ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第六十六話 「幻想」

「暁美が千景の元に……」

「私が何ですって?」

 

 この声は………戻ってきたわね、偽りの元の世界に。目の前に見える建造物は丸亀城……それから、戦闘を終えたばかりの様子のこの時代の勇者達。直前まで私の周りに気配がなかった五人の少女。

 

「暁美……!」

 

 ……思った通りね。かつて彩羽さんと乃木さんが、私と友奈と東郷を自分達の元に呼んで満開の真実を語ってくれた……。勇者の力を使えば、樹海化の解除と共に念じた地点に転送される。

 私が会わせろと念じた、あの二人以外の勇者の元に。

 

 ……思いつきで念じながら、樹海化している地面を二度三度踏みつけただけだけど、これくらいの要求なら神樹にも通るのね……ふん、狭量な神が。

 罰当たり? 知った事じゃないわ。私を元の世界に戻すのを拒んで殺そうとしたやつに敬意なんてあるわけない。今も昔もこれからも。

 

「暁美さん……!? その姿は!?」

 

 耳に残るうるさい大声。私を見るなり顔を青ざめさせる様子を見せるのは白鳥歌野だ。何やら勇者全員固まってメガほむ……鹿目ほむらの身体を支えている中、白鳥歌野一人だけが立ち上がって離れると、私の方に駆け寄ってくる。

 

「き、救急車!! 誰か救急車をコールして!!」

「………」

「しっかりして暁美さん!! ああなんてこと……目が虚ろだわ……お願い、死なないで暁美さん!!」

「触らないで」

「っ!」

 

 馴れ馴れしく延ばされた白鳥歌野の手を払い除けると、焦り一色だった白鳥歌野の顔から血の気が引いてゆく。私の事を気遣おうとしたみたいだけど、その必要はないわ。見た目は血塗れでも実際には痛みも大きな怪我もない。その余計な献身がただただ鬱陶しいだけだもの。

 

「あ、暁美さん……?」

「……勘違いしないで。これは私の血じゃないわ」

「そ、そうなの?」

「二度同じ事を言わせないで」

「それじゃあ……暁美さんは大丈夫なのね……!」

 

 不安一色だった表情を露骨に弛ませ、白鳥歌野は胸を撫で下ろしていた。その態度を見て私は思う。

 

 こいつは馬鹿なのかと。私が其方の立場なら尋ねるか警戒するしかない点に気づいている様子がない。

 

「あなたの血じゃない……? えっ!?」

「じゃ、じゃあ……それはいったい誰の血だって言うんですか……?」

「………」

「そうだ……お前は千景と会っていたはずだ。そこには友奈を向かわせていた!」

「郡さんと高嶋さん……緊急事態ってまさか……!」

「……ええ、その通り。その二人には会ったわ……それで、あなた達は何が言いたいのかしら?」

 

 はっきりと気づいた様子を見せたのは三人。乃木若葉と鹿目ほむら、それから覇気の無さそうな大人しげな少女……この時代の勇者の名前で残っていた最後の一人、伊予島杏……だったかしら。

 まあそんなことはどうでもいい。彼女だって、郡千景と同様にその存在価値は無いもの。逆に彼女達の方はこの問題を無視できない。私の全身に付着している血は他人の物なのだから。この血を流した者の安否……その原因を突き止めずにいられない。

 

 白鳥歌野と私を除き、既に樹海化解除と共に勇者の状態も解除されているにも関わらず、乃木若葉は右手に握りしめた刀の切っ先をこちらに突きつける。怒りと不安が表れたその手は僅かに震えていて、動揺を隠せていない。

 

「千景と友奈をどうしたんだと聞いている!!」

「ああ……」

 

 この場にいない二人の勇者……つい数分前まで私の目の前に立っていた二人が今どこにいるのか、どうなっているのか、彼女達は何も知らないのだから。

 

 そう、全部知らない。ここの無能共は。

 

「安心していいわよ。高嶋友奈には手を出していないわ。一応、あの女に何かあれば困るもの」

「友奈には……だと……千景はどうした!? 言え! 言わないとただでは済まさんぞ!」

「郡千景は──」

 

 ───ぐんちゃん!!!! ぐんちゃん!!!!

 

 ふと思い出す。あの時高嶋友奈が必死になって友奈と同じ声で呼ぶ名前が、あの落第勇者の物だった事を。

 

 醜くも地べたに倒れ伏し、力無く四肢を投げ出して、まるで壊れた人形のように動かずにいた女の手を取って叫ぶその姿……偽物にしか見えない、実際偽物でしかないそれは実に空虚な光景……。

 

 何もかも目障りで、消えてしまっても構わない。

 

「──殺した

「「「「「っ!!?」」」」」

 

 殺気に似た怒気が漏れたわね。中でも乃木若葉、彼女はただ一人瞳に憎悪を宿らせながら前に踏み込んだ。

 

「貴…様ァアアアア!!!!」

「若葉っ…!」

「……」

 

 勇者に変身することなくその武器を振り上げる乃木若葉。刃ではなく峰の方なのは勇者らしく非情になれない心の甘さ故か。

 

「愚かね」

 

 それが私に振り下ろされる前に、何も無い所から音もなく現れた二体の使い魔が同時に振った鎌と棒状の得物が風を切る。勇者ではない生身の状態で使い魔二体の攻撃を防ぎきれるわけがない。硬質な金属音と火花を放ち、その衝撃は彼女が握りしめた刀をも叩き飛ばす。

 

「ぐっ!?」

「つ、使い魔!? いつの間に……!?」

 

 使い魔召喚……どこにいるのか分からずとも、私の意思一つで即この場に彼女達を呼び出せる。そして私の思い描いた指示を躊躇無く実行する。

 呼び出し指示した内容通り、鎌持ちの使い魔はそのまま乃木若葉の首に刃を当てる。下手に動けばその首を切り落とすとでも伝えるように、その首筋から一滴の血液が流れ落ちた。

 

「こいつが……! こいつらが……!!」

「乃木さん…!」

「若葉さん!」

「若葉ッ!? 暁美ィ!! お前いい加減に……!!」

「あ、暁美さんやめさせて! 怪我しちゃうのはNGよ!」

「………」

「若葉も落ち着いて! さっきのはジョークに決まってるじゃない! 普通に考えてありえないでしょ!?」

 

 ……今の乃木若葉や他の勇者達の姿を見て考えが浮かぶ。仲間の危機には動いてしまい、見て見ぬフリなんてできやしない……腐っても勇者だというからには、乃木若葉以外の他の勇者も十分暴れる可能性がある。

 

「仕方ないわね」

「ホッ……。でも暁美さん! 千景さんを殺しただなんてジョークはいくらなんでもバッドテイストすぎる……」

 

 本当……溜息すら出てこない。再度使い魔達に命令を出す。

 

「全員、黙らせなさい」

「えっ……うっ!?」

 

 新しくこの場に呼び出した四体……今、ここに六体いる私の僕全てが集結する。

 

 その内の二体……ツインテールとボブカットの使い魔はさっきから隣で姦しい白鳥歌野の腕を掴み、そのまま地面に引きずり倒して拘束させる。彼女の声はもう聞き飽きた。

 

「ひっ…!?」

 

 続いて伊予島杏の側に立って彼女の頭部に向けてボウガンを構えるのが一体。怪しい動きを見せたら即座に撃ち抜いてもらう。

 

「何…おわぁっ!!」

 

 最後の一体も土居球子に猛ダッシュで突進し、地面に押し倒したところでその上に馬乗りになる。

 

「痛ってぇぇ……くそぉ、どきやがれ! ……ってお前! タマのモバイルバッテリー盗んだヤツ!! またしてもお前かぁあああ!!!!」

「土居さん、伊予島さん、白鳥さん…! っ!?」

 

 そして既に疲労で満身創痍のような鹿目ほむらに、鎌持ちの使い魔と一緒に呼び出していたロングストレートヘアーの使い魔が棒状の武器を突きつける。銃があるならそっちを使えばいいのに。

 

 目障りかつ耳障りな彼女達全員の拘束及び無力化が完了。仲間の犠牲が引き金になって全員が抵抗を始める……それは別に構わないけど面倒だから、誰も動くんじゃないわよ。

 

「ぐっ……暁美さんどうして!? なんで止めてくれないの!?」

「うるさいわね。骨の一本か二本でも折れば静かになってくれる?」

「……暁美…さん……?」

 

 地に伏した白鳥歌野を一瞥もせず、彼女を拘束する使い魔に命じる。

 

「やりなさい」

 

 白鳥歌野の両腕を、曲げてはいけない方に力を込めさせ……

 

「あぐぅっ…!」

「歌野!! どけぇえええーーーーっ!!!!」

『!?』

「チッ……」

 

 その時乃木若葉が自分の首に当てたれたままの鎌を掴み押し退ける。刃は彼女の手の平に食い込み血が噴き出す。それでも決してその力を弛ませず、強引に刃を自分の首元から離させた。

 

「許さんぞ貴様等ァ!!」

 

 自らの手に刺さったままの鎌をそのまま奪い取り投げ捨てる。迸る激しい怒りと共に、乃木若葉の伸ばした手が使い魔の胸倉を掴んで持ち上げた。

 いくら使い魔が子供程度の大きさしかないと言っても、その身体能力は勇者に引けを取らないはず……にも関わらず、あの状態から生身の身体のままで逆転するとはなんて雄々しい……。完全に本来の意味での女子力を棄てて、風先輩的な意味での女子力を発揮しているわね……

 ……だからあの女と風先輩を重ねるな…! 誰よりも立派で頼りになる先輩と無様な敗残兵を一緒にするな!!

 

「こ…の……外道共がぁあああ!!!!」

 

 宙吊りでもがき抵抗する使い魔を、一回転するように振り回し私へと……否、白鳥歌野の方に投げつける。今まさに彼女の腕を折る寸前の二体の使い魔へ……。

 

『『Aua!』』

「っ……! わ、若葉!」

「離れろ!!」

 

 二体とも、手を離して突然飛ばされてきた仲間を慌てて受け止めた。おかげでその隙に立ち上がった白鳥歌野は困惑を隠せずにいながらも私や使い魔から距離を取って警戒態勢……。

 まあいい。結果的に黙ってくれさえすれば、わざわざ手を出す必要もない。それにさっきまでの反応からして、白鳥歌野は私に危害を加える素振りは一つも見せないし……。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

 ……黙れって言ってるのに、乃木若葉はこちら目掛けて走り出した。落とされた武器を拾いに行かず、目の前の私に全てをぶつけようとその拳を振りかぶる。

 

「後ろ……気をつけたら?」

「ぐぁ…っ!?」

 

 乃木若葉の背後から飛びかかる三つの影。私しか見ていなかった乃木若葉は、先程自分自身が投げたりそれに巻き込んだ使い魔の手により地面に押し倒される。

 念入りに手足や胴体を三体がかりで押さえつけ、もはや彼女が動かせるのは頭ぐらい。それでもなお殺気走った瞳は私から離さず、少しでも使い魔の力が弛めば吹き飛ばしそうな勢いで抵抗し続けて起き上がろうと吼えている。

 

「あああああああああ!!!! ふざけるなふざけるなふざけるなぁあああ!!!! 千景を殺したなどと……暁美ィィイイイイ!!!!」

 

 自分の命が懸かった脅しに怯まなかった……そんなものは関係ないってわけ。自分の命よりも、ここで私を殴り倒さないと気が済まないと。

 

 ……まったく、面倒な奴。これが土居球子みたいに他の勇者達ならどうでもいいけど、乃木若葉は高嶋友奈と同様本当に殺すわけにはいかないのに。わざわざ彼女達に説明する時間は無意味なのに、仕方がない。

 

「話は最後まで聞きなさい。殺していないわよ」

「「「「「………えっ……?」」」」」

 

 殺したと口にしたけど、本来ならその後にそれを打ち消した言葉を紡いでいた。その前に早とちりした乃木若葉の暴走に邪魔されただけで、本当は殺してなんかいない。

 

 連中の勘違いを正すよう呆れ果てながら口を開くと返ってきたのは間の抜けた声。白鳥歌野も土居球子も伊予島杏も鹿目ほむらも、そして怒りに支配されていた乃木若葉ですら目を丸くしていた。

 

「郡千景。死んではいないはずよ」

 

 あれから私のいない所で失血死していない限り、生きている。その上今は高嶋友奈が側にいるだろうし、樹海化が解けた今なら病院に……勇者というVIPを受け入れられる、大社絡みの施設に向かっているんじゃないかしら。そう、つまり……

 

「ハァ…ハァ…ッ…!! みんなぁああ!!!! ぐんちゃんが…ぐんちゃんが!!!! ……っ!!?」

「あら、噂をすればお戻りね」

 

 思ったより早いタイミングで現れた。空高く飛ぶような跳躍を繰り返し、並みのヘリコプターなんかよりもずっと速いスピードでここまで走ってきた彼女、高嶋友奈。

 そしてその背に背負われている、既に意識を手放した血塗れの……。

 

「ぅ……うぅ…」

「ち、千景さん!!」

「そんな……酷い……!」

「ねえ? まだ死んではいないでしょう? 高嶋友奈」

「……なん……で……まだ向こうに居たんじゃ……!?」

「裏ワザよ」

 

 私の発する言葉にすら警戒心を露わにしながら、一歩だけ後退る高嶋友奈。そこには初めて出会った日のような人懐っこい笑顔も、誰にでも振りまくような快活な雰囲気すらも無い。何故ならさっき……。

 

「まだぐんちゃんを傷つけるつもりなの!?」

「変わらず郡千景が私の邪魔をするつもりなら。だけどいっそのこと、この場で終わらせてもいいかもね」

「……っ!」

「……チッ」

 

 やはり私はこの女が気に入らない。友奈と同じ顔で、そんな不安しかなさそうな友奈の顔でこっちを見ないで。不快でしかないの。

 

「友奈ぁ!! 千景は……千景は生きているのか!!?」

「う、うん!! だけどいっぱい血が流れちゃってて……急いで手当てしないと本当に……!!」

「大社に連絡を、友奈さん!! 千景さんしっかり!!」

 

 今まで私に噛みつかんばかりの怒りを見せていた乃木若葉も意識がそちらへ向かう。他の勇者達もそう、唯一無害そうだから拘束していない白鳥歌野も一目散に二人の側に駆け寄り、郡千景の手を取って力強く呼び掛ける。それでも郡千景が返す言葉は一つもない……当然よね。

 

「く、ぐぅぅぅ……おおおおおお!! 暁美!! 今すぐこいつらをどけろ!! どけるんだ!!!!」

「私にメリットが無い。第一こうしてあなた達を拘束しているのも、元はと言えばあなたが私に危害を加えようとしたからよ。分かってる?」

「ふざけんな!! それだってお前が千景を殺したなんて言うからだろ!! 若葉は何にも悪くない!!」

「図々しいわね。もっと痛い目を見ないと分からないのかしら? それとも……」

 

 喧しい乃木若葉と土居球子から目を背け、歩いて地面に落ちたそれを拾い上げる。この質感ときめ細やか、実に良く斬れそうね、乃木若葉の刀は。

 

「「……っ!?」」

 

 そして乃木若葉と土居球子の代わりに色のない視界に収めるのは……伊予島杏と鹿目ほむら。使い魔達に武器を突きつけられ身動きの取れない彼女達の元に、刀を握りしめながら一歩ずつ歩み寄る。

 勇者達は自分が傷つく事を厭わない……

 

 なら、自分以外の人が傷つけば分かってくれる?

 

「「……ッ!!? やめろぉおおおお!!!!」」

「………」

「分かった、分かったから!! それだけはやめてくれ!!!!」

「お前の言うことに従う!! 私達は千景の側に居てやりたいだけなんだ!! だからっ………頼む暁美!!!!」

 

 地べたから顔を見上げながら必死になって懇願してくる二人……ここまで牙を折れば十分かしら。もう向かってくることはないでしょう。

 指を鳴らすと彼女達を押さえ込み拘束していた使い魔達が一斉に散らばる。勇者全員の視線がバラバラのタイミングで全てが私に向けられ、それでいて揃いも揃って苦虫を噛み潰したかのような苦悶の表情を浮かべる。けれども誰も私を糾弾しようとしない……全員にとって郡千景の側に駆け寄ることの方が重要だから? それとも、次は無いと分かっているから……なのかしら。

 

「くっ…! 千景!!」

「千景さん!! 千景さん!!」

「しっかりしろ!! おい!!」

「だめっ! 肩に触らないで……! 一番酷いのはそこだから……」

「……っ! もしもし! こちら勇者、鹿目ほむら! 至急救急車の手配を……!」

 

 ……仲間……か……。彼女達にとって郡千景の存在は尊いのだろう。仲間の存在が人の魂を激しく揺るがし、それは先を切り拓く全ての源になる。それは私が一番良く理解している。

 

 それを突然失う恐ろしさも……もっとも、彼女達がどうなろうとも私の知ったことじゃないけど。私達の未来と彼女達の命、比べるまでもない。

 ……それにしてもこの刀、効果はあるのかしら? このまま盾に直してもいいけど、素人の私に訓練を重ねた夏凜のように実戦で使いこなせると考えるのは烏滸がましい。一応役に立つ時が来るかもしれないから持っておいて損は……

 

 なんて思いながら柄を握ったままの乃木若葉の刀を見ていると、刀身に何かが纏わり付く手応え。その瞬間刀が勢いよく引き抜かれ、私の手から離れる。

 

「フレンドがフレンドの刀で、また別のフレンドを傷つけるのなんて…見たくない……!!」

 

 宙を舞うように引っ張られた刀は、その鞭をしならせた白鳥歌野の手の中に……取り返された。白鳥歌野の鞭の範囲内ギリギリ。他の勇者が郡千景の元に集まる中、白鳥歌野だけは前に出て仲間の武器を取り戻した。

 ……反抗の意図があると見るか……いや、今のセリフからして私に乃木若葉の武器を奪われたままなのが嫌なだけ。正直もう何も来ないだろうと油断していたところに私を狙わずに刀に鞭を巻き付けた。だったら変わらず、白鳥歌野は私の障害にはならない。

 

「別に良いか……返すわ、その刀。乃木若葉に雑魚狩りをさせる方が効率的だわ」

 

 刀に未練があるわけでもないしやっぱりいらない。私にはそれよりも各段に勝る力がある。時間停止や爆弾然り、満開が。

 

 白鳥歌野は刀を手にしたけど案の定動きはない。代わりに何かを訴えそうな瞳がこちらに向けられる。

 

「……本気…だった……。若葉と球子さんが止めていなかったら……本当に杏さんとほむらさんを殺す気だった……!」

「良かったわね、そうならなくて。でもこれで分かったでしょう? 私の邪魔をするとどうなるのか」

「暁美さん! 本当にあなたが千景さんを……!?」

 

 ……いい加減くどいわね。とはいえまだハッキリと言い切ってはいなかった。さっき途中で乃木若葉に遮られた言葉の続きを教えてあげようかしら。

 

 

 

「殺した……つもりだったんだけど、殺し損ねた

「!?」

殺しても殺しても死なない能力があるなんて。これが全文」

 

 彼女達が樹海でバーテックスと戦っている間、私と郡千景が何をしていたのか……その答えは殺し合い。互いに明確な殺意を持って、目障りなその命を奪い取る。

 

 抵抗は無い。だって、その命に価値は無いもの。

 

「……本当に、いったいどうしちゃったっていうのよ!! 私が知っている暁美ほむらって勇者は……そんな人じゃなかったはずよ!?」

 

 ……そうでしょうね。だって棄てたもの。今までの甘えた覚悟なんて……

 

 

◇◇◇◇

 

 話は数分前まで遡る。樹海で、目の前の郡千景が()()に増えたところまで。

 

(これは……っ!?)

 

 七人の郡千景……いきなりそんな事を聞かされても何を言ってるのか分からないと思うし、私自身何が起こっているのか状況を判断しきれなかった。

 ただし、向こうは別だ。こちらが事態を受け止める前に行動に移り、そしてようやく私も本能が全開で警報を鳴らして理解した。このまま呆けているのはマズいって。

 

「があッ!!」

 

 怒りの咆哮と共に速攻でこちらに飛びかかり、左手で強く握り締めている大鎌を横に薙ぎ払ってきた。そこには怒りにまみれ、私を消そうとする殺気だけしか感じられない。

 

「く…っ!」

 

 大鎌に合わせて盾を構える余裕がない。それでもギリギリ反射的に身を屈めつつ後ろに仰け反り、その一撃を回避する。しかし、完全な殺意が込められた刃はその怨念が逃さない。回避するよりも早く、大鎌の切っ先は私の頬をほんの僅かにだが切り裂いた。

 

(バリアが出ない……!?)

『………!!?』

「エイミー!! 何をやってるの、戻りなさい!!!!」

 

 数十メートル近く離れた地点で蹴り飛ばして散らばった医療道具をかぎ集めていたエイミーを怒鳴りつける。あんなに離れている所にいるから、私の側でバリアを展開できなかったのか……もし今の攻撃を避けられなかったら、私の身体は綺麗に真っ二つだった。

 

『……!!』

 

 遠くにいるエイミーがその姿を消す。私の端末に戻って致命傷を負うリスクはなくなった。

 

「ぁああっ!!」

 

 直後に郡千景が前に踏み込み大鎌を振り下ろす。肩の傷から噴き出した血がこの勇者の顔を染め上げ、その姿はまさしく、怨み憎しみに呑み込まれた幽鬼そのもの。

 

「けれど!」

「っ…!? しま……っ!」

 

 一度見て、尚且つ意識をそちらに向けられていれば、今度は見切れる。その一撃を左腕の盾で受け止める。激しい金属音が鳴り響いたにも関わらず、私の腕にはこれといった衝撃はほとんど伝わらない。

 

「くぁ……っ!!」

 

 代わりに苦悶の声を漏らしたのは大鎌で攻撃してきた方の郡千景だ。片手一本に盾を叩いた反動が全て流れ、人の背丈程もありそうな大鎌を握る力を削がれ、落としてしまう。

 

 私が初めから有している盾はバーテックス相手に有効打となる攻撃性能が無い代わりなのか、防御性能は群を抜いている。絶対的な硬さと靱性を兼ね備えた衝撃耐性は、砕けるどころか傷が付くビジョンすら浮かばせない。逆に敵側の攻撃を容易く弾き、近接攻撃なら相手の肉体に反動というカウンターを返してやれるほどだ。

 

「ぐぅうう……ッ!! おのれぇ……!!!!」

「その傷で襲ってくるなんてどうかしてる……っ!」

「「「死…ねェッ!!」」」

 

 一人を無力化しても意味がない。即座に第二の郡千景が飛ぶように接近して鎌を振り回す。第三の郡千景が背後から接近して鎌を振り下ろす。第四の郡千景が……私に避けるなんて選択肢をことごとく潰しにかかる。

 私の盾で、同時に襲いかかる三つの鎌を防ぐなんて不可能。加えて私の盾の硬度を理解した郡千景も甘くなく、一人も盾にぶつけることなく私の身体に斬撃が走る。

 

「エイミー!!」

「「「……!?」」」

『……!』

 

 ただしそれは精霊バリアが防いでくれる。衝撃はあれども薄紫の障壁が全ての斬撃を弾き、郡千景にとって予期せぬ戸惑いを与えた。

 この時代の勇者達に精霊バリアなんて便利なものはない……あれば郡千景は撃たれた傷なんて無い。とにかく盾と精霊バリア、二重の守りによって郡千景の動きが一瞬固まり、その隙を突いて大きく跳び上がる。

 

「待て!!」

「この……! しつこい……!」

 

 この郡千景が七人に増える謎の力、もしかすると私達の満開のような力なのか。その答えは違うだろうけど、明らかに通常時には無いであろう飛行能力が発揮されている。跳躍から着地後樹海を走り距離を取る私を、郡千景は空を飛びながら追いかけた。

 

「くっ……!」

「ああああああああ!!」

「その傷も、腕も、痛みを感じないの……!?」

「関係無い!! お前がまだ動いて息をしていることの方が我慢ならない!!」

『………!!』

「それが勇者の在り方!?」

「黙れ!!!! 高嶋さんを穢したその口を開くな!!!!」

 

 私が走るよりも速く、蝶のように舞い蜂のように刺す……そんな攻撃を走りながら盾で受け止めカウンターを食らわせても怯まず、次々と飛んでくる郡千景が狂ったように攻撃を続ける。肩の傷から血が噴き出そうとも、何度も攻撃を盾に弾かれようとも、盾をくぐり抜けて精霊バリアに防がれようとも……。

 

「死ね!! 死ね死ね死ね死ねェ!!!!!」

「ふざ…けるな!!!」

「だぁあああああっ!!!!」

「うっ!?」

 

 痛みは感じずダメージも大きく軽減されようとも、衝撃を完全に消せるわけではない精霊バリア。数人で同時に放つ郡千景の執念が私の身体を吹き飛ばし、樹海で真っ逆様に落ちていく。

 何十メートルもの高さから落とされて、地面に激突。仰向けに倒れている私の真上から、七人全員揃って突っ込んだ。

 

「地獄で高嶋さんに詫び続けろ!!!! 暁美ほむらァアアア!!!!」

「……!」

 

 

 

「なっ……!?」

「消えた……!?」

 

 七つの大鎌が私を斬り裂く瞬間、地面に叩きつけられていたはずの私の姿が一瞬にしていなくなっていた。郡千景の鎌は全てが地面に突き刺さり、私がいた所には左腕に身に付けていた盾が重力に従い落ちてカランと金属音を鳴らす。

 

「どこに消えた!!? 姿を見せろ!!」

 

 郡千景は驚愕し、私の姿を探そうと辺りをキョロキョロ見渡し、やがて地面に落ちた盾を見つめ、ハッとする。

 

「……盾の中の……異空間……!」

 

 思った通り、郡千景は白鳥歌野か藤森水都から私の盾の異空間の事を聞いていた。一度入り口を開けば触れるだけで全身を一瞬で中に入れることができ、それで追撃を回避できる。

 そして今、入り口は固く閉じられている。盾に触っても誰も外から異空間の中には入れない。これに気づいた郡千景は醜く顔を歪め、抑えきれない怒りと憎しみをぶつけるように盾を蹴り飛ばした。

 

「あああああああッッ!!!! 出てこいこの卑怯者ッッ!!!! 逃げるなァアアア!!!!」

 

 転がる盾に追い討ちで囲って絶え間なく大鎌で叩きつける。そんな事をしても私が傷つくわけでもないし、盾にすら傷一つ入らない。完全に無駄な行動でも郡千景はそうせざるをえなかった。怒りをぶつけるだけじゃなく、外の様子が分からない私が顔を出した瞬間袋叩きにするために。

 

 もっともそれは私が本当に異空間の中に退避した場合に限るけど。

 

(……撒けた)

 

 私は郡千景が七人がかりで私の盾を叩き続けるのを、そこから200メートルは離れた崖の上から眺めていた。あの時私は異空間の中に入ったのではなく、時間停止を発動していた。

 時間停止は白鳥歌野と藤森水都にも明かしていない能力。その存在を知らない郡千景の前で、敢えて盾を取り外してその場に放置。私だけが止まった世界の中でこの場から離脱することで、異空間の事は知っているであろう向こうは私がその中に隠れたと誤認すると読んだ。

 

 読み通り、郡千景の意識は置いてきた盾に。守りの要かつ時間停止と異空間を手放したのは痛いけど、頃合いを見て使い魔に回収させればいい……最初はそんな考えがあったかもしれない。

 

 

 

「……あんなのが……勇者ですって……!?」

 

 でも、その時の私を支配していた感情は、この時代の勇者達に対する大きな失望。そして郡千景のものなんかよりも遥かに大きい、心の弱さ情けなさ身勝手さに対する憎悪。

 

「……あんなのが……みんなと同じ……!」

 

 世界を守るための勇者でありながら、郡千景はその功績や力を周りに認められ賞賛されたいがために使うことしか頭にない。

 

「何よそれ……! そんなくだらない理由で戦えるほど、バーテックスは弱くない……!」

 

 弱い……それが私がこの世界の勇者達に抱く一番の印象。脆弱な心はその力の方にも表れる。

 

 白鳥歌野……初めは彼女の心意気や人々の前に立ち先導する姿から、私も彼女に勇者部のみんなと同じぐらいの尊敬の念を抱いた。でも、所詮そんなものは私の思い違いだったのかもしれない。あの戦いを今振り返れば、彼女はあのバーテックスのなり損ない、進化体なんて大層な呼称が付けられている雑魚にすら苦戦するような弱者。それなのに一丁前に無謀な未来、幻想を抱いた身の程知らずでしかない。

 

 他の勇者だって同じ事。連中は知らない、自らの非力さを自覚していない。私達が戦ったあの無限に湧いて出現する、星座の名前を冠する巨大バーテックス。そいつらの脅威を知らずして世界を救えると本気で思いこんでいる。愚かな幻想を抱いている。

 

 だから敗れた。乃木若葉と高嶋友奈は生き残ったのかもしれない。他の勇者達はどうなったのか知らないけど、そんな事は1ミリたりとも関係無い。

 

『私はただ……羽衣と園子ちゃん、須美ちゃんと銀ちゃん……みんなが幸せに生きて、立派に成長していくのを見ていたかっただけなのに…!』

『……治りたいよね。私も治りたいよ……歩いて友達を抱きしめに行きたいよ……』

『お願いだから……みんなに会わせてよぉ……お姉ちゃん…園子ちゃん…須美さん…銀さん……ぅぁあああ…!』

 

 重要なのは、彼女達の弱さ故の過ちの責任を、私達に押し付けられたこと。自分達の子孫に、自分達が敵わなかった化け物の相手を押し付けて、不幸にした。あの尊い姉妹達を引き裂き、多くの身体の機能を奪い、大切な人の命を奪い、ごく平凡な日常さえも奪った。

 

 勇者? いいえ、やってることが前に彩羽さんから教えてもらったこの時代のバーテックスのそれと変わりないんじゃない?

 

『……それじゃあ、みんなの体はもう…元には戻らないの…?』

『……風先輩が暴走……どういう事よそれは!! ふざけるな!! 風先輩が何の理由もなくそんな事をするわけないのよ!!』

『う………ああ……ううううっ…!! ああああああああああああっ!!!! 駄目…!! 絶対に駄目よ、そんなの…!! 忘れたくない……忘れられたくない…!!』

『終わらない……私達の生き地獄は永遠に終わらない……だから! この世界を終わらせるの!! 間違ってるこの世界を終わらせて……私はみんなを救いたいだけなんだよ!!』

『嫌だよ!! 怖いよ!! 友奈ちゃんもほむらちゃんも、私を忘れてしまう!! もう嫌だ!! 私を一人にしないでよぉ!!! うあああああああああ!!!!』

 

 こいつらのせいで、みんなが泣いた。苦しみ怒りに震え、どうしようもない覆せない現実に絶望した。

 全ては大赦の的外れで自己満足と己の価値観でしか判断しない頭が原因……だけど諸悪の根源はまさしく、この時代の勇者達の弱さ。勇者としての実力も、心構えも、何もかもが中途半端で幻想に縋ることしかできない哀れで惨めな存在が世界の命運を託されていた事実。

 

「……今、ようやく解った……なぜ神樹が私を元の世界に帰してくれないのか……ははっ」

 

 答えに辿り着いた私は一周回って渇いた笑みを浮かべることしかできなかった。だけどその内側では、目には見えないけど絶対に禍々しい形をした炎が激しく燃え上がっていた。

 

「……なぁんだ……流石は神様。もう既にお見通しなのね……連中がバーテックスに負ける未来が」

 

 雑魚しか倒せない役立たず、それもたったの七人。世間ではチヤホヤされているけど実際は無責任を無自覚で無価値な無能共、神樹は世界を救えるだなんて期待はしていない。このままバーテックスに敗れて、大社が謝り倒してなんかして大赦になって、何やかんやで猶予を貰ってそのまま未来の私達に丸投げだ。

 ところがこの謎の勇者システムによる運命で決められた事なのか、この時代に未来の勇者の私が流れ着いた。時間停止、高威力爆弾、満開……この時代の勇者は私の足元にも及ばない強大な力を有する勇者の登場だ。

 

 負け戦の中に可能性が見えた。だから神樹は私をみすみす手放す気は皆無。私のたった一つの願いを踏みにじり、みんなの笑顔を奪い、私達の未来を閉ざし、奴らの世界にだけ平穏な未来を作ろうと私を捕らえた。

 

「………これが……この感情が……殺意なのね」

 

 バーテックスが存在しない理想郷のために、骨の髄まで私を利用し尽くしたい……それが神樹の意志。無能共に力を貸して、拒むのなら殺して私の力を取り込んで糧にすればいい。神話で繰り返されてきた生け贄のように。

 

「…………く、くくっ」

 

 何か……決定的な何かが音を立てて切れたような感覚が。

 

「はーーーっはっはっは!!!」

「っ!? いつの間に外に!!」

「ははっ! あーっはははは!!!!」

 

 神樹の思惑が理解できた。決して共感できず到底納得できるものではないけど……でも、一つだけハッキリしたことがある。それに気づいた時、私は耐えきれず、馬鹿みたいに大きな声で笑った。それが原因で離れた地点にいる郡千景に気づかれたけどどうでもいい。所詮は生きる価値すら無き醜い敗北者。鬱陶しい障害となろうとも、壊すのに大した苦労の無い小蠅みたいな存在だもの。

 

「何がおかしい!!?」

「はははっ!!! それが……それがお前が提示する条件ってわけ……!」

「……何を……言ってるの!!」

 

 収まることのない怒りに震えながら、郡千景はこちらに目掛けて飛び出した。変わらず、邪魔な私を殺そうというたった一つの感情を剥き出しにしながら。

 それを消すことしか、私の頭の中に考えはなかった。これからもずっと目障りな障害であり続けるのなら……私達の幸せな未来を拒むのなら。

 

(私としたことが、今まで長いこと無気力のままうなだれていたと思うと実に腹立たしい)

 

(そんな有り様で居続けたところで事態は何も変わらないというのに、何もない所に身を潜め、ここの人間の視線を遮断し、騒音から耳を塞ぎ閉じ籠もる……なんて無様な姿かしら)

 

 神樹の願いはバーテックスが存在しない世界。それを成すために私を解放しないのであれば……逆に言えば、それさえ成すことができたのなら、私にもう用は無い。

 

(……オーケー、降参。もう駄々はこねない……其方の要求に一つだけ従うわ)

 

 戦いを続けていたら、満開は避けられない……もっと色々な機能を失い、やがて彩羽さんや乃木さん以上に悲惨な姿になるだろう。

 私、頑張ってみる。どんなに辛い思いをするのかわからない……何度だって挫けそうになるかもしれない。

 

 だけど心がバラバラに砕け散る事は決してない。もうこれ以上ない絶望を味わった身、死よりも恐ろしい恐怖を味わった身だもの。

 

 それにこの目を閉じれば、彼女達の笑顔が浮かび上がる。この記憶と瞳の奥に焼き付いたあなた達との思い出は、色覚を失った今なお決して色褪せない。

 

 例え四肢を失い達磨になろうとも、五感を奪われ何も感じられなくなろうとも……何を犠牲にしてでも帰らなくちゃいけないのよ。みんなの笑顔を守るために。

 

「……あの子達に再び会うためなら……ええ、いいわ。やってあげる。バーテックスの完全撲滅を」

 

 覚悟を決めた。この腐った世界で無意味な戦いに身を投じる覚悟。だけどその結末はきっと、私が望む世界があるのだから。満開をも恐れない理由が蘇る。

 甘えは棄てた。目を背けては逃げて……そんな事で未来は何も変わりはしない。

 

 変えなくちゃいけない……私の持つ謎の勇者システム……この時代のオーパーツ。私はこれを、元の世界の西暦の時代にも、同じ様に異なる世界から別の暁美ほむらが流れ着いたのだと推測している。その結末は、勇者システムが残っていることからきっと……絶望の最果て。

 

 甘えは……私にも絶望の最果てへと誘う運命を呼び寄せる。

 

 郡千景……大切な事に気づかせてくれたあなたには一応お礼を言っておくわ。

 

「……ついでにもう一つだけやってあげる。私、完璧超人だし手際が良すぎって色んな人から結構評判だったものよ」

 

 だから……

 

 

 

ゴミ掃除

 

 目障りなあなたは私の目の前から失せなさい。

 

「ぐんちゃん!! ほむらちゃ……!!?」

 

 足に力を込め、弾丸のような勢いで崖下からこちらに接近してくる郡千景に落下の勢いを加えて飛びかかる。咄嗟に振るわれた大鎌が私に当たるよりも先に、鋭く蹴るように伸ばした足が一人の郡千景の肩の傷に突き刺さる。

 

「~~~ッッ!!!!!」

 

 その声にならない郡千景の絶叫を聞きながら、私達は揃ってそのまま崖下へ。激しく肩から血が噴き出し、それが私の足を、噴き出すよりも早く落下する私の顔にも付着する。

 

 そして、郡千景の肉体をクッションに、地面に激突する。派手に土煙が舞い、血飛沫が飛び散り、郡千景の右腕が肩から先が千切れ落ちた。

 

「イヤァアアアアアアアアアアアア!!!!」

「………」

「ぐんちゃん!!!! ぐんちゃん!!!!」

「……偽物か。本物じゃない」

 

 目の前の郡千景が息絶えた直後、彼女の肉体と大鎌が淡い光となって消え失せる。仕組みはどうであれ、郡千景は七人に増えていた。その内の六人が偽物で、本物は一人だけ。見た目に違いは一つもなく、全員が本物と同じく肩に銃創がある。おまけに血の汚れも全部が一致ときた。運悪く今のはハズレを引いてしまっただけ。

 

「……あら? 八人だったかしら……数え間違い?」

 

 他の郡千景達を見上げてみると、一人始末したはずなのに数が変わっていない。六人ではなく七人が、こちらを憤怒の表情で見つめていた。けれど、その表情の中にはさっきまで感じられなかった、怯えのような色が滲んでいた。

 

「来ないの?」

「……っ、図に乗るな……!!」

「愚かね」

 

 残り七人残っていようが関係無い。誤差だ。郡千景達は怒りに身を任せ、彼方此方に分散しながら接近する。

 

「はあっ!!」

 

 まず最初に近づいた一人が左腕一本で大鎌を振り下ろす。それを半歩左にずれて避け、分かり易い弱点の傷口を思いっきりぶん殴る。

 

「ああああああッッ!!!!?」

「痛い? なら今度は本物?」

「かっ…!」

「チッ……! おのれぇ!!!!」

 

 そのまま顔面も殴り抜いて地面にノックアウト。その追撃を前に、今度は別の郡千景が上から襲いかかる。

 

「偽物に用はない」

 

 念じて右手の中に出現する物体、それを軽く頭上に放り投げる。投げたそれをこんな物とばかりに反射的に郡千景が切り裂いた瞬間……

 

ドォン!!!

「!?」

 

 爆発がその郡千景を包み込み、粉々に吹き飛ばす。こっちにまで爆風が来ないよう威力抑え目の爆弾一つでお陀仏……やはり脆い。いや、偽物だからか。

 

「あれが爆弾!? くっ……!」

「はぁ……さっきまでの威勢はどこへやら」

「チィッ……!」

「どうしたの? 攻撃が来ないけど次は仲良く逃げる準備?」

「黙れ!!!!」

 

 叫んで鎌を振りかぶりながら四人がかりで突進。前後左右を包囲し、同時攻撃を狙う。

 けれどもただでさえ大鎌なんて巨大な武器を右肩の負傷のせいで左腕一本で扱う郡千景の隙は大きいし動きもよく見てさえいればすっトロい。

 

「「「「とった!!」」」」

「そうやって簡単に挑発に乗ってくれるとありがたいわ」

 

 四人の斬撃が同時に襲いかかる直前、私の身体を中心に爆発が起こる。予め先を読み、郡千景からは見えないよう既にこっそりスイッチを押していた。

 

ドゴオオォン!!!!

「うぅっ……! じ、自爆……!?」

「とはならないのよね」

「なっ……!? 何で声が……!」

 

 四人の郡千景が消滅する爆炎の中、精霊バリアに守られる私は声が聞こえた方向に爆弾を投げつける。

 

「っ……! あ、危なかっ」

 

 それがその郡千景の最後の言葉。私が投げつけた爆弾を郡千景は横に飛んで回避した。けれどもその爆弾は郡千景の背後にて、ベクトルに変化が生じていた。

 

schießen!

 

 地面を蹴ってそこに跳び上がっていた私の使い魔。それが飛んできた爆弾の勢いをリフティングするかのように足で弾いて殺し、そのまま郡千景目掛けて起爆しないように蹴り飛ばした。

 

ドゴォン!!!!

 

 一度避けたはずの爆弾が第三者の足によって戻ってくるなんて考えられず、背後からの爆弾で六人目の郡千景が消滅した。

 

「う……っく……ぁあ……!」

 

 残すはさっき地面に殴り倒した……最後の一人だ、本物に違いない。右肩へのダメージ酷いのか、大鎌を手放し手を当てている。

 その大鎌を拾ったのは私。人々の命を救うはずの武器を自己承認のために使おうとした彼女を葬るのになんて相応しいのかしら。

 

(……これから私は本当に人を殺すのね)

 

 ふと数週間前の事を思い出す。あの時も鎌だった、知ったような事を口にする藤森水都を黙らせた時に使った武器は。人の命を奪うような事をすれば、二度とみんなに会わせる顔がない……だから情けをかけて殴るだけに済ませた。

 

 人を殺せば、私はみんなとの輪に戻れなくなってしまう……それは……

 

 まあ、こいつらは人以下の存在だから関係無いか。

 

 このまま生かしておけば、必ず私の邪魔をする……そしたら私達の再会をも邪魔される……。今も昔も未来も私達を不幸に陥れる郡千景をこの場で殺すこと……それはみんなが喜ぶ結果に繋がるのよ。

 

「ほむらちゃん!!!! だめえええええええ!!!!!!」

「………」

 

 大鎌が郡千景の頭部を刎ね飛ばした。

 

 それはいつの間にやらこの場に来ていた高嶋友奈の前まで転がり……

 

「……ぐんちゃ……ぐん……」

 

 またしても光となって消え失せる。ついでに私が首を刎ねた大鎌も一緒に。

 

「………はあ? どれが本物よ………あれは……」

「フー……! フー……!」

「!! ぐんちゃん!! ぐんちゃん!!!!」

 

 まさかの七人全部が偽物だったパターンを思い浮かべるも、辺りを見渡すとそこには全部殺したはずの郡千景が……

 全員が血塗れで、特に右肩の銃で撃たれた傷が目立つ。それはさっきまでと全く同じ。変わらず七人揃ってそこに存在している。

 

「……なるほど、そういえば、七人御先なんて言ってたかしら。精霊の力というわけね」

 

 以前本で読んだことがある。常に七人組の集団亡霊七人御先。その七人という数は決して変わらない。一人を呪い殺すと七人御先の内の霊の一人が成仏し、替わって取り殺された者が七人御先の内の一人となる。

 その力が表れていたのか。例え殺しても、七人という数が固定だから蘇って死んだ事がなかったことに。最初に殺した時に八人いたと思ってしまったのはやっぱり間違いで、殺したと同時に蘇ったと……。つまりは全員が本物だったけど、殺しても殺しても、意味がない。

 

「その体力が保てばだけど」

「……あけみ……ほむ…ら……!」

「ぐ、ぐんちゃん!?」

 

 恨みの込もった言葉を紡ぎながら、一人の郡千景がその場に崩れるように倒れ込んだ。その瞬間、他の六人の郡千景は一斉に消滅し、残った正真正銘本物の彼女が纏う服も、一般的な私服へと変化した。

 すなわち、勇者の変身が解けた。理由は考えるまでもない。元々重傷を負っていたところに不死性を発揮する特殊能力……加えて私に何度も殺された。復活の度に死ぬ際の致命傷は無かったことになるのか、傷は能力を発動した時に既にあった肩の傷しか無かったけど、彼女達は痛みを感じていた。傷口を攻撃された時は特に顕著で、悶えて動けなくなる事も。

 そうなってしまえば、精神に限界が訪れるのもそう遠い話ではない。郡千景は意識を失い、その面倒な不死性も消えた。

 

「ぐんちゃん!!!! ぐんちゃん!!!!」

 

 必死になって郡千景に呼びかける高嶋友奈。友奈と同じ顔で、同じ声で、そいつの心配をしていることに苛立ちが募る。

 

「……早いところトドメを刺しましょう」

「っ!! ……トドメって……何……!」

 

 今なら郡千景を始末できる。そう思って郡千景と高嶋友奈の元に歩み寄る。だけど高嶋友奈が瞳に涙を溜めながら振り返り、震えた声を発してきた。

 

「……ぐんちゃんの腕が……頭が……! なんであんな酷いことができるの!? ぐんちゃんの……人の命を何だと思っているの!?」

「くだらない。忠告してあげる。友達は選んだ方がいいわよ? 特に郡千景は……」

 

 言い切る前に立ち上がる高嶋友奈。いや、きっと何を言おうとも彼女の取る行動はどれも同じだったに違いない。大きく振りかぶった、あの子の必殺技と同じ、テレフォンパンチの……。

 

「勇者ぁ……パァァアアーーンチ!!!!」

 

 

ドゴオオォン!!!!

 

 お腹を精霊バリアの上から衝撃が走り、私の身体が浮かび上がる。後ろへと飛ばされてしまい、必然的に彼女達から距離を離される。

 

「チッ……!」

 

 受け身を取って即座に右手に爆弾を生成し、放り投げ……られない。思いきってしまう前に、視界を通じて私の脳裏には二人の少女の姿が映っていた。

 

(彩羽さん……羽衣ちゃん……)

 

 ここで爆弾を投げたら郡千景は仕留められるけど、高嶋友奈も巻き込むだろう。そうすれば……あの二人は……。

 ……高嶋友奈は……殺せない。そしてそれは……乃木若葉も同様……。

 

「……信じていたのに……私……!」

 

 涙をこぼしながら、高嶋友奈は郡千景を背負ってこの場から立ち去った。

 

 

◆◆◆◆

 

「今度からは私もバーテックスと戦ってあげる……それを伝えに来た」

 

 この場の勇者達の信じられないという視線を浴びながら、みんなに思いを馳せる。

 

 ここはそう、言わば出口の見えない迷宮だ。命懸けで戦うことの本当の意味を、命に懸けても守りたい存在の持っている大きすぎるその重みを抽象的にしか知らなかったあの頃に憧れていた……暁美ほむら()が乗り越えなくてはならない運命の壁なんだ。

 

 友奈  東郷  風先輩  樹ちゃん  夏凜  彩羽さん  乃木さん  羽衣ちゃん  みんな……

 

「なれ合うつもりはないから、邪魔はしないで頂戴」

 

 待っていて、必ずみんなの元に帰ってくるから。




Q:ゆうほむは神樹様に勇者の資格を剥奪されないの?
A:原作ののわゆにて、剥奪はぐんちゃん死亡の原因となったため最終決戦前に勇者システムは改良され、以降は神樹の意志では資格は奪われなくなっております。詳しい事を書くと核心的ネタバレに繋がるのでざっくり言うと、ゆうほむの勇者システムはそのシステムがインストールされているため如何に非道な行いをしようとも勇者の資格を失うことはありません。

Q:ぐんちゃんは神樹様に勇者の資格を剥奪されないの?
A:相手がゆうほむでしたから許されました。精霊バリアで致命傷を受けないため神樹が守る必要がないため。そして一番の理由が……神樹がかつて自身にとんでもない無礼を働きながら逃げ果せたゆうほむを嫌っているからです。それこそ殺しかけるほどに痛めつけた相手を守る理由が神樹にはなかったのです。

 藍井エイルの『シンシアの光』。これが作者の私が思う、この焔の章のイメージソングです。考えている先の展開含め、歌詞のシンクロ率がとても高かったり……。

【暁美ほむらの盾】
 ほむらが勇者に覚醒した時から所持している円盤状の盾。常に彼女の左腕に装着する形で装備されており、簡単に取り外し手に取る事もできる。盾その物にバーテックスを相手取るに足る攻撃能力は無いものの、その硬度は非常に高く、鈍器としての威力はバーテックス相手なら星屑や双子型などある程度小さければ仰け反らす事ができ、人間や勇者相手なら痛みに震え悶える程度はある。その硬さから防御力は凄まじく、大型バーテックスをも撃ち抜ける東郷の狙撃であろうとも、それを受け止めたほむらに僅かな衝撃も伝えず容易く弾き飛ばせる程。しかし大きさは直径28cmであり、そのため密度や体積が圧倒的に大きすぎる攻撃はほむら自身が耐えきれず受け止めきれない場合もある。(魚型の押し潰し、満開した東郷の砲撃)

【使い魔セリフ翻訳】

 宙吊りでもがき抵抗する使い魔を、一回転するように振り回し私へと……否、白鳥歌野の方に投げつける。今まさに彼女の腕を折る寸前の二体の使い魔へ……。

『『Aua!(うわあ!)』』


schießen!(それっ!)』

 地面を蹴ってそこに跳び上がっていた私の使い魔。それが飛んできた爆弾の勢いをリフティングするかのように足で弾いて殺し、そのまま郡千景目掛けて起爆しないように蹴り飛ばした。
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