ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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 暁美ほむらの章最終話!
 文字数約18000!! ……ばっかじゃねえの、私って。過去最大級かつ平均+10000文字……時間がある時にでもどうぞ。


第四十四話 「奇跡と魔法もないのだから」

 あの後樹海化が解除されてすぐ、私達は大赦の霊的医療班によって病院に運ばれた。あの戦いで全員が満開を使用していて、身体を起こせた私も風先輩もその時には疲労で意識が朦朧としていたから詳しい事はよく分からない。

 

 高嶋さんだけは別の病院に運ばれた。後から夏凜ちゃんに聞いたところ、彼女は肺を散華して酸欠状態でかなり無理をしていたと言っていた。それでも私達のために最後まで力を貸してくれたと……どうか無事であってほしい。もう一度会って一言謝罪と、もっと話したい事がいっぱいあるから。

 

 病院で検査した所、私と樹ちゃんは内臓の一部を、風先輩は右耳を散華していて……夏凜ちゃんは右手と右足、そして聴力を失っていた。

 私は夏凜ちゃんに縋り付きながら声を上げて泣いた。私が今回の事件を引き起こしたせいで夏凜ちゃんの人生を台無しにしたと、何も聞こえなくなった夏凜ちゃんに泣きながら謝罪をするしかなくて、自責の念に駆られてしまうほど。

 

「……東郷のせいじゃないわよ。夏凜の散華はアタシが」

『その話もナシだよ。お姉ちゃんも東郷センパイも悪くない』

「……風も東郷も、私は責めようとは思わない。樹の言う通りよ。誰も悪くないんだから」

 

 色々話し合って、誰も悪くないという結論に至った。私が壁を壊した事も許されるとは思えなかったのに、受け入れてくれた。

 私は、愚か者だ。地獄なんかじゃないんだ。みんながいるこの世界は。待ち受ける運命に屈してしまって、その輝きを見失っていた。勇者部は私の大切な居場所……もう二度と間違ったりなんかしないから。

 

「だから……目を覚まして、友奈ちゃん……! どこにいるの、ほむらちゃん……!」

 

 友奈ちゃんだけが目を覚まさない。まるで魂が抜け落ちてしまったみたいに無反応で、焦点が全く合わない目だけが開いている。

 ほむらちゃんだけがここにはいない。ほむらちゃんがいなくなる理由があるわけない。原因は全く以て不明。大赦内で乃木さんと高嶋さんの家が中心になって、捜索隊が組まれたらしいけど、大赦に回収される前に勇者端末の地図を見たところ、彼女の現在置を知らせるアイコンはどこにも見つからなかった。

 

 私の大切な友達が二人共、私の側にいない。いつだって、どこでだって、私の心を支えてくれた存在が欠けてしまっていた。

 

 

 退院日になっても、友奈ちゃんは目を覚まさないまま、ほむらちゃんも私達の下に帰ってこない。誰も悪くないと決定されてもなお、「私が壁を壊さなければ」という後悔は大きくなり、不安は募る一方だった。

 

 夏凜ちゃんより先に学校に戻れるようになると、それはもっと大きくなる。私の車椅子を押してくれる友奈ちゃんとほむらちゃんがいない、今までに無かった日々が始まるのだから。

 同級生のみんなも、私に何を言えば分からないみたいに接して……。聞いたところ、先日担任の先生が私と夏凜ちゃんが怪我、友奈ちゃんが意識不明、ほむらちゃんが行方不明だと涙を浮かべながら悲しげに伝えたその日、誰も授業どころじゃなかったらしい。多くの友達が彼女達を心配して悲しんで、どうしてそうなってしまったのか訳が分からないまま、不安に陥れた私という存在が情けなくて仕方がなった。

 

 

 そんな日が数日続いたある朝、目が覚めると両足に不思議な感覚があった。

 あるはずのない、永遠に失われたはずの感覚。昨日までできなかったのに、それは少しだけ動いて、少しだけ力が入って。意を決して身体を起こして床に足を付けて。

 

 私は二本の足で、立った。すぐに後ろに倒れたけど何の支えも、誰の手助けも無しで、一瞬だけ間違い無く立って……。

 

「……治癒が……始まっている……?」

 

 完全じゃない。それでも絶対に治らないとされていた散華が少しだけだけど、回復していた。

 

 

「あ、おはよ」

 

 登校するとそこには今まで休んでいた夏凜ちゃんが同級生の子に支えられていた。松葉杖を使って苦労しながら歩き、何度か聞き返しながらも会話をしていて……。

 右手足と聴力を失った夏凜ちゃんがどうしてと思う反面、今朝私の身に起こった奇跡を思い出す。

 

「いや、なんか今朝起きたら……治ってきているっていうか……動くし聞こえるのよ…? ちょっとだけだけど、これって…」

「夏凜ちゃん!!」

「おわっ!? と、東郷!?」

 

 気がつくと私は涙を流しながら夏凜ちゃんに抱きついていた。先日泣きついたみたいに車椅子から身を乗り出して、ただひたすらに歓喜の涙を流す。だって確信したから……

 

 私達は、散華が治っているんだって。

 

 

「とうごう……せんぱい……かりん…さん…!」

「樹ちゃん…! 風先輩…!」

「うん…! アタシ達全員、治ってきてるのよ…!」

「よかったわね樹。夢、諦めなくて…!」

 

 部室で四人揃って喜び合って、涙を流して。手元にはもう勇者端末は無く、大赦からの要請も来ない。私達は神樹様から開放してもらったのだ。いずれ本当に私達の身体は完治して、平穏な日々を享受できるようになる。そんな奇跡を私達は心から願って、それが諦めなくてよくなって……。

 

 それじゃあどうして、二人は戻ってこないの?

 

 

「友奈ちゃん……」

 

 毎日欠かさず友奈ちゃんのお見舞いに訪れる。それでも友奈ちゃんは回復の兆しが無く、何度話しかけても返事を返すことはない。次こそはと、私達の身に起こった奇跡がもう一度と願いながら訪れて、すぐにその期待は打ち砕かれる。

 ほむらちゃんもだ。私達だけでなく、大赦が総力を挙げて捜索しているのに、彼女の手掛かりは一つも無くて。それよりも、ほむらちゃんが姿を眩ます理由がない。ほむらちゃんなら私達が心を痛めると判るはずなのに、帰ってこないなんてありえなくて。もしかしたらほむらちゃんも、どこかで友奈ちゃんみたいにずっと目を覚まさないでいるのかもしれない。

 

 もしかしたら、ほむらちゃんは死んで……

 

「っ!? そんなわけない!! そんなわけ……!」

 

 脳裏を過ってしまった最悪の事態を振り払う。それでもあまりの恐ろしさに身体が小刻みに震え、背中を嫌な汗が伝う。

 勇者は決して死ぬことはないんだ……。絶望して、生き地獄を恐れたものの、今はその事実こそがあの子が生きている証明であり、唯一の希望だった。

 

 

 私達の身体は快調に向かっていく。私の足も車椅子ではなく松葉杖であるけるようになり、左耳も少し聞こえるようになった。樹ちゃんも、声がより聞こえやすく話せるようになり、風先輩も耳は完全に聞こえるようになり、左目もぼやけてだけど見えるまでに。夏凜ちゃんも、松葉杖無しで歩けるようになっていた。

 

 奇跡は間違い無く起こっている。それなのに、友奈ちゃんとほむらちゃんは……。

 

「……私は……大切な友達を…!」

「言うな! 誰も悪くないって話し合ったでしょ」

 

 こんな奇跡は求めていない。風先輩と夏凜ちゃんと樹ちゃん、みんなの身体が治っていくのは本当に喜ばしい限りだ。だけど私の身体が良くなって、友奈ちゃんとほむらちゃんが戻らないんだったら……そんなものはいらない。一生歩けないままでも、耳が聞こえないままでもいい。二人が側にいない世界に、希望なんて感じられない。

 

 

「……文化祭、間もなくね」

「……配役、どうすんの?」

 

 二人がいない世界は残酷にも過ぎていく。友奈ちゃんが楽しみにし、ほむらちゃんがみんなと力を合わせてやり通そうと意気込んでいた文化祭。このまま二人がいない状態でその日を迎える……そんなのは嫌だ。

 

「あの……友奈ちゃんとほむらちゃんの役、そのままにしておきたいです。きっと二人だって、文化祭までには……」

「東郷の言う通りよ。二人のこと割り切るの、私も嫌だ……」

「アタシだって、割り切ってなんか……」

「お…お芝居……練習を…続けましょう……。友奈さんとほむらさんなら……きっと…」

 

 誰も望んでいない。二人がこのままいなくなるなんて。みんな、全員揃って文化祭を迎えることを望んでいる。私達は六人で勇者部……誰だって欠けてはならない存在なのだから。

 

 

「勇者は傷ついても傷ついても、決して諦めませんでした」

 

 こうした日々がずっと続く。ずっと二人を待ち続けて、本当の奇跡を願う。友奈ちゃんの側で、私達の劇を読み聞かせ、私達六人が明日へと迎えるよう……。

 

「全ての人が諦めてしまったら、それこそこの世が闇に閉ざされてしまうからです」

 

 風先輩は目が見えるようになった。樹ちゃんは大好きな歌が歌えるようになった。夏凜ちゃんは鍛錬に励めるようになった。でも、みんな前に進まない。ずっと待ち続けてるから、一緒に歩き進むことを信じている。

 

「勇者は自分が挫けないことがみんなを励ますのだと信じていました。そんな勇者を馬鹿にする者もいましたが、勇者は明るく笑っていました」

 

 お見舞いに訪れる度、友奈ちゃんに樹ちゃんが作った押し花を送る。その花は私達を司っていたそれぞれの花を。

 微笑みの山桜、愛情の絆である朝顔、輝く心のオキザリス、心の痛みを判る鳴子百合、情熱の躑躅、聖なる愛の時計草。

 

「意味がないことだと言う者もいましたが、それでも勇者はへこたれませんでした」

 

 私達はあなた達を呼び続ける。あなた達が大好きだから、ずっと一緒にいたいから。

 

「みんなが次々と魔王に屈し、気がつけば勇者はひとりぼっちでした。勇者がひとりぼっちであることを誰も知りませんでした。ひとりぼっちになっても、それでも勇者は……それでも勇者は……戦うことを諦めませんでした……」

 

 ずっと一緒にいたいから……なのに、どうして、あなた達はここにいないの? どうして何も応えてくれないの?

 

「勇者は……信じているから……ひとりぼっちになっても、自分には大切な友達がいるのだから……。諦めない限り……希望が終わることはないから……です……っ!」

 

『一人になったら駄目よ』

『ずっと一緒だよ、私達は』

 

 ほむらちゃん、友奈ちゃん……二人共、あの時の言葉は嘘だったの…? ずっと側にいてくれるんじゃなかったの…?

 

 私は……

 

「何を失っても……それでも………っ! ……それでもわ、私は……っ! 大切な友達を……!! 失いたくない…っ!! いやだ……いやだよ…!! 寂しくても…! 辛くても…! ずっと……! ずっと一緒にいてくれるって…言ったじゃない!!!!」

 

「友奈ちゃん……ほむらちゃん……うわあああああああああ!!!!」

 

 

 

「……とう…ごう…さん……」

 

 顔を埋ずめて泣いている私に声を掛けられる。顔を上げて、隣を振り向いて……友奈ちゃんが涙を流しながら、微笑んでいて。

 

「……一緒にいるよ……ずっと…」

 

 友奈ちゃんが、私にそう言った。

 

「ゆ…友奈ちゃん……友奈ちゃん……!」

 

 今まで何の反応もなかった友奈ちゃんが、いつだって私達に笑顔を振り蒔いていた友奈ちゃんが……目を覚ましていて……!

 

「聞こえてたよ、みんなの声……東郷さんの声…」

 

 

「おかえり、友奈ちゃん…!」

「ただいま…東郷さん」

 

 

 

 しばらくして、友奈ちゃんは無事に退院した。ただしまだ完治しているわけではなく車椅子。私と同じで両足を散華していたらしくて、治りかけだけどまだこれを使わないといけないそうだ。

 逆に私の足はすっかり回復した。松葉杖も必要なくなり、友奈ちゃんの車椅子を押している。立場が逆転してしまったけど、友奈ちゃんも笑顔で任せてくれたから責任を持ってやっている。

 

 部室では三人が出迎えてくれて、誰もが喜んだ。ただ一人、この場にいないほむらちゃんを除いて……。

 

「ほむらちゃん……どこにいるんだろう……」

「どうして戻ってこないのよ、あいつ…」

「無事……ですよね…?」

「……きっと大丈夫です!」

「東郷?」

 

 みんながほむらちゃんの安否を不安に思いながらも、私は信じている。ほむらちゃんは必ず戻ってくると。

 

「友奈ちゃんも戻ってきたんです! ほむらちゃんが戻ってこないなんてありえません。待ち続けましょう。ほむらちゃんを信じて!」

 

 あのほむらちゃんが私達を置いていなくなるわけがないんだ。みんなだって、それは分かっているはずなんだ。

 

 

 それから数日が経過し、友奈ちゃんも車椅子を使う必要がないほど回復した。みんなで文化祭の劇の準備と練習をしながら、ほむらちゃんが戻ってくるのを待ち続けて……そして文化祭の数日前、私は夢を見る。

 

 

 

 

 とある小さなお社。私の体は二年前の小学生時代の姿で、二人の親友と一匹の犬に囲まれていた。

 

『えっ、犬?』

「ミノさんが拾っちゃって~」

 

 目の前では親友が電話をかけている。彼女は一見ぼんやりとして何を考えているのか全く読めず、分からないことが多々あるけど、いざという時の判断は誰よりも光るものがある。

 そしてその電話相手は私達より一つ年上の中学生で、優しくて妹想いに満ち溢れてる人。私には兄や姉、弟や妹もいないけど、もし姉がいるのだとすれば彼女のような人が理想だった。

 

 直後に場面が切り替わる。場所は全く同じお社だけど、そこにはさっき電話をしていた相手がこの場にやって来て、もう一人の親友と楽しげに会話を交わしている。

 

「わっふ!」

「わぁ! かわいい!」

「でしょでしょー! でもアタシの家じゃ犬は飼えなくて……彩羽さんの所はどうです?」

「私の所……飼えないことはないんだけど、簡単には決められないよ。生き物を育てるにはちゃんと責任を持たないといけないから、その場の軽い気持ちで飼うのは良くないもん」

 

 まん丸とした白い犬を抱き抱えながら、彼女は屈託なく笑う。明るくてクラスの人気者でむうどめえかあ……彼女の真っ直ぐで眩しすぎる勇気と格好良さに、私は何度救われただろうか。

 

「わふっ! わっふ!」

「きゃっ! あはは! この子とても人懐っこいんだね」

「そうなんですよ。園子は言うまでもないですけど、須美にも向かっていくんですよ。なあ須美」

 

 その声に私はビクッと肩を震わせて、恐る恐る犬を見る。鳥居の陰に隠れながら不安げに顔を覗かせて、そんな挙動不審な私を親友は苦笑いしてた。

 

「……えっと、どうして須美ちゃんはそんな離れた所に?」

「に、苦手なんです、犬は……。あまり触れ合った事がなくて…」

 

 この頃の私は頭が固くて融通が利かなかったっけ。真面目と言えば聞こえは良いけど、なかなか自分から一歩前に踏み出すのはできずにいた。だけど彼女達と一緒にいる時は毎日が楽しい事の連続で、大変できつい御役目を背負う身でありながらも幸せで……。

 

「須美ちゃん。無理に慣れろなんて言うつもりはないけど、この子は須美ちゃんを怖がるとは思わないし、須美ちゃんだってこの子を怖がる必要はないから。自然のままの須美ちゃんでいいんだよ」

「は、はい……」

「そうだぞ~須美ぃ。そのためにもまずは一度触れ合ってみないと始まらないよなぁ?」

「ほら、この子もわっしー大好き~って♪」

「わふわふわふわふ!」

「ひっ!? いやぁーー!!」

「あっ! わ、わんちゃんストップ! ステイ!」

 

 その子犬に追いかけ回されて悲鳴を上げながら逃げる私。慌てて止めようとして子犬を追いかけ、私、犬、年上の彼女の順で祠の周りをぐるぐるぐるぐる……。親友二人はその様子を眺めながら呑気にお茶を飲んでいた。

 

 ……これは……私が失った記憶の一部。今までずっと無くしていた大切な思い出が、夢を通して抜け落ちてしまった場所に少しずつ戻って来ているような不思議な感覚……。

 

 再び場面が切り替わる。今度は先程までのお社ではなく、かつて私が夢で見た病室であった。先程の三人に加え、小学三年生ぐらいの幼い少女に私は楽しげに、誇りを抱きながら話しかけていた。

 

「こうして大和は二時間にも及ぶ激戦の末沈没したのよ! 卑劣な敵軍に決して屈せず、大和が撃破した敵機の数は二十三! 御国のために散ってしまった英雄は二千四百九十八名!!」

「うぅ……! 兵隊さん、最後まで頑張ったんだね…!」

「……あの~彩羽さん? 前々から羽衣が須美色に染められちゃってますけど、大丈夫なんですかね…?」

「あ、あはは……」

「うーたんは天使みたいに純粋だもんね~」

 

 無粋な声も聞こえるけど、これも実際にあった出来事だ。私の話は堅苦しくて難しいと誰もが遠慮してしまうのに、この子はどんな話でも嫌な顔一つ見せないで興味津々に聞いてくれる。私に真剣に向き合ってくれては心からの可愛い笑顔を返してくれる。まるで妹のような存在で、この子と一緒にいられる時間がいつも待ち遠しかった。

 

「須美さんはすごいなぁ。日本の昔のことをたくさん知ってるんだね」

「うん。夢は歴史学者だから」

「歴史学者さん……須美さんならきっとなれるね!」

「うん、ありがとう。羽衣ちゃんは将来の夢って何なの?」

「おい須美…!」

「え? あ……」

 

 失言に気づいた時にはもう遅い。この子は重い病気を患っていて、入退院を繰り返している。そんな子相手に無配慮に将来の夢を語り尋ねる自分を悔いた。

 

「そんな顔しないで、須美さん。私は気にしてないから」

「羽衣ちゃん……ごめんなさい…」

「将来の夢はまだ分からないよ。やりたいことがいっぱいあって、どれがいいのかなって迷っちゃうの。でもね……やっぱりまずは元気になりたいな」

 

 気にしてないと言われても、私の中にはこの子に対する申し訳なさが残っていている。それにこの子が今語った言葉には、叶えたいけど叶わないかもしれないという不安も抱えられていた。

 この子は一人でこの病室で過ごしている。私達がお見舞いに来ても、その時間は一日の中の半分にすら大きく満たない僅かなもの。この年の女の子にとって、一人で病気と戦いながら生きるというのはどれほど苦しいものだろうか。

 

 気がつけば私はこの子の両手を取っていた。いきなりの私の行動に少し驚きながらも、彼女は真っ直ぐ私を見る。

 

「応援する」

「え?」

「羽衣ちゃんの病気が治るまでずっと、ずーっと! 応援するから! それで羽衣ちゃんの夢が見つかっても、そのためのお手伝いもさせてほしい!」

「須美さん…」

「だから、絶対に元気になって! 羽衣ちゃんの力になるなら私は何だってやってみせるし、いつでも味方だから!!」

 

 私はこの子を助けたかった。これから何があろうともずっと一緒にいて、支え合いながら生きていく……そう思ったのは私一人だけじゃなかった。

 

「なんだか面白そうなことを言ってるなぁ? それ、この銀様も混ぜろよ!」

「銀さん…」

「私も私も~! うーたんの夢、私も楽しみなんよ~!」

「園子ちゃん…」

「ちなみに私の夢は小説家、ミノさんの夢がお嫁さんなんよ~」

「おまっ、園子!! 言うなよ恥ずかしいだろ!!」

 

 二人の親友が私達の手を取る。重なり合う四人の手の温もりが温かくて心地良い。改めて、私は彼女達のような素晴らしい存在と巡り会えたのだと実感し、運命に感謝していた。

 

「須美さん…銀さん…園子ちゃん……ありがとう!」

「いいってことよ! 羽衣はアタシ達の妹みたいなもんだからな!」

「そうよ羽衣ちゃん! 羽衣ちゃんみたいな可愛い子が妹なら何だってできるわ!」

「えへへ、みんながお姉ちゃんかぁ。嬉しい」

「そこで本物のお姉ちゃんが泣いてるよ~」

「「「え?」」」

 

 彼女の視線の先にいる人物が嗚咽をこぼしながら涙を拭う。戸惑う私達に気づくと声を震わせてながら、喜びの言葉が発せられる。

 

「ひっぐ…! ご、ごめんね…! みんながこんなにも羽衣に優しくしてくれることが嬉しくて、嬉しくて…! 良かったね、羽衣…!」

「もー、お姉ちゃんってば大げさだよ」

「ほらほら、彩羽さんもこっち! 羽衣がアタシ達の妹なら、彩羽さんはアタシ達の姉ちゃんなんですから!」

「え、ま…待って。今涙で手が濡れて…」

「待ちません」

 

 涙で濡れているくらいどうでもいい。その手を引っ張って彼女も一緒に……。

 

 

 

「えへへ…アタシ達五人、ずーっと一緒だよな。勝手にいなくなったら怒るからな」

 

 

 

 

 

「ぁ…あぁ…! そんな……私は…私はぁぁあああああっ!!!!」

 

 夢から覚めて私は……思い出した。大切な友達、二人の親友と可愛い妹、尊敬する姉と交わした約束と、魂に刻まれた思い出を……。

 忘れられない、忘れちゃいけない何もかも、全部が私の中にある。辛かった過去、楽しかった過去、幸せだって……全部……!

 

 家を飛び出して友奈ちゃん達に連絡を入れる。劇の練習には行けなくなったと、どうしても行かなければならない所ができたと。

 今更彼女達を忘れていたくせに虫が良すぎる。それでも、私はあの子と約束していたんだ。応援すると、どんな時でも力になるし、味方であると。

 

 それなのに、私はあの子を二年間もほったらかしにした。記憶を失っていたから……どうしてよりによって私はそんな大事なものを失ってしまったのか……!

 

 駅まで無我夢中になって走り、一人で電車に乗る。電車に揺られ、目的の街に着くまでの間、私の頭の中にはかつての思い出が絶え間なく流れる。

 

 養子に迎え入れられ、鷲尾須美になった日のことを。

 

 御役目を担い、訓練に勤しんだことを。

 

 彼女達と共に敵と戦い、絆を深めていった日々を。

 

 彼女達と過ごした日常を。

 

 別れを。

 

 

「すみません!!!」

「は、はい…!?」

 

 目的の場所に着くなり、私は肩で息を吐きながら受け付けを訪ねる。電車が着いてからここまで一度も止まらずに治りたての足で走ってきた。

 以前、彼女は言っていた。『今の羽衣ちゃんは狭い病室でひとりぼっち』と。一刻も早く、あの子に会わなければと私を駆り立てる。

 

「面会を……高嶋羽衣さんとの面会の許可を!!!」

「は、はぁ…少々お待ちください」

「早くしてください!!!」

 

 客観的に見れば異常で迷惑極まりないことだが、そんな事は気にしていられなかった。会わないといけないから、謝らないといけないから、話さないといけないから。

 伝えないといけないから。記憶をなくしてしまったけど、今でも私達は羽衣ちゃんのことを想っていると……。

 

「大変申し訳ありません。今は高嶋さんとご面会になることはできません」

「え……どうして…!?」

「先日容態が悪化して、現在面会謝絶中でして…」

「面会謝絶……そんな……」

 

 二年前は一度もそんなことはなかったのに、私が記憶を失っている間……私達が会いに行けなかった二年間で、羽衣ちゃんの容態はより酷くなっていた。病は気からと言うが、私達があの子をひとりぼっちにしてしまったのが大きな原因なのではないか…?

 もし私が散華で記憶を失っていなかったら、断じて羽衣ちゃんを一人にはしていなかった。でも実際はどうだ。私はあの子が孤独に生きていることを知らないまま、約束を忘れて毎日を楽しく過ごしていて……。

 

「お願いです!! 羽衣ちゃんに会わせてください!!!」

「なっ!? 困ります! これ以上容態が悪くなって、もしものことが起こればどう責任を取るつもりですか! 大体あなた、その人の何なのですか! 部外者をお通しすることはできません!」

「私は……」

 

 私は羽衣ちゃんの……何? 私はあの子を妹のように思っている。でも私はあの子に何もしてあげられなかった。威勢のいいことを言っておきながら、苦しんでいるあの子を助けられなくて何が妹のように思っているだ。会えなくても二年間ずっと羽衣ちゃんのことを心配し、悩み苦しんでいたあの二人とは違う。

 私にはあの子に会う資格なんて……

 

「………わっしー?」

 

 声が聞こえたその時、私の頭の中を包み込んでいた暗い感情が吹き飛んだ。というよりも、考える余裕が無くなったと言う方が正しいだろうか。

 病院のロビーに入ってきた二人の女の人と、知らない大人の人。大人の人はどこかあの子達の面影があったけど、それよりも私にとっては今声をかけた少女の方が重要だった。

 

「……そのっ…ち…?」

 

 私の口から自然に、彼女の渾名がこぼれ落ちる。だってそこにいたのは紛れもなく、二年前に一緒に戦って、楽しかった日々を共に笑い合った大切な親友の一人。そのっち……乃木園子だったのだから。

 

「あぁ……ぁああ……!!」

 

 その事に気づいた時には、涙が溢れて前が碌に見えなかった。そのっちは……散華して全身の至る所を失って悲惨な姿をしていた彼女は治っていた。まだ頭部や腕に包帯が巻かれていたけど、以前会った時よりも断然少なくなっている。そして何よりも、歩くことさえできなかったはずの彼女が、自分の足で立って歩いている。

 そしてもう一人……彼女もそのっちと似たようなものだった。歩くことはできたけど、一切の光を失ったはずのその目は今……光を取り戻した彼女の目は涙を潤ませながら私に向けられている。

 

「……やっと……会えた……須美ちゃん……!」

「……彩羽…姉さま……!」

 

 もう限界だった。足は二人に向かって駆けだして、飛び込むように二人に抱き付いた。そんな私を二人は……そのっちと彩羽姉さまは受け止めて、私は人目を気にせず大きな声で泣き出した。

 

「わぁぁああぁぁあああっっ!!!! そのっちぃ……!! 姉さまぁ……!! 私……今まで……!!」

「記憶が戻ったんだね……わっしー」

「うん、思い出したの!! そのっちのことも、彩羽姉さまのことも、羽衣ちゃんのことも、銀のことも!! 二年前のこと…思い出したの…!!」

「……顔、よく見せて?」

 

 彩羽姉さまにそう言われ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。姉さまが私を見る目は二年前と変わらない。優しくて、温もりに満ち溢れている私達のお姉さんのもの。

 

「……分かってたけど、とても美人に成長したんだね……。身長も追いつかれちゃった……あはは……」

 

 姉さまもそのっちも、二人共溢れ出る涙を拭わない。そんな事をすれば私が見えにくくなるから。涙で視界が歪むとしても、失われた二年を取り戻すように、私だけを見つめる。

 

「大きくなったね、須美ちゃん……!」

「おかえりなさい、わっしー……!」

「そのっち!! 彩羽姉さま!! うわぁああああああああああ!!!!」

 

 三人で抱き合って、いっぱい泣いて。私は彼女達の下に帰ってきた。今この瞬間は何よりも嬉しくて、ひたすら再会を喜び合う。

 

 

 

「彩羽ちゃん、話はつけてきたわ。羽衣ちゃんの面会許可下りたわよ」

「うん。ありがとうお母さん」

「……お礼なんて、言われる資格はないわよ。本当にごめんなさい…」

「……お母さんは悪くないよ」

 

 彩羽姉さま達とそのっちの家は大赦のトップだ。その権力と羽衣ちゃんの家族の二つから、羽衣ちゃんの面会の許可が通ったみたいだった。

 

「行こっか、園子ちゃん、須美ちゃん」

「うん……わっしー?」

「……私が羽衣ちゃんに会いに行っていいのでしょうか」

「須美ちゃん?」

 

 私はみんなのことを忘れていた。そんな人間が本当に会いに行っていいのだろうか……。

 

「何言ってるのわっしー。いいに決まってるでしょ」

「でも…」

「わっしーはうーたんに会うためにここに来たんでしょ? それよりもここでうーたんに会わないなんて言ったら許さないから」

「そのっち…」

「うーたんはわっしーに会いたがってるの。わっしーはうーたんのお姉さんの一人なんだよ」

「……分かったわ。ありがとうそのっち」

 

 そうだ、私はあの子の味方なんだ。今までできなかったのであれば、これから挽回していくんだ。今度こそ羽衣ちゃんを支えていくんだ。

 そのっちに言われてようやく受け止められる。立ち上がって三人で教えてもらった羽衣ちゃんの病室に向かう。二年前と同じだ……こうやって揃って羽衣ちゃんの病室に行くのは。

 

「そういえば……何て呼べばいいのかな…?」

「え?」

 

 彩羽姉さまの言葉に首を傾げる。そして姉さまが何を言いたいのか、思い返してみるとすぐに分かった。

 

「一応私は今のあなたの名前の美森ちゃんで通していたんだけど、昔みたいに須美ちゃんの方がいいんじゃないかって思わないこともなくて……」

「私も~。この前わっしーで良いって言われたけど、今のわっしーは東郷美森さんだから、本当にそれでいいのかちょっとだけ自信がないんよ~」

 

 そうだ、今の私は東郷美森。だけど姉さまやそのっち達と過ごした私は鷲尾須美なのだ。鷲尾須美と親しい彼女達にとってはきっと悩んでしまう事だろう。

 でも二人…いや、羽衣ちゃんも、そして銀も。私がみんなに呼んでほしい名前は……

 

「そのっちと彩羽姉さま、銀と羽衣ちゃんとの思い出が詰まっている鷲尾須美、勇者部のみんなとの思い出が詰まっている東郷美森……どちらも私にとっては誇るべき名前で、尊いものです」

「というと?」

「どちらでも構いません。わっしーでも美森でも須美でも……あなた達に呼んで貰えるならそれだけで嬉しいから」

 

 それが全てだ。名前を呼ぶという行為はその人を想うことから始まるものだ。私が誇る名前を通して、彼女達が私を想い呼ぶ。これが幸せでなければ何だというのか。

 

「……じゃあやっぱりわっしーがいいな。わっしーがわっしーであるのに変わりないんよ~」

 

 そう言ったそのっちは笑顔だった。やはりそのっちにとって、私達の渾名は特別なものなのだろう。わっしー、ミノさん、そのっち、ろっはー先輩、うーたん……どの渾名も私も大好きなものばかりだ。

 ほむらちゃんはほむほむ……勇者部のみんなに付けるならどんな渾名になるだろうか。

 

「……なら私は、改めて、これからは美森ちゃんって呼ぶね」

 

 彩羽姉さまが決めた答えは今の私。

 

「この二年間、ずっと過去を思いながら過ごしてた……それはもうおしまい。須美ちゃんの名前は私達五人の大切な思い出として心に残しておくよ。これからは今まで美森ちゃんを支えてくれた人達みたいに、今度こそ私もあなたと一緒に未来を歩んでいきたいから……」

 

 私の名前が失われることは決してないんだ。彩羽姉さまみたいに心が刻み込んで覚えてくれる。私も、もう絶対に失うことはない。私にはみんながいて、みんなが私を覚えてくれるから。思い出と一緒に歩んでくれるから。

 

「……この部屋だね」

 

 着いた病室のプレートにある名前は『高嶋羽衣』。かつての部屋とは別の所になっているけれど、二年前と同じで部屋の中にはあの子がいる。震える手で彩羽姉さまが扉を開いて……

 

「……羽衣…」

 

 羽衣ちゃんは眠っていた。腕には点滴が施されていて、口元には呼吸器を付けて……肌の色は恐ろしいほどに蒼白だった。

 

「うーたん……」

「羽衣ちゃん……」

 

 これが私達が二年間もの長い間孤独にさせてしまった妹の姿。いったいどれほど苦痛な日々を送らせてしまったのだろうか、どんな深い絶望を味わわせてしまったのだろうか。

 

「ごめんね……羽衣…! ずっとひとりぼっちにさせて……辛かったよね……! 寂しかったよね……!」

 

 眠っている羽衣ちゃんの手を取って、彩羽姉さまが涙をこぼす。私とそのっちも一緒に手を取って、ここまで苦しめてしまった事実を改めて知らしめられて涙が流れる。

 

「もう絶対にひとりぼっちにはさせないから……! これからはずっと一緒にいるから……!」

「………お…ねえ…ちゃん…?」

「「「っ!」」」

 

 か細く、それでも確かに聞こえた声。一斉に視線は羽衣ちゃんの顔に集まる。うっすらと開かれた目が彩羽姉さまを見る。そしてその目は移ってそのっちを、続けて私を見て、羽衣ちゃんの目には涙が滲む。

 

「そのこちゃん……すみさん……みんな………あいたかったよぉ……」

「「「羽衣(ちゃん)(うーたん)!!」」」

「て……あったかい……ほんとうにいるんだ……」

「うん……! いるよ……お姉ちゃん達はここにいるよ、羽衣……!」

 

 弱ってしまった羽衣ちゃんに、私達はみんな涙を流しながら話しかける。顔色は酷いけど、その表情は二年前と同じで幸せそうで、何も悔いがないかのように心から安心しきっている。

 

 

 

「さいごに……ゆめがかなって……よかった」

「……え?」

 

 ……今、羽衣ちゃんはなんと言った? 夢が叶った?

 

 羽衣ちゃんの夢は決まってなくて、私達がお手伝いするって……約束を……。

 

「しぬまえに……みんなにあえて…よかった…」

「……死ぬ前……え…?」

 

 恐ろしい考えが浮かび上がる。羽衣ちゃんの病気は元々重いもので、今は完全に悪化してしまっている。見た感じだけでもかなり苦しそうにしていて、下手すると命に関わっているのではないか……。

 ……むしろ、悟ってしまっている? 自分の命が長くはないと……。夢というのはまさか……まさか…!

 

「嘘でしょ…!? 羽衣ちゃん…!!」

「………」

「嫌よ!! みんなのことを思い出せたのに、また大切な人と別れるなんて!!」

「……お医者さんも諦めたんだって……」

「……もう……手遅れなんだよ……!」

 

 ハッとして二人を振り向く。二人は今の羽衣ちゃんの発言に悲しんではいるものの、驚いてはいなかった。二人は羽衣ちゃんの容態と夢を知っていた?

 

「ごめんなさい美森ちゃん……! 私……言えなかった……! 羽衣の事……最後に羽衣の夢が叶ってほしかった……!」

「うーたん、死ぬ前に私達三人に会いたいって……! ロビーで見つけてからうーたんの望みが叶うのならって黙ってた……ごめんなさいわっしー……!」

 

 ……なんで、二人共謝るの? 二人は何も悪くなんかない。むしろ今とても苦しんでいるんじゃないか……。羽衣ちゃんと一緒にいた時間は私や銀よりも、本当のお姉さんの彩羽姉さまと、昔からの幼馴染のそのっちの方が遥かに長い。加えてこの二年間、ずっと羽衣ちゃんを心配していたのも二人じゃない……だから……。

 

「そんな顔…しないでよ……そのっち、彩羽姉さま……!」

「わっしー……!」

「美森ちゃん……!」

「……羽衣ちゃん……助からないの…? 本当に…?」

 

 俯く二人がそれを物語る。私達は羽衣ちゃんから手を離さないまま、面会時間が過ぎるまで一緒にいた。

 

 友奈ちゃんの目が覚めたのはやっぱり奇跡だったんだ。そして奇跡は何度も起こるものじゃない。誰がどんなに望んでも、決して覆らない事象もある。それはもう一つ、未だに彼女が戻ってこないから……。

 

 

 

 

 

 数日後、乃木園子は思い返していた。傍観者となった自分が犯した罪、隠蔽した真実を。

 

『暁美ほむら様は亡くなられたと思われます』

 

 負傷した彩羽がいない自分達の部屋で、一人の神官が隠すことなく言い放った一言。その一言は園子の心を抉り、次は彼女に容赦なく言葉と言う名の凶器が降り注ぐ。

 

『神樹様の御加護をお受けになる勇者様は、本来命を落とすことはありません。怪我を負うことはあれども、その身はまさしく神の力を宿す肉体……滅びるなど有り得ないことです』

『……どうして』

『憶測ですが、予期せぬ異常事態が起こったのかと。暁美様の勇者端末は誰が作り出した物なのか解らない未知なる存在。イレギュラーが発生し、神樹様と暁美様を繋ぐ霊的回路が遮断され、満開が解けるのと同時に彼女は勇者の力を失った。普通の人間となった彼女は御霊に髪の毛一本残さず焼き尽くされた……上はそのように判断されることでしょう』

『……どうしてそんなことが簡単に言えるの…!』

 

 人が死んだと、それも知っている人物がいなくなったことを、自然に言い放つ神官が理解できなかった。

 

『彼女はわっしーの大切な友達なんだよ…! ろっはー先輩も彼女のことを気に入ってた……私だって…!』

『……暁美様はこの世界を守るという御役目を全うなされた。暁美様は紛れもなく勇者なのです。最大限の敬意を抱きこそすれども、その尊厳を不当に扱うつもりはありません』

 

 右手を強く握り締める。行き場のない怒りをどうにか押さえ込めながら、彼女はある決断をする。

 

『……この事は他の勇者には絶対に伝えないで。勿論ろっはー先輩にも。せめてみんなには、乃木家と高嶋家が全勢力を挙げて捜索しているって伝えてあげて』

『それは無意味では? 死んでしまった人間は戻ってこない。遅かれ早かれ、すぐに分かってしまうことです』

『なんで分からないのかなぁ!!?』

 

 神官の非情な言葉に、彼女の怒りは爆発した。

 

『何が尊厳を不当に扱うつもりはないだ!! 今はもうこれ以上みんなを傷つけないでって言ってるの!! この事を知ってしまったら誰も耐えられないってどうして分からないんだ!! お前には人の心が残っていないのかぁああーーーーー!!!!』

 

 非情な神官を勇者としての立場を最大限まで利用して動かし、乃木園子は仲間の勇者と当代の勇者達に偽りの情報を流した。それを信じた彼女達は、誰も探していない仲間を待ち続ける……。

 

 そして彼女は深く後悔していた。偽りの情報を流したことにではない、それ以前の自分の決断を呪った。

 

「……私も、ろっはー先輩と一緒に行っていたら……!」

 

 もしあの時、仲間と共に樹海へと赴いていれば、この結末は違ったものになっていたのではないか……誰も犠牲にならずに済んだのではないか……そう思えて仕方がなかった。

 ワガママを貫いた彩羽のように、自分もみんなの気持ちを汲み取れば良かったと後悔していた。

 

「……ごめんなさい……わっしー、ろっはー先輩、ほむほむ……!」

「園子ちゃん…」

「わっ!? えっ? ろっはー先輩…?」

「………羽衣が…」

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭当日、ほむらちゃんは戻ってこない。

 

「……風先輩、ほむらちゃんの魔法使いの役、私がやります」

「……東郷……」

「大丈夫です。台本の中身は全部覚えていますから」

 

 ほむらちゃんは戻ってくる……そう信じてきたけどその期待は叶わない。この世界は都合のいい御伽噺の世界ではない残酷な世界。だからこそ本心から願う奇跡なんてものは何度も起こらない。そんな都合のいい()()は一生に一度が限界だろう。この世界に奇跡と魔法もないのだから。

 

「結局世界は嫌なことだらけだろう!? 辛いことだらけだろう!? お前も堕落してしまうがいい! 現実の冷たさに凍えろ!!」

「そんなの気の持ちようだ! 誰かを大切だと思えば友達になれる! 互いを思えば何倍でも強くなれる!」

「そんな出逢いがあるからこそ、私達は決して一人になんかならない。私には友達がいるから……大好きな人が……いる……から…」

「と、東郷……?」

 

 この世界はあなたがいない平穏な世界。幸せなんて、どうあがいても手に入らない世界なんだ。

 

 薄々感づいてはいた。ほむらちゃん……あなたはもう、この世界にはいないんだ。大赦ほどの組織がいつまで経っても見つけられない。間違いなくすぐに戻ってくるはずのあなたが戻ってこない。そうなると、答えはもう一つしかないじゃない。

 

「うぅぅ……うううう!!!」

 

 

 

 あなたはもう、死んでしまっているんだね。

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

暁美ほむらの章 完

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

 我々が生きるこの世界は残酷な運命を背負わされている。罪無き者が大勢為す術もなく無惨に蹂躙され、失意のままにその命を喰われ、死んでいく。儚い命がたった一日で奪い尽くされたのだ……。

 

 敵の名は『バーテックス』

 数え切れない大罪を犯した、心無き忌むべき化け物。

 

 我々は神に選ばれた。三年前のあの日、目の前で友達が喰われるのを目撃しながらも、私は太刀を振り戦うことで生き延びた。

 ……いや、戦ったのではない。逃げ延びたのだ。あの頃の私は力不足で、悔しいがどう立ち回った所で勝ち目など無く、逃げる人々の殿を務めるのが精一杯だった。

 その蹂躙から逃れたのは私達が暮らす香川を始めとした四国、長野の一部など極僅か。少なくとも三年前までの全世界の人口の九割以上は……違うな、限りなく十割に近い人類は既にいない。

 

 今生き残っている人類は神に守られている。バーテックスの侵攻を妨げる結界を作り、霊力による恵みは人々の自給自足を可能にする。

 だがそれでも、いずれバーテックスは攻めてくる。現に諏訪にいる私の友は何度も戦い、そこを守っている。

 

 三年前は奴等を前に撤退せざるを得なかった。だがしかし、今の私はあの頃とは違う。訓練を積み、力を付けている。同じく神に選ばれた者達と共に……。

 

 私達は『勇者』

 奴等に奪われた世界を取り戻す。何事にも報いを……必ず奴等に報いを受けさせる。

 

 

 

 

 三年もの間、バーテックスの四国への進行は一度もなく、私達は万全の態勢を取ることができている。しかしそれは諏訪で戦う勇者、白鳥歌野は違った。彼女は三年間戦い続け、私達よりも数多くの修羅場を潜っている。

 それもたった一人で……もっとも白鳥さんが言うには、巫女の藤森水都も共に戦っているとのこと。彼女の存在が大きな支えとなり、絶望的な戦いの中でも希望を失う理由が無いと誇らしげに語っていた。

 

 確かにその通りだ。私自身巫女には、とりわけ幼馴染のひなたには何度も助けられっぱなしだ。彼女達に直接バーテックスと戦う力こそ無いものの、共に戦うための力は極めて大きい。

 巫女というものは神の声を聞くことができる存在。故に神の力を与えられた勇者のサポートに秀でているが、決してそれだけではないのだ。

 

 巫女達は本当によくやってくれている。私達のために尽力してくれて、感謝の念を抱かずにはいられないな。

 

 

 

 

 だがそのような心の底から頼りになる存在がいても、押し寄せる絶望を前にした時にどうなるか……最悪の事態が起こった時にどうなるか……。

 

 

 

 

ザー…ごめ…なさ…ザー…通信の……ザー……悪くて……ザー…』

 

「何かあったのか?」

 

『ちょっとしつこい…ザー…バーテックスをザー退治した…だけ…ザー…でもその時…通ザー信機がザー…壊れて……ザーそちらも頑張ってザー……きっとなんとかなりますザー………ザー

 

「白鳥さん…?」

 

『私も…ザー…予定よりもザーザー二年も長く……御役目をザー続けられて……ザー

 

「聞こえているか!? 応えてくれ、白鳥さん!!」

 

『乃木さん……ザーザー……さん』

 

『後はよろしくお願いしますザーーーー

 

 鳴り止まないノイズを前に、私はただ通信機の前に立ち尽くすだけだった。彼女は今まで強気で襲撃してくる敵を打ち倒してきた。

 だと言うのに、なんだ、この異様な胸騒ぎは……。よろしくお願いしますだと……? 何故彼女は私達にわざわざそんな事を伝えた。

 

「諏訪が……墜ちた……のか…?」

 

 

 

「いやぁあああああああああああああ!!!!」

「!?」

 

 突如、隣の少女が悲鳴を上げる。彼女は気づいてしまった。彼女の友の凶報に……彼女の身に何が起こったのかを。

 

「歌野ちゃん!! お願い応えて!! 返事をして、歌野ちゃん!!!」

「お、おい落ち着け!」

「イヤだ! 歌野ちゃん!! 水都ちゃん!!」

 

 錯乱する彼女に必死になって声を掛ける。このような事になるなど、白鳥さんと藤森さんは決して望まないだろう。

 

「神樹様!! 神様!! 誰か助けて!! 歌野ちゃんと水都ちゃんを助けて!! 死なせないでよぉ!!! うわぁあああああああああああ!!!!」

「わ、若葉ちゃん! これはいったい…!?」

「ひなた! いい所に来た…手を貸してくれ!」

 

 

 

 

 

 

「気をしっかり持て!! まどか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うたのんは将来、農業王になるんだよね?」

 

 空いっぱいに浮かんでいるバーテックスを前にして、みーちゃんが突然そんなことを聞いてくる。将来ね……うん、ザッツライト。私の作った野菜をたくさんの人に食べてほしい……それが私の夢だった。

 今となっては、もう叶わない夢。だって私はエスケープしないんですもの。最後まで守るんだって決めてたから、諏訪の人々を犠牲にしてまで生き残るなんてノーよ絶対。

 

「私はね、夢なんて持ったことがなかった。きっと何にもなれないような、つまらない人生を送るんだって思ってた」

「みーちゃん……」

「でもね……うたのんに出会って変わったの。うたのんが側にいてくれれば、私でも何かできるんじゃないかって思って……。あのね、うたのん。私は将来、宅配屋さんになるよ!」

 

 それは初めて聞いた彼女の夢で……ソーハッピーな話。私とみーちゃんの二人だからこそ成し遂げられる、なんて素敵な夢だろうか。確かにいろんな苦労をするかもしれないし、みーちゃんと方向性の違いからケンカしちゃうかもしれない。でもそれはやがて多くの人のスマイルをクリエイトするであろうことは、みーちゃんと私なら間違いなくできるんだって……。

 

「みーちゃんと私の夢のために、この世界を壊させるわけにはいかないわよね!」

 

 また一つ、エスケープできない理由が増えたわね。私達の夢を守るために、私は鞭を振るって敵へと突っ込んでいく。そして……

 

 

 

 

 

ドグオオォン!!!!

「……え?」

 

 目の前のバーテックスが突然のエクスプロージョン……ワッツハプン!!?

 

 だけどそんな疑問は目の前に現れた人物を目にしてデリートされる。

 

「…………うそ……そんなわけ…ないよね……」

 

 みーちゃんも彼女が見えているってことは、ファントムなんかじゃない。間違いなく彼女はそこにいる。

 

 黒いロングヘアーを靡かせた、白と紫のコスチュームを身に纏った少女。左腕にあるシールドが、彼女が何かと戦うものである証拠……。

 

「……まさか……勇者なの……?」

 

 

乃木若葉は勇者である (ホムラ)の章




 これにて、ゆゆゆ編『暁美ほむらの章』は終了となります。物語導入含め全44話……私これちゃんと完結できるかな……? 彩羽ちゃん達がいるわすゆ編の構想も考えているのに……。

 そして次回からは↑の通り、のわゆ編『焔の章』のスタートです。私の執筆を知っている友人に次はわすゆ編ではなくのわゆ編書くって言ったらすごい顔されましたがマジです。
 ならびに12月に活動報告で述べました、外伝もこの焔の章の進捗に合わせて投稿予定です。

 今後もどうか、この作品をよろしくお願いします。
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