ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
「「「せーのっ!」」」
私達が探していたタマっち先輩は丸亀市の隣町、善通寺市にあるマンションの屋上でゴミの山に埋もれている所で見つかった。運良くゴミ袋の隙間から手と顔が出ていたから窒息の危険性は無かったけど、身体の方はものすごい量のゴミ袋で挟まれて身動きが取れず、自力での脱出は出来ずにいたみたい。
既にまどかさんと一緒に帰宅中だったほむらさんも含め、ショックで落ち込んでいるであろう歌野さんと、歌野さんと水都さんのお二人を気遣いに行った友奈さん以外の勇者四人で探し回る緊急事態。
タマっち先輩を発見した私は急いで別の所を探し回っていたほむらさんと若葉さん、千景さんに連絡して集まってもらい、目の前の積もったゴミ袋の山をどかして崩し、四人でタマっち先輩の手を掴んで引っ張り出した。
「で…出られた……ぢぐじょぉぉ…! タマをゴミなんかで生き埋めにじやがっでぇぇ…!!」
「良かった……もうタマっち先輩…! ものすごく心配してたんだからね私……ぐすっ…!」
見つけた時からずっと泣きべそをかいているタマっち先輩だけど、怪我は無いみたいで安心した。自室に荷物を置きに行ったタマっち先輩が夜ご飯の時間をとっくに過ぎているのに食堂に来なくて、電話を掛けてもそれも全然繋がらなくて……。様子を見に行った私があの荒らされた部屋を見て、どんなに恐ろしくて怖い想像をしたことか……。
「……それにしても、どうしてこんな所にゴミが積もって……いえ、誰がこんなことを……」
「おい球子。お前の荒らされた部屋といい、一体何があったんだ?」
「聞いてくれよ!! これには聞くも涙語るも涙のタマの不遇物語がぁ……!」
「……ちょっと、臭いが移る……近寄らないでちょうだい」
「うわぁあん!! 千景が冷たぁあーーい!!!」
ゴミに埋もれて自分一人じゃ助からない状態に陥ってよほど心細い思いをしたのか、いつもより情緒不安定な様子のタマっち先輩……。身体に怪我は無くても、あのタマっち先輩が悔しがってこんな風になっちゃうなんて相当な事だ……。
「こ、郡さん、それはあんまりです…! 臭いなんて気になりませんよ、土居さん。落ち着いて、ゆっくりでいいですから話してもらえますか?」
「ほむらぁ! やっぱりお前良いヤツだなぁ! そっくりなのに中身は暁美とは大違いだ」
「暁美だと!?」
その名前を聞いて、私達全員の顔色が変わったのが自分でも分かった。勇者なのに人の命を何とも思っていない冷酷な思考を露わにし、友人であろうと平気で傷つけたあの人が、今度はタマっち先輩を……!?
「ううっ……そうなんだよ! タマはあいつにやられちまったんだよー!!」
「くっ……またしてもあいつが絡んでいたか……!」
そして地団駄を踏みながら、タマっち先輩は部屋とここで何があったのかを話し始める。ひなたさんとまどかさんの話に出てからずっと気になっていた、人ならざる何か……それがタマっち先輩の部屋の中を物色している場面に遭遇してしまい、モバイルバッテリーを盗まれたのだという。それを追いかけるのに夢中になって私達が掛けた電話に出なかった結果、暁美さんと遭遇してしまって………
「そういう時は追いかけないですぐに連絡してよ! 一人で危険な事に首を突っ込んで……もしものことが有ったらどうするつもりだったの!」
「あ、あんず…………ごめん」
「……怖かったんだよ私……! タマっち先輩が急にいなくなって、電話も繋がらなくて……!」
タマっち先輩から全てを教えてもらい、もしもの事態を想像して恐ろしさのあまり目を潤ませながらタマっち先輩に詰め寄った。
あんなに強くて誰よりも頼もしいタマっち先輩が……なんて信じたくはないけど、タマっち先輩を返り討ちにしたその人物があの人ならそうとは言えない。暁美さんの力は私が傷一つ付けられなかった敵を一瞬で倒せるほど群を抜いていて、その力で人の心を傷つけることをも厭わなかった……。
話を聞く前からタマっち先輩はこの場で何者かにやられていたって事だけは、状況を見れば想像するのは難しくなかった……。それでも、タマっち先輩の無鉄砲すぎた今回の出来事は咎めずにはいられない……!
怪我も無く、無事だったから良かったものの、タマっち先輩が最悪あのバーテックスと同じ目に遭っていたかもしれないと思うと……私……っ!
「伊予島さん、気持ちはよく解るけど、そのくらいにしてあげて?」
「ほむらさん……」
「落ち込んでいる人にかける言葉に、責めの言葉は良くないよ」
「………そうですね……。すみませんでした、ほむらさん……タマっち先輩も……」
冷静に制止してくれたほむらさんのおかげで一旦落ち着きを取り戻す。タマっち先輩の事を想えばこその怒りだけど、私の不安ばっかりのこれを、ゴミの山に埋められるなんて人としての尊厳までも傷つけられたタマっち先輩に追い打ちでぶつけるのは間違っている。
「あ、謝らないでくれ……! ……そうだよな。みんなにもいっぱい心配や迷惑をかけてしまったよな……? 本当にごめん!」
「……ううん、私はタマっち先輩が無事だったら、それだけで十分だよ」
タマっち先輩は素直に自分の非を認め、反省している。私も、もうこれ以上言うべきじゃないよね……。
「……それで、結局あの女には逃げられたのね」
「うっ……」
「何やってるのよ……油断していい相手なんかじゃないはずよ」
「おい千景!」
呆れているかのような冷めた口調で言い放った千景さんを、若葉さんが咎めるように呼び止めた。
「暁美を見失うよりも、球子の身が無事であることの方が大切なんだ! 責めるような発言は控えるんだ!」
「……乃木さんだって気に食わないと思っているはずよ。これまでに何人も暁美ほむらに散々虚仮にされたのに、やられっぱなしで姿を消しているのよ」
「ぐっ……!」
図星なのか、口をつぐむしかない様子の若葉さん。暁美さんは昨日の時点で友奈さんを罵倒したらしく、今日になってからは私達の内の出会った人全員の意志を見下し、撥ね除け、裏切った……。
乃木さんはよくご自身の家訓を口にする。何事にも報いを……被害者は全員、私達の仲間なのに、当の暁美さんは報いを受ける前にいなくなっていては、その言葉に相反するから……。
「ち、千景ぇ……ひょっとしてお前もタマのために暁美のヤツに怒ってくれているのか……?」
「………は? 重症ね、土居さん。ゴミの臭いが脳にまで染み込んでしまったのかしら?」
「……………タマ、いい加減もうそろそろ泣き喚いてもいい?」
「「よ、よ~しよしよし……!」」
……今の発言は何気に酷いけど……やっぱり、タマっち先輩もだいぶ精神的に傷ついてる。許せなくて仕方のない相手に挑んで、呆気なく返り討ちに遭って、一人じゃ抜けられないゴミの中に埋められて……。私達がここに助けに来るまでの間心細かっただろうし、何よりも一番、悔しくて悔しくてグチャグチャな気持ちだと思う。
「土居さんなんてどうでもいいのよ! 高嶋さんまでもくだらない嘘で騙して、立派な想いを貶して、あの優しい心を傷つけた……!」
「……っ!」
「このまま野放しにしておくなんて、私は絶対許さない。引きずりだして相応の報いを受けないと気が済まないわ!」
千景さんは苛立ちを隠すことなく言い切った。元々千景さんだけが、出会った時から暁美さんに対して100パーセント明確な警戒心を抱いていた。ある日何の脈絡もなく存在が明らかになっただけでなく、見た目もほむらさんそっくりなあの人をずっと怪しんでいる様子だった。
あくまでも、最初は警戒心……でも今の千景さんの目には憎悪が宿っている……。暁美さんを決して許さない、恐ろしいまでに殺気立った目に私の身体は震えた。
だけど、私の隣に立っているほむらさんは、私とは違う反応を返した。
「…………貶しているのは……」
「?」
「……貶しているのは、あなたも同じではないですか!」
「ほむら……?」
「……なんですって」
普段聞くことはない、怒鳴り声に近い声で叫んだほむらさんは、千景さんの方を睨んだまま、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「土居さんを気遣う素振りを何一つ見せないばかりか、傷ついてる本人の前でどうでもいいだなんて……! 郡さん自身やってる事が暁美さんと大差ありません!」
「なっ…!? あの女と一緒にしないで!!」
「一緒です! 大切な仲間を想う気持ちを蔑ろにしているところとか特に……!」
「このっ……!」
「ひっ…!」
「ち、千景さん……!」
「やめろ千景!」
ほむらさんの言葉を受けて頭に血が上ったらしい千景さんは、ほむらさんの胸倉を掴む勢いで詰め寄っていく。それでもほむらさんは一瞬だけ怯んだけど、すぐに強い眼差しで千景さんを見つめ返していた。
「……高嶋さんがあの人に傷つけられたことが許せない……それはみんな同じなんです、仲間なんですから! なのにどうしてその気持ちを土居さんにも向けてあげないのですか……!」
「関係ないでしょ! 高嶋さんと土居さんは違うのよ!」
「何が違うっていうんですか……! 二人とも、大切でかけがえのない仲間じゃないですか!!」
「……っ…! さっきからうるさいのよ! あの女と同じ顔と声で……!」
「そこまでだ二人とも」
ヒートアップしていく二人の言い争いを止めるように、若葉さんが割って入って千景さんの腕を掴んだ。若葉さんは怒りを露にする千景さんをじっと見据えると、静かに口を開く。
「……言いたい事はほとんど言われてしまったからな、私が言える事は………間違えるんじゃない。こいつは鹿目ほむらであって、暁美ほむらではないんだ。無関係な怒りの矛先を向けるのは筋違いだろう」
「…………」
「千景、お前と友奈の友情の深さは私もよく知っているつもりだ。だからこそ、お前自身がその気持ちを裏切り貶すような真似をするな」
「…………ふん」
若葉さんの言葉で冷静になったのか、掴んでいた手を離した千景さん。緊迫した状態だったけど、さっきまでの千景さんの怒りに満ちた表情は徐々に薄らいで、まだ不満は残っているようには見えるけど、これ以上事を荒立てる気はもう無いみたい……。
「……土居さんも見つかったわけだし、さっさと帰るわよ」
ただ居心地は悪かったのか、そのまま踵を返すと私達を置いて一人で屋上から跳んで行ってしまった。ここにあるゴミの山、まだ回収作業が残ってるんですけど……。
「…………はぁぁ~~~」
「えっ、ちょっ…!」
「ほむらさん!?」
千景さんがいなくなると、ものすごい大きな息を吐きながらその場に膝から崩れ落ちたほむらさん。慌てて駆け寄る私達に、ほむらさんは今までの千景さんの威圧を思い出しているのか、真っ青な顔をして肩が震えていた。
「こ、怖かった……うぅぅ……心臓が……」
「だ、大丈夫ですか? 立てますか?」
「なんとか……」
「いやぁ……意外だったぞ。お前が千景相手に啖呵を切るなんて……」
私の手を取って立ち上がるほむらさん。その姿を見たタマっち先輩は感心するように言った。
私も内心全くの同意見……。ほむらさんはこう言っちゃなんだけど、私と同じくらい内気というか、弱々しいイメージが強い。そもそも私とほむらさんは境遇も似ている。幼い頃から病気がちで、なかなか自分に自信が持てない臆病な性格なのも。
それ故に親近感も感じていて、人見知りな私達が打ち解けるのもそう難しくなかった。後輩だからっていうのもあるだろうけど、まどかさん達家族の皆さんを除いて、唯一私にだけ敬語を使わずに話しかけてくれるぐらい気兼ねなく話せる仲でもある。
そんなほむらさんがあそこまで感情的になるなんて……本当に意外だった。初めてだったから……あんなに強く、誰かに対して怒る姿を見るなんて……。
「……ごめんなさい、皆さん……私が口出ししたばかりに、ご迷惑をお掛けしました……」
「気にするな。お前が言わなければ私が言っていたさ」
「ありがとな、ほむら。タマのために怒ってくれて」
でも、それだけタマっち先輩の事を大事に思っているってことだよね……。
「伊予島さん? どうかした?」
「いえ、やっぱりほむらさんはほむらさんだなって」
「……?」
さっきタマっち先輩の言った通りだよ。ほむらさんはとても優しくて、仲間思いの良い人なんだ。外見や声はどういうわけか全く同じにしか見えないくらい似ていたとしても、とても大事な心という物は、ほむらさんと暁美さんとで全然違うんだから。
◇◇◇◇◇
屋上にある大量のゴミを、上里さん経由で大社に呼んでもらったゴミ収集車まで四人で持って行った後、ようやく私は帰路につけることになった。元々家に帰っている途中に土居さんがいなくなったって連絡が来たものだから、まどかを先に帰らせて探し回っていたわけだけど……明日がちょっと気まずい……。郡さん、さっきの事を怒ってなければいいけど……。
まどかに土居さんは無事であることをメールで送っておいたし、今頃安心しているだろう。とても心配していたから……ようやく会えた藤森さんが目の前で傷つけられて、ショックを受けている最中だったのに……。
「暁美……ほむら……」
白鳥さんと藤森さんの命の恩人で、諏訪の人々の救世主……かと思いきや、冷めた心と辛辣な物言いで次々私達の心を遠ざけていった、冷酷な勇者。私とそっくりなんてレベルじゃなくて、まるで鏡を見ているかのような感覚に陥るほど酷似した姿で、正直に言うと不気味だという第一印象が強すぎて、進んで近付こうとは思っていなかった。
考えれば考える程、分からなくなる。あの人は一体、何者なんだろうって……。でも……一つだけ確かなのは……
『暁美に関わろうとするな。あいつに何を言おうとも、通じることはきっとありはしない』
乃木さんが言ったように、あの人とは関わらない方が良いということ……。
少なくとも、向こうから私達に干渉してくることはあるとは思えない。今までの全部、あの人がこちらをひたすら拒絶してきたのだから。
その度に、誰かがあの人の残酷な言葉に涙を堪えていた……なら、もう誰も、私の友達が…仲間が泣かないためにも、あの人に関わらずにいた方が良いに決まってる。
……でも、それでも…………
あの人は……絶望と悲しみに暮れていたまどかを救ってくれた人なのに……。
「……お礼……言えてない……」
確かに第一印象から怖いとも思ってはいた。だけど、諏訪で窮地に陥っていた白鳥さん達を救い、一度は死を受け入れた彼女達とまどかを引き合わせてくれたのも、奇妙ながら紛れもない事実だ。
せめて一言だけでも感謝の言葉を伝えないといけなかったのに、結局それは叶うことなく終わってしまった。この胸の奥底から湧き上がるような気持ちは、ただの自己満足なのかもしれない。でも、どうしても伝えたかった……伝えなくちゃいけなかった……。まどかは私の、大切な人だから……まどかを救ってくれた、お礼を……。
「……あっ」
そんなことを考えながら歩いている内に、気付けば自宅の前に辿り着いていた。
一日ぶりの我が家だ。お父さんとお母さん、タっくんとは昨日の夜電話で話したけど、顔を合わせるのは昨日の朝以来になる。まどかももうとっくに帰り着いていることだし、私も早いところ、みんなの顔を見たい……。
「ただい…」
「「ほむら!」」
扉を開けると同時に聞こえてきた二人の声。そしてその直後に駆け寄ってきた二人が……私の身体を強く抱き締める。
「お父さん……お母さん……」
「ほむら……おかえり」
「うん……ただいま」
私も二人を抱き返す。何だか久しぶりに感じる両親の温もり。乃木さんや伊予島さん達丸亀城にいるみんなと一緒にいる時に感じる物とは違った、心が穏やかに落ち着く感じがする……。
「……バーテックスと戦ったんだよな」
「うん」
「怪我はしていないかい?」
「大丈夫」
昨日既に電話で伝えた事だけど、二人は改めて確認するように聞いてきた。それほど心配してくれているんだと思うと……心から嬉しかった。
「記者会見、観てたよ……緊張してただろうに、よく頑張ったね」
「……うん」
「……怖かったか? バーテックスは……」
「……うん……!」
少し泣きそうになりながらも首を縦に振った。乃木さんが逞しく先陣を切ってなければ訓練の成果を活かせなかったかもしれない……。伊予島さんの援護が無ければ死んでいたかもしれない……。
あの場では常に恐怖というものが付きまとい、三年前のあの地獄のような光景が過ったのも一度や二度じゃない……。
それでも何とか乗り越えられたのは、私を支えてくれる仲間がいたから……。帰りを待っている、家族がいるから。
「偉いぞ…! 約束ちゃんと守って、無事に帰ってきて…!」
「……うん…!」
私を抱きしめるお母さんの腕の力が強くなる。その声も震えていて、だけど悲しみなんかじゃなくて、抑えきれない喜びの感情が滲み出てる。そんなお母さんの声を聞くのも初めてで……そのせいか、目尻に溜まっていた涙が一筋頬を流れ落ちた。
「ねーちゃ!」
「ほむらちゃん」
リビングの方から幼い弟の声が聞こえてくる。その姿も、すぐに見えてきた。
まどかに抱っこされて、姉弟揃って私の方に近付いてくる。弟……タっくんは私が帰ってきたことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながら抱きかかえられたままこっちに両手を伸ばしてきた。
「……タっくん」
「ねーちゃ! おかえい!」
両手を広げて満面の笑みを浮かべる弟を見て、自然と口元が綻ぶのを感じた。
「タっくん、ただいま!」
「あい!」
私はそっと手を伸ばすと、タっくんの小さな手を優しく握ってあげた。
「えへへぇ~♪」
「ふふっ……」
無邪気に幸せそうな笑顔を見せるタっくんの顔が、何とも可愛らしい。そんな風に思っていると、まどかも微笑ましそうにその様子を見ていた。
「……何だか久しぶりな気がする。ほむらちゃんとタツヤがこうして一緒にいるところを見るの」
「そうだろうね、まどかは……」
お父さんはまどかの頭を優しく撫でると、心から安心したかのよう穏やかな表情を見せる。
「まどかも元気を取り戻せたみたいでホッとした……諏訪にいた友達、無事だったんだね」
「パパ……」
「まどかが泣いていたのに、僕達は何もできなかった。それがずっと心残りでね……。もう大丈夫なのかい?」
「………それは……」
「まどか……?」
まどかはお父さんから視線を逸らすと、自信なさげに小さく俯いて呟くように答えた。
「……まだ、わからない……」
「えっ……」
思いがけないまどかの言葉に、お父さんは呆然としていた。私も当事者の一人だから、まどかが何故そう言ったのかはわかるけど、そうじゃないなら絶対にお父さんと同じ反応をしたはず。
「わからないって……どういうことだ? 白鳥歌野ちゃん、だったよな……何度もまどかから話で聞いてたし、今日だって元気いっぱいで記者会見に出てなかったか?」
「……ひとまず、この話は置いておこう。二人ともお腹空いているだろう? 今日は一段と腕に縒りをかけて作っているから」
美味しい具材たっぷりのうどんに、まろやかなクリームシチュー。私とまどかの大好物を食べながら、二人に昨日から今日にかけてあった出来事を事細かく話す。
それは世間には四国外の調査に赴いたと公表された、諏訪の人々を救ったと言われる謎に包まれた八人目の勇者の真実……。彼女と出会い、そして彼女の語った、私達とは決して相容れることのない冷酷な思想を持ったもう一人の『ほむら』の話。
それを聞いた二人は、とても信じられないという顔をしながらも、真剣な様子で最後まで話を聞いてくれた。
「………つまり、八人目の勇者は実在するけど、それはほむら達の味方ではないってことかい?」
「そういうことになるかな……」
「それで見た目もまんま髪を解いて眼鏡も外したほむらって……マジかよ」
「本当なの。だから大社も暁美さんについてほとんど何も公表しなかったの。実際に暁美さんとほむらちゃん、二人が一緒にいるところを見てもらわないと、嘘臭いって思われそうだから……」
本当ならこの重大な話は両親だからと言っても無闇に明かすべきではないと思う。世間に知られでもすれば、大社は大事な事を嘘偽りで隠し、大勢の人間を騙していたということで批判は免れない。そして何よりも、暁美さんの無責任な行動のせいで勇者の立場や信頼もも危うくなるかもしれない。
だけど二人なら、絶対に他の人に話すことはしないという確信があった。それに私とまどかが知る中で、最も頼りにできる人達。その二人のことを信用しているからこそ、打ち明けても大丈夫だと解ってる。
「…………引っかかるな」
「ママ?」
「うん、僕もどうしても気になることがあるんだ」
二人とも、考え込むような仕草を見せながらも、何かが腑に落ちないようだった。そんな二人に尋ねるかのように視線を向けると、お母さんが口を開いた。
「いやね、その子がほむらそっくりで名前まで一緒だってことも気になるけど………最初のイメージとえらく違いすぎてない?」
「最初って……正直私はドッペルゲンガーかと思って怖かったんだけど……」
「ほむらのイメージじゃなくて、歌野ちゃんと水都ちゃんのこと。その諏訪の二人から聞いた話に出てきたその子と本当に同じ子なのかいって思うくらい、キャラが違いすぎてる」
……それは私達の誰もかもが感じてはいたことだった。だってお二人が言うには、あの人は命懸けで人々を救うおうとするのに躊躇い無かったとか。時に完成体バーテックスの奇襲から身を挺して二人を庇い、諏訪の壊滅の危機に自ら力になることを名乗り出て大勢の人々を救い、命も、心までも守り抜いた……まさに勇者という言葉が相応しい人だった。そんな人が仲間になるなんて、頼もしいことこの上ない……誰もがそう思うに足る立派な人だった。
それが今や一変して、まるで別人のような態度で振る舞い、あまつさえ私達に関わるなと敵意すら向けてきた。そのあまりの変わり様に、私達は戸惑うしかなかった。
「やっぱりおかしいよ……僕達はその八人目の勇者なんて子は全然知らないけど、普通人間の心なんて物はそんないきなり正反対の形に変わるものじゃない」
「わたしも信じられなかった……でも、直接見たし、聞いたんだよ……」
白鳥さん達の見てきた暁美さん、それとも冷酷な思想を持つ暁美さん……元から後者だったと考えて、敢えて自らを前者の仮面で偽って接触してきた……それは何のために……。
「その暁美さんって子の性格が最初から今現在のそれだったとして、そんな考えを持っている人がわざわざ自分を偽ってまで命を懸ける意味なんて……果たしてあるんだろうか……? 僕には何も考えつかない……」
「……言われてみれば……」
暁美さんが最初から後者のような人間だと、彼女の行動の辻褄が合わない。まどか達に今を生きる人々の命なんてどうでもいいと断言したのなら尚更……。
逆のパターン、仮に彼女がかつては前者であって、今は後者に心変わりしたというのであれば、それはどうしてなのか……。
「……これはアタシ達がいくら話していても、憶測はあっても正しい答えなんて出てこないよ」
「そう…だよね……」
「ああ。何てったって、誰も暁美って子の事を詳しくは知らねえんだ。一緒に四国まで来たっていう、歌野ちゃんと水都ちゃんも含めてな」
「えっ…」
「二人がその子の考えや内側を本当に全部知っていたなら、最初からこんなトラブルは起こってないだろ?」
……そうだった。私達はあの人の事について本当に何も知らないも同然だ。思い返せば私自身、あの人と直接言葉を交わしたのだって、出会ってすぐに名前を言った時、一言二言程度なんだから……。
じゃあ何で暁美さんの事を知ってるのかというと、全部白鳥さんと藤森さんが語ってくれたから。そして、それはあくまでも今までお二人が見てきたものだけが共有されていたにすぎないんだ。
「……知らないことだらけだね。わたし達……」
「うん……」
私には暁美さんの事も、暁美さんの本性も、暁美さんが本当はどういう人なのかも、暁美さんが何の為に生きているのかも、そして暁美さんは一体何をしようとしているのかも、何もわからない。
だけど一つだけわかることがある。それは暁美さんはきっと、この先も私達を知ろうとはしない。私達と関わろうとはしないということ。
◇◇◇◇◇
翌朝になって、この日もまどかと一緒に丸亀城へと向かう。その表情もお互いにどこか沈んでいる。
昨夜は結局、あれ以上暁美さんの話を掘り下げることはしなかった。
私とまどかは、暁美さんの事を何にも知らないままでは良くないと思っている。だけど、今の私達に何ができるわけでもない。肝心の暁美さんは消息を断ってしまって……とにかく悶々としたまま一夜を過ごした。
そんな気分のままでも、今日も丸亀城にて勇者の宣伝がある。勇者揃っての私達の顔出しパネルを作るとか……正直大社は何を考えてるんだろうって思う。恥ずかしいし、昨日並みに憂鬱な気分……。
「……あれ?」
そんな中、突然まどかがその場で立ち止まる。釣られて私も足を止め、視線もまどかが向いてる方に向けると、そこには私達が見知った顔があった。
「あっ! まどかさん! ほむらさん! グッモーニン!」
「…………えっとぉ……」
「……歌野ちゃん……」
何故か道路沿いの畑の上に立っている白鳥さん……見知った顔ではあるんですけど……その、白鳥さんがジャージの下に着ている、何て言えばいいのか全く解らなくなる謎のTシャツについては知らないです……。
「ほむらさん、ひょっとしてこの農業王Tシャツに見とれてる? どう、カッコいいでしょ♪」
「……何て言うか、その……斬新ですね」
「ふふん♪ 私のトレンドマークよ。予備でいっぱい持ってるし、良かったら着てみない?」
「……いえ、恥ずかしいので遠慮します……」
「恥ずかしい!?」
ガーンという擬音が聞こえそうな表情と声でショックを受ける白鳥さん。だって無地の白いTシャツに大きく殴り書きされた農業王という文字のセンスの時点でもう……というか農業王とはいったい何なのか……。
……いや、そもそもそんな事よりも、どうして白鳥さんが丸亀城の外に? 昨日最後に見た時の白鳥さんは、暁美さんと藤森さんの件で可哀想なぐらい落ち込んで……。
「歌野ちゃん、もう大丈夫な…」
「ほらね、私って農業王を目指す女ですので! だけど仕方がないといってももう何日も農作業サボりっぱなしだったでしょ? それじゃあノンノン、ここの畑の持ち主さんにお願いして、畑仕事を手伝わせてもらっていたの」
「そ、そうなんだ……それで大…」
「それでね! 実は思い切って大社に私用の畑が欲しいってオーダーもしてるの! そしたら……なななんと! 収穫物の何割かを納めるって条件で、大社がマネージメントしてる畑を使わせてもらえそうなの!」
「よ、良かったね……だ…」
「今日の勇者の宣伝が終われば早速大社に行って私の畑、ホワイトスワン農場の視察に行かなくちゃ♪ ちなみに収穫した農作物はみーちゃんと二人でデリバリーもするつもりだから、これからたっくさん頑張らなくちゃってドキドキワクワク……」
「歌野ちゃん!」
「オーケーよ」
ずっと嬉しそうに笑いながら話していた白鳥さんの声が、きっぱりとしたものに変わる。そして表情も楽しくて仕方がないといった満面の笑みから……穏やかな、優しい微笑みを浮かべる。
「アハハ、ソーリー……テンションがハイになってたからつい口が勝手に動いちゃったわ……暁美さんのことでしょ? 私は平気、ノープロブレムだから」
「ほ、本当……? だって昨日あんなに……」
間違いなく、暁美さんの件で一番ショックを受けていたのはこの人のはずなのに……。私もまどかもそう簡単に彼女が吹っ切れているとは考えられない。
「まぁ、若葉とみーちゃんにも全く同じリアクションされちゃったしね……」
「それはそうですよ……」
こんな所で畑仕事をしていて、さっきのまどかの質問も何度も遮って話を続けたのもあって、正直ショックのあまり現実逃避に走ってしまったのかと考えてしまうところだったのだから。
「……そうね、さっきの農作業をサボってたから云々は本音の七割ってところかしら?」
「「結構高い……!」」
「でも残り三割は、自分自身にシャキッとするよう活を入れるためね」
そう言うと真剣な面持ちで鍬を掴むと、慣れ親しんだ動作であるかのようにゆっくりと持ち上げ、重さで落として先の部分を土に入れ込む。
「確かに昨日、ものすごくショックだった……」
そのまま後退して土を寄せるように削り、耕していく。
「みーちゃんが泣きながら暁美さんが別人みたいに変わってしまったって言って、頭の中がホワイトになって、何もシンクできなかった」
「歌野ちゃん……」
「信じたくなかったのに、保健室のベッドでスリープしてたみーちゃんの涙の跡を見て、リアルなんだって突きつけられた……」
「白鳥さん……」
「私もみーちゃんみたいに泣けばいいのか、それとも若葉みたいに怒ればいいのか、全く解らない……ただただ、一つの事だけを考えながらボーッとすることしかできなかったの……暁美さん、どうして……って」
ザク…ザク…と、白鳥さんの声と一緒に掘り起こされる土の音が妙に耳に響く。一つ一つ刻まれるかのように聞こえるその音は、白鳥さんの気持ちを表しているようで……
「そしたらね、友奈さんが教えてくれたの」
とても、規則的で正しいリズムで聞こえてくる。
「苦しんでいるのはほむらちゃんも一緒……暁美さん、一昨日の戦いが終わった後泣いていたんだって」
「「……えっ…?」」
予想していなかった言葉に私もまどかも聞き返した。暁美さんが……泣いていた……? それを高嶋さんが……。
「ど、どういうことですか、それって……」
「残念だけど、私も当の友奈さんも詳しくは知らないの……でも友奈さん、一昨日の夜の時点で既に暁美さんに貶されたって話だったのに、ずっと彼女を庇ってたでしょ。そういうバックグラウンドがあったから……暁美さんを責める気にならなかったみたい」
「……そんな…」
「それを聞いて私思ったの……私、どうしてその事に気づいてあげられなかったんだろうって……」
ザク…ザク…と、絶え間なく耳に届く音。今度のそれは、溢れんばかりの白鳥さんの感情が込められているように感じた。
「気づいたのは友奈さん一人だけだった。私ね、自分がものすごく情けない酷いヤツって思ったわ……フレンドが悲しんでいる事実に言われるまで気づかないばかりか考えすらしなかった……!」
その感情は自分自身に対する悔しさ、哀しみ、情けなさ、怒り……色々な想いが混ざり合った後悔の念。
「何が……フレンドよ!!!! 一方的に助けられてばかりで、私は彼女が苦しんでいる中、呑気にみんなと楽しい時間を満喫して!! それで自分にショックな出来事があったから落ち込んでもっと何も考えられなくなったですって!! そんな場合じゃないでしょう!?」
勢い良く掘り起こされた土が宙を舞うように飛び散る。そこにあったのは彼女の手によって綺麗に耕された立派な畑。邪魔な草も丁寧に退けられて、素人目にも言葉を失う見事な畑へと変えられていた。
「私はね、プロミスしたの……暁美さんからもらった返しきれない恩を必ず返すって。落ち込んでる場合なんかじゃない。暁美さんが苦しんでいるなら、今度は私が彼女を助けるターン!」
「「………っ!」」
……それが、白鳥さんが導き出した答え。眩しいくて真っ直ぐで、清く正しさを兼ね備えた勇者の答え……。
「……ってな感じで、気分転換リラックスも兼ねて農作業をやろうかなーって♪」
「ちょっと言い方ぁ!!?」
「締まらないよぉ!!?」
ずっこけた……! まどかと二人揃って同時に……!こ、この人は初めて会った時からマイペースがすぎる……!
「でも全部本当のことよ。100パーセントリアルで本心だから、暁美さんとみんなを仲直りさせることがパーパスね」
「……わかりましたよ……もう」
「てぃひひ、歌野ちゃんらしというかなんというか……」
……暁美さんは私達も、そして四国中で頑張って生きている人々すらもどうでもよく思っている。どうしてそんな考えをしているのかは知らないけど、きっとそれは最初から彼女が抱いていたものとは違うはずだ。
そうじゃなければ、白鳥さんがここまで暁美さんのことを想うわけがない。だからきっと、かつての諏訪の人々を救った時の優しさと思い遣りは偽物でも無いはずだ。
「そうだわ! せっかくだから、二人もここで農作業を体験してみない?」
「制服じゃあ無理だと思うよ?」
「あら、農業王Tシャツだけじゃなくてジャージも数人分持ってくるべきだったわ」
「そのTシャツを着ることは確定事項なんですね……」
「だって既に
……暁美さん、確かに私達はあなたのことをほとんど知らない……でも、知りたいと思っている。
あなたはきっと関心を示さないだろうけど、ここにはあなたを友達と呼んでくれる人がいるんですから。
次回……最悪です。存在が罪な連中が蔓延る村を描写するなんて……。今回書いた鹿目家との落差ぁ……