ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
一般的とは言えないわたし達の日常。訓練だったり、四国を守ってくださる神樹様に祈りを捧げたり、日々頑張る勇者のみんなを支えたり。
大変な日常の中にも存在する、みんなと一緒にいられる事への喜び。恐ろしい運命の中で巡り会った縁だけど、みんなと出会えた事はわたしの中では確かな幸せ。
だからそう、この時間も幸せだった。朝から穏やかな気分に包まれている。
最初は操作を間違えてしまったこの機械も、どこをどうすればいいのかやり方を若葉ちゃんに教えてもらったし、もう何回もやっているから覚えられた。
間違えることなくスイッチを押してその前に座る。音が正常に起動したんだって伝え始めて……繋がる。
「こちら四国より、鹿目です」
『諏訪より、藤森です』
遠く離れた長野県の諏訪市にいる、わたしと同じ巫女の声。
事の始まりは今でも続いている若葉ちゃんと歌野ちゃんの、うどんと蕎麦のどっちが良いのかを決める論争が初めて行われた日から1週間後のことだった。
◇◇◇◇◇
お昼ご飯はみんなと一緒に食べるのがここのルール。みんながセルフサービス形式で料理を取っていく中、わたしとほむらちゃんだけパパが作ってくれたお弁当を食べるんだとしても、そこは変わらない。
みんなと一緒に過ごして、少しでも多くの幸せを共有し合う一時。そんな時なのに、目の前に座っている若葉ちゃんはというと……
「……うむ、やはりどう考えてもうどんだろう」
異論は認めないと言わんばかりにうどんの入っているどんぶりを置いた。その横には別のどんぶりがあって、中に入っているのはうどんじゃなくて蕎麦。だけどうどんの方と比べると、あまり中身は減っていないように見える。
「味が悪いわけではない。確かに美味いのだろうが……うどんに比べて蕎麦は少々塩辛い……。麺もすぐに切れてしまっては、歯応えなど無いようなものではないか」
「……ええっと……それが蕎麦の良いところなんじゃないかな? のど越しが良いのって」
「……友奈。お前は蕎麦の味方か? それともうどんの敵か?」
「て、敵じゃないよ…!?」
あー……前の白鳥さんとの話をまだ引き摺っているんだ……。思えば決着は次になんて言ってたし、それでその次っていうのがまさに……。
「な、なんだか今日の若葉さん、穏やかじゃないですね……?」
「戦に出る前の武士みたいな雰囲気だな」
「うどんと蕎麦でそうなる意味が不明だわ」
「えっ、だってうどんの方が美味しいじゃないですか」
「……もう一人うどん馬鹿がいたわ……」
「ほむらちゃん……」
まさにほむらちゃん以外の三人の言う通りなんだよね……本当はただの定期通信のはずなのに……。
だけど一応物騒な話題じゃないんだよね。藤森さんも白鳥さんは楽しそうだったって言ってたし、紛らわしいだけで。
……楽しそう……かぁ。今の言動はちょっとアレだけど、それはきっと若葉ちゃんだって同じ。人に誤解されやすい性格の若葉ちゃんが、ひなたちゃんが一緒じゃなくても自然とそうなれるなんて。良い人なんだろうね、白鳥さんって。
……よし。
「ねえ若葉ちゃん。今日の通信なんだけど、わたしも同席していいかな…?」
「………ひょっとして、前回の件で監視が必要になったのか…?」
「寧ろたった今の発言で監視を付けるべきか検討しようと思えましたが」
「本当かひなた……」
「あはは……」
シャキッとした表情から一瞬でシュンと気まずそうになる若葉ちゃんに苦笑しつつ、ちゃんと理由も説明しておく。この前は時間があんまり無くて、簡単なお礼くらいしか言えなかったから。
「そうじゃなくて……。一回ちゃんと白鳥さんにも挨拶しておきたくなったんだ。巫女の藤森さんにも親切にしてもらったから、その事も伝えたくて」
「………」
若葉ちゃんはちょっと意外そうな顔をしたけど、すぐに嬉しさを感じさせる笑みを浮かべてくれた。
「ああ。わかった」
◇◇◇◇◇
慣れた様子で通信機を操作する若葉ちゃん。ザザッとマイクが入る音が聞こえてから、通信開始のボタンを押す。こうやって見てみると、この前のわたしの操作は無駄がいっぱい……というか壊れたりしなくてよかったかもなんて……。
『はい、こちら諏訪より白鳥です』
「こちら四国より、乃木だ。それから……」
促されて、若葉ちゃんの隣に座る。この前は怒っていたらどうしようなんて不安があったから通信が怖かったけど、今日は大丈夫。
「はじめまして。巫女の鹿目まどかと言います」
『ああ! 鹿目まどかさん。こちらこそはじめまして。諏訪の勇者の、白鳥歌野です』
通信機からはこの前も聞こえた元気いっぱいの女の子の声が返ってきた。
『みーちゃんから聞きました。この間は私のせいでご迷惑をかけたみたいで、すみませんでした』
「そんな、気にしないでください……!」
みーちゃんっていうのは藤森水都さんの事かな? はきはきとしているけど、申し訳なさもひしひしと伝わるトーンで来るからこっちもちょっとだけ負い目が……。だけどもう済んだ話なんだし、気にしないでほしいっていうのは本当の気持ち。
「通信が勇者のお役目と言っても、それで若葉ちゃんと白鳥さんが仲良くなれる時間になっているんだとしたら良い事ですから」
喧嘩に発展することなく、二人が満足できる形であるんだったら何も言う事は無いよ。
『仲良く……はい。乃木さんとの通信の時間は、諏訪の外にも仲間がいるんだって思えてくるんです』
「白鳥さん……」
『でもこの間はちょっと違って、お互いに時間を忘れてしまうぐらい熱中しちゃって……仲間というより、友達同士のやり取りみたいになってしまいましたが……アハハ……』
「……フッ。違いない」
通信機越しの白鳥さんの声も、隣に座る若葉ちゃんの声も、喜びに包まれている。友達同士みたいなやり取りって言ってたけど、みたいじゃなくて、既に友達と言ってもおかしくはない空気が二人の間にはあるんじゃないかな。
だとすると、大切なこの言葉をもっと彼女に伝えたいと思えてくる。わたしも確かな嬉しさを感じながら、白鳥さんに送る。
「どうかこれからも、わたしのお友達の若葉ちゃんをよろしくお願いします」
『はい! こちらこそ!』
「おいおい……まったく、挨拶がしたいと言っておきながら保護者のような発言を白鳥さんに……まるで私が幼い子供みたいな扱いではないか」
「てぃひひ♪」
「……ははっ。白鳥さん、まどかはこういう奴なんだ。初めて出会った頃から人一倍澄んだ優しい心を持っていて、いつだって私達の事を想って考え、動いてくれる。自慢の友だよ」
『ええ。そういった大切な存在って、本当に有り難いですよね』
嬉しさも、隣で若葉ちゃんが恥ずかしそうに呟く可笑しさも、白鳥さんという頼りになりそうな人との会話も。何もかもが心を和やかにさせる。
そんな想いを抱いたまま、続けてもう一人の女の子への感謝を。
「それで藤森さんにも、ありがとうございましたって伝えてもらえたらなぁって」
『まあ!』
「喧嘩しているんだって勘違いしちゃってた時は不安しか感じていなかったから、正直通信して話を聞くことは怖かったんですけど……藤森さんと話していたらすぐにそんな気持ちが無くなったんです」
雰囲気も穏やかそうで、とても話しやすかった。声も可愛らしくて親しみも感じやすい。
それに同じ、勇者の巫女。ひなたちゃんに美佳ちゃん、安芸さん、他にも巫女に選ばれた人は知っているけど、藤森さんがいるのはわたし達から一歩先のステージ。今間違いなく、過酷な中でバーテックスと戦っている白鳥さんを隣で手助けしている。
「よかったら今度はゆっくりお話しできたら嬉しいです。そちらは忙しいし大変かもしれないから、わたしのワガママだけど……」
……わたしが今その立場にいたらと想像すると、情けないけど……怖い。だから心から応援したいんだ。
『ふふふっ♪ だって、みーちゃん♪』
「えっ?」
『……えっと、ど、どうも……』
「あっ、藤森さん!」
ちょっとだけびっくりしちゃう。嬉しそうな白鳥さんの声の次に聞こえてきたものは、この前わたしが話した人の声と同じだった。本当はこの通信は若葉ちゃんと白鳥さんの二人でするものであって、たまたまわたしが若葉ちゃんにお願いして一緒にいたのであって。まさかここにもう一人いたなんて考えていなかったから……。
『こ、こんにちは。鹿目さん……その、ありがとうございます……。あんな風に言ってくれて、ちょと恥ずかしかったけど、なんだか嬉しいです』
「あ、はは……聞かれてたんですね。えへへ……」
白鳥さんから伝えてもらえるとばかり思っていたから、直後に本人からこう言われると決して悪い気はしないけど、ちょっと気恥ずかしくてむず痒いかも……。
「件の諏訪の巫女か? もしかすると白鳥さんも彼女を紹介するつもりだったのか?」
『そうではなくて……喋ったりは無いんですけど、今までも通信の時には何度か一緒にいた事もあったんです』
『その……お二人の通信の邪魔になるといけないと思って……』
藤森さん、前からいたんだ。まあ一応これって勇者同士で行われる通信だから、巫女だったら普通は喋らないって考えるのが自然かも。
「いや、気にする必要はない。藤森さん、だったな。あなたにもこの前の件では迷惑をかけた」
でも若葉ちゃんはあんまり気にしない。白鳥さんだってわたしや藤森さんに話を振ったみたいに、そこまで堅い考えは持って無いんじゃないかな。
『あ、いえ、それはうたのん…歌野がムキになったからで』
『ちょっとちょっとみーちゃん! ムキになったのは乃木さんの方だって!』
「何を言う白鳥さん、どさくさに紛れて事実をねじ曲げようとしないでくれ」
『信州蕎麦の魅力をアピールしたらうどんのほうが良いなんて後から否定してきたのはそっちでしょう!?』
「そこでうどんの素晴らしさを説いた直後に諦め悪く蕎麦について語り出したのはそっちだろう!?」
「…あ…あれ……?」
『話がなんだか……』
一瞬にして話題がおかしな事になってきていない!? さっきまで穏やかそうに佇んでいたはずの若葉ちゃんも、温和そうだった白鳥さんの声もヒートアップしている。前もこんな感じだったの!?
「そちらがあれほど推すから食べ比べてみたが、うどんほどの感動は無かった! 蕎麦にはうどんにあって然るべき物が欠けている!」
『欠けているのはうどんの方です! 蕎麦はルチンやビタミンBミネラルが豊富な健康食でもあるのですよ! うどんは人の体に優しい栄養素を与えはしませんから!』
「いいや、うどんは食した者に惜しみない満足感を与える! あっさりとし過ぎた蕎麦が敵う道理はない!」
『あの喉越しの良さが分からない!? ツルツルッと胃の中に入り込んでくるあの幸福に気付けないなんて人生の8割を損しているわ!』
「では今ここでこの前の決着を付けるとしよう!」
『望むところ!』
「うどんか!」
『蕎麦か!』
「『ストップ! ストーップ!!』」
慌てて若葉ちゃんの口を塞ぐとの同時に、通信機の向こう側でも同じ用な音が聞こえた。間違いなく藤森さんもわたしと同じ事をしているんだろうなって……。
『……うたのんってば……そんなのだからこの前誤解されたんだよ!』
「若葉ちゃん、ひなたちゃんに反省するって言ってたのに、あれは嘘だったの?」
「『うっ…』」
……ひとまずは…なんとか……。ハァっと安心と疲れが混じったようなため息が出る。そっと塞いでいた手を離してみると若葉ちゃんは気を取り直すようにコホンと咳払いをした。
「あー……まぁ、時間は有限だ。白鳥さん、そちらの状況報告を頼む」
『そっ、そうですね……』
やっぱりひなたちゃんが言ってたみたいに、見張りやら監視やらを付けた方がいいのかな……? でもまあ、今までは問題なかったわけだし、話の流れさえおかしくならなければ真面目に通信は行われる様子ではある。
『一昨日ですね。バーテックスの襲撃がありました』
「……っ」
真面目な…話題が……。
「……被害は出たのか?」
『いいえ。全部その場でキレイに返り討ちにしてやりましたよ!』
「そうか。流石は白鳥さんだ」
「………」
あの日以来、わたしは大社が入手した映像や写真でしか、その恐ろしい姿を見ていない。本物じゃなくても気分が最悪になる記憶までも呼び起こす怪物が、つい先日彼女達の近くに現れていた。
『四国の状況はどうですか?』
わたし達が平穏な時を過ごしている間に……。
「変わりない。バーテックスの侵攻もなく今まで通り……」
「………」
「……まどか?」
無事に勝てたんだから今こうして通信できている。笑えている。
神様から力を貰った勇者は強いんだって、ずっと側で見ていたから知っている。だけど、相手が相手なんだよ……? 世界中を地獄に変えた……。
「……怖く…ありませんか……?」
『えっ?』
隠さなきゃって思っていた本音を口にしてしまう。
……情けないと思う。こんな発言を今一番大変な役目を背負っている白鳥さんに聞かせて、無神経だって分かっている。
「……怖いです…わたし……これからみんなが、あんなに恐ろしい化け物と戦うんだって思うと……」
「『『………』』」
「……ご、ごめんなさい……忘れてください……」
戦いもしない人間が何を横から無責任な余計なことを言って……。これじゃあ煽ってるんだって、そう思われても仕方ない……。
「……怖くはない」
「若葉ちゃん……」
「奴らを倒すこと……それが私達の使命なんだ。恐れを抱いていては鈍ってしまう。奴らに付け入る隙を与えてしまうだけだ」
「……そう、だよね……」
忘れてほしいって言ったんだけど……。でも何の迷いも無くはっきり告げられたこの言葉は、普段の彼女が見せる姿と全くブレていない。
「ほむらだってそれは心得ているはずだ。まどか……お前が誰よりも一番近い所であいつの決意を目の当たりにし、そのための努力だって支えているのだろう? なのにお前がこんな所で目を背くわけにはいかんだろう」
「……うん……」
力強く言い切られてしまう。若葉ちゃんの意志はとても固くて、立派。やっぱりわたしのこの心の弱さは誤ったものでしかないんだって、胸が少し苦しくなる。
「やっぱり強いね、若葉ちゃんは……」
『ええ。そんな乃木さんが味方なんだって思うと私も心強いですよ!』
その影響力は大きい。こうしてこれまでにも会話を交わしていた白鳥さんまでもが惹かれるほどに。勿論わたしだって若葉ちゃんのことは……みんなのことは信じている。だからこれは、わたしの心の弱さが問題なんだ。
『それに、私にはみーちゃんがいますから』
『えっ?』
「先程から幾度か聞こえていたが、みーちゃんというのは藤森さんの事で間違いないか?」
『はい。諏訪には直接バーテックスと戦える勇者なんて私しかいないけど、だからって私一人だけでバーテックスと戦っているんじゃないんです』
「……藤森さんも戦っているってこと?」
白鳥さんのその言葉は、なんとなく予想していた。諏訪には白鳥さんの他に勇者はいないのに過酷な現実を前に挫けずに戦えているって事は、勇者を支えている巫女が余程ちゃんとしているんだろうから。
『正直に言うと、私一人だけだったら無理です。バーテックスとは戦えません……怖いから』
「こ、怖い……? 白鳥さんもそう思ってしまうのか?」
『当たり前ですよ! 相手は世界を滅茶苦茶にした化け物なんですから! 逆に乃木さんが怖くなくて当然みたいに言うからこっちはビックリですよ!』
「えっ…あ……それは、その……」
『もし私がやられちゃったら、諏訪のみんなの命も積み上げてきた何もかも、全部無くなるんだって思うと……プレッシャーはとても重いんです……』
「………す、すまない。どうやら無神経な発言をしてしまっていたようだ……。私達は白鳥さんとは違って、戦線に立ってすらいないのに……」
一方的に自分の価値観を押し付けていたんだって、ショックを受けた様子で俯く若葉ちゃん。若葉ちゃんの覚悟は強いけど、視野が狭い。
『……乃木さん、鹿目さんも、これだけは覚えていてください……。戦いの現実というものは、想像よりも遥かに重いんです』
「「……」」
周りも必ずしもそうじゃないってはっきりさせられた解答を白鳥さんは告げた。まさしく、今の残酷な現実を物語るかのように。
『……でも、私は一人じゃないんです』
その次に発せられた言葉は、そんな重々しさを吹き飛ばすかのように溌剌としていて……。
『私だけじゃない……みーちゃんも諏訪のみんなの心を支えて、壊れないよう優しく包み込んでくれている。みーちゃんの頑張りが、みんなにも希望を伝染させてくれる』
正しい巫女の姿を存分に語る。わたしには無くて、藤森さんにはある勇者を正しく支えられているのであろうその強さ。
『みーちゃんの応援が、私に無限大のパワーを与えてくれるの!』
わたしが向き合わなくちゃいけない大きな姿。
『だから戦いは怖くても、それでも前を向いていられる……希望に向かって生きていられる。例え絶望的な戦いの中だとしても、みーちゃんがいてくれるから希望を失う理由なんて無いんです!』
とても誇らしげな白鳥さんの声に、罪悪感と無力感がにじみ出ていた顔が自然と綻んだ。
(……すごい人だなぁ。白鳥さん、藤森さんも)
絆の深さに感動すると同時に、わたしは自分が恥ずかしくなった。勇者という存在が背負うものは重くて大切なもの。そしてそれを支える人達の想いも、彼女達が前を向いていけるようにするためにも同じように大きくて大切なものだ。
わたしのこの弱さは無くさなきゃいけないんだ。若葉ちゃんはああ言ってたけど、若葉ちゃんにだってはたして本当に恐怖という物が付きまとわないとは限らない。現に白鳥さんだって抱えているんだって言ってるんだから……そしてそれは若葉ちゃんだけじゃない、ほむらちゃん、他のみんなにだって言える事。
「ふふっ。では、そちらの巫女も随分と頼りに…」
あの怖さを克服するのは心の持ちようだけじゃ難しいだろうけど、わたしも藤森さんみたいにみんなを助けるために……戦うんだって受け入れて乗り越えるためには……そう臆病な考えを改めないとって、考えさせられた時だった。
『……何それ。そんなわけないじゃん……』
『ワ、ワッツ…?』
「……え?」
「藤森さん……?」
……それは、今までのどんな声よりも冷めていた。溢れ出していた白鳥さんの嬉しそうな声とはまるで正反対。わたしも若葉ちゃんも、白鳥さんまでもが戸惑いの声を漏らしていた。
『そんな風に言われても困るよ……。うたのんってばいっつもそう。私の事を過大評価しすぎなんだよ……』
『な、なに言ってるの……そんな訳ないでしょー? みーちゃんがいっつも頑張っている所、私はちゃんと見てるんだから!』
藤森さんの言ったことに理解が出来ていない様子の白鳥さん。だけど、藤森さんの言葉は止まらない。
『……でもそれって、何の役にも立ってないよね』
『は、はぁ!? 訳が分からないって!』
『だってそうでしょ? バーテックスからみんなを守ってるのも、畑を耕そうってみんなに希望を取り戻したのも……今みんなが笑えているのって全部うたのん一人のおかげだもん』
白鳥さんは完全に困惑している様子だったし、わたしも若葉ちゃんも同じだった。
『巫女だから。うたのんのパートナーだからって理由だけで側にいるだけなんだよ、私は……。うたのんのすごい所をただ見てるだけで、何も……何もできない役立たずなんだよ……』
『何言ってるのよ……誰もそんな事思ってないわよ…? 長野にいる人は誰だってみーちゃんの事が好きだし、すごいって思ってるって!』
ただ、白鳥さんはずっと側にいた藤森さんが抱えていた悩みが全く理解できず、わたし達は突然の藤森さんの否定の言葉に戸惑う形で。
『だから言ってるでしょ!? それは過大評価なんだって! たまたま巫女に選ばれただけの私なんかが居ても居なくても、うたのんは元気に前向きにやっていける! 変わらないって事だよ!!』
自分の事を全く分かってくれない……そんな白鳥さんに苛立ちが募ったのか、藤森さんが今まで溜め込んでいた感情を言葉に乗せた。
『……結局うたのんだけで諏訪のみんなを引っ張ってるんだよ……』
泣きそうな声で、震えたような声でそう告げた。
(……この感じ……)
胸騒ぎがした。通信機越しに聞こえたその本音は、チクリとわたしの心を刺すような痛みが走った。
似ていると思った。わたしが抱いていた気持ちに。一人じゃ何もできない、自分自身の弱さに対するコンプレックスに。
「お、おい…二人とも落ち着…」
「待って!」
若葉ちゃんの声を遮って咄嗟に声が出た。
わたしには何となく……判るから。
『鹿目さん……?』
「藤森さん……わたしね、自分の事で人に胸を張って言える事なんてないんだ」
『……え?』
藤森さんは今、自分の心に負けそうになってきている。白鳥さんの凄さと比較して、自分の凄さが大したものじゃないって思い込んでいる。
『テストの点数だってあまり良くないし、運動も得意じゃないし、
『………』
「……みんながいないと何もできない、いつも人に迷惑ばかりかける、わたしはそんな情けない人間なの」
……とてもよく判る。わたしだって、若葉ちゃんやほむらちゃんやひなたちゃん、みんなと比べたら全然凄くないって、今でも考えちゃうもん……。
「まどか!? お前まで何を言うんだ!」
「うぇひひ……もしかして怒ってる…?」
「当たり前だ! 誰がいつ、お前の事を迷惑だなんて言った!!」
「……うん、ありがと若葉ちゃん」
「……えっ?」
わたしの言ったお礼の言葉に、意味が飲み込めずにきょとんとする若葉ちゃん。わたしが自分を貶めたかと思いきや、そんな様子を感じさせない笑顔を浮かべたから……。
……だって、嬉しかったから。わたしが自分に自信を持てないのは本当の事。劣等感を抱いているのも、本当の事。
……でも、それを間違いだって怒って、否定してくれる人がいる。
「わたしは弱いし、ダメな子だけど……それでも、自分じゃ気付けない良い所をみんなが見つけてくれる」
───まどかはこういう奴なんだ。初めて出会った頃から人一倍澄んだ優しい心を持っていて、いつだって私達の事を想って考え、動いてくれる。
───自慢の友だよ
それはとっても嬉しいなって思うんだ。
「藤森さんだって、きっと同じだよ。自分じゃ分からないかもしれないけど、白鳥さんは藤森さんの凄い所をいっぱい見つけている。だから……」
『……でも、私は……ずっと見てるだけで……』
『それが私に無限大のパワーをくれるのよ』
白鳥さんは優しくて強い声色でそう言い切った。
『いつだって一生懸命で、誰よりも私の事を信じてくれて……私のために戦ってくれているのがあなたでしょ?』
『う、うたのん……』
『あなたのおかげで今の私が居る。それだけで充分過ぎるくらいに……みーちゃんに救われてるんだから!』
『………うたのん』
『みーちゃん……』
『……鹿目さん……乃木さん……』
そしてわたし達の名前を呟いて、藤森さんはやっと気が付いてくれた。
『……ごめんなさい……それから…ありがとうございます……』
通信機越しでも藤森さんの声が、涙混じりながらも明るくなったのが分かった。わたしも若葉ちゃんも、顔を見合わせて安心して笑っていた。
「……よかったね」
「ああ、そうだな………しかしだ」
「?」
軽く目を瞑って、神妙な面立ちで黙る若葉ちゃんに首を傾げる。次の瞬間……
「……お前ぇ……何が自分は弱いだ! ダメな子だ!!」
「え……ええっ!?」
いきなりわたしの両肩を掴んで、怒りながら詰め寄ってきた!
「お前は本当に自己評価が低い! こちらはお前に助けられているんだぞ! 少しは自分の価値を認めろ!」
「そ、そんな事言われてもぉ……!? 若葉ちゃんだって知ってるでしょ…!? いつも失敗ばかりでひなたちゃんに迷惑かけてばかりって……」
「確かにお前は時にドジをする。だがそれの欠点を覆すほど、誰よりも強く私達の事を想って動いていると言ったばかりじゃないか!」
「あぅ……」
「それにお前の優しさは、人の心の痛みを理解して寄り添う事ができる。今の話だって、お前が解決に導いたのではないか」
文句の中で逆に褒められた事に思わず言葉が詰まってしまう。そんなわたしを見て若葉ちゃんは呆れたようにため息を吐いた。
「……白鳥さん、気弱な巫女に自信を付けさせるにはどうしたらいいのだろうな……」
『ア、アハハ……』
『ご、ごめんなさい…本当に……』
身に覚えのある話を振られて苦笑いする白鳥さんに、その言葉と該当する藤森さんも申し訳なさそうに謝った。
「全く……もう少し自分の事を誇れ。そうすればもっと自信を持てるはずだ」
「そ…そうかもしれないけど、いきなりそんな……」
「いきなりだとかそういう話ではないだろう」
うぅっ…! こ、これもわたしの自信の無さがゆえ……なのかな…。
『……ということは……何かきっかけがあれば自信が持てるとか』
「きっかけか……」
『…あ、あの…!』
わたしがしょんぼりうなだれて、若葉ちゃんがうんうん唸る中、何かを思い付いたように藤森さんが声を上げる。
『えっと……さっき鹿目さん言ってましたよね。祝詞の暗記がどうのこうのって……その祝詞って、鹿目さんが巫女だからやってること……ですよね?』
「えっ…あ、はい。巫女の訓練の一つでやってるんですけど」
『それはどういった目的でやっているものなんですか?』
「えっとね……」
大社から教えられる祝詞と作法。これらで神樹様からの神託の精度を上げられたり、こちらからの信仰で神樹様に力を与えたりと、巫女達にとってとても重要なお役目でもある。
それを藤森さんが聞いてきたのはどうしてだろう? というか藤森さんは今までその存在すら知らないようで……
「という感じなんですけど……」
『………』
『へぇ……やっぱり大社ってすごいですね。神事のレクチャーだなんて、勇者だけじゃなくて巫女のバックアップも完璧なんですね』
「あ…」
……そっか。諏訪には大社みたいな勇者を後方支援する組織なんてものは無い。だから藤森さんは本当に、巫女一人の力だけで白鳥さんを支えている。
神託は受け取れても、その能力をより高める事は事実上不可能……
「『あの!』」
一つの考えが浮かんで、わたしと藤森さんの声が重なった。
『……鹿目さん、私に大社の神事を教えてくれませんか!?』
「っ! わたしも今そう言おうと思ってました!」
これはいい機会だと思った。神事に触れることができない藤森さんに、今現在バーテックスと戦う白鳥さんをサポートする藤森さんに。彼女の能力の高め、二人の手助けができる唯一の機会だって。
「暗記があんまりって言っちゃったばかりですけど、頑張ります! 若葉ちゃん達だけじゃなくて、白鳥さんや藤森さんのためにも!」
『鹿目さん……ありがとうございます!』
二人が命懸けで戦っているのに何もできなかった自分にもどかしさを感じていたから、こうすればわたしでも力になれる。そう思うと嬉しくなって、いっぱいいっぱい頑張らなきゃって意欲が強くなる。
それ以上に、これは藤森さんの方が心の底から望んでいたものに違いない。白鳥さんの事を誰よりも近くで見ている彼女なら、彼女が無事でいられる可能性を高める方法があるのなら、手を伸ばさない訳にはいかない。
「なるほど……私も賛成だ!」
「若葉ちゃん!」
「任せたぞ、まどか!」
若葉ちゃんも笑顔でそう言った。藤森さんの能力を高めるのには、同時に彼女により強い実感を与えるのに繋がるはずだから。自信の無い藤森さんに、白鳥さんと一緒にバーテックスと戦っている、白鳥さんを支えられているっていう実感を。
わたしにも、さっき言われていた自信というものを育んでいくためにも。
『うふふ、そういえばさっき鹿目さんが言ってましたね。みーちゃんとゆっくり話したいって。だったらその時間を作るべきですね!』
「私と白鳥さんの勇者通信と同じ様に、まどかと藤森さんも神事の指導を主にした巫女通信の始まりか」
巫女通信……これを期に、わたし達四人は顔も知らない友達と交流を深めていく……。
その結末は、全ての始まりへと繋がっていく。
───歌野ちゃんと水都ちゃんを助けて!! 死なせないでよぉ!!!