲良くなって……最初に大社から聞かされた千景さんの過去を思うと本当にホッとした。

 

 あの悲劇が起こった日から、四国にバーテックスは現れていなかった。神樹様の結界の効力と、他の場所でバーテックスの進路を引き付けてくれる勇者の子のおかげで……みんなはまだ危険な戦いをせずに済んでいる。

 

 その勇者の子、諏訪で一人戦っているその子の名前は、白鳥歌野さん……。他に戦ってくれる勇者はいない、たった一人でバーテックスと戦っているって若葉ちゃんが……。

 

 ……怖く…ないのかな……? あんなに恐ろしい存在に、もし負けちゃったらって……そうなってしまえば、失ってしまう物はとても大きいはずなのに。

 

 ……いずれは、みんなも戦う時が来てしまう。最初から、分かってはいる。分かっていて、わたしは巫女としてここにいることを決めた。

 でも、いざみんなの戦いが始まって、今のこの尊い日常が変わってしまうんじゃないかって思うと……

 

「よしっと! 休憩終わり! 訓練メニュー後半戦、頑張ろー!」

 

 元気よく立ち上がった友奈ちゃんの声に、わたしのネガティブな考えが遮られた。それに続くように、気合い十分とまではいかなくても、決してへこたれている様子を少しも見せることなく他のみんなも立ち上がって……

 

「……まどか?」

「……あ、何かな?」

「ううん、ちょっとボーっとしてるみたいだったから……」

「そんなこと無いよ、平気!」

「ならいいけど……じゃあ行ってくるね」

「うん。………」

 

 ……卑怯だ、わたし。いつの間にか、わたしは戦わないくせに、みんなの立派な覚悟を引き留めたいと感じるようになっていた。命を懸ける危険な役目を背負っているみんなが頑張ろうとするのを、複雑な思いで見てしまう。

 前まではこんなのじゃなかったのに、少しずつ……日が経つにつれて、どんどん不安が募る。一番辛い思いをしたほむらちゃんが立ち直れたのに、その意思を守るんだって誓ったわたしの方が既に折れかかってる……。

 

「……変ですね?」

「……えっ? ううん、大丈夫だってば」

 

 ひなたちゃんの呟きに慌てないよう、普段通りの感じで返事をする。こんな後ろ向きな事、みんなに相談できないから……悪いもん……。

 

「あ、いえ、今のまどかさんとほむらさんのやり取りの事ではなくて……若葉ちゃんが……」

「若葉ちゃん?」

「……遅いです。通信がまだ終わらないのでしょうか……」

 

 ……言われてみれば確かに。この場にはいない、少し遅れてから訓練に参加するって言っていた若葉ちゃんは今、勇者のリーダーとしてのお役目の一つ、勇者同士の通信。長野県の諏訪で一人戦う勇者、白鳥歌野さんと。

 

 1年以上前、わたしとひなたちゃんと、大社にいる大勢の巫女のみんな、それから諏訪の巫女に神樹様と諏訪の土地神様から神託が下った。それはお互いの存在……遠く離れた場所には生き残りが……勇者がいるって内容だった。

 

 報告すると大社はすぐに動いた。通信設備を用意して、電波を諏訪に向けて飛ばす。向こうが土地神様の神託を頼りにこっちの動きを把握して、お互いに声を届けられるように。

 

 そこから四国と長野県の協力が始まった。代表して若葉ちゃんが向こうの勇者と定期的に連絡を取り合って、いつか来る作戦の日に向けて備える。

 みんなと白鳥さん、四国と長野県でバーテックスを挟撃する。国土を取り戻し、世界を救うために。

 

「……こんなに通信が長引く事なんて、今までにあったでしょうか……」

 

 ひなたちゃんが訝しむ様子に、わたしも同じ様な疑問が浮かび上がる。これまで諏訪との通信は軽く何十回と行われたけど、それでも大体30分ぐらいで若葉ちゃんは戻っていた。でも今日のはいつにも増して遅い。既に2時間近い。

 人一倍真面目で熱心な若葉ちゃんが訓練に来ない……通信も近況報告が主みたいで、訓練メニューの前半と休憩が終わるくらい長引くなんてまずありえないもん……。

 

「わたし、様子を見てこよっか?」

「すみません、お願いします」

 

 今日は巫女の訓練はお休みで、マネージャー的なみんなのサポートって事で動いている。だったら若葉ちゃんの状況を確認する事だって大切なお仕事の一つと言える。他のみんなの事は一旦ひなたちゃんに任せるとして、通信機の置いてある丸亀城の方に向かった。

 

 電話やメールには通信が長引くって連絡は来ていない。一応移動しながらメールを送ってみたけど既読のマークも付かない。電話は……って、もうそろそろ着くから大丈夫。

 

「毎………エ……ギ…………んは……比べて……」

『……に…………おりは………りょ……あり……』

 

 通信室が近くなると中から話し声が聞こえる。若葉ちゃんと……初めて聞くけど、多分この声の人が白鳥さん。

 どんな内容なのかは全然分からないけど、話が続いてるってことはやっぱり長引いていたみたい。扉をノックして中にいる若葉ちゃんに声をかける。

 

「ごめんね若葉ちゃん、ちょっといいかな?」

「む? おお、まどかか。どうした、何か用か?」

「用っていうか、まあね……通信が長引いてるのかなってひなたちゃんと話してて」

 

 扉越しにそう伝えると、室内が少し静かになった気がした。数秒遅れて、中から焦っているような若葉ちゃんの声が返ってくる。

 

「しまったもうこんな時間か…! すまない白鳥さん。今日の所はこれにて終了させてくれ」

『……そう…ですね。私の方もこのままだと予定が狂ってしまいそうですし、続きはまた今度にしましょう』

 

 ようやく自分が訓練に大遅刻している事を知ったようなトーン。もしかして、時間をちゃんと見ていなかったのかな? それで通信が長引いていることにも気付かないなんて、一体どんな重要な話をしていたんだろう……やっぱり大変なお役目でも頑張っているんだ、若葉ちゃんは。

 

「命拾いしたな」

「……えっ?」

 

 ……き……気のせい……だよね……? 今何か、この状況で聞くはずのない言葉が、若干強めの語気で聞こえたのは……

 

『それはこっちのセリフです。次はこうはいきませんから』

「ええっ!?」

 

 つ……通信機越しの声からも、似たような雰囲気を感じたんだけどぉっ!?

 

「次までにその愚かな考えを改める事を期待している」

『馬鹿を言わないでください。今度決着が着く時に謝ってももう遅いですから』

「『では』」

「………」

 

 わたし……扉の前で固まっていた。通話を終えた若葉ちゃんが中から出て来て、その表情は遅刻していることに慌てている風に見えたけど。

 

「ふう、急がなくては……!」

 

 そんなことは重要じゃなくて! 若葉ちゃんの姿を見てハッとしたわたしは訳が分からないまま詰め寄った。

 

「ちょっ……ど……どういう事なの若葉ちゃん!! 一体何を話していたの!? 白鳥さんと喧嘩でもしちゃったの!?」

「あ………い、いや、大したことじゃない……! 気にするな」

 

 今日これまでの事、妙に通信時間が長かった事、その理由と結び付かない訳が無い。一気に不安な気持ちが溢れて、悲鳴のように叫んじゃう。

 

「無理だよぉ!!」

「うっ……うぅ…」

 

 明らかに後ろめたい何かがあると顔に書いてあるんだもん……! たじたじになる若葉ちゃん。だけれども目を泳がせるだけで言い渋る様子しか見せなかった。

 

「本当に何でもないんだ……! っと、いかん、急がなくてはマズい……! スマンまどか!」

「あぁちょっと…! 若葉ちゃーん!」

 

 結局そのまま訓練に遅れている事を理由に走って逃げて行っちゃった。残されたわたしはというと、当然追いかけられるような余裕は全然無くて、その場に呆然と立ち尽くすしかない。

 

「な……仲悪いの…かな……?」

 

 若葉ちゃんと白鳥さんの間にトラブル……その、ちょっとアレなんだけど……別に考えにくいってワケじゃ……。

 

 若葉ちゃんは何というか……真面目すぎてよく人と衝突し易かったり、誤解を招き易かったり……あるから。もう大分前の話になるけど、そのせいでほむらちゃんに強い苦手意識を持たれたりしたし。仲直りできて今では仲良しだけど、その時にはほむらちゃんに友達になれないなんてハッキリ言われたぐらいだもん……。

 

「……ぅあー…どうしよぉ……」

 

 一体トラブルの原因は何なのか、全く分からないけどこのままじゃまずいよ……。

 白鳥さんは重要な作戦に向けた、協力関係を結んでいる相手なんだもん……。もし若葉ちゃんの態度が原因でどうしようもない亀裂が入ったりしたら……。

 

「……よく分からないけど……謝った方がいいのかも……?」

 

 また前みたいにわたしがフォローしないと……。若葉ちゃんが本当はとっても優しく、仲間思いで、頑張り屋さんのいい子だって事はよく知っているもん。白鳥さんにそれを誤解されたままなんて嫌だよ……。

 

 気が重くなるのを感じながら、重い足取りで通信室の中に入る。放ってはおけなくて、だけど今まで一度も話したことが無い人だし、肝心の内容だって何も分かってはいないのに。

 

 人見知りのわたしには胃が痛くなりそうな話……それでもわたしがやらなくちゃいけない事だっていうなら……!

 ……通信機の付け方って、これで良いのかな……? あれちょっと違う? スイッチこれじゃない?

 

「……本当は絶対、若葉ちゃんが謝らなくちゃいけない事だよね………はぁ……」

 

 ……いいもん。後でひなたちゃんに言いつけちゃうんだから。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「……うたのん、今日は遅いな……」

 

 うたのんが今やっているのは、私には絶対にできそうになくて任せられそうにない、とても重要な仕事……その間お願いねって、収穫した野菜の仕分け作業を頼まれたはいいんだけど。いつ戻ってくるんだろう?

 

「水都ちゃん、こっちのキャベツはどこ行きのトラックに乗せるんだい?」

「ええっと、それは川上の方に住んでいる人達に届けてもらって……それからそっちのカブは沖田町に……」

「はいよ!」

「よろしくお願いします。……ふぅ」

 

 野菜がいっぱい詰まったダンボールを渡して、それから走っていくトラックを見送った。みんなで育てた野菜が今日も誰かの元へと運ばれて行く。

 丹誠込めて作った、きっと美味しいに違いない、うたのん自慢の野菜……いつもと違って今日はうたのんが見届けていなくて、なんだか変な感じがする……。

 

 汗を拭ってからもう一度時計を見てみる。やっぱり遅い……もう通信が始まって2時間経とうとしている。

 このまま他の野菜も運ばれるのを見逃したら、きっとうたのんの事だから

 

 ──オーマイガー! 野菜達に最後のラブリー注げてないのにー!

 

 ……なんて、変な英語混じりで叫んで、しょんぼりしちゃうかも……。それだけうたのんが野菜に懸ける情熱は凄いから。

 

「……様子を見に行ってみようかな……」

 

 私には無い、憧れるだけ無駄なうたのんの情熱。それが報われない事は何だか私も嫌だから。

 

「すみませーん。私、今からうたのんの所に行ってきます!」

「おぉそうかい、いってらっしゃい」

 

 その場にいる人に一言伝えて、うたのんがいるはずの上社本宮の参集殿に向かった。通信機があるのはここだから、四国との通信が続いているんだとしたらまだいるはず。

 

「……本当……うたのんはすごいよ……」

 

 改めて思う。毎週こうやって、勇者として四国にいる別の勇者と情報共有し合うだけじゃなく、後ろ向きだった人々の心をたった一人で変えられたうたのん。私なんかじゃ天地がひっくり返ってもあり得ないことをやってのける……同い年の女の子とは思えない。

 

 ……だから、憧れている。決して手が届きそうにないって分かりきっているから。

 

 私にうたのんみたいな強さなんて……あるわけないもん。

 

 なんてどうしようもない事を考えているうちに、上社本宮が見えた。途中でうたのんとはすれ違わなかったし、まだ続いているのかもしれない……そう思いきや、扉が中から開かれた。

 

「あら? みーちゃんどうしてここに?」

 

 ……これは……別に私が来なくても問題なかったっぽい。

 

「……今日はちょっと、遅かったから……」

「あー……アハハ、つい向こうとのトークで盛り上がっちゃって」

「ふーん?」

 

 そう言ううたのんは、どこか愉快そうだった。まあ、うたのんが愉快そうなのはいつもの事なんだけど、今日のは何かいつもと雰囲気が違うような……。

 それに盛り上がったって……四国への報告と言ったって近況報告みたいなものなのに、どこにそんな要素が?

 

「ねえねえみーちゃん!!」

「そんなに大きな声じゃなくてもちゃんと聞こえるよ。あと近いから!」

 

 興奮冷め止まぬと言った感じでぐいぐい近づいてくるうたのんを押し返しつつ、やっぱり今日のうたのんは普段とはちょっとだけ違うかもなんて思い始める。

 だけど今度は少しだけ、神妙な面持ちで確かめるよう真剣なトーンの言葉を発した。

 

「みーちゃんって、モチロンうどんより蕎麦の方が好きよね?」

「……まあ、どっちかって言うと……」

「そうよね!」

 

 それだけ言うと、すぐにまたパァっと咲くような笑顔を見せてくる。私にはうたのんが何を考えているのか何やら……。うたのんが大の蕎麦好きなのは知ってるけど、別に私もそうだって今確認する必要はないよね……。

 

「変なうたのん」

「あはは……もしかしたらみーちゃんもうどんの方が好きって言ったら、蕎麦のパワーバランスが一つ弱くなるんじゃないかと思って……でもドントウォーリーだったみたいね♪」

「……パワーバランス? みーちゃんも?」

 

 ……それって、誰かが蕎麦じゃなくてうどんが好きって事を言ってるよね? でもうたのんは蕎麦が大好きだから、うどんよりも蕎麦の方が良いって言いたいって事?

 ますます意味が分からないんだけど……さっきまで長い間四国の人と通信してたって言うのに、どうして蕎麦とうどんの優劣の話が出てきて……

 

 ……四国……うどん………確か……讃岐うどんって、香川県で有名って聞いた事が……信州蕎麦みたいに……。

 

「……ちょっと待ってうたのん。通信が長くなった理由ってまさか……」

「そうなの。困った事に四国の乃木さんってば、蕎麦よりうどんの方がグッドなんて言うのよ」

「…………」

「そんなわけないでしょ? 確かにデリシャス、ヤミーかもしれないけど蕎麦には勝てないって!」

 

 ……おかしいな。この通信って、向こうとこっちで協力し合うために行われるものじゃなかったっけ。なんでこんなしょうもない事に使われているんだろう?

 

「でも向こうも同じ事を言ってきて……蕎麦の魅力をいっぱいアピールしたのにこれまた向こうもうどんをアピール。お互いにヒートアップしちゃって……」

「………ハァ~」

「溜め息!? だ、大丈夫よみーちゃん! 決着はネクストに持ち越しになったけど、私は負けてないから! 次はちゃんと向こうを蕎麦派にクラスチェンジさせるから! ねっ?」

「そこじゃないよ、うたのん……」

 

 ……うたのんもそうなんだけどさ……四国のその乃木さんって人も何を考えているんだろう……。今まではちゃんと時間内に終わっているから今回が初めてなんだろうけど、普通そんな事に2時間も使わないよね。

 

 ……まぁ一応、通信機を私的に使っちゃいけないって決まりは無いけどさ。節度は持とうよ?

 

「うたのん仕事は? もうこっちはほとんど終わったよ」

「はっ! そうだったわ、遅れてるんだった!」

「トラックにも野菜詰め終わったし、もういくつか出荷も始まってるよ」

「オーマイガー! 野菜達に最後のラブリー注げてないのにー!」

 

 こうして大事なお仕事を放りっぱなしなんだし。

 

「ウェーイト!! 私の育てたベジタブル達ーーー!!」

 

 最後まで忙しなくて、慌てながらうたのんは急いで畑の方に走っていく。うたのんは確かに凄いんだけどさ、たまに……ううん、結構残念なところもあるなって思い返した。

 私? いいよ、走りたくないし。今度はゆっくり歩いていくから。

 

 その時だった。

 

『PPP♪ PPP♪ PPP♪』

「えっ?」

 

 何やら小さな音が聞こえてくる。それは目の前の建物から。音が壁に阻まれて聞こえにくいけど、確かにこの中から鳴り響いている。

 聞き覚えがある音だった。今日は違ったけど、四国との通信の時にはうたのんと一緒に通信室にいたことだってあるんだもん。一言も喋らないし、部屋の隅で本を読みながらお互いの報告を聞き流すだけだけど……。

 それでも、この通信機が通信をキャッチした時の音は知っている。

 

「えっ? えっ!? また通信……!?」

 

 な、なんでどうして……!? もしかして蕎麦とうどんの話で肝心の近況報告をしていなかったなんて言わないよね!?

 

「うたのーーん!! 通信が来たよーーー!!」

 

 うたのんが走っていった方角を向いて、焦りを感じながら大声で名前を叫んだ。ただ大声って言っても、恥ずかしさも相俟る私の声じゃ、そこまで遠くには届かなくて……。

 

「うたのーーーん!! ……だめだぁ……」

 

 返事も返ってこないし、誰かがこっちにくる気配もない……つまりここにいるのは私一人……。

 

『PPP♪ PPP♪ PPP♪』

「うぅ……」

 

 着信音はまだ続いている。でも走っていったうたのんを追いかけて、戻って来るまでの間待たせるのは時間的にもきっとまずい……。私しかいないから、聞かなかった事に……だめ! 申し訳なさは消えないし、向こうに失礼すぎる……!

 

「つ、通信に出るだけなら……」

 

 それだけなら、私にだってできる。本格的な情報交換の話は無理だけど、一旦通信に出て、うたのんの不在を伝えて時間を改めてくれるように言うだけなら……。

 

 緊張しながらも、急ぎ足で参集殿の中に入る。いつもの通信室に入って、一回深呼吸してから意を決して通信開始のボタンを押した。

 

「はい、あの、すみません。うたの……白鳥歌野は今外に出ていますので……」

『────────』

「……えっと……もしもし?」

『────』

 

 通信は繋がった。でも、向こうの方からは一言も声が返ってこなかった。

 

「あの……」

『──────』

「聞こえていますか…?」

『────』

「……マイク、ミュートになっていませんか?」

『──────とえーっと! マイクのボタンってどれぇ~!?』

「あっ、あの、聞こえています…! マイク入りました…!」

『えっ!? あっ、ご、ごめんなさい!』

 

 わたわた慌てふためいている様子が声からありありと伝わってきた。っていうかこの声、いつも聞こえてくる、乃木若葉さんって人の声とは全然違う。

 

「乃木若葉さん……では、ないんですか?」

『……わたし、鹿目まどかっていいます。若葉ちゃん達、四国にいる勇者達の巫女をやっています』

「……四国の巫女の……」

 

 鹿目さん……私以外の、勇者の巫女。存在は知っていたけど、こうして話すのは初めてだ。

 ……なんだか、優しそうな声。

 

『そうです。それでその……白鳥歌野さんはいないんですね…?』

「はい、えっと……少し時間がかかるかもしれないので、戻って来てからかけ直すよう言っておきましょうか?」

 

 ……うん、こんな所で良いよね。今から急いでうたのんを呼びに行けば。

 

『………』

「………あの、鹿目さん?」

『……その……白鳥さん、怒っていませんでしたか…?』

「……えっ?」

 

 その一言で唖然とした。鹿目さんの声はとても弱々しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだったように感じたから。

 そんな様子で口にした言葉が、うたのんが怒っていなかったって……

 

「……い、いいえ…。寧ろ、いつもより機嫌が良さそうだったけど……」

『機嫌が良さそう……?』

「歌野は単純ですから、機嫌が良いとか悪いとか、怒っているとか、一目で分かります」

『本当ですか…?』

「あの、どうしてそんな事を……?」

 

 この鹿目さんの感じ、なんだか身に覚えがある。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだから、恐る恐るで内心にも不安がある感覚。

 そもそも何をもって、うたのんが怒っている話になるのかって話で………

 

『それがさっき、若葉ちゃんと白鳥さんが通信しているのが聞こえちゃって………』

「はい」

『……若葉ちゃんが命拾いしたなとか、それに白鳥さんがこっちのセリフだとか、物騒な言葉が聞こえてきて……』

「………………」

『通信が終わるまで二人とも言い争っていたみたいで……喧嘩しているんじゃないかと思って…』

「……うたのん」

 

 ばか!

 

 

 

 

『……えっ? うどんと……蕎麦?』

「ヒートアップしちゃったって言ってました」

『……確かに若葉ちゃんはうどんが大好きだけど………ええっ!?』

 

 ……なんでかな、言っててこっちが恥ずかしいっていうか、情けなくなってきた……。それよりも一番……しょうもなくて、脱力感っていうのか……。

 まぁ、何はともあれ、この通信も何とかなりそうで良かったかな。

 

『……はぁぁ……よかったぁ。喧嘩したんじゃなかったんだ……』

「あーっと……うちの歌野が紛らわしい事を言ってごめんなさい」

 

 とにかく、後でうたのんに文句は言っておこう。誤解を生むような事を言ったんだから、しっかりと!

 

『いえ、白鳥さんが悪いんじゃなくて、わたしが…!』

「えっ」

『大袈裟に慌てて……迷惑、かけてごめんなさい。若葉ちゃんが気にしないでいい話だって言ったのに……』

「………」

 

 少し、なんて言うんだろう。胸に来たっていうのかな。

 些細なことかもしれないけど今、この鹿目さんは、うたのんを庇った。それに私は気にしていないけど、乃木さんの事も、文句の一つとして言っていない。

 

 そりゃあ、立場だとか、失礼だからって理由かもしれないけど……私が教えるまで、この通信が繋がる前からきっとものすごく不安を感じていたはずなのに、それが誤解だった事に安心するだけで、一切の責める様子が無い。それどころか自分が悪いって言うなんて……

 

「……優しいんですね、鹿目さんって」

『へ?』

「迷惑だなんて思ってないですから。それよりも……」

 

 声だけじゃない。思い返してみれば、話していてもあんまり緊張を感じない。穏やかそうな人だ。

 

「ありがとうございます。うたのんの事を心配してくれて」

『……こちらこそ、ありがとうございます……えっと……』

 

 鹿目さんがお礼を言おうとして言い詰まる。そう言えばまだ……

 

「……あっ、すみません……私の自己紹介がまだでしたね。藤森水都です。諏訪の、白鳥歌野の巫女をやっています」

『あはっ、多分同じ巫女の人なんじゃないかって思ってました! 藤森水都さん……てぃひひ♪』

(てぃひひ?)

 

 なんだか変わった笑い声だなぁ……声が可愛らしいからいい味出してるけど。

 

 

 

 

 

 これが、私の二人目の親友、鹿目まどかさんとの出会い。そして……

 

 

 私とうたのんが願いを託す、きっかけの1ページ。




 その後

「諏訪との定期通信が長引く事自体は問題ではありませんよ~。長時間のお役目も、ご苦労様でした。労いの言葉でいっぱいです♪」
「は、はぁ」ガタガタ
「定期通信の目的以外で通信機を使ってはいけないという決まりも無いですので、うどんと蕎麦のどっちが優れているのか思う存分討論されても、何も問題はないというわけです」
「そ、それなら……」ガタガタ

「ただし、訓練時間中にそれをしていいわけではありませんから。訓練時間中は訓練を、定期通信の時にはそちらをという話です……訓練を1時間半もサボった若葉ちゃん?」
「」ガタガタガタガタ
「ましてやまどかさんに誤解を与えていらぬ心配をかけた事について……じ~っくりお話しなくてはなりませんねぇ♡」
「ま、まどかぁ…」ガタガタガタガタ
(……ごめんね若葉ちゃん……)

 まどかちゃんだけ通信室から戻らなかったため、根掘り葉掘り事情を吐かされました。
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