ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である 作:I-ZAKKU
それは生き物ではない。かといって機械によって作られた無機物だというわけでもない。
豊富な心や感情を生み出すための魂だって持ち合わせてはいない……あるのはただ、決して変わることのない独自の性質。それから……何があろうとも主と共に在るという揺るぎない本能のみ。
『……………』
この日、小さな少女の姿をしたそれは、モヤモヤとした言葉にできない何かを感じていた。
先程述べたように、この使い魔達には心も感情も存在しないというのに、ジッとしてなんかいられないという考えがずっと付きまとう。昨日までは何ともなく、他の使い魔と聞き取り不可能な謎の言語でやり取りしながら適当に四国内を徘徊していたというのに……。
使い魔は首を傾げつつ、無意識に自慢の長い黒髪を片手で弄る。その黒い長髪は、この使い魔にとってのアイデンティティ。数週間前に主の世界の色と引き替えにこの世界に顕現した時から、この使い魔は自身の髪を大切にしたいと感じていた。
別に黒髪が珍しい訳ではない。何なら同じく黒髪かつ長髪の
何故そう思い続けているのか、その理由は使い魔自身分かっていない。髪に自身の手が触れている間、そしてゆらゆら揺れては靡くその黒髪が視界の端に映る度に、不可解な焦燥感がチラついて仕方がないのだ。
それがこの使い魔の性質の一つであった。使い魔自身は理解していなくても、本能が自らを執拗に刺激し、行動を促し続ける。
───Verpassen Sie nicht den Fehler
使い魔はその本能に従った。相変わらず意味が分からないが、それを無視することは自身の存在価値を半分否定するのと同じである。
それに、主は何も命じない。彼女の心境は主の持つ勇者システムと、自分達と繋がっている神々の霊的回路から直接流れ込んで理解している。本来ならば、それを通じて主の敵を認識。数人の使い魔によるチームプレイで敵を翻弄し、任務を遂行する。
主を支えたいのだが、その主は自分達に何も求めようとしなかった……厳密に言えばたった一つだけ使い魔全員には命令されている事があるのだが、それはやる気を出して挑むものでもなければやりがいだって感じないほど拍子抜けな物。
端的に言うと、使い魔達は揃いも揃って街中をうろつくくらい暇なのである。それも一般人に見つかると何故か大騒ぎになってしまうため、コソコソ隠れながらの徘徊だ。感情なんて物は無いくせに、各々の性質がそうであるかのように模倣し知覚させるのか、フラストレーションは溜まる一方である。
形だけの背伸びをして、彼女はそのモヤモヤの原因を探すことにした。
『Warten Sie mal』
『?』
『Du wirst es heute sein』
その時一緒にいた別の使い魔がとある物体を投げ渡す。主からの唯一の命令……それを容易くキャッチをすると、建物の屋根や屋上の上を伝ってその場から姿を消した。
『……War es so ein Kind?』
仲間にすら変だと思われている行動だった。残された使い魔の不思議そうな呟きも当然届いていない。彼女は冷たく興味なさげに放っておく事はできず、どこか不安げに佇んでいた。
本能の赴くままに動き、心底億劫そうに一台のバスに乗り込んだとある人物を見かけ、同時に使い魔の感じていたざわめきがより強まり後を追うことを決めたのは、それから数分後のことである。
◇◇◇◇◇
紅蓮のように真っ赤な光が花弁のような淡い光となって消えると、その中心に立つ私の姿は変化する。先程の光と同じ紅い装束を身に纏い、身体中に凄まじい力が湧いてくる。流れるように布袋から巨大な大鎌を手に取ると、そこからも神秘的な力が流れ込んでくるようである。
大鎌の神器『大葉刈』
農耕を司る地の神が友の葬儀に訪れた際、自分がその死んだ友と間違えられたことに激昂し、彼の喪屋を斬り捨てたとされる呪われし刃。高嶋さんの想いを踏み躙った暁美ほむらとその下僕を断罪するのに、まさにこの武器こそがふさわしい!
土居さんのように、みすみす敵を逃がすような無様な真似はしない。私の前にぬけぬけと姿を現したのなら、力付くで取り押さえてあの女の居場所を吐かせるのみ……容赦はしない!
「たぁっ!」
周囲の人達が邪魔だから、大葉刈は凪払えない。よってその場で跳び上がり、空中で大鎌を回して逆手に持ち直し、急降下の勢いをつけて石突の部分で突きを放つ。
『Eh, hey!?』
「ヒィッ…!?」
憎き使い魔は掴んでいた女性の腕を離すと紙一重で飛び退き、突きを避ける。大葉刈の石突は地面を砕いて突き刺さり、その隙に使い魔は地面を転がって距離を取ろうとする。
一瞬だけ視界に映った、使い魔に腕を掴まれていた女性……彼女の腕にはその痕がくっきりと浮かび上がっていた。悍ましい手形となってそこに残り、私以外にも見る者にはいかに強く掴まれていたのかが想像できた。きっと、あと少し力が込められていたら、彼女の腕の骨は砕けていていたであろう……。
突然現れて理由もなく残虐非道な真似をするなんて……
(……やっぱり、勇者でもない一般人を襲うのに躊躇いが無いのね、暁美ほむら!!)
今まではあの女のふざけた言動と高嶋さんのことで気に入らないというのが大部分だったけど、立派な大義名分ができた。もうどこにも暁美ほむらを放置してもいい理由なんてものは残されていない。この使い魔も同じ……完全に人間に、勇者に仇なす存在じゃない!
石突を引き抜き、すかさず追い掛けて追撃しようとするも、さっきの使い魔への攻撃に驚いて尻餅を着いて倒れたこの女性が邪魔で前に踏み込むのに僅かなロスが生じてしまう……チッ!
「うわあっ!? く、来るなっ……!!」
「いやぁぁーーっ!!!」
「千景! 早く何とかしてよ!!」
使い魔をバーテックスと勘違いしているのだろう。転がる使い魔の進行方向にいる人達が口々に叫びながら逃げ惑う。
「あ……っ!」
さっきまで私を至近距離で取り囲み、口々に賞賛の声を掛けていた人達が一変して恐怖に怯え、蜘蛛の子を散らすように私の前から人がいなくなろうとしていた。それは勇者として敬われ愛されるべき私を、揃いも揃って次々に見捨てて消え去っていくような、喪失感に似た何かを覚えそうになる。
──ねぇ……私が何をしたっていうの……?
目の前にいたはずの、私を愛してくれる人達が我先にと離れて……。
──……どうして誰も……私のことを見てくれないの……
……そして、恐怖も……愛してくれる人が誰もいない、あんな惨めな私にはもう二度と戻りたくない!!
「うろたえないで!!」
「っ! ち、千景!」
焦りを孕んだ叫びが木霊する。私は勇者なのよ……かつては見下され、忌み嫌われるだけの存在だった私は、人々に認められて当然の存在になれたのよ……!
それをたかが不気味な暁美ほむらの使い魔如きに、意味もなく踏み躙るかのように滅茶苦茶にされてたまるものか!!
「黙って見てなさい! こんな奴に怯える必要なんて……無い!!」
狙いはあの憎い使い魔ただ一つ。未だに腰を抜かして倒れたままの女性を飛び越え、着地の瞬間一気に地面を蹴って疾風の如く走り抜ける。
使い魔の移動速度は侮れないと聞いていても、周り中人だらけのこの場では進路を様々な障害物が紛れているも同然。彼ら彼女らは未知の存在への恐怖でバラけて逃げるものの、それはご自慢の脚力を有する奴にとって遅すぎる上に邪魔でしかなく、土居さんを引き離したような速度まで達することはない。
そこへ背後から、普通の人間を超越した身体能力から成される踏み込みは、瞬き程度の一瞬で敵との距離を詰める。
「やあぁああーー!!」
大鎌による広範囲攻撃のデメリットを無視する、縦方向からの振り下ろし。逃げ遅れている周囲の人々は巻き込まない、正面の忌々しい敵だけを狙い斬りつける。
『Scheisse…!』
だが、私が攻撃に移ると同時に使い魔も瞬時に反転し、左腕で身を守るように体の前に出す。その腕には円盤状の盾らしき物が装着されていた。
大葉刈の刃と奴の盾が激突した瞬間、激しい金属音と共に反動による衝撃と火花が走る。
「ぐぅ……!?」
その瞬間、真っ赤に燃え盛っていた私の闘争心は上から押さえつけられる。両手の痺れるような痛みと、予想外の戸惑いで……。
あの盾、何て硬さなの……!? 神の力が宿った神器なのに、まるで巨大な大理石の柱を思いっきり素手で殴ったような異常な手応え……大葉刈で斬りつけたのに傷どころか痕すら残っていない……!
それでいて私の手にはその硬度故にビリビリとした痺れが残っている……。大鎌を握り締める手が今にも弛んで離れそうだった。
ジンジンと響く手の痛みとこいつらへの怒りで顔は歪んでいるのかもしれない……。そんな私と目が合った使い魔に表情の変化は無い。ただひたすらに不気味で、嘲っているかのような三日月型の口と見開かれた目が、私の神経を逆撫でさせる。
「こ…のっ…!! 嘗めるな!!」
『Stop!』
意地で力を込めて大鎌を握り締める。盾でカウンターを決めたからか、油断して動きを止めいる使い魔に左から右にかけて大鎌の一閃を放つ。ギリギリのところで体を攻撃の方向に向けられてしまい、腕を反対側の真横に伸ばして再び盾に遮られてしまう。握り締めている両手を反動が襲うも、無視よそんなもの!
痺れが何だって言うのよ……この程度で私が止まるわけがない。土居さんが暁美ほむらを逃がしたと知って彼女を責めたくせに、もし私もこいつを逃がしてしまえば、人のことを言えない……この上なく滑稽な身の程知らずになってしまう! そんなの、絶対にあっていいわけがない、許せるわけがない!!
咄嗟に大葉刈を弾いたことで生まれた一瞬の硬直。更に使い魔の体勢は今、直前の防御によって体を右側に半回転している。大葉刈はその勢いを殺され止められてしまったけど、神器だけが私の、勇者の武器じゃない。
パワーアップした身体能力もまた強力な武器となる。
「はああああああっ!!」
『…!?』
大鎌を手放し、踏み込んで奴の死角の外からの回し蹴りを放つ。私の右足が背の低い使い魔の後頭部に命中し、そのまま吹き飛んでコンクリートの擁壁に激突した……。
「どうよ……!」
……あまり得意ではなかった格闘技。それでも勇者としての訓練の中で多少は身についてはいた。そして何よりも、武術を華麗に使いこなす高嶋さんの姿が私の記憶と網膜に焼き付いている。見様見真似だけど、それが今こうして憎き暁美ほむらの使い魔に目に物を見せることができた……ありがとう高嶋さん!
無様に吹っ飛んだ結果、顔面から叩き付けられた使い魔。衝撃で土煙や割れたコンクリートの欠片がパラパラと舞い落ちる中、両手はだらんと力無く垂れ下がり、そのまま動こうともしない。
……手応えは確かにあった。効いたのかしら……? 気絶しているのならそれに越したことはないけど、この使い魔とかいう奴らは全くの未知なる存在。後頭部に強烈な一撃を入れることができたと言っても、そこが人間と同様に急所であるという確証は無い……。
地面に落とした大葉刈を拾い、細心の注意を払いながら歩く。
用心して近づかなくては……こいつは捕まえなくてはいけない。さっきから変な言葉ばかりで日本語が話せないのだとしても、何としてでも暁美ほむらの居場所を吐いてもらわなければいけないのだから。
「……や、やったのか!?」
「スゴいよ千景…! アンタ最高だよ!」
「どうだ化け物! ザマーミロっ!」
周りの誰かの声が聞こえる。それは、この場で考えたくもないゲームのあるあるどころかお約束の展開を私に思い出させる……余計なフラグを……馬鹿なの!?
『!』
「ヒィッ…! まだ生きてる!!」
嫌な予感は的中した。使い魔が再び動き出し、両手だけを上空へと掲げ上げる。
「くっ…!」
何かある……慎重に動いている場合ではなくなった。地面を蹴って、未だ擁壁に体をめり込ませて背を向けたままの敵を斬りつけるべく飛び出し……
『ypaaaaaaaa!!!!』
刹那、私は確かに目撃した。使い魔の両手に突如として現れた真っ黒い棒状の得物を……。それを握り締めた使い魔がその棒を正面に辛うじて捉えられたスピードで振り下ろした結果、奴の持つ武器が硬いコンクリートに叩きつけられた瞬間……
ドゴオオォン!!!!
「……っ!!?」
「う、うわああああっ!!? ぶっ壊しやがったぞ!」
数メートルの大きさのコンクリートの擁壁は、たった一回の打撃でまるで発泡スチロールのように呆気なく、粉々に砕け散る。爆発でもしたかのような大量の土煙とその破片を辺りに撒き散らしながら崩れ落ちていく……!
「しまっ……!? ……う…くっ! ……目が……!」
奴に向かって全力で駆け出していた私はモロにその土煙を浴びてしまう。土煙が目に入ってしまい、視界を塞いでしまう失態まで犯してしまった…!
「このっ…!」
前が見えない中、一か八かの斬りつけ……手応えは皆無。当たらない……! 逃げられたか……!
それに土煙に遮られてなのか、両目の痛みで集中できないせいか、勇者の感覚を以てしても奴らしき気配も感じ取れない……!
焦りを覚え、腕で目元を擦ってどうにか視界を取り戻す。まだ開ききってはいないけど……それに煙もまだ晴れきっておらず、辺りに舞っている。
そしてあの使い魔は見当たらない。激突したコンクリートを木っ端微塵に吹き飛ばし、それによる目くらましでそのままどこかに隠れてしまった。
「どこに……!」
「や、やっぱり化け物だぁああ!!」
「ちょっ、そこどいてよ!! 逃げられないじゃない!!」
「おいババアなにボサッとしてんだ!! 邪魔なんだよ!!」
「あうっ!」
そんな状況の中聞こえてしまった、力の無い一般人の慌てふためき恐怖に怯える絶叫。目の前の異形の持つ力が明らかになり、それが今度は力の無い自分達の身に降りかかるのではないかと恐れるほかない。他人を押しのけてまで醜く、自分がこの状況から助かることだけしか考えていない。
いや、それでも彼らにはまだ、縋れる存在がいる。
「千景!! 早くなんとかしなさいよ!!」
「っ!?」
「アンタ人間を助ける勇者なんでしょ!?」
「そ、そうだ! バーテックスを倒せ!!」
「千景!!」「郡さん!!」「おい!」「千景ちゃん!!」「やれえぇっ!!」
勇者に……私にあの使い魔をどうにかしろと次々に叫ぶ声がする。
私ならできると、全幅の期待を寄せている彼らの視線と声が一斉に集まる。昔の私には決して向けられることはなかった物……認められ、望まれ、愛されるからこそ、それが今こうして私を求めるのだ。
……そう、彼らはこの世界の希望である私の力を信じて……
「何ボケッとしてんだ!!」
「…………?」
信じ…て………
「どこ見てるのよ!! バーテックスをやっつけろって言ってんの!!」
「アンタの役目でしょ!? アタシ達を守るんでしょう!? 何やってるのよ!!」
「早く殺せよ!! ちんたらしてんじゃねぇ!!」
……えっ………でも……あの使い魔、今どこに隠れて……
「ちかげー! はやくぅ!」「はやくこいつをやっつけてよぉお!!」「なにグズグスしてんだよ!!」「はやくしないと殺されっちまうぞ!!」「殺してくれって言ってんのがわかんねェのか!?」
……違う……みんな、私に期待しているわけじゃ……ない……?
昔と似たような、同じような罵声入り混じる怒号が聞こえる。私があの使い魔を見失って動けないことに苛立ち、怒りを露わにしている……。
なに……これ……勇者に選ばれたのに、結局は何も変わらないってことなの……!? 私は変われたんじゃないの!? 誰にでも認められる存在に……価値のある愛された存在に!!
今の私に向けられている物は、惨めで弱い、殺したいほど大嫌いな私自身に向けられていた物と同じもの……。
私は、何も変わっていない……!? 人々に疎まれ、嘲られ、憎まれ、呪われる……私は……私は……どうすればいいの!?
「何やってんのよ!! 結局勇者になっても役立たずじゃない! この無の…」
『Halt deinen Mund!!!!』
「……!?」
突如として聞こえてきた謎の言語……その言葉が紡がれた瞬間、辺りに漂っていた土煙の中から一つの黒い影が飛び出した。
それはまるで弾丸のようなスピードで一瞬にして人々の顔の前へと現れ、その眼前の地面に向かって真っ黒な棒を叩きつける。
ドゴオォン!!
「うわぁあっ!!?」
「きゃああっ!!!」
「ひぃっ……!」
叩きつけられた衝撃で砕けるアスファルトの地面。
地面は陥没してクレーターのように凹み、そこにいた人々は衝撃による振動で倒れ込み悲鳴を上げた。
『Halt deinen Mund!! Halt deinen Mund!! Halt deinen Mund!! Halt deinen Munnnnnd!!!!』
「あ……あぁっ……!」
目の前に飛び出し驚異的な力が奮われ、彼女達に当たらずとももしものイメージを抱かせるには十分すぎた。ましてやその使い魔は今、烈火の如き勢いで意味不明な言葉を叫び続けている。
怒り狂っている……そうとしか見えない異形の姿に、彼女達は自分達の命が数分後も続いているのか読むことができるはずがない。
気が強かったであろう彼女が初めて身を以て悟る死の恐怖。先程までの私に対して不平を叫んでいた気力は完全に消え失せて、ガタガタ震えながらボロボロと涙を流す。更には失禁してしまったのか、ズボンの股間部分が濡れて染みが広がる醜態まで晒してしまう。
もう誰も動かない。あれだけ威勢良く騒いでいた人々が全員、恐怖で体を震わせて固まってしまっている。
……ただ一人、私だけを除いて。
(……こいつだ……! こいつがここに現れてから何かがおかしくなった!)
さっきまで私は賞賛されていた。認められていた。誰もが私の存在を祝福し、かつての忌々しい過去は忘却されたはずだったのに!!
この使い魔が現れた途端に全てが巻き戻ろうとしていた。満面の笑みで私を褒めちぎっていた人達は皆、それを消して昔のような私を責め立てる荒々しい表情と声になっていた! 勇者という絶対の力なんて関係無しに、かつての虐げられ続けていた郡千景を見る冷たい目と何が違うの!!
(こいつさえ……! 暁美ほむらさえいなければ!!)
そう確信した私は即座に武器を握りしめ、走り出す。
「お前達だけは許さない……!」
私の願いを奪う悪魔の姿を再び視界に入れ、絶対に倒してやるという思いを込めて叫ぶ。
「暁美ほむらぁああああ!!!!」
使い魔が接近する私に振り向くよりも早く、私は大鎌を斬り上げた。
瞬時に自分が攻撃されていることに気が付いた使い魔。相変わらずの反応速度で回避行動に移るけど……捉えた!
こいつがバックステップで飛び退く瞬間、斬り上げた大葉刈は奴の左腕を捉えていた。厄介な硬すぎる盾の上を、なおかつ肘より上に刃が吸い込まれ、斬り飛ばす!
『!?』
宙に舞い上がる奴の左腕と、そこに装着されたままの盾。唖然としながらそれを見つめる使い魔に対し、私は攻撃の手を緩めない。
「まだ終わりなわけがないでしょう!!」
すかさず、そのまま大鎌を横に薙ぎ払った。大きな峰が使い魔の腹部を殴り抜け、奴の体が吹き飛ぶ。だが、私はそこで追撃の手を止めない。地面に倒れ込んだ使い魔の頭上に飛び上がり、落下と共に大鎌を振り下ろした。
「はあぁあっ!!」
『!!』
仰向けで倒れ伏したままの使い魔だったけど、奴は右手に握りしめたままの棒状の得物で攻撃を弾く。だけど、今の私にとってそんなことは想定内よ!
「無駄よ!!」
私は空中で回転しつつ、遠心力を加えた大鎌をもう一度振る。今度は横から、奴の唯一の武器を弾き飛ばす!
「やぁあああああっ!!」
『……!』
硬質な音を立てて、ついに手から離れた得物が飛ばされる。着地と同時に、両足で使い魔の右手と胴体を体重を乗せて踏みつける。押さえつけ、動けないよう拘束する。
大鎌を再び構え直し、首筋に刃の先端を突きつける。いつでもお前を殺せるのだと告げるように……。
「暁美ほむらの居場所はどこ?」
……本当なら今すぐにでも、私の幸せを壊したこいつを始末したい。その首を撥ね飛ばし、暁美ほむらの手先をこの世から抹消させたい……!
それは……後回しよ。こいつには吐かせなくてはならない事がある。諸悪の根元たるあの女の事を……高嶋さんの前に引きずり出し、地べたに這い蹲らせて自分が何をやらかしたのか懺悔をさせるために!
『………』
「答えなさい!! 暁美ほむらはどこ!?」
『……übel』
ボソッと訳の分からないことを呟くと、抵抗しようと奴の右腕に力がこもる。でも所詮はそれだけ。踏みつけたままの右足に重心を預け、完全に動かせないよう固定する。
右腕を封じ、左腕も失われた。身動き一つ取れない……もはやこの使い魔に打つ手はない。
「暁美ほむらはどこ!? 答えないつもりなら「……せ…!」……え…?」
……私以外の声が聞こえた。まともな言葉を何も言わない使い魔が遂に口を割った……わけでもない。その声は目の前の見下ろしている使い魔ではなく、横から聞こえたものだから。
顔を上げてその方向を見る。そこには……羨望と期待に満ち溢れた人々の清々しい顔……?
まるで自分達の手が届かないトップアイドルやプロのスポーツ選手が目の前にいるかのように、彼らは私を見つめて興奮している様子だった。
そして口々に、彼らは望み待ち焦がれる瞬間の公開を、今か今かと期待し叫びだす。
「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」
「あ……」
言葉を一瞬失った……だって……
私の幸せが戻ってきたのだから……!
彼らが私に向ける視線が使い魔が現れる前のそれだもの。驚異的な力を見せた使い魔は、私の手によってこうして無様な姿を晒している。自分達に危害を加えようとしていた存在は捕まり、私が少し大鎌を動かすだけで奴は終わりだ。
私が彼らを救った……それがこの場にいる全ての人達の心を、私の元に引き戻した! 私が決して無価値なんかではない、その真逆の存在であることを知らしめた!
「やっぱり勇者ってすげえよ!」
「千景ーー! 早くやっちゃいなよ!」
「クソッタレなバーテックスをぶっ殺せー!!」
「見せてくれよ! バーテックスを殺す勇者様の大活躍!」
「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」
今度こそ明らかに、みんなが私を認めていた。私にこれ以上ないほどの想いを込めて、心地良い感情が私を包み込む。
「……ふ…ふふ……あーっはっは!!」
なんて……なんて最高な気分……! 私を見下し嫌う者が一人もいない光景が! 私の一挙一動にプラスの感情ばかりを向けられる充足感!
これが今の私なのね……! 本当に惨めだった頃の私と訣別できたのね……!
私は彼らに愛されているのね
大鎌を少し上に構え直す。彼らにこいつの首が飛ぶ瞬間をハッキリと見届けさせるために。
結局こいつは暁美ほむらの居場所を吐くつもりはない。そもそも何を言っているのかすら分からない。期待するだけ無駄……もはや用はないのだから、ここでその命を刈り取ってあげる。
それに、そっちの方が彼らが喜ぶ。忌々しいこいつが惨たらしく散れば、散々怯えてきた彼らの気が晴れるというもの。そして、こいつを倒した私はもっともっと、なくてはならない存在として認められるのだから。
「じゃあね♪」
嗚呼……こんな満ち足りた気分で大葉刈を振り下ろすなんて……初めて♡
「「「「殺せ!! 殺せ!! うおお 」」」」
突然、周りの人々の叫び声が止んだ。まるでこの世界その物の時間が止まったかのように……
『ビーーーッ』
「っ!?」
鳴り響いたその音で身体が硬直してしまう。大鎌の刃が使い魔の目の前で止まり、全身に冷や水を浴びたような錯覚に陥った。
「これは……!」
バッと顔を上げて再び辺りを見渡す。私に期待を寄せていた彼らは本当に止まっていた。数週間前の巫女の三人と全く同じように……。
「……バーテックスの…襲撃……!? このタイミングで!?」
けたたましいアラートを鳴らし続けるのは、私の携帯の勇者システム……。この場において予想外すぎた、二度目のバーテックスの進行を告げる。
(……っ! それよりも、今はこいつにトドメを……)
驚きのあまり止めてしまった攻撃を再開しようと思い直し、使い魔に視線を戻した私の視界には……
「……Verzeihung……!」
「………え」
こちらに向けて伸ばされている、失われたはずの奴の
ハンドガン
耳を劈く発砲音が静寂な世界に轟いたのかと思いきや、私の右肩に言葉にできない熱さと激痛が走り、赤い液体が飛び散った。
【◆◆◆】
黒髪ロングストレートの2番目の使い魔。自分でも意味が分からないままこの髪を大切にしている。真っ黒な細長い棒を武器として扱うだけでなく、奥の手として銃を隠し持っている。
【使い魔セリフ翻訳】
それがこの使い魔の性質の一つであった。使い魔自身は理解していなくても、本能が自らを執拗に刺激し、行動を促し続ける。
───Verpassen Sie nicht den Fehler(間違えたら駄目だ)
形だけの背伸びをして、彼女はそのモヤモヤの原因を探すことにした。
『Warten Sie mal(ちょっと待って)』
『?』
『Du wirst es heute sein(今日はあなたの番よ)』
その時一緒にいた別の使い魔がとある物体を投げ渡す。主からの唯一の命令……それを容易くキャッチをすると、建物の屋根や屋上の上を伝ってその場から姿を消した。
『……War es so ein Kind?(……あんな子だったかしら?)』
周囲の人達が邪魔だから、大葉刈は凪払えない。よってその場で跳び上がり、空中で大鎌を回して逆手に持ち直し、急降下の勢いをつけて石突の部分で突きを放つ。
『Eh, hey!?(どうして!?)』
「ヒィッ…!?」
大鎌による広範囲攻撃のデメリットを無視する、縦方向からの振り下ろし。逃げ遅れている周囲の人々は巻き込まない、正面の忌々しい敵だけを狙い斬りつける。
『Scheisse…!(ふざけないで…!)』
ただひたすらに不気味で、嘲っているかのような三日月型の口と見開かれた目が、私の神経を逆撫でさせる。
「こ…のっ…!! 嘗めるな!!」
『Stop!(止めて!)』
何かある……慎重に動いている場合ではなくなった。地面を蹴って、未だ擁壁に体をめり込ませて背を向けたままの敵を斬りつけるべく飛び出し……
『ypaaaaaaaa!!!!(やあああああああ!!!!)』
「何やってんのよ!! 結局勇者になっても役立たずじゃない! この無の…」
『Halt deinen Mund!!!!(黙りなさい!!!!)』
地面は陥没してクレーターのように凹み、そこにいた人々は衝撃による振動で倒れ込み悲鳴を上げた。
『Halt deinen Mund!! Halt deinen Mund!! Halt deinen Mund!! Halt deinen Munnnnnd!!!!(黙れ!! 黙れ!! 黙れ!! 黙れぇええええ!!!!)』
「答えなさい!! 暁美ほむらはどこ!?」
『……übel(……どうしよう)』
驚きのあまり止めてしまった攻撃を再開しようと思い直し、使い魔に視線を戻した私の視界には……
「……Verzeihung……!(……ごめんなさい……!)」