ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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 原作ノベル、漫画版、ゆゆゆいのクソ村を確認しながらクソ村執筆によるクソ村カルテットでごっそり精神削られた……私鬱展開は好物ですけど胸糞系は苦手……。


第六十二話 「底辺」

 四国中に勇者の存在が知れ渡ったあの日から数週間。それは同時に、初めてバーテックスが四国に襲撃してから数週間が経ったことも表している。

 世間は勇者である私達をテレビや新聞、週刊誌にネットやSNSなど多岐に渡り讃え、賞賛する。特にテレビでは連日四国の有名なコメンテーターがこれまた名の知れた学者、専門家、時には大社のトップに位置する者と対談する内容の物が恒例になっている。その話題全てが、人類の希望となった七人の少女についてだ。

 

「見て見て! この雑誌と新聞、この前のみんなのインタビューが載ってるよ!」

 

 この日も友奈が最新の雑誌と新聞を抱えながら丸亀城の教室に駆け込んでくる。僅かに見えた雑誌の表紙には、以前私が撮られた覚えのある写真が使われており、一目で私達の特集が組まれている物だと判断できる。

 

「どれどれ……あら! 写真のポーズもバッチリ決まっててナイスじゃない! うんうん、ホワイトスワン農場のプロモーションもオッケー♪」

「歌野お前、取材の時に宣伝もしていたのか? 商魂逞しいな……」

「……私、あの時こんな事を言ってたんだ……」

「インタビューの時は緊張で頭が真っ白になっちゃいますもんね、私達は……」

 

 これまでは存在を秘匿にされていて、人知れず丸亀城で勉強や戦闘の訓練をしていた私達が、今や四国で知らない人は絶対にいないであろう有名人だ。

 リーダーの私をはじめ、ムードメーカーの球子、元気いっぱいの笑顔を振り撒いてくれる友奈、クールな雰囲気の千景、穏やかな清楚系美少女の杏、あがり症だが勇気と強い心を持っているほむら、三年間諏訪を一人で守りきった歌野、といったように、誰もが勇者のことを知っている。

 

「ぐんちゃんこれ、新聞のここ……って、今はぐんちゃん休暇で故郷に帰ってるんだっけ……」

「郡さんに見せたい物があったんですか?」

「そうなの。ほら、これ見てよ♪」

「えっと……花のある外見も注目を浴びており郡千景勇者の髪型などを真似する者を『千景ニスト』と呼ぶ流行も発祥している………うわぁ……すごいスケール……!」

「ねえねえ! ホムちゃんもぐんちゃんと同じで黒くて長い髪だし、一回千景ニストになってみない? ぐんちゃんと同じ髪型にして」

「ぁはは…試しにやってみるくらいなら構いませんが……」

 

 勇者というより、最早アイドルみたいな扱いを受けることもしばしばだが……。

 

「あら! こっちには私のバズワードが!」

「ばず……?」

「コホン……甲信越地方長野県諏訪市を守護された白鳥歌野勇者は英語をこよなく愛し、日常会話に置いても一部単語をカタカナ英語に言い換えた話し方が話題を呼んだ。なぜそのような話し方をしているのかという質問に対し、歌野勇者からは『諏訪にいる頃、お年寄りは私が若者言葉とか英語を使うとハイカラだオシャレだって笑顔になってくれたんです。私はそれが嬉しくて、日常的に横文字を多用するようになったんです。』とのコメントが返ってきた」

「歌野さんが日頃から英語を使われる理由ってそれでだったんですね。なんだかとても素敵だと思います!」

「えへへ、サンキュー杏さん♪ それで続きね……他者を思いやる慈愛の精神に満ちた解答はまさしく勇者足るものであり、同世代の若者を中心に数多くの共感の声が上がった。歌野勇者のようなお年寄りに向けてに加え、四国にて生活している外国人の人々を励まそうとカタカナ英語混じりの会話をする人が増えている。このカタカナ英語を2007年初頭に当時の女子高生の間で流行していた『■■■(大社検閲済)』に倣い、『歌野ランゲージ』と呼ばれている……ですって!」

 

 ………勇者はお笑いタレントとしても扱われてしまうのか……。

 

「それにしても『最後にして最強の楯 勇者』……今回は楯だぞ。タマ達は人間だってのに兵器とか希望とか楯とか、記者の人はよくこんな言葉がポンポン出てくるもんだな」

「でもそれだけ多くの人達が私達のことを応援してくれてるってことじゃないかな」

「そうだな。確かに私達は勇者である以前に一人の人間だ。だが人間であるからこそ、勝利を信じてくれる彼らの期待に応えてみせるべきなんだろうな」

 

 持ち上げられすぎてむず痒く感じる事もしばしばあるが、彼らの願いを背負い、希望を作り出すことは私達の果たすべき使命だ。そしてそれは、勇者だからやらないといけないというわけではない。私が私であるが故にやり遂げなければならないと常日頃から感じている物である。

 みんながバーテックスを倒し、世界に平和を取り戻す時を待ち望んでいる……そんな日々が当たり前になった、2018年の10月。

 

「……こっちの方も話題になっているみたいですね」

「使い魔……だね」

 

 別の新聞の方を捲る杏の呟きにほむらが反応する。今、世間を騒がせているものは勇者だけではない。そこに載せられていたのは、不気味な笑みを浮かべる真っ黒い人型の異形ついての新たな報道だった。

 そのタイトルは『四国に現れた口裂け女』、見出しは『バーテックスとの関係は』である。

 

「こいつもタマのモバイルバッテリー盗んだヤツみたいに盗んだり、何かやらかしたりしたのか?」

「ううん、ただの目撃写真だよこれ。でもこんなにはっきり写った写真って、初めてじゃないかな……」

「ツインテールっぽい感じ……これで四体目でしょうか、全部で何体いるんだろう……?」

「……まさかバーテックスじゃなくて勇者の方に関係があるものとは考えられませんよね。やっぱり……」

 

 勇者が世間に知れ渡った日と同日から、四国内では稀に人型の不気味な存在が目撃されている。それが使い魔……名称は以前球子が奴から聞いた。その名前通り、暁美が使役する謎の存在だ。

 この使い魔は見た目の不気味さも合わさって、勇者に対抗するために新たに現れたバーテックスの一種なんじゃないかという噂まで飛び交う始末。

 

「むぅ、みーちゃんの事があるから上手く言えないけど、みんなオーバーに怖がりすぎじゃない? 要はエイミーちゃんみたいなものでしょう?」

「あれは精霊だろう。使い魔と精霊、一般人にも視認できるか否かの違いだってある。安全な存在だと断言する事はまだできない」

 

 ただ、我々が把握している内容もこれが全てだ。幸いにもこの使い魔による一般人の被害は今まで一度も聞かないものの、水都を鎌のような得物で殴りつけ、球子の部屋に侵入して物を盗んだ事実はある。これらは当然、公表すれば世間に混乱を広める事態になり得る事は想像に難くない。

 だが同時に確信を得られない、いい加減な情報を発信するわけにもいかない。姑息な手段として安全であると伝えても、暁美のように危険な本性を現しでもすれば……だからこそ大社も手を拱いており、世間の人々はこの正体不明の存在を忌避し、怯えることしかできないんだ……。

 

「この使い魔については現状大社の判断に従うしかない。三人とも、今日はその件で大社本部に呼び出されているわけだからな」

「今日はって言うより、今日もだけどね……」

「……そうだな」

 

 大社は暁美を我々の一員に加えることを諦めていない。先日からひなたとまどか、水都が私達勇者のお目付役であることを理由に、どこにいるかも分からない暁美の捜索及び戦闘への説得を命じられている。

 どういうわけか目撃情報すらも皆無なのだが、捜索対象が未だ人々には明らかになっていない勇者だからこそ、大掛かりな人員を動かす事も、我々勇者を使う事もできない……。少数のお目付役のみでたった一人の人間を見つけるだけでなく、あのような認め難い思想の持ち主を説得するなど一度は不可能だったのに。

 

 何日経とうとも変わらない結果と、毎日無理難題の仕事を押し付けられることにより、目に見えて疲労の色が浮かぶひなた達……。

 暁美が我々の一員に加わることはもう望んでいないというのに、何故ひなた達がそのような苦労を請け負わなければいけないんだ…!

 

「今回の大社の命令は無責任であると言わざるを得ない……暁美とは相容れる事はできないと何度も言ってるのにどうして判らないんだ!?」

「むっ! ちょっと若葉! そのセリフは聞き捨てならないわ!」

 

 歌野が不機嫌そうな顔になり、注意する。そうであった……大社だけではない。ここにも暁美が我々の一員になることを望む奴がいた。

 

「なんだよ歌野、お前まだアイツの事気にしているのか? 悪いことは言わないから止めとけって……」

「断じてノー! フレンドが悪く言われるのを黙っているほど、私はお人好しじゃありません!」

「「「………」」」

 

 このように力強く断言する歌野を、私と球子と杏は何とも言えない目で見つめる事しかできなかった。あのような事が起こってもなお、歌野は暁美の奴を友であると信じ続けているのだから……。

 

「ちゃんと話し合えば絶対に分かってもらえるわよ! 私の知ってる暁美さんはそういう人だもの!」

「……私も、許す許さないの前に、まずはそうするべきだと思います……私達、まだまともに何も話し合えてなんかないではありませんか……」

「若葉ちゃん、タマちゃん、アンちゃん……もう一度、信じてみようよ。あの子はそんな悪い子なんかじゃないって……」

 

 ……こいつらは……歌野とほむらと友奈は、暁美の事を信じたいと思っている。それに今この場にいないまどかと水都も、普段の様子から察するにきっと同じ……。

 

 

『私には関係無い相手よ』

 

『論外よ 気に入らないのよ 私は大赦の都合の良い道具になるつもりはない。反吐が出るわ』

 

『そうね……知らないわ』

 

 

「……お前は直接あいつの目を見ていないからそんな事が言えるんだ、歌野……。あの何もかもを、全てを有象無象としか思わない光のない冷め切った瞳を」

「若葉!」

 

 駄目だ……最初に直接対峙し、二度目のひなた達への暴虐を聞かされ、三度目となる球子への一蹴を知った私には分かる。奴に何を言ったところで無駄なんだ。何もかもを諦めた目をしていた……何もかも、奴にとっては路傍の石ころと同じように見ていた。

 暁美ほむらは何も見ていないんだ。誰かが必死になってあいつに声を掛けようとも、暁美はその相手を決して見ることはない。全部、歌野の独り相撲で終わってしまうんだ……。

 

 

 

 

 

ビーーーッ

 

 

◇◇◇◇◇

 

 母の容態が悪くなった。珍しく父から連絡が来たかと思えば、そんなことを伝えられた。ちょうどそのタイミングで大社からも特別休暇を言い渡され、こうして今走行中のバスに揺らされていた。

 休暇はこの前の襲撃やその後の勇者達のお披露目とも言える数々の宣伝、取材による疲れを取るための物のはず。それなのに、気乗りするわけがない……休暇は寄宿舎の自室で徹夜で積みゲーを消化したかった。それでもこうして地元行きのバスに乗ってしまったのも、その事を高嶋さんに知られてしまったからだ。ただ純粋に私の母のことを心配し、悲しそうな表情で行ってあげてと言われたから……。

 

(一年ぶり……いいえ、二年ぶりかしら……)

 

 多分その頃だっただろう。私が高嶋さんと仲良くなれて、丸亀城の生活に慣れた後だったはずだから。私が以前、故郷の実家に戻ったのは……。たった一度だけ、私がいなくなってからの両親がどうなっているのかをこの目で見たのは。たったの一度だけだ……勇者に選ばれた私がその後に実家に帰ったのは。

 

 薄情な娘だと言われても否定はしない。あんな両親と一緒にいても息苦しいだけ。それだから私はあの両親のことが嫌いだし……向こうも、私の存在その物を呪っているのだから。

 

「……降ります……」

 

 目的地のバス停に着き、鬱屈とした感情を抑え込むかのようにプレイしていたゲームの電源を切る。もう少しでハイスコアが達成できそうだったのを中断され、来たくもなかったこんな田舎村に到着してしまったため最悪と言っていい気分だ。

 大きな布袋に納め、座席の傍らに置いていた神器である大鎌を持ち上げてからバスを降り、私が生まれ育った故郷の大地を踏み締める。良い思い出なんて何一つ有りはしない、惨めで救いようがない過去の私を思い出しながら。

 

「………?」

 

 数歩歩いて立ち止まり、後ろを振り向く。そこにあるのは何て事はない、さっきまで私が乗っていたバス。他に降りる人はいないからか、バスはエンジンをかけるとそのまま次のバス停へと走っていった。そしてやはり、バスが行ってしまったためにもうここには何もない。それにここは小さな田舎の村……周辺に人の姿は見当たらない……。

 

 ……それじゃあ、さっき感じた視線と気配は一体……?

 

「……気のせい……かしら?」

 

 ……きっと、この村の空気が私を感傷的にさせているんだわ。そうに違いない。そう思い込むことにして私は歩みを再開する。

 

 

 

 

 

 ───やだ、あの子よ……

 

「……っ」

 

 久しぶりだけど馴染みのある通りを渡った所で、ふと昔の事を思い出した……。

 そう、まだ小さい頃の私がこの歩道を歩いている時に、前の方でで立ち話をしていた大人達がこちらに気づくと同時にひそひそと話し出した時のことを。私が視界からいなくなるまでの間、ずっと腫れ物を扱うような目を向けられた時のことを。

 

 ───陰気臭い子だわ。ずっと下を俯いて歩いて……ちょっと、今こっち見たわよ……!

 

 ───本当。気味が悪い……まあ親があれなんだから、当然子供もそうなるわよ

 

 ───言えてる!

 

 ───アハハハハ!

 

 蔑みと嘲笑の声色、それらは全て幼い私の心に突き刺さっていた。今までそんな物は無かった丸亀城の生活で忘れかけていたのに、どうしてこうもはっきり思い出してしまうのよ……!

 

「……っ!」

 

 嫌な記憶を思い出してしまい、胸の奥底から忘れかけていたあの感情込み上げてくる……。

 悔しくて、辛くて、痛くて、悲しい……。そんな感情を押し殺すように唇を強く噛み締めてから、あの頃と同じように実家の方に歩いて行く。

 

 どうしようもない、惨めな自分を背負いながら……。

 

「ただいま……」

 

 玄関を開けるなり、何も期待しないで中に向かって声をかけてみる。しかし当然ながら返事は無い。靴を脱ぎ、廊下を歩くと足元にあった何かに当たってしまう。カラカラと音を立てながら転がっていく空っぽの酒瓶を一瞥し、私は舌打ちを漏らす。

 

(捨てようともしないでその辺に放置……本当、昔から何も変わらない……)

 

 目視できるほど埃が溜まっている廊下を見ても、いくつも積み重なって悪臭を出すゴミ袋を見ても、床中に散らばっている空き缶を見ても、今度は溜め息すら出てこない。どうせそんな事だろうと、最初から分かっていたことだもの……。

 

 ───こっちは仕事で疲れたんだ。気になるなら自分でやればいいだろう

 

 かつて自分で散らかしたのに片付けようとしない父が母から掃除しろと言われた事がある。けれども父は自分勝手な文句を言いながら、テレビから視線を移すことなくビールを飲んでいた。

 その言葉を聞いた母は、父のことを罵りながらも代わりに掃除をする。でも結局すぐに父は、片付けられたら部屋をひっくり返すようにまた汚くする。

 曰く、必要になったんだから取り出すのは仕方がない。服ぐらいその辺に置いたままでも何も困らないだろう。食い物を食ったり酒を飲んだらゴミが出るのは当たり前。仕事で忙しいのに、俺に面倒な事をさせないでくれ。

 

 それを何度も繰り返している内に、諦めてしまった……私も、母も……だから……。

 

 そんな母は、居間に入るとすぐに視界に入った。布団に伏せって寝ており、その顔は酷く真っ青で、肌も荒れている。髪も年齢の割に白髪交じりでボサボサで……。

 

(……二年前より酷くなっているのかしら?)

 

 天空恐怖症候群、それが母の病名。三年前の天からバーテックスが襲来するのを目撃した人が、奴らに恐怖を刻まれる事で発症する精神病。その恐怖が度々フラッシュバックすることから始まり、徐々に精神に悪影響を及ぼし日常生活に支障を来す。

 聞いた話に寄れば、当時同じ勇者のほむらさんがただ一人数週間遅れて私達と合流したのも、目の前で両親をバーテックスに殺された影響で天恐を発症し入院していたからとか……。ただ彼女は今でも類を見ないと言われる奇跡的な回復によって立ち直れたとか……勇者だから? まぁ、奇跡はそう簡単に起こる物じゃないから奇跡と呼ぶ。他の人はこの三年間ずっと、過去の恐怖に囚われ続けるしかない最悪の病である事に疑いようがない。

 

 母はそれの一つ先、幻覚まで頻繁に見るようになったのだという。それに最終的に天空恐怖症候群には精神が崩壊し発狂する例も少なくはない。母は、そうなる最終ステージに移行してしまっても全くおかしくないのだとか……。

 

(……自業自得よ)

 

 そんな母の悲惨な姿をこうして目の当たりにしても、何の感情も湧いては来なかった。

 私を見捨てた母に対して、家族だなんて大切に思う気持ちはとっくに消え失せているのでしょうね……。天空恐怖症候群が発症したのも、不倫なんかで余所に男を作って出て行った事が原因なわけだし。

 

 ───千景はアンタが育てなさいよ!

 

 ───どうして俺が面倒見なくちゃいけないんだ!? これまで通りお前が見ればいいだろう!

 

 ───アンタそれでも父親!? もうこっちは色々とうんざりなのよ!!

 

 ───不倫したのはお前じゃないか! この淫乱ビッチが!!

 

 結婚してすぐの頃はこんな事は無かったはずなのに、母は子供のように責任感皆無で自由奔放な父に愛想が尽きて不倫をした。その事が周囲に明らかになってなお、二人は離婚することはなかった。二人とも離婚した方が楽になれると、心から思っていたけれど……娘である私を引き取りたくないと、どちらも親権を相手に押し付け合うばかりで……。

 

 両親二人とも、私が側にいてはならない呪われた忌み子であることを隠そうとしなかった。

 

「千景! 帰ってきたのか!」

 

 不意に向かいの襖が開くと名前を呼ばれ、そちらに視線を向ける。そこには少し痩せ細った体格と、不潔な顔をした中年の男……私の父が驚いたように立ち尽くしていた。

 

「……ええ」

 

 一言漏らして私は目を逸らす。別に今更、この人に何かを言われる筋合いは無い。

 私が黙っていると、父はどこかホッとした様子を見せる。

 

「いや、帰って来てくれて安心したぞ。久しぶりにお前の顔も見れたわけだし」

「お父さんが帰ってこいって連絡してきたんでしょ」

「それはそうだが……母さんが入院するまでに一度くらいと思ってな……」

「……何を今更」

 

 本当は母の事なんてむしろ邪魔としか思っていないくせに、よく言うわ……。大体こんな、食べ終わっても洗いも片付けもしないインスタント麺やコンビニ弁当や惣菜のプラスチック容器を机の上にそのままにして、既に数週間どころか数ヶ月は回収しないで放置されてそうなゴミ袋を病人がいる居間に置きっぱなしにした、劣悪な環境を作り出しているのはどこの誰よ。

 

「そういうセリフは部屋の掃除をやってから言って。廊下もゴミ置き場なんかじゃないのよ」

「あ、あぁ……でもパートの仕事と母さんの看病が忙しくてなぁ……」

 

 ……過去何回も聞いては一度たりとも信じられなかった言い訳をまたしても聞かされる。結局父は最初からこの酷い有り様の部屋を片付ける気はさらさらない。今の私の言葉を聞いても、きっと改善されることはない。また同じ事を繰り返すだけ。

 

 久しぶりに帰ってきたこの村は、はたしてあの頃から何かが変わったのだろうか。少なくとも、息が詰まりそうになるくらい淀みきった実家は、無責任な父親は、私を見ようともしない母親は、何も変わってない。

 

 大嫌いだ。鈍色に見えそうなほど、重苦しい空気と臭いに包み込まれた家が……地べたの底で行き詰まり、顔を上げる余力すら無いほど疲れきった姿をした両親の姿が……。

 

「千景? どこに行くつもりだ?」

「……散歩」

 

 この家は私にとって安らぎの場ではない。気が滅入るだけだ。

 早々に踵を返して玄関に足を運ぶと、靴を履いて扉を開ける。父の視線が背中に当たり、それすらも嫌悪感が湧き上がってこの場から出て行きたい思いは募ってくる。

 

「……ま、待ってくれ…」

「……何?」

 

 だけど背後から力無く呼び止められ、足を止めてしまう。なるべくその姿を見ないように振り返ると、父はおずおずと口を開く。

 

「あ、いや……言ってないと思ってな……」

「……?」

「母さんの入院費用なんだが、払うとなるとこっちの生活も苦しくてな……大社からの報奨金の額をもう少し上げてくれるよう掛け合ってほしい…」

 

 ガシャンと激しく音を立てながら閉められたら戸を見つめる目は憎悪渦巻くものに変わり、無意識に拳を強く握り締めていた。

 確かに勇者の家庭には大社からの報奨金と便宜が図られる事は知っている。詳しくは知らないけど、決して少なくはないはずのお金がこの家に支給されているのは解りきっているのに、生活が苦しくなるから増やしてほしい? あんなにたくさんのお酒が転がっていたのに!?

 

 私が怪我どころか、命を落とす可能性だってある勇者になって入ってくるお金を当てにして豪遊していたクズが何をほざいてるのよ!

 

「私を……何だと思っているのよ……!」

 

 私の価値って、一体何なのよ……。

 自分の事なのに、長年その答えが解らない。ただ、私という存在そのものが呪われているのだけは嫌と言う程理解している。

 

 ───あんな親の子じゃロクな大人にならない

 

 私はあのクズな男の子供だから。

 

  ───阿婆擦れの子! 淫乱女~!

 

 家族を捨ててまで、夫とは違う男と逃げた女の血を引いているから。

 

 最低最悪の人種が、その周りの人々に許されるなんて事は無い。例えそれが、何も悪いことをやっていない幼い娘であろうとも。

 

 ───キモいから息しないでくれない?

 ───何喋ってるのよ気持ち悪い!!

 

 口を開くだけで頬を引っぱたく子供がいた。突然口の中に広がる鉄の味は、恐怖以外の何物でもない。

 

 ───ターゲット発見! 一斉攻撃ーー!!

 

 何もしていないのに、突然石を投げてきた男子がいた。逃げても逃げても、ぶつけられる硬い石は痛みを絶え間なく襲ってきた。

 

 ───キャハハッ!! やっちゃえやっちゃえぇっ!!

 

 私の髪を掴んで引っ張り回す女子たちもいた。ブチブチと髪が抜ける感覚と、涙が出る程の激痛。それでも彼女たちは飽きるまで私を痛めつけた。

 

 ───何でアンタが服なんて着てるのよ。服は人間が着るものなのよ

 

 無理やり服を脱がされ焼却炉で燃やされた。下着姿で羞恥に震えていると、そこに通りかかった人々は揃いも揃って嘲笑う。

 

 ───うっとうしい髪。切ってやるよ あ、血! あはははは!

 

 鋏で髪と一緒に耳を切られた。涙が止まらないほど激しい痛みと傷口から流れる鮮烈な赤い液体は、私に死の危険を知らせてくれた。

 

 ───……やば……逃げろ

 

 階段から突き落とされた。運悪く頭を打ち付け、視界がぐちゃぐちゃになった。吐き気を催すほどの酷い頭痛と、全身を襲う鈍い痛み。

 

 ───先生の余計な仕事を増やさないで

 

 救急車で運ばれて、その後にやってきた担任から告げられた言葉は、今でも忘れられない。

 

 私は忌み子。穢れた血を引いた呪いの存在。友達はいない、むしろ周りの全員が私を意味もなく嫌い、目の前から排除するかのようにいじめ抜く。

 大人だってそう、ロクな大人にならないと勝手に決めつけて、誰も助けようとしない。陰口、悪口を平然と口にして、自分は当然の事を言ってるだけだと言わんばかりに……。

 

 親だって……。

 

 

 私は……生きているだけで罪深いような人間。だから私自身、郡千景という呪われている人間が大嫌いだった。誰にも見てもらえず、ゲームに逃げることしかできない、弱くて、惨めで、疎ましくて、生きる価値を誰にも認められないまま死んでいくような私自身が……心底憎かった……。

 

 ───痛い……痛いよぅ……!

 

「……なんでこんな事を思い出して……!」

 

 ここにいると嫌な記憶が蘇ってくる。自分が醜く見えるようで気が狂いそうになる。

 

 ……帰ろう。高嶋さんが……私を認めてくれた友達がいる丸亀城に。

 

 

「……千景……やっぱり千景じゃん!」

 

 帰ろうと思ったその時だった。突然私の名前を呼ぶ人が現れたのは。

 

「……っ!」

 

 かつて何度も私を虐げていたクラスメイトの一人……あの時とは雰囲気が違うけど……この声、顔つき……間違いなくアイツだ……。

 

「うわー! ホントに帰ってたんだ!」

「……え…」

 

 ……雰囲気……本当に違う……? この人がこんなにも無邪気に声を掛けてくるなんて、数年前は無かったはず……。恐る恐る私は口を開くと、彼女は殴る素振りが無いどころか、更に嬉しそうなテンションになる。

 

「……ホントに…って……知ってたの?」

「さっき千景を見たって人が言って回ってたのよ!」

「言って回って……」

「郡さん!」

 

 状況が飲み込めない私の前に、また別の人が現れる。今度も私を日常的にいじめてきた元クラスメイト……。同じように、期待の込もった目のまま駆けつけて来る。

 

「覚えてる!? 私たちの事!」

「………………まぁね」

 

 私が言うと、二人はお互い不安そうな表情を浮かべる。そして、それは相手の顔色を窺う媚びへつらった物へと形を変える。

 

「私達、郡さんはいつかすっごい事やるってわかってたよ! 友達だもんね!」

「……は?」

 

 思わずそんな言葉を漏らしてしまった。何を言っているのか解らなかったからだ。

 

「小さい頃ヤンチャして一緒に遊んだ千景が世界を救う勇者だなんて、ヤバいよ! 絶対すごいこと出来ると思ってたんだよ!!」

「…………」

「おおっ! 千景ちゃん!」

「この村出身の勇者様が帰ってきたぞ!」

 

 さらに現れたのは、昔私を蔑みの目で見ていた大人連中。みんな一様に興奮し、目を輝かせながら、私を取り囲む。

 何が起きているか理解できなかった私に、彼らは次々と話しかけてくる。

 

「勇者として頑張ってくれ!」

「お前ならできると信じてるよ!」

「ぜひウチの店の物を食べていってくれ! 大歓迎だ!」

「俺達の希望の星だよ!」

「ええ! この村の誇りだわ!」

「………!」

 

 私を取り囲む人は騒ぎが大きくなればなるほど、どんどん集まってくる。その中には嬉々として私を虐めていた人たちも何人もいて、それが今度は満面の笑みで褒めちぎる。

 

「千景……頑張れ!」

「アンタはアタシらの自慢なんだから!」

「ありがとう、郡さん!」

「勇者万歳!!」

 

 ……ああ、そういうこと……。最初は全くここにいる人達の心変わりの意味が解らなかったけど、よくよく考えたら簡単な事だった。

 惨めだったあの頃とは違う……私には、力がある。勇者という、唯一世界を破滅させる怪物を殺すための、人智を越えた力が……ある。

 

 そして、彼らにはそれがない。言わば力のある勇者に守られるだけの、とてもとても、無力でどうしようもないちっぽけな存在。私と彼らの間にある物は、天と地ほど離れた絶対的な差のみ。

 

 彼らが底辺……かつて私が位置していた所。

 私が天……誰にでも認められる、至高にして絶対の、一番の価値を有する者。

 

 

 

 

「皆さん………私は…価値のある存在ですか……?」

 

 誰からも、愛される存在……。私は、胸を張ってそう呼ばれて………

 

「もちろんよ。だってあなたは」

 

 

 

 ……私は、勇者だから……

 

 

Fass sie nicht an

 

 私が望む言葉が言われるまさにその瞬間、辺りは今までの騒ぎが嘘のように静寂に包まれる。

 

「………え?」

 

 誰も気付いていなかった。いつの間にか、この場に人ならざる者が紛れ込んでいたことに。そいつが今、媚びるかのような表情で私に向けて手を伸ばしていた人の腕を片手で握り締め、ギリギリとその人の腕の骨を軋ませて漸く事態を把握して……。

 

「あ………あっ……ぁぁぁ……!」

Ansonsten falte ich es

 

 人型の異形に、私以外の人全員の表情が一瞬で恐怖に歪む。

 

「「「キャアアアアアアアア!!!!」」」

「「「う、うああああああああ!!!! バ…バーテックスだぁああ!!!!」」」

 

 阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る中、私の中で長い間消化不良だった怒りの炎が燻り出す。こいつはバーテックスなんかじゃない! よくもおめおめと私の前に現れることができたものね!

 

「暁美ほむらの使い魔!!」

 

 瞬時にポケットから携帯を取り出し、勇者システムを起動する。燃え盛る真っ赤な炎のような光が私を包みこんだ。




【☆☆☆】
 撫子色のツインテールが特徴。争い事を嫌い、心優しいがドジな性格の4番目の使い魔。四国内を徘徊しているところで偶然一般市民に見つかり、戸惑う最中ベストショットを決められ慌てて逃げ出した。

【使い魔セリフ翻訳】
Fass sie nicht an(彼女に触らないで)』

 私が望む言葉が言われるまさにその瞬間、辺りは今までの騒ぎが嘘のように静寂に包まれる。

「あ………あっ……ぁぁぁ……!」
Ansonsten falte ich es(さもないと、折りますよ)』
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