ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
樹海と化していた世界は元の姿に。殺戮者は一匹残らず勇者達に殲滅され、人々に安寧の時が訪れる。
「ほむらちゃん! みんな!」
「まどか!」
「……良かった……ちゃんとみんないる……!」
そして彼女達もまた、勝利を祈り待ち望む者達の元へ帰還する。その姿を見た途端、生きて戻ってきた事実に感極まり駆け寄る少女達。
「うたのん!」
「みーちゃんただいま! 大丈夫? 怪我はない?」
「それはこっちのセリフだよ……」
「ノープロブレムよ……ねぇ、みーちゃん」
命を懸けた戦いを恐れぬ者など有りはしない。しかし勇者達にはその恐怖を上から塗り潰してくれるような存在が……互いが互いを支え合い、共に大きな壁を乗り越える。
「ここには、仲間がいるわ」
「……うん!」
仲間がいる。敵には手に入れようも無い、決して断ち切れない絆を武器に彼女達は強者を打ち倒した。
「お帰りなさい、若葉ちゃん」
「ひなた」
「最初から解っていました。皆さんなら必ず成し遂げられると」
これが彼女達勇者の第一歩。かつての屈辱、怒り、犠牲になってしまった人々の無念を晴らす反撃の幕開けだ。拳を握り締め、天に向けて突き上げる。鬨の声と共に……。
「我々の勝利だ!」
「「「「「「「「おおーーーー!!!!」」」」」」」」
そんな勝利に一丸となって喜ぶ彼女達。
しかし、二人の勇者だけはそのような気分にならなかった。
「…………なんなのよ、一体……」
一人は別の二人の勇者を見ていた。目覚ましい獅子奮迅の活躍をした彼女達のリーダーと、たった一瞬の内に圧倒的かつ異質な力を解き放った謎の勇者の背中を。それらを見る目はこの場の空気にそぐわない感情を秘めていた。
「……………」
もう一人は虚空だけを眺めていた。周囲の歓喜の声を聞いてもいなかった。決して他の勇者達には解らない、ただ一人だけ、希望を断ち切られた勇者の姿がそこにはあった。
◇◇◇◇◇
我々の初戦は華々しい結果に終わった。始まる前は伊予島が変身できず、暁美さんも一人どこかへ行ってしまうなどといった懸念もあった。だがいざ蓋を開けてみれば伊予島は戦闘の恐怖を乗り越え土居とほむらの窮地を救い、暁美さんは別格の存在である進化体バーテックスを一瞬で葬った。
勿論他のみんなの活躍も素晴らしかった。三年前は撤退しか術はなかったというのに、我々は遂に奴らに反旗を翻したのだ。今までの歌野達の戦いもこうして明白な実を結び、私達の気分は最高潮に……なるはずだった。
「若葉ちゃん! バーテックスを食べたら駄目でしょう!」
「し、しかし……」
「しかしじゃないよ! どうして食べようと思ったの! お腹を壊しちゃったらどうするの!?」
「む、昔友達を食った奴らに同等の報いを……」
「だからって本当に食べていい理由にはなりません! も~! 通信の時から薄々感じてはいましたけど、乃木さんってどこかおかしいです!」
私に待ち受けていたのはひなた、まどか、藤森さんの巫女三人による説教だった。正座を強制させられ、三人の息の合った正論の刃が私をめった刺しにする。
というか何故樹海にいなかった彼女達がそれを知ってているんだ!? それに他のみんなも気の毒そうに私を見てはすぐに目を背けるのはどうしてなんだ!? 誰か一人くらいフォローをしてくれても良いではないか!
「あんなに強かった若葉さんがたじたじに……」
「本当に怒らせちゃマズいのは巫女達の方だったか……」
「みーちゃんに若葉のイーティングの事言ったの、アウトだったかしら?」
「……私も、まどかに教えちゃいました……」
「私はヒナちゃんに……」
「歌野ほむら友奈!! お前達の仕業か!?」
「「「若葉ちゃん(乃木さん)!! 聞いてる(ます)!?」」」
「か、勘弁してくれぇ……」
「……自業自得じゃない……」
くぅ…! おかしいじゃないか…! 我々は勝利したのに素直に喜ぶことができないなど!
しかし、巫女達が大袈裟に心配してしまうのは仕方がないと言えよう。私達が樹海にてバーテックスと戦っている間、彼女達の時間は止まっていた。この三人の目線ではバーテックス襲来を告げる警報が鳴り響いたかと思いきや目の前にいた私達の姿が消え、その時には戦闘が既に終わっている。
戦局を全く把握しきれないのだ。相手は人類を滅亡寸前にまで追い込んだ化け物……無事でいられる保証など知れたものではない。勝利を信じていたと彼女達は言ってはいたが、不安が無い訳ではないのだ。怪しいと思ってしまった事に過敏になるのは当然の結果だった。
だが解せぬ……ひなたもまどかも藤森さんも、私の燃え滾るバーテックスへの怒りは熟知しているのではないのか……。何故私だけがこんな目に……ゆったりとくつろいでいるあいつらが羨ましい……。
私がひなた達に説教されている……それ以外にも喜べない事が二つもある。一つは暁美さん……彼女は今私達と共に教室にいるのではなく、保健室にいる。一人にしてほしい、疲れたから休むと言っていたが、これはきっと本当の事だろう。
『……暁美さん、また無理していたのね』
『また? 諏訪でもそうだったのか?』
『ええ。膝を付いて息を切らせながら戦って、フィニッシュした後もその場でダウンしてたわ……』
歌野からの報告がある。以前にも同じ様な出来事があり疲労困憊に陥ったのだと。比類無き力を見せはしたが、その分体力の限界を越えてしまうのだろうか? 何にせよ、今は彼女の回復を待つことにしよう。
そしてもう一つ……これは不可解だ。何度目か解らないが心の中で溜め息を吐き、その時窓の外が一瞬眩く光る。閃光から1秒、2秒……
ドオオォン!!!!
「ひゃぁっ!?」
「うおぉ…! 近いな……!」
「何で急に降り始めたんだろうね? 天気予報じゃ今日一日中晴れだって言ってたのに……」
近年稀に見る大雨……元の世界に戻ってきた私達を待ち受けていたものがコレだ。快晴だったはずの空は瞬く間に灰色に染まり、激しい豪雨と雷が轟く異常気象に。
晴れやかだった私達の心に無粋にも水を差されたのだ。天よ、世界を護るべく戦った私達の一体何が気に食わなかったとでも言うのか。
せっかく完全勝利を収めたというのにどうしてこんなことに……。バーテックスもまずかったし散々だ……。
などと後悔していると、ひなたの刺々しい目線が別の方へと移る。許されたのか? 私もその視線の先に目を向けると………なんだ、あの惨状は……。
「それから球子さん」
「うぉえっ!? ……な……なんだ…?」
「そちら、球子さんの仕業ですよね?」
私の視線の先、急に冷たい笑みと話を振られた土居が錆び付いたロボットのようにぎこちなく向けた視線の先にあるもの、それはここで生活する私達の荷物を仕舞う共有ロッカーだった。だがその周りにはあらゆる物が散らばっており、唯一開きっぱなしだった土居のものの中も、言葉に表すのが嫌になるほど酷い散らかり様だった。犯人は……言わずもがなだろう。
「な、なにあれ!? 体操服とお菓子と教科書がグチャグチャに溢れてこぼれ落ちてる!? タマっち先輩……」
「な……ナンノコトカナー……??? タマ、チンプンカンプンだゾ……?」
「……土居さん、ロッカーの中に神器があるって慌ててましたよね……?」
「早急に綺麗に片してください。いいですね?」
む? 今また雷が落ち
ドガァァアン!!!!
「ハ、ハイィッ!!」
「アメージング! サンダーをも味方にするなんて……!」
「こっこここ、怖かったぁ…!」
……何というか、てんやわんや……本当に日常に戻って来たのだな。つい先程まで命を落としてもおかしくはない戦場に身を置いていたが、誰も欠ける事無く、失う事無く全員がいつものこの場にいる。天気こそ最悪だが、場を包み込む空気はどこか楽しげで穏やかだ……ひなたの笑みがどこか恐ろしくて背筋が冷えるが……。
「あ~、チョコレートか? 箱からこぼれてるのが溶けてるじゃないか」
「えぇ…? 溶けてるって……ロッカーの中身は無事なの?」
「……ん? ……コイツは……うげぇっ!?」
「タマっち先輩? ……ああーーーっ!!? それ、私がほむらさんから借りてタマっち先輩が無くした本!!」
「えっ!? 見つかったの……ちょっと! 表紙が折れ曲がってるしページもチョコまみれじゃないですか! 土~居~さ~ん~!」
「こ、こんな所にあったんだな……! いや~、見つかって良かっ「「良くない!!」」……で、でもほむら、前にもう怒ってないって言「「そういう問題じゃない!!」」ヒエッ…!?」
ほむらと伊予島が土居を連行……そのまま教室の隅で慣れた手付きで土居を教室に吊し上げ……嫌に平和すぎてくだらない光景だな。呆れて物も言えん……。
「あちゃー……まどちゃん、ぐんちゃん、代わりに私達で片付けとこう?」
「そうだね、友奈ちゃん」
「……高嶋さんがそう言うなら……」
「あ、私もヘルプするわ」
「私も手伝います」
……しかしまあ、これで良いのかもしれないな。使命を果たすのは何よりも大事な事だが、私達の個を殺すとなってしまえば無意味かもしれん。それを今回の戦いで改めて気づかされた……仲間達に固い考えを押し付けるのではなく、彼女達の意志を信じ、それに報いるのが私の為すべき事。私も、あいつらも、同じ人間なのだから。
「……あのぅ、すみません……」
「あなたが郡千景さん…ですよね?」
「……なによ今更……」
「あぁうん、自分でも今更って思ってます……。まぁお互い挨拶するタイミングが無かった事ですし、改めてこれからよろしくお願いします!」
「………別に、敬語とか、使わなくて結構よ……」
……同じ人間……なのだが、何故だろう。私が歌野達の様に郡さんに声を掛けたところで、同じ様に相手にされる事はないと思ってしまうのは……。無視されるか舌打ちされる未来しか見えない……。
説教される私、そして仲睦まじく清掃に励む彼女達……届きそうで決して届かないようなこの差は一体何なんだ……。
ちなみに歌野と藤森さんはそれぞれの勇者装束、巫女装束から制服に着替えている。今は私服が手元に無いらしく、丸亀城に予備として置いてあった私達と同じ制服を貸し出したのだ。この件についてはとても良く似合っている上に、二人がこの姿で私達と共にいるのだと思うとまさしく感慨無量だった。
「球子さん、って言ったっけ。彼女、いつも何かやらかしちゃうの?」
「タマちゃん、昨日もヒナちゃんに吊されたんだ」
「二日連続!?」
「そうだったの? 球子ちゃんってば……」
「まどかさんは知らなかったの?」
「……うん、昨日は……」
「………腑抜けている暇なんて、もう無いわよ……」
「千景さん……はい、わかってます」
ロッカー周りを片付ける彼女達の会話は私にも聞こえていた。歌野達の、まだこちらの仲間達について明るくない事。まどかの、塞ぎ込んでしまった間の事。
諏訪の人々の生存脱出に新たな勇者と巫女の仲間……そして遂に四国を襲撃してきたバーテックス。今日一日だけでこれまでの状況は完全に変化してしまった。だが、それは間違いなくプラス側に傾いていた。
「……みんなにいっぱい迷惑をかけちゃって……でももう大丈夫です。歌野ちゃんも水都ちゃんも無事で、ほむらちゃんそっくりの新しい勇者も仲間になってくれて……みんなが頑張って、今日の戦いに勝てたんだもん。だからわたしも頑張らなきゃって……とっても心強くて、もう何も恐くないんです」
「……なら、いいわ」
誰もが窮地も恐怖も乗り越えた。絶望は塗り替えられて、全員が前を向けるようになった。
郡さんも素っ気なく返すが、それを隣で見ていた友奈は嬉しそうに笑みを浮かべている。郡さんにとって何か良い事があったから笑っているのだろうか。実は郡さんもこれまで口に出さなかっただけで、本心では私達と同じ事を案じ、気に掛けていたのかもしれない……彼女達を見ているとそう思えてくるのであった。
「私もそう思います。千景さんは周りを良く見ておられるお方ですから」
「ひなた? 口に出していたか?」
「若葉ちゃんの考える事くらいお見通しです。お説教の最中に向こうに気が逸れておりましたから」
「…………まだ続くのか……?」
温かさの中に極寒の冷気のような気配……。恐る恐るひなたの表情を窺い……満面の笑みでこちらから目を離していなかった。
「まどかさんと水都さんの分も含めて、じっくりと♡」
バーテックスは二度と食べない。この日そう固く誓うのであった。
◇◇◇◇◇
時計の針が夕方の6時を示す。一向に収まる兆しのない豪雨に足留めされ、寄宿舎に帰ることも躊躇われる。特にまどかとほむら、二人は寄宿舎ではなく市内の実家にて暮らしている。距離自体そこまで離れている訳ではないが、傘があったとしても帰らせるのは酷であろう。
どうしたものやらと悩む二人。それを見かねたひなたが私達全員に提案した。
「それでしたら、今日は皆さん全員丸亀城でお泊まり会というのはどうでしょう?」
「お泊まり会?」
「はい。歌野さん、水都さん、暁美さんの歓迎会と祝勝会を兼ねて」
なるほど……それは良いアイデアだ。教室内の机や椅子を退かして布団を敷けば寝泊まりできる。それに彼女達とより親睦を深められるというのであれば尚更だ。
「私は賛成だ。皆はどうだろうか」
「いいじゃないか! 大人数で一緒に寝泊まりってのも乙なものだぞ!」
「なんだかとても素敵かも」
「わたし達も楽しみになってきちゃった。ほむらちゃん、パパ達に連絡しておこう」
「うん、そうだね」
「さんせー! ぐんちゃん一緒に寝よっ♪」
「グボハァッ!!!!? たったたかたかたかしまさんとぃぃぃいっしょイッショ一緒にぃぃ寝ぇ!!!! よよっよよょよよっよよよ喜んで!!! 不束者ですが!!!」
おおっ! 郡さんもお泊まり会に乗り気とは!
日頃の雰囲気であまり良く思われていないのは分かってはいたが、だからといって決して私達を邪険に扱ってはいないのだ。きっと郡さんも本当は私達に寄り添おうと思ってくれていたに違いない!
「私、ほむらちゃんにも伝えてくるね!」
「………ええ」
………友奈の口から暁美さんの名前が出て教室から出て行った途端、郡さんの目が一瞬で冷めきってしまった……。まだ彼女を警戒しているのか………ハァ…。
「うふふ♪ 四国でのファーストデイの夜が新しい仲間とのお泊まり会だなんて……生きてるって、こんなにもハッピーばっかりだったのね」
「うたのん……」
「積もる話は山ほどある。歌野、今夜は思う存分語り明かそう!」
「ええ! 若葉!」
歌野も喜びを隠さず、藤森さんもそんな歌野の姿に安心しきっていた。私も遂に出会えた友人達の姿がひたすらに嬉しく、かつての通信の時とは違う、互いに顔を見て語り合えるようになったのだと思うと待ち遠しくて仕方がない。歌野に声を掛け、向こうも同じ想いであるかのように満面の笑みを見せた。
「………あれ? そう言えば……」
「巫女は巫女で、まどかさんと三人でじっくり話し合いましょう水都さん♪」
「あ、ありがとうございます……って、ねえうたのん?」
ふと藤森さんが何か気掛かりなことがあったのか、歌野に声を掛ける。ただし彼女の視線は歌野だけではなく、私にも向けられれていた。
「みーちゃん? どうかした?」
「えっと……いつの間にか二人とも名前で呼び合ってない? うたのんと乃木さん……」
む? 名前呼びだと……ああ、そういうことか。藤森さんも歌野と同様、私とまどかの四人で通信していた仲だ。通信では常に白鳥さんと呼んでいたし、今日会ってからもそれだった。歌野と初めて呼んだのも、彼女に若葉と呼ばれたのも樹海で……その時の事を他のみんなは知らないままだった。
歌野もクスクスと笑い、あの時の思いを馳せているのだろう。漸く出会えた友の存在は尊かった。名前を呼んで、呼ばれて、互いに無限大の力を与えてくれたのだ。
「大切なフレンドの名前を呼ばない理由なんて無いわ。そうでしょう、若葉?」
「まったくだ。寧ろまどかのように最初から名前で呼んでいればよかったな」
通信の時、あれは勇者の代表としての仕事だった。故に相応の姿勢を示さなければと、世界と人々を救う勇者のリーダーとして己を律していたのだが、今思えばただの考え過ぎだ。友達と話すのに堅苦しさなど必要ない。
「そういうわけだ……水都」
「えっ?」
「お前も歌野と同じだ。私の大切な友であり、居なくてはならない仲間なんだ。だから、これからは水都と呼ばせてくれないか」
「……はいっ! 若葉さん!」
……ふふっ。漸く水都の名前も呼べた。やはり気分がいい……昨日まで生きている事が絶望的と思われていた彼女達と今まで以上の絆を育めるとはな。
「ぬぅぅうううう!!」
だがここでどこからか唸り声と共に猛烈な視線を感じる。ただならぬ気配に戸惑いつつも、私達はその声の主の方を見た。
「……な、なんだどうしたんだ……?」
「名前呼びだとぉ!? くぉぁぁあああ!! タマ達を差し置いてェ……ずるいずるいぃ!!」
………ええぇ……?
「ずっと一緒に過ごしてきたのにどーしてタマ達は名字のままなんだ!! ひなただけならまだしも、友奈もまどかもほむらも名前呼びなのに!! 今日来たばかりの歌野と水都を名前で呼ぶならタマも名前で呼べーーーっ!!!」
「た…球子ちゃん…? いきなりどうしたの……?」
「あー……実はタマっち先輩、若葉さんに名前で呼ばれないこと、結構気にしてたんです……」
「まあ! そうだったのですか」
「そそそんな訳ないだろ!!? 気にしてなんかないからな!!?」
「……どっちよ……」
「あと、私も名前で呼んでほしいです」
「あんず! お前タマの言葉に乗っかかりやがったな!?」
「いいでしょ! 私だって気にしてたんだもん!」
「ま、まあまあお二人とも……」
「ほむらさんだって言えてますからね!?」
「そーだそーだ! お前はまどか以外全員名字呼びじゃないか!!」
「うぅ…!? す、スミマセン……」
……まぁ、言われなくてもそのつもりだったのだが。ただ今まで本人に確認しなかったことは私の落ち度だ。友奈は最初に会った時に本人の希望で名前呼びが良いと。まどかとほむらは姉妹で同じ名字故に。彼女達に名前呼びの切っ掛けが無かったものの、友で仲間なのだから切っ掛けなんてものは関係無かったのだ。
「…………私も……名前で呼んでいいわ……」
「「「「!?」」」」
「千景さん……」
「………何よ、その反応……」
「……いや、まさかあなたもそう言うとは……意外と言うか……」
……寧ろ彼女の名前も呼ぼうと考えていた。そして逆に名前で呼ぶなと冷め切った目で睨まれ拒絶されるかもしれない……そう思っていたぐらいだ。
彼女自身私達の思っていた事を察したのか、私達を恨みがましい目で睨んですぐにそっぽを向く。だがその頬は僅かに紅潮していた。
「………変じゃない。私だけ名字呼びのままは……それに、敬語も不要よ……。あなたの敬語は聞いててむず痒い」
「む、むず痒い……?」
……それは一人だけ敬語で話されるのは嫌だという事だろうか。年長者だからと敬意を表していたつもりであったが、余計な気遣いだったのだろうか……。
「………リーダーが常に下手に出るなんて気持ち悪いのよ」
「気持ち悪い!? ……うん? リーダー?」
「……自分の立場も忘れたの?」
「い、いや……! 私は暫定のであって……」
思いがけない言葉に戸惑ってしまう。私はリーダーとしての素質は足りていないのではと自問自答していたのだ。他ならぬ彼女に指摘されたから……それなのにあたかも私がリーダーであると……。
「その件なんだけど若葉ちゃん、実はみんなで話してたんだ。これまでは大社が決めてたけど、やっぱりリーダーは若葉ちゃんがいいんじゃないかなって」
「え…」
「今日の戦い、若葉が先頭で頑張ってくれてただろ? それも一番槍だ。あれを見たからタマ達は戦うことができたんだ」
「もし乃木さんがいなかったら、私達の内の誰かは大怪我……最悪、死んでいたかもしれません。乃木さんの誇り高い意志が私達を守ってくれた……そう思ったんです」
自信が無かった。今までリーダーとして振る舞おうとした結果、みんなの心配や不安を無視しては失敗ばかりだった。だが彼女達が私を見る目は輝いている。ただひたすらに、私を信じてくれている。
「私も若葉さんがリーダーをやるのがいいと思います!」
「……高嶋さんも賛成していたし、活躍もしていたし……反対はしないわ…」
「……歌野と水都も…なのか?」
「私は最初から若葉がリーダーって思っていたわ。武士っぽくてそんなアンビアンスしてるし」
「若葉さんになら私もうたのんも安心して付いて行けますから」
……ふふっ、みんながこうも私を信頼してくれる。仲間達が私になら任せられると……何事にも報いを、だな。私も仲間達の想いを信じよう。それがリーダーとしての第一歩だ。
「良かったですね、若葉ちゃん」
「ああ………ありがとう、みんな」
心が温かい……。今日は敵を下しただけではなく、仲間との絆が確実に強くなった。
そこに保健室にいる暁美さんを呼びに行った友奈が戻ってきた。一匹の黒猫を抱えて……。
「みんなー! ただいまー!」
「……高嶋さん…?」
「あれ? あの猫……」
声を弾ませ、誰にでも分かるような満開の笑顔。何か良いことでもあったのだろうか? それに友奈が抱えている黒猫、あれはいつの間にか居なくなっていた暁美さんの猫ではなかったか?
「友奈さん、暁美さんは?」
「ええっと、ゴメンね! まだ気分が良くないみたいで、今日は遠慮するって」
「オーノー……あとでお見舞いに行かなきゃ…」
「ああ待って! 今はグッスリ眠ってるから明日にしない?」
と言うことは、暁美さんはお泊まり会に不参加か……。休んでいるのに押し掛けるのは良くない。私も明日様子を見に行くとしよう。今は……
「みんな、良いだろうか?」
私はみんなの想いを受け取った。頼り無い姿も見せたが、それでも私なら…と有り難い言葉と共に私を信じてくれた。
「みんなには感謝してもしきれない。お前達がいたからこそ、今日の初陣を勝ち取る事ができた。リーダーとして、心強い仲間達が私に付いていることを誇りに思う。
友奈。ひなた。まどか。ほむら。千景。球子。杏。歌野。水都。そして、暁美。
みんなありがとう。これからもよろしく頼む」
実に清々しい気分だ。みんなも私と同じ様に笑っていて、そう思っているに違いない。
かつて全てを奪われた世界だが希望は無くなってなどいない。頼れる仲間達を見ていると不思議でも何でもなく、そう思えて仕方がなかった。
「……ところで友奈さん」
「な、何かなアンちゃんっ…?」
「その猫ちゃんはどうしたんですか?」
『~♪』
「ああこの子! ほむらちゃんの飼い猫だって! スゴいよ~! なんと空を飛べちゃうんだよ~!」
「「「………は?」」」
……やはり暁美の黒猫であったか。そして猫の存在を知らなかった千景と球子と杏の三人が同時に言葉を失った。というかやはり空を飛ぶのだな? あの時の私達の見間違いなどではなく。
「ええっと、正しくは本物の猫じゃなくて、精霊って呼ばれる存在らしいです」
「「「「「「「「精霊?」」」」」」」」
水都がとある単語を口にする。だがそれは私達の知っているものでありながらも、こうして直接目にするのは初めてだった。
精霊と言えば、それは私達勇者の切り札……この身に宿し、強大な力を発揮する奥の手のはずだ。だが目の前の黒猫は果たしてそのような存在なのか……わからん。だがどう見てもこの猫は普通ではない。北海道の精霊はこのような形で勇者に恩恵を与えるのだろうか……。
「空を飛ぶし、テールも二本あるし、ドロンしちゃうし、ビックリすることいっぱいあるのよ、エイミーちゃんって。アハハ」
「「……エイミー…?」」
「ええ。この子のネーム、エイミーちゃんって言うのよ」
歌野の水都は共に四国に来たからか、暁美に関わる事はそれなりに知っているのだな。
「……ねえ、ほむらちゃん……」
「……うん……偶然……なのかな…?」
◇◇◇◇◇
数分前
「………ねえ、ほむらちゃん!」
「…………」
「その……大丈夫…? 顔色良くないし、さっきもあんなに苦しそうにしてたし……」
あの姿に気づいて違和感を抱いていたのは、たぶん私一人だけだった。他のみんなが安堵や達成感に浸る中、自分で言うのも何だけど、私は気を配り続けていたから彼女のただならない様子に感づいた。
「…………ちがう……」
「えっ……?」
心配に思って彼女の顔色を窺った。でも彼女は否定の言葉と共に顔を背ける。その時垣間見えた表情は苦虫を噛み潰したようで、ますます焦る想いが加速した。
「ま、待ってよほむらちゃん…! ほむらちゃん、戦いが終わってからずっと苦しそうに見えるの……!」
「…………っ」
「バーテックスもみんなで倒して、戦いも終わったんだよ。世界も守れてみんなが無事なのに……ほむらちゃんだけが笑ってないんだよ?」
「…………れ」
「何かあったんじゃないの…? 私、ほむらちゃんのこと…まだ知らないことばかりだけど……でも嫌なんだよ、友達が悲しんでるなんて…」
「黙れ!!!!」
「あっ!?」
突然ドンって突き飛ばされた。後ろに倒れ込んでお尻を打ってしまう。でもそんな痛みなんて少しも気にならなかった。
ほむらちゃんがボロボロと涙をこぼしながら……今にも人を
「友達!? あなたが!? 違う違う違う違う!!!! 一緒にするんじゃないわよ!!!!」
「ほむら……ちゃん……!?」
「知ったような口を……馴れ馴れしい、不愉快極まりないのよ!!」
そこから浴びせられる罵詈雑言……一言一言に今までに味わったことの無いような、酷く苦しい想いが私の心を直接殴りつけるみたいだった。
「わ、私……そんなつもり…なくて……心配なだけで……!」
「お呼びじゃないのよ!!!! その顔を見せないで!! その声を聞かせないで!! 私に近付かないで!!!!」
……その後のことは、あんまり覚えていない。ただあの場所にいても、私には何もできそうになかった。ゴメンって一言呟いて、急いで出て行ったような気がする……。
「……ごめん……ごめんね……!」
何より、悔しくて仕方がなかった。私はほむらちゃんの心の中に土足で踏み込もうとしていたのか、ほむらちゃんが何に苦しんでいるのか気づけなかったとか、何もできずに出て行ったこととか……。
『………』
「すん………えっ…?」
気がつくと、私の側には可愛らしい一匹の猫ちゃんが擦り寄っていた。保健室でも見た、ほむらちゃんの側で見守るように見つめていた猫ちゃんだった。もしかして私を追いかけてきたのかな……?
「……ほむらちゃんの……ペット? ……えっ? ええっ!?」
猫ちゃんはその場でふわりと浮かんだ。驚き固まる私の顔の真ん前まで浮かぶと、猫ちゃんは頭をコツンと私のおでこに当ててきた。
「……ひょっとして、慰めてくれるの…?」
『……♪』
「……うん……ありがとう猫ちゃん」
涙を拭っていつものように笑顔を作る。このまま教室に帰ったらみんなに心配させちゃうもんね。それで何かあったのか聞かれて、さっきの事を知られたらほむらちゃんが悪く言われちゃう……。ぐんちゃんと喧嘩しちゃう事にもなりかねない……。
「……私が……黙っていればいいんだ」
『………』
「猫ちゃん猫ちゃん! 一緒にみんなのところに行こっ? みんなとっても優しい人ばっかなんだ~!」
……ごめんね、ほむらちゃん。私には何にもできなくて……。
せめて迷惑は掛けないようにするから……ね。
次回は第五十五話ではなく、予てより予定していた外伝、『焔環の章』第一話「夢の中で助けられた、ような…」を投稿します。
本編第一話の前に外伝パートを載せていく予定ですので、目次の最初の方に追加します。