ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第四十六話 「不安」

「これで……よしと」

「うん、オッケー。全然痛くないわ! ありがとう、みーちゃん!」

「……そっか。よかったよ、うたのん……」

 

 みーちゃんに傷の手当てをしてもらい、満面のスマイルでお礼を言うけど暗い顔で俯かれてしまう。やっぱり私が無理して明るくしようとしているのがバレてるんだわ。

 私達を包み込むヘビーエア。生命線そのものである結界を破られて、私達を待ち受けるデスティニーとはなんて酷いものなのだろうか。

 

「……これからどうするの?」

「……わからない……みーちゃん、今後の襲撃はどうなの?」

「総攻撃は終わったから、今は諏訪の近くにバーテックスはいないよ。でも……結界が存在しなくなったから、外を漂っているバーテックスが諏訪のどこかから侵入するのは時間の問題だよ……」

 

 みーちゃんの言うそれは限りなく最悪に近いケース。僅かな時間があるかないかの違いだから、本当に大差なんてないけど。

 今までは御柱をブレイクするために、その一ヶ所を狙って大量に雪崩れ込むのが当たり前だったけど今後はそうじゃなくなる。バーテックスは諏訪の至る所から中へフリーパス同然に侵入できるようになり、一点集中から諏訪全域へのアタックができるようになった。その結果生み出されるのはまさしく三年前の悲劇のリターンだ。

 

「……とりあえず、まずはここから離れて暮らしてる人達に集まってもらわないと。遠すぎてちゃ助けに間に合わないものね」

「そうだね……」

「……みんな……怖い思いをするわね……」

 

 諏訪の人口は数千人どころか数万人にも及ぶ。その一人一人を私は救いたい。誰も死なせたくはない。

 だけどこのまま、明日にもなれば、侵入してくるバーテックスに殺され始める。私の手の届く所ならまだなんとかなる……逆に言えば、そうでない人はそこで死んでしまう。そして近いところにいようとも、一ヶ所に数万人を密集させ続ける事も現実的ではない。人々をいくつかに分けてもそれらが同時に襲われてしまえば、戦える人間が私や暁美さんだけでは助かる命もそうでない命もある。

 

 つまりこれからは人々の犠牲は確実……。街だって破壊されて、私が守りたかったものは何もかも……。

 

「……みんな…助かったと思ったのに……!」

「うたのん……」

「聞いてない……! なんであんな…化け物サイズのバーテックスが出てくるのよ……うぅぅ……!」

 

 希望を見いだした途端にだった。諦めかけていた夢を手にしたその瞬間に、それを粉々に砕いたバーテックスが憎い。諏訪の勇者なのに、アップダウンの現実がショックで屈している自分が情けない。

 

 みんながこんな世界でも私を信じて頑張ってきたのになんてザマよ……。これから先もみんなを守りきる意思は無くしてはいない……無くしていいわけがない。

 だけどどうレジストした所で、犠牲者は必ず出てしまう状況が出来上がってしまった。戦いがスタートする前には、「誰が犠牲になるのか? 自分が犠牲になるのか?」なんて恐怖を抱き続ける。戦いがフィニッシュする度に生き残った人々は、「あの人が犠牲になってしまった。次は自分かもしれない」なんて絶望に包まれる。

 

 そして私は永遠に苦しめられるだろう。私の手からこぼれ落ちる命は日に日に増えていく。元々バーテックスと戦うのは怖かった。ただ怯えて何もできず、目の前で人の命が失われるのはもっと怖かったから戦った。その努力がこれから全部ムダになると分かりきっている。どうしようもない絶望感に涙が流れてくる。

 

 みんなまるで死刑囚よ……。迫り来る命の危機に元気いっぱいの子供達も、そんな彼らを優しく見守る大人達も、みんなが毎日を怖れながら過ごしていくなんて……。

 勇者として力ある私は一番近い所からそれらを見る。悲しみも、怒りも、恐怖も、絶望も、何もかもラストまで……大好きな人達がみんな死んでしまうまで。

 

「泣かないで、うたのん」

「っ、みーちゃ…」

「うたのんが悔しくて泣いちゃうのなんて、初めてだね……」

 

 みんなが苦しみながら死んでいく姿、目の前のそれを救うことができない自分の姿をイメージしてしまい、ディープに落ち込んでいる所をみーちゃんにハグされる。みーちゃんにハンカチで涙を拭われるエクスペリエンスなんて初めてだ。

 

「うたのん……どんなに辛い目に遭っても、人は必ず立ち上がれる……諏訪の人達みんなの合言葉、これはうたのんがみんなに教えたんだよ。希望を持たないまま、怯えながらバーテックスに殺される時を待つだけだったみんなをうたのんが変えてくれた。だから、これからもできる所までは私達みんなで一緒に頑張ろう? ねっ?」

「…みー……ちゃん……みーちゃん……みーちゃん…!!」

「あの時にも言ったけど、最後までずっと一緒だよ…うたのん。あなただけに辛い思いはさせないからね」

 

 子供みたいに泣いて、こんな結末になってしまった事を悲しむ私とは違って、みーちゃんは恐怖を私に見せようとはしなかった。

 私が泣くのはやっぱり珍しいからかしら……だからみーちゃんは余計に私が苦しまないよう、自分は泣かないで慰めてくれるのね……。

 

「……ごめんね、みーちゃん……もう少しだけ…このままでいさせて……! そしたら私…また頑張るから……! いつもの私に戻るから……!」

「仕方ないよ。うたのんだって女の子なんだから、不安な時には泣いたっていいんだよ……。信じてるよ、うたのん。私達の勇者様……」

 

 みーちゃんに縋り付いて、これから訪れるであろう絶望に涙する。これまで私が一番恐れていた、諏訪の人々を守りきれないまま死なせてしまう未来。全員アライブの希望から一気に落とされてジェノサイドの絶望……あのバーテックスは絶対に許さない。暁美さんが倒してくれたけど、私が死んでも怨み続けてやる……!

 それでも泣いて悲しんだり悔しがるのはこれがラスト。どん底にいたとしても、私達は立ち上がる。それが諏訪の勇者としてのプライドで、支えてくれるみーちゃんやみんなに応えたいから。

 

 もう一度奇跡を願う。今度こそみんなが本当に助かる道を見つけてやる!

 

「……ふぅ………勇者、白鳥歌野!! ここにリバイバル!!!!」

「うひゃあ!? う、うたのん…! 耳元で叫ばないでよ!」

「あ、ソーリーみーちゃん。それとサンキューみーちゃん。私まだまだ諦めないわ!」

「うたのん……うん、それでこそうたのんだよ」

 

 私は私らしく、白鳥歌野として戦う。それを忘れちゃいけない。

 暁美さんがいなかったら間違いなく一度や二度は失っていたはずのこの命。何が何でも私自身を貫いて、今度こそホントのホントにみんなをハッピーにする。じゃないと彼女にも失礼だものね。

 

「……そういえば、暁美さんは大丈夫なのかしら?」

「……あの勇者の人の事だよね?」

 

 ……ショックが大きすぎて大事な事が抜けていたわね。さっきの戦いで私達を助けてくれて、大盤振る舞いの大活躍をしていた暁美さん。どうやら彼女は相当な無理をしながら戦ってくれてたみたいだった。

 

 暁美さんは憎き巨大バーテックスをぶっ飛ばしたあの場所で倒れていた。不思議なことに、彼女の姿はそれまでの勇者のバトルスーツではない見知らぬ制服を着ていたけど。彼女に着替える時間も体力もあったとは思えない。実にミステリーな現象だったわ。

 疲労や傷の痛み、不安を感じながらみーちゃんに肩を賃りて彼女の元に近寄って……とてもビックリした。一瞬死んでるんじゃないかって勘違いしたもの……。

 

 彼女のフェイスはそれこそ死人みたいに真っ白だった。それ以外にそんな白い顔なんて見たことがない。慌てて彼女の手を取って、それで確信しかけたもの……「死んでる」って。

 

 私がタッチした彼女の手は恐ろしいほどにコールド……生きてる人間とは思えない、体温の無い死人レベルの冷たさに思えた。血の気が引いて彼女を揺さぶって、そしたら普通に返事が返ってきてまたビックリ。

 

 彼女はちゃんと生きていたのよ。呼吸していたし、具合はバッドだったけど意識はあった。私達は大袈裟だったわね……倒れていて体温が低いからって勘違いして、恩人を死人扱いは今思い返せばとても失礼だったわ。

 

 その後はみーちゃんが大人を呼んで、車で私達を診療所に運んでもらって今に至る。暁美さんはかなりきつそうだったから、診療所のベッドでぐっすりスリープしてるはず。

 ただ彼女、大人達が看病するって言ってたけどそれを断っていたのよね……。有無を言わさず部屋に入る人を追い出したらしい。

 

「うたのん、あの人って何者なの? 勇者みたいだけど、この辺りに他の勇者がいるなんて土地神様から聞いたことないよ」

「私もまだ名前しか聞いてないのよ。暁美ほむらって名前ですって。こんな面白いことがあるなんてね」

「えっ、それ本当? 勇者で、暁美ほむらさん……面白いっていうより、そんな珍しいことあるんだ……」

 

 ホント、彼女に関して分からない所がいっぱいあるわね。彼女は一体どこから来たのか? 彼女が連れていた精霊と呼ばれる生き物は何なのか? あの巨大バーテックスを倒した力は何なのか? その他にももっとたくさん、特に、彼女以外にも他の勇者がいるかどうかを知っていれば是非教えてほしいものだ。

 

「私、ちょっと様子見てくるよ。うたのんも怪我してるんだから、しばらく休んでて」

「……そうね。お願いしてもいいかしら」

 

 みーちゃんからの提案に、私もそうしてほしいと考えた。彼女が看病を拒んだとしても、やっぱりあんなに弱ってしまっていては心配だ。

 私も様子を見に行きたい所だけど、こっちもそろそろ限界……朝からずっと激戦を続けていたから休んでいいなら休みたい。といっても、今後の事もあるから一時間ぐらいの仮眠しかできないわね。

 

「向こうで問題がなければすぐに戻ってくるけど、うたのんはゆっくりしててね」

 

 何だかみーちゃんがいつにも増して頼もしいわね。これからが怖いのはみーちゃんだって同じはずなのに、泣いちゃったのは私の方なんてちょっと恥ずかしいかも。

 みーちゃんが部屋から出て、私一人になってサイレントに包まれる。ベッドに横たわって、みんなを助けるためにはどうすればいいのかシンキングする。

 

「暁美さんにも手伝ってもらって、トンネルやら地下やら作れば何とかなるかしら? でもみんなにそんな窮屈な場所にずっと閉じ込めて、それでいいとは思えない……」

 

 私が守りたかった日常も失われてしまう。農業で自給自足をしてきた私達だからこそ、地下暮らしなんてしようものならみんなのメンタルが保たないかもしれない。

 

 かつての希望だった、四国からの助けが来るとも限らない。最初は四国にいる勇者達と協力して土地を奪還すると伝えられていたけどそれはフェイクだった。私達は囮……四国が万全の態勢を整えるための、必要な犠牲として見なされていた。

 

 その事は別に恨んでなんかいない。それで世界が救われるのなら、私の命は十分役に立ったんだって思えたから。

 もしその準備とやらが早めにフィニッシュしていれば、土地の奪還作戦に移ってはいただろうけど、たらればの話に意味はない。きっと向こうには諏訪は壊滅したって思われてるだろうから。

 

 大体彼女達が私達を見捨てるつもりなんて無かったことは分かりきっている。なんたって彼女達と私達は友達なのだから。

 

「……きっと今頃悲しんでるわよね……ごめんなさい、乃木さん、まどかさん」

 

 思いを馳せて浮かび上がる、四国の勇者の一人、乃木若葉さん。そして乃木さん達勇者のお目付役となった二人の巫女の内の一人、鹿目まどかさん。

 

 通信でしかトークしたことがなく、お互いに相手の顔も知らない。それでも間違いなく彼女達は私達の仲間であり、掛け替えのない友達だ。

 みーちゃんもまどかさんとのトークは随分と弾んでいた。同じ巫女同士通ずるものもあったみたいで、ちょっとだけまどかさんにジェラシーしてしまったのはみーちゃんにはシークレット。

 

 楽しかったわね……あの頃は……

 

『うどんうどんうどんうどんうどん!!』

『蕎麦蕎麦蕎麦蕎麦蕎麦!!』

『さっきまで全く関係ない話してたのに今日も始まっちゃったよ……うたのんと乃木さんのうどん蕎麦論争……』

『どっちも美味しいじゃだめなのかな……?』

『『駄目に決まってるだろう(でしょう)!!!!』』

『ひゃいっ!?』

『大体まどか! お前は香川県民だろう! 一体何を迷う必要がある!? うどんの美味しさも素晴らしさも知り尽くしているだろう!?』

『で、でもわたし、生まれは香川県じゃないから昔からお蕎麦も食べてて……』

『フッ、決まりましたね。うどんなんて所詮は県民であるまどかさんのハートを射抜けない軟弱な食べ物なのですよ!!』

『うたのん、まどかさんはうどんのことが嫌いとは言ってないからね? 美味しいって言ってるからね?』

 

 四国との通信は勇者としての御役目の内の一つだった。真面目な仕事だから私の好きな英語も控えて丁寧語で通していたけど、その通信は私達の友達がいることを改めて知らしめる。いつしかみーちゃんとまどかさんも巫女同士の通信をやり始めて、やがて……それが私達勇者同士の通信と合わさって……四人で友人間の通信に……

 

 

農業王の夢 Dream

 

『あなたが何と言おうとも……乃木さん。この時点で蕎麦党二人、そしてうどん党はそう、あなた一人しかいないのですよッ!!』

『ぬあああああああああっっ!!!! まどかァ!! 宣言しろ!! お前がうどん党の一員であることを、この場で認めるんだぁあああああ!!!!』

『……若葉ちゃん……ごめんね』

『……まどか……?』

『……わたし、蕎麦党になる』

『ぬあにぃいいいいいいいいいい!?!?!?!?』

『フーハハハハハハハ!!! ようやく墜ちたわねうどん党!! 蕎麦党の進出をブロックする邪魔者はもういない!! 今日日、蕎麦党は世界へと羽ばたくのだ!!』

『『『蕎麦党万歳!! 農業王万歳!! ホワイトスワンは世界一ィィィ!!!』』』

『見よ! バーテックスが撤退していく。世界は蕎麦によって新しく生まれ変わるのだ。これ即ちそうッ! ラブ&ピース!』

『ははぁー! 素晴らしい御慧眼に脱帽です! 我々一同誠に感動致しました! 人類史上最大の偉業達成に立ち合えるなんて身に余る光栄です流石です農業王様チュンチュン!』

『蕎麦は味わい深い香りを堪能するまさしく令嬢の嗜み。農業王様、わたくしめの用意した新鮮な蕎麦粉を用いた超高級手打ち蕎麦、是非ご賞味くださいまし。これアルフレッド、アルフレッード! 農業王様に超超超高級蕎麦の準備を!』

『革命……蕎麦の侵略や……。世界が蕎麦に支配される……ラーメンどこ……ラーメン……まどろっこしいんだよぉ!! ラーメンだって中華蕎麦って言うだろうが!! 同じだ!! 蕎麦を食うって事はラーメン食うのと同じなんだよぉ!!!』

『あなた達どちら様?』

 

 

 

 

「………はっ!? いつの間にか寝落ちしてた! 過去の楽しかった思い出が、途中から私にとって都合のいい世界に改変されていたわ!」

 

 図らずもぐっすりスリープできたわ。時間も気がつけば一時間は過ぎている。疲れも少しはマシになったしもう起きよう。いよいよ本格的にプランを考えないと……って……

 

「……みーちゃん?」

 

 部屋を一周見渡すけどみーちゃんがいない。トイレかしら?と思ったけど、それから五分十分経っても戻る気配が無かった。

 暁美さんの様子を見に行って、問題がなければすぐに戻るって言ったわよね? それなのにここにいないってことは、まさか暁美さん、結構マズいんじゃ……!

 

「そんな……そんなの勘弁してよ……!」

 

 暁美さんは元々無関係の人だ。それを私達の戦いに巻き込んで、一方的に助けられて、結果彼女にだけ何かあったら謝ってもし足りない。

 急いで部屋を出て暁美さんが休んでる部屋に向かう。焦る気持ちをなんとか抑えながら、その部屋の前まで辿り着く。

 

「っ、暁美さん、みーちゃん、大丈夫…!?」

 

 ドアをノックしながら二人に向けて声をかける。

 返事は返ってこない……?

 

「入るわよ!」

 

 キーは掛かっていなかった。それどころか返事が返ってこないというありえない事態に更に困惑していた。まぁ暁美さんがまだ眠っていて、みーちゃんがたまたま席を外しているかもしれないし……そんな考えは部屋の中を見た瞬間消え失せた。

 

「なに…これ……!?」

 

 そこには誰もいなかった。そして、物も無かった。この部屋で休んでいるはずの暁美さんも、彼女がスリープしているはずのベッドも、デスクも棚もチェアーも何もかもが無い空き部屋と化していた。

 部屋を間違えた……なんてありきたりな考えは思わない。この診療所にはベッドすらない空き部屋なんて存在しないもの。あるはず物が無くて、いるはずの二人の人間がいなくなっている。

 

 あまりにも想定外の事態に背中にイヤな汗が流れる。私が休んでる間、みーちゃん達に何があったというの!?

 

「……これは……」

 

 戸惑いながら空き部屋と化したこの部屋に入り、ドアを閉めたときに視界に入る。さっきはちょうどドアのオープンで死角になっていた。そこにはこの部屋の中に唯一残されていた物が床に転がっていた。

 

「暁美さんのシールド……なんでこんな所に……」

 

 戦闘中、彼女の左腕に付けられていたサークル状のシールド。彼女のバトルスーツ同様、戦いが終わった後その場から無くなっていた物なのに……。

 私の手はごく自然にそのシールドを拾い、ミステリーそのもののに遭遇してしまった不安のまま、それをホールドする手に力が入ってしまう。その直後だった……全身がほんの一瞬、浮遊感に包まれたのは。

 

「う、うたのん!?」

「え?」

 

 目の前にはみーちゃんがいた……はい???

 

「み、みーちゃん…!? えっ!? 突然みーちゃんが目の前に!?」

「突然現れたのはあなたの方よ」

 

 後ろの方から声が聞こえ、振り返るとそこにいたのはもう一人の探し人である暁美さんその人。何故か戦闘時のバトルスーツに着替えている。

 しかも暁美さんは部屋から無くなったはずのベッドに腰をかけていて、ベッドの周りにはその他の部屋中のアイテムがずらり……。

 

「みーちゃん、暁美さん……どこにいたのよ! いなくなって本当にビックリしたじゃない!」

「どこにいたっていうのなら……部屋と今私達がいる()()()()しか行き来してないわ」

「この空間?」

 

 よくよく見てみると、ここは彼女が休んでいた部屋じゃない。診療所のクリーンな白い壁はなく、東西南北ものすごく広い、果てない世界が続いている。まるで家やビルや山すらも存在しない外のような、終わりの見えない広大なワールド…………うん!

 

「どこよここはーーーーーっ!?!?!?」

「一言で言えば、『盾の中の世界』ってところね」

 

 どこか別の場所にワープしたことに口から心臓が飛び出すんじゃないかってぐらい驚く私に対し、暁美さんはあっけらかんと答えた。あの紫のアイズ、「気づくのが遅いわよ」と言いたげだわ……。

 

「検証は十分よ、藤森さん。これなら間違いなくいける」

「っ、はい…!」

 

 でも盾の中の世界って……どういう事かしら? 確かにこの空間にワープしちゃう直前、私はあの落ちていたシールドを拾ったけど……。

 

 度重なるシンキングで頭の中がどうにかなりそう。そう思い始めた途端、みーちゃんが私に飛び込んできた。

 

「うたのん!」

「み、みーちゃん…?」

 

 みーちゃんは涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃに……。さっきは残酷な事実を前に涙を見せなかったみーちゃんが、堰を切ったように大号泣していた。

 

「私達……今度こそ助かるよ…! うたのんも諏訪のみんなも……誰も犠牲にならずに済むんだよ…!!」

「……え?」

「うわぁああああん!!! うたのん! うたのーーん!!」

「……私が寝ちゃってる間に何が……?」

 

 みーちゃんは今、誰も犠牲にならないと言った? 明日にもバーテックスが再び現れるかもしれないのに……そこで犠牲者が出るかもしれないのに?

 でも、みーちゃんが流している涙はさっきの私の絶望に恐怖したものなんかじゃない。むしろ総攻撃が終わったと思って、生を実感した時の歓喜の涙……それと同じ物にしか見えなかった。


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